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2006年2月

2006年2月28日 (火)

サンチャゴ

NHKの衛星第二テレビで字幕付きの「老人と海」をやっていた。

何度観ても感動します。

ただ、道糸を手首に巻きつけて魚とやり取りしていたけれど、このような糸の扱いは本物の釣り人は絶対にしませんよね。魚が急に走ったら、糸が手首に食い込んで、とっさに糸を繰り出すことができない。身体ごと海中へ引きずり込まれてしまう。

素手で糸を握るってのも本職はやらないでしょう。

でも、こういう観方はよくないでしょうね。小さなことは抜きにして観なければいかん。と、言いつつ、あれやこれやが気になってしかたが無かった。

船を砂浜に引きずりあげていたけれど、中途半端な位置で止めていました。あれでは、干満差で船が潮に持っていかれる。あの時は満潮時だったのかな。それなら、あの程度でいいか。あの話のあった海域(キューバ・メキシコ湾)は干満差が大きいところでしょう。

昨年、五島列島から平戸へ向かう海域で、艇の右舷前方にいきなり大きなクジラが浮かび出て肝を冷やしたことがことがあった。この映画にもクジラが浮かび出るシーンがあった。あれって、実際に目の前に浮かび出たら、ホント肝をつぶしますよ。

トカラでわたしの身長より大きいと思える2メートル近いシイラがハリに掛ったのだった。エンジン付きのボートですからね。引きずり回して弱らせて疑似餌だけを改修し、リリースするつもりだったけど、なかなか弱らなくて困った。カンシャクを起こし、無理やり引き寄せギャフを打ったけど、暴れまわってどうしようもなくておおごとだった。艇尾に魚を取り込む取り込み口があったら、取り込めたかもわからんが、あれくらいの大きさでも処置無しだったからなぁ~。

映画では、海は、ずっと凪いでいました。実際は、3日間もあのように凪が続くってことは無いでしょうね。月明かりがあったにせよ、三晩もあのように戦うなんてあり得ないでしょう。でも、あの話は、実際にあったことをヘミングウェイが聴いて書いたようだ。すごいですなぁ。

映画を観終わっても興奮していて眠れそうにないから、又一杯呑んでいるところです。呑みながら、これを打ち込んでいます。お行儀が悪くてごめんなさい。

書斎机まわりには、ヨットのオオサカ・ベイ艇長林氏から拝借した海図や港湾案内が広がっている。あれやこれやの列島周航の資料が雑多に置いてある。

tomiko_006 以前釣ったブリの尾っぽが書棚に引っ掛けてある。かみさんが嫌がるけどいい感じでしょう。

なんとなく潮の香がするわけだ。

アレッ!

酔っ払ったかな。

サンチャゴ老人のような気分になってきたぞ。

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この一輪が春を呼ぶ

tomiko_003 30数年前、今の住まいに引っ越したころは、周囲に牧歌的な田舎の風情があった。庭にはヘビがたびたび出没し、山からはキジが飛んで来た。

空き地に家が次々建って人が増え、道が拡幅され、谷が山陽道の建設残土で埋められ、またその新たな埋立地にしゃれた家が建った。

わが家から2百メートルほど離れてバス停ができた。ここから急行バスに乗れば三宮経由で神戸空港までごく簡単に行ける。車で5分の位置に高速山陽道の入り口がある。全国どこへだって通じている。

大型量販店がいくつも近くにある。ジャスコ・コープ・サティー・トウホー。ローソン・セブンイレブンもある。大きな病院、老人ホーム、公民館もデイケァセンターもなんだってある。天然温泉がある。入湯料7百円。生活に不便はなぁ~んも感じない。

周囲の環境に不足はないが、先立つものに不足がある。

税金が増えた。医者への払いが急激に増加。車のガソリン代・暖房用の灯油の高止まり。これから景気がよくなると、物価が勢いづくのではないか。

30数年前、周囲は若い所帯ばかりだった。山林を削った大型造成地。赤茶けた印象だった。今は、落ち着いた街並みになった。そして、住人等は老いた。

退職者らの街。子供の姿はほとんど無い。

つい先ほども、わが家の前を、いつもの老夫婦が朝の散歩。ジイチャンは片身を引きずっている。

梅がもう間もなく咲きそうである。

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2006年2月27日 (月)

知りません

漠々たる不安を抱いていた。なにをどうしたらよいのか知らなかった。

解決の糸口は、あの小さな穴の奥にありそうに思っていた。

アメリカの鉄鋼王カーネギーの自伝が父の書棚にあった。これを盗み読んでいた。プラトンの解説書があった。この二冊がそれである。まだ幼い頃の話だ。以来、今も、わたしの最も大切な本。この2冊だけで、わたしは20代を過ごした。

元来読書好きではあったが、乱読したわりには、何も身に付いたものはなかった。上述の2冊とて、将来、ここにすがりつくことになりそうだとの思いがあっただけということである。

わたしは関西学院大学を出ている。聖書もそれなりに学んだつもりだが、文字として眺めただけで実は何も学べていない。哲学書の学び方そのものを知らなかった。知りたい、考えたい、と、自分に正直になってページを繰るだけでよいのに、それを知らなかった。学ぶには、なにか別のことが必要なように思っていた。漠々たる不安を抱いたままそれらを絵空ごとのように読んでいた。泡を、砂を、かむような読書であった。

40代になり、それまでは別段異常であるとも思わず慣れ親しんでいた自分の体調不全が、病気によるものであると解った。何かに集中すると胸が痛くなるのだが、しばらく耐えるとウソのように胸痛は消えるのであった。次第に胸痛は痛みの程度を増していたが、随分昔からこの症状があったがために、このことを異常だとは思っていなかったのである。

あるとき、また胸痛が起きた。「チョット待ってください」と、話途中にお詫びして胸痛に耐えた。たまたま話し相手が産婦人科のベテラン医者だった。某総合病院医事課事務室内でのことだった。わたしはなんと医事課職員だった。

…緊急入院。絶対安静…、

それが、今まで生きながら得るとは…、当時は、まったく思ってもみなかったことである。

キツイ薬でモウロウとした生活が続いた。とてもじゃないが仕事などは出来なかった。出勤しても、空きベットに隠れ、横になっていることが多かった。

これがキッカケで、以来、人生を投げ、落ち込んだのだったが、今にして思うと残り時間が少ないとの思いが、それまでわたしを覆っていたモヤを振り払ったように思われる。

わたしは、今一度、ホコリをかぶった本を開き、また新たに買込んで、ひたすら読み漁った。導入は坂口安吾からであった。ここには思索がある。哲学を感じた。喫煙を止めた。

薬を呑んで静かにしているかぎり、もわ~とした頭ながら、なぜかスルスルと「本」が頭に滲みこんだ。

次第に仏教書にのめりこんだ。読めば読むほど解らなくなった。解らないから探るのである。探ると疑問が吹き出てさらに解らなくなる。未だによく解らない。もう解らないという不安に慣れてしまった。

わたしは、きっと他の方々に比し、30年ばかりは遅れているだろうと思っている。わたしは40代になって病を得てはじめて読書ができるようになった。あるいはキツイ薬がめげた頭に喝を入れたのかもしれない。が、しかし、実のところは、あれこれと解らぬことが増えただけである。

そして、大きな油断の中、歳を取り、定年退職の日を迎えた。それ以後すでに今日まで、まる6年が過ぎようとしている。

わたしのペンネームは波平だ。本名は恵晟(しげあき)である。父はそうとは言わなかったが、父の友人がどうやら名付け親らしい。父は、わたしが生まれたとき、嬉しさのあまり大酒を喰らって神戸のかつての繁華街・新開地の大道で大の字に寝転び、歌を歌ったそうである。上向いて寝転んでいると、スカートの下から女性の脚がよく見えて面白かったと話したことがある。父は友人と呑んでいたのだ。そのお方は新開地に住まう禅坊主だった。正法眼蔵の解説書を著されている。恵晟の恵は、ある古仏の名から一字を拝借したらしく思われる。晟は知恵あきらかなりの意であるらしい。

わたしは完全に名前負けしている。自分の名に、遠慮を感じるなんておかしいが、わたしは、常はこの名は使わないのである。いまだ名乗るほどの者になり得ていないからだ。このままではダメだろうと思う。波のまにまに遊び暮らす毎日である。波平が似合っている。

なお、余談ながら、その父の友人は、わたしの尺八の初歩を手ほどきしたお方でもある。父は、生前、決して人前で歌を歌わなかった。わたし、いちども父の歌を聞いたことがない。父は、「俺は音痴だから」と、言っていた。

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2006年2月26日 (日)

萎え残った元気

お役所というところに、わたし40数年間勤務したが、この間にはいろいろなことがあった。某高等工業専門学校の事務もやったし、文化会館の事務もやった。

文化会館のときは事務とはいっても、有料催しのチケット販売が主な仕事だった。

わたしにはひとつの考えがあった。

都市の文化向上は、その都市の市民が、その道のプロ(演者・芸能者など)を食わすこができるかどうかにかかっていると考えていた。

早い話が、市民等が金を出して演奏会を聴きに行くからこそ、プロ音楽家がゼニを稼げて生活がなりたつわけだ。プロが日々その都市で活躍して、結果、市民が音楽への理解を深めるのだ。要は、市民等が有料催しのチケットを買うかどうかだ、と、考えていた。

直近上司がわたしと同じ考えであった。優れたお方であった。上述のわたしの考えは、実は、この上司の考えの発展型だ。わたしは、上司の指示を受けて、さまざまな有料催しを企画した。落語・文楽・ジャズ・ミュージカル・ピアノコンサート・歌舞伎・オーケストラ・オペラ・能・新劇など等…。毎月1本の割りで次々と新たな興行を打った。

