「鈴懸の径」
昭和15年7月、わたし・波平がこの世に生まれ出た時、歌手灰田勝彦の「きらめく星座」がヒットした、昭和17年に彼は「鈴懸の径」を唄った、これもヒット、
昭和16年真珠湾攻撃、17年マニラ占領、シンガポール攻略、国内は戦勝ムードが流れ、日本がヤバくなっていたのを一般市民は知らなかった、ミッドウェー、ソロモン、ガダルカナルと敗戦が相次いでいたのに・・、
の、中で、この歌「鈴懸の径」が町に流れた、
歌詞に、♪♪通いなれたる まなびやのまち・・♪♪ と、ある、街路樹・鈴懸の木が立教大学構内にも植えられていたようだ、
わたしは、当時未だ2歳、神戸市須磨区に住んでいた、庭に、父が掘った防空壕があったのを覚えている、
「鈴懸の径」
« お月様と熟睡の話 | トップページ | あざとさ »
« お月様と熟睡の話 | トップページ | あざとさ »


コメント