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2005年10月

2005年10月31日 (月)

陸VS海

aki_001 庭に藤袴(フジバカマ)があって、花にチョウがやって来ます。見慣れぬチョウです。調べました。アサギマダラという名のチョウらしい。このチョウは藤袴だけを探して遠くからやってくるらしい。

aki_002 昨日のタモ寸前で取り逃がしたメジロが気になって、また、沖へ出ました。生餌の豆アジが、たびたびエソに食われて、どうにもならんかった。エソばっかり釣れるわけです。その都度リリースしていたのだが、リリースしたばかりのエソが、また釣れるような気がして、シャクだから2匹取り込みました。

沖で三枚にサバイテ、身だけ持ち帰ったのだけれど、かみさんが嫌がって見ようともしない。わしゃ弱っとる。明日も凪らしいが、またエソばかりだったらどうしましょう。

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猛者メジロ

もし、目の網膜にいったん映じたことを、後で随時パソコンに取り出し見直すことが出来たら、昨日タモ寸前でバラシタあのメジロの姿を、ここに貼り付けてお目にかけるのだがなぁ~、

網膜に、どうデジカメを取り付けつけるかが問題で、そこが解決しさえしたら可能なわけで、もどかしいですなぁ~、

昨日の今日だから、わたしの眼底には未だ残像が残っていて、もし、わたしに絵が描けたら、描いてお見せできるのだが、それもできん!ざんねん!

8号ハリスをぶち切って逃げたと、ばかり思っていたが、落ち着いてよく調べたら8号じゃない6号ハリスだったみたい。常は3号か4号しか使わないから6号がスッゴクぶっとく見えていたようだ。切れ残ったハリスを新しい6号糸と並べてみると同じだった。

このフカセ用仕掛けは、ずっと以前に作っていて、数度使った歴戦の中古仕掛けであった。買ったものじゃない、これくらいは自分で作る。6号であったにしても簡単に切れた。中古だったせいとしか思えない。ざんねん!

つけていたハリは、たしか15号のフカセ用金ハリである。小物結びにしていた。ハリスが約50センチそのまま付いていると思う。瞬時のこととて波平タグを打つ間もなかったが、この仕掛けを付けたメジロをどなたかお釣りになったら、お知らせ願いたいものだ。悔し涙を今一度流すのもオツかもしれない。

一昨日テレビで「白鯨」を観た。昨日は猛者メジロを観た。

あぁ~そうだ!

場所は、上島の北1マイル半のケンギョ(県漁礁)である。

わたしは、上島の南の黄金の瀬外れでカレイを釣るつもりだった。が、途中のケンギョで大きな太った魚が跳ねるのを観た。ウワサのヨコワのように思われた。で、急きょカレイ釣りを中止し、豆アジを釣って、フカセタわけだ。仕掛けを点検し万全を期すべきであった。ざんねん、残念!

バラシタのは9時前である。以後夕方4時半まで頑張ったが、ときおりタチウオが生餌のアジを食いちぎるだけで、メジロは来なかった。

バラシタ後、新しいフロロの10号ハリスにやり直した。タチウオがしゃぶる都度ハリスは短くなってはいるが、まだ充分な長さがある。潮抜きをして仕舞い込んだ。又ぞろ出番が来る頃は劣化してぶち切れるかもしれない。と、不安ながら、やはり捨てかねる。

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2005年10月29日 (土)

数えたり数えなかったり

このブログページは今年4月21日から始めたのだった。6ヶ月間ということだがアクセス数が2万件を超えた。わたしは他にも二つホームページを開いていて、それらが合わせて約5万件。3つ総計7万件。実に驚異的な数だ。

だが、このアクセスカウンターというのは、どうも頼りないところがあって、このココログ・ブログの管理者ページに表示されるアクセスカウター数と、公開ページに設定したカウント数とでは管理者ページに表示の方が多い。この差はどうやらわたしが自分でページを開く回数のカウントにあるらしい。公開ページは、わたしが日に幾度開いてもカウントは1回だ。が、ページ更改のためなどに管理者ページを開くと、その都度、管理者ページのカウント数には加算されるようだ。と、なると、日にわたしは4~5回もページを触っていた計算になる。通常、朝・昼・晩の3回は、メールを確認がてらページ更改も試みるが、これだけでも約6百回。なんとなんと!

打ち込んだ記事の数だが、未だに全体を数えたことは無い。パソコン以前のワープロ時代のエッセイもあらかたドス変換機能を使ってパソコンへ移し取り掲載しているが、それらをすべて合わせると数千件になる。ひょっとしたら3千編近くありそうな気がする。それ以前の分で未だパソコンへ写し取っていない物もあって、自分でもわけが解らない。

最近また迷惑メールが増え、対策にやっきになっている。片端から“以後それらの送信先からのメールは受け付けない”とのソフト処理をするが、それでも網の目をかいくぐって、Hメールが殺到する。楽天系・ヤフー系からの商品案内もひきも切らない。一度通販を利用すると、アドレスを知られてしまって、どうにもならん。毎日一度は、迷惑メール削除処理に時間を割くことになる。

エコノミー症候群と言うのがあるそうだ。狭い箇所にジッとじていると血がうっ血して、身体を壊すらしい。わたし、机の前にうずくまりジッとしていることが多い。パソコンいじったり、つまらぬ本を見ていたりの時間が長い。つい最近は、山田風太郎の忍者物に凝っている。つまらぬ筋の馬鹿げた話に夢中になっていると、確かに症候群に犯されつつある自分を感じる。

要するに、パソコンと、忍者物とで…、そして時々尺八を吹き、海へ釣りに出ることで、わたしの一日は暮れて行く。

あぁ~そうだった、下駄履いて、犬と歩くこともやっている。

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2005年10月28日 (金)

掲示板のルール

ホームページの掲示板には、あまり個人的なことは書き込まないのがルールだと思っている。が、http://www.hamatidori.com/(掲示板)が、仲間内の連絡板になってしまい、よわったなと思う。

「私的なことは個々にメール交換しましょうや」と、いったんは呼びかけたが、そう言った尻から、わたし自身が、また掲示板に書き込んでしまった。

以下は言い訳だが、

  • 互いの日程の擦り合わせや、場所の選定、注文料理の打ち合わせなどなど、これって、最近よく言われる“人と人とのふれあい”のはしりですよね。
  • 未だ面識もない熟年者らが、掲示板への書き込みを縁に、ふれあいの機会を探っている。
  • ふれあいを深めることができるか、あるいは頓挫か?
  • そのふれあいは、どのように、展開してゆくのだろう?
  • おれも、ひとつ、その輪に加わってみようか?
  • と、なりゃせんか?
  • 輪が強まり、広がり、日々楽しくなりゃせんか?

