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2005年12月

2005年12月31日 (土)

明日は?

魚釣りを楽しみつつ年越しできる幸せを噛み締めている。

漫然と過ごしてきた人生である。

65年も生きてきたが、わたしは、世間様の役に立つようなことは何もしたことがない。

このようなわたしを、なぜ天は、生かそうとするのであろう。

すでに、仕事は何もしていない。

いわゆる年金生活ってやつだ。

わたしが存在し続けることは、世間の、社会の、負担になっていると思っている。

新年を迎えることになる。

また、一年、無為の日々を重ねるのか?

今年は、ボート遊びに興じ、魚を釣り、カラオケを歌い、酒を呑み、マージャンをしたりして過ごしたのであった。これは、有為な生き方であったか?

わからない。

なにがなんだかさっぱりわからない。

が、また、明日も明後日も…、漫然と過ごすのだろうと思う。

明日はナギだろうか?

シケだろうか?

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2005年12月29日 (木)

メデタイ

DSCF0002 今日は、今年最後の魚釣りです。これにて本年の釣り興行は千秋楽ってこと。そう、納竿のつもりです。

小豆島へ鯛釣りに行きました。母港高砂マリーナから小豆島・小磯灯台のポイントまで、20ノットで約1時間半。

大漁でした。55センチの真鯛が釣れました。写真がそれ。これだけじゃないよ、40センチの食べごろサイズは、背負って折れるほど釣った。

前回久しぶりにフグ狙いで出て船酔いで往生したから、今回もあるいはヤバいような気がしていたが大丈夫でした。昨夜はゆっくり休んで万全の態勢をとったからなぁ~。

昨夜ゆっくり休めたのには、訳があって、マージャンに少し勝ったってことかな。昨日は、昼~夜9時までいつもの悪友らとマージャンやっとった。納めマージャンです。少し、ほんの少々、わたし勝ちました。メデタイ!めったにない慶事。

でも、納めマージャンですからね、今までに負けていた分の清算をせなあかんかった。

わたしはいつも負け組です。盆から今までの負けは、累計2万円にもなっていた。

潔く払いました。

…と、その金で、勝ち組がニギリ鮨の特上を注文し、皆に、そう、負け組みのわたしにも振舞うシキタリです。

…と、ここが、いつも、議論沸騰するのだけれど、

その特上ニギリ鮨の代金は、たった今、わたしのサイフから出たものです。わたしとしては、鮨をおごるのは勝ち組じゃなく、わたしだって、心地がするわけです。

…が、勝ち組は、これはオレの金や。オレが奢ったるのや!と、こう言う。わたしに「ごちそう様」って言えと威張る。わたし、シャクでかなわん!どうしましょう…、

マージャン屋のおやじとは長年の付き合いです。すっかり懇意になっていて、こういう場合はマージャン屋のおやじも、その特上ニギリ鮨のご相伴にあずかります。

で、つまるところ、わたしは、腹いせに、そのおやじに向かって、

「その鮨はオレが奢ったるのや、どうや?美味いやろ、美味いやろ!」と、言う。

おやじの返事を横取りして、勝ち組が、「船長に礼なんぞ言わいでもエエぞ、それはオレの鮨やからな」って、口を挟む。

マージャン屋のおやじは、鮨をノドに詰めるかと思いきや平気です。彼は人間が出来とる。

まぁ、そんなわけで、負けをメデタク清算しました。

その後、少し勝ちました。

で、昨晩は、ゆっくり休みました。

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2005年12月28日 (水)

アヤヤッス!

今一番忙しいのは誰でしょうね?

よく分からないけど、小泉首相や竹中大臣などはきっと忙しい日々なのじゃないか。ホリエモンなど時代の寵児や、ダイエー社長らも忙しいだろう。

わたし?…わたしは忙しくない。ヒマで、ヒマで困っておる。

その閑人が言うのもおかしいけど、

わたし、以前から一番忙しい職業は、お百姓さんと漁師さんだろうと思っている。

彼らは、ゆっくりゆっくり身体を動かしているようでも、頭の中は高速回転のしっぱなしじゃないか?身体は、常に何かの作業のなかにあるのじゃないか?身も心も休まる間が無いって職業ですよ。小泉さんより忙しいかもな。

彼ら、お百姓や、漁師さんらは、天候の具合を、季節の移り変わりを、いつもいつも気にしていて、作物の、魚たちの、動向から寸時も目を離さないでしょう。

また、仲間たちの動向から少しでも目を離りしたら、そう、情報収集に遅れをとると、とたんに植え付け時期を逃し、貧漁に泣くことになるよ。

ジッと水辺にしゃがみこんで魚釣りしている人をみてヒマなやつだなぁ~と思うのは大間違いだよね。

釣り人は寸刻も油断なく竿先をにらみ、いつなんどき魚が食いついても間髪を入れず竿を煽ります。持参した弁当箱を開ける間だってありゃしない。眼を他へそらせる余裕なんか無いもんなぁ。わたしだって、釣り人やってる時はヒマじゃない、超忙しいもんね。

それにくらべると、サラリーマンは総じてヒマですなぁ~。

わたし、某市役所に長年勤めていたけれど30数年来ヒマだった。割り当てられた簡単な作業を、飽きずに、倦むことなく、辛抱強く、ローテのなかでこなす。この“ガマン”ってのが求められる最大の資質です。創意工夫に意欲的であることや情報通であることは、サラリーマンらには求められてはいません。安月給に安んじて身を任す、これが大切。世の中で貴重なのはこういう手合いだ。わたしその手合いから退職したら、なんでか少し忙しいような気分になった。エッ!忙しいの?いやいや、やっぱ、ヒマで、ヒマで困っておるよ。

要するに、わたしは、怠け性であって、好んでダラ~と生活して、それでヒマだ、ヒマだと、ボヤキ暮らしているってことみたい。

内田樹先生が、家事について語っておられますね。(「お掃除するキャッチャー」)

掃除の効用について直截に話しておられる。すごいです。禅坊主の作務作法を聴く思いがいたします。現代版「行持」って感じだね。先生の家事労働に敬意を表します。

追伸・

悪友等から誘いがあって、わたし、本日は納めマージャン。手(打牌)が遅く、いつもいつも急かせれてはロン負けしておる。あぁ~忙しい。

…耳の奥から、ゴトーッペのアヤヤッス!(当たり牌を切ってもらって“ありがとうございます”の、省略語)が聴こえる…、

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2005年12月27日 (火)

鼻水と花

昨日、夕方7時過ぎに、ようやく“光”が入りました。

さぁ、それからが大変だった。接続設定?まかしとき!アッという間につないだる!

と、高をくくっていたけれど、なんとこれが難しかった。昨夜は徹夜です。朝方、5時頃になって、酔っ払ってしまって…、酒呑みながらやっとった…、何がなんだか分からんようになった。で、ちょっと寝たら。そして起きたら、今日がもう昼になっとった。

で、また、そこから始めて…とうとうサジを投げて、NTTと、NIFTYに、0120して、先ほどようやく開通しました。

いつも思うのだけど、ITの解説書(マニュアル)は、日本語を知らんおっさんが書いていると思う。とってもワガママで、自分のことしか考えない変人が書いていると思う。このままでは日本の将来は暗いですな。でも、あきらめたらあかん。日本語でも良い解説書が書けるってことを、だれかがしっかり示さないといけない。若い衆で日本語の達者な兄ちゃんはおらんのかいな?

また地歌(昔の三味線の世界)のことになるが、

この世界の日本語も別の意味ですごいよ。普通に読んだのでは何のことだかさっぱりわからん。理屈や意味は二の次で、情緒を感じてクンナマシ、って世界ですからね。と、その気になって読めば、これがまたメッチャよ~くわかります。なよォ~と崩れかけた色気が好きなお方なら、デッタイによ~く分かると思います。でもねぇ、この地歌世界の言葉で、パソコン手引書作ったらどうなるかな。きっとメチャクチャになる。

わたし、このメチャクチャ世界と、パソコン世界を、渡り歩いている。

あぁ、昨夜来の徹夜で、風邪を引いてしまったみたい。

浮きつ沈みつ寄るべさへ、荒磯伝ふ芦田鶴の、なきてぞともにたつか(手束)弓、はる(張る)を心の花と見て。忘れたまふなかくしつつ、八千代ふるとも君まして、心の末の契りたがふな

わたしはよるべもなく、ただ泣きくれて貴方を思うばかりの女だけれど、この女の気持ちを花とみて、どうか、いつまでもわたしのことを忘れないでちょうだいな

鼻ミヅが出てきてかなわん。色っぽい、鼻水だこと…、これ、「末の契り」って名曲です。

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2005年12月26日 (月)

竹一管

浜千鳥を吹いてみました。

息の音がスカスカして聴いておれんなぁ~、

今後、少しずつ、キレイに吹く稽古しまっさ。

   「hamatidori.wav」をダウンロード

  青い月夜の 浜辺には 親を探して 鳴く鳥が

  波の国から 生まれ出る 濡れた翼の 銀の色

  夜 鳴く鳥の 悲しさは 親を尋ねて 海こえて

  月夜の国へ 消えてゆく 銀の翼の 浜千鳥

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2005年12月25日 (日)

漠々たる世界

内田樹先生のブログ「集中講座終わる」を読んで>

総合失調の者らは“時間”を持ってなくて、せこく生きている者ら(正気の者ら)は“時間”を持っているってことかな。

“知性”は“能力を制御”することで“機能”するとなると、

知性:制御力、って向き合った関係があるみたいなことになるけれど、

知性、=制御力、と、仲良しの、両者は同じこっちゃという関係じゃないのかな。

同じって理解がだめでも同調ってことならどう?

