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2006年3月

2006年3月31日 (金)

貸借対照表

期せずして、日本列島を東西に分かれて周航することになった“N氏とわたし波平”の間には、使用艇が同型艇のアルビン・ゲッタウエイ28Ftだということの他に、二人とも海が大好きだという共通点がある。異なった点もある。一覧表にしてみた。

相違分類

N氏の場合

波平の場合

共通点

アルビン28Ft艇

(イーグリットⅡ)

アルビン28Ft艇

(はまちどり)

海が大好き

海が大好き

異なる点

関東人間

関西人間

技術系

文科系

現役バリバリ経営者

サラリーマンOB

金が有って・ヒマが無い

金が無くて・ヒマが有る

表を改めて見直してみると、やはり最下段の“有る無し”項目がキーワードでしょうね。

N氏は、

ゆっくり周航できる時間的余裕が欲しいと強く願っておられるに違いない。

その時間的余裕は、わたし、タップリ持っている。

わたし波平は、

シッカリした装備一式を装着したいが資金不足でヨレヨレだ。

その理想的装備一式は、N氏のものである。

ここで翻って考えるに、

仮に、N氏が、

「どうです、暫時立場を交換してみませんか?」と、提案されたら、どうするか?

いろいろ考えるのだが、わたしの場合は、ヤッパ貧乏でもヒマが好みだ。

♪♪ お舟は 浮かべば それでいい ♪♪

♪♪ ペラは 回れば それでいい~ ♪♪

♪♪ 酒と、ラーメン、あればイイ~ ♪♪

   

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2006年3月30日 (木)

夢二つ

道庁から回答がありました。わたしの申し出に真摯に対応していただけました。

ただ、回答内容は、期待したものではなかった。条例の解説が中心でした。

残念!

わたしとしては、これに落ち込むことなく、

既に立ち寄り先漁港の市町宛に利用申請書も出したことでもあり、出来る限り“郷に入れば郷に従う”の心構えで出かけようと思う。

横須賀に「イーグリットⅡ」というアルビン28艇が居る。

プレジャーボトの先達N氏の艇わたしの「はまちどり」艇と同型だ。

この2艇は、今日のN氏からの連絡によると、ほぼ同時期に東西に別れ、列島周航の旅へ出かけることになる。

「イーグリットⅡ」は、横須賀母港→太平洋岸を西へ→九州南西諸島→…→横須賀母港

「はまちどり」は、播磨灘高砂母港→関門海峡→日本海→北海道→太平洋岸→…→高砂母港

N氏はわたしよりご高齢。

期せずして、70前の高齢者が、同じアルビン・ゲッタウエイ28Ft艇で、日本列島を東西から完全制覇の構えだ。

N氏は凄いぞ。

13ノットで一日あたり11時間トット・トット走る。少々の波でも平気で走る。一日あたりの航行距離は140マイル。スゴイ!!

わたしは横着だぞ。

00~20ノットで約50~100マイルを、よそ見しつつ、魚釣りしながら走る。

互いに、航行状況を、メール交換しようと言い交わしている。

わたしが、東京湾へ差し掛かる頃は、氏は、もう横須賀の母港に帰っておられるのではないか。氏は浦賀でお待ちしましょうと言ってくれている。

嬉しいなぁ~。

出会ったら、又大仰に駆け寄って抱き合うのではなかろうか。

いつぞや、日本海の萩港で両艇が出会ったことがあった。あの時は互いに両手を広げて近寄り、思わず抱き合ったのだった。

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周航予定図と申請手続

今日は3月30日。3月はもう去ったも同然。長かった1月、逃げた2月、去った3月。気持ちは既に桜の花。

3月15日に北海道庁担当課に宛てて、北海道の漁港利用のことで、道条例の申請を行うにつき指導を得たいと文書で申し出たが、未だに何の返事も無い。これじゃぁどうしようもないので、出来うる限りの推量を働かせて漁港ごとの入港日を特定し、所定書式に則って申請書を作成し、各市町へ向け、本日、「漁港利用申請書」を郵送した。

Tomikoinndo_001 今回の周航計画はアップ図のとおりである。

大きく7つの海域に分類し、それぞれに日程を振り分けた。

海域ごとに日和待ちの日数も振り分けた。

北海道については、さらに4海域に細分し、同様の作業を行った。

すなわち、どの海域も☆印で示した日和待ち日数分は、入港予定日は前後し、特定日確定は困難であるってこと。

北海道漁港管理条例では、概ねこの期間に利用したいとの申請は認められていない。特定日・特定時間内の利用について申請する仕組みである。小型ボートの列島周航に、そのような厳格な予定があらかじめ立てられるわけがない。(申請書様式

で、わたしは、ありのままを道庁漁港漁村課へ申し出て、こういう場合はどのように申請したらよいか、その手続きの指導を申し出ていたわけだ。

きっと、道庁ではご検討いただいているに違いないが、わたしは、4月中旬以降は上述周航図記載日程にはこだわらず、凪が続くようなら即刻出港するつもりである。

と、なると、道庁からのお返事をいたずらに待っていたのでは、各漁港への申請手続きが遅れ、各市町からのお返事を待つ時間がなくなる可能性がある。

で、本日各市町へ向け無理やりに漁港利用特定日を案出し申請書を郵送した。

なんとか、案出とおりスムーズに日程が進めばよろしいが、こればかりはお天とうさまにお尋ねせねばわからない。どなたか仲介の労をお願いできないだろうか。

なお、北海道以外で、このような手続きが必要な漁港はどこも無い。

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2006年3月28日 (火)

ダンボール箱

スーパーの一角に空のダンボール箱が積み上げてあって“どうぞご利用ください”と表示がある。商品仕入れの際使われていた箱だが、もう不要になったから、欲しい人があれば差し上げますってことだ。わたし、ここへセッセと通い大小含め20数箱もらってきた。軽四には数箱しか積めなくて幾度も通った。すべて艇に持ち込む。列島周航準備の一環。積荷の仕分けに使う。

ダンボール箱は実に使い勝手がいい。軽いし、シッカリしていて衝撃に耐えるし、不必要になれば破って棄てることができる。なんと言ってもタダだってのが嬉しい。

艇内の荷物は荒天時の大揺れに耐えねばならん。ハネクリまくる荷を衝撃から守らねばならぬ。で、硬い箱より柔いダンボール箱がいい。工具・食器・カメラ・釣具・カセットコンロ・同カセットボンベ。あれやこれやなど等…を、とにもかくにもダンボール箱へ入れて、ヒモやゴムバンドで押さえ込む。パソコンは別格だ。座布団を上下に重ねて包み、やさしくダンボール箱へ。

それにしても、なんでこんなに荷物が多いの?

