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2005年11月

2005年11月30日 (水)

あぁ~あ

富山湾・氷見漁港へ寒ブリの定置網見学(11月25・26日)に行った話だけど、氷見市場内の食堂の“カブス汁”は“歌舞す汁”が転じたものではないかな。食堂内に名の由来が少し書いてあったとおもうが、大きな椀を頭に被る(カブル)ようにして持って啜るからカブス汁と言ったのではなかろうかと書いてあったと思う。もし、“傾す(かぶす)”と解せば、カブ=頭を、傾すであって、うなだれる意。これは違うだろう。

“被す汁”で正しいならそれはそれでよろしいが、いろいろな魚のぶつ切りが盛りあがって、景気がよくて豪勢な感じに着目すれば、賑やかで華やかだってことで“歌舞す汁”とは言うなり、と、解したい。ひょっとして、名の由来説明書は、このように書き換えたほうがよろしいのではないか。

氷見の大敷網の網元たちは、昔は、あるいは今もそうかもしれんが、京の花街へ繰り込んでは、舞子さんらを集め豪勢な遊びをしたようだ。氷見は意外と京に近いのだ。歌舞すって感覚は、氷見に似つかわしいような気がするがなぁ~。

氷見で食った料理だけれど、夜の懇親会はまっことスゲェ~ものだった。メーリングリスト・FIshmlのオフ会であったわけだけれど、全国から魚に関わる猛者たちが集まっての会だ。半端モンが約2人居ましたけどね。わたしと釣友二郎ちゃん。まぁとにかく半端な料理は出なかった。当節氷見で食える最高の食材がドカッ!と出た。もちろん会費は負担しますが、どう考えても会費で賄える料理じゃない。世話役の方々の実力が取り揃えたってことですな。ビックリした。

翌朝、氷見漁協のセリを見学して又々ビックリ。競り値が高い!ここの魚々は皆ブランド品なのですよね。漁港内に観光客用の海鮮館があって魚々が売られていた。ブリは10キロ物が4万円。いろいろ魚が棚にあったがそろってよそ行きのネクタイ締めていた。みな高価だってこと。ヌヌッ!前夜のご馳走はいったい幾らほどの値だったのだろう?

わたし、干しニギスが欲しかった、できればエテカレイと、ソデイカも欲しかった。が、高かった。えっ!ニギスをご存じない!干しキスの名で売ってあるからなぁ~、よォ~く見ていただくと、キスにそっくりだけれど、すこし下あごが突き出ていて、そのせいか面構えがしっかりしている。それがニギス。買いたかったが財布が許さなかった。年金ジジイはセコイのだ。あぁ~あ (^_^;)

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2005年11月29日 (火)

くだらん 2

広辞苑によると、

“くだらん”は、“くだらぬ”で、“くだらない”に同じ。

つまらない、価値がない、の意。

“くだら”の“”は、打消しの助動詞“”の転。

“くだらん”…、なんて汚い言葉だろう。

でも、この言葉は、「物事に負けることの気楽さ、捲き込まれて自然に生きる楽しみなどという日本的諦観を、云々」の下線部分を、煮詰めたものでもあるのではないか。

わたしは、何事によらず「くだらん!」と、想い捨てては窮地から脱してきた。立ち向かう煩わしさからサッサと逃げ出してきた。どうせ勝てはしないのだから。

この生き方こそは、まさに私自身のものだ。

先の列島周航の旅途上、九州唐津で出会った某ヨットマンから、今日、周航記「海の凪ぐ日」の読後感がメール送信されてきた。

遭難一歩手前の窮地から不思議に難を逃れる術を心得ていられるような不思議な本です」とあった。

恥ずかしいことだ。

難を逃れる術”なんて、わたし知らない。そういう時、わたしはいつもこの“くだらん”を想って逃げてきたのだ。

“こんなことで死ぬなんてくだらん”と、思ったり、荒波に恐怖を覚えた自分に気付いて、“くだらん波だ”と、我に返ったりした。

“あぁ~くだらん人生だった”と思ったこと、これはしょっちゅうである。

で、なげやりになったかというに、案外そうでもなかった。そう思った途端に、いや、そうくだらなくもなかったな。案外面白い人生だったぞ、と、思って、またぞろ荒波に立ち向かうのであった。

わたし、くだらん、くだらん、と、いつも思っていて、その言葉をきざみつつ、いまだにくだらん余生を送りつつあるようだ。

今日も、何するまでもなく暮れて行くようである。くだらん一日だった。

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くだらん

司馬遼太郎「街道を行く」を読んでいる。

道元を語るくだりに、

「道元は…、物事に負けることの気楽さ、捲き込まれて自然に生きる楽しみなどという日本的諦観を、性格としても毛ほどにも持たなかった…云々」とあった。

そうかぁ~、“日本的諦観”かぁ~、

目が、この二行にわたる記述に貼り付き、動かなくなった。

正法眼蔵(しょうほうげんぞう)は解らぬままに読んでいる。

常に座右に置いていて、ことあるごとに、たびたび目を通している。

だが、わたしには、おおむね解らないのである。

だがだが、気になって、心覚えの一節を又開き見る。

ただひとつ、私に解っていることがある。それがわたしには宝になっている。

それは、

ここ(正法眼蔵)には真っ当なことしか、ただそれだけしか書かれていないってこと。そのことだけが、直截に語られていて、それが見えないのは自分の目が曇っているからだろうということだ。

時に開きみて、何かハッと気付くことがある。

そして、ゲップが出た後のスキッとした感じというか、

首を振ってポキポキッと首の骨が鳴って凝りが瞬間ほぐれた時の感じというかが、

フワァ~と追いかけてくる。このなかに身を浸す。実にこれが、気分が良い。

この“フワァ~気分”が、冒頭の二行にもあった。

なんじゃ、くだらんというなかれ。

なぜかは知らぬが、ストンと腑に落ちたものがあって、ページを繰るのを止め、かくは書きだしてみたのである。

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2005年11月28日 (月)

フグ

わたし、シャバ社会から足を洗って後、始めての年末を迎えますが、毎年、両手の指を繰っても足らぬほどあった忘年会がすっかり無くなり、どこからもお呼びが掛らない。

趣味(尺八)の仲間が集まって一杯呑んでそれでおしまいになりそう。なんか変な感じ。あぁ~、魚釣りの仲間等の呑み会があるかも。きっとフグ鍋(テッチリ)ですよ。

もう鹿ノ瀬でフグ釣りが始ったみたい。トラフグも時に釣れるが多くはナゴヤフグ。30数センチ前後が釣れる。沖でさばいて身だけを持ち帰り、テッチリで食う。これからしばらくはこれが中心になりそう。去年も、仲間はだぁ~れも死ななかった。今年はどうかな?

今春以来、神戸新聞の木曜日夕刊に、小さな魚釣りコラムを隔週書いてきたが、12月末でここからも足を洗う。

その最終回にフグ釣りを書いてよろしいかと、編集者へ問い合わせたらダメだとのこと。読者が真似て、フグを釣って食い中毒死が出たら困るからという。わたし、読者を殺すつもりはないから、安全な食べ方を書きたいと食い下がったが許可が下りなかった。

でもねぇ~、12月中旬~1月末頃までは、沖じゃぁフグ釣りばっかりでっせ!

正月明け早々の鹿ノ瀬あたりでは、海苔網のブイに漁船(網船が多い)をくくり付け、おっさんが一人、炭火コンロを船に持ち込んで、酒を温めながらテッチリ食っておる。厚着に背を丸めて釣ったフグをさばいては鍋に入れておる。毎年、そういう漁船を幾隻も見かけますよ。至福のときでしょうね。こういうのを見ると、われわれも真似て、フグ釣らんわけにはいかんですなぁ~。

団体で騒いで飲み食いしているのは見かけないなぁ~。皆さん静かに楽しんでいる。漁師さんらは、この時ばかりは数釣るつもりはないのでしょうね、鍋分だけで、のんびりくつろいでいる様子が見て取れて、わたし、近年、この風情を見ないと正月が来たような気がしないです。

もうすぐその頃になるなぁ~。

…と、もう春になって、水がぬるみ始め、桜が咲き、若葉が萌え、五月連休だわ。

列島周航東日本編へ出航だ、出航だ!

あぁ~忙しい!

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2005年11月27日 (日)

責任

最近、変な事件がいろいろ報じられていますね。責任者出て来い!って感じかな。このあたりのことを、内田樹先生は「『責任を取る』という生き方」にまとめられた。

で、以下は、

わたしの、コメント。

責任を他人に押し付けるたりせず、ひたすら深く自己反省し、自分の身にふりかかった災いを甘んじて受けるってこと。これって好ましいことなのかどうか。

身に起こった災いの発生因子の相当部分は、自分の不注意・不心得から生じてはいても、比率的には他者の側にも責められるべきものがある場合。否、他者の方にこそ、その発生因子(原因)が多く存在する場合はどうするか。

自分の側にあって、自分の心得ひとつで左右できたはずのことがセーブし切れていたら、その災害は結果的には発生しなかったであろうとして、ひたすら反省を深めることが良いのか悪いのか?

自己成長のためには、自己反省する方が、他者を責めるより、より優れているでしょうね。

が、しかし、そうすることで、社会がより住みやすい方へ発展するかどうかは疑問だ。

自分が反省することは良しとしても、他者もまた自分と同じように反省してもらいたいと考えること、これって、やはり他者を責めていますでしょう。

他者のなした過ちを責めずに済ますことは、社会生活を続ける上からは不可能ではないのかな。世はいわゆる契約社会でしょう。互いに約束しあって成り立っていますでしょう。

互いに約束を守らなきゃ成り立たない。“責める”ってことじゃなく、“他者が自分ら各々の責任を認めることを容認する”ってことが大切と、考えてもよい。で、容認しようとしない者は排除する。この排除するって選択は許されますか?

わたし、自分自身を振り返りるに、

自分の誤りに気付かず、油断油断の日々をおくってきたし、今もなそうですよ。自分の側にある責任をきちんと自覚すること、これが実は一番むつかしい。わたしだって、はっきりと自分の誤りを自覚し得ていたら、そうたびたびは間違えなかったと思う。でも、いつまでたっても、ダメみたい。どうやら、わたしは、自己反省する前の段階で既に貧弱にすぎるようだ。わたし、どうすりゃよいのだろう?