と、そう思うわけですよ。不特定多数が閲覧する掲示板を単なる関係者間の連絡板にするのはたしかに良くない。しかし、今はITの世の中です。熟年者相互化の新たなふれあい創りには、掲示板を使ってのオープンな相互連絡は欠かせないのじゃないでしょうか。わたし、掲示板をある種私的に使うことに、あえて挑戦しているつもりです。キーワードは“オープン”です。私的ではあるが広く戸を開けているつもりです。出会い系サイトだなんていわないでね(*^。^*)。

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2005年10月27日 (木)

長潮でしたが

凪いでいると思ったら、もう辛抱できなくて、10時過ぎから沖へ出ました。

長潮は上島周辺では一番潮が悪い日。なぁ~んも釣れんかった。豆アジの魚影探すのに時間ばっかりかかって、潮はトロ~ンとしているし、どうにもこうにもならんかった。

ゆりが、5番へ出ていて、40センチ弱の鯛を釣ったと昼前に携帯メールが入った。

播磨マリーナ所属艇ラピタが室津の瀬でツバスを獲ったそうだ。

25ft艇マイペースが、我が艇「はまちどり」と並んで、アンカーを掛けていたが、キスを1匹釣るのを見た。

わたしは、アオムシを少し持って出ていた。草フグがたびたび釣れたが、もう少し生きていようと思って、即刻リリースを繰り返した。

なんとか豆アジを20ほど釣っていた。ハマチの生き餌用に釣ったのである。納竿後、みなさん海へお帰りいただいた。

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2005年10月26日 (水)

閑話休題

大量の迷惑メールに往生しています。

迷惑メールを削除する際、誤って、大切なメールまで消し去って、思わぬ失礼をしている場合がございます。状況ご賢察の上、どうぞお許しくださいますよう、お願いします。

言い訳がましくて申し訳ないですが、メールをいただく際は、“お名前”と、“件名”を、しっかりと表示して欲しいです。わたし、どなたから、ナニナニの連絡だと、ハッキリ解るもの以外は開封しませんので。

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秋の空

週休二日制から⇒七日制へ移行して、初めての秋を迎えた。

二日制の縛りのなかにあって、あれやりたい、これやりたいと思っていたことは、いつの間にか萎えてしまった。

先の船旅以外はなぁ~んもせぬまま、秋になった。

やりたいと思っていたことのひとつは、読書である。

読み残しているものが実に多い。

トルストイの「戦争と平和」を完読したい。

図書館から全巻借り出して読み始めたが、借り出し期限が来てしまって未読ながら返却した。以来そのままである。第1巻目がまだ半分以上も読めていない。こと左様に、あれも、これも、借り出しては、未読のまま返却することが続いている。

二つ目は、車の旅だ。

車に布団を積んで車内生活しながら主に

北海道
を遍歴したいと思っておった。海と違って陸上なら時化ても大丈夫。いつだって出かけることができるわけで、これは今でもその気になったら、はじめるつもり。既に、車はセダンから四輪駆動車に乗り替えている。

三つ目は、尺八修行のやり直し。

ウソじゃなくホンマのはなし、わたし、若い頃、尺八の師匠になろうかと思ったことがあった。あの頃は、歌謡曲を聴いても民謡を聴いても、たちどころに尺八音符に書き取ることができた。暗譜する気持ちもないのに自然と譜が頭に入っていて、電車通勤中、頭のなかで曲を反芻し稽古することが出来た。これ、37年前のことである。

ほんの少し、未だに、その曲の端々が思い浮かぶが、短く乱雑に途切れてしまっていて、概ね暗闇のなか。

今から、また、やり直すことができるだろうか?

実は、今月から、少しずつ稽古を再開した。

やり始めて、自己嫌悪の情にもだえ苦しんでいる。頭のなかの理解と、自分の現実の技量との差が、ひどすぎる。どうにもこうにもならん!

技量=技術+体力

不思議ですなぁ~、技術だけど、

わたし自分がこんなに下手だったとは思わなかった。

28の時に尺八を手にしての本格的稽古を止めて以来37年経つが、気持ちの上では細々ながら稽古が続いていたのだろうか。理解力だけが勝手に突っ走っている。

なぜ28の時に稽古を止めたかだけど、わたし、地歌がどうしても好きになりきれなかったからだ。こんななよなよした曲に人生かけて稽古するのはもうやめようと思った。

だけど、今は、その地歌が好きになっている。いつの間に、好きになっていたのかわたし自身にもわからんのだが。

で、体力だけど、

若い頃は、体力に物言わせて、ブオーブオー大きな音で吹いていた。肺活量がいつの間にか大きくなっていて、楽々と長い節回しを吹ききることができた。

が、あれから37年たった今は、精一杯深呼吸すること、それがシンドイ。循環器系のキツイ薬を朝晩服用する身である。長年の歯医者通いで、前歯のかっこうが昔と違ってきている。これは吹奏楽器をやる際には致命的なことでもある。手の指がケガで少し不自由になっている。視力が弱ってしまって、このたび譜面位置に焦点をあわせたメガネを特注せねばならなかった。聴力が弱まり難聴診断が下っている。

今朝、秋の空を見上げて、およそ、以上のようなことを思ったのである。

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転調

aki_001 わが家の庭からの借景です。朝、6時半。東北東の空。

甲高いモズの声がした。探すと電柱のてっぺんに止まっていた。で、秋の空が目に入った。1024Hpの高気圧が覆っている。超高層の気流、中層、下層と、幾つかの気流がせめぎあっているようだ。その上は真っ青に澄んだ果てしない宇宙。

昨日、この時間は、既に沖へ出ていた。水平線から顔を出す真っ赤な太陽をみた。水平線上から約10度を越すと急に輝きはじめ、もう正視することはできない。

凪いだ海だった。播磨灘を走り回った。サバ・アジ・コウイカを釣った。

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2005年10月24日 (月)

履き心地よきは無心か?