積み込み作業を始める前に一度徹底的に艇内を空にした。それからやおら積み込みを始めた。昨年の積荷と比べると、だいぶ整理が出来てスキッとしている。

…と、思っていたが、ダメだなぁ~、キャビン内はダンボール箱でいっぱいになった。

単純に日本一周だけに絞れば荷は半減する。

あれこれ余分なことを考えるから荷が増える。

魚釣り道具が半端じゃない。釣り竿の数々はしかたがないが、アウトリガーまで積み込んでいる。瀬戸内海を西へ走り関門海峡を出て対馬暖流に乗って北上するが、これで時々ヨコワ・カツオ・ブリなどに挑戦するつもり。太平洋岸南下の際は、概ねどこででも竿出しが可能だろう。

また、今回は民謡の地を巡る旅でもあるから尺八を持参する。この関係の小道具もある。

漁港に入って夜空を観上げたら星が見えるだろう。星観察用に星座表を積み込む。視力が経年劣化のせいか随分弱っていて星が見えにくい。天体望遠鏡を岸壁にセットして星を観ることを考えたが、さすがこれはガマンする。なんぼなんでも大仰すぎる。

食器で一番持ち込みたかったのはダッチオーブンの鉄鍋である。かつて一度艇に持ち込み使ったことがあるが、めっぽう楽しかった。でもダッチオーブン料理は手間が掛る。その手間が楽しいってことでもあるが、これもシブシブながら断念する。

だが、七輪は積み込んだ。当然炭も積む。積み込んだ炭を使い切ったら七輪は自然に戻すつもりである。七輪の身体はネンドで出来ている。すでにこれも経年劣化でネンドがボロボロになり、手荒く扱えば崩れてしまいそうである。炭を使い切るまで七輪はその形を保持し得るだろうか。ダンボール箱に入れて持参する。

荷物の整理は、なんといっても不必要なものは積まないってことだ。

いったん積み込んだものではあるが、よぉーく考えて必要度が小さい物は降ろすことにしたい。

誰を外して誰を後継総裁にするかを悩むのはコイズミ氏。

何を艇から降ろすかで悩むのは不肖わたくし波平である。

ヨォーク考えれば、両者の間に、そう際立った差があるわけでもない。

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2006年3月26日 (日)

三つ

1.釣りの概況

一昨日(3月24日)金曜日から、トトロ艇が南紀周参見へカツオ釣りに出撃していて、昨日午前中にヨコワ3本カツオ16本釣ったらしい。みな大物だとのことである。

小豆島マナイタの真鯛釣りは、漁師が網を引き回して鯛をかっぱらってしまったので、パタッと釣れなくなった。

播磨灘一帯は、イカナゴ漁の最盛期で、イカナゴ網を曳きまわす漁船軍団が釣場一帯を独占し、プレジャーボートらの楽しみを奪っている。

もう、これからしばらくは、外洋へ逃げ出しカツオを追いかけるのがよかろうと思う。

2.周航準備

わが愛艇「はまちどり」は、現在考えられるかぎり最高の状態にあり、機関その他装備品一式完全に調整が整った。高額釣具やマリンVHFなどの貴重品を除きほぼ積み込みを終え、 あとは日本一周の看板の取り付けなど、出航直前の最終準備を待つばかりである。

この状態で、これからしばらくは、カツオ釣りをガマンして、艇の操船稽古を始めるつもりだ。

常は魚釣りに気が走って、あまり艇の操船については気にしていない。

狭い水面での回転とか、逆風がある中での右舷あるいは左舷の接岸とか、槍着け時のアンカー打ちや、同じく槍着け時の乗船下船の稽古などなど、やるべきことは多い。

一番難儀なのは自炊のことだ。

昨年の西日本海域周航時は、大きな鍋・大きなフライパン・大きなヤカン・大きな焼き網を持参した。大は小を兼ねると思ったが、みな大きすぎて使い勝手が悪かった。

ことしは、中ぶりで、蓋が強化ガラスの底が深ァ~イ鍋をひとつ持参する。

これは蒸し器にも使える優れものだ。煮るのは汁の味付けが難しい。わたしは、なんでもかでも蒸して食ってやろうと思っっている。

あぁ魚焼き用の金網も持参する。

大口の大きな瓶を別に用意して醤油を一杯入れる。これに釣ったイカや魚を放り込み、適時取り出してあぶって食うつもり。瓶の醤油は次第に発酵しクサヤ的な味をかもし出すのではなかろうかと楽しみである。

焼くのは魚だけではない、食パンをあぶるのに使う。パンは溜め置くとすぐにカビがはえる。カビは焼き殺して食う。昨年はたびたびパンをあぶった。

3.カレーライス

今日、かみさんが10日ぶりに帰宅する。さしあたり、きっとカレーを作るに違いない。彼女の得意レシピである。で、わたしはまたカレーライスを食うことになると思う。

わたしは、カレーライスが好きである。彼女が留守中の10日間の内、ほぼ8日間、わたしは彼女が作り置いたカレーライスを食った。朝昼晩食ったが、数日間食って後は、朝と遅昼だけにした。一日2食の生活だ。なんでや? ともかく、カレーライスはいつまでも有った。