知性と、制御力は、表裏一体、分かち難い関係ではないのかな。

また、

制御力を如何にパワーアップしても、どうにも秩序だって理解できないとき、その分野をあきらめるってのが、知性の生命線だっておっしゃるようだけど、これってホント?

否…、あきらめるのはまだ早い、

その分野は、たとえば映画の世界では、ゴチャゴチャした映像を集め組み立てることで、どうにも理解し難い分野に同調するって手法がありまっせ!

と、先生は、こう言っているのかな?

今回の「集中講義終わる」は、難しいなぁ~。

もし、わたしの「集中講義終わる」の読み方が間違っていなければ、

“同調”ってのは、いわゆる“悟り”に近い境地ってことになるように思うけれど、このあたりはどうなのだろう。

で、悟りってなんだ?

いやぁ~、言葉で説明なんかできない言外の境地ですよ、って、悟りを開いた人たちはみなさんおっしゃるようですな。

そう言われたって、わたしら凡人には、なおのこと理解できん。さっぱりわからん。

でも、内田先生の今回のお言葉からすると、

映画を鑑賞して、ある種の感興が得られたら、そしてそれがどういう感興であったかをうまく説明し切れなかったら、それがある種悟りに近いものですよってことになりそうだ。

わたし、先生の論を批判しているのじゃない。逆ですよ。先生の論に大賛成です。

得られた感動・感傷・気持ち・雰囲気…、これらが閾の内側かにあるか外側かにあるかは定かでなくても、身体状況が現にそういう状況下にあるとき、わしゃ、まさに、ここにこそ現に生きているような心地がするもんなぁ~。まぁ~言ってみれば、映画観てオモロかったら幸せってことだよな。

それにしても「アナグラム」的な論理展開ですなぁ~、

京大でのご講義だったそうだけど、近頃の若者等は、京大クラスにもなると、こんな話をアクビもせずに聴けるってことかな。隠居でも理解に苦しむシンドイ話でっせ。

先生の話は拡幅がデカイからオモロイけどシンドイや。いや間違った、シンドイけどオモロイや!

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2005年12月24日 (土)

カンシャク

わが家は久しく読売と日経の2紙を購読してきたが、年金生活でもあるので、1紙にしようと思う。読売新聞をやめることにする。

理由、

1.一昨日の読売朝刊は、読売新聞調査研究本部顧問に、先のNHK会長海老沢勝二氏を委嘱したとの報を載せたが、わたしこれが気に入らない。

2.代表取締役・会長の渡辺恒雄は、昔から気に入らない。好かん!

3.今朝(12月24日)の新聞扱いも総じて気に入らない。

.編集手帳のマイナー一辺倒さ。

.社説(今朝は「安心社会の足もとが揺れた1年」)の安直な安っぽさ。

.特集記事「小泉チルドレン」の低次元さ。

.耐震偽装の煽りたて。

.“潮流2005”コーナーに、女性女系天皇云々(編集委員氏)と、人口減に対しての社の(生活情報部)の見解記事がある。見解の浅さが気に入らない。

ただひとつ、読売新聞には、日経には無い優れたところがある。

テレビ番組案内欄の充実だ。

で、まんざら捨てた物じゃないと思うが、やっぱり購読はやめようと思う。

毎日毎日、オモロナイ・オモロナイと思いつつ我慢読みするのはもうシンドイ。

この調子で行ったら、いずれ近いうちに、なぁ~んも読みたくなくなるような気がする。

日経なんて気に入らない。もう、読んでやらない。なんて…、

ワシャ、昔からカンシャク持ちだワイ!

なんでか、今朝は機嫌が悪いのだわい!

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2005年12月23日 (金)

怠け閻魔

魚の下処理に「ツボ抜き」という手法があって、ツボ抜きされた魚が、最近出回っているそうだ。見た目は、釣りたての魚そのままだけど、エラと内蔵がきれに取り去ってあるらしい。

魚の口を大きく開げて、エラの付け根を切り、口から外れたエラを掴んで引っ張ると、内臓が全部ヅルッとひっついて抜け出る。小魚なら口から割り箸を突っ込み、ネジリ気味に引っこ抜くと、エラも内臓も全部出てくる。

国会証人の方々に証人席で口を開かせる。割り箸を口へ突っ込む。割り箸をネジルと何かに引っかかるから、そのひかかった言葉を外さぬように注意して引っこ抜くと、黒く汚れたハラワタがヅルヅル出てくる。

突っ込む割り箸がナヨナヨだからなぁ~、あれじゃぁ、な~んも引っかからんだろう。

世に詐欺師って職業がある。いろいろなジャンルに分化発達していて、コンサルって分野もある。総合なんとか研究所って名乗ったりする。手下が大勢居て、マヤカシの商品を作らせ、売らせ、サヤを取る。原始的なのもある。ツボのなかにサイコロ二つを格好良く入れて、頭の上にふりかざし、膝前にパッと伏せる。さぁ~丁か半か!

こんな手合いを“ツボ抜き”するには、どうしたらよろしいのか。

汚い言葉で小泉首相の改革手法を批判する人たちが多いですねぇ。あたかも首相をゴマカシ専門の詐欺師だと言わんばかりの言い方だ。何を言っても勝手です。自由だ。

詐欺師ジャンルに首相も加えましょうか?

もちろん首相を詐欺師呼ばわるする自称正義派の方々も詐欺師に登録して後のことですよ。

わたしも出来れば登録したいが、受け付けてくれるだろうか。小者すぎて捨て置かれるが落ちかな。

魚の場合は、エラを引き千切ることで内蔵をもズルズル引っこ抜くのだけど、

人のばあいは、エラじゃなく舌でしょうね。

舌を閻魔さんが引っ掴んでハラワタごと引きずり出す。

でも、閻魔さんは最近怠けてますね。あまり仕事をしなくなった。

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2005年12月22日 (木)

aki 今朝はここ数年来観なかった雪景色が現出している。三木の里は、神戸の後背地にあって、桜の頃も神戸市街地などと比べると1週間も開花が遅れる土地柄だ。もう4センチ積も雪が積もっている。まだまだドカドカ降っている。

この付近は丘陵をならした大規模造成地であちこちに坂が多い。坂道に車が数珠繋ぎになって立ち往生している。勤務地へ行き着けないでみなさん困っておられるのでしょうね。わたし、エブリデー・サンデーだから、ボヤァ~として書斎窓から観察中。また一段と雪が激しくなって、向こう側の車列が見えなくなった。

三弦の古曲(地歌)に“雪”という名曲がある。

「花も雪も払えば清き袂(たもと)かな、ほんにほんに昔の昔のことよ、わが待つ人もわれれを待ちけん…」

意訳、

→花も雪も、払えば清らかなたもとになるように、あぁ~、ほんにほんに昔のことになるなぁ~、わたしが逢いたくていつも待っていた人も、わたしに逢いたくて待っていたのだろうな~

さらに意訳、

⇒浮世の苦しみを生んだ恋も愛も、捨て去ってしまえば、もとの無垢で清らかな心にもどるように、あぁ~、もう昔の思い出になってなってしまったが、わたしが逢いたくていつも待っていたあのお方も、わたしと同じようにわたしを待っていたのだろうなぁ~、

この曲、しみじみした情緒に溢れた名曲ですよ。地唄舞というのもあって、この“雪”を舞うのは超難しいようだ。ほとんど立ち尽くしているだけの静かな舞です。

雪は静かだ。

なにもかも静かになって…、

オォ-、犬の鳴き声が聴こえます。ずいぶん遠くから聞こえます。

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2005年12月21日 (水)

get′seasick

時化模様が久しく続き、沖へ出ていなかった。昨日、1か月半ぶりにフグ釣り出て船酔いした。不摂生のせいだ。これを機にしばらく禁酒してみよう。先の航海記をあちこちへお配りしたが、酒のことを書き過ぎたようだ。どこかしこから祝い酒が届き、調子に乗って呑みすぎたみたい。体調が狂ってしまった。昨晩は晩酌を我慢した。このまま以後しばらく禁酒する。いつまで禁酒するかは体調による。来春の長期航海は只今から本番にはいる。

