« 朝日が部屋に差し込んできた | トップページ | 「心の鼓動」 »

2022年4月24日 (日)

ルシャの山ダシ

北海道・知床半島西側先端に近いルシャ川河口チョイ沖で観光船が昨日午後4時頃浸水救助要請を発した後、未だ発見されていないようですね、

遭難海域は、わたしの知る限り、非常に航行危険な海域です、
この海域は、漁師等は「ルシャのヤマダシ」と呼び恐れる極めて危険な海域なのだ、

わたし、かつて単身・単艇で、日本列島1周航海をしたのだった、
で、この海域で艇が横転しそうになり、急ぎ引き返し、天候が安定し海上がベタ凪になるまでの6日間、天候安定を願って手前の港で待機したのだった、

そうかぁ~、ヤッパ、遭難したか!!!
生じるべきして、生じた遭難だ!!!

観光船を責めたいとは思わない、
が、この海域への観光船の遊覧は、もうやめた方がエエかもと想う、

わたしは、天候安定の日まで、手前の宇登呂港で6日間・天候安定を待って待機し、万全の構えの中で、ルシャの山から吹き下ろす谷風を避けるべく岸辺から4マイル沖を走ったのだった、

この海域航行の観光船の母港が宇登呂港でしてね、観光船の船長が宇登呂港で待機するわたしの艇・「はまちどり」に目を止めて遊びにやって来たのだった、で、友達になりましてね・・・
彼から、この海域(ルシャ沖)の航行のコツをアレコレ教わったのだった、

なんと、わたしは、勉強にと思って、この観光船に搭乗しています、
わたしは船長の隣に座って、操船を手伝ったのだった、
往路は事無くルシャ沖を航行デケタ、
が、復路、波風が急に強まり、危機的な状況になった、

船長がビビったのを覚えている、必死にGPS画面で往路の航跡を追っている、
と、急に航路を沖へ変えようとした、
わたし、コリャ・ヤバイと思った、
「ヨッシャ!!、前は俺がシッカリ観ている、漁網の中を抜けて沖へ出るのはヤメロ!!! このまま、岸ギリギリを走れ!!! 俺が前をシッカリ観ている!!」と、励ました、

知床半島のルシャの谷間から吹き下ろす谷風がスゴイのですわ、
コレが“ルシャの山ダシ”だ、
で、これ避けて航行するには、最低でも岸から4マイルほど沖を走る必要がある、
が、沖へ出るためには敷設してある魚網の間を、スキを間を、走り抜けねばならん、
船長はこの漁網の中を走り沖へ逃げようとしたのですわ・・・、

翌日、船長は、我が艇「はまちどり」訪ねてきて、帽子を脱いで言うた」
「オレの帽子、ホレ、ここにイニシアルが入れてある、コレ貰ってくれ!!!」と・・・
この船長なら、もう、ルシャは大丈夫だ、と、わたしは想った、

2005年は6月半ばのことであった・・・

思い出す・・・
あの時、危険海域を越え得て船長は、船の操船をわたしに委ね、大あわてで、下の客席にあるトイレへ降りたのだった、
上がってきて・・・
「客らはおびえて鼻水垂らしとる・・」と言うた、
代わって、わたしがトイレに降りた・・・

この度の観光船遭難、どうなっとるのだろう、わしゃ心配だ・・・
ジッとしているしかないのがクヤシイ!!!


※ 北海道知床半島沖遊覧船遭難について、
<追記・4月24日午前7時40分>

NHKTV朝7時のニュースを視聴した、
遭難状況の現地状況解説の貧弱さに愕然とした、
あまりも、貧弱な解説だ、ニュースだ!!!

海流・現地沖合の風の強さ方向、遭難海域の漁網の布施状況、遭難船の位置変化をどう読むか、など等に加えて・・
対岸・ロシアへの遭難捜索の極力要請など等が、まったく含まれない、

わたし、想うに・・・
この観光船に乗客らは、全員救命胴衣を着用していたらしい、船内に閉じこもったまま沈没したのだろうか、それとも船外へ出ていたのだろうか???
船長が発した遭難位置は陸から、どれほど離れた位置だったのだろう???

わたしの、過去の経験では、観光船は極めて岸辺近くを航行するのが常だった、
船首沈没しかけていると船長は救助要請たらしい、
岸辺すれすれに航行し、隠れ岩に接触し、艇内に海水がドット流入した状態だと思う、
が、風は陸から→沖へ向けて猛烈に吹いていたに違い無い、遭難時の天気図ではこの読みになる、

沖へ押し流されたら、たちまち国後島沖へ流されるぞ!!!
否、遭難時の海流の流れる方向の解説が無い、ヒョットしたら知床半島先端を東へ抜けて太平洋へ出たカモ・・・
この可能性の方が高いかも・・・
すなわち、ロシア領海へも、遭難の手を伸ばす必要がある!!!
ロシアへの救難協力要請を発したのだろうか???


« 朝日が部屋に差し込んできた | トップページ | 「心の鼓動」 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 朝日が部屋に差し込んできた | トップページ | 「心の鼓動」 »