ありがたいようななさけないような…。

わたし、列島周航時は、カレーライスだけは食うつもりはない。

でも、彼女が、大鍋にカレーを作り、「これを持ってお行き」と言ったら、どうしようか。

いつだって、たった今だって、カレーの味・ニオイは、身体全体で実感的に思い出すことができる。ことさら食わなくても、瞬時に食った気になれる。だからしばらくは食う必要はないのだが、彼女は、またカレーライスをつくるのだろうか。

余談ながら、

2匹の飼い犬らは、ますます増長し、チーズと上等のビスケットしか食わなくなった。彼等にとってこの10間はきっと満ち足りた日々であったに違いない。

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2006年3月25日 (土)

8割です

日本一周の旅に持参するノートパソコンに、歌い慣れた演歌をインストールする作業にかかっている。旅先での落ち込み防止に使うつもり。歌詞の部分は尺八で吹く。

CDから歌声をカットして伴奏だけを取り込む作業だ。スタート→コントロールパネル→サウンドとオーディオデバイス→音量→スピーカーの音量、と進み、右側スピーカーの音量を絞ると伴奏だけが聴こえてくる。

取り込んで、伴奏だけで歌おうとすると、これがなかなか難しくてどのあたりから歌い始めたらよいのかわからない。歌うたって尺八で歌うわけだけど、

素人向きのカラオケ用伴奏は、プロが歌う時の伴奏とは別物なのではあるまいか。また歌声も入ったままのも聴きなおす。せいだい稽古せにゃならんぞ。

ほんの数曲だけをインストールするのにずいぶん時間がかかった。まだ未完成だ。たびたび歌ってエツにいるって作業が途中じゃまをする。

特に「天城越え」は難しい。

ロレレーレレツレー チハチツロー …と伴奏があって、

ロロツーツーロツ(隠しきれない)レーハレーレハ(移り香が)ハーハハーハハ(いつしかあなたに)ロロロツローロロ(しみついた)…と歌が入る、

これ、尺八の♪(音符)です。わかる人にはわかる。

8割方、日本一周の準備が整いました。

あとは、携帯コンロ・同携帯ガスボンベ・食料・飲料水・その他貴重品数種を積み込み、最後にわたしが乗り込むと出航準備終了だ。

だが…、実は、ひとつだけ、やり残しがある。

北海道の周航先各漁港へ向けた漁港利用申請手続きです。

北海道庁のホームページの案内に従い各漁港へ申請するにつけ、まず道庁の指導を仰ごうと、“指導お願い書”を道庁担当課へ送ってある。が、返事が帰ってこない。

このまま待っても返事がなければ、直接各漁港へ漁港利用申請を提出するつもりだが、なにせ利用日(入港日)の特定が難しいからアテズッポーな入港予定日をもって漁港利用日とし申請せにゃならん。難儀だ。

今朝の新聞に電気用品安全法の適用が少し緩められたとある。中古家電販売の場合には安全マーク貼り付けは不要になったとしてある。こと同様に、北海道条例の適用も、従おうとして従い切れない部分は適用を緩めて欲しいと思う。わたしが提出している道庁宛の指導願いは、この度の周航計画をありのまま書いたものだ。少し事情を勘案してはくださらんかと。

道庁は、波平ってオッサンは難儀なやつだと思っておられるのではあるまいか。

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2006年3月23日 (木)

絶好調

ヤモメ生活が続いている。今週いっぱいはヤモメ。

わたし自身のことは自分でなんとかなる。なんとかなりそうでならないのが飼い犬たちのこと。

犬たちの食事だが、かみさんが作るのと同じようなのを作り与えている。

が、そのつど犬らはフン!と鼻先で嗅いでそっぽを向く。

腹が減ったらそのうちに食うだろうと多寡をくくっていたが、数回、しかたなく食った後、彼らは共謀して断食抗議に出た。

なにもすることがないのはわたしも彼らも同じである。終日ウトウト寝ているだけだからあまり腹は空かない。だが、二食(彼らは一日2食)とも断食されると、さすがに根負けする。上等のソーセージを与えると気持よく食べた。

が、なんと、その次からまた断食。ソーセージは食わない。

2食断った後、パンにバターをタップリ乗せて与えると食った。

(ドッグフードは常に餌皿に盛ってある)

その後、また食わない。

今朝はチーズを与えた。チーズは大好物みたい。

実は、昨日からチーズである。

断食は中止したようである。

なめられたようでわたしだっておもしろくない。チーズを与える合間を縫って、バターをつけたパンを与えると。

1.大介の場合 

チーズと間違って急ぎ食らい付くが、すぐに大口を開けて吐き出す。

2.小介の場合 

チーズと間違って、パンの上で大口を開けるが口は閉じない。そのまま横を向く。

わたしは、犬らをこのように躾けた覚えは毛頭無い。

犬らの抗議に満ちた目をみるに、なんとなくかみさんのそれに似ているように思えなくもない。わたしに太刀打ちできるはずがない。

わたしはまたご飯を炊いた。正確には米を炊いてご飯を造った。もちろん自分用にである。

前回の多すぎた水に懲りて水を少なくした。

すこし硬めのご飯が出来た。コリコリというほどではないが、ご飯は米から出来ていると充分に納得できる歯ごたえがある。

スーパーからキムチを買ってきている。

少しずつ食べつないでいるが残り少なくなった。熟れてきたのか次第に酸っぱさが増すようである。

まだ腹は壊さない。

気分充実絶好調!

ホンマかいな?