一人で小型プレジャーボートを駆って外洋を航行するには、艇の性能や設備もさることながら、まずは航海に耐え得る体力が必要だ。大揺れする艇内で、ふらつかず、しっかり立っていることができる足・腰。なにかに掴まりさえすれば、しばらくの間は自分の身体を支えることができる腕力。それなりの視力・聴力。見かけが如何に丈夫そうでも、持病があって、いつも薬漬ってのも困る。もちろん船酔いなどは絶対にしないって前提での話。

…と、このように反省すると、なんとわたしの体力は、ボーダーラインすれすれに位置している。むしろ既にラインの外。

ほぼ7年前、転倒し、第Ⅲ腰椎を圧迫骨折した。2か月間絶対安静、以後両脇松葉杖生活が半年間。今なお完治していない。1メートルの高さから下へ飛び降りることがすでに不可能である。

1年半前、指先を少し電動ノコで削る事故を起こした。以来、左手握力がガタッと落ち、何かにしっかり掴まるってことが出来ない。で、先の航海では右手を酷使し、動かなくなって困ったのだった。

聴力は補聴器寸前。視力はカスミ眼ってところかな。艇操縦席のまん前に前方視野をさえぎるかたちでレーダーデスプレイを設置している。かすんだ眼で窓の外を睨むより、レーダー画像を頼ろうってこんたんだ。こんな中で、船酔いだなんて…。

アレレ、なんだ、なんだ?…どうしたのかな?

ありゃぁ~これって船酔いじゃないか!

自分でビックリした。

今までにも何度か船酔いした経験はある。前夜の深酒がたたって二日酔いのまま沖へ出て⇒ダウンという図式だった。が、昨日は二日酔いじゃない。ごくまじめに船酔いした。なんてこった!

歳を取るってのは、まったくしょうがないものだ。昔、相撲の千代の富士が前日貴乃花に敗れ、それを機に引退の際、向けられたマイクに「体力気力の限界…」と、声を絞り出すように語ったのをテレビで見たことがある。あれは彼が何歳のことだったのだろう。今のわたしは、そのときの彼の年齢の倍以上かな。船酔いだなんて…。

かぞえ年で言うと、わたしはあと10日で67歳になる。最近は定年退職者でボート釣りを楽しむ人等が増えたが、多くの場合複数で乗っている。あんがい奥さんとご一緒が多い。が、やはり友艇らの年齢は40~50が中心だ。なかにごく少人数70台がおられるが、すでに自分ひとりで沖へは出ないようだ。出る際はかならず誰かが添乗している。

高齢で、外洋へ1人で出て、長期間航行するってのは、ヨットでならいざ知らず、プレジャーボートの場合は、わたしの知る限りではイーグリットⅡ艇長のN氏だけである。

氏の摂生を真似る必要がありそうだ。ピシッツと背筋をのばした、端正なお姿が眼に浮かぶ。“先達はあらま欲しきものかな”氏を真似てみよう。

波平が船酔いだなんて…。

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2005年12月20日 (火)

隠居の読書

司馬遼太郎の世界はどこを抜粋し取り出しても一幅の絵になるが、それでも読んでいて、時にハッ!として立ち止まり再読せざるを得ない特定の箇所ってのはある。氏の著書「街道を行く」を読んでいる。そのなかの“飛騨の匠”を語るくだりに、

「…たとえば、一人の平凡な絵師がウシを描くとする、ウシの形は、つかまえどころがない。ナマのままで容易に描けるものではなく、ウシを眼前で写生しているときも、かつて天才が描いたウシを脳裏にうかべ、実際には現実のウシを見ず、脳裏のウシを絵どってゆく。当人は写生しているつもりでも、奥底では天才の“型”を模写しているのである…」とある。

奈良・天平時代、百済河成という絵師が居たそうだ。絵は、太古の昔から描かれていて、だれが最初に描いたかなどはわかるべくも無い。が、“華麗”な絵は、未開の太古の絵とはあきらに違っており、いわゆる絵師の自覚のもとに描いた絵師は本朝ではこの百済河成であったろうと氏は言っている。氏の説によれば、爾来、全ての絵描きは、この百済河成のなんらかの影響下にあり、その模写をしているってことになる。

話は、“飛騨の匠”を語るくだりの一節である。絵にしてこのとおり。なら、“飛騨の匠”にもその原初の人が居たであろうと語るなかでの一節である。…が、その原初は誰であったか判らんってことらしい。判らんってところに、飛騨の飛騨たる土地柄があって、現地へ出かけたら、ほれ、まわりの民家の趣が、みな一様にどこそことなく飛騨の匠の手になる作品になっとるじゃないか、と、筆者は語っている。“こりゃひとつの文化じゃ”と言外に言っている。

「ウシを眼前で写生しているときも、…実際には現実のウシを見ず、脳裏のウシを絵どってゆく」つまるところは、これが文化だってことか。飛騨の民家は、みな一様に飛騨の匠の文化の中。

以下は、わたしの勝手読みだが、

たとえば音楽の場合、

演奏者は、譜面をなぞって、楽器を鳴らし奏でるのである。要するに真似るのだ。こうすることで作曲者の思いを追体験する。聴衆も同様の追体験を得て快く感じ。あぁ~エエ曲だとなる。

壁に掛けて飾った絵画の場合はどうか。たびたび眺めては、これを描いた画家の思いを追体験しようってことじゃないか。そこには美の結晶があり、絵心の貧弱な者たちでもその絵を観れば“美”を容易に追体験できる。きれいだなぁ~と思う。

小説にしてもことは同様だ。文を読み進むことで作者の感興にふれ、作者と、或いは作中の人物と思いを同じくする。要するに気持ちの模写ってことではないか。

いろいろ考えてみると、要するに、われわれは、なにごとによらず、真似ばっかりしつつ生きておるってこと。自分独自の立場なんぞは、はたして在るのか無いのかさっぱりわからん。

と、ここまで考えて、否!と、思い当たったことがある。

“けつまずき”これって自分だけのものじゃないか?

“感動”これも自分のものだぞ!

なにかにつけて、模写の人生・命ではある。が、しかし、模写になれきっており、たいくつでもあるのだった。真似じゃなく、模写じゃなく、そこから少しはみ出たものに出くわした時、われわれは驚き、けつまずき、感動するのではないか。

好きな曲を幾度も聴き親しむのは、いつも決まった追体験を重ねるのが目的じゃない。聞き知った音楽を聞く中で、なにか新たな感動を得たいがためではなかったか。この曲を聴くとたびたび感動を新たにすることが出来るってこと、ここに意味があるのではないか。これを称して奥深い味わいのある音楽とは言うのではなかったか。壁の絵を観る。おっ!と思う。この、おっ!は、そのつど違ったものではなかったか。

たまたま、わたしは、本を読んでいて冒頭の一節にけつまずいたのだった。ヌヌッ!と思った。この思いは、きっとこの箇所を書いた著者の思いを越えている。このけつまずきのなかにこそ自分は居る。わたしはそう思う。

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2005年12月19日 (月)

そったくの趣き

二十歳直前から三十歳直前までの間、尺八を稽古した。それなりに入れ込んで稽古した。以来、プッツリ途絶えていたが震災の年にある邦楽演奏会を聴きに入って、それを機会にまた時々尺八を手にするようになった。この間25年間。…時々手にするといっても月に一度弱程度だったのだが…つい先々月からまた少し気合を入れて稽古を始めた。この間が10年。通算して35年ぶりの稽古再会。

特に支障がないかぎりほぼ毎日一人稽古を行う。2週間に1回の割で、箏三弦の師匠の元へ通い手合わせをお願いしている。

曲は地歌(古曲)が中心だ。三弦物が多い。今は、「春の夜」という筝曲ものを稽古中だ。筝曲だが尺八の譜面があって、わたしは尺八、師匠が箏を弾く。

この曲も、あの曲も、ほとんど以前若い頃に稽古したことがある。曲趣もさりながら往時を思い出しつつ演奏を楽しむ。この往時を思い出しつつ演奏するってこと、これが楽しい。よい遊びになる。時に心が弾み、いっとき、過ぎ去りし青年の日に戻ったりする。

弦楽器の場合はどうなのだろう。尺八の場合は、気持ちがそのまま息遣いに現れ、音色を左右する。今のわたしの音は、自分でもわかるのだが、昔の若い頃の音とはだいぶ違っている。なにせ年も食ったし、情も薄れた。気概だってもうへしゃげている。昔、若かった頃は力んで吹いたが、今はもう力を入れる気持ちがなくなっていて、気を抜いて柔く吹く。…と、これが実に不思議なのだが、以前はとても頼りないかぼそい感じの音だった(わたしは自分の音が嫌いだった)のが、今はなぜか野太い音だ。ホンワカと昔の感傷を楽しみつつ、特に技巧を考えることもなく、ぶっきらぼうに吹く。ふと気がつくと、これがさっぱりした野太い音だった。

