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2019年11月 4日 (月)

ギャラリー「湯の山みち」

ルイ・ビトンの各種製品の文様は、日本の家紋や市松模様(いちまつもよう・格子模様の一種)のコピーだってご承知でしたか???

1867年にフランス・パリで万国博覧会が開かれ、日本の文化が広く紹介された、この流れのなかで、これらデザインが知られるようになったのが始まりだと一般には思われている、が、実は、日本の諸文化の海外紹介の元祖はシーボルトですわ、長崎・出島の医師として来日し、大活躍し、日本の諸文化を博物学の見地から徹底的に調査し、大量の資料をオランダに持ち帰っている、の、なかに日本の着物の文様なども調査しアレコレ仰山持ち帰った、このなかにルイ・ビトンの文様があるのですよね、コレ、実は、兵庫県・三木市で造られていた染め物文様なのですわ、「播州三木の染め物紙」で原図が今も研究家の手で研究保管されています、わたし、見せてもらいました、研究家は筒井俊雄氏、御年90歳、

筒井氏の私的コレクションのなかに保管されているのです、コレクションは染め物の型紙だけじゃない、その他極めて広範囲な分野にわたっている、もう私的コレクションのレベルを完全に超えている、こんな貴重なコレクションはもっと、広く知られるべきだ、公的機関で完璧な管理保管がなされるべきだ…と思う、

氏はすでにご高齢だ、ご自宅内で所蔵されコツコツ研究なさっておられるが、もっと公の手で支えるべきかと思う、

わしゃ、気になって仕方がない、

 

昔、兵庫県神戸市兵庫区の和田岬(すぐ近くに三菱重工の造船所がある)に兵庫県立航空工業学校があった、戦時中学徒出陣などが行われる中、生徒らは、教師に引率され、明石市にある川崎重工の航空機製造作業に従事させられていたようだ、今様の言い方では徴用工ってことかな、

氏は、この時の生徒で、付き添い引率した教師のひとりにわたしの父が居た、わたしは、風貌が極めて父に似ているらしい、わたしを見てすぐに氏は父の名を口にされた、御年90歳、わたしより11歳年上、とてもそのお歳とは思えない、冴え切った頭脳だと感嘆しつつお話をうかがった、

あぁ~、頻繁に敵機が襲来し、物陰に隠れて銃撃を避けたりしながらの作業だったようだ、わたし、子供心に父の話をそんな風に聞いている、父は当時は“公民”という教科の教師だった、生徒らに「お国のために死ね!!」なんぞ言うていたのだろうか???

 

あぁ~、恥ずかしい、わしゃ、もう人生を投げ出してしまっとる、日々、“もうエエわ”の気分の中で尺八吹き散らすだけだ、氏の研究に接して、尻をブッ叩かれたような気がした、世の中にはすごいお方が居られるのだよなぁ~~~、玉下駄なぁ~~~、

 

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