興行師生活は4年間だった。この間に打った興行はすべて黒字だった。興行本番、客席最後尾の壁にもたれて、満員になった客席を眺め、涙が出て出て止まらなかったことが再々ある。人気薄の催しは特にそうだった。とにもかくにもチケット販売に走り回った。ジャズの催しのときは市内だけでの販売だけでは追いつかず、姫路~京都・大阪間のジャズ喫茶をほぼ全店、同僚等と手分けして回りきった。

あれはBBC交響楽団の演奏会だった。演奏曲目のことはもう覚えていない。だが客席の某所付近の様子は詳細に思い出すことができる。およそ30年前の客席の様子だ。あのS席は定価の5000円で売った。だが、その横隣の席は値引かざるを得ず3000円で売った。その又、横の席は、とうとう販売することができなかった。だが、あの人は来てくれている。その人にはタダで入場券をお渡ししていた。とにもかくにも客席を埋める。チケットが売れなければ、タダでばら撒いてでも客席は埋め尽くすのだ!と、わたしは考え詰めていた。この興行もわたしの考えでは大成功であった。少なくとも、このような催しに市民が金を出すキッカケだけは出来た、と、感慨無料であった。客席最後尾でわたしはまたしても涙していた。

が、公的には、ムチャクチャな常軌を逸したやり方だった。

専門用語を使って申し訳ないが、催しは一般会計のなかで行われていた。動く金は全て公金であった。と、言うことは、チケットそのものが公金ってこと。また、チケット1枚を売るごとに別ルートで税金も発生した。わたしは、公金を勝手に値引いたり、あげくはタダで処分したりしたのであった。客席は埋まったが、後の始末が出来なかった。わたしは、事務職員であった。公金扱いを忘れたムチャクチャな事務職員であった。

人気沸騰する催しもあった。数度のアンコールに酔った終演後のロビーには、興奮した観客等が未だ去りがたくたむろしていた。わたしはとっさに貼り余ったポスターを丸め、ゴムバンドで止めて、1枚200円で売りに出した。アット言う間に飛ぶように売れた。たくさん用意したポスターだったが、市内に貼りまわるまでもなく、チケットが売れたのでほとんどそのまま残っていたポスターだ。売れて多額の現金が手元に残った。が、やはり公金である。公金としては収納できない違法な現金であった。収入調停が出来ていない収入は違法である。公務員が勝手に、違法に、市民から、捨てるしかない物を煽り売って得たお金であった。わたしは、またまた大失敗をしでかしたのであった。

興行は成功した。しかし、公金扱いが全くムチャクチャだった。わたしは事務職員としては落第だった。

今、塀の奥で、ホリエモンは罪を犯したとは考えていないと、言い張っているようだ。

わたしも、あの頃は、俺の仕事は興行を成り立たせることだ。市民に金を出させることだ。それをやり遂げて、なぜ責められなければならんのか!と、言い張った。公金処理はあとから考えればよい。わたしは1銭たりとも、わたくししたわけではないと胸を張った。

ホリエモン理論そのものじゃなかったか。年齢もホリエモンと同じ頃のことだった。

で、今ならどうか?

わたし、イヤというほど、この手の失敗を重ねてきた。さすがにもうその元気は萎えている。残ったわずかばかりの元気が日本列島一周を目論ませる。

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2006年2月24日 (金)

ヌヌッ、貨幣!

tomiko_004 現世の醜さに対向し、シャバ社会に順応することを拒み、自己存在を全うしたいと思なら、比叡山に篭り千日回峰修行でもしてみますか。

歩き回るのが嫌なら、じっと壁へ向かって面壁8年って方法もある。

いずれにしても、自分に何らかの苦痛を与え、その苦痛に耐えること、モガキ苦しむことで、エネルギーを使う。結果、苦痛を介して自分を見つめる。

内田樹先生の言によれば、

この苦痛を実感すること、これがある種の労働として、昨今の若者等に価値化されているということだ。先生は、これを、“不快という貨幣”という言葉で喝破されている。

不快は貨幣と同価であり、不快に耐えることは稼ぐに似て、ある種の労働になっている…とか。

怖いですねぇ~。

でも、最近になって、この傾向が顕著になったという観方には、わたし、いささか異議がある。

冒頭に述べたように、大昔から、人生に真っ向から立ち向かおうとした者らの多くが執った道のひとつがこれだった。

お釈迦様だとて自らに断食や辛い作務を課し、「命」の本源を極めようとしたのだった。彼の場合は、菩提樹の下でミルクを飲んでハッと我に返ったのだったが…。

現代社会でも、東南アジアの仏教国タイやビルマでは若者たちが一時期は出家の世界に身を投じ、苦の中で人生を考える機会を持つようだ。

よくわからんが、戦前の日本では、徴兵制度がある種この場を提供していたようでもある。こういう社会的に認知された場が、今の日本社会には無くなった。人間形成のために有用な場が無くなって、若者等は自然発生的にニート化した。閉じこもり症候群と名付けられて思索の一時期を病気扱いされるようになった。

…って、こういうことかも知れませんなぁ~。

パソコンは有用です。これなくしては、これからの社会は成り立たないでしょう。

だがしかし、パソコンは割り切れる世界です。摩訶不思議なことはパソコンの外の世界です。人間の持つ感情や感動や発心などは、パソコンで割り切れるような世界じゃない。パソコン外の世界だ。

ITゲーム機の素早い操作能力なんか関係ない。やたらドッスン・ドッスンと興奮リズムをキザムだけが音楽じゃない。

わけはわからんが、夜空を仰いで星の輝きに感動したり、大海原へ出て波のまにまに身をゆだねることなどが本物のような気がする。手前勝手なことを言ってごめんね。だが、こういう場に身を置けば、いやでも、命のことを思うし、知らず知らずに神妙になっている。

でも、昨今の夜空には星が無い。豪華観光船で沖へ出たとて何が波にまにまにであるものか。一足飛びに飛行機でハワイへ行ったって。なにが自然を満喫なんぞであるものか。…と、これもまた、わたしの勝手な思いかな?

小子化で今後人口が減るそうだ。だが、人口はもう充分に増えすぎているのだ。内、何割かが、ニートしても、閉じこもっても、かまわんじゃないか。変な不作為を、不満分子のやからを、肯定しようってわけじゃない。できれば、社会的に認知された思索の場の創設こそが望ましい。その場が、オームやライブドアなどのまやかし金権教じゃどうしようもない。困ったものですなぁ。

あぁ、少年法を 改正(?)しようってことが、今日の閣議で決まったらしい。先ほどお昼のニュースでそう報じていた。

内田先生のブログは、めったやたらオモロイや!

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ふかん

tomiko 書斎の壁に大きな日本地図を貼り付けた。

周航先要所要所の海域は、それぞれ拡大海図で確かめるが、これとは別に日本全図をひと目で眺めてみたかった。

87×118の地図。少し離れて眺める。

この大きさで日本列島を眺めるには、どれほどの上高から眺める必要があるのだろう。

九州南西諸島が左下へ延び連なっている。

伊豆・小笠原諸島が相模湾からほぼ真南へ連なっている。

全部を含めて1枚の地図に描くのは困難だ。それぞれ、千切り分けて描かれている。

スケールを当ててみると、

九州南西諸島の全長と南方諸島の全長はほぼ同じ。

本州の青森下北半島先端から九州薩摩半島先端までの距離もこれとほぼ同じ。

わたしの愛艇「はまちどり」は小さなボートだ。予備タンクにも精一杯燃料を積み込んだとて航続距離には限りがある。八重山列島の与那国島や、小笠原群島の最南端硫黄島などへまでは燃料が続かない。燃料切れだ。補給基地が無いためだ。

太平洋の名はマゼランが付けたのだった。スペイン語で「静かな海」の意だそうな。

でもねぇ、こうして日本地図を眺めているのだけれど、日本列島の太平洋沿岸は決して静かな海なんかじゃない。黒潮と親潮が激しく沿岸を洗う危険な海だ。特に岬周辺は常に荒波が牙を剥く、襲う怖い海。地図を眺める時、まずこのことを思い岬々に目が止まります。

わたし、怖がりでしょうか?臆病なのかな?

地震・雷・火事・親父、これよりなお怖いものが“荒れた海”。ほんとでっせ!