視点をすこし変えてみます。

神様・仏様たちは、ご自身が「責任を取る」ってことを、どうお考えになっておられるのかってことを。

わたしは、長い人生の中で、幾度も幾度も「あぁ~神も仏も無いものか…」って思いました。あぁ~、神や仏は、私を見捨ててしまった。神や仏には、善良なる市民を護り保護するって責務があるのではなかったか。もしそうなら、その責務を果して欲しい…と。

いわゆる、苦しい時の神頼みってことですな。

旧約聖書「ヨナ書」に、

「神よ!あなたは私と交わした約束を破られた。あなたは40日後に、悪の街ニネベを滅ぼすと約束したではないか。もうその時期が来たのに、なぜ滅ぼさないのか。そういうことなら、わたしが、あなたの約束違反の罪を背負いましょう、即刻わたしを殺しなさい!」

と、神に抗議した男が居る。

抜粋してみよう、

「…あなたは、恵と憐れみの神であり、忍耐深く、慈しみに富み、災いを下そうとしても思い直される方です、主よ、どうか今わたしの命を取ってください。生きているより死ぬ方がましです」といった。

応える神の弁明がおもしろいですなぁ~。要するに、神は、なにをしてもエエってことかな。神や仏に責任を言いなじるってこと、これほど不埒なことは無いってことかな。

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2005年11月26日 (土)

寒ブリとカブス汁

aki_024 aki_032 aki_029 富山湾・氷見漁港へ寒ブリの定置網見学に行ってきました。昨日は200本ブリが網に入ったらしいが、今朝は100本ほどだった。定置網は幾つもある。見学したのは灘浦の大敷網。残念ながらこの網ではブリは見えなかった。まだ暗くて写真写りが悪いが、早朝5時前の網あげと、6時半からのセリの様子である。

セリ見学の後、市場内の食堂で朝食を摂った。サシミ付きカブス汁定食、1100円。大きなドンブリに魚のアラが山盛の味噌汁。蟹も入っていた。サバ・カツオ・ウスバハギ・ヤガラ・タイの等などのアラが入っていた。これ、元来、漁師が沖で食う沖料理。昔、沖で一仕事し終えた男どもは、取れた小魚をぶつ切りにし、味噌と一緒に鍋にぶッ込んでこのカブス汁を造った。男どもは沖で汁だけをススリ、中のアラ身は家族たちの食い料としてワッパ(弁当箱)に残し、大切に持ち帰ったそうな。下働きは辛いなぁ~、この汁呑むとなんともいえない奥深いアジがするもんなぁ~。カブス汁の写真撮っておくのだった。感無量で汁に挑んで、写真撮るのを忘れた。残念!

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2005年11月25日 (金)

札束背負って

もう6時半近くなるのに、まだ外は暗いですね。なんとなく白みつつあるけれど…。陽の長い頃はもう日陰が出来ていて世間は真昼間でっせ!

今日は、富山の氷見へ二郎ちゃんと一緒にでかけます。メーリングリストFishmlのオフ会に参加。明日は寒ブリの定置網を見学の予定。

嬉しくってしかたがないですなぁ~。わたし興奮性なのかな?またまた寝てられなくて4時すぎから起き出しています。富山へは愛車のホンダCRVで出かけますが、もう数日前からナビに今夜宿泊予定のビジネスホテルの電話番号が打ち込んであって、ここ数日そのままあちこち走り回わったものだから、ナビの音声案内が無茶苦茶を言うておる。気が狂ったのじゃないか?今日は富山の方へ走りますからね、機嫌を直してもらいたいですねぇ~。

車ですけど、トヨタのレクサスってのは上等らしいですね。内田樹先生のブログをみるとどうやら超上等の車らしい。N産自動車がこれに対向するのを造るについて、先生にマーケットリサーチ上の質問にきたらしい。で、先生はそれなりのコメントをされたとあって、それはそれで「あぁ~そうかいな」ってわけだけど、その後、先生は、「このようなバカコメントに大枚の取材費を投じていては云々」と文を書き綴られている。“大枚の取材費”でっせ!うらやましいですなぁ~、先生いったい幾ら貰われたのかな?世の政財界が札束背負って先生を追い掛け回している構図ですよ。すごい!

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電動“餅(もち)つき器”を買いました。もち米の玄米を、“電動米つき器”で白米にします。これを研いで9時間寝かせる。その後このたび買った“電動餅つき器”に入れてスイッチオン。

と、暫らく後、ゴソコゴソコ音がし始め、やがて餅ができました。

かみさんがキャッキャ、キャッキャ喜んで、怠けクラゲ様のグニャグニャをこねくりまわし、少しずつ千切りとって、まぁ~るい小モチに撫ぜ造りました。庭から大根を引っこ抜き、ダイコンオロシにして醤油を少々垂らし、そやつをモチに乗っけて食った。

おかず?畑からもぎり採った葉っぱの刻んだのがサラダにしてあった。それなりに名前がある野菜らしいけれど、わたしわからん。畑はかみさんのテリトリー。

モチができるまで間、わたし一杯呑んで待っていた。肴は刺身。昨日、鹿ノ瀬のカンタマで釣ったハマチ。海は、わたしの領分。

手造りの小餅丸めて年の暮れ    波平

ひさしくもこねりきたりけり餅少し   〃

もち食って昔を食って風呂に入る    〃

ところで、

「ゴールデン・パラシュート」という言葉があるそうですね。元々は、企業が、敵対的買収へ備えて、あらかじめ経営陣一掃の際には、彼らに巨額の退職金を支払うべしとの条項を定めておくことを言うらしい。が、転じて、大金を儲けてリタイアし、その後は気楽に遊び暮らすことも言うようだ。…と、ここまでは良いのだけれど、転じて、転じて、なぁ~んも責任持ってする仕事がなくなった“索漠たる心象風景”のことをも言うらしい。

当節、リタイヤ老人には、こういうパラシューターが意外と多いってことでしょうかね。

だが、わたしは違いますよ。わたしは破れパラシュータ。怪我せずに着地できただけでも奇跡。やれやれ、ホットした、との思いが強いから、生きてモチ食えるのが嬉しくってしかたがないや。

得難きはつきたてモチの柔らかさ    波平

  

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2005年11月23日 (水)

パソコンとモチ

「デジタルデバインド」とは、年金生活のような低所得者層にあって、終日パソコン前に座り、ウツラウツラする者たちのことですよね。差別用語ですよ。けしからん嫌味な言い草だ。えっ!違いましたか?

わたし同年代(前期高齢者)の者らを、パソコン有無で分けると、3種あって、

A.冒頭のパソコン依存症患者。…わたしもこの仲間…

B.パソコン蹴っ飛ばしの未だ現役ジジイ。…パソコン遣いの部下にオンブ・ダッコ…

C.もうろくジジイ。…パソコンが怖い気弱ジジイ…

算式で言うと、

B>A>C の順にエライ。Cはもう処置無しだね。

で、周辺を見回すと、わたしの友人・知人たちは圧倒的にCタイプですよ。

難儀ですなぁ~、

彼らとは、手紙やハガキで連絡を取り合いますが、メンドクサクテしょうがないや。

で、

「あんなぁ~、もうそろそろパソコン始めたらどうや」と言うと、

「あんなもん俺は好かん!」と言う。

平気な顔で、「俺はなぁ~んも不自由しておらん」と言う。

と、再々、こういうことがあるものだから、わたし、だんだん自分がなさけなくなってきた。彼らが正しいと思いだした。

C>B>A が、あるいは正しいような気がしてきた。

確かに、わたし、最近、どこかが侵されているような気がする。いつも不安に取り付かれていて、しょうもないことにクヨクヨしているような気がする。

パソコンからも、テレビからも、新聞からも脱却し、静かに深く閉じこもり、もうろくの世界へ入ること、これって究極の幸せみたい。もうそろそろその頃かなって、そんな気がする。

かみさんが、餅つき器を買おうと言い出した。

わが家は、いつの頃からか、近所のお百姓さんから、玄米を分けてもらって、ご飯を炊くたびごとに玄米2合ばかりを、家庭用の小さな米搗き器で7分搗きにしている。かみさんとふたり、ゴッチャラ・ゴッチャラと、米搗き音をおもしろがって聴いている。

もち米の玄米が届いている。

モチ米玄米⇒米搗き器⇒餅つき器⇒モチ   と、なる。

おもしろがって、当分の間、モチばっかり食うことになりそう。

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2005年11月22日 (火)

国へ問い合わせました

プレジャーボートを駆っての日本列島一周の旅で、一番難儀なのが、途中、どの港へ入るかってことです。周航中、ボートは、毎日どこかの港へ入りますが、その多くは漁港です。わたし、来年は北海道を含め東日本を時計回りするつもりですが、寄港先漁港を検討し始めて、壁に突き当たりました。北海道漁港管理条例です。わたしは政府に質問状(意見書)を発しました。かかる不埒な条例を見過ごしにするのは監督官庁たる政府の怠慢ではないかと。

このたび、このわたしの質問状(意見書)に、以下のとおり、政府から回答書が寄せられました。ひとり、わたくしすべきものではないと思うので、ここに掲載し、皆様の供覧に供します。なお、得た回答は、広く公開するかもわからんよ、と、あらかじめお断りしてございます。