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2006年3月22日 (水)

科学的生活

物事は科学的に考えるべきだ。

まる二日間断酒して後、常の生活へ戻ったが、なぜか体調が狂っておもしろくない。

1・2・3…1.2.3…と、きざみ続けるリズムが狂い、なんとなくツマズキ勝ちなリズムに往生する。ゲップが出て出てしかたがない。なんとなく変である。

正確に言うと、ゲップが出るとスキッとする。出そうで出ないから、落ち着かなくて変である。

科学的に考える。

この体調の変調は、断酒のせいではなかろうかと。

いまひとつ思い当たることがある。

カレーライスの食いすぎではなかろうかと。

米を5キロ買ってきて炊いたのだった。電気炊飯器に、まぁこれくらい米を入れたらよかろうかと思って炊けたときの米の膨張を慮り米は少なめにした。水はタップリ入れるべきだと思ったからタップリ入れた。

と、しばらくしたら、炊飯器がゴトゴト言い始め、蓋の頂上の穴から猛烈に水蒸気を吹き上げた。そこらじゅうがベタベタになった。こりゃたまらんと思ったから側にあった布巾を穴の上にかぶせたが間に合わない。タオルを重ね置いた。すぐに蒸気でベタベタになる。いったん電気を切って中の水(既に湯になっている)を減らそうかと思ったが、「赤子泣いても蓋取るな!」という格言を思い出し、断固このまま炊き続けるべきだとがんばった。

炊き上がって蓋をとったら、スッゴイ量のご飯があった。

で、以来、せっせとカレーライスを食ったってわけ。

昨晩のこと、今晩はカレーを止めてパンでも食ってやろうと思っていたら、お隣の奥様がわたしのかみさんが留守しているのを知っていてカレーを差し入れてくださった。

ご飯はまだある。で、昨晩もカレーライスを食った。

アレッ?

今朝はゲップが出ない。

わかった!

ゲップ頻発の原因は、科学的に考えて、先の2日間の断酒によるものであったに違いない。

昨日は、昼過ぎから、野球(WBCの決勝戦)観戦がてらダラダラ酒を呑んで、とうとう体調が元へ戻たってことみたい。

只今朝の6時5分前。昨晩は8時前に就寝。今朝は3時から起きだしている。腹が減ってきた。朝食はカレーライス。お隣の奥様は2食分差し入れてくださった。

ご飯はまだある。

隠居生活ってオモロイね。こんなことしか考えることが無い。

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2006年3月21日 (火)

彼岸中日

以前まだお勤めをしていた頃と、今の隠居生活とを比べると、今は随分季節感が身近く感じられるようになった。以前は玄関を出るとすぐ空調の効いた車に乗り、空調完備のビルへ入り、事務机に貼り付いた。帰宅は日が落ちてからが大半。これでは季節がどちらを向いているのかわからない。

季節感豊かな国に生きているのだから、できるだけ空調完備の生活はやめた方がよいと最近つくづく思う。農業・漁業の方々は季節感バッチリだろう。八百屋・魚屋もそうだろう。屋外作業を伴う仕事の場合は概ねこの点では恵まれていそうだ。収入の多寡を別にすれば…。

屋外作業といっても、大都会の中で外をウロウロするのは夏・冬ばかりが目立っておもしろくないかもしれない。

タクシーの運転手の場合は、屋外の仕事というより屋内の仕事じゃないか。

地下鉄従業員の場合はこりゃ特殊勤務手当ての支給を受けても場尺合わんように思うが、大坂市は無常にもカットしたようだ。

昼間は寝ていて夜出勤のマスターやママさんらは、季節感をどうとらえているのだろう。あぁそうか、朝から晩までずっと寝ているわけでもないってことか。昼間は概ね午後からの季節感はとらえ得るわけだ。

今日は彼岸の中日。お坊さんがお越しになる日。どんよりとした空模様だ。早朝がこのような空の日は、概ね日中は晴天である。感じでは今日は穏やかな一日になりそうだ。梅は満開。桜がほころび始めたようである。

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2006年3月20日 (月)

留守番2 (ゆりどんの友人)

と、いうようなわけで、夕飯を炊こうと思い台所で米を探したが、どこに米が仕舞い込んであるのかわからなかった。

即席ご飯が多数買い置いてあった。パックをお湯に浸すと即座にホカホカご飯が出来る。

「あたいが留守の間はこれを食べていなさい」

と、いうことのようだ。

わたしは、断固米を炊いてご飯を造り食べたい。

で、ストアーで5キロ1750円の米を買った。

レジで代金を支払おうとしてサイフを開くと2千円だけ入っていた。

5日前は確かに3万円ほどあった。なぜ今2千円なのかわからない。

わたしは浪費家を自認している。いろいろ買うが、内“3部2”は、いつも結果的に不要なものである。

だが、買い物をする楽しさは、このムダ買いの3部2にこそあるように思われる。

絶対に必要な3分1の購入は、感覚的には買わねばならんという脅迫感・義務感に汚染されている。

ムダ買いの3分2は、これがあれば楽しいかもという夢の分野に属している。

このあたりのことは、思えば、ゆりたろうが得意とする範疇だ。

ゆりどんの場合は“5分4”がそれではなかろうか。

彼は、あげくが、その得意技を商売に昇華させている。

トレーディングカードを売る商売だ。

この商売は、彼だからこそ出来るので、決して余人では出来ないのではないか。

ある種のコレクト趣味の心情を性格に掴み得てこそ可能な商売だ。

実用品を売るのじゃない、不必要極まるムダを売る商売である。ムダを承知で商品を仕入れ、ムダを承知で買おうとする人らに売る。こんな商売は、3分1あるいは5分1に生きる者らには、決して出来ないだろう。

5日前に3万数千円あったのは確かである。

だってその日、預金を3万円おろした。

昨日米を買って最後の2千円すら無くなった。

わたしは、ゆりどんの友人。

だから、サイフが空になっても、けっして落ち込んだりはしないのである。

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2006年3月19日 (日)

留守番

かみさんがお出かけして今朝で3日目になる。

わたしと飼い犬2匹が留守番だ。

初日・二日目は、犬らは終日二階への階段下で、かみさんが下りてくるのを待っていたが、ようやく二階にも居ないらしいとわかったようだ。今朝はもうここへは座らない。

ただ、妙におとなしい。

で、気が付いたのだが、犬らはポケ~としていて、ぜんぜんホエない。

ほえたくないみたい。

いつもならわが家の前を行く人たちへ、みさかい無くワンワン吠え掛かるのだが、ポケェ~と見ているだけ。

昨日は一日中雨が降っていたせいもあろうが、今は陽射しがあって、ときおり人が通るが黙って見過ごしている。

彼らの朝ごはんを、かみさんの見よう見まねで作って与えたら、しら~とした目でわたしを見て食べようとしない。

なにが、どう違うのかわたしも判らんからほったらかしていたら、そのうちに飯皿は2皿とも空になっていた。

2匹が均等に食べたのか、大介が独りで2皿食べてしまって、小介は腹を空かせたままなのではなかろうか。大介は肥満体。小介は痩せのイケメンである。

かみさんが造り置いたわたし用の味噌汁は、もう一椀分しか残っていない。

ご飯は今朝全部食べ尽くしてしまった。

昼は、即席ラーメンにしようと思う。

夕飯は、カレーライスだ。

米を新たに炊いて飯を造る。鍋にいっぱいカレーの具が造り終えてある。コヤツを飯にぶっ掛けて食うつもり。

犬らには何を食わせようか?