昔は、合奏の際は、自分の譜面を一心に睨みつけて吹いていた。今は、気持ちを他所へ遊ばせて、師匠の三弦の音を聴き楽しみながら吹く。師匠は全盲のお方だ。三弦を弾きながらわたしの気持ちのありどころを掴んでいる。「…ここの箇所で、わたしがどんな(三弦の)音を出すか試されませんでしたか?」と、合奏後に問われたりする。おなじようなことはわたしも感じている。“師匠がどこそこあたりで少し演奏のテンポを上げたいと思われたな”とか、掛け合いの箇所や、歌が入る箇所などなどで、わたしにいろいろ注文が出るのがよくわかる。三弦のバチがそうわたしに語りかける。バチの注文を竹で返事。この啐啄(そったく・機を得て両者相応ずる意)の趣は妙に釣りにもあるものだ。

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2005年12月18日 (日)

塩辛

DSCF01021 焼津のミルク蟹漁師長谷川氏からもらったカツオ船の沖漬塩辛(右瓶)には人口調味料は何も入ってない。防腐剤も入ってない。いただいたばかりの頃は、試食して、まだ少し熟成しきれていないような気がしたので、熟成期間を置いていた。が、昨晩、晩酌時に取り出して食ってみたら、ビックリするほど美味しくなっていた。香も柔らかだ。

長谷川氏は、食べ比べてごらんと言って、わざわざ市販の「カツオの塩辛(左瓶)」も1瓶添えてくれていた。こちらの方は、いただいた直後はまぁまぁのアジだった。今回は、なぜかあまり美味しくはない。でもこれが普通かも。有名店の塩辛である。

わたし、昔から、イカの塩辛には馴染んでいる。サバのヘシコも大好物。だが、このカツオの塩辛は味が風味の域に達しており、潮の香が楽しめる。珍味だ。美味い。

だれか上戸がわが家へやってきたら、是非これを肴に一緒に呑みたいと思っているがだぁ~れも来ない。自分ひとりで悦に入って食うだけではなんとなく物足りなくて、ここに書き出したわけだが、要は味のことだ、書き辛くて往生する。

なんだなぁ~、往生する味だって言ったって、マンズ、だぁ~れにも分からんよなぁ~。1本下げてだれか来ないかなぁ~(*^。^*)

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2005年12月17日 (土)

へんこつ

なんぞおもろいテレビやっとらんかとTV番組表をみたら、今晩7時からテレビ大坂で「100キロマグロ1本釣り激闘5日間」というのがあった。で、急に、トカラ中之島のキハダマグロを思い出した。

中之島のキハダマグロはムロアジの生餌で釣る。難しいのは餌のムロアジを用意することだった。結果は、わたし、ムロアジを得ることが出来ず、マグロは釣れなかった。

中之島漁港に入っていた旅船の方々と一緒に、地元漁船マキ丸のスターン(後部甲板)に集まり、皆で呑んだのだった。マキ丸船長が、わたしに、「どうしてもマグロが釣りたいなら、餌の生きムロアジを用意しておくように友達に頼んでやろうか?」と言った。わたしは即座にこの提案をことわった。わたしは、自分の垂らす釣り針に、余人の手でマグロを引っ掛けてもらいたいとは思わない。そういったことを、大仰に、酔いにまかせて力説した。わたしは、これが正統派釣り師の矜持(気持ち・心構え)であると啖呵を切った。

結果は、幾度も言うように、生きムロアジの確保に失敗し、結果マグロの顔を見ることが出来なかった。残念だ。とても残念だが、以来、わたしの気持ちの中では大マグロが悠々と泳いでいて、これにいつかは対峙するであろうわたしが現にここにある。いつか、また挑戦の機会があるかも知れぬ。楽しみである。

冒頭のTV番組だが、わたしに言わせれば“やらせ”である。今、午後6時半。まだその番組は始っておらん。だからまだ観てはおらんが、そう断じてまず間違いはない。わたしはそういうやらせ釣りを魚釣りとは言わない。

退職金の大半を割いて外洋航行可能な中古ボートを買ったのだった。通販で探りまわり釣具をあれこれ揃えた。貧困な準備のなか、日本列島魚釣り周航の旅に出た。ようやくトカラ列島の一角にたどり着いて、余人の手を借りて生餌を求め、釣れるべくして釣ることにするか、それとも、自分で餌のムロアジ釣りに失敗し、マグロを夢のかなたに置き続けるか。わたしは迷いもなく後者を取ったのだった。

間もなくその番組が始る。わたしは、その番組を、マグロ釣りを観るつもりだ、観たくてたまらんのだ。

だが、わたしは、自分の矜持はかたくなに守るつもりだ。

今日、釣友二郎ちゃんが、たまたまわが家立ち寄った。「もうこの時期は釣り堀しかないなぁ~」と彼は言う。彼には彼の釣がある。わたしは釣り堀ではどうにも楽しめない性分である。

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ほんのしばらく

「構造計算」を読んだお方から、“手回しドラムポンプ”ってのがあるよって、コメントがありました。で、ご指示のサイトを開き調べたら、なるほどわたしが欲しいとおもっていたそのものズバリの商品でした。値段も手が届く範囲内…だった。

…だった。けど、どうしましょうかねぇ~、

もう既に5千円の電動ポンプ買ってしまったもの。またまた二重投資せなあかんなんて…。何をやってもこういう手落ちがあって困りますわ。

一生懸命がんばるのだけれど、どこかにやらずもがなの回り道があって、たどり着いた時には、もうフラフラです。

前回に用意したものがあるから、次回は、もう新たに準備しなくてよいのではないかと、普通はそう考える。

だがしかし、前回、予備タンクとして使ったポリ容器はすべて旅の途中邪魔になって処分してしまったし、ライフラフト(救命艇)用に購入したフローターは、実地検証の結果約に立たないことがはっきりしたのでこれも処分したいし、あぁ~、どなたか欲しいお方があれば差し上げますよ。

ほいで、ほいで、

アンカー2本も緊急時用にってことで、効きのよいすっごく重たい大きなのを積んで出航したのでした…が、これが重過ぎて大きすぎて結局使えなくて、先日撤去してしまった。今は、二本ともそれぞれ半分の重さの物を新たに買ってきて積んでいます。

食料、これが難儀でッせ。即席ラーメンをドカッと積んだのだったが、ラーメンの包装紙見ただけでゲェ~が出そうになり、堪らなくなってごみ捨てに捨ててしまった。いろいろ積んだけど、すんなり食えた物は、ほぼ搭載食料の10分の1ってとこかな。これは途中買い込んだ食糧でも同じです。タマゴはパック買いですわな。内2・3個続けて食ったらあとは数日忘れておる。腐ったのではと残りは捨てます。パンも、おかずも、トマトもリンゴも、真夏のギャビン内で元気よく腐ってゆく。冷蔵庫無しの生活ですからね。

衣料、これも明らかに積みすぎだった。ネクタイ・背広・革靴こそ積まなかったものの、下着・作業着・ちょっと外出用のものなど等に加え、雨具4着、雨傘4本、靴4足、帽子4など等…。だれかが途中やって来ても大丈夫なように、の、心つもりがあったからね。

寝具ですか?3名分を用意。たっぷり積み込んでいました。いくら寒くっても大丈夫。真夏だ、誰がフトンなんぞかぶるものか。

緊急用の飲料水がすごかったぞ。未だに大きなミネラルウオーターがまだ未使用のまま残っていて、未だにこれを飲みツズケテおる。早く飲みきってしまわないと腐るのじゃあるまいか。

釣友ゆりたろうが、おもしろがって、いろいろ買い込んできた。これもあれも積んで行けと積んでくれた。これらは大いに役に立ったが、なかに積みきれなかった物もある。彼もある種二重出費的性格のようだ。発電機…大きすぎて重すぎて積めなかった。本格的大型ライフラフト…これも重すぎて大きすぎて積まなかった。

思い出すなぁ~、釣具のことですわ。メッチャメチャ仰山買い込み、積み込みました。が、結局ほとんどなぁ~んも使わなかった。アウトリガーなんか使う元気が出なかったし、タモは数回使ったが、ギャフなんか不要でした。クーラーボックス。デカイのを4つ積んだ。ひとつ半もあれば充分過ぎるのだった。なにせでっかいマグロを釣る気だったからなぁ~。