<わたしからの質問(意見)内容は。以下のとおり>

> (ご意見の内容)
> 受付番号:16493
> テーマ:北海道漁港管理条例の法令違反について
>
> (意見内容)
>
> 突然ながら、
> 公務ご多忙のなか大変失礼とは存じますが、気持ち止み難く、以下勝手を申します。お返事を賜ること、できましょうか?
>
> わたし、愛艇(28Ftプレジャーボート)を駆って、3か年計画で、日本一周を夢みる者(65歳・定年後おっさん)であります。
> 来年5月連休明けから、四国・九州海域を除く列島を、数ヶ月かけて時計回りに周航するつもりです(四国・九州の海域は既に本年周航しましたので)。
>
> で、現在は、次年度(来年)の計画を煮詰めつつありますが、思いもかけず難題に突き当たりました。
> 「北海道漁港管理条例」です。
> “プレジャーボートなどの漁港使用について”と題する“北海道水産林業部漁港漁村課”のホームページを閲覧し、求められる手続きを取ろうとするのですが、あまりにも閉鎖的で厳しすぎる条例なため、事実上、申請が出来かねるわけであります。
> だって、
> 小さな艇での旅は時々の天候に左右されることが多く、何時(いつ)その港へ入港できるか寸前までわからないからです。
> “許可を得た後でなければ北海道の漁港へは入港できない”“違反すると罰金とるぞ!”これって、いったいどういうことでしょうか?
> 漁港入港の許可をえるのには多額の経費が必要? 漁船はタダなのに?
> 誰が漁港は漁船だけの占有物だと認めましたか?避難港の役割は放棄しましたか?
> 申請手続きの必要書類を貴職はご承知でいらっしゃいますか?常軌を逸した厳格さです。
>
> 正直言って、この条例は漁業法ほかの基本法例に違反していると、わたし思うわけです。
> 郷に入れば郷に従えと申します。悪法でも法は法、とも、申します。
> でも、この条例は、あまりにも不見識なものではないでしょうか。
> わたし、立腹しております。
> 失礼ながら、貴課は、この法令を見過ごしておられる。職務怠慢ではないでしょうか。
>
> きつく抗議申し上げます。
>
> わたし、どの港へおじゃましても、決して漁業者の邪魔をするようなことはいたしません。
> 訪ねた漁港に、係留して邪魔にならぬ係留場所が無い際は、即刻出港し、次の港を目指します。いつもそうしつつ他海域では旅をして参りました。
> しかし、北海道全域に、かかる条例の縛りがあったのでは、もうどうにもならん!
> 貴職のご意見をお聞かせください。
>
> わたし、フリーライターでございます。
> 貴職から、もし、ご返事がいただけるようなら、その内容は公にすることがあり得ますので、あらかじめご了承願います。もし、それは困るとのことでしたら、その旨ご指示ください。ご指示は必ず守ります。
> わたし、
> 自分のホームページを運営するかたわら、新聞社へコラム掲載のことなど行っています。
> 現在は、地元紙「神戸新聞」に掲載を続けています。
> 本年は、冒頭にも記しましたように、西日本海域を周航し、その時々の様子をここに掲載いたました。
>
> 失礼な物言いごめんなさい。よろしく北海道の関係機関をご指導のこと、願いあげるしだいです。
> 以上
>
> http://hamatidori.cocolog-nifty.com/namihei/
> http://www.hamatidori.com/
> http://www.medakaturi.com/
>
>
> (回答)
> 柳本 波平 様
> 農林水産省ホームページをご利用いただきまして、ありがとうございます。また、お返事が遅くなりましたことをお詫び申し上げます。
> 貴殿からご意見のありました「北海道漁港管理条例の法令違反について」お答え致します。
> 漁港は、漁港漁場整備法に基づいて整備及び維持管理が行われております。この法律の第2条において、「漁港」とは、漁業根拠地となる水域及び陸域並びに施設の総合体であると規定されていることから、漁港を利用する船舶は、主として漁業生産活動に従事する漁船ということになります。
> しかしながら、このことは、プレジャーボート等の漁船以外の船舶(以下、単に「プレジャーボート」と表記します。)による漁港の利用を排除するものではなく、漁港本来の目的である漁業生産活動を阻害しない範囲でプレジャーボートを受け入れ、漁船とプレジャーボートとの利用の調整を図ることが適正な漁港の管理であると考えます。
> このようなことから、北海道をはじめ、漁港管理者である各地方公共団体においては、漁港の運営や維持管理を行う上で必要な事項を漁港管理条例に定め、各々の漁港の利用実態に即してプレジャーボートの適正な受け入れに努めているところです。
> こうした中、一部のプレジャーボート利用者による無秩序な係留や係留施設の私物化等により、漁業生産活動の支障となっている事例があることから、秩序ある漁港の利用を確保するため相応の手続が必要となることについてご理解をいただきたく存じます。
> 特に、北海道については、その周辺海域は世界でも有数の漁場であり、漁業生産量の全国に占める割合は約1/4を占め、多数の漁船が漁港を利用していることから、プレジャーボートの利用に係る手続が他の都府県の漁港に比べ多少厳格になっているものと思われます。
> 北海道水産林務部漁港漁村課ホームページに掲載されている「プレジャーボートなどの漁港使用について」は、主に、地元の固定的な利用者を想定した事項について記載しているもので、例えば、貴殿から御指摘のありました許可申請後における入港日時の変更等の取扱いにつきましては、ビジター的利用者の場合には弾力的に対応しているとのことですので、個別具体的な点につきましては漁港管理者である北海道(水産林務部漁港漁村課)に相談されてはいかがでしょうか。
> なお、このような点を含めて当該ホームページにおいて、誤解を招く恐れのある記述につきましては、表現の適正化を検討するよう北海道へ助言いたしました。
> また、漁港を利用するに当たり、さらに疑問等ございましたら、お手数ですが水産庁計画課管理班あてご連絡頂ければ幸いです。
> 来年のクルージングが楽しいものとなりますことを願いますとともに、各漁港の様子がコラムとして掲載されることを楽しみにしております。
>
>
> 農林水産省
>

<回答に対するわたし波平の返事>

ご返事いただけそうに無いなと思っていたところでした。
お忙しい中、お返事を賜りありがとうございます。
お便りの趣旨了解しました。

プレジャーボートとの共生にはフッシャリーナなどのことも含めて、いろいろ対策に苦慮されていることは承知しています。
が、しかし、四方を海に囲まれた国で、海へ出るのが、海を楽しむのが、何やかや規制がきつすぎて不自由すぎるのも事実です。
小さな艇に乗るにさえ免許が必要だし、海岸へ出て水辺に立つことさえもままならぬ。

わたしの住まう大阪湾・播磨灘一帯には、もうほとんど自然海岸はなくなっています。

人が生きる上でまず大切なのは生きる糧を得ること。漁師の場合は漁に出ること。
だからといって、漁港を、沿岸海域を、他の市民たちから奪って良いとはならないはずだ。
生きる上で、そう、人間らしく生きる上で必要なことは、食うだけじゃない。糧を得ることだけじゃない。
余暇も、それ相応に大切なのです。
遊びだから、漁の邪魔をするな!
これ、一応は正しいとしましょう。
しかし、その“邪魔するな”といって、他を排除する“その排除程度”が度外れている。


もうご存知でしょうが、わたしの住まう兵庫県の、兵庫県漁業調整規則も、その度外れ排除の色が濃い。
わたし、表立って、これらのことを主張しまわるつもりはないけれど、時に、漁業者たちのあまりの身勝手には憤りを感じる次第です。

さて、
貴職、なかなか粋なお方のようだ。
最後の一行にわたしホッと和むものを感じた。ありがとう。お気持ちに、感謝します。

補 完 …・

回答内容は、詳細に検討すると、反論したくなる箇所が多い。決して満足ゆくものではない。だが、わたしごとき一介のりタイヤ・ジジイの文句に、これほどまで丁寧に応じてもらえようとは思ってもみなかった。わたし、ある種感動した。この回答を寄せられるについて、担当氏は、随分内部調整もされ、努力なさったことであろう。わたしにはご苦労の程が垣間見える。後ろには行かなかった。少なくとも前に進んだ感触がある。

この後は、わたし、漁業者の邪魔をせぬよう、出来る限りの注意のもとに列島周航せねばなるまい。でもねぇ~、事前の入港申請だけど、これって正式に作成し、提出するなんてとてもじゃないができませんぜ!ほんにまぁ~困ったもんだ。

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2005年11月21日 (月)

いい人

今朝も4時に起きた。今、6時5分。まだ外は真夜中のたたずまい。

今一度12月号文芸春秋の「消える日本語」に目を通す。

各界の重鎮たち13名が、昔を懐かしみ「消える日本語」を追悼している。今の世に警笛を鳴らしたおつもりであろうか。

書きぶりから氏らの気持ちを推し量る。

A氏は、少し勉強不足でしょうね。下に仕える社員等はシンドイだろうね。

B氏は、今の世情にやっかみがあるのじゃないか。

C氏は、ものわかりの良い優しいリーダーかな。

皆さん年長者であるからは、6:4の以上に今を評価するのは難しかろうね。昔が6、今が4。

筆者は、それぞれのジャンルの成功者たちばかり。皆さん功成り名遂げた方々。

あれ!

ひょっとして、一般市民の感覚とは違うのかな?

「そこそこで云々」という言い方がある。「今後ともごじっこんにお願いします」とか、「いい按配だ」とか言ったりする。「あ~らいやだ、ホホホ」と女性が品を作ったりしたものだ。

どれもパソコン的じゃないなぁ~。パソコンは1かゼロかの世界ですからね。割り切れない曖昧なとらえ方は苦手です。

わたし、自分のことを反省すると、パソコンをいじるようになってからと、それ以前とでは、確かに何かが違います。この“何かが…”っていうとらえかたも、エエかげんな要素があって本当はパソコン的じゃない。でも、あるか無いかの対比上では、ある方の位置づけであって、これはもうパソコンの世界。

ひろさちや氏の「ありがとう」はすこし違った角度から語られている。

氏は仏教思想家。「ありがとう」という気持ちは言葉に出したとたんに形骸化してしまうという。心の動きを言葉で表現するなんて不可能だと、氏は言う。じゃぁ、黙っているのかというに、それも無理だろうと氏はサジを投げている。やみくもに、やたら、再々、『ありがとうございます』と声をかけられる昨今である。「ありがとう」と、とりあえず言っておきなさいと、教えられる世の中である。

エッ!そうか?

「ありがとう」と、“言い捨て”なさいってことじゃなかったか?

昨日、釣り好きたちが家島の料亭「志みず」集まって会食したけれど、わたし随分酔っ払ってしまって、何をしゃべったのか定かでない。「ありがとう」って言ったかな?言わなかったかな?他のお方たちから、その言葉、聞いたかな、聞かなかったかな?覚えて居るのは「ケイコさんはいい人ですよ…」との、ゆりたろうが酔っ払ったときに自分のかみさんのことを言ういつもの口癖だけ。これ随分幾度も聞いたような気がするなぁ~。

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2005年11月19日 (土)

隠居たちの会議

“期待される人間像”ってのは、あちこちからお呼びが掛り、会議・会議で忙殺されるようですね。

尊敬する、かの内田樹先生は、昨日、六つもの会議にご出席だったそうだ。

その忙しい先生が、ブログもきちんと更新され、夕飯のシチュウーも作られたみたい。期待される人間像は、三欲(食欲・○×欲・睡眠欲)に優れ、かつ、疲れない脳味噌の持ち主でもあるのかな。

方や、隠居中のだれかさんのこと、

年食って三欲から脱落し、年金の枠に縛られ、毎日ダラダラ昼寝し(たまたま昨日は昼寝をしなかったが)、日が傾く頃には安酒に身体髪膚(しんたいはっぷ)を侵食され、あくびあくびでゴロッと寝転んだらそのまま翌朝、すなわち今朝だったってこと。

あぁ~“身体髪膚”っていう言い方だけど、よく身体八腑 などと間違われて使われていますが、正しくは八腑じゃない髪膚です。髪の毛や皮膚のこと。

わが身の内、少なる皮はだへ(皮膚)、髪の毛だにも、父母にうけたれば、みだりにそこなひやぶるは不孝なり云々」という。ましてやアルコールに身を浸すなどはもってのほかってわけだ。

会議に話を戻しますが、

会議から新たな知恵が生まれることはまず無いようですね。先生もそうおっしゃっている。

合意取り付けの見せ掛け手段が会議って意味でしょう?違いましたか?