前稿で掲げた下記の部分について、今少し、注釈しておきたい。

足の親指と人差し指の間に鼻緒を挟むわけだが、オラァ~ゲタ履いとるだぁ~、との、明確な意識があっておかしい。

  1. 以上はゲタを履いて歩く際の実感であって、カラコロのゲタ音とあいまって、一歩一歩が我が物となり、余生ながら実を行く心地優れたりと覚えておかしく、特に書き出したことではあったが、
  2. クツシタといえ、革靴といえ、現役時代の40数年間、ほとんど“無心”に履きなれてきたことを思うと、
  3. ゲタ履きに、歩一歩“有心”なるを避け得ぬは、ゲタ未熟と思わざるを得ず、歩一歩一歩に、稽古する気持ちがあり、これが又おかしい。
  4. 思えば二十歳過ぎ頃まではゲタも日常の物であった。あのころはゲタの気持ちなんぞ考えたこともなかった。
  5. あそこへ行く、どこそこへ行く、のんびり行くか、急いて行くか、気落ちしてか、張り切ってか…、など等のゲタ上の心を思うに、ゲタは、後ろ歯の片チビで応えていた。
  6. 今はただの散歩。飼い犬連れて急くでもなく歩くが、体の重心は明らかに前歯にかかっている。なんでや?
  7. 今まで愛用のツッカケを裏返して見ると、両足ともツッカケ後ろの外側が片チビである。
  8. ツカッケと、ゲタの、履き様の違いは、両者の丈(たけ・長さの意)の長短にありそうだ。ツッカケの全長27センチ、ゲタ23センチ。足のカカトだが、ツッカケではカカトが納まり、下駄ではカカト半分が外へはみ出す。
  9. ゲタの妙は、このゲタから、はみ出したカカト半分の処遇にありそうだ。
  10. ちなみに、カラコロのあのゲタ音は、“カラ”が、ゲタの前歯・後ろ歯が、地面に着いた際の音。“コロ”は鼻緒前のゲタの上板前縁が、地面を突付いた音である。カラとコロの絶妙のハーモニーを奏でながら、朝・昼・晩、愛犬と共に散歩する。道沿いの電信柱に会釈しながら。

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2005年10月23日 (日)

生活者の足もと

前稿にあげた、下駄(ゲタ)の話だが、

下駄(ゲタ)と足駄(アシダ)の区別が気になるので、今一度、取り上げてみた。

強いて区別するなら、

高下駄のことを足駄と呼ぶようだ。なかには、低いのを足駄というとする者もあるが…。

中部地方から東側でゲタをアシダと言い、西でゲタと言うとの意見もある。

一寸法師・牛若丸が履いていたのは、ゲタじゃなくアシダだということらしい。歯の高いゲタだったということか。

ゲタもアシダも、歯は二つ。

テングが履くのは1枚歯。

高い1枚歯。これは使い方によっては実に実用的なのであって、坂の上り下りの際などは、ハイテク商品になり得る。

洋にスケート靴があって、これは歯が立て向きに付いている。

我が国のゲタ・アシダは、歯が横に付いている。

歯が1枚の場合、シャンと立つには、歯はたて向きの方が良い。

が、歩むなら横向きが良い。

わたし、最近、ゲタを愛用しているわけだが、

  • 砂利道を行くに、歯が適度にジャリに食い入って弾力を生じ、柔らかく歩ける。
  • 石ころに乗ると、足首がクリクリ動き体位の平均を保つが、この作用は皮靴やツッカケではなかったことだ。ツボを程度に刺激するかのようで心地良い。
  • 昔、革靴の底に金具を打ち付けたものだが、この金具が歩く際、安っぽい音を出して閉口した。あの音は嫌だった。ゲタの音はエエなぁ~。あたたかい音だ。
  • 足の親指と人差し指(足の指でも人差し指って言うのかな?)の間に、鼻緒を挟むわけだが、オラァ~ゲタ履いとるだぁ~、との、明確な意識があっておかしい。
  • ゲタとアシダの区別だが、歯の高さと、厚さ、が分けるようだ。と、いうことは、両者に履き心地の差があるわけだ。
  • あぁ~、高下駄が履きたい!

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2005年10月22日 (土)

下駄(げた)

aki 隠居生活には下駄が似合う。

現役時代の40年間ほどは、靴下に革靴、首にネクタイだった。隠居になって、気が付くと靴下を脱ぎ捨て裸足で歩き回わっていた。ネクタイ?略礼服用の白黒以外は部捨ててしまった。どうしても必要になったら、そのとき流行のを買えばよい。

  • 先月頃まで裸足にスニーカーかツッカケ履きだった。
  • が、下駄箱に下駄(ゲタ)が一足入っていて、最近はもっぱら写真のその下駄を愛用している。

下駄について考える。

  1. 昔ながらの舗装していない地道を、下駄で歩くと、まことに気分がよろしい。
  2. コンクリート舗装の堅い道は、カラコロ・カラコロと下駄の音は楽しいが、膝に、ダイレクトに衝撃が伝わり、少し歩き辛い。
  3. で、舗装道はゆっくり歩くが、足の指が、一本一本息をしているのがよくわかる。
  4. 下駄の鼻緒の感触が懐かしい。元気に歩けるのが嬉しくてたまらない。
  5. むかし、高下駄というのがあった。なんとかこれを見つけて履いてみたい。