金持ちbどんが、わたしの出航準備を、積み込みを側で見ていて、言うていたなぁ~「金だけ持っとったら、あとはなんとでもなりまっせ!」と。

たった今、ヨシ○からメールが入った。「ご注意を」と、あって、

「トラックの標準タンクは錆が出る可能性がある。これを艇の燃料タンクに使った経験者の話では、すぐに燃料フイルターに錆が詰まって困ったらしい」

で、「気をつけろ!」って。

標準タンクってなんや?新車納品時の臨時パーツって位置づけらしいじゃないですか。新車を買ったら、買主は、すぐにそれぞれの予定走行距離にあわせて特注の燃料タンクを発注し、付け替えるってことらしいですな。判っとる!このことは、ゆりどんから聞いて既に知っておる!が、とにかく安かったのじゃ。エエ買い物したような気持ちしておるのじゃ。頼むから、ほんのしばらく、その気にさせといてくださらんか。

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2005年12月16日 (金)

構造計算

トラックの中古燃料タンクを通販でひとつ買った。愛艇「はまちどり」の予備燃料タンクにするつもりだ。100㍑容器。約2時間走行できる量。

通販業者がたまたまヨットマンであるらしかった。日本一周艇の予備タンクに使うと知って面白がり、だいぶ値段を安くしてくれた。嬉しいったらありゃしない。感謝、感謝。

艇備え付けのメインタンクは500㍑。播磨灘や大阪湾や太平洋沿岸ならこれだけで充分だ、特に予備燃料を積む必要はない。だが、日本海側や北海道の僻地沿岸を航行する際は、給油できる箇所が限られるので、念のために予備燃料を積まねばならぬ。

今年、九州南西諸島や五島・壱岐・対馬へ航行した際は、20㍑のポリ容器4個と、同20㍑の正規携行缶2個に、軽油を満タンにして計120㍑を積み、予備燃料とした。しかし、荒天時に艇が大揺した際、6個の容器が暴れ回り、いつ容器が破れるかとヒヤヒヤした。1個でも破れたらとんでもないことになる。こんな恐ろしい思いをするのはもう嫌だ。

大シケのなか20㍑容器を小脇に抱え、艇のメイン燃料タンクに軽油を移し込むのがこれまたとても大変だった。右腕の筋が伸びてしまってとうとう動かなくなった。対馬の離島病院で救急治療を受けたが、このまま動かなくなったらどうしようかと思った。

で、来春は、東日本海域周航の際は、自動ポンプを使用して予備燃料タンクから直接艇メインタンクへ軽油を移し込みをしたいものだ。本格的ポンプの導入が必要だ。清水の舞台から飛び降りるほどの覚悟が必要。本格ポンプは値が張るぞ。すっげぇ~出費。覚悟はしている。またまた腕の筋が伸びては困る。でも、振るべき“袖”が無かった。無い袖って…、どうしようもないものだ。結局、チッチャな電動ポンプを買った。5千円ぽちぽちの値だった。これくらいならなんとかなる。

艇内の電気は全て直流である。DC-AC変換機をかませて直流を交流に整流し直し、交流電気でポンプを動かす。5千円のポンプだ。吸い上げ力は高低差1.7メートルまで。ホースが水平でも、長いとダメ。軽油をポンプで水平移動させる場合、水平距離1メートルに付き高低差換算で0.6メートル分の負荷がかかる。ポンプのメーカーに問い合わせたら、そういうことだった。

わたしは予備燃料タンクをギャビン内に置くつもりだ。艇のメインタンクの給油口は艇最後尾にある。その間6メートル。0.6を掛けると3m60センチの高低差換算になる。ポンプの力は1.7メートル分しかない。と、なると、ヤバイじゃないか。艇内で予備タンクからいったんポリ容器に移し替え、それを艇後尾にもって行き、そこでポリ容器からメインタンク給油口へ注ぎ込むしかないってこと。構造計算って難しいね。なぁ~んか納得し辛いなぁ~、ホンマかいな?

先の周航時には、ニギニギ式タイプのカッポンカッポン・ホースを使用していた。ポリ容器を給油口より高く差し上げていなければ注ぎ込めなかった。実にこれが辛かった。でも、次回は、ポリ容器は下へ置いたままでも移し変えが可能だ。すっごく、楽になったような気がする。ポンプ5千円の威力だ。タンクは今日艇に据え付けた。

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2005年12月15日 (木)

Cが居る

罪が、社会不適合と同意なら、キリストが十字架にかけられたのもわかる。あまりにも高邁(こうまい)なキリストの思想は、当時の世相に合わなかった。社会不適合だ、抹殺すべし。

爾来、適合か不適合かの判定は、魔女裁判などの歴史を踏みつつ、マニュアル化し、法律になり、刑法犯・民事犯・行政犯・軍事裁判など等に分かれて整備され、誰を、何を、十字架に架けるか決めてきた。

“人を罰せず罪を罰する”という。どんなに悪いことをしても、当事者の立場に立ってみれば、細緻に調べれば調べるほどそうせざるを得なかった事情が浮かび上がる。つまるところ、だれでも、この人と同じ立場にたったなら、そうやらざるを得なかったろうとなる。この人は、本当はそんなに悪い人ではない、と、なる。で、罪だけを他人から離して論議する。罪をマニュアルに照らし合わせて罰するが、たまたまその罪と当事者とが物理的にわかち難くくっついていて、心ならずも結果的にその人を牢屋へ繋ぐってことになる。この意味では、ある一定レベル以上は、その人の立場を見ないようにすることが大切だ。情が移るとろくなことが無いない。

国会証人尋問で、TVが証人らの顔を大写ししていた。それぞれから事情をよく聞けば、なるほどそういうものかなぁ~となる。あるいは俺だってそうするかもなぁ~と、なって、結果、あんがいこやつらは善人なのじゃなかろうかとなる。いつの間にか彼らは判定の網の目をすりぬけておる。

社会不適合の者とは、自分が誤りを犯しつつあることに無知な者を言うのではないか。だれが見たって、彼が誤りを犯しつつあることがわからなかった。わからなかったことにだぁ~れも、本人をも含めて、過失がなかった。だけど、結果的に、彼が居たことで社会に不都合が生じた。このような立場の彼を社会不適合の者というのではないか。

自動車事故の場合を思い出すといい。Aは、適法に車を運転していた。が、横合いから急に飛び出したB車があって事故った。事故による損害経費は全てBが負うのが法理ではある。が、しかし、たまたまそこにAが居なければ生じなかった事故である。適法にではあったが、そこにAが居たことの意味はこの事故と分かち難く直結している。すなわち、現実には、何がしかの責任を、Aも負担させられるって決着が多いのではないか。

なにか不都合が発覚すると関係者等はあらそってAを気取る。なかに、お前がBだと割を食うものが出る。どの場合にも、逃げ場の無いCが居る。いつも割を食うCが居る。

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2005年12月14日 (水)

トムソンガゼル

ダイエーは、西神オリエンタルホテルのヒューザーへの売却を取りやめて、ヒューザーから預かっていた契約保証金を返却すると今朝の新聞に出ていますよ。契約保証金には、“予約損倍戻し”って原則があって、買い手側から契約破棄の際は、そのまま契約保証金は召し上げられ、逆に、売り手側が、“売るのを止めまっさ”と言うときには、預かった契約保証金を倍額にして支払うってのが基本ですよ。この原則を、この度は、両者が話し合って契約保証金をそのままお返しすることで決着をつけようってことのように記事は読めるのだけれど、どういうやりとりがあったのでしょうね。

俗に“弱り目に祟り目”って言いますね。まだウワサの域を出ないわけだけど、ダイエーと、ヒューザーとでは、前者が弱り目で、後者が祟り目ってことかな。もともとの文意は二つとも同一人物について言ったものだけど、この際は役柄を二つに分けて並べた方がぴったりするような気がしますね。

ダイエー側は、“わが社は悪いことをしておらん。単に商売がうまくいかんかっただけ。ヒューザーのあくどい疑惑と並ぶのは嫌”と考えて契約破棄に至ったのかな。わたしはそうは思わない。そんな奇麗事じゃないと思う。ダイエーはヒューザーが代金を払い渋るだろうと考えたのじゃないか。ヒューザーの足もとを見たわけだ。と、いうことは、今までは、ヒューザー側がダイエーの足もとを見ていたろうってこと。

この両者の関係をめぐって、またぞろ誰かが出てきて、ダイエーを、ヒューザーを、トムソンガゼルにしてしまうのですよね。スゴイですねぇ~、社会というか、世間てぇのは、このようにして動いているのだよなぁ~。

あぁ、トムソンガゼルだけど、ライオンのエサですわ。牛科の動物でサバンナに住んでいて、もっぱらライオンやヒョウなどのエサになっている。早い話が、善良なる庶民ってこと。

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2005年12月13日 (火)

個と家庭

今朝は8時まで寝ていた。いつもは4時起きだからずいぶん寝過ごした。早く起きても、新聞読んだり、読みかけの本を開いたり、ただボンヤリしているだけだから、いくら寝過ごしたってかまわないわけだが、8時に起きたのでは、起きてボンヤリする時間がその分少なくなる。