御前会議からはじまって、下々の井戸端会議まで、なぁなぁ尽くしの馴れ合いが目的。

じゃぁ衆議院はどうですかって?利権と汚職の馴れ合いの場?そりゃぁ言い過ぎでッせ。

じゃぁ、会議から合意形成の要素を抜き取ればどういうことになるか。

何について会議するっていう、その「何」の部分を、無くして会議したらどうなるか。

と、ただの集まりになる。

ここに、

明日、とにかく某料亭へ集まろうというグループがある。

⇒料亭だからご飯が出る。⇒出たら食べる。⇒ただそれだけの会。

実は、わたしがその会の幹事・世話役です。強いて言えば議長。

会に名前が無いと、なんとなく不便だから

「グチ・ボヤキ・そして少しのホラの会」と、

名付けてはいかが?と、わたし提案している。まぁいわば、これがこの会の議題であり、会議の目的に近いものとなる。

で、この会議(?)から、なにかが生まれますかね?

なぁなぁ尽くしの馴れ合いですが、そもそも揃って納得しようとするもの自体が無い。なぁなぁ尽くしもないですよね。まぁ、会議の名称をどうしましょうかというのがあるが、わたしが勝手に会に名を付けようかと言っただけで、明日は、わたし、再度それを言い出すつもりないですよ。集まったら、もう会の名なんでどうでもいいや。

だがねぇ~、

わたし、何かが、ここから生まれ出るような気がしてならんですなぁ~。

集まるのは、概ね前期高齢者たちばかりです。かみさん連れて美味いもの食いに行こうじゃないか、どなたかご一緒にどう?とインターネットの掲示板でこぼしたら、18名が集まったってことです。

何度も言いますが、集まって昼ご飯たべるだけですよ。未だ互いに面識のない者たちが混じっています。

どうなりますかねぇ~。

おもしろいねぇ~。

内田樹先生のご出席される会議と、この「グチ・ボヤキ・そして少しのホラの会」と、勝負・勝負!

口角泡を飛ばすのは先生方の方にお任せします。わたしたちはヨダレヨダレで美味い物を食いましょう。

隠居てぇのは忙しいなぁ~。

今日も、明日の楽しみがすでに脳裏を占領しておって、昼寝すらゆっくりできそうにないや。困ったもんだ!

某所=瀬戸内海・家島本島・割烹旅館「志みず」

   姫路港から定期船で渡ります。ちょっとした海外渡航気分でっせ。

   「志みず」にはプライベート桟橋があります。わたし、愛艇で渡ろうかなぁ~。

   「志みず」、ここエエとこでっせ!髭の調理長がシャクしたるって待ち構えておる。

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2005年11月18日 (金)

動物園の平和

内田樹先生の見識高い超有名ブログに、わたしごときがトラックバック貼ったりしては失礼かなと思いつつ思い切ってトラッばったら、途端に、わたしのこのブログのアクセスカウンターが沸騰しウナガッ(ウナギ上がりになった)てもた。

初期の「波平釣り日誌」(現在のこのブログはこれからの発展系)は、日々の閲覧数が5~7件だった。それが最近は100件ほどになっていて、こらえらいコッチャと、わたしこのところいささかキンチョウ気味の毎日を過ごしているってわけだが、トラバッテ以来、これがいきなり1日500件ものアクセスになった。

ただし、次の日から、だんだん下がって、元の状態になりつつあるが、それにしても内田先生のブログの力は凄い!

あれっ!

この「スゴイ(凄い)!っていう言い方は、“問題な日本語”らしいですな。

今月号の文芸春秋の特集記事にそういったことが出ていたっけ。「問題な日本語」の氾濫を嘆き、さる国語学者がいろいろ書いておられた。わたしが冒頭に書いた「超~」っていう言い方も、その仲間ですよね。わたし、次回行きつけのホームセンターに行ったとき、レジで、買う品物と、メンバーズカードと、千円札を出して、

「これって超スゴイ。買うのは以上でおよろしかったです。千円からお支払いさせていただきますが、カードはこれでおよろしかったですか?」って言ってやろうかな。

あのう~ですね、わたし、

内田樹先生のお袖にすがって生きておりましてね。今一度、先生の最新論説(ブログ記事「動物園の平和を嘉す」)を読ませていただきました。これ、楽しみです。

わたし、先生のご意見に全面的に賛同しています。さぁ~すが先生!ッて感じ。

で、その上で、いくつか述べてみたい。お許しくださるかな?

あぁ~、このたびの「動物園の平和を嘉す」は憲法9条2項改正の昨今の風潮について語られたもので、先生は危惧の念を抱いておられるわけですが、

ひとつは、

先生は、合気道をなさるってことですが、合気道の技・心と、9条2項とは、どう関わりあっているのか知りたいですねぇ~。

さらには、

かつて小林秀雄は、“平和とは戦争と戦争との間の怠惰な時期のことだ“といったような意味のことを言ったと記憶しているけれど…、で、彼がここで言わんとした本意はさらに先にあって、“戦争があって、その戦争の収束時期ないし次の戦争への助走時期があるってことで、この時期を平和と呼ぼうかというわけで、もともと平和なんて固定観念は無いのじゃないか”ってことだったようにわたし記憶するのだけれど、間違っていたかな?書かれていた原文を再度当たりたいが、どこだったかもうわからなくなってしまっていて、だいぶ思い違いがあるかもしれないけれど…。わたし、このあたりの内田先生のとらえ方が知りたいです。昔、ピースってタバコがあったよなぁ~。今もあるのかな?わたし禁煙して25年になる。いまにウォアーってのが売り出されますよ。

価値観の違いのことだけど、A国⇔B国が、A国×B国に、なってドンパチ始めたとする。

AはBを認めない、BはAを認めない。土俵が違うから話がすれ違ってわけがわからない。

戦争ってこういうことですよね。

で、価値観だけど、早く言えば宗教観ってことでもある。

キリスト教にしてもイスラムにしても、ヒンズーにしても、中心に居る神様は恐ろしい神様で、俺以外をあがめるやつは殺してやるぞ!滅ぼしてしまうぞ!って脅したりする神様だ。像だって怖い感じ。

が、仏教はそうじゃなくて、どの仏像もやさしげで慈愛にみちたお顔だ。観音様などは、いつなんどきでも、「南無観世音菩薩お助け給え」と口に出せば、即刻お助けくださるお方ってことになっている。昨今はイスラムが価値観の違いを鮮明にしていわゆる問題になっているけれど、イスラムとキリスト教は元を正せば同じ宗教でしょう。これはユダヤ教も同じだ。一人違うのが仏教です。わが国を仏教国と決め付けつけるのはいかがとは思うが、仏教的素養・情緒が中心の国柄であるには違いない。そのわが国が「平和」に寄せる思い入れが、はたしてどれほど怖い神様が君臨する他国に理解し得るのでしょうね。きっとヤバイところもあるでしょうね。あぁ~おそろしい。

先生!9条2項の存在適否は、まさにこの一点にあると思えるのだけれど、いかがでしょうね。解いてお教えいただきたいのだけれど、お願いできないかなぁ~。

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2005年11月16日 (水)

日向ぼこ

今日(11月16日)の読売朝刊1面・最下段コラム「編集手帳」は、井上靖の詩「愛する人に」の一節を抜粋し、紀宮さま・黒田慶樹さまのへの寿ぎに代えている。その詩の全文は以下のとおり。

   

   洪水のように
   大きく 烈しく
   生きなくてもいい
   清水のように あの岩蔭の
   人目につかぬ滴(したた)りのように
   清らかに、ひそやかに、自ら耀(かがや)いて
   生きて貰いたい
 
   さくらの花のように
   万朶(ばんだ)を飾らなくてもいい
   梅のように
   あの白い五枚の花弁のように
   香ぐわしく きびしく
   まなこ見張り
   寒夜 なおひらくがいい
 
   壮大な天の曲 神の声は
   よし聞けなくとも
   風の音に
   あの木々をゆるがせ
   野をわたり
   村を二つに割るものの音に
   耳を傾けよ
 
   愛する人よ
   夢みなくてもいい
   去年のように
   また来年そうであるように
   この新しき春の陽の中に
   醒()めてあれ
   白き石のおもてのように醒めてあれ

新聞コラムに抜粋引用されたのは、冒頭の一区切りだけ。

新郎黒田氏が、挙式後の記者会見で「心やすらぐ静かな家庭を…」と述べられたのを受けての引用であろう。だが、わたし、この詩の引用はミスマッチだと思うよ。

詩それ自体はわかりやすいですよね。

強いて詩意をさぐるなら、それは最後のくだりの「醒()めてあれ」でしょう。ハショッテいうなら“座禅”です。

その心境に価値を置く生き方ってこと。

コラム氏は最後に「どうか清らかに、ひそやかに、小さくとも滴り耀く(かがやく)幸せを育ててください」と言っている。

ただひたすら静かに聖なる結界の中でおすごしくださいってことか?まさかそこまでは…。

でもね、

マスコミのこのような論調は、新婚ご夫婦にとって窮屈以外のなにものでもないでしょうね。

いまいちど、井上靖のこの詩のことだけど、

この詩は、一応詩の“カタチ”になっているって詩だって事で、ある種“氏の詩”としては特異なものですよ。大方の氏の詩は、氏の小説の中に閉じ込められているってのが正しい観かたのようです。氏ご自身がそのようなことを言っている。氏の詩は、ちょっとした短文形式のものが多いです。あるいはコラムといった方がわかりやすいかも。その短文が長文になると、これが小説になるってわけ。氏は、ほんとうは詩が書きたかった。が、湧き上がる詩心を書き止めようと、文を連ねる間、気がつけば間延びした長さになっていて、小説が出来た、と、そんな感じだって意味のことを氏は言っている。

これ、わたし、よォ~くわかります。

わたしに、氏の真似が出来ようはずもないけれど、ふと気持ちが動いた時、その感興を書き止めようとして、実は、このようなエッセイを綴っているわけです。もし、わたしに詩を作る力があったら、こんなにズルズル言葉を連ねなくても、ほんの少しの短い言葉を、数行書くだけで済ませられるだろうに…、と、いつも思ってiいる。

あれっ!最初なにを話そうとしていたのかな?

今回もまた、なにが言いたかったのか、ゴチャゴチャ書き連ねるほどに、わけが分からんようになってきた…。と、いうようなわけですわ。なにか、変なこと言いませんでしたか?