♪♪ゲタを鳴らしてヤツが来る♪腰に手ぬぐいぶら下げて~♪♪

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はおはおり~2

退職後、常は自宅でブラブラしているわけだけれど、
  1. 朝3時前に目覚めてゴソゴソして、一人でラーメン湯がき食ったりして、
  2. 世間が置きだす7時頃には眠たくなって昼寝(実際は朝寝かな?)する。
  3. 昼前に起きるともう気分は夕方で、一杯飲みながら昼食(気分は夕食)摂ります。
  4. で、午後4時・5時になると気分はもう深夜だ。昼(夜?)からの酒がまわっておる。自然と眠くなってゴロリと横になる、
  5. と、8時(20時)ころに目覚めて、かみさんの夕食時間じゃないですか。
  6. さすがにご飯を食べる気がしなくて酒だけ食らってすぐ寝床へ入る。
  7. と、翌朝2時か3時に目が覚める。
  8. 前夜8時(20時)に目覚めた時も外は暗かった。朝3時に目覚めた今も外は暗い。記憶がこんがらがって、目覚めても、今が、朝なのか、晩なのかが、わからない。
  9. いくら考えてもわからなくて、パソコン立ち上げると、日付表示欄が立ち上がる寸前に、グットイブニングとか、モウニングとかの表示が瞬時出る。それで朝晩が判然とする。
  10. で、今は、朝ってわけだ。
  11. あぁ~よかった!
  12. 確か、かみさんも、わたしと一緒にこの家に住んでいるはずだ。が、よ~く考えると、幾度かすれ違ったような気がするが、これって錯覚だったかな?

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ひとつ削除

え~と、たった今、昨晩6時頃アップした記事を、ひとつ削除しました。

世間をお騒がせし、かつ、エソの名誉をいちじるしく傷つける恐れがありましたのでね。

わたし、はようから酔っ払ってパソコン触るクセ、治した方がよさそう。

大反省 <(_ _)> ←お詫びの姿

どんな記事だったのかってですか?

エソを愛するあまりの、ラブソングでした。深情けは良くないと思っての削除です。

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2005年10月21日 (金)

正解

はおはおりー(好々日)ショウスケ昼寝で腹あぶり、

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2005年10月19日 (水)

わが家の秋

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わが家の猫の額の庭に味覚の秋が来ております。

左から順に、温州ミカン・レモン・カキ・キューイ・??。

さて、??は何でしょう?

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2005年10月18日 (火)

居候たち

ajikiseityuu これ誰だと思いますか?

居候です。一昨日10番で釣ったマルアジの口の中に居った。概ね魚1匹に一人の割合で居った。最大ので18ミリ。

裏向けて写したのは、腹にタマゴをいっぱい抱えているところを写したかったから。彼らなんていう名の居候でしょうね?いわゆるヤドリムシには違いないが、フナムシよりだいぶ賢そうに見える。

皆さんアジの口の中に居たのだけれど、大家はん(アジ)がエラ締めされて、氷水に入れられたから、この方たちビックリして口の中へと居場所を変えた可能性もある。

炒るか、煮て佃煮にして、食ってやろうかと思ったが、かみさんが嫌がるので、わが家の蔬菜園の畝に肥料変わりに埋めました。我が家の畑は、常に魚のアラが肥料で入るから、いつも美味しい野菜がデケル。おじいさんは海へ魚捕りに、おばぁさんは畑へ野菜つくりに、どうじゃ参ったか!その実は、田舎に住んで、こうでもして自給自足生活しないと貧乏人は食ってかれへんもんなぁ~。

大家はんの方はどうしましたかって?

ほんなもん、サシミにしたり、塩焼きにしたりして食っちゃった。でも、ご近所へ差し上げた分にも居候は座っていたに違いない。もしお届け先でビックリされなければよいが、と、心配なのだけれど…、さりとて、ことさらにお話しすると、かえってヤバイような気もするし、どうしたものかねぇ~と思いつつ、黙っておるですよ。

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2005年10月16日 (日)

エソ

仲間にしかわからない符丁で申し訳ない。

10番へ出ました。……播磨灘本荘沖10番ブイ周辺のポイントってこと…

eso マルアジ18.サバ4.です。あぁ~そうだ、エソ2。

アレッ! だれかさんに似てません?

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2005年10月14日 (金)

カイダコ異聞 2

アリストテレスの「動物誌」が閲覧したくて、三木市の中央図書館へ出かけたが、所蔵されていなかった。で、兵庫県立図書館からの取り寄せを願い出ると、今は、当図書館(三木市中央図書館)が部分改修中で、その取り寄せ手続きは当館の部分改修工事が終わった後になるがよろしいか、とのことである。どうも話しの流れが変なので、再度確かめても、やはり工事中のために、とのことだった。ひょっとして、民営化が必要かも??

寺田寅彦の「海の物理学」は自分の書棚に持っていたから、途中読みかけのまま放ってあったのを取り出して再挑戦。難しい数式がやたら出てきてさっぱり解らんが、その数式で何を言わんとしているかは解る。で、一応は読み終えた。これ、83年前に出版された本格的科学書。彼は、この後「物理学序説」を書いている。

前稿「カイダコ異聞」以降も、あれこれお教えいただくことが続いていて、

  • 前稿で出稼ぎ先を南極昭和基地云々と推定したのをとらえて、そりゃ「オキアミ(正式にはナンキョクオキアミ)漁」に行く方ではないでしょうか」との意見があった。なるほど、そういうことであったか。
  • これも右欄リンクサイト掲出中にあるのだが、水産雑学コラム27話に、カイダコのことにふれた話がある由。これカイダコのオスの話。
  • 対馬暖流が黒潮の分枝ではないとすると、黒潮からの流入は多くない=津軽海峡からの流出も多くないと考えてしまいます。 そうすると暖流が北に流れる分、北から同じ規模の寒流が南下しないと合わないような気がします。これに関しては,対馬海流が黒潮の分枝にしろ,黒潮起源水の流れにしろどちらにおいてもバランスしないと行けないと思います.入った分が何処からか出て行く.
    しかしながら対馬海流が黒潮の分枝なのか,他の過程(混合など)を経てからの流入なのかは,議論が終わったわけではないですし,考え方によっては分枝でしょうね.…と、これは某大学専門家からのコメント。