いつの頃からか、ボンヤリ時間のなかで内田樹先生のブロブを拝見するようになった。ボンヤリ時間のお友達って感じだ。

今朝のブログを拝見していて、わたし、急に思い出したことがある。先の阪神淡路大震災のことだ。

身ひとつでかろうじて生き延びた被災市民等が学校や公民館に呆然自失で座り込んでいた。やがてどこかしこで火事が発生し、市街地全体がぼうぼうと燃え上がり、もうどうすることもできなかった。

日本は資本主義社会の国だ。自分の力でいくらもうけようとかまわないし、いくら贅沢したってかまわない。が、逆に貧乏しても、それはそれで自分の責任である。事故にあっても、災害に遭遇しても基本は同じだ。自分で立ち上がるしかない。だぁ~れも助けてくれない。制度上はそういう国なのだ。

わたし、当時、市役所の職員でした。数箇所の避難所を巡回し、現地世話係みたいなことをやっていた。避難所ごとに毎夜毎夜集会が持たれ、行政側へ様々な要求が突きつけられた。さしずめ下っ端ではあるけれど、現に同席している市職員へ攻撃の矢が放たれた。殴られドツカレたことはなかったけれど、すごい攻撃だった。つい昨日のことのように思い出します

避難所からすべての避難民が去って、その後しばらく、当時避難していた方々から「お店をやっと再開しました」とか、「だれそれさんがお亡くなりになりました」とかのニュースが届くのだった。

開店祝いに駆けつけたこともあるし、様子が気になって、それとなく立ち寄ったこともある。が、もうすっかりそういうことも無くなった。年賀状の時期だ。数人の方々とは未だに賀状のやり取りが続いている。この時間経過のなかで、“個や家庭が軽んじられ荒み病んでいる”との思いだけは膨らむ一方だ。

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2005年12月12日 (月)

年賀状

賀状をほぼ書き終えた。今年は“喪中につき云々”が10通あった。母が、父がということだから、故人はみなさん80を越えたご高齢であったようだ。いくらご高齢であったとしても、お身内が、肉親が、亡くなられて哀しくないわけはない。だが、ご苦労だったなぁ~、めでたくお見送りされたのだなぁ~と、賀したい気持ちがある。

わたしの母は来年94。寝たきりながら健在である。認知症が進んでいる。糖尿がひどくて、この年できつい食事制限が課せられている。いつも腹を空かせている。見るに耐えなくて、そろそろ亡父の元へ送ってやりたいが、こればかりはどうにもならん。

その息子も既に隠居生活。賀状もそれなりに減らしたいと思うが、なかなかこれが難しい。現役引退直後は思い切って減らしてみたが、いつのまにか以前より増えてしまった。

わたし昔から世渡りが超下手であった。今なお超下手である。中元・お歳暮・時々の付け届けなどはとはまったく無縁のなかで、かろうじて年賀状を最低数出し続けている。賀状を受け取ったお方で、「あのやろう世話してやったのに、年賀状だけで済まそうって腹か!」と、かえって気分を害したお方もあったのではなかろうか。いや、これも未だにその恐れが強い。それが判っているならせっせと贈り物をしたらエエではないかとなるが、そう思いつつ時期を失して今に至ったわけで、今となっては、わたし、今あるごとく在るって心境が気に入っておる。

昨日、高知の釣り人から、メヒカリの干物が届いた。こんなわたしでも時にこうした戴き物があり、感謝感激し、あぁ~神様は未だわたしをお忘れではなかった、※“エリ・エリ・レマ・サバクタニ”アッ言い間違えた!…と、嬉しいことだ。

(※ エリ・エリ・レマ・サバクタニ …十字架上のキリスト最後の叫び「あぁ、神はわたしを見捨てたもうた」)

メヒカリは目玉がホタルのように光る魚のようですな。深海の小魚でこれがスッゲー美味い魚だった。炙って食うがよろしいとのことだったからそのようにしたが、魚の干物でこれほど美味いものをくったことは過去に無い。ビックリした。

わたしも、遅まきながら、誰かに、何かをお届けして、大喜びしてもらいたいものだと思う。実は、こういう贈り物は、わたし結構昔からやっとりますよ。いわゆる届け先に、なんらの気持ちの負担を掛けない範囲内でのことだけどね。根底になにも別意を含んでいない届け物ってこと。甥や姪らがもっとも余得に預かっておる。

でもねぇ~、年賀状もそうですけれど、お届け物は、たがいに損得づくで、いわゆる別意がらみの、何らかの気持ちの負担を互いに感じ合うような、そういう使い方がエエようですよ。互いの気持ちの負担が、即、互いのきずなになるからなぁ~。良くも悪しくも、俺とお前は同罪だってやつ。こういうきずな(絆)がからまりもつれて世間は動いとる。汚いようで美しく、美しいようで汚い世間。得している時は美しく見え、損したら汚く見えるのが世間。あなた、今、世間がどう見えてまっか?

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2005年12月11日 (日)

ルミナリエ

文芸春秋新年特別号に各界リーダー32人が選ぶ「三つの言葉」という特集がある。

堺屋太一氏が選んだ三つの言葉は、「まやかし」「あほらし」「あらまほし」。

氏は、…現在は言葉と行動、建前と実態、看板と中身の異なる世の中だ…と、この三つの言葉を選んだ。

今、イベント都市・神戸で“光の祭典ルミナリエ”が開催中である。

わたしも、以前、観に行ったことがあって、その美しさに驚嘆したことがある。

が、わたしは、昼間のルミナリエも見知っていて、こりゃ“まやかし”の美しさだと承知している。ここには、「まやかし」⇒「あほらし」⇒「あらまほし」がある。哀しい見せ掛けだけの誤魔化しである。「あらまほし」はここに哀しさを知る者の心の中。

神戸のルミナリエに似たものに、京都の東映太秦映画村がある。ハリボテの時代劇用セットを観て“まやかし”だなぁ~と、“あほらし”くなったことを記憶している。デズニーランドや、各地の遊園地も、だいたいこの手のもので、子供だましの疑似体験をなにがしかのお金を払って楽しむ。

ごまかし、まやかしが、変なゲーム機を流行らせている。

空虚な接客言葉がマニュアル化し、レストランやコンビに等などで、やたら頻繁に飛び交っている。とにかく誰彼なしに“ありがとうございます”と言っておく。この言葉って、あるいは“ごまかし”“まやかし”の横綱かもね。

イベント志向の世情が、“ごまかし”“まやかし”を産み、流行らすのではないか?

ファッションや、化粧やデザインも、その本来の人間味を捨て去り、低俗化し、今や“ごまかし”“まやかし”の域に堕落しつつあるのではないか?

平和が続くせいだろうか。われわれは平和ボケしたのだろうか。

ルミナリエを、先の震災犠牲者への追悼行事の一つとする考えが、すんなり受け入れられているように見える。だぁ~れも、ルミナリエに、“まやかし”を感じないのだろうか。

堺屋太一氏は、こう「あらまほし」と願う気持ちが、本物の改革を生む力になって欲しいとして話を結んでいる。だが、多くの人たちは未だに“ごまかし”“まやかし”の方を面白がっている。

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2005年12月10日 (土)

ディセンシー(礼儀正しい)

ディセンシーな生き方ってすごいですよね。礼儀がシッカリしている人、礼儀を体現しながらつつましく生きている人は、まわりの者らから彼を見るに、この人はどういう人だろうって疑心暗鬼にならなくてすむ。彼に声をかければ、きっと期待したとおりの挨拶が返ってきて、安心して話ができる。

その人が、もし、かくかくしませんか、と、提案したら、なんら疑問を抱くことなく従ってまず間違いはない。彼の真似をしておれば安穏な生活が出来そうに思われる。

インターネットの時代です。ホームページが乱雑に立ち上がっている。一日のうちで、インターネット・サーフィンで過ごす時間がますます増える傾向にある。平和ボケのなか、定年後の有り余った時間が、漠々たる不安を生んでいる。何かにすがりたい。すがるに適当な物は無いかと、いつもワラを求めてさまよっている。

ディセンシー欠乏症でしょうかね。

日常の生活を規則正しく過ごしたい。酒は少なくとも午前中は呑まないようにしたい。毎日、飼い犬2匹を連れて朝・昼・晩の散歩を欠かさないようにしよう。また、常に、何かひとつふたつテーマを持っていて、少しずつたゆまず研鑽を重ねよう。

と、こういうある種ディセンシーな気持ちの中で過ごす時間、と…、

インターネット・サーフィンや、TV時代劇観賞で過ごす時間と、を、対比すると、

ディセンシー:インターサーフイン=2:8

って、とこかな。わたし、だいぶディセンシー分野が劣っておる。

元建築士:建設会社:販売会社、は、それぞれ彼らなりの“ディセンシー”で結ばれていたのでしょうね。耐震強度偽装問題のことですよ、

でも、よって立つ基盤が、違法だった。

否、親会社の指示に従うのが下請けの正義・礼儀だと思っておった。

“君、君たらずとも、臣、臣たらざるべからず”

これって、全ての価値観を越えた日本古来の“ディセンシー”ですよ。

弱者にとってはね。

すなわち、全く正しい“ディセンシー”を体現できる人とは、最も強い人ってこと。

やることが間違っていようがいまいが、大金持ちが、権力者が、いわゆるもっとも“ディセンシー”な人ってこと。

念のために申しますが、わたし、この結論に絶対反対です。

でも…、

なんとなく、まわりはみなそんな感じになっている。

内田樹先生の学生諸子の成績判定にディセンシーが座っていること、極めて今日的で正解だと思います。

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2005年12月 9日 (金)

山があるから

イギリスの登山家マロリーは、

「なぜエベレスト()へ登るか」と問われて、⇒「そこにエベレスト(山)があるから」と答えた。

後世、このフレーズは“山”の部分を、いろいろに置き換えて語られることになる。

わたしの場合は、山を海に、置き換える。

“なぜ、無理してボートで日本列島周航に挑むのか”って問いになる。

“日本列島があるから”…か?