さて今日は何をしようか日向ぼこ  隠居波平

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2005年11月15日 (火)

閑中忙

内田樹先生の向こうを張って、いま一度、自分のことを振り返ってみたい。

さて、先生のお忙しさは度外れているようだ。

分・秒キザミの行動・ご予定だと思うが、注目すべきは先生の脳味噌のこと。脳細胞が爆発寸前。常に核爆発の臨界状態になっているって感じ。

対して、わたしの場合、

朝の目覚めは、前夜の呑みすぎのせいでノドが渇くのが原因である。毎朝4時前後にはいつもこの状態で目が覚める。2階の寝室から下へ降り、水道栓をひねり、グラスに1杯の水を飲む。飲むつどに前夜の呑み過ぎを深く反省する。

せっかく目覚めたのだ、改めて寝なおすのは勿体ない。

で、そのまま居間の隅にしつらえた棚机に向かう。

書棚の一番下の部分をそのまま机に使っている。今朝は、ここで昨日買ってきた文芸春秋12月号を読んだ。パソコンもここへ置いていて、ページを開き内田先生の「頭が悪い…」を開き読んだら、トラバってみたくなり、思い切ってトラバッった。

そうこうする間、まだ暗かった外がだんだんと薄ばんで、やがて夜が明けた。

夜が明けたからって、誰と対談する予定があるわけじゃない。どこそこへ出かける用事もなぁ~んもない。わたし、期待されない人間像。

だれかわたしのことをかまってくれる人はないかいな、と、パソコン・メールを開くと、ゾロゾロッと画面が受信メールで満たされた。ほぼ全部がHがらみの迷惑メール。バカバカしくて未だ一度も開いてみたことはないが、それらがわたし宛のメールであることは疑いが無い。まぁ何も無いより賑やかでよろしい。200通近く入るときもあるが、今朝はあんがい少なかった。本物のメールが入ってないかどうか、ひとつひとつ点検し用ありメールを見つけだす。これが昨今最大の楽しみ。返事を書くのがこれまた楽しい。今朝は3通も返事を書き送った。

飼い犬2人(?)が目覚める。二人(?)を連れて散歩へ出る。

あれしたり、これしたり…。

朝食・昼食・夕食にアクセントを置きながら、その間、あれしたり、これしたりで、いつの間にか隙間無く一日は埋まってゆく。

今日は、バス停3つ先の某コンビ店(黒猫宅配取次ぎ店)まで、拙著自費出版本を某人へお届けすべく徒歩行ってきた。実はそのコンビに立ち呑み客用の焼酎樽が三樽据えてあって、わたし好みの度数30の泡盛が紙コップ1杯で400円。わたし、これが楽しみで歩いて行ったってわけ。

いつも、夕食前には、こうしたちょっとしたキッカケから、既に微醺を発する身体になっていて、改めて呑みなおす晩酌の美味いこと美味いこと。今、午後3時半。まだ外は明るいが、その内、いつの間にか外は暗くなるだろう。8時前には追い酒が利いて耐え難く眠くなるに決まっている。風呂に入ろうか、入るまいか。ようようの体で2階寝床へあがると、もうそのまま翌朝ノドが渇いて目覚めるまで夢ひとつ見ないってことだよなぁ~。ねっ! 結構忙しいでしょう! 

忙中閑?

うんにゃ閑中忙。

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あぁ~こわい

内田樹先生の「頭が悪くて何か問題でも?」を読んで、

あぁ~、頭が良い人には、頭が悪い者のことはわからんようだと思った。

わたしは、自分のことを常々頭の悪い男だと思っており、長年そういう思いを積み重ねてきたから、これはもうほとんど恐怖に近い感覚にまで膨れ上がっている。

みなさんが、わたしのことを、「あいつは頭が悪い」と思っているに違いないと、堅く思い込んでしまっていて、だから、変な話だが、ことさらにそうのように言われ、扱われても、それがごく自然なように思われて、その都度ダメージを新たにするってこともなくなっている。実のところは、恐怖が壁につきあたって開き直った感じかな。

わたしは、今まで一度だって、表彰状などは手にしたことは無いし、ながらく市役所に勤めていたがぜんぜん出世とは縁がなかったいわば落ちこぼれである。何事によらず常に落ちこぼれていて、それにすっかり慣れてしまっていて、いまさらそれでどうだってこともない日々を送っているが、今回、尊敬する内田先生のページを閲覧し、頭の悪い者ってどんな者たちかということを、少し話してみたくなった。

頭の悪いわたしでも、時に他の人のことを「あいつは頭が悪い」と言うことがある。内田先生は、そういう側の人、この場合はわたしってことになるが、のことを、“そう断じきるほどには”自分のことを“頭が良い”と思っているのだろう、と、推論されている。

が、違いますぞ!

わたしが「あいつは頭が悪い」と言う時、それは「あいつも頭が悪い」の意であって、非難というより、同情の気持ちが主体です。ここにも自分と同じようなおっさんが居るという仲間意識みたいなものが、わたしに「あいつは頭が悪い」と言わせるのだ。この視点が内田先生には無いみたい。

頭の悪い者からすれは、頭の良い方たちのなされようは、理解に苦しむことが多い。なんでそうなるの?と、そうなさる理由が、頭が悪いゆえにわからないわけだ。

多くの場合、頭が悪い者らは、どうせ考えたって分からないのだから、言われたとおりにしておきましょう、と、なって、ずるずると場面展開が進む。そのなかにしらぬ間に巻き込まれ、果ては割を食うことになるが、これまたどうしようもないことである。そうしてわたしは生きてきた。

わたしから言わせれば、わたしたち頭が悪い者らが「白」としか見ないものを、頭が良い方たちは「黒」と見たり、「青」と見たり、「茶色」とみたりなさるようだ。なんでそう見えるのか、わたしたちにはさっぱりわかんが…。

わたしは世間様からバカだとされて、頭が悪いとされて、それで自分なりにしたくもない納得もし、流れ流れてそのバカ世界に安住しているものを…、

それを、ことさらに取り上げて問題視されると、またぞろ被害者意識が蘇り、新たな恐怖心が突き上げて、世間が恐ろしくなるじゃないですか。

あぁ~恐ろしい。

わたしはかねがねシケた海ほど恐ろしいものはないと思っているが、陸で、頭が良い人に睨まれるのは、シケに倍してもっと怖くおそろしい。

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2005年11月14日 (月)

鵜の真似

ヨットにあってパワーボートに無いものがある。

長期航海への備えだ。

外洋航行性能のことだ。シンク機能(調理機能・食料搭載など等)のあり方、帆とエンジン依存の違いからくる差のこと。

わたし、列島周航に備え、既に日本列島一周を終えた先輩艇の航海記閲覧を続けているが、そのほとんどがヨットのもの。

パワーボートの列島周航もないことは無い。が、数艇しかない。それも、ヨットになみに大回りに列島を完全周航した艇には未だ出合わない。

某老練ヨットマンがわたしの航海記「海の凪ぐ日」を読んで、

「パワーボートとヨットとでは、巡航がこうも違うのかと、感心、仰天」とおっしゃる。

で、

「違うように見えたって、海が好きってことでは一緒。よ~っく、みればそっくりでっせ」と返事したら、やっぱり違うよ、と言って、

「貴兄は、酒ばっかり呑んで、ろくに飯も食わずに、走りまくったりして……、わたしのヨットなんか、1カ月間漂流したってなぁ~んも困りません。落ち着いています」とのこと。

ヨットには、米やミソをたっぷり積んでいるとのことだった。

先の周航の際、出会ったヨットマンたちのことを想う。

そういえば、彼らはみなさん落ち着いた物腰だった。ヨットは、最高速度8ノット程度。わたしのパワーボートは27ノット強。

A港でヨットと知り合いになって、互いに周航先が一緒だったりして又の再会を誓い合うが、次の港にはいつだってヨットの方が先に入っていた。わたしは巡航速度でも15~18ノットで走るのに、わずか4~7ノットのヨットが常に先行する。

理由は、長距離航行性能の差だ。荒天時の耐航性能がヨットは抜群。波が3メートル4メートルあっても平気で航行する。パワーボートは港にじっと止まり、波がおさまるのを待つしかない。その間にヨットは先へ先へと進んでいる。

凪いだ海でも別の意味で差が出るようだ。ヨットは航行しながらでもゆっくりご飯を焚き静かに食事を楽しむみたい。

パワーボートは、凪いでいたら轟音をあげてエンジン回転を上げ、シャカリキにぶっ飛ばすから、航行中は食事なんてしない。寸時もワッチをサボるわけにはいかん。油断すると障害物に激突する。で、凪いだ海では目的地には当然パワーボートが先に着く。

が、それから上陸し、食堂を探し、ウドンでも食ってまた艇へ戻ると、なぁ~んだ、もうヨットが着いていて、みなさん涼しげな顔をしているってことになる。

兄弟艇の契りを交わしたヨット・トトロがそうだった。四国足摺岬先端を越える際も、大隈半島先端佐多岬前でもそうだった。トトロは常に先行していて、「岬まえは、波が少しあります。ボートには少しきついかもしれませんから気をつけてください」と、後ろから追いかけるわたしへ海況を教えてくれたりした。

ヨットの航海記を読む都度、ヨットマンらの海への構えが、わたしのそれとは違うのがわかってきた。わたしの構えが疑問に思えるようになってきた。

わたしは、来年は、艇速度をぐんと落とし、ゆっくり走るようにしようと思う。熱湯注ぎの即席ラーメンは止めて、生米とミソをたっぷり積もうと思う。……鵜(ウ)の真似をする烏(カラス)水に溺れる……(^_-)-☆

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2005年11月13日 (日)

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ジャンル

わたし、さるメーリングリストに参加している。

なかに、未だお目にかかったことはないが、気になるお方がおられる。

ホームページをお持ちなのだが、それが巨大なページで、とても個人では運営できそうにも思えないものだ。そのページには、管理者の自己紹介欄がないから、そのお方のプロフィールは依然雲の中。どのようなお方なのだろう?