全体を俯瞰(ふかん・大所高所から眺める意)するっていいですね。チマチマしたことは忘れ、気宇壮大な気分になる。この地図は1050円だった。オークションじゃない。三宮のジュンク堂で、昨日、正々堂々の定価で買った。

マゼランは、スペインを出航し西へ向い⇒マゼラン海峡を超え太平洋を横断し⇒フリッピンで没した。しかし、艦隊5隻の内1隻・ビクトリア号だけは、その後更に西進しスペインへ帰国。地球の丸さが証明された。

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2006年2月23日 (木)

2年間の修行

35年ほど前のことだが、定期人事異動で勤務先が変わって、某高等工業専門学校の事務職員になった。校庭から明石海峡が一望できた。まだ明石海峡大橋は架かっていない頃の話である。

学校周辺は民家に囲まれていた。高専は高等学校と大学の中間に位置していた。夏休み期間が長かった。学生や教員らには夏休があるが、事務職員には無い。夏休み中だとて事務職員にはそれなりの仕事があった。学生の姿が途絶えた学校へ、夏休み期間中も毎日学校へ通っていた。が、そうじてヒマを持て余した。やはり夏休み中はヒマだった。

わたしは水泳部の学生等と、毎日、校内プールで水泳を楽しんだ。まだ30を過ぎたばかりであった。女子水泳部員と競泳してもあまり負けなかった。水泳指導員は体育科の教授で水泳が専門の若い先生だった。わたしは本格的クロールを教わった。

勤務時間中に水泳を楽しんでいたわけじゃない。泳ぐのは昼休みの時間である。だが、泳いでいる間に昼休み時間は過ぎてしまう。上司の事務室長がとても厳格なお方だった。いつまで経っても事務室へ戻らぬわたしをニガニガしく思われていた。昼休み時間を30分も過ぎた頃、眉間にシワを寄せ、プールにわたしを探しにやってくるのだった。

向こうからやってくる事務室長が見えると、プールの縁から教授の大声が飛んだ。

「きたぞー!潜れ!」

わたしは、シマッタ、また時間を忘れていた!と、縮みあがってプールの底へ潜る。息が続かなくなって水面に浮かび上がると、事務室長が睨んでいた。

こういう夏を2夏すごした。

土木科の釣り好きな教授や、油圧が専門の老教授や、生徒監担当の怖い教授等から、

「かまへん、かまへん、出てこいや」と、

常に誘いが掛って、事務室長の目を盗んではマージャン屋へ出かけた。そのマージャン屋だけには学生はやってこなかった。事務室長はマージャンをしないお方だった。抜け出てしまえばもう安心。事務室へなんぞ戻るものか。

わたしはマージャンをこうして覚えた。

遥か昔、2年間の修行であった。

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2006年2月22日 (水)

リリース

今朝、MAXのニューアルバム・リリースのことを書いた際、気になりつつ書いたのだが、今(晩)になっても気持ちにこだわりが残るから、整理しておこうと思う。

“リリース”って言葉だ。

魚を釣って、釣った魚をそっと海へ戻すとき、魚をリリースするという。

なんとやさしい温かな言葉であることか。

だが、あいつは会社からリリースされた。と、言うと、リリースはリストラの意。冷たい言葉だ。

プレス・リリースと言うと、新聞社へニュース提供されたという意味ないし、新聞掲載されたという意になる。情報をある種の生命体としてとらえた言葉。

冒頭のように、“MAXのニューアルバム・リリース”と言うときは、沖縄出身の女性4人組み歌手が、あたらしい音楽CDを発売したという意になる。CDは、その後、ひとつの生命体であるかのように勝手に一人歩きし、聴く人に感動を与え、勇気をあたえるだろう。

共通するのは、リリースの言葉には、“命”の受け渡しが関わっているということだ。

ABがあって、ABをリリースする、と、言うとき、

Aの側の積極的な意志のもとに、ABを外へ出すわけだ。

ABに命を与え、外界へリリースし、Bに一人歩きをせまるわけだ。

リリースに、ひとつの日本語を当てはめようと考えたが、当てはめるべき言葉が見つからなかった。

わたし、本当は、リリースなんて言葉は、魚を海へ戻す時以外は遣いたくないのだが、MAXのニューアルバムの場合は、“新発売”だなんて言うより、やはり“リリース”とした方がピッタリするようだ。

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バトル

今日は、MAXのニューアルバム、「Jewel of Jewels」がリリースされる日だそうな。

「きっこの日記」からの抜粋だが

“…玲奈ちゃんの可愛さは当然として、後半のりっちゃんのラップがセクシーで、思わずヨダレが華厳の滝だ…”などとある。

CDとDVDがセットで3800円だとか。3800円かぁ~、欲しいねぇ~……夢だねぇ、

初歩ながらワードはなんとか使えています。デジカメを使ってワード文書に写真を貼り付けることも出来る。でも、エクセルが使いこなせない。

まず、ワードとエクセルを完全にこなせるようになりたい。それから、パワーポイントというのもやってみたい。パソコン教室へ通いたいわけだ。月謝が必要です。

半年間教室通い+月謝合計約10万円=HPのパワーアップ……夢だねぇ~、

今、ヤフーオークションで、箏を買い漁っているところです。5面買いたい。神戸市邦楽倶楽部で稽古用に使うつもり。本格的な箏を1面1万円以下で落札したい。すでに1面落札しました。払い込みました。配送料は別で3100円でした。どんな箏が届くのでしょうね。あと4面は応札中。……これ、本気でっせ、

オークション画面を開いて、何もせずにただ観るだけに止めるってのは難しいですね。ちょっとヒヤカシを入れたくなる。応札してみたくなる。

で、まず、ほとんど落札する見込みの無い安値で応札し⇒様子を見て⇒時に競りに加わって⇒落札寸前でリタイヤする。

わたしが本気で落札する気もないのに競りに参加したおかげで、本気で落札を目論んだお方は不必要な高値を付けざるを得ないってこと。

ウヒヒッ!ちょっとしたイタズラです……緊張感ある遊びでっせ、

実はね、

このやり口を、わたしブッツケられて、今、弱っとります。どなたかはわからんが、わたしが目を付けた箏に、対抗的というか、敵対的買収というかの高値を付けるお方がある。落札にこだわると、わたし、損をするハメになる。引き際に苦労しておる。

……バトルですなぁ~。

石原裕次郎の歌がわたし好きです。そのCDが最低落札価格千円で出ておった。早速応札しました。どなたかわたしと競り合いませんか。落札直前でリタイヤ出来た方が勝ちってことでどうでしょう。わたし、今、千円を付けています。

……ここです

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2006年2月21日 (火)

あと三日

今年正月を過ぎたころから母の衰弱が目立つようになった。もし風邪でもひいたらイチコロだろうと思っていたら、とうとう風邪をひいてしまったようである。発熱するほどの体力は残っていない。が、額に手をおくとすこし熱気がありそうだ。食欲が萎え衰弱に拍車がかかりヤバイ状態になりつつある。

…と、昨日は少し元気が戻り、イチゴのプリンなどを美味しそうに食べた。

どのようにちいさな命でも、それが絶えるときは、天地が鳴動すると、昔、喝破した人がある。むべなるかなと思う。母は、もうしばらくはこの世に止まりそうである。

べったり寝たきりになっていて、もう自分では体位を替えることもできず、又その気も失せている。うすく半口を開け、終日ウツラウツラ寝ておる。起きているのか寝ているのか判り難い。目を開けて居るのかと思いきやその半眼は白眼だったりする。寝ているのだ。

ひどい難聴だ。呼びかけても聞こえない。身体にさわって起こす。今朝話しかけると「○◇□には似とらんがぁ~」とつぶやいた。○◇□は従兄弟の名だ。どうやら息子のわたしを従兄弟と間違っていたらしい。なぜ突然従兄弟の名が出たのだろう。それにしてもいろいろな名がでてくる。そのつど考え込んでいたのではこちらの身がもたん。間違えられるのにはもう慣れた。

かみさんなどは、間違えられると、やれやれ助かった、と、ありがたく思うらしい。他の誰かに間違えた時、母は、優しそうなよそ行きの眼をするという。つい、油断して、姑が嫁をみるあの権威ある目を忘れるようだ。

母の枕辺にベッタリ座り込み、母を観ている。寝ていると思っていたのが、いつの間にか起きていたようである。

「もうあと3日かな」と小声で言った。

いつもの聞きなれた言葉だ。「もうあと3日であの世行きかな」の意である。

こういうある種厭世的な言い方が昔から母の好みである。言葉に励ましを誘う甘えがあってわたしは好かんが、幾度このことを言っても母は聞かない。

「もうしんどくなった、死にたい、死にたい」などと言ったりする。

母なりの、感謝の気持ちを込めた精一杯の言い方がこれなのだ。ときに「いつまでも世話かけて…」と続けることもある。相手がわたしの場合はこれでもよかろう。が、かみさんや、ときおり見舞に来るわたしの妹や、ほかの誰彼無しにも、このように言う。嫌味な言葉としか聞こえないじゃないか。幾度も幾度も聞かされては、わたしとて耐えがたく腹立たしい。以前は、聞かされるつど、「何を言うか!シッカリせぇ!」などと強い言葉を返していた。が、わたしも、もう、しんどくなってきた。最近は「あぁそォ~、そろそろ死にますか~」と言う。母は、わたしの言葉の語気が変わったのを知ってか知らずにか、相変わらず「死にたい、死にたい」という。

父が亡くなってから13年が経つ。

夢にときおり父が出てくる。晩年の父じゃなくまだ若い父が出る。なにかジレッタイ気持ちが父にはついて周っていて、わたしはいつも夢の中で父に不満を感じている。どうしても父には敵わぬジレッタサもゴチャ混ぜになって、わたしを責めさいなむ。

父は夢に再々現われるが、母が夢に出たことはこれまでに一度も無い。

だが、現に今、母と子は、こうして向き合っている。母が夢に出たとき、わたしは泣くのだろうか。

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2006年2月20日 (月)

凡々たる人生

どの分野でもプロとアマとの間には大きな力の差があるようだ。この差はいったい何なのか、どこから来るのだろう。将棋の世界、囲碁の世界、相撲の世界などは、この差が特に顕著なようだ。また、宗教の世界は、在家と出家とでは、実力を云々する以前に住む世界がまるで違うようでもある。

魚釣りのプロ・アマは、趣味の釣り人と、漁師とになるわけだが、この両者の間には、他の分野に増して大きな差があるように思われる。最近流行りの有名・釣りインストラクターとても、漁師に比べるとせいぜいセミプロってとこか。

ただ、“釣りの情緒を楽しむ”という点に関しては、漁師より趣味の釣り人の方に分がある。が、これも、言い訳めいて、やはり漁師には頭があがらない。

プロとアマとでは、そのことにたずさわる回数というか時間というかがぜんぜん違う。慣れは熟れに通じ、おのずと上手になる。差があるのは、多くの時間を費やすからか?いいや、そうでもなさそうだ。精神めいたことにこだわるのはいかがかとは思うが、やはり心構えの違いってことを抜きにしては理解出来ない。