マロリーの場合は、当時、まだエベレストには誰も登りきった者はいなかった。世界一高い山。処女峰だった。

この意味で、このフレーズは生き生きして聞こえた。だが、後世、次々とエベレストに挑む者らが出て、その後続の者らも、このフレーズを真似して語り、なんとなく自分の気持ちを言い尽くせたような気持ちになるのだった。

このフレーズは、問いかけがあって、答えがある。だが、あまりにも人口膾炙されたフレーズになってしまって、ことさらに問いかける者が居なくなった。で、仮に誰かが、わたしに、「なんで無理してまで…するの?」と問うたら、わたしは「そこに…があるからさ」と言うしかないなぁ~、と、自分で問いかけて自分で答えるって変なことになった。強いてそこまでする意味は、“なぜそこまでして…するのか”を、自分自身が理解できていないからじゃないか?このフレーズのなかに逃げ込み、なんとなく納得したような気分になるってことは、自己逃避そのものじゃないか?

“なぜ、無理してボートで列島周航に挑むのか”

たしかに、わたし、そうしたいから、しようとしているのだが、再度なぜかと自問すると、これが答えに窮してしまう。上述フレーズに逃げ込む気はさらさらない。だけど、なぜでしょうね、しんどいなぁ~、止めようかなぁ~、と、思っても、しょせんはここがわたしの居場所みたい。回りまわって又ここへ帰って来てしまう。

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2005年12月 7日 (水)

森繁氏の場合

稀代の達人森繁久弥氏が、自艇・メイキッスⅢ号(ボート・35トン・57Ft・1500馬力)で日本一周したのは14年前の1991年だった。森繁氏78歳。九州・北海道・伊豆諸島を除く本州・四国を一ヶ月かけて一周した。優秀なクルーがドカッと乗り込んでの大名クルーズ。どの港に入っても、出迎えが、歓迎がすごかった。航海の様子は森繁著「海よ友よ・メイキッスⅢ号日本一周航海記」(朝日新聞社)にあきらかだ。

これに先立つ1959年、彼・森繁氏は、初代メイキッス(ヨット・33Ft)で、葉山~西宮間を航行している。約10日かかった。GPSの無い時代。同年9月の文芸春秋に「メイキッス号の船長」として掲載されている。

Ⅲ号艇は超豪華大型艇だ。この豪艇での列島周航は、わたし波平の参考にはなりにくい。わたしの艇「はまちどり」はトン数表示もできぬ小舟。あまりにも小さい。海況によっては、メイキッスⅢ号で航行できても、はまちどりでは航行できないことが多かろうと思う。

わたし、現在、来春の列島周航に備え、少しずつ準備を始めている。気合を入れ始めている。いろいろな角度から周航海域を検証し、安全航海を心がけるつもりだが、調べがすすむほどに危険度合いを再認識することになり、大丈夫かいな、と、腰が引けるばかりである。乗り切るにはただひとつの手段があるのみ。凪のときにしか航行しないことに徹することだ。“待てば海路の日和あり”これがしっかり守れるかどうか。もし、これが出来なければ、来年の今頃は仏壇のなか。

フグ釣りシーズンが到来した。

来年のことを言うと鬼が笑う。

さしあたっては、今年のフグ釣りとテッサ・テッチリから、どう生き延びるかが問題。

今年は、フグには関わらないでおこうと思ったり、思わなかったり…。

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2005年12月 6日 (火)

隠居の読書

ヘミングウエイに「青い海で」という短編がある。そのなかから一部抜粋する。

「これは別のときだが、カバーニヤスの沖に小船を出して一人で釣っていた老人が巨大な重い釣り紐の手綱でマーリンをひっかけたところ、舟がはるかな沖まで曳かれてしまった。二日後に、この老人は東より60マイルの場所で一人の漁夫に救われたが、マーリンの頭と身体の前の部分だけが舟の横に縛り付けてあった。この魚は残った部分が半分もなかったが、800ポンドも重量があった。老人はこの魚を相手に、一日、一晩、また一日、そしてその晩といっしょだったが、そのあいだじゅう魚は深く潜りながら舟を曳きずって行ったのだ。彼が海面にあらわれたとき老人は舟を寄せてモリを打ち込んだ。その魚に寄ってきた鮫がおそいかかってきたので、老人はメキシコ湾流のなかでただ一人小船をあやつりながら彼らと闘い、櫂で殴りつけ突き刺し、突きたてたが、とうとう疲れ切ってしまい、鮫たちは手にはいるだけはすっかり食いあらしたのだった。漁夫が彼を助けた時、老人は自分が受けた損害に半分気はふれたようになって舟のなかで泣いていたが、鮫たちはまだ舟のまわりをぐるぐる泳ぎまわっていた」

作中語られて居るのは、狩猟(像狩り)が好きな友人に、彼・ヘミングウエイが、釣りの面白さを、壮大さを語り聞かせるくだりである。こんなことがあったとして語ったものだ。

「青い海で」は1936年に書かれている。

「老人と海」は1952年の作。

この間16年、ヘミングウエイは63歳になっていた。

「青い海で」を読み、そして「老人と海」を読み返す。ヘミングウエイに比すべくもないがわたしは65歳の釣り好きである。

作中の主人公サンチャゴを書く著者ヘミングウエイの視線がたまらなく嬉しい。

「老人と海」の日本語訳は福田恒存である。新潮文庫でわたし読んでいるが、末尾に、コウソン(恒在は正しくはツネアリと読むが、わたしは昔からコウソンと勝手読みしている)の解説があって、これがまた的確極まりなく名刀正宗の切れ味である。

「青い海で」を読み、「老人と海」を読み、ふわ~とした心地に加え、大好きコウソンの話に酔って、わたし、今朝はとっても良い気持ち。

書斎窓から見る外は冷たい雨が降っている。

隠居の読書である。

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2005年12月 5日 (月)

動転

ほぼ20年前にはじめてワープロを購入した。液晶画面がわずか2行ほどの初期のものだった。東芝製だ。間もなく使いきり壊わしてしまった。

今までに、ワープロを4台、パソコンを4台買っている。

今使っている富士通のデスクトップとノートパソ以外は、使用が激しすぎてすべて壊れた。

35インチフロッピーデスクが雑然とあって未整理だ。CDがだいぶ溜まってきたが、これも整理が出来ていない。

打ち込んだ記事・エッセイの数は、2~3千本だと思うが数えたことは無い。

なにか気になることがあって、少しは調べて書くのだから、うすボンヤリとは覚えているが、その一文にどういう見出しを付けたかは覚えていない。

で、なにか、そのことに関し書いたことは確かなのだが、以前書いたその原稿を見つけるのはほとんど不可能になっている。

原稿の相当部分はホームページに移しているので、ヤフーかグーグルで検索すると、馴染みがありそうなのが出てくる。クリックして読んでみると、なぁ~んだ自分が書いた記事じゃないか。

金洲・銭洲についても、このことは同様だった。

何か書いたような気がするなぁ~と思って詮索したら、以前わたしが書いたポームページがぞろぞろ出てきた。あぁ~そうだった、こういうことだった、と、合点したが、フウ~と忍び寄る認知症の影に気付き、今更ながら自分体力知力の衰えを感じた。

わたし、今は、まだ自分の状態をそれなりに自覚することが出来る…と、思っておる。

が、しかし、そう思い込むことの危うさを感じる。

母は寝たきりになっていて毎日ボンヤリ過ごしているが、未だに自分はシッカリしていると思っているようである。今日、母は、わたしに、

「おかぁ~さん(母)は、今、どこに寝ているのかわからんようになった」

と言い、「あんた(息子の私)はどこに住んでいるの?」と問いかけた。

母はここ数年、天井しか見ない寝たきり生活である。問いかけられて、母の気力にわたし驚いた。わたしよりシッカリしていると思った。

わたしは、マリーナから自宅へ帰る際などに所用があって少しわき道へそれたりすると、とたんに自分の居場所がわからなくなり、何がなんだかわからなくなって自分を失い動転したりする。