で、試みに、ご本名を、そのまま検索サイトGoogleに打ち込んでみた。

と、たちまち画面が展開し、100件もの関連情報がヒットした。

トップ・ヒットの情報では、そのお方はさる法科大学院の教授である。次はNPOの設立者、さらに放送作家でもあり、高等数学の権威でもある。劇団の塾も開いておられるみたい。(同姓同名のお方が多かった)

わたし、これらの情報のなかから、それらしきを選び出し、知りたいお方の人物像を創り上げた。はたして当たっているのだろうか?このお方、半端なお方じゃない。すばらしい人物。まぁ8~9分は間違いなかろう。

で、すごい方がおられるものだとつくづく感心し、ちなみにわたし自身の名前を打ち込んだら、いったいどんなお方が顕れるのだろうと興味がわき、自分の名前をやはりGoogleに打ち込んでみた。

○×波平と打ち込んだ。

○×の箇所には、わたしの本当の姓を打ち込んだ。

と、40件ヒットした。

ズ~と、順に繰っていって次第に恐ろしくなった。なんと、40件全てがわたし本人のことばかりじゃないか!ビックリだ。仰天だ!こんなことになっているなんてホント知らなかった。

ヒット情報自体は、前記の場合とは格が違って、メダカを釣ったり、ボートで釣りしながら旅したりしている60過ぎのおっさんが居るってことの羅列であって、その記述基調は“気楽なおっさんが居るものだ”あきれた、あきれたというもの。

わたし、読んでいて、へぇ~こんな勝手な、気楽な、おっさんが居るのかいな、と、思った。だが、冗談じゃない、これわたしのことでっせ!自分であきれてどうする!言っておきますがね、これらの情報はある種偏っってますよ。全く誤っているとは言わんが、少なくとも全く正しくもない。本人がそう言うのだから間違いない。だって、わたし、そんなに、あきれられるほど気楽じゃない。いつも汲々して、あえぎ、あえぎ、生活している。あれこれ書く内容だって、しみったれたことばかりじゃないか。

さわともかく、ヒット情報を閲覧するなかで、それがわたしのHPを閲覧しての感想記事だったりして、こんなお方たちに、わたしのページをご覧いただいていたのかと、あらためてインターネットのすごさを感じ入った。

今まで気付かなかったブログを幾つか発見し得たのは収穫だった。それぞれに簡単な挨拶コメントをお届けした。

これら関連ページは、わたしの“お気に入り”欄に取り込んだ。

お気に入り欄は増える一方である。寝たきりになったって、退屈する間などありはしない。“お気に入り”を順繰りに閲覧していたら、朝が来て、昼が来て、晩が来るだろうと思う。

あれ!

こういう構え方って、“気楽”とか、“あきれた”とかのジャンルに入るのかな?

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2005年11月12日 (土)

クラゲよ

今月(11月)4日、金沢市の沖6マイルで大型クラゲ(エチゼンクラゲ)4匹に発信機が取り付けられたそうだ。

水産総合研究センターは頑張っている。

日中韓政府間の協議も強化されつつあるらしい。

ここに、クラゲ発生状況に関する情報がある。  

ケラゲ研究は、大きく分けて2方向あるようだ。

1.大量発生のメカニズムの解明。

2.クラゲ退治の方法

クラゲが増える⇒魚網にクラゲが入る⇒漁業の邪魔⇒漁業者が悲鳴をあげる⇒漁獲が減少し⇒魚価が上がり⇒一般消費者のサイフが泣く⇒結果、好きな魚が食えなくなる

A.風が吹く……⇒桶屋が儲かる

B.クラゲが増える……⇒好きな魚が食えなくなる

AとBとを比較すると、明らかにBがわかりやすい。

が、問題は、“好きな魚が食えなくなる”にあるのではない。

まずは、“漁業者が悲鳴を上げる”、と、この一点に集中している。

漁業者救済の必要性が云々されている。魚網被害への修復資金援助が必要。

今後、各種の緊急的援助が出てくるだろう。

で、その結果、“好きな魚が食えなくなる”⇒“また、食えるようになった”と、なるのか、ならないのか?

わたし、危惧しています。つまらぬ行政手法が出てくることを、

たとえば、大型クラゲの捕獲を奨励し、これを1トン当り幾らかで行政が買い上げるなど。とっさの緊急的対策としては、行政は当然こういうことを考える。詰め寄られて金を出す窮余の策をひねり出す。

と、どうなりますか、

漁業者はグラゲ取りが仕事になる。収入になるなら、だれだってクラゲ漁に専念する。イワシやブリがクラゲになっただけだ。クラゲが減ってきて、イワシやブリが増えたら、今度は、イワシやブリがグラゲ漁の邪魔になるって寸法だ。

わたし、極端な間違った見方をしていますよね。

これって、漁業者のことを、悪意をもって見た見方だ。

わたし、魚釣り好きの遊漁者、かっこよく言えば釣り師。

釣り師は、時に、こういう思いにかられるときがあるってこと。ここを知って欲しい。沿岸漁業者の、海と漁港の、占有というか私物化には、遊漁者をこういう思いに走らせるなにものかがあるってことを。

昨日、ゆりたろうが、沖で魚釣りしていて、客を積んだ遊漁船からひどいことイチャモンつけられたらしい。それ聞いてわたし、またぞろ、上記のようないやな気分が湧くわけですよ。あぁ~あ、クラゲかぁ~、クラゲよ、おまえもかぁ~とね!

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2005年11月11日 (金)

また、チョンボ

<波平の場合>

「船長(波平のアダナ)はあがったら『満貫(マンガン)や満貫や』言う」と、ブツブツ金の字が文句をつける。そりゃ金の字が悪いのであって、わたしが悪いわけじゃない。わたしは、四六時中あがっている彼・金の字とは違って、ごく稀にしかあがらない。だから、たまにあがると嬉しくてたまらない。ついつい「満貫や満貫や!」と言う。では落ちついて上がり点を数えたら数えることができるかと言うに、これが難儀だ。できないことはないが、演算速度が遅く物の用に立たないようである。24・48・96・192…と、いちいち数え上げる間に、金の字が「幾ら幾ら出せ」とか、「なんぼなんぼ払え、早よ払え!」と急かす。で、わたしは、いつの頃からか、当たっても上がっても、点数を数えるのを止めてしまった。なにせ「満貫や満貫や」と言うておればだいたいうまく行くようであって、少ない点数だのにひょっとして間違って満貫払ってくれるかもわからんじゃないか。楽しみもふくらむ。満貫申告を取り下げるつもりなど、もうとう無い。

<モーさんの場合>

昨日も、モーさん・金の字・ゴトーッペ・船長の4人は卓を囲んだ。モーさんが定年退職後、本土(神戸市)から離島(淡路島)へ引越してしまって、彼を呼び出すのが超難儀になった。離島のそのまた山間僻地に居を移したのだ。彼は、明石海峡大橋を渡ってその都度うきうき気分で出てくるが、ロンを宣言されると、「わざわざ来てやったのに、ひどいやないか、ワシャもう島へ帰る、帰ったる!」と、大きな声で抗議を申し立てる。勝ちが続くと妙に淡路に留守番のかみさんを想うようで、自分の手番が来ていても悠然と構えて、すなわち対局者を待たして、携帯電話でかみさんとイチャイチャ話をする。この雰囲気には毒がある。これに当たると際限なく負けが込む。わたし、この手の毒にスッゴク弱い。

<ゴトーッペの場合>

彼には、「あややっす・あややっす!」と声高かに言うクセがある。正確には、「(あがらせていただいて)、ありがとうございます」という縮め言葉なのだが、シテヤッタリ!と思っているに違いないのに、あたかも「あがったりしてごめんなさい」の気持ちがあるかのように装う。お礼などいう気持ちはぜんぜん無いのが見え見えだけに、この「あややっす!」を投げかけられるとうんざりする。リーチ即ロンで「あややっす!」とやられた日には、もう立ち上がる気力も失せて、ただひたすら喪に服するだけである。原子力潜水艦。いったん沈むとなかなか浮かばん。顔を出すと、狙撃される。わたし、昨日も深く潜行していたが、それでも彼は頭の上から爆雷を投下し続けた。そして、「あややっす・あややっす!」と言うっておった。

<再度金の字の場合>

氏は、最近ITに強くなったようである。4人の内でタダ一人未だ現役であって、毎日職場へ出勤する。あったりまえだ!。だが、仕事をしているかどうかは疑問だ。わたしのホームページを開く術を覚えて四六時中閲覧している気配がある。自慢じゃないがわたしのHPには数千件のエッセイが入っている。未だかって、これを全て読んだ人は、私以外には居ないと思う。「けっこうおもろい、暇つぶしになる」と金の字は言う。わたしのことを研究し尽くしてやっつけてやろう算段かもしれない。ワイワイガヤガヤしゃべりまくり対戦の3人を煙にまく。わたしが深刻な顔をして捨て牌に困っていると「船長!遊びや遊びや、たかが遊びやないか、そう真剣になるなや、当たったらロン言うたるから気楽にいけや」と励ましとも煽りともわからんことを言う。結果、ロンを取ると「しゃぁ~ない、しゃぁ~ない、それでエエのや、エライ!」と慰めてくれる。あぁ~シャクだ!

<今一度、船長(波平)の場合>

極々たまに、わたしは「満貫や満貫や!」と大仰に申し立て、皆からヒンシュクを買う。あぁ~、昨日は、対戦中にアキどんから携帯電話が入った。たまたま、わたしはリーチをかけていた。携帯電話に応じた途端に下からアタリ牌が出た。ロン!「満貫や満貫や!」…だが、チョンボだった。さんざ笑われて、わたしは罰点をむしられた。わたしに反して、皆は幸せそうな顔だった。

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2005年11月10日 (木)

稽古日

aki 21~28歳の間、わたしは、尺八の稽古をした。

内、24~28までの足掛け4年間は気合を入れて稽古した。特に25~27の3年間足らずの間は、毎日毎日稽古に励み尺八を寸時も手放したことはない。

既に就職し日々通勤電車に乗って某市役所へ出勤していたが、通勤カバンに弁当を忘れても、尺八を入れるのを忘れたことはない。昼休みのときに、ひとり庁舎の陰で尺八を取り出し、毎日毎日稽古を重ねた。

この尺八は、当時毎週欠かさず合奏稽古に通っていた三弦(三味線)のお師匠さん(女性・当時既にご高齢)から、ほとんどタダでお譲りいただいたものである。正規の尺八には1尺八寸の間に七つ節のある真竹を使うが、この尺八には6節しかない。簡素な造り。見栄えの良くない節足らず。と、そんなことで、たまたまお手元に残っていたようである。師匠のご主人・竹隠師の「竹隠」銘が刻されている。既に亡くなられていた師匠のご主人の銘だ。ご主人は尺八師匠でもあり製管もされていたと聞く。

閑話休題

わたし今65歳。ながらく途絶えていた尺八の稽古を先月から再開した。

と、いうことは、37年間の空白を挟んでの、稽古再開ってこと。

以前にも書いたことがあったように思うが、若い頃、稽古が途絶えたその一番の原因は、地歌(古曲)の味わいが、幾ら稽古してもわたしには解らなかったからだ。当時、突然、もうこんなことは止めようと思った。その一線をまたいでしまったのだった。

今、稽古再開に至った原因はまったく逆である。昔は理解できなかった地歌が快く聴こえるようになっている。無性に稽古を再開したくなった。

再開して、まず、37年間の壁に突き当たっている。

わたし、この壁を越えた向こう側に、既に立っているような錯覚があったのだが、どっこい!そうではなかった。

まず、毎日、少しずつ、稽古を重ねてみるつもり。

たまたま、良き先生(師匠)に出会うことができている。

師匠は全盲の盲人でいらっしゃるが、見識の高いすばらしい女性。

彼女に手引きしてもらって、目明きのわたしが少しずつ歩もうとしているってこと。わたし、まだ、先がよく見えないけれど、昔、解らなかった地歌が、古曲が、快く聴こえる。そのように竹を吹きたい。妙に前に立ちはだかる壁が気にならないってこともある。若い頃は、上手になりたいと力んでいた。今は、上手になりたいとは思わない。人に聞かせたいとも思わない。自分の気に入るように吹きたい。ただ、師匠の三弦の音に添ってみたい。と、そう思う。今日は、月2回の稽古日である。