彼らは、カレーライスは食わんのではなかろうか。

難儀だ。

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2006年3月18日 (土)

覚醒中

人生の3分1は寝て過ごす。

もったいないことだ。

性欲・食欲・睡眠欲の内の“性欲・食欲”についても、やっている最中は、食っている最中は、我を忘れている。この時間帯自分を失っているという意味では、もったいないことだ。

もったいないのは他にもあって、トイレ・咳・ゲップ・クシャミなどに費やす時間だって、もったいないといえばもったいない。

なかでも際立ってもったいなく思われるのが、酒呑んで酔っ払った時間である。この間ほぼ正常な自分を失っていて、バカなことばかり考えたり、変なことをしでかしてしまったりする、酒に失う時間・意識こそが人生における最大の損失であろうと思う。

釣友二郎ちゃんと、艇友bどんと、RANDOM仲間の某農業家(最近は“お百姓さん”の言葉は差別用語とされている)RAどん等は、下戸であってこの酒の悪からは無縁の方々である。で、われら上戸が時間を無為に失っている間、常に彼等は覚醒しており、まことに油断のならぬことだ。

昨晩は、とうとう酒を1滴も呑まなかった。いつもなら夜中にノドが渇いて、あるいはトイレの用を思い出して、幾度か下界(わたし2階で休んでいる)へ下るのだが、昨夜は熟睡し、今朝まで一度もそういうことがなかった。

9時前に目覚めて、飼い犬2匹を連れて朝の散歩を済ませ、彼等に朝ごはんを与え、わたしも食べて、そして今、10時半である。

かみさんは昨日から数日間家を留守にしている。

わたしは、当然のことながら、そのことをヨォーク承知しているが、飼い犬ら(2匹・シーズー犬♂)はわからんようだ。彼等に判っているのは、わたしは今朝2階から下りてきたが、かみさんはまだ下りてこないってことである。

「アレッ?オレ、油断している間に、ママは降りてきたのかな?」

と、ふっと思ったりするらしい。

と、階段下に座って上を見つめていたのが、クルッと身をひるがえし、そう広くも無い1階のあちこちをひとしきりかみさんを探して走り回り、また、階段下へ戻り上を見つめて座り込む。2匹が概ね同じ行動をとる。

なんでやろ?なんでママは、下りてこんのやろ?

わたしだって、ときにフッと、勝手が違う家の中の様子にとまどうことがある。

アレッ!と、思う。

だがしかし、わたしの場合は、階段下に座って階上を見上げたりはしない。

わたしはただいま覚醒中である。

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2006年3月17日 (金)

美酒礼賛

只今わたしは重大な岐路に立っている。

今年に入って第二回目の“暫時断酒”に挑戦しようかどうかを決める岐路に立っている。

昨夜はNHK衛星第二TVでゴットファーザーを観たが、その間、ずっとウイスキーを呑んでいた。

シコタマ呑んで⇒酔っぱらって⇒フラフラしながら風呂に入って、

⇒「ヨシ!只今からしばらく断酒する。最近明らかに酒の呑みすぎだ」

と、決心した。

その時以来、今までで、約19時間経った。

今、俄然酒が呑みたくなった。

昨夜の決心は、今、ここへ書き出すまでは、未だ誰にも一切他言していない。

だから、昨夜の決心は無かったことにしてウイスキーを舐めたって、だぁれも、なぁ~んも言わんだろう。

と、すぐにでも断酒は中止しようかと思った、…が、未だしぶとく土俵際に踏みとどまっていて、断酒中だ。

アルチュウになると、手が震えると聞いている。

が、手はまだ震えない。

このまま断酒を正規に誓ってしまっても、なんとかなりそうな気がする。

わたしは、たまたま昨夜断酒しようかな、と、酔っ払ったときの勢いで思ったりしたのだったが、未だ正規に断酒の誓いを立ててしまったわけではない。自由の身だ。

その栄えある自由のもとで、“暫時断酒”の誓いを立てようかどうかを迷っており、ついては、ケジメのため、今から一杯呑んで、断酒スタートの日時を明らかにしておこうかと思ったりする。

あぁ、まだ、断酒は継続中。

今夜もNHK衛星第二TVで、ゴットファーザーがある。昨夜に続く第二部の放映だ。

シラフで観ることができるだろうか?

かみさんが出かけている。今日からしばらくの間、わたしはヤモメ暮らし。

わたしは、かみさんが留守のこの機会を利用して“暫時断酒”に挑戦しようとしている。

かみさんが留守なら、彼女が目の前でうまそうにビール呑むのを、ジッと耐えて見守る苦痛を味合わなくて済むじゃないか。

かみさんは、自分が留守の間のダンナの慰めに、酒の肴を各種用意し終えて出かけた。

出かける前に、手柄顔で、肴のアレコレを示して見せた。

その内の幾品かは、既に、眼前にある。

左手前方、腕を伸ばせば掴める位置にウイスキー瓶が待機している。

視線を右向こうへ逃がすと、本醸造「高野山」が見える。ユネスコ「世界遺産」登録記念の美酒である。

わたしは、只今、重大な岐路に立っている。

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2006年3月16日 (木)