このたびも、

わずか3年前に打ち込んだ記事をすっかり忘れていて、ひょっとしてと、思って検索して、過去3年前に自分が書いた記事に行き着き、またまた、動転したのであった。

こんな調子では、もし不用意に風邪で数日間も横臥したりしたら、わたし、あっという間に自分が無くなってしまうのではかなろうか。

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2005年12月 4日 (日)

先端生活

コウノトリの背中に、カメラやセンサーを組み込んだ小さな装置をくくり付けて、放したとの報道がこの夏ころあったように記憶している。こういう調査のことをバイオロギングというらしい。この分野は、わが国は世界の先端をゆくとある。今朝の新聞を読んでいる。

この装置、ヒラメやサケにも取り付けられる程度に小型化しているようだ。そのうち、キスやトンボや蝶々にだって取り付けられる超小型装置ができるのではないか。

問題は、これを人間に取り付ける制度ができたらどうしようかってこと。

先ずは、刑事犯で保釈中の者らに取り付けることから始るのじゃないか。

ついで、職務の一貫として、警察官や、自衛官や、消防署職員等に取り付け義務が課せられ、やがて公的検査業務に従事する者らが、職責を果しているか否かを常時監視する必要があるとして設置義務が課せられ、果ては国民全体に波及するって構造だろう。

今朝はもうひとつ嫌な記事を読んだ。

テレビ朝日で、「熟年離婚」という番組がある。渡哲也と松阪慶子が主演のドラマだ。わたし、気にはなっているが、こんなの観るのは嫌で未だ観ていないが、これに関し、今朝の日経13面に解説記事がある。やはり読みたくないが、ついつい読んでしまった。で、いや~な気分。

定年退職後8割の男性が「何もしない人」になって、引きこもり、めし・風呂・寝る、の三語族になるそうだ。かみさんが、主人在宅ストレス症候群に罹患し⇒熟年離婚ってわけ。

実は、わたし今年1月にすっかリタイヤして以来、つい先月(11月)末までは、何やかやゴソゴソすることがあって、あまり自宅にじっとしているってことがなかった。

が、ここ数日、上述8割の人になっておる。今後、このまま8割に居座る公算が大である。わたしとしては、この境遇は、非常に居心地がよろしい。あぁ~ゆっくりするなぁ~と思っておる。

しかし、思うに、昨日も、一昨日も、わたし、“めし・風呂・寝る”しか、言わなかったような気がする。

日経記事には、幸いなことに、解決策も啓示(?)されていた。

1.老後は、ひたすら妻の奴隷として徹するべし。

2.相互不干渉を貫くべし。

3.別居して週末通い婚を楽しむべし。

わたしは第2案を選択しようと思う。

わたしは高血圧で毎朝目覚めが早い朝型人間である。かみさんは低血圧で夜型人間。

今朝も4時すぎに起きて、本を読んだり、新聞を観たりしてるが、かみさんは未だ寝床の中。いっかな寝ていて起きてくる気配がない。もうすぐ9時になる。

わたしはひとり立ちせねばならん。相互不干渉が大切。腹が減ってきた。

わたしは独立し、これから即席ラーメンをゆがき、ひとり威張って食うことにする。

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2005年12月 3日 (土)

…ったく

他人は他人、俺は俺だと思っていても、そんなものはやせ我慢であって、結局のところは俺だって人並みでありたいと思っているだけでしょうね。まさにわたし自身がそうだもんね。

俺が俺がと言うけれど、たった一人の俺なんてまったく価値もなにもありゃしないのさ。…ほんにそうですよ。以前にも言ったけれど、わたしは自分が好きじゃない、嫌いです。くだらん男だ。

価値があるのは、俺の中に数え切れないほど沢山の他人が入り込んでいて、そういう寄せ集め度合いが強い俺が、価値ある俺ってことでしょうね。わたし、ここが勉強のしどころだって思っておる。解らんことはいろいろな人から教わるしかないってことだ。自分で一から考えるより、先賢の真似する方が手っ取り早いもんなぁ~。

価値あるお方ってぇのは、解りやすく言えば、酸いも甘いも噛み分けたお方ってことになるかな。義理人情に厚く、万巻の書を紐解いていて、世間に明るいお方ってこと。そういうお方は、自分の中にぎょうさんな他人を住まわせておって、自分の何処が本当の自分なのか、もうすっかり解らんようになっておるものなのさ。わたし勝手にそう思っておる。

俺の中に他人を住まわせるってことは、例えば、小説家の頭の中には、小説に登場する人物が、きっと住んでいるに違いないってこと。そうでなくては、作中、その人物が自由にしゃべることはできんでしょう。作中で、登場人物がイキイキと活動するできるのは、まさに、著者が複数人が組み合わさってできているからと理解するわけだ。実際は著者の頭の中で人物像が勝手に創造され、著者の恣意に基づき動かされているにすぎないのだけれど…。

お話しをしていても、いつも話を横取りして、自分のことばかりを一方的にしゃべる人がありますね。シンドイですね。聞いていて疲れます。互いに相手の話も聞き合いながら、話題をあわせて話し合うってことがあると、あまり疲れない。でも、これは、1:1の話でしょう。

上述に言う、“俺のなかにぎょうさんの他人を住まわせた人”そういう人が、仮に二人(甲さん乙さん)が、出会って話をしたらどうなるか?話の中に、他人がいろいろな形で入ってくるでしょうね。「Aさんがね『かくかくしかじか…』言うのよ」って感じで、今ここには不在のAさんが飛び入りしたりする。Aさんだけじゃない、BさんCさんらも入ってくる。AさんBさんCさんらに対抗して、いまここで現に会話中の甲さん乙さんが協同戦線を張ったりして話題が広がり話も、その分おもしろくなる。

波平どん、いったい何が言いたいのかって?

耐震疑惑のことですよ…、二つのことが言いたい。

ひとつは、俺が俺がって、あたかも侵し難い自分の立場があるようなことを言うなってこと。

二つは、彼ら疑惑氏らのなかには、まぁ“なんとくだらん誤魔化しおっさんらが”ぎょうさん住んでいるのだなぁ~ってこと。

あのね、沢山の人が自分の中に住んでいるってことは、基本的にはすばらしいと思います。でもねぇ~、くだらんおっさんばかりじゃおもしろくないなぁ~。…ったく、あきれたもんだ!

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2005年12月 1日 (木)

ままの川

「夢が浮世か浮世が夢か、夢てう廓(さと)に住みながら、人目は恋と思ひ川、嘘も情けもただ口先で、一夜流れの妹背の川を、その水くさき心から、よその香を衿袖口に付けて通へなんのまぁ、可愛い可愛いの烏の声に、覚めてくやしきままの川」

地歌「ままの川」の歌詞です。現代風に訳しますと、

「夢か現か、夢の世界の色里に住みながら、人目に恋だと思わせて、口先だけ一夜のちぎりの仲。…まごころなんか関係なく、よその女の匂いを衿袖口につけて来るなんて。…だのに、可愛い可愛いの言葉にまた騙され、あぁ~くやしい、これもわたしの定め…」

この歌詞に綿々たる譜付けがされていて、師匠の三弦とわたしの尺八で合奏する。

歌が前後に分けてあって、その合間に器楽合奏だけの手事という部分があり、曲趣のなかにちょっと遊んだりする。

師匠は三弦を弾きながら静かに歌います。わたし、それを聴きながら、気のおもむくままに吹く。曲趣は奏する(吹く)つど微妙に違います。師匠の歌う気持ちにそってわたしも遊ぶってわけだ。それがまた面白く、楽しい。

今日は、この「ままの川」のおさらいでした。

通常2回合奏し、ところどころ師匠から手を直してもらいます。今日もそうでした。

曲は、

遊郭の、女郎の、持って行きようのない気持ちを歌ったものです。

いまどきの歌とはぜんぜん違います。

いまどき、こんな情緒は何処へいってもお目にかかれないですよね。

でも、不思議と、この気持ちには普遍性があるように思います。わたし、最近このことがよくわかります。人の気持ちってものは、つまるところ、この曲だって気がする。

師匠は全盲の女性でいらっしゃる。わたし、月2回ここへ通っているわけだが、稽古場(師匠のご自宅)へ伺うと、師匠は既に三弦を構えて待っておられる。思うに、彼女(師匠)は、朝から、今日の稽古の曲を繰り返しおさらいしておられたに違いない。このことは、手合わせすればすぐにわかります。

今日もまたいい稽古をさせてもらいました。

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