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2005年11月 9日 (水)

良い気分

1.サイト紹介

“お気に入り”欄への登録サイトを数えたら210もあった。なかに“内田樹の研究室”というブログサイトがあって、わたしは、常にこれに注目している。付けられたコメントもおもしろい。もし、最も優れたホームページをあげるとしたら、わたしは迷い無くこのブログページを挙げる。最新の記事は“フランスの移民暴動”についての記事。

現地ニュースは、まず新聞やTV報道などでを知ることになる。が、並行してこの内田先生(氏は神戸女学院大学の教授)のサイトを閲覧すると、よりよく事態が把握できる。氏のブログサイトの凄さは、氏の観方の正否にあるのではなく、読者の事態理解力の良き手助けになるってところにある。

わたし思うに、新聞やTVは事態の表面を事件がらみで伝えることに汲々とし、本当の事態報道になってないケースが多い。社説とか解説欄とか、TVで言うと討論会や評論者の語りからでは、内田先生のブログサイトに比すような時期を得た丁寧な解説は得られない。

2.猿の物真似

人のしぐさを猿が真似る。転じて、他人のしぐさや手法を安易に真似る意にもつかわれる。日光猿軍団の芸に、猿が机の縁に片手を掛け、ピョコンと頭を下げ、あたかも詫びているような仕草をしてみせるのがある。“反省だけなら猿でもする”ってのがうたい文句じゃなかったかな。

どこかで不祥事が起きると、責任者らしき者が出てきてテレビ前で“ピョコンと頭を下げ、あたかも詫びているような仕草をしてみせる”。 “反省だけなら猿でもする”ましてや某社の責任者においておや。

「責任取って即時退陣しますか?」

「まず事態究明に全力を尽くし、正常化への向け努力するのがわたしの責務だと承知しています」

なんじゃそれ!それが出来なかったから間違いが生じたって、たった今、猿真似したじゃないか!

今日も、どこかで、だれかが、猿真似反省するのだろうか。犯人の薄笑いを放置したまま。

3.ふっと思う

色即是空・空即是色…この世に定まったことなどなぁ~んも無い、無いというこの観念すら無い、観念が無いという観念もまたあり得ない…、全てのものは変転し止まるところが無い…。空とか無とか…。

が、わたし、ふと何か思いついて、否、思いついたような気がして、このあたりのことをゴソゴソ探るとき、何とは定かにわからんが確かに何かに気がついたような感覚に、偽りがないように思われてならんことがある。この、“何かフット思った”ってことが、以後の実につながるように思われてならん。

卑近な例では、数本の釣り竿を船縁に並べて魚信を待つとき、内、特定のある竿にだけ妙に関心が集中し、もし魚が釣れるならこの竿にであろうと思うときがある。こういう時は、ほぼ間違いなくその竿に当たりがあり魚が釣れる。こういう経験が過去に幾度もある。

ふと、日本列島周航のことに思い立ったのはいつのことだっただろう。以来、何かにつけて、この思いの中で魚釣りを楽しみ、中古艇購入に突っ走り、あげくは今年とうとう周航の旅へと出立した。ところが、初年度の旅を終え、周航記出版も終え、一段落したら、“ふっと思う”生きた感覚が無くなった。

と、先日、“ひょっとして、おらぁ~ボヤ~としすぎているのではないか”と、ふっと思った。列島周航途上にあったときは、ひと波ひと波を、超え行く都度都度に、ふっと思うことがあった。が、どうしたことか、帰宅後は、そして本を創り、友人知人らへ本のお届けを終えた頃から、ふっと思うことが減じてきて、知らず知らずの間にボヤ~と過ごしていたようだ。

わたしは、連歌の研究を思い立った。連歌は前句に後句を順次つけて行き、その都度ごとに気持ちの転換を試みる遊びである。ふっとおもうことの連続ってこと。その稽古訓練になりそうだ。まず優れた歌仙評釈を読むことから始める。難しい。さっぱりわからん。が、なんとなく取っ付きはある。あるような気がする。ふっと思うことのはしりにはなりそうだ。

実は、このあたりの感覚のことを、昨夜仲間等と呑んだ会で挨拶代りに話そうとしたのだった。仲間等は呆れたような顔でわたしを見るだけ。わたしは、わたし自身、そのうち、なにを話しているのがわからなくなって、「…と、いうようなわけです」と、愚にもつかぬ半端な気分でしおしおと元の座にへたり込んだ。このような内容を言葉に出して話してみようとしたのは今回が初めてである。妙なことながら、おれは、とにもかくにも、話し始めてみたのだ、と、いう達成感がある。なにが達成などしているものか。皆は馬鹿にして、「もうエエから座れ!座れ!」って言ってたじゃないか。

が、わたし、なぜか半歩前へ進んだような気がして、今朝はとても気持ちが良い。

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2005年11月 8日 (火)

虚実・明暗…2・釣竿他

今年5月の列島周航を反省方々思い出している。今回は“釣具”のことに触れる。持参した物は概ね以下のとおり。

  • 釣り竿……中通長竿3本・ジギング竿3本・外掛け胴突き2本・その他4本
  • 曳き釣り仕掛……カツオ用左右3組・マグロなど大物用2組・アウトリガー2本
  • リール……電動リール2・ステラ10000・フカセ用フロロ巻き替スプールなど
  • 小物……大タモ2・手タモ2・オモリ微小~200号・ハリ及びメタルジグ各種・ハリス・リーダー・包丁3・イケス網大小・生餌保管用ブクブク3揃え等など
  • 照明器具……強力集魚灯~手元用各種
  • クーラーボックス……大大・大・中・小それぞれ各1

上記にはないが、最も場所をとり保管に難儀したのは、“釣りエサ”と“氷”だった。寄港先は概ね漁港なのだが、釣りエサを常備しているところはほとんどない。あるところで事前に買い込んでおくことになる。また、氷を求めると、漁業用ということで、砕き氷を数十キロ単位で買わされるはめになった。

艇内の保管スペースたとえば引き出しなどは、釣り用具で満杯。キャビン天井に竿を張り付けたが、おかげで常時身をかがめていなければならなかった。約3か月間の背かがみ生活は辛かった。餌はすぐいたみ管理に手こずった。氷は四六時中買って補給。釣り人の習性だろうか、氷をドカツと買込むと妙に安堵する。が、氷が解け始めると、気がそぞろになり気が萎える。

<反省>

次回は、艇の航行性能を最重視し、過積載を避けたい。で、残念ながら、まず魚釣り道具を大幅に減らす。

  • 釣り竿…中通長竿2本・ジギング竿1本・外掛け胴突き1本…△8本
  • 曳き釣り仕掛……カツオ用左右1組…△4組・アウトリガー
  • リール……予備ステラ10000番のみ…△替えスプールほか電動用具など、
  • 小物……最小限…△複数個はひとつに限定。ブクブクは全廃
  • 照明器具……手元用に限定…△集魚灯は緊急用具でもあったが撤廃
  • クーラーボックス……中・小のみ…△大大・大はドロボーに盗られた

釣り餌は持参しない。使いきり分以外買わない。氷は食料保管用以外は補給しない…これって、難しいぞ…ソーラーパネル電源の小型冷蔵庫の導入を検討したい。

要するに、“魚釣り”の比重を減らすってこと。釣具を積み過ぎて、艇の航行性能に悪影響が生じていたとの認識だってこと。で、悪影響ってなんだ?

<悪影響>

  1. 過積載による艇重量のオーバー、
  2. その割りを食ってより必要なものが積めなくなったこと、

次回は、この<悪影響>について語りたい。

計画・準備に万全なんてあり得ない。そのなかにあって、夢・希望・油断をどう積み込むか。わたし、今年の旅を反省するに、夢・希望・油断ばっかり積んでいたように思われてならん。南国の海も怖いが、北国の海も怖い。オホーツクの海を思うによほどの覚悟が必要である。ヨットなら航行できても、小さなプレジャーボートでは航行不可能ってことがあり得る。想定内に遭難死をも含めるか否か。これ検討事項のひとつ。

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    2005年11月 7日 (月)

    スカッ屁

    光秀は、本能寺の変の前夜に愛宕山で連歌の会(「愛宕百韻」)をやっている。この時の発句が、世に知られた、

    「ときは今天が下しるさつき(五月)かな」   光秀

    (この発句によって、席に連なる者らは、光秀の謀反の決意を知ったとされる)

    以下、五七五・七七・五七五・七七・…と、つぎつぎ百句詠み継がれていったわけだが、そのなかに、

    「心ありけり釣のいとなみ」    光秀

    と、いう光秀の付け句がある。この前句は、

    「賢きは時を待ちつつ出づる世に」   兼如(連歌師)

    なお、「心ありけり釣のいとなみ」を継いだ後句は、

    「行く行くも浜辺づたひの霧晴れて」  宥源(愛宕山の坊さん)

    …要するに、

    A.賢きは時を待ちつつ出づる世に

       心ありけり釣のいとなみ

    と、いう句と、

    B.行く行くも浜辺づたひの霧晴れて

       心ありけり釣のいとなみ

    の、A・B二つの句が、できたってこと。

    で、問題は、この2句をどう読むかじゃなくて、

    謀反芯を心に秘めた光秀が、すなわち、「ときは今天が下しるさつき(五月)かな」の気持ちが湧き立つ気分のなかで、詠み継ぐ順位は別箇所(上述AB)であったにせよ、「心ありけり釣のいとなみ」とも詠んでいるってこと。ここが問題。つなぐと、

    ときは今天が下しる五月哉

      心ありけり釣のいとなみ

    と、なる。

    わたし、光秀の謀反芯と、釣りのいとなみ、が、どうつながっているのかを論じているつもり。

    また、

    この時代の魚釣りはどのようなものであったかも論じたいと思っている。

    光秀の目には、“魚釣り”がどう映っていたのだろう?

    この歌に言う“釣のいとなみ”の“釣り”は、いわゆる漁師の漁じゃなく、今で言う遊漁の意じゃなかろうかと思うがいかがなものか?

    “いとなみ”を生業(なりわい)の意じゃなく、行為と読めないだろうか。

    光秀は、魚釣りの経験があったのだろうか?