プロとアマの違いは、生活の糧をそのことで得ているか否かということでもある。

また、視点を変えれば、師匠と弟子の関係に似る。

要するに、プロはアマに比し、そのことに関する心構えが一段階上にあるわけだ。

わたし、この年になるまで、プロを標榜できるようなことは、なぁ~んも会得しなかった。自分では、尺八を結構上手に吹くと思っているが、さりとてプロの演奏を聴くと、その実力に打たれガックリする。なまじっか実力差がわかるほどに技量があるってことがなさけない。魚釣りは好きだが下手だ。どこをどう推してもプロの域には程遠い。

20数年前から、魚釣りエッセイを書いている。結構原稿が売れて小遣い稼ぎができたこともある。思い切って本を出版したりしたが、ぜんぜんこれが売れなかった。以来、自費出版する都度赤字を積み上げ、もうその元気も無くなった。

あぁ、凡々たる人生かな。

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2006年2月19日 (日)

濡れ場

l  「魚と寝る女」を見ました。http://www.gyao.jp/cinema/rating/over18a_b_sakana.php です。“きっこの手紙”に観てみろとしてあったから。

l  今晩はNHKの「功名が辻」を観るだろうと思う。わたしは好かんけど、かみさんが観るから付き合いです。

l  昨日のブロブに、正岡子規の句のうちで、わたしの好きな句をひとつ取り出してみたが、子規という人は女気の極端に少ない人だったみたい。

l  実は、わたし、今、尺八で「萩の露」という地歌を稽古中です。恋の歌だ。今時の恋じゃない、江戸末期~明治初期の頃の女の恋。

と、男女関係の4態が、今、わたし・ご老体を揺さぶっております。

ヤッパご老体には地歌「萩の露」が好みです。

すこし紹介してもエエかな。歌詞です。

いつしかも まねく尾花に袖ふれそめて
われから濡れし 露の萩
いまさら人は 恨みねど 葛の葉風のそよとだに
おとづれ絶えて まつむしの 一人音になくわびしさを
夜半にきぬたのうちそえて
いとど思いを重ねよと 月にや声はさえぬらん
いざさらば 空ゆく雁にこととわん
恋しき方にたまづさを おくるよすがのありやなしやと

また、例によって、波平流に意訳してみます

あぁ~男の誘いについほだされて

あたしから求めて抱かれたのだった

いまさら男をうらむじゃないが、頼りするも返事は途絶え

独り寝をただ寂しく重ねるだけ

空飛ぶ雁に問うてみようか

あの男にあたしの手紙を送る手だてがありましょうかと

これを、箏・三弦・尺八で合奏します。

エエもんでっせ。

人生が、まぁ~るく、しっとりと、思い出されて、あの子も今頃こんな気持ちになっとるやろかと、想ったりしますなぁ~。(ウソつけ!おまはんにそんな濡れ場、あったりせんわ!)

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2006年2月18日 (土)

ありぬべし

「鶏頭の十四五本もありぬべし」  子規

わたし、寒波におびえ、部屋内に閉じこもっている。

ときおり書斎の窓から外を見る。

ごくたまに玄関に立つ人があってインターホンが鳴る。

飼い犬が大仰にワンワン言いながら部屋内から飛び出す。

わたし、それを追いかけて玄関へ出る。

出た頃には、来訪者はすでに他家の玄関先へ去っている。

きっと何かの勧誘かセールスの人だ。犬にほえられサッサとお隣へ移った。

わたしは出遅れたようである。

「鶏頭の十四五本もありぬべし」

今朝起きて後、妙にこの句が頭に浮かぶ。なんでやろ?

…と、今までは思っても見なかった何かにハタと出合った。

わかった!

この句がわかった!

5月初旬からの列島周航に備え、すでにあらかたの準備は終えている。

主な資料は厚さ5センチの綴じ込みファイル2冊にまとめてある。

ふと思い立ってはこのファイルを繰る毎日である。昨日も、今朝も、このようである。

周航先のあり得べき様子は、

ファイルを繰るつど勝手に増殖に増殖を重ね、すでに疑似体験化しつつある。このイメージトレーニングのなか、わたしは、沖を走り、やがて某漁港へ入ろうとしている。

“この港は…○◇◎☆…”との想いで、

おぉ!

この“○◇◎☆”は、子規のこの句のものであった。

感慨。

今日は、オモロイ感慨を得た!

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2006年2月17日 (金)

「が」「が」文

昨日、神戸空港が開港した。神戸市民や、近隣都市に住む者たちにとっては、大変便利になったわけだ。だが、識者らの診たてでは、空港の先行きはヤバイらしい。新聞・テレビなどは、祝いの言葉に続けて、このヤバイ声が多いことを伝えている。

神戸市は、以前、“株式会社神戸市”の異名を冠せられたことがある。あれはバブル以前のことであった。あれからすでに数世代(?)経っている。しかし、神戸空港は、この株式会社的都市運営手法が生み出した果実だ。バブル期をまたいだ巨大事業が遅まきながら今やっと立ち上がった印象は否めない。

わたし、今更、神戸空港の存在について云々するつもりは毛頭ない。

ないが、開港を報じる新聞各紙の報道記事についてはリトル毛頭ある。

二つの角度から読んで、次の分類を得た。

1.報じる際のスタンスについて、

① 事実を正確に報じようとした記事

② 先行きの見通しをも、あわせて報じようとした記事

③ 事実(空港)を見る見方を、ある種リードしようとした記事

2.日本語としての記事の熟練度、

① 文意が読み取りにくく、誤解の恐れがある

② 文意は取れるが、はやり言葉が多すぎるなどがあり、特定年代(たとえば高齢者)には読み辛い

③ 日本語の基本を守ろうとのスタンスがうかがえる

神戸新聞・読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・産経新聞・日経新聞、を読んだ。

上述、1.2.それぞれについて、①~③を、個別の新聞に割り振ってみた。

あぁ~、これ以上書くと、どこからかゲンコツが降ってきて、抹殺されかねない。

や~めた!

…内緒だけれど…、

1-③・2-①……某社 ~ 1-①・2-③……某某社 まで、わたし、勝手に評定を付けました。

際立った印象としては、某社は、他社に比べ接続助詞「が」の使用頻度が高いようだ。「が」「が」した文章は、新聞報道には良くないと思います。接続助詞「が」は、使い勝手が良い分、気をつけないと身を滅ぼします。ある種、日本語のアキレス腱じゃないでしょうか。

<例>

空港はできた、先行きヤバイ。 …逆接の対比…

空港はできた、大型機は来ない。 …同上…

空港はできた、この北側の埋立地も売れ残っている。 …逆接の確定…

搭乗率78%を確保しなければならない、初日はこれを8ポイント上回った。 …順接並列…

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2006年2月16日 (木)

古箏に現役復帰を

ヤフー⇒オークション⇒音楽⇒器材⇒弦楽器⇒その他、と、進んで、箏の中古出物を探しています。邦楽の箏(コト)です。13弦を5面買う(?)つもりです。このところ探し続けていますが、なかなかこれといったのが見つかりません。箏自体は、あるにはあるのですが予算がぜんぜん足りません。

神戸市邦楽倶楽部で稽古用に使いたいと思っています。

現在倶楽部では十面持っています。が、足りません。これらは倶楽部員らの手元の中古品を集めたものです。大半が山田流の箏ですが数面昔の古い生田流のも混じっています。最近は生田流でも、箏は、山田の箏を用います。で、できたら山田流の中古・大古の箏が欲しい。琴柱が無くても、糸が切れていてもかまいません。少しキズがあってもかまいません。

もし、お手元に、ホコリを被ったままの箏がございましたら、今一度現役復帰させてやっていただけませんか?

どなたか、お譲りいただけるお方はいらっしゃいませんか?

予算と言うのもおこがましいですが、1面1万円ほどしか用意ができません。(ナンジャ、それ!)

神戸市邦楽倶楽部は、来る2月25日に、神戸市北区・区民センター・すずらんホールで、第12回定期演奏会を開きます。素人の下手集団がダンゴになって演奏します。入場料なんかいただけるような会じゃない。逆に、ご来場の先着500名様に特製の童謡・唱歌の歌集を、差し上げるつもりです。この歌集にある歌ならいつなんどきでも倶楽部員は即座に演奏できます。(賛助出演に、ダンゴじゃない日本東道音楽界・中朋会をお願いしている)

実は、この歌集を持って、主に神戸市内の老人ホーム・デイケァセンターなど等へ、ご要望に応じ随時出張演奏をしています。みなさんと一緒に歌おうってわけです。

その様子の一端も、定演でご披露のつもりです。こちらの方も、よろしければお申し付けください。原則無料奉仕いたします。

改めて申すまでもないですが、わたし波平もダンゴのひとつであります。

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2006年2月15日 (水)

ジャーナリスト宣言

昨晩テレビを観ていたら、突然朝日新聞の「ジャーナリスト宣言。」が出た。

このキャッチコピーのことは、既に内田樹先生や小田嶋隆氏のブロブを読んで知っていたから、「あぁ、やっとる、やっとる!」と、ある種懐かしい思いで観た。

今朝も、このことを思い出して、念のため直接朝日新聞社のページを閲覧してみた。

ありました。

―信頼される報道のためにーと、題目があって、

「ジャーナリスト宣言。」キャンペーン の、太字に続けて、例の

言葉は感情的で、残酷で、ときに無力だ。それでも私たちは信じている、言葉のチカラを。ジャーナリスト宣言。朝日新聞」と、ある。

その気になって読めば、このキャッチコピーっておもしろいですね。

「ジャーナリスト宣言。」

変なところに句点(。)が打ってありますね。

「ジャーナリスト宣言」とするのが、日本語的には正しいですよ。

この句点打ちルールは、新聞用字用語集に、きちんと定めてあるのですがねぇ。どうしたんやろ?