距離測定

自分の考えの当否を判断するのには、大きく分けて二つの方法があると思っている。

1. 他の多くの人たちはどう思っているかをよく聴いて、

 ⇒自分の考えと多数意見とが同じであれば自分の考えは正しいと判定する。

2. むしろ自分とは全く違った考えを持つ人の意見をよく聴いて、

 ⇒反対の立場から自分を充分見直して後、再度自分の考えを正しいと確認する。

民主主義は多数決でしょう。1の方法が主体だ。

だが、野党側は、概ね2の方法で質問し文句を言う。反対論者は2だ。

だが、だが、

政権与党の総裁でかつ総理大臣であるコイズミ氏は、反対勢力に囲まれて、たびたび、

「いろいろな意見があることはいいことです、シッカリ議論すればいい。だが、最終的には(わたしの考えに)賛同してくれると思います」

と、言う。

って、ことは、コイズミ氏は、上述2の技法も楽々こなせるお方ってことか。

少なくとも、付和雷同的性格の人ではないですな。

わたし、退職前は某地方自治体の事務職員だった。当時のことを思うと、右を向いても左を向いても、同僚等のほとんどは1タイプだった。1こそは役人の処世術って感じかな。

残念ながら、わたしは、どちらかというと2のタイプ。

同僚等のなかに、ときに話の分かる人がいて、この人ひょっとしたら2タイプ?

…と、そのつもりで付き合うと、やはり1のお方だったことが多かった。

1タイプは、言ってみれば自分ってものが無いに等しいと、わたしは思うがどうでしょう。自分をいったん他人というカガミに映して、その後、その人からの受けが良いか悪いかを窺がい観て、良き方に従おうとするに等しくはないですか。

2タイプは、言ってみれば我の強い協調性に欠けたタイプでしょう。確かに自分はしっかりある。が、他の人は、その人のことをあまり評価しないかも。すくなくとも評価し難いと思うに違いない。

要するに、

1と2の兼ね合いがホドホドなのが、よろしいわけだ。

わたしは、1的性格<2的性格。あまりよろしくないってこと。

で、

友人等をみるに、みなさん、1的性格≧2的性格 です。

>じゃなく、≧です。=が入っている分、なんとかわたしも彼らの仲間に加えてもらえる余地があったってこと。

なにを話そうとして、こんなことを言ったかというと、以下のインターネット・サーフインのことを話したかったからだった。

たびたび取り上げる内田樹先生の神戸女学院大学のご同僚に石川って先生が居られる。この先生の考えは、わたしと真反対みたい。真性2タイプの先生だ。

わたしだって生半可ながら2のタイプ。

わたし、氏のホームページの閲覧に、最近どっぷり浸っています。

浸るほどに、この先生の考え方から、わたしマスマス離れて行く。離れはしますが、この距離間を、わたしなりに測定するのがこれまたメッチャおもしろい。

http://web.digitalway.ne.jp/users/walumono/ です。

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2006年3月15日 (水)

日本は色眼鏡

わたし“魚釣り”のことや、“日本一周”や、“メダカ釣り”などで、幾度か報道関係者のインタビューを受けたけれど、必ず発せられる質問があって、これをクリヤーするのがしんどうてたまらんかった。

「○○は、あなたにとってなんですか?」って類の質問だ。

これって、インタビューアーにとっては超便利な問いかけかもわからんが、問われた方としては、超ムツカシイ質問だ。

インタビュー、「『メダカ釣り』って、あなたにとっていったい何ですか?」

わたし、「エッ、…おもしろがっているだけだけど、ムニャムニャ…」

インタビュー、「いや、そうじゃなくて、あなたにとってどういう意味がありますか?」

…はは~ん、“わたしの人生そのものです”ってことなどを言わそうとしているな…

わたし、「そんな難しいこと、いちいち考えてやっとるわけじゃない。あなたが観られたとおりでよろしいです。わたしはそれで充分」

と、このような会話を幾度か交わしました・

わたし、きっとインタビューしにくいオッサンだったのではないでしょうか。

で、最近では反省してそれなりの返事をします。

が、よぉーく考えてみると、インタビューアーがその質問をまず発したのにはわけがあった。

取材目的なり取材テーマなりが先にあって、インタビューアーは、それに見合う事実を必死に探していたってことだ。はるばる取材に来たけど、企画外れではなかったろうかと心配で心配で…、それで、『…って、あなたにとって何ですか?』となった。

要するに、

いろいろお話しても、インタビューアーは、そのままをそう真剣に聞いているわけじゃない。取材企画に合った事実探しに主たる関心は向いている。もし企画にあった事実が無ければ、無理にでも創り上げるまでだ。それがサラリーマン・インタビューアーの腕の見せ所。わたしごとき在野のオッサンの意向などは、ほんとうはどうでもよかったわけだ。経験からすると、わたしが返事したとおりに報じられたことは一度もない。概ね綺麗に脚色されている。インタビューアーが適当に創った部分がだいぶある。

結果、報じられたのを、わたし、見て、

「へぇ~、俺ってそういうオッサンやったんか!」と、ビックリだ。すばらしいオッサンに仕上がっている。こそばゆくて恥ずかしいかぎり。

事実はね、報ぜられたような立派なオッサンじゃありませんよ、絶対に、絶対に。

わたし、既に落ち込んだ退屈なオッサンです。

ちまたに、ニュースが氾濫していますね。最近はバラエティー番組が、ホンネ丸見せ的な画面を展開している。

だけど、すべての報道に、先行する報道目的が、テーマがある。

すなわち色眼鏡のなかで諸々は観られ創られている。

色眼鏡の度合いが強いと、ニセ・メールが観える。

色が取れると、メダカが観える。

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2006年3月14日 (火)

釈然としない日・2

ある限られた状況下で、限られたテーマに絞って議論すると、時に、老人は軽んずべからず、と、なる。

が、ごく一般的には、老人は社会的に邪魔である。居ない方がよろしい存在だ。

釣友の二郎ちゃんは、

以前より、究極の老人学(終末的老人介護のありかた)を研究しているが、

“老人はなるべく早くあの世へ行くのが仕事”

