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2005年6月28日 (火)

触角論1

太古の昔から対馬は日本の触角であった。特に最北先端部は触角そのもの。最北端の港は鰐浦。神功皇后の三韓征伐軍船はこから発した。当時は和ニ津といった。
鰐浦湾は北へ向かって開いている。湾口を出ると、北東沖に海栗島(ウニジマ)がある。全島が航空自衛隊の基地。大きなレーダードームが北を睨んでいる。民間人は入れない。
湾浦湾のずっと沖(北側)から南を望見すると、山頂にも基地らしきものがある。海上自衛隊のレーダー基地だ。
太古も今も、対馬は、日本の触角である。

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