それはそうと、

新聞報道で気をつけるべきは、誤解を与えるような言葉遣いをしないことでしょう。前半部で、さんざ言葉の効用をけなしておいて、

「…それでもわたし達は信じている、言葉のチカラを…」 

だって。おもしろい倒置表現ですなぁ~。誤解製造機みたいな文章ですね。

☆ 感情的で、残酷で、ときに無力、そういう言葉を愛し、信じろって意味でしょうか?

☆ アホか、言葉のチカラって箇所は、“言葉の愛の力”って読むのや、わからんか!

☆ えっ!愛?わたし、“真実を伝える得る力”と読むのかと思ったけど…。 

そうでしょうか?

★ “ものの観方をリードする力”と、読むのじゃないの?

アレッ!言い過ぎたかな!

「言葉は豊かな人間性を育む基盤です。しっかり基盤整備をせにゃならん。その一助となれるように弊社はこれからも研鑽努力して参ります」と、言って欲しいですなぁ~。

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2006年2月14日 (火)

釣り師の気分

お願いがあります。

このブログを、ときおりご覧いただいている方々へのお願いです。

もし、よろしかったら、なんなりとコメントをお寄せくださいませんか?

ひょっとして、コメントしにくい内容になっているのかなぁ~。

何を言いたいのか判然としないことが多いのでしょうか。

小さなブログです。たいしたことを書いているわけじゃない。

スタンスは、釣り好きジイサンの、日々の生き様です。

ふと思いついた想いを、ただ面白がって書くだけのことで、下地はなにもありません。もっともらしく書いていても、シッカリした学問的な根拠などはなぁ~んもない。

ただ、ひとつ、常に意に留めていることがある。

“魚釣りの気分”です。“釣り師の気分”と言い換えてもかまいません。

日常生活の中に、それらしきをふと感じては、こりゃオモロイと思う。それをエッセイ風にダラダラ書き連ねて今まで来ました。

コメントはご面倒でしょうが、それって、とても励みになりますので。

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刺身の味

昨晩、小豆島のマナイタ瀬で釣った天然真鯛の刺身を食いつつ思ったのだが、刺身の味を書くってのは難しいねぇ~。

この六つかしさは、二つにわけて検証するとわかりやすい。

ひとつは、味わいそのものを言い表わす言葉を見つける難しさだ。

二つ目は、やっと見つけた言葉だが、自分ではドンピシャリ言い当てていると思っても、はたして他の人にわかってもらえるかどうかってことだ。

自分の味わいをそのまま余人に伝えるってことの難しさは刺身において最大のもの、と、わたしそう思うが皆さんはいかが?

刺身でも、養殖ハマチやサバなら、ある種うまみがあるのでそれなりに書けそうな気もするが、赤身魚と違って白身の魚の刺身は、歯ごたえはあるものの、味そのものには際立った違いはあるようで無いからなぁ~。

自分で釣ったトレトレ天然真鯛の刺身だと思って、食うからうまいのであって、目をつぶって、何も知らずに食わされたら、食えたものじゃないのではないか。

グニャグニャとか、コリコリとか、ゴムみたいだとか、あれ!ウロコが付いていたよとか、骨が付いているよとか…、

テッサのあの超薄の刺身のどこに味がありますか?ひょっとしたら、ポンズの酸っぱさだけなんじゃないの?あれが美味しいと思うのは、ひょっとしたらフグ毒で死ぬかもしれないという思いと、サイフから出る仰山なお金のせいじゃないの?

わたし、刺身は、口が食うのじゃなく、頭が食うのだと思います。

なにもわからん小学生に高価なテッサ食わしたって本当のうまみなんかわからんと思う。もう、いつ死んでもかまわんという年寄に食わしてもやはりわからんのじゃないか。

フグのテッサの場合はこういう際立った特殊性があるが、

一般的に言って、刺身は、サシミだって思うから刺身であるわけで、その楽しみ方があって、食ったらうまいなぁ~と言えっていう約束事があるわけで…、食う場合はそういう約束事の中へ入るって承知したってことなわけで、で、そう言わねばならんと思うから、むりやり美味しいと思おうとして、食った途端に擬似錯覚の中へ自分を不可逆的に押し込めるのじゃないか。

それなら、お前は、本当は、刺身は美味いと思わんのかと聞かれれば、わたしは、ヤッパ大好きで美味しいと思うって答えます。

擬似錯覚の中に身をおくのがもう慣れっこになっていて、それが自分の本心になってしまっている。日本の釣り師だもの。わたしはもうすっかり洗脳されている。

特に、自分が釣ってきた魚をかみさんにさばかせて食ったりしたら、もうご満悦の突き当たりですよ。釣った時のあの感激を大仰に身振り手振りでかみさんに聞かせながら食うのだが、かみさんは最近では、聞いているのか、いないのか、文句を言わんようになった。かみさんもまた刺身を造ればダンナが喜ぶと思い込んでいるみたい。

要するに、刺身の味だけど、わたしの場合は、釣った際の感激を語るってことをも含めて刺身の味になっとるわけだ。

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ネットウヨ

わたしネットウヨなのかな?そう言われればそのような気がしないでもない。

“ネットウヨ”が“ネット右翼”の略だとすると、わたしは少し左よりに居るつもりだからネットサヨだ。

だが、最近ことさらに“ネットウヨ”の言葉が云々され始めたのは、ブログを中心としたホームページが、傾向として右傾化しつつあるってことにあるらしい。サヨってのはないわけだ。ウヨが社会にとってマイナスじゃないかって危惧があるわけだ。

これも、そう言われればそうかもな。わたし、自分を偽らずありのままを書いているつもりだが、多少は右寄りに軌道修正しつつ書いている。その分、なんとなく意に沿ぬ事もある。ヤッパ遠慮なく気ままに書いた方がエエのかな。

あぁ、“ネットウヨ”って言葉、聞くのは初めてってお人はおられますか?

言葉の定義を云々せねばならんようなことじゃなく、最近の世情を風刺したものとわたしは理解していますがね。

早い話が、もっぱら匿名で、ブログを立ち上げたり、あちこちのBBSへ鬱憤ばらしの書き込みしたりするどちらかといえば負け組に属するおっさんや、おばはんらのことらしいですわ。

兼好法師の徒然草の19段に、“はらふくるるわざ”というのがある。話の趣旨は省略するが

「…おぼしき事言わぬは腹ふくるるわざなれば、筆にまかせつつ、あじきなきすざびにて、かつ破り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず」とある。

兼好法師は元祖ネットウヨってわけだ。逆の言葉もありますよ。

「もの言えばクチビル寒し秋の風」「沈黙は金、雄弁は銀」「キジも鳴かずば撃たるまじ」。

それにしても、“ネットウヨ”ってのは、もう間違いなくひとつの大きな文化でしょうね。早晩、新聞、テレビを追い越すのじゃないか。政党や国境は二の次になるよ。そのうちに何が白で何が黒かわからんスッゲェ~世の中になるよ。

…と、こういうことを、責任もなく言いふらすのが“ネットウヨ”ってことらしい。

今日は、どこのBBSに書き込みをしようかな。どこかに、おもしろそうなのはないかいな…、

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2006年2月13日 (月)

わしゃご機嫌

tomiko_047 42センチの天然真鯛です。胸ヒレを見てください。シャープにピシッと決まっているでしょう。これが、天然真鯛の特徴です。養殖鯛は、この胸ヒレがこのようにのびのびしていない。短くて、どこかにチジレがある。本当は色合いも微妙に違うのだが、色は、出荷前に食わす餌で調整が出来るからあまりあてにはできん。だが、胸ヒレはごまかしができん。

これ、今日、わたしが釣った鯛ですよ。半身は、もう、かみさんと二人で食っちゃった。小豆島のマナイタ瀬で釣ったが、他にもいろいろ釣ったぞ。鯛やメバルをね。さっそく何を食っているか胃袋をみたけど、サイウオじゃなくイカナゴが入っておった。

あぁ、写真に写っている草は我が家の菜園で取れたミズナです。こいつをキザンでサラダで食うわけだ。飯は、玄米そのままを食っとる。ゴワゴワしてオモロイ味だ。

酒は、最近は、フトコロ具合も考えて、ウイスキーの安物でガマンですわ。そう、トリスという名の美味しいお酒。この酒は甘ったるくて好みじゃないが、いろいろ家庭の事情ってものがあるから、これにしておるよ。安いねぇ~。遠慮なく呑めてわしゃご機嫌だわ。

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2006年2月11日 (土)

IT文化

内田樹先生のブログがとうとう500万カウントを超えたようだ。「キッコの日記」は既に1千万カウントを過ぎている。

前者は実名で、後者は虚名で、の、違いはあるが、両ブログは毎日見ずにはいられない。

両者は、視点も違い、主張も違うわけだが、表裏の関係に似て並べ読むと巾が楽しめる。

文体自体の面白さもある。平易な言葉で、どこまで伝え得るかの実験をされているのではないか。これ、内田先生に聞いてみたい。「キッコの日記」は当初違和感があったがもう慣れた。が、キッコ文体は、わたしには真似出来そうにない。

ブログは文化だと思う。と、同様に、HPの掲示板も文化であろう。これって、昔の連句遊びに似ている。

内田先生のブログは、先生ご自身が書かれていると思う。が、キッコの日記は、複数人合作のような気がする。ブログを舞台化したある種のお芝居の匂いがする。これも、新たな文化かもしれない。

内田先生のブログも、秘書のお方とかその他お手伝いの方々の協力があってのことかもしれない。なにせ巨大なブログである。個人の力だけでは対応しきれないこともあろう。早い話が、誤字脱字や、差別用語のチエックや、宗教上の禁句などは、その道のベテランがチエックした方が無難だ。

今日の「キッコの日記」に、中村犬蔵というお方が、マック1台でコツコツと作ったというCGアニメのことが紹介されていた。さっそく氏のページを拝見。ホホー、こういう文化もあったか!