との結論に達したようだ。

わたし、氏の薫陶下にあるから、心底なるほどそのようだ、と、思うようになっている。

が、これを、しつこく“釈然としない”人等がおられる。

中曽根元総理は、若手代議士らの軽率を睨んで、もっとベテラン経験者等の知恵を活用すべきだ、ってことを言っている。

筒井康隆氏は「老人よ書け、動きまわれ」と言っている。

高齢人口が爆発的に増大した国(日本)で、シルバー・バトル制度が導入されたという想定の小説を書いた。70歳以上になると、老人には互に殺しあうことが義務付けられるって制度らしい。で、殺し技法に歌舞伎的な美化を加え、互いに殺しあうって寸法だ。おもしろそうだ。二十歳前後の若い作家への注目をニガニガしく思っての氏なりのブラックユーモアである。

そもそも、

定年ってのは、昔、若い衆がドバッと居たころの、ある種の順送り制度であった。

が、今は、若い衆が足らんのだ。

だったら、その穴埋めは、定年ってことを無しにして、高齢者が頑張るべきだ。

上述お二人のご意見は、つまるところそういうことではないか。でも、インパクトが弱いなぁ。オコボレ頂戴論って感じだなぁ。

オコボレがどうだこうだってことじゃなかろう。

老人らに、“自分の人生は自分で責任を持つって”気持ちがあるかないかの話じゃないか。

でもねぇ~、

そういう気持ちも忘れ去ったモウロク爺さんになったら、後は、どうしましょうか。

徹底的に釈然としませんなぁ。

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2006年3月13日 (月)

釈然としない日

日本一周にはノート・パソコンを持参する。携帯電話を使ってインターネットにつなぐつもりだ。その接続設定は既にゆりたろう氏にやってもらっていたのだが、

…で、繋げるようになっていたのだが…、

…常は、ディスクトップばかりを使っているものだから…、

いざノートパソで今一度インターネットしようとしたら、使い方を忘れてしまっていた。

どうしたら、携帯電話を使ってインターネットするのか、やり方をすっかり忘れている。パソコンの両脇・背面にいくつも穴が開いていて、そのどれに携帯電話を繋いだらよかったのか解らなくなった。

なんとしてもインターネットに繋がらなくて、今日は朝4時から決死の覚悟で、マニュアル書解読に取り組んだ。9時まで必死にがんばってとうとう繋ぐことが出来た。嬉しい!

マニュアル書がそれなりに読めるようになっている。これって実に驚くべきことである。自分でも信じられない快挙だ。

気をよくして、ルンルン気分でマリーナへ走り、艇内への積み込みなどを再開した。

昨日は折り畳み自転車を積み込んだが、空気入れを積み忘れていた。

今日、持って行こうと思っていたが、また、空気入れのことをすっかり忘れていた。

マリーナヘ行く途中三木市の図書館へ立ち寄り、借りた本を返すつもりであった。が、立ち寄るのを忘れて、マリーナへ直行してしまった。

で、帰路、今度は忘れずに帰路図書館へ立ち寄ったのだったが、図書館の駐車場に入ってから、その返却すべき本を持ってくるのを忘れたことに気が付いた。

帰宅すると、玄関にその本が置いてあった。

玄関までは忘れずに本を持って出たのであろうと思う。

腕時計をみると今日は3月10日である。しかし、本当は、今日は3月13日。2月は28日で終わりだったのだ。

一瞬だけと、日にちまで間違えるようになったと思い、目の前が真っ暗になった。

明日は、3月14日である。火曜日らしい。どうも釈然としないが、どうしようもないことだ。

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2006年3月12日 (日)

濃霧

昨日(060311)は、小豆島のマナイタへ釣友二郎ちゃんを誘って鯛釣りに出た。58cmが釣れた。

鯛釣りに出たが、マリンギヤーの修復が完全にできたか否かの最終チエックが主たる目的だった。ギヤーは外れなかった。

いまひとつ思わぬ収穫があった。

濃霧中の航行チエックができたことである。

播磨マリーナ~小豆島の間は片道約25マイル。昨日は視界20~30メートルの濃霧であった。25マイル全てをレーダーのみで航行した。もちろんGPSビデオプロター画面併用のもとである。

1  レーダー最短レンジで、天川(あまかわ)を下り河口へ出るが、両岸が画面でしっかり把握でき、GPS画面ともピッタリ合っていて、なんら不安は感じなかった。

2.     川に浮かぶ漁具セットの目印黒球も画面で把握が可能であった。

3.        河口を出て、レンジを0.5マイルに上げる。方位210度を保ち暫時南進すると海苔網敷設の浮標が画面に顕れる。シッカリ把握が出来た。

4.        レンジを1マイルスケールに上げる。と、点々と、他船が画面に顕れる。それらが停止しているか動いているか、どの方向へどれくらいの速度で動いているかが判読できた。

5.        レーダーは、視界が充分な時でも、常にレンジを1マイルにセットして、いつも作動させている。イザのときに、レーダ画面と現の海上の様子とを、頭のなかで完全につなぎ理解する習慣をつけるためにそうしてきた。昨日は、実に、この効果の確認であったわけだ。概ねバッチリ照合できた。

l 進行方向1マイル先の他船が近づいてくる。右へ転舵。と、なんと相手船は左へ転舵したもよう。約500m離れている。レーダー画面からは小型艇だと思う。ビックリして減速し(8ノット→3ノット)左へ大きく転舵。画面中の相手船は、画面上ではわが艇の後方に去った。衝突の危険は去った…と思った。実際にも衝突などはしなかったわけだが、わたしは大いに反省した。まったく視界の利かない濃霧のなかでの手動転舵は非常に危険であるってことがわかった。周囲の遠景が視野にあれば自艇と相手船との位置関係が、それぞれの進行方位・速度を了解しあいながら、衝突回避の転舵が可能だ。

l  だが、濃霧のなかでの手動転舵は、結果的に一点での単なるグルグル回りになる可能性が高い。完全に自艇の進行方位を見失う。これでは一点に止まりグルグル回りしている間に、他船は近づき、あげくは衝突する恐れがある。

l  で、濃霧中の操船は、わたしは、オーパイ(オートパイロット・自動操船装置)にゆだね、針路方位微調整装置を操作して衝突回避に必要な回避方位を打ち込むことにしようと思った。オーパイなら、指定方位を微調整すれば、方位を変えた後ただちに直進方位を保つ。これならグルグル回りは避けられる。

