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2022年2月 1日 (火)

「大空に歌を」

もうだいぶ以前に、そうだなぁ~昭和から平成になって間もなくの頃だ、わたしが幼い頃、海軍のお兄ちゃん、と、呼んでいた極めて近い縁戚者がお亡くなりになった、

わたしが4歳か5歳の頃、この海軍のお兄ちゃんが、神戸市須磨区のわが家を訪れたことがあった、
今思うと出撃直前の別れの挨拶だったと思う、
海軍のお兄ちゃんは戦闘機乗りの少年兵だった、
(お兄ちゃんは、特攻出撃直前に終戦になり、上述のように、平成まで健在だった・・)
が、もうお亡くなりになって久しいし、お兄ちゃんを納棺する際、父が大声出して泣いたのを覚えている、

時は流れ、泣いた父も亡いし、お兄ちゃんの弟も既に亡い、戦争当時の詳細はすでに知り得ない、
が、今にして思う、
お兄ちゃんは兵庫県・河西市鶉橋野飛行場で紫電改戦闘機の少年兵として、訓練を受けていたのではなかったろうかと・・・

この飛行場一帯は、今は農地だ、アチコチニ建物が見える、
昔を知らなければ、ココに、戦闘機の飛行場や、機の組み立て工場があったなんて思いもつかないだろう、
実は、わたし、未だ一度もココを訪ねたことがなかったのだが・・・
石川県・小松基地から飛び立った空自のF15戦闘機が発進後墜落したニュースに接し、
不意に、紫電改戦闘機の訓練飛行場がたしかわが家から近い位置にあったはずだ、と、思い出したのだった、

少し横道に逸れる・・・
わたしは、未だ幼い小学3年生・4年生のころ、明石市に在った川崎航空機工場で作っていた戦闘機のシリンダー部品をオモチャに数個持っていた、投げ輪遊びにピッタシだったので、いつも道にコレを投げ転がせて遊んでいた、
当時、父は兵庫県立航空工業学校の教員だった、で、生徒を引率し、明石にある川崎重工業(株) 明石工場へ出掛け、生徒を戦闘機製造に就かせるのが仕事だった、が、徹底的に米軍機に爆撃され破壊され、敗戦にいたり、ゴミの中からアルミの輪を見つけ、数個拾って持ち帰った、息子(わたし)のオモチャにとでも思ったのかな・・わたしの宝物になったのだった、もう失って久しいが・・・戦闘機の部品だったかも・・・


話を戻そう・・・
こんな中で、わたしは、兵庫県内播州平野に、戦闘機飛行場があったらしい、と、知っていたのだった、
F15戦闘機の突然の墜落ニュースを知り、不意に、上述の、昔の記憶が蘇ったのである、
で、調べた・・・
兵庫県加西市鶉野町に“鶉野飛行場”があったことがわかった、
現地に資料館があるらしい、
さっそく今日ココへ向けて軽四駆って出掛てみた、高速道路走ってわが家からは片道約50分の距離、
が、資料館は、今だ建設中だった、今年4月に完成の予定らしい、
が、が、主な建物は既に完成し、今は周辺環境整備の真っ最中、
既設建物の中をガラス戸越しに覗くと、紫電改の実機が1機すでに展示されていた、わたし、紫電改機の大ファンですわ、ガラス戸越しに観ただけだが、胸が奮えた、

ここ“鶉野飛行場”で訓練された若者らは、九州の特攻隊の基地へ配属され、ココから特攻機になって敵艦攻撃に突撃したのだった、

あぁ~~
石川県・小松基地から飛び立った空自のF15戦闘機の墜落ニュース、
その後、乗員探しはどうなっとるだろう???

生存の発見のニュウースを得たいが・・・

かつての特攻隊とダブラセたりするのは、不謹慎かと思う、
が、国を守るの構えに、意気込みに、変わりは無かろうと思う、

たった今吹き作った1曲を、空の勇士らにささげようかと思う、
コレだ!!!」、

「大空に歌を」

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