    句意自体は、

    “魚釣りで天下を狙う=太公望=魚釣りをしていて周の文王に見い出され天下を狙った人”の故事を踏み、

    ここに自分の気持ちを“心”を、託したものであったに違いなかろうが、もし、そうなら、“いとなみ”は趣味の魚釣りってことになる。だって、太公望は漁師じゃなかった。

    趣味の魚釣りという行為にたいして、何がしかの位置づけが光秀の心の内にあったのだろうか。そこが知りたい。

    以上の事、いろいろ調べるのだが、

    まず、

    「ときは今天が下しる五月哉」と「心ありけり釣のいとなみ」を一句として観る評釈にはなぜか、いまだに出合わない。

    ましてや、

    当時の魚釣りの位置づけを論じた者は、皆無のように思われる。

    とは、さておき、

    光秀が、何を意に含んで詠ったかは捨て置いて、この、「心ありけり釣のいとなみ」をすなおに言葉どおり読むに、なぜか、今のわたしの心に妙にフイットするのである。

    わたしは、今、ぶりょうをかこっているが、すがるところがひとつある。

    それが、実に、“心ありけり釣のいとなみ”ってことだ。

    太公望氏に話を戻そうか。

    彼は、そうして魚釣りをしていて文王に出会ったのであろう。

    この出会いがなかったら、彼も又、“心ありけり釣のいとなみ”って、感じで謂水のほとりにいつまでも座り暮らしたのではあるまいか。

    わたし、いまさら文王に出会いたいとは思わない。

    が、しかし、もうそろそろ、宝くじの当り番が回ってきてもよさそうに思うが、いつまでたってもスカばかり。

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    2005年11月 6日 (日)

    虚実・明暗…

    …興も言葉も虚実・明暗・強弱が補い合ってこそはじめてうごく…

    これ、安東次男氏(1919~2002)の言葉。氏の著書「完本風狂始末」からの抜粋だ。

    「旅」にだっておなじことが言えそうだ。

    列島周航の旅、人生の旅…、

    なんでもかでも、いっしょじゃないか?

    “魚釣り”だっておなじ。むしろ、魚釣りは、虚実・明暗・強弱に特化した世界。

    わたし、初年度列島周航の旅に、その準備に、一番多くの時間を費やしたのは、魚釣りに関してのことだった。

    艇に積み込む釣具の選定がたいへんだった。

    1.巨大なマグロが釣れるかもわからんと思うから、巨大なクーラーボックスを積むことになる。小物がぎょうさん釣れたらどうしようかと思うから小さいのもほしい。積み込んだクーラーボックスは大小合わせて5つになった。大大クーラーボックスのなかに大を納め、大のなかに中を、中に小を、と、順次なかに納めて持参した。……後日談があって、旅を終えてマリーナへ帰着し、重ね入れたクーラーボックスを上架中の艇から外へ出し、水道栓の側に置いていたら、誰かがドロボーして持っていってしまった。大大のなかにはまだ大が入っていて、そのなかには小さな水汲みバケツと大切な木製の餌箱が二つ入っていたのである(大のなかの中と、中のなかの小は、艇内に残していた)。それをまとめてドロボーされた。マリーナの管理事務所へこの旨申し出ると、「外へ置いていたのでしょう」と、暗にドロボーされてもしかたがないといった返事だ。カクカクのことがあったと、事務所・構内に張り紙して欲しいと申し出るが、以来、無視されたままである。まさか事務所がドロボーしたわけでもあるまいが面白くない。言っておくが、旅の途中では一度もドロボー被害には出会わなかった。播磨マリーナに上架して後に、ドロボーが出た……

    2.釣り竿の選定について以下反省方々書いてみようと思っていたが、クーラーボックスのことを思い出したら、気が滅入って嫌になった。また、気分を治して後、書き出そうと思う。

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    2005年11月 5日 (土)

    列島周航第2年次計画に着手

    今年7月17日に、西日本海域周航の旅から帰ったのだった。

    その後、周航記「海の凪ぐ日」を上梓したりして、旅の余韻を楽しんでいたが、さすがに11月に入り、「本」のことも一段落し、気持も常のものに戻った。

    と、その途端に、来年第2年次周航計画のことに気が走る。で、本日から「日本列島魚釣り周航記・東日本の部」の実施計画に着手する。

    1. 艇本体の再整備…マリンギヤー再整備・スタンチューブ改修・アンカーウインチ補修・ソーラー発電機導入検討・船底塗料塗り替え等など
    2. 必要備品の見直し整備…航行海域海図・同GPSカード・同電子海図・小型冷蔵庫及び調理コンロ等調達等など
    3. 旅程検討…寄港候補地(漁港など)の状況調査(燃料軽油補給・修理・台風時の緊急避難が可か否かなど)
    4. 必要諸手続き処理…事前手続の処理(保険・入港許可申請・海上保安庁関係)
    • 以上にまして重要なのは、問題意識が、これだけで足りているかどうかってこと、と、
    • 自分の健康状態のこと、

    問題意識だが、⇒まず、各種情報の収集・整理だ。インターネットサーフィンからでも始めようか。

    健康状態は⇒ボケが最大の問題。体力が落ちている。これに連なって注意力が大幅に落ちた。昨日もジャン友と卓を囲んだが、トイメン(麻雀用語・対面と書く・真向かいの意)のリーチをうっかり見過ごして、ドボン。酒にも弱くなった、すぐに眠くなる(お湯割り呑みながら打っていた)。…つまりは、航程に充分な余裕をみておかねば無理は禁物ってことみたい…

    わたし、来年の旅は、関門海峡を抜け出て対馬へ渡り、比田勝の皆さんと旧交を温めた後、日本海を北上するつもりだった。が、これは、ひょっとしたら無理かもしれない。スタート前から、遊び気分が、油断が、あってはならんような気がする。

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    2005年11月 3日 (木)

    文化の日

    人間ってものは、食っちゃァ寝、食っちゃァ寝するものだってことが、実感としてよぉ~くわかります。努力するってことが、如何にしんどくて、嫌なものかってこともわかる。

    わたし、昨日までの4日間、毎日朝から晩まで沖へ魚釣りに出ていた。毎日意気込んで釣りに出たが、さっぱり釣れなくてさすがに疲れた。シャクだから、今日は、なぁ~んもせずに、テレビまえにネッ転がって過ごしてやろうと思う。

    ちくま学芸文庫の安東次男著「完本風狂始末」を数週間まえから読んでいるが、難しくて、なかなか進まない。疲れて沖へ出る気力がなえたとき、そして、たまたま、おもしろそうなテレビ番組がない時にかぎり、思い出したようにページを開く、そのせいもある。

    これ、芭蕉連句の本。十歌仙の評釈本。連歌(句)の面白さは、前句と後句のつながりの妙にあって、一句一句の味わいは二の次である。“行間を読む”という言葉がある。連句は、前句に後句をつける際のカットウと言うか思いやりというか、要するに心のやり取りってとこが焦点だ。読み進んだ箇所へシオリを挟んでおくが、次回ページを開く際、…なにせ連句だものだから…、いきなりシオリ部分から読み始めたのでは前句との微妙な関係がとっさに思い出せない。さっぱり文意が感得できない。で、シオリのずっと前にさかのぼって再読せざるを得ない。結果、いつまでたっても読み進めない。

    わたしは、今日は、…明日も明後日もその次もまたそうなのだが…、充分に時間があって、たとえ読み進めなくてもかまわない。わからぬ箇所をぼんやり眺め、ズルズル時間を浪費しても一向に構わない。ぜんぜん努力する気持ちはなくて、本を開いたり閉じたりするが、そのうちまた腹が減ってきて飯を食い、眠くなったら寝るだろうと思う。

    ダラダラ生きる罪を思う。65~75は前期高齢者というそうだ。

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    2005年11月 2日 (水)

    きれいなタイです

    aki 本日、5番で釣りました。38センチ。

    わたしじゃない、わたしはタモ係り。ゆりたろうが釣った。わたし、このところなぁ~んも釣れなくて、豆アジとエソしか釣れなくてしょげていたら、ゆりたろうが、タイを釣ってあげましょうかと言った。

    で、オネゲェ~します、と、ゆりたろう氏にご出馬願ったってわけ。でも、今日のめぼしい釣果はこれだけ。他にはアジが2匹だけ。ボーズかなぁ~と、竿仕舞い仕掛けた時やっと釣れたのがこのタイ。午後4時40分だった。それから高砂・曾根まで22ノットで走り帰ったが、日は落ちて夜の海。

    わたしは、チッチャなマルハギと25センチのショウサイフグだけだった。ゆりたろうが、「わたし、こないだもタイ釣って食ったから」って、わたしにこのタイくれました。これから、刺身に造って一杯呑もうと思っとるところ。

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    2005年11月 1日 (火)

    エソ成仏

    昨日釣ったエソだけど海へ戻すことにした。

    戻すったって、もう三枚に卸してしまっている。

    リリースとは違う。捨てるってことだ。

    (わたしは沖で三枚に卸し、身だけを持ち帰ったのだった)

    だって、かみさんが見るのも嫌だというものを、どうすることも出来んじゃないか。

    かみさんはあのエソの面相が怖くて気持ちが悪いという。だから、わたしは身だけを持ち帰ったのだったが、エソと聞いただけでもうダメらしい。

    そこを強いて、わたしが料理して食膳に出したとする、かみさんはぜったいに食べないと思うな。それどころか、食卓にも着かんのではないか。

    で、捨てようと思うわけだが、畑の肥料にするって手もある。

    だが、ここはわたしのこだわりで、海へ戻したい。

    既に三枚に卸してはいるが、釣った海へ戻そうと思った。

    マリーナへ向かう途中に行きつけのエサ屋があって、今朝立ち寄った際にこの話をしたら、おかみさんがわたしが貰うと言った。きれいで大きな白身だ。喜んでもらってくれた。

    「小骨が多くてあまり美味くないがエエか?」とわたし。

    「お父ちゃんは今日も客(釣り客)連れて沖へ出とる。帰ったら料理の仕方聞いてみる。きっと美味しい食べ方知っとる」と、かみさん。

    うれしかったなぁ~。

    エソが成仏するだろうって思ったこともあるが、エサ屋のオッサンが、こんなにかみさんに信頼されているってことが、うれしかった。

    おっさんはパチンコ好きだ。エサ屋と釣り船の頭船との両方やっているが、釣り客がないと、すぐにパチンコへ行くようだ。店に立ち寄って、おっさんが居ない時、

    「お父ちゃんは、沖へ出とるのか」と、問うと、

    「いや、パチンコや」と、かみさんが応ずることがたびたびある。

    当然のことながら、おっさんが沖の時と、パチンコの時とでは、店番をするかみさんの気合がまるで違う。今日のかみさんは気合が入っていた。エソはどんな料理に化けたのだろう。

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