所さんのオデコのサングラス。これもひとつの文化らしい。ヘェ~、そういうものかいな…。

インターネットでのオークシュン参加はナウイと思っていたが、キッコ氏に言わすと“老人の性欲”らしい。そう言われればそんな気がしないでもない。

あぁ~、昨日は、沖へ魚釣りに出て、波が少しあって竿だすこともなく撤退。

その後、モーさんの誘いを受けマ-ジャン。少し勝って釣り敗退の気分を治しました。

金の字が、また負けて「もう俺に誘いの声掛けせんでくれ!」と泣いておった。かわいそうだなぁ~っと。

わたしが彼に勝つなんてビックリだ。いつまでこの喜びを保てるのだろう?

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2006年2月10日 (金)

へなりました

天気予報では、兵庫県南部地方は波50cm。

朝、6時半過ぎにマリーナを出て、天川河口まで下ってきたら妙なウネリがあった。

そのまま沖を目ざし2マイルほど出たが次第にウネリが大きくなる。走り辛い。釣りにはなりそうでなかったので、今日の釣りはあきらめて戻ることにした。

で、いったん河口近くまで戻ったが、どう考えても釣りを中止せねばならぬような波には思えない。

再度沖を目ざした。

操船はわたし波平。同船のユリたろうが

「これくらいの波なら全速で走った方がトロトロ走りより走りやすいですよ」という。

で、速度をあげると、なるほどこの方がむしろ艇が安定するようである。が、ときおり船底がタタカレテ、強い衝撃が来る。イスに腰掛けているとモロに腰に来る。以前の腰椎骨折の既往症が再発しそうで恐ろしい。中腰になって操船するが、これがまた足腰に応えてシンドかった。

ふと、左舷のフェエンダーが、垂れたままなのが見えた。そのフエンダーが激しく左舷船腹であばれていた。速度を緩め、キャビンから出て、フエンダーを取り込み縛り付けた。

キャビンに居た時は感じなかったが、外は結構風が吹いていた。うねりの波頭が砕け、白波が立ち始めていた。今日の釣行は中止と決めた。

Uターン。操船をユリと交代。一気にマリーナへ駆け戻った。追い波の中だが。この程度の追い波はむしろ走りよい。同じ海だが、走る方向が違うだけで一転して海が凪いで見える。

天気図は確認して出たのである。今日一日はほぼ安定した釣り日和であろうと踏んでいた。ひとつ読みきれないことがあった。刻々の天気図の変化のことである。

北海道の江差・奥尻島付近に中心を持つ低気圧の勢いが気がかりであった。これが強ければ、大陸から張り出しつつある高気圧は南へ押され、播磨灘では南西風が次第に強まるだろうと思っていた。で、このような変化の兆しが出ているように感じられた。上空の雲の動きがそれを示唆するように思われた。

今日の午後には、わたしは、風が次第に強まると読んだわけだが、当たるかどうかは解らない。33Ftの友艇は釣場へ直行し、今現在、きっと釣りを楽しんでいる。

あのまま、わたしも、予定とおり「風に子島」へ行くべきであったような気がしないでもない。だが、わたしは、帰港した。同行の釣友ユリたろう氏には、申し訳なかったが、わたしの判断で、今日の釣りは中止した。

帰宅してみると、2月には珍しい暖かな日差しである。さほど風があるようではない。

なお、

マリンギヤーの調子は完全には確かめられなかった。今日のところは、異常なく作動した。

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2006年2月 9日 (木)

変身マスク

遠山の金さん、水戸黄門、マツケンの将軍吉宗、はぐれ刑事純情派、笑点、4月以降は、これに野球のテレビ観戦が加わると、わたしの陸上の日々が浮かびあがる。司馬遼太郎の小説でまだ読んでいないのがあって、図書館から順次借り受け目を通しているが、どれも途中でイヤになって最後までは読まない。インターネット・サーフィンも、常に見るのはごく限られた数本だけ。それも、最後まで読むのは内2本だけ。

約2キロ先の小型スーパーへ出向き、「焼酎試飲コーナー」で紙コップ半分の泡盛(200円)を呑むコースもあるが、あまり気が進まない。このところ行っていない。車で三木市外のホームセンターへ行くと、あれこれ物色している間に2時間ばかりはすぐ経つが、これも、サイフに何がしかの小遣いを入れていないと、物色するにも気合が入らない。気合を入れすぎると、不要な物まで買い込む。持ち帰ってもすぐに使うわけじゃないから、置き場に困る。

やはり、図書館通いが、一番気が置けなくて良いが、なぜか、空調がガンガンに効いていてまるでサウナに入っているような塩梅である。シャツ1枚にならないと、居続けるのは無理だ。

10日間に1度程度の割りでジャン友から誘い出しの電話があるが、今日も携帯は鳴らなかった。

一旦退職後の2度目の勤めも昨年1月末で止めたのだった。昨年の今頃は、完全退職後の開放感を存分に味わっていた。朝風呂に入ったり、昼間も気が向いたらまた風呂に入ったりした。朝寝+昼寝+風呂=昼間全部、って感じだった。最近はこれが、テレビ観賞+酒のチビチビ呑み=昼間のほとんど、って感じかな。

立春が過ぎてはや1週間が経とうとしている。まだ寒気が厳しいが、明日からは沖へ出る回数を徐々に増やそうと思う。今日は、押入れ奥から防寒着を取り出した。防寒マスク(暴漢マスク・目玉部分だけが開いている)や、ゴワゴワした大仰な上下だ。みな安物である。見かけほどは暖かくない。

退屈でしょうがないから、暴漢マスクを試し被ってこれを書いている。

スーパーマンに変身。おりゃぁ~、チェストー!!

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魚を助ける

お釈迦さんが飢えた子持ちの親虎の前に自分の身を投げて虎の飢えを癒す話がある。この話が載っている同じ経典に、お釈迦さんが、干上がった池で苦しむ多くの魚に水を汲み、餌を与える話もある。

いずれも、現世のお釈迦さんのことじゃない。ずっと大昔のお釈迦さんの前世でのこと。この功徳により、今のお釈迦さんがあり、この因縁によりここに集う皆の衆が居るのだとされている。あのとき、救った魚々らが皆の衆であり、諸々の衆生の前世の姿だっていうわけだ。

わたし、前世でシンドイ功徳を積んだから⇒今の幸せがある云々の因果話には、多少の抵抗がある。

仏教の根幹は因果にあるとされている。

生まれて⇒死んで⇒また生まれて⇒また死ぬ、の繰り返しってこと。前世で悪いことをしたら、次の世では人間じゃなく魚や虫になって生まれるかもわからんと考える。これが因果。もしこの因果話に抵抗があるなら、それは仏教徒ではない。

と、なると、因果話に抵抗を感じるわたし波平は仏教徒じゃないってことか?

いいや、わたしは仏教徒である。因果を認めないってことじゃない。わたしは因果を次のように考えている。

虎の前に身を投げ出し、干上がった池に水を汲むことは、お釈迦様にとっては決してシンドイ事ではなかったのだと考えている。お釈迦さんは、そうしたいと願ってそうしたにすぎないと思う。身を投げ出さずにはおれなかったわけだ。

お釈迦様であれ、だれであれ、人は皆、自分がしたいことをするのではないか。したくないことはしない。マージャンで危険牌を振り出すときだって同じじゃないか?自制が利かぬままに振り出したくない危険牌をシンンドイ思いの中で打ち出すわけじゃない。もう振り出したくて、振り出したくて、ガマンができなかったから出したのである。無理は承知だ。が、どうしてもそうしたかったわけだ。ホリエモンだって同じ。吐けば一旦は楽になるだろうが、その後、更にシンドイ事があると思うから吐かんのだろう。

問題は、普通なら、シンドイことは、あるいは危険なことは、したくないだろうに、どうしたら易々とそのことが苦も無く行える心境になれるかってことだ。

アレッ!気楽に危険牌を切って対戦相手を喜ばす心境ってなんだ?これじゃマージャンにならんよなぁ~。

とにかく、どうしたら虎の前に身を投げ出したくなる心境になれるかだが、これがさっぱりわからん。そういう心境ってなんだ?わからん心境にたどり着くまで修行するったって、わたしには絶対に出来っこない。さっぱりわかんことが多すぎる。

いくら考えたって、どうにもならんから、とにかくお釈迦さんの真似をしてみるか?