わたし、いろいろ聞いている間に、頭の中がゴチャゴチャになってしまった。以前ロシアの遭難船から大量の油が流出し、日本海沿岸に広くあぶらの帯が押し寄せたことがあった。あの時は、油が沿岸のどのアタリに漂着するのか、専門化が頭を絞っても判然としなかったようであった。こと左様に、日本海の海流は複雑怪奇。潮汐流は弱いが無いわけじゃなく、この影響だってあるはずだ。また、ひと口に対馬海流と言ったって、対馬を挟んで海峡は南北二つある。二つの水道(海峡)をひっくるめてひとつの話でまとめるのはヤバクはないか。どうなっておるのだろう。日本海側沿岸での、稚魚放流の際などは、各府県水産試験場の読みの腕の見せ所ってことかな?自分のテリトリーで放った稚魚は、隣の隣の県の沿岸で成長したりして、コンガラガッテいるのではないか?ましてや魚には尾っぽというスクリュウが付いているからなぁ~。

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2005年10月13日 (木)

カイダコ異聞

右欄リンクサイト冒頭に掲げたFishmlの仲間らに、“カイダコと黒潮の関係”について教えを請いたいと質問状を発したところ、極めて得難い貴重な情報が寄せられた。要約してみると、

  • カイダコの生態がいまいちはっきりしていないこと。
  • 黒潮と対馬暖流との出会い関係が、どうやら大きく関係しているらしいこと。
  • 黒潮の流れのエネルギーと、黄海の低塩分沿岸水との混合態様が、仕方が、タコフネ(アオイガイ)の移動に深く関わっているってこと。コリオりの力が云々とある。
  • 上述の議論にさらに一石を投じるのは、今年南極へ(昭和基地へか?)出稼ぎに行くというお方で、間接的だが、リマン海流の影響もありそうだってこと。

話は、わたしごときド素人の出る幕じゃなくなってきた。が、しかし、艇を駆って黒潮を縦横に、本流・支流を航行した感触からすると、東シナ海特有の何かが、…それは黄海から受ける何らかの影響であるのか否かは判然としないが…、あるのじゃないか?わたしは、五島列島の若松島北西の日ノ島で、タコフネと出合ったのだ。東シナ海は特異な海なのかもしれない。気になることだ。

なお、タコは、真水が大嫌いである。釣ったタコを真水に入れるとモガキ苦しみ真っ青(?)になって死んでしまう。黄海の低塩分沿岸水はタコにとってはあまり好ましい物ではないはずだ。このことも、考えねばならんのではないか。もっともカイダコは真水に強いってことなら別だけれど。

☆いまひとつ追加

わたし、「カイダコは“貝蛸”の意かと思うのだが、ひょっとして“櫂蛸”じゃなかろうか? 二本の平たい脚が櫂に見えるようにも思う」との問いも発していたのだが、これにお応えしてくださった方があって、
   
⇒「カイダコの奇妙で美しい姿には古今東西、多くの人が感心を抱いてきましたが…、アリストテレスも「動物誌」の中でカイダコに言及し、炭酸カルシウムを分泌する一対の葉状腕を「櫂」や「帆」の様に使い海面を移動すると考えていたようです」とのこと。

わたし、今日は、これから図書館へ行って、その「動物誌」に当たってみようと思う。ミミズが泥から生まれるって彼が言ったことは知っていたが、カイダコの脚のことまで話していたとは知らなかった。

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2005年10月11日 (火)

解離症状

いまいちど、退職後のわたし自身の精神状態について自省してみたい。

思うに、わたし、未だ市役所職員として勤務していたころは、今思うと、完全なる「二重人格者」であった。否、わたしに、そのような器用な人格の使い分けが出来るはずもないから、正しくは、わたし自身の人格のある半面を押し殺し、職場で求められていると感じていた狭い一面だけで、職場という社会を渡っておった。

上司の指示がバカバカしく思えてしかたなかったけれど、「ハイわかりました」と言って指示に従った。明らかに間違っていると思っても、、「ハイわかりました」と納得顔をしてみせた。

このような態度が、“職場では求められている”、と、下級サラリーマンのわたしはあきらめておった。月給と交換だ、我慢我慢。

しかし、わたしは極めて不器用な男であって、バカを演ずる際も又同様である。自分の目が殺しきれないわけだ。上司の指示に「ハイわかりました」と返事はするが、目が、反抗的である。目が、上司をバカなやつだなぁ~と見ている。嘲った目。わたしはよくそのような目つきをして上司を見ていた。

今にして思う。“お前(わたし)は、いったいなんぼのもんや!”、と。

使われ身てぇもんは、すなわちサラリーマンてぇもんは、大なり小なり自分を殺してお勤めをする定めを負っている。が、しかし、上司が幸いにも本当の意味で尊敬に値する人物であった場合は、この自分を殺すという不幸は避け得ることができる。そう!全力で師に学ぶという気持ちで仕事に邁進することが出来る。

おのれの能力不足が、上司の真の能力・人格を見損なうのだ、と、一般にはそのように理解される。ほとんどの場合、それで正しかろう。だか、それにしても、サラリーマンの世界は厳しい。わたしのようなヘンゲタ男には不向きな職場ではあった。

完全にリタイヤした今ふと気がつくと自由であった。

今まで押し殺して部分がいたわしくてならん。本当は、ここに、わたしは生きたいのであった。

つい先日、かつての職場近くへ出かけたことがあった。そして、その当時の心境がフット湧き出てきた。なんとそれは不自然で偏った心境だったことか。ゾットした。真実寒気を覚えた。

リタイヤして9ケ月が過ぎようとしている。未だに、往時の切なさに心荒ぶことがある。せめてこの荒びから抜け出た後、人生の幕を引きたいと思っている。

二重人格。それは逃げの手であろう。しかし、多くの者が、二重人格を演ずることで日々の糧を得ている。健全な二重人格ってあり得るのだろうか?これ、「処世術としての解離症状」ということが精神科的に言えるそうだ。わたし、次のサイトをときおり閲覧してる。http://blog.tatsuru.com/

