心が乱れてシンドイから・・・
昔、兵庫県神戸市に兵庫県立航空工業学校という学校があった、今の、兵庫県立兵庫工業高等学校の前進だ、父は戦時中この県立航空工業学校の教師だった、明石にあった川崎重工の航空機製造工場へ生徒を作業員として引率し、出掛けていたようだ、
航空機エンジンの製造作業だったようだが、このためか、父は出征せずじまいだ、が、兵隊の位は持っていて、たしか“伍長”だとか言うていた、工場は度々敵機の空襲を受け、その様子はいつもフッとひと言ふた言漏らしたが、すぐに口を閉じた、
NHKの朝ドラ「エール」を視聴しているが、戦時中の出征場面が出てきて、当時の父母の様子がフッと頭に浮かぶのである、
当時わたしは未だ幼くて、断片的な記憶があるだけだ、当時神戸市須磨区で生まれ、4歳までそこで育った、
3つ下の妹が居る、母が妹に母乳を与えている姿をかすかに覚えている、なかなか乳離れしない妹だった、ナントか乳離れさせようと父と母は考えたようで、父が母のオッパイに墨の筆で怖い顔を描きつけていたのを覚えている、わたしはこの時、妹が可哀そう!!!と、思ったのだった、怖い顔だったが、図柄は思い出せない、妹にこのことを話したことがあるが、妹には全く記憶にないことであった、
父と母の喧嘩の記憶がある、父を訪ねて来た客があって、母に接待を命じ、わたしのオヤツを客に出させたのだった、お客さんがお帰りになって、母は父に泣きじゃくった、ひとつしかないリンゴだった、それを父は奪ったのだった、
もう一人、覚えているお方がある、海軍のお兄ちゃんだ、軍刀を下げていた、飛行機乗りで特攻出撃を前にしての来宅だったらしい、実家が遠く、そう簡単には帰り得ない山陰の小さな漁村だ、で、縁戚のわが家を訪れたのだった、出撃直前に敗戦となり、村へ戻り漁師をなさっていたが先年亡くなられた、
今日の朝ドラ、気になるが、もう視聴するのは止めようと思う、心が乱れてシンドイから・・・
« 想いを宙に迷わせている | トップページ | 栗が採れた »


コメント