“鵜の真似をするカラス水に溺れる”のたとえもあるぞ。下手にお釈迦さんを真似ると、カラスになるぞ。カラスを承知で、とにかく真似てみようと一歩を踏み出すこと。ここが肝要。が、これが普通人には出来ん。

魚を助けるなんて…。

明日は、魚釣りに朝早くから出かけるつもりだ。

わたしには、ある種の思い込みがある。

魚釣りのあの面白さは、あのググッとくる時は、不可解な大宇宙をわが手にするようなワクワクがある。あのおもしろさこそは、“百尺竿頭にあって更に一歩進める”に、ある種通ずるものじゃないかと思う。なんかこう、ビビビッと来るのだよなぁ~。

冬2月小豆島沖竿の先       波平

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2006年2月 8日 (水)

荒海の怒れる魚(メバルの腹中漁4)

少し変化球を投げます。フォークボールです。見た目ストライクだけど、ワンバウンド・ツーバウンドのクセ球。

夜です。雨が降っている。某会員制クラブに若手の色男たちが集まっている。だれからともなく女性遍歴の自慢話がはじまった。

「この頃は、エエ女が少なくなったなぁ~」

「ほんまや。箱入り娘がおもろいかと思ったけどアカンかった。箱から出したらスカみたいやった」

「エエ氏の娘より、普通の家の娘の方が気性がはっきりしてオモロイのとちゃうか?貧乏人の娘はあかん」

「そんなん、どないに見分けるのや?エエ氏が破産したりしたら、その娘はもうアカンか?」

「いや、あんがいそうでもないで。落ちぶれても格付けは普通の家の娘くらいの感じかな」

「そうやな、普通の家のでも、金惜しまんとエエ大学にやったりしたら、けっこう使える女になるようや。お前の事務所の○○ちゃんなんか、そうとちゃうか?お前、もう手をつけたんとちゃうか?」

「まぁ、なんやな、やっぱり金がもの言うな」

「会長はんとこの娘やけど、あの子はどうや?どうせあれにはワイら手は出せん。建前だけでもエエ女やということにしとこうか」

「俺、こないだ出張先でスッゲェ~ええ女みつけたでぇ~」

「僕もビックリしたことがある。ぶっさいくな○△はんのこと知っとるか。あそこの息子らも皆腹デブのぶっさいくなやつらや。末娘が居る。これがエエがな。とびきりの美人や」

「遊びと、嫁はんは違うな。嫁はんには普通のがええ。別にベッピンやのうてもかまわん。気立てがようて、のんびりしてたら、それがいちばんや」

「ほんまや。綺麗で、上品で、艶っぽすぎるのは、時に度を越して気分にこだわって浮ついたりして困るようや」

「家に帰って、外の話しても、間抜けな顔しかできんのや。わしのとこやけどな」

「おれ思うのやけど、子供っぽいのを自分の好きなように仕込んだらええのとちゃうか?」

「なぁ~んも、自分の考えがない女になるどー、おれは、嫌やな」

「シッカリした上流家庭で育った娘がヤッパ最高やろ。無理して育てたのはどこか性格がゆがんどる。見せ掛けがようても贋物はあかん」

「そうやな、絵でも音楽でも小説でも、空想で作るもんはそれなりにオモロク造れもするが、生きたエエ女は、そういうわけにはいかん。嫁にするならシッカリした金持ちの娘に限るな

上述の会話は、実は、源氏物語の帚木の「雨夜の品定め」の一節を、波平流に翻訳したものであります。宮中の宿直所で、天上人らが光源氏に女のことを語って聞かせているところ。最後の下線を引いた箇所は、本文では、

「人の見及ばぬ蓬莱の山、荒海の怒れる魚の姿、唐国のはげしき獣の形、目に見えぬ鬼の顔などの、おどろおどろしく作りたる物は、心にまかせてひときは目驚かして、実には似ざらめど、さてありぬべし」となっている。

意訳が過ぎたかな。まぁ、全体の流れからは、おおよそこういう話になる。

なんと、わたし、太字にした「…荒海の怒れる魚の姿…」のところがオモロイと思って、延々と、ここまで綴ってきたってこと。

源氏物語は紫式部の作ですよね。

荒海の怒れる魚の姿”を描いた絵が実際にあったってことですよね。

これを彼女は見たことがあるわけだ。

この絵のことを、このように源氏物語の中に書き込んだってことは、存外この絵はこの当時の宮廷人に知られた絵だったってことじゃないか?

どのような絵だったのでしょうね?わたし、海にも魚にもビッグ興味があるから、その絵観てみたいですねぇ。アンコウか、オニオコゼか、竜か、まさかサイウオだったりはしないと思うけど…。

あぁ~しんど。ここまで書いて、わたしくたびれました。

エッ!あなた、ここまでお読みになったの。

お疲れさん!

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2006年2月 7日 (火)

サイウオ3(メバルの腹中漁)

県の某センター関係者に問うてみました。

ここに勤務する知人との、ちょっとした立ち話ですからね、公式見解じゃないってことで、以下、聞いてくださいね。

イカナゴの生育状況調査のためにイカナゴを採取(鹿ノ瀬周辺)しているようです。スマルという採取具を海底に下ろして曳っぱります。イカナゴは採れるけれど、サイウオは見かけないなぁ~とのこと。

調査は、市場価値のある魚に焦点をあてているので、市場価値の無いサイウオのことはようわからんようです。

ひとつ面白い話がありました。

昨年暮頃から(ハッキリした時期はわからんが)鳴門海峡からの外洋水の流入が、例年になく多いと言うのです。鳴門海峡から流入する栄養塩が、播磨灘に、なんらかの影響を与えている気配があるってこと。

http://www.kaiho.mlit.go.jp/05kanku/komatsujima/

これ、平成171227日~平成18110日の黒潮の流況図です。クリック後の展開画面中の「過去のお知らせ一覧」のなかの⇒1月10日発表黒潮変動画像をクリックすると、流況拡大画面が見られます。黒潮は、足摺岬・室戸岬・潮岬・にぶつかるかのように北上している。室戸岬にぶち当たり、反転流が生じ、それが紀伊水道をまくれ上がって、鳴門海峡へ押し寄せたのだろうか?

わたし、ド素人ですよ。でも、鳴門海峡からの外洋水の流入が多いことは間違いないようだ。流入経路がどうあるにせよ、播磨灘がこの影響下にあるのは確かでしょう。

http://homepage1.nifty.com/hamatidori/siotopinnno%2024.htm

これ、平成11年夏の、わたしのHPです。この年、播磨灘に突如“泳ぎピンノ”の大群が異常発生したのでした。この時の黒潮の流況はどうだったのでしょうね。気になるなぁ~。(右欄・姉妹サイト「波平釣り日誌」クリック⇒展開画面から、波平釣り日誌(プレ・周航記含む)をクリック⇒平成11年<夏>の「潮とピンノ」です

わたし、もうジットして居れないから、海は、まだ寒くてジジイには辛いけど、海が凪いだらアズキ辺りをウロウロしてみようと思います。

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2006年2月 6日 (月)

日程区割り

寝る・食う・茶を飲む、で、3分2を過ごし、テレビを観る・ボヤ~とする、で、残りの3分1を過ごす。これが普通の健康な老人の一日ってとこかな?

天下りや、創業者功労で、会長や理事に祀り上げられたりすると、“ボヤ~とする”が規制されて、秘書付き小部屋で一人さびしく過ごすってことになる。

わたしなんぞは、下っ端のなれの果てだから、純粋にボヤ~と出来るってもんだ。

歳は取りたくないなぁ~。ただ単に“ボヤ~とする”ってことも、だんだん六つかしくなる。医者通いで忙しくなる。わたしも、2週に1日は医者へ通っている。医者が、「又来たか…」って顔でわたしを見て、気が向けば聴診器を当ててくれる。気が向かなければ、「おかわりないようですね、いつものお薬をだしておきましょう。お次の方どうぞ!」って言う。わたしは、ホッとし、丁寧に頭を下げ、看護婦さんにニッと笑顔をつくろって診察室を出る。

いろいろ考えると、全ての問題は、この“ボヤ~とする”にあるように思われる。結跏趺坐し座禅三昧で過ごすも、ゴロリ横になりうたた寝するも、この“ボヤ~”のなかにある。

わたしの“ボヤ~”は、パソコン遊び・尺八稽古・魚釣り三昧、ダラダラ酒、の4通りだ。医者通いは今のところ計算外ってこと。

と、このように日々過ごしていて、自分では、これでまぁ良かろうと思っておった。

びっくりしたなぁ~!

かみさんのことを忘れておった!

かみさんの相手をするってことが抜けておった。これは“ボヤ~とする”の中に含めるべきじゃない。別途に独立したファイルを起こすべきであった。“ボヤ~とする”を二つに分けようと思う。“ボヤ~とする”と“かみさんと遊ぶ”の二つに分ける。未だ母が居る。これは“かみさんと遊ぶ”に押し込めよう。

あぁ~、いそがしい!

飼い犬が2匹居る。どうしたものか…、

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2006年2月 5日 (日)

2食です

tomiko_023 tomiko_021

左が大助。右が小助。

ダイは老犬。わたし波平の酒の相手をしているところです。ウイスキーを舐ている。

ショーは青年。自分のオモチャの洗面器のなかに座り込んでうたた寝している。

平成18年2月4日(立春)のひとコマ。

この日は、メバル腹中魚の正体が判明した記念すべき日。サイウオだったみたい。

今日(5日)の沖は凪(ナギ)じゃなかろうか。きっと釣り仲間らはメバル釣りに出ている。腹中魚の写真は届くだろうか?