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2005年10月 8日 (土)

周航記番外編・タコフネ

kaidako 写真は、五島列島若松島の北西に浮かぶ日ノ島のブンちゃんにもらったタコブネである。正しくは、カイダコの殻。アオイガイともいう。オオムガイに似ているが、このなかにカイダコのメスがあたかも貝のような感じで入っている。貝じゃない、立派なタコの家です。タコが自分で建築したのです。信じられますか。

二つのうち大きな方は直径23センチ50グラム。薄い殻です。そっと扱わねば壊れそう。どうです綺麗でしょう。

このカイダコは明石タコなどと比べるとチンケなタコで、脚は8本あるのだけれど、うち2本は平べったいのだそうな。わたし未だ現物は見たことがない。

ブンちゃんが沢山持っていて、欲しければあげるというので、遠慮なくもらってきた。写真のものよりもう一回り大きのがあったのだけれど、貝殻コレクターの二郎ちゃんにさし上げた。

ブンちゃんがね、「この貝のなかにタコがよくはいっている。どうやらタコは貝が壊れると自分で修理するようだ。貝の壊れたところが、ホラこのように修理された跡がある。タコが修理したとしか思われん…」と言うていた。ブンちゃんは、ひょっとしたら、この貝そのものを、中に入っているタコが創ったことを知らなかったのかもね。タコは2本のへベタイ脚から貝殻用の分泌物を出して貝を創るそうですよ。わたし、あとで調べて知りました。

黒潮(※)に乗って主に日本海へやってきて、成長し、そのまま死滅するとありました。死滅回遊というそうです。美人薄命だね。わたし、自分の机に置いて毎日眺めております。

※右欄コメントに、“黒潮に乗って”とあるのは真っ赤なウソじゃないか、とのご指摘がありました。わたし、この部分に確証がありません。どなたかより詳しくご存知のお方がおられたら、お教えくださいませんか<(_ _)>。

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2005年10月 7日 (金)

周航記番外編・山師

九州天草下島の崎津漁港前浮き桟橋に艇をもやったのであった。時化た海からの緊急避難であった。

夕刻、桟橋根元に1台のワンボックス・カーが来た。薄汚れた感じの年齢不肖のオッサンが、運転席から出てきて、車の後ろから釣り竿を取り出した。まだ50代とも60代後半とも見える風采の上がらぬ小太りなおっさんだった。

虫餌を用意しているらしかった。何を釣るつもりか聞くと、アラカブを釣るという。冷凍キビナゴがあれば、もっと他の例えば大きなアナゴが釣れたりするのだが、持っていないという。「ついこの先の何でも屋に売っているのではないか」と言うと、「売っているだろう」とのこと。そう言いつつも買いに行こうという気はないようだった。

わたしは、夕食に漁協近くの飯屋へ入った。その帰りに、何でも屋へ立ち寄り、冷凍キビナゴを1パック買った。艇尾から竿を出すと、たちまちアラカブが掛った。餌を付けなおし垂らすと、又、アラカブ(ガシラの意)が釣れた。たちまち釣れるがあまり面白い釣ではない。わたしは、アナゴを釣って食ってやろうと思っていたがアラカブではしょうがない。釣っては捨て(リリース)釣っては捨てしていた。

翌朝、その風采上がらぬおっさんは、車の側で朝飯を食っていた。わたしが起き出して艇キャビンから顔を出したのを見てやって来た。これを食えと言って、堅いビスケットをくれた。それは、わたしが、艇が洋上で遭難した際に使うべく用意した非常食と同じものであった。二人で、少し塩味の付いたビスケットをかじり食った。彼の朝飯のおすそ分けであった。

彼、常の釣り人とは感じがどこか違っていて、茫洋としたなかにではあったが、海辺での魚釣りを楽しんでいる様子が尋常ではなかった。

気になって、「お仕事は何?」と問うてみた。

「山師だ」とのこと。

車を見せてもらった。ワンボックス・カーの中は、生活用具と、鉱山探索用具と、釣具で満杯だった。

海辺で英気を養っては、又、山へ入る、という生活らしかった。

「山師だ」と応えたときの彼の顔が未だに目に浮かぶのである。今頃、どこの山を探索しているのだろう。そういう仕事が今時あったなんてビックリしたのであったが…。

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今になった

拙著「海の凪ぐ日」を、旅でお世話になった方々や、古くからの友人・知人らにお届けしている。折り返し、いろいろなカタチで連絡をいただくが、分類すると、

  1. ページを繰ることもなく、即座に、本が着いた旨の連絡をなさったお方。
  2. 「はじめに」と「おわりに」の部分にだけお目を通されたお方。
  3. 相当ページまで既に読み進まれたお方。
  4. 全部一気に読み終えられたお方。

これ、どうやら、“ボートや魚釣り”への関心度がなせる技らしい。

その連絡手段は、

  1. 電話。通常の電話です。携帯にはほとんど掛ってこなかった。
  2. ハガキ・手紙。
  3. パソコン・メール。……ボート・魚釣り関係者は、たいがいこの形式だった。

問題は話しの“内容”です。

  1. 悠々自適の貴兄はうらやましい云々……このお方も結構悠々自適を実行中、
  2. 身体を壊していてどうにもならん云々……手術を2度して療養中など等、
  3. バァサンの介護で泣かされておる云々……介護経費+気疲れで、ダウン気味
  4. 主人はいついつ亡くなりました云々……ビックリ仰天、言葉も無い

総じて言えば、世に言う、テレビ前に寝ッ転がり、ぐだぐだしているって形式の人は案外少ないみたい。なんといっても、№3のケースが多い。№4は言語道断。分類にはあげなかったが、退職直前ないし直後離婚のケースもある。

このたびのことをきっかけに、気の合う仲間等で、久しぶりに一杯会をやることになった。一応見かけ元気で、付き添い人無しで歩けて、特段の食事制限もない者らが集まり呑むわけだが、毎度のことながら、酔いが進んで気が緩むと、話はそぞろ1~4・5…のこととなる。

人生は単純じゃない。わたしにも寝たきりの母が健在(?)である。四六時中かみさんの機嫌を損ねていて、×△寸前って気持ちになったりする。朝晩ハート関係の処方薬を服用しているが、今日の受診で血圧降下剤の処方が強化された。要するに、仲間等全員が、何らかの形で、同じような毎日であるわけだ。

おっとろしやぁ~!

