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2006年2月27日 (月)

知りません

漠々たる不安を抱いていた。なにをどうしたらよいのか知らなかった。

解決の糸口は、あの小さな穴の奥にありそうに思っていた。

アメリカの鉄鋼王カーネギーの自伝が父の書棚にあった。これを盗み読んでいた。プラトンの解説書があった。この二冊がそれである。まだ幼い頃の話だ。以来、今も、わたしの最も大切な本。この2冊だけで、わたしは20代を過ごした。

元来読書好きではあったが、乱読したわりには、何も身に付いたものはなかった。上述の2冊とて、将来、ここにすがりつくことになりそうだとの思いがあっただけということである。

わたしは関西学院大学を出ている。聖書もそれなりに学んだつもりだが、文字として眺めただけで実は何も学べていない。哲学書の学び方そのものを知らなかった。知りたい、考えたい、と、自分に正直になってページを繰るだけでよいのに、それを知らなかった。学ぶには、なにか別のことが必要なように思っていた。漠々たる不安を抱いたままそれらを絵空ごとのように読んでいた。泡を、砂を、かむような読書であった。

40代になり、それまでは別段異常であるとも思わず慣れ親しんでいた自分の体調不全が、病気によるものであると解った。何かに集中すると胸が痛くなるのだが、しばらく耐えるとウソのように胸痛は消えるのであった。次第に胸痛は痛みの程度を増していたが、随分昔からこの症状があったがために、このことを異常だとは思っていなかったのである。

あるとき、また胸痛が起きた。「チョット待ってください」と、話途中にお詫びして胸痛に耐えた。たまたま話し相手が産婦人科のベテラン医者だった。某総合病院医事課事務室内でのことだった。わたしはなんと医事課職員だった。

…緊急入院。絶対安静…、

それが、今まで生きながら得るとは…、当時は、まったく思ってもみなかったことである。

キツイ薬でモウロウとした生活が続いた。とてもじゃないが仕事などは出来なかった。出勤しても、空きベットに隠れ、横になっていることが多かった。

これがキッカケで、以来、人生を投げ、落ち込んだのだったが、今にして思うと残り時間が少ないとの思いが、それまでわたしを覆っていたモヤを振り払ったように思われる。

わたしは、今一度、ホコリをかぶった本を開き、また新たに買込んで、ひたすら読み漁った。導入は坂口安吾からであった。ここには思索がある。哲学を感じた。喫煙を止めた。

薬を呑んで静かにしているかぎり、もわ~とした頭ながら、なぜかスルスルと「本」が頭に滲みこんだ。

次第に仏教書にのめりこんだ。読めば読むほど解らなくなった。解らないから探るのである。探ると疑問が吹き出てさらに解らなくなる。未だによく解らない。もう解らないという不安に慣れてしまった。

わたしは、きっと他の方々に比し、30年ばかりは遅れているだろうと思っている。わたしは40代になって病を得てはじめて読書ができるようになった。あるいはキツイ薬がめげた頭に喝を入れたのかもしれない。が、しかし、実のところは、あれこれと解らぬことが増えただけである。

そして、大きな油断の中、歳を取り、定年退職の日を迎えた。それ以後すでに今日まで、まる6年が過ぎようとしている。

わたしのペンネームは波平だ。本名は恵晟(しげあき)である。父はそうとは言わなかったが、父の友人がどうやら名付け親らしい。父は、わたしが生まれたとき、嬉しさのあまり大酒を喰らって神戸のかつての繁華街・新開地の大道で大の字に寝転び、歌を歌ったそうである。上向いて寝転んでいると、スカートの下から女性の脚がよく見えて面白かったと話したことがある。父は友人と呑んでいたのだ。そのお方は新開地に住まう禅坊主だった。正法眼蔵の解説書を著されている。恵晟の恵は、ある古仏の名から一字を拝借したらしく思われる。晟は知恵あきらかなりの意であるらしい。

わたしは完全に名前負けしている。自分の名に、遠慮を感じるなんておかしいが、わたしは、常はこの名は使わないのである。いまだ名乗るほどの者になり得ていないからだ。このままではダメだろうと思う。波のまにまに遊び暮らす毎日である。波平が似合っている。

なお、余談ながら、その父の友人は、わたしの尺八の初歩を手ほどきしたお方でもある。父は、生前、決して人前で歌を歌わなかった。わたし、いちども父の歌を聞いたことがない。父は、「俺は音痴だから」と、言っていた。

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