昨日の朝方の凍てつくような寒気は去っている。心なしか春の日差しだ。

面白いブログを二つ見つけた。

朝5時前から、つい先ほどまでこれを夢中になって読み込んでいた。気がつけばもう10時半じゃないか。腹が減ってきた。今日も朝食と昼食が一緒。このところ日に2食の生活だ。

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2006年2月 4日 (土)

サイウオ (メバルの腹中魚 2)

右欄(コメント欄)の、おおはし氏の話を紹介します。概ね以下のような内容です。わたし少し言葉を添えています。

メバルの腹中魚は、
脊椎動物門 魚類亜門  硬骨魚綱 状鰭亜綱 タラ目 サイウオ科 標準和名サイウオ、じゃなかろうか、との鑑定です。
なお、サイウオにもいろいろあって、サイウオの他、トヤマサイウオ、ミナミサイウオ、クロハラサイウオなど日本で6種(世界で12種ぐらい?)知られているとか。
で、問題の変な魚は、トヤマサイウオである可能性が高い由。

<以下は、波平の言>
瀬戸内海でも、水産試験場などがイカナゴの生育状況を調査する際、これが採れることがあるようだ。日本海の新潟あたり、太平洋岸は三重県あたりでも見かけるとか。最大8センチ程度で量がまとまらないので食用にすることはないようだ。
ヤフーの検索に「サイウオ」と打ち込んでクリックしたら、ウワ~と出てきました。試してみてください。

問題は、
なんで、今年、急にこれが大発生しているのかってことですよね。このあたりのことを更に調べてみましょう。

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メバルの腹中魚

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2~4センチ足らずの小魚です。瀬戸内海・播磨灘東部(鹿ノ瀬)でメバルを釣ると腹にこれを食っている。長年魚釣りをしているがこんな変な魚は見た事がない。

釣り師bどんの言葉では、

先日よりメバルを釣るたびにメバルが口から吐き出す小魚が気になっています。2cmから3.5cmくらいの大きさで、特徴としては顎の下から斜め下に向かって比較的長い鰭が出ています。尾びれは、雷魚とかウナギのようにすぼまった形状です。わかりますか?」とある。

わたし、わりません。

Fishml(メーリングサイト)へ鑑定方協力依頼を発したら、

某氏から、

下顎直下から鰭が1本だけ出ているようならトカゲハダカの仲間(正確には鰭ではありませんが)。この仲間であれば歯は比較的鋭く腹部に発光器を持っています。サイウオの仲間も考えられる。ウナギのような尾鰭ということを考えると、ソコダラの仲間やアシロ仲間も考えられます」との返信を得た。添え文があって、さらに詳細な写真が観たいとのこと。出来れば実物をとしてある。

で、わたし、釣り仲間へこの旨を報じたところです。

わたし、最近の強烈寒波は高血圧ジジイには毒だと思ってしばらく沖へは出ておらん。メバルがこんな変な小魚を食っているなんて知らなかった。が、調べてみると、なんと釣り仲間等は皆一様に、この変な魚に出会っていて、「なんやこれ?」って騒いでいる。

だいぶ以前になるが、この海域(播磨灘東部一帯)に突如ピンノ蟹の大群が湧き出たことがある。これを思い出した。海に何らかの異変が生じつつあるのではないか?

電話で、兵庫県水産技術センターへ問うてみた。まだこの魚の大量発生に気付いていないようである。こういうのはなんたって釣り人が一番早い。電話での問い合わせである。鑑定には至っていない。

今、釣り仲間へ、メバルを釣ったら腹中を確かめるように。変な魚が居たら詳細な写真を撮ってください、と、お願いをしているところだ。ホリエモンが供述拒否を続けているらしい。正体を明かしたい。ホリエモンはどうでもエエから、この変な魚の正体は?いったいだれなんだ?まさか遺伝子組み換えのイカナゴなんかじゃあるまいな!

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2006年2月 3日 (金)

永平寺

やたら世間が騒がしいが大丈夫かいな?識者の方々は忙しそうですねぇ。出演料がガッポ・ガッポ。デレクター氏の台本しゃべってガッポ・ガッポ?

真似て、ヘンコツ者も愚痴ったりぼやいたりで忙しいや。

ライブドア・米産牛肉・官製談合・耐震疑惑・皇室典範・拉致・東横イン。ちょっと違った方向に、大雪・神戸空港開港・野球キャンプイン・節分・立春・マリンギヤー…、なんだか話が無茶苦茶だね。

マリンギヤーが不具合なのも、波平の鼻風邪がいまいちスッキリしないのも、みな、コイズミのせいだって言ったら、きっと言いすぎだろうね。だが最近の論調を見聞きしていたら、どうもそういうことらしいや。責任者出て来い!

マージャンは四六時中やっているわけではない。月に3~4度程度。ゲーム日などは決まってない。メンバーの誰かが誰かに「今夜どうや?」と携帯電話をする。と、受けたその誰かが「あぁワシャかまわんでぇ」と言う。で、あとの二人に手分けして携帯電話し、受けると、万難を排して「あぁ~エエでぇ~」と言う。

ところが前回は、運悪く胴元の金の字が「今日ばかりはアカン」と言った。彼の知人が亡くなって通夜の日だった。

「あかん、今晩だけはあかん。通夜に行かなあかん」と、金の字。

…と、数時間後、

「ルルル…」と、金の字から他の3名に携帯電話。

「今夜の通夜は失礼して、明日の葬儀に出席することにした」とのこと。

で、場が立った。

皆が協力し合うと、このように、なにごとでもスムーズに解決するってこと。

なお、

この日の、最初の言い出しべぇは、“もう帰る”のモーさんだった。ゲームが佳境に入ったとき、モーさんのかみさんから携帯(電話)が入った。

「マージャンしとるのや」と、言い訳するモーさん。

なかなか信じようとせぬかみさん。どこかの悪い女に捕まっていると思ったらしい。

「船長、声聴かせたってくれ」と、携帯をわたしへ手渡すモーさん。

「あぁ~波平船長ですよ。ダンナの身柄は確かにここに預かってまっせ。安心してエエでぇ~」とわたし。

金の字も、「今夜はいつものメンバーとマージャンや」と言うと、かみさんはシヤァ~ナイと納得するらしい。

「俺も同じや」とアヤヤッスのゴットー氏も言う。

わたしも同様で、「マージャンや」と言い置いて大きな顔で家を出る。

わたしの場合は、他のメンバーとマージャンを打つことはないし、もうすっかり永平寺の坊さんであって悪い女に捕まりたくなるような元気はないから、「マージャンや」のひと言だけでかみさんは安心する。

なお、わたし、今晩ばかりは都合が悪い。すでに尺八メンバーらとイッパイ呑む約束をしてしまった。

誘いの携帯電話が鳴ったらどうしようか…。

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2006年2月 2日 (木)

飛来魚釣り

「incredible_fishing_video_1.wmv」をダウンロード

これ、“魚釣り文化向上発展のために”と、いうことで、艇友bどんが転送してくれたビデオです。アメリカのbどんの友達から今朝送られてきたものだそうな。何をしゃべっているのかサッパリわからんが、こんなけったいな釣りもあるのだねぇ~。

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2006年2月 1日 (水)

新参釣り師

魚釣りが好きだってことと、魚釣りが上手だってこととは別だ。早い話しが、わたしは魚釣りが好きだが上手ではない。

釣には、海釣り、川釣り、池釣りなど等。釣り方も餌釣り、ルアー釣り、曳き釣り、サビキ釣りなど等の別がある。

わたしは下手な上に海釣りだけしか知らない。

…と、ここまでは、実際に魚釣りをする者らのことだが、さらに、魚釣りを“観るのが好きだ”という新手の釣り好きがあらわれた。

釣りバカ日誌のハマちゃんとスーさんの功績だ。

魚釣りTV番組が好んで観られるようになった。昔、巨泉と服部名人が、イレブンPMという番組で魚釣りをやっていたが、あれがハシリではなかったか。

昨今では魚釣り番組が定番化し、魚釣りタレントが活躍している。むさいおっさんが難しい顔して釣るのを観るより、若い女性が明るい笑顔で楽しく釣るのを見る方が面白い。魚釣りタレントは若い女性かお笑い系タレントの専属職場になりつつある。

魚釣りが大衆化し、だれでも手軽に楽しめるようになるのはいいことだ。

だが、魚釣り用具は一昔前の安値ではない。短い釣り竿1本が2~3万円。最近は7万円前後の竿が売れ筋になってきたらしい。もちろん超安値の竿もあるが、超安の竿で釣ってみてごろうじろ、釣った魚まで安っぽくみえてなさけないぞ!

“釣りするに財を惜しむなかれ、釣りして遊ぶは財を散ずるのことなり”とは、かの釣聖・幸田露伴の金言である。

魚釣りは大衆化しつつあるように見えて、その実は、微妙にゆがみつつあるってわけだ。

ゆがみは、釣り竿や小道具の高額化が原因か?

いや、そうじゃない。魚釣りのできる場所が少なくなったことの方が大きい。

大阪湾や播磨灘のどこに自然のままの海岸が残っているか知っておられたら教えてほしい。以前加古川沿いには大きな野池がたくさんあって、ヘラ鮒釣りのメッカであった。多くは米作用のため池だったが、減反の影響で埋め立てられ、残った池は土手の一部をあるいは全面をコンクリートで固められ無惨にもゴミを浮かべている。川?洗剤の泡の浮いていない川ってあったかな?自然のままの環境のなかで魚釣りをしようと思っても、そりゃもう無理ってもんだ。魚釣りも、ゆがまなけりゃやっとれん。

わたし、“魚釣り文化”に興味がある。が、釣具の変化とか、釣技の変遷とかにはいまいち興味がない。時代時代の魚釣り心にこそ興味がある。時代時代の釣り師の心境に興味がある。わたし、今までは、実際に魚釣りをする釣り師のことに限って、この“魚釣り文化”を捉えていた。魚釣りTV番組を楽しむ人たちのことは度外視していた。間違いだった。

本当はここに意外と本物の魚釣り文化は息づきそうな気がする。もっとも、今のような、タレント本意の画面構成だけでは難しいだろう。もう少し、工夫がほしいなぁ~。

数日来の大雨で出来たばかりの水溜り

そうとも知らず釣り糸を垂らす人

側で、それを知りながら、一緒にウキを見つめる人

たまたまこの情景に出会い、撮影する人

TVでこの画面を観る人

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