頭からアデランスを外し、口から入れ歯を外ししたら、集まった者らは、互いに誰だかわからんのじゃないか。 わたし、このところずっと歯医者通いしているけれど、入れ歯は無いし、薄くはなったが自分の髪だ。やはり、苦労が足りなかったのだろうか?そらそうだわなぁ~、ぜんぜん出世せんだった。ぼやぁ~と魚釣りしていたら、今になった。

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2005年10月 6日 (木)

ソデイカ釣り

75歳未満は老人とは呼ばないことにしようということが議論され始めたようだ。わたしは今年ようやく65の老人になり得たと思っているのに、あれ!っと、トンビに油揚げさらわれたようなような気がしないでもない。反面、そらそうだ、そう無理やり年寄り扱いされたくはないわい、と、いう気もある。

60歳で勤め先市役所を定年退職し、その後4年間弱、某体育館で使ってもらって、今年の1月末で、それも止め、以後は晴れて天下の老人になったつもりであったのだ。

時間が超自由になり、趣味に専念すること丸9ケ月。日々なにやかやゴソゴソやってはいるものの、そぞろ過ぎ去りし年月を思うことが累積するのは、老人症候群に罹患したってことだろうか。

で、知らず知らずの間に、幼き日を過ごした故郷・柴山へ行ってみたくなったようだ。だが、わたしは、柴山への釣り行きを、当初から、そのように自覚し、位置付けしていたわけではない。ただ、日本海の秋の海で魚釣りでもしてみるか、と、単純に思っていたに過ぎなかった。

柴山で、幼馴染に出会い、但馬地方特有のイントネーションで少しの間語り合い、一泊の後、翌朝、親戚の若い衆の船で海へ出たのであった。わたしは、同行のゆりたろう氏と、二郎氏に、わたしの幼き頃の、思い出ばかり話していたように思う。彼らは、ひょっとして辟易したのではなかったか?

仕立船であった。前日は、大物が良く釣れていて、船頭も自信があったようだ。が、明けて本番は、どうしたことか、さっぱり魚信が無く、ボーズに終わった。

わたしは、前夜から軽い興奮のなかにあって酒を呑みすぎたようだ。翌朝本番の釣では、船に乗る前から酔っていた。二日酔いである。前夜わたしに付き合ったゆりたろうは、辟易話しに悪酔いし、彼もまた船に乗る前から完全なる二日酔い症状のなかにあった。

二人は、交互に、ゲフッとゲロ寸前のゲップをしては、船縁から外へ首を突き出していた。船頭が「なんぼほど呑んだんだぇ~、おじさんは酒の呑める筋だでなぁ~あ、しかたがねぇなぁ~あ」と、あきれ顔をしておった。

次第に天候が悪くなって早仕舞いした。もうこの頃には二日酔いも峠を越し、船酔いからも抜け出はじめていたが、消沈した戦意は戻らなかった。

でも、わたしには、故郷訪問後の満たされた気持ちがあって、なんら不満はない。

問題は、二郎ちゃんと、ゆりたろう。二人とも、ガックリ疲れてグッタグダ。当分立ち上がれないのではないか。

柴山漁協直売店「マツエイ丸」で、赤イカ(※)を一杯(1匹の意)買った。これを3等分に切り分けて、各自、家への釣り行き土産とした。

※学名ソデイカ・通称樽イカとも赤イカともいう。大きいのは20キロほど。この日買ったのは3キロ物でごく小さな部類。3千円だった。これでも4~50人分の刺身がとれる。甘くてムチッとした味だ。冷凍保存が可能。山陰海岸土産にはお勧めの一品。

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2005年10月 5日 (水)

魚釣り文化

仲間のゆりたろうと二郎ちゃんとわたしの3人で、昨日、山陰柴山の第三豊洋丸に乗ってきました。仕立てです。大物メジロ(※)狙いだから、3人それぞれ超特大のクーラーを持っていった。釣果はここを観てくださいな。http://howyoumaru.com/chiyoka.html
神戸市岡村氏ら、と、あるのがそれです。
どうです!りっぱなものでしょう!

この凄腕の船頭は、実は、わたしのごく近い親戚です。
ここ柴山港はわたしの故郷ってわけだ。

わたしは、柴山で小学校3年生の1学期まで過ごしました。小さい村です。1学年1学級。同級生は何人居たのか記憶にないが、内数名とは、57年を経た今でも幼い頃の呼び名そのままで語り合うことが出来る。ツー君、ター君、カツヒロ君等だ。

ター君はもう亡くなった。カツヒロ君とは昨年56年ぶりに音信が通じた。昨年ひょんなことから、わたしのメダカ釣りが、新聞紙上に取り上げられ、それをカツヒロ君が偶然見て、互いの安否がわかった。ツー君は漁業組合長を退いた今も柴山港の現役網本。昨年ハイテク大型船を新造した。頭は半ばツルッパゲながら、どうしてどうしてかくしゃくとした風貌。威風堂々の網本だ。

ところで、魚釣りとは、“魚を釣りに行くこと”を言うのである。あったりまえだ。が、しかし、単に“魚釣りだけが目的”であったかというと、必ずしもそうではない。

よ~く考えると、多くの場合、魚釣りは、単なる手段であって、真の目的ではない。ストレスや、なにやかやがあって、心身に気分転換の必要が生じており、この状態が釣り行きを思い起こさせ、結果、釣り行きとなるのである。

わたしは、別稿で「魚釣り文化講座」を開き、少しずつ思いを深めつつあるが、詰まるところ魚釣りは、手段の域を出るものではなさそうである。

今回の、柴山への釣り行きの、真の目的は何だったのだろう?

