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2022年8月12日 (金)

波しぶき

20年以前は、わたし、ほぼ正確に"沖の海の波"を読み切ることができた、
で、愛艇駆って日本列島を1周航海成し得たのだった、

海の波は、気圧変化、黒潮の流れの変化、潮の干満、航行海域の水深変化、朝凪夕凪の影響、など等を総合的に読み切る、
で、絶対大丈夫と判断し得たら、目標に向かって出船したのだった、

ココまで自分を鍛えるに、おそそ20年は掛かっている、否、50年かな・・・

手漕ぎのゴムポーとを購入し、コレで、瀬戸内海は塩屋の浜から沖へこぎ出し、遥か沖合いの淡路島へ渡り切ったことがある、
淡路島に上陸し、ほんの少し休憩後、
潮変わり(満ち潮・引き潮の変化)を掴んで、再度遥か対岸・塩屋の浜へ向かって、手漕ぎゴムボートでこぎ出し、ほぼ正確に朝方にこぎ出した海岸へ戻っている、

この経験の元で、大昔、源の義経に、壇ノ浦の逆落としで海へ追い落とされた平家の大群が、往時船頭の元で、軍船連ねて沖の潮に弄されながら明石海峡を西へ抜け、四国は香川県へ漂着し態勢を立て直したのだった、

わたし、コレにも挑戦している、さすがに手漕ぎのゴムボートでは明石海峡を越えて、祖国へまで航行する真似はし難い、
が、ごむボートから、中古の船外機付きの17フイート艇を購入し、播磨灘沖へ走り出て、沖でエンジン切って、潮の間に間に漂って、壇ノ浦から海へ追い落とされた平家軍船の気分で艇を漂流させ、の沖での漂流の状況を体験してみたりしたのだった、当然ながら往時の戦の時期・時刻を掴んだのちの調査だった、コレ某文芸誌に投稿して楽しんだが、おもしろかったなぁ~~~、

アレコレ嫌と言うほど、大阪湾内と、播磨灘の潮の動きを身をもって確かめたぞ!!!
今、思えば、コレがわたしの人生だった、


この経験があって、わたしは、愛艇で、
あぁ~、日本列島1周航海に使用したのは、28Ftの中古艇であった、
勤め先から得た退職金をつぎ込んで購入し、決死の蛮行であったのだが、わたしは、延々と日本列島外洋の潮の動きを研究しまくり、デッタイ大丈夫の航海計画を練っての挑戦だった、
計画を練りまくった、コレが結果的にはドンピシャリ計画どうり的を得て、周航成し得たのだった、

が、やはり、中古艇ではこの航海は無理だった、
わたしは常に、周航中も、エンジンルームに入り込んで、修理修理を重ねながら、もうダメ寸前での完走であった、
艇は就航完了後、もう修復もままならず、配船処分せざるえなくなり、手放した、

本格的に修復すれば、未だ十分使える艇だった、
が、修理経費が莫大になりすぎてわたしには不可能、
この事は、艇を手放した後、どなたかの手に渡り、そのお方が、修復し、使われるようになった際の“危険の認識”への不安につながった、
艇は解体処分するのが最適だと思った、
が、解体処分には、コレまた経費が掛かりすぎる、

わたしな逃げた、捨てたのである、
もし、タダで、ひらっていただけるお方がアレば、どうぞ拾ってくださいな・・・

ひらったお方があった、
艇の専門家だった、艇の修復専門家でいらした、
が、完全修復後も、海には浮かべず、陸上管理されている、
これ、確認したのは、もうだい以前のことだ、現状況は、わたしは承知していない、


わたしの海への傾注を、よく承知している者が居る、
わたしの海の弟子・ユリタロウだ、
未だ若く、現役バリバリの社会人、その昔はわたしの弟子だった、が、今は、彼が師匠でわしゃ邪魔者でしかない・・
が、彼は、この厄介なヅヅイを捨てるでもなく、接してくれている。

ときおり、ユリタロウから、誘いがかかる、
「明日は凪ぎですよ、〇〇などが釣れますよァ~~、沖へ出てみませんか・・・」と・・・

昨日もこの誘いがあった、
が、さすがに、盆のこの時期は難しい、
わしゃわが家の仏壇・墓を守るただひとりのヅヅイである、訪れてくれる人もある、

魚は釣れなくてもエエ、
沖へ艇で出て、波きって走れば、もうそれでエエ、
盆明けには、ユリタロウの艇で、海へ連れ出てもうらおうと想っとる・・・

尺八の外に、海が広がっている、
我が人生、まんざら捨てたものではなかったような気がする・・・


 盆さなか まぶたにうかぶ 波しぶき    波平

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