出発前に問われれば、即座に、メジロを釣るのが目的だと言い切ったに違いない。(※ブリは成長と共に名が変わる。ツバス→ハマチ→メジロ→ブリ)。

なぁ~ンも釣れずボーズに終わったのである。なのに、今朝、軽い疲労が残るなか、妙に、釣り心潤い、満ち足りた思いがあるのはなぜだろう。

海には今話題のエチゼンクラゲがガッポガッポ泳いでいた。ナマリ色の雲が攻めてきたと思ったら大粒の雨が襲った。ややこしげな怪しげな空になったなと思ったら、風が舞い降りてきた。わたしもゆりたろうも、前夜の呑み過ぎが祟って、ゲロ寸前。真っ青な顔で死にそうだった。特大クーラボックスは空っぽのまま。酒に酔い船に酔っての帰路途中、しだいに腹が空いてきて餃子の店「王将」で定食を注文。こちらは量が多すぎて食いきれなかった。一番若いゆりたろうだけがペロリと平らげた。

今朝、最年長の二郎ちゃんからメールがあった。「帰る故郷があることに、われわれは、羨望の念を禁じ得ません」とあった。同行の二人にとって、このたびの釣行は、どのような思いのなかにあるのだろう。わたしは、二人を、ある種、強引に誘ったのであった。

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2005年10月 2日 (日)

“自費出版の置屋さん”

ゆりたろうは、あるいはホリエモンの上を行くのじゃないか!!!

ゆりたろうは、このたび“自費出版の置屋さん”を始めました。

<新規ビジネス“自費出版の置屋さん”の内容…・ただし暫定案>

  • 年間費用 5000円 + 売れた代金の15%の手数料を徴収して、売れない自費出版著者の「本」を預かり、楽天で販売するって商売です。
  • たぶん殆どの自費出版本はそんなに売れないと思うので、“自費出版の置屋さん”としては、年間管理費が収益源になります。
  • 売れた場合の著者の取り分は一般流通より多いので、売れる本を書く人はお得です。
  • 尚かつ友人、知人らへは、“自費出版の置屋さん”扱いになっていることをお知らせさえすれば、自分で配送する手間が省けるし、代金徴収も気兼ねなくできる。
  • 贈呈としたい場合は、配送手数料を著者が“自費出版の置屋さん”へ支払えば済むわけだ。

取扱製品ですけど、この第一号書籍がなんと拙著「海の凪ぐ日」。

わたし、光栄だ!「本」を売りたいってことじゃなく、わたしの自費出版が、ゆりたろうの新規事業展開に結びついたことが超嬉しい。この“自費出版の置屋さん”は巨大企業に成長する可能性がある。

既に事業は立ち上がっている。下記サイトをクリックしてみてほしい。ゆりたろうも釣り人。やることが素早い。アタリがあったら、パッ!と合わせをくれるのだ。

このページ閲覧いただいた皆様方におねがい <(_ _)>

ゆりたろうの“自費出版の置屋さん”、PRのこと、どうぞよろしく (*^。^*)

http://www.rakuten.co.jp/base/681164/

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2005年10月 1日 (土)

誤解・錯覚

発送した「本」が、順次届き始めたようである。いろいろ感想をお聞かせいただくなかに予想外・想定外のことがあって、少し心配なので、ここへ書き出してみる。

  • B5版用の茶封筒に入れて発送したのだが、封筒に刷り込んだ「夢・日本一周」のカラー文字がわざわいし、受け取ったご家族の方が、旅行者から送られた迷惑PRと勘違いして、開封もせずに捨ててしまったケースがあるようだ。
  • この「本」は、まったくの自費出版であって書店には出ていない。本当は本屋に並べたかったのだが、そうするにはどこかの出版社と契約し、それ相当のお金を払わねばならん。売れそうに無い「本」の場合は、必要経費全額を著者が負担する仕組みなので、わたしはこれに耐え得なかったわけだ。
  • ふざけ心で“貧乏なお方はタダで、お金持ちは有料で、「本」代金を桁上し、お支払い願いたい云々”と、ブログに打ち込んだものだから、いただく感想の最多のものが、“自分は貧乏だの、お金持ちだの”ということであった。もちろん、大金持ちが、代金桁上げしてお買い上げになることに、わたし不満は無いけれど、そう糞まじめに冗談に応じる必要はござらん。しかしなぁ~、こんなに多くの金持ちが居られたとはビックリだ。推測するに、みなさん、わたしに比して、1桁~2・3桁大きいサイフの持ち主であられるらしい、参った! ナヌ?儲かったかってですか?皆さん言うだけで、まだだれも桁上げ支払いしてくれない。
  • 郵便局の冊子小包では240円、黒猫では160円と、以前ブログに書き込んだが、240円は210円の間違いであった。それにしても50円も差があるとは驚きだ。冊子小包の場合は封筒の隅を一部切り裂いて中身が冊子か否か確認できるようにしなけりゃならぬが、これも今時流行らぬやり方だと思う。わたし、郵便局には何かにつけてお世話になってきたが、知らぬ間に、だいぶ損を重ねていたみたい。あぁ~クヤシイ!
  • ついでながら、黒猫の店は、毎日、朝7時~晩9時、の間、受け付けてくれる。郵便局と比べるとサービスに格段の差がある。ワッシャ、この郵便局に関しては小泉どんは正しいと思う。
  • パソコンの筆まめソフトは、かみさん関係も、打ち込んである。間違って、かみさん関係分へもごく小数部発送してしまった。その間違い先から連絡があってわかった。で、かみさん、このことをたいへん怒って機嫌をそこねた。ダンナが、こんなオッサンだということがバレテもた。、今後あたしゃどうすればよいのだ、と、いうわけだ。彼女、烈火のごとく怒っておるが、どう申しますか、ワッシャ複雑な気持ちだわい。

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