6.    実は、河口を出て、レンジを1マイルにセットして以来、ずっとオーパイ航行していたのである。衝突の可能性が生じたので手動操船に切り替えたのだった。切り替えるべきではなかったとわかったってこと。

7.        画面上での大型本船と小型船の区別は意外と難しいが判読は可能である。だが、判読した当の大型本船の態勢は判読困難とした方が無難だ。微速前進?後進?停止中?これが判読し難い。わたし、昨日は相手方大型本船は霧中停止していると思った。が、わが艇側へ微速前進だったようだ。停止中と思ったから平気で側を走り抜けるつもりであった。500mまで近づいた船影に油断していた。と、突然ボウワァ~と大きなホーンを食らった。と、いきなり艇フロントガラス全面に巨大な壁が顕れた。船影自体はレーダ上でしっかり把握していたから、落ち着いて回避。しかし、ヤバかった。

8.        上述7で不用意に油断していたのは、実は、マリンVHFを16チャンネルにセットしていたせいでもある。大型船は、自船に不用意に近づく他船を発見すると、警笛を鳴らす他、この16チャンネルで警告無線を発することが多い。わたしは、このチャンネルに聞き耳を立てていた。だが、大型船は無線を発しなかった。

9.        昨年はレーダーが故障し、霧中航行にとても難儀した。今年は北海道の濃霧をレーダーで乗り切ることになる。これからの春の瀬戸内海は霧の出やすい海だ、まだまだ稽古が必要だ。

最後に、

実は、昨日、この同じ状況下で、釣友ゆりたろうは、レーダーを積まない20Ft船外機艇で往復走りぬいた。航行技量抜群と言うべきである。技量もさることながら精神力が生半可じゃない。

やってみれば判ることだが、真っ白な綿のなかに首を突っ込んだような状況下である。このなかを、25マイル先の目的地へ、ただ独りコンパス頼りに正確に行き着くことは並みの精神力で出来ることではない。鯛が釣りたい一心で成した事とはいえ、すごいことである。だが、危険が過ぎる。わたしは叱りおいた、

「子供等を、おっかぁを、泣かす気か!」

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2006年3月10日 (金)

準備作業 VS 小豆島の鯛

昨日も今日も午後からはマリーナで過ごした。

5月からの日本列島一周の準備作業に取りかかっている。

しょうしゃな豪華艇が多数上架してある中、モサッとしたのがわたしの「はまちどり」艇。

艇の両側舷に大きな俵のようなフエンンダー(防舷材)がくくりつけてある。キャビントップは西部劇の駅馬車のようだ。すでに大きなカゴがくくりつけてある。籠の中には予備ロープが200m。その他、屋根には無線アンテナが3本。レーダー、拡声器、警笛、GPSセンサー、夜間航行灯など等がある。本番ではここに「夢・日本一周」の看板を取り付ける。

いささか早いが本番並みの積み込みを始めている。

列島周航への出発までは、まだひと月半もある。

だが、わたしは、出来るだけ早く出発体制を整えて、その状態で、からだ馴らしも兼ねて沖で試運転を重ねたい。常は、魚釣りにかまけて操船訓練をなおざりにしている。周航時の操船は魚釣り時のそれとは別種のものだ。だって列島周航時は、時化たときの外洋航海にも耐えねばならん。その気になって、今一度、シッカリ艇を身に馴染ませておきたい。

また、とっさの時、瞬時に、必要な物を取り出せるようにもしておきたい。

装備品一式完載の状態で、少し時化気味の海に出て、いろいろなことを身体で覚えておくことが肝要である。

あれこれ積み込みつつ、あれこれ思いつつ、マリーナの他の艇をみると、どの艇も身軽でしゃれた感じに見える。住む世界が違うのだ。立ち向かおうとする海況が違う。

気持ちの持ち方が、物の見方を、はや変えつつある。

サラリーマン当時の油断に満ちた軽々しい気持ちを反省する。

当時は、自分では、結構真面目に仕事をしていると思っていた。だが、実は、閉塞感に満ちた窮屈な職場環境に耐えることに精力の大半は割かれており、仕事へ立ち向かう余力はほんの少ししか残っていなかった。

これ、すべて気持ちの持ち方がなせる技である。

拘束された窮屈な職場環境云々は、自分の気持ちの中だけに存在したマヤカシ。それは、気持ちを切り替えれば、一気に消え去るマボロシ。そんなことが今頃になってやっと分かる。

2時間も上架中の艇に取り付き、キャタツを上り下りしたらシンドクなった。

やる気はあるが身体が付いてこん。物忘れがひどい。キャタツ上下回数の大半は、

“一つ仕事をしたら、一つ用事を忘れる”と、この、老人特有の物忘れがなせる技である。

難儀だ。

作業途中、ゆりたろう氏から、今日の、釣られ氏の釣果現認報告が携帯に入った。

「釣られさんが、今、港に帰ってきました。山のように鯛を釣ってますよ!50cm60cmが60枚以上!わたし大きなのを2枚もらった。明日は何が何でも鯛釣りに行かんとあきませんよォー」

うわずった声だ。聞く方のわたしもうわずってきた。脳味噌中に鯛の大群が泳ぐ。

列島周航準備はしばし休憩。

明日は鯛釣りに出ようと思う。

二郎ちゃんを誘った。

いざ、小豆島へ!

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2006年3月 9日 (木)

閲覧障害について

このブログは、http://homepage1.nifty.com/hamatidori/から発した物なのですが、実は、http://www.hamatidori.com/ でも、同じ画面が出るように作ってあります。

が、しかし、今朝から、サーバー側で何らかの障害が生じたようで、後者のアドレスでは閲覧が出来なくなっています。

前者のアドレスはシッカリ展開します。

現在、同じようなホームページ閲覧障害が他でも生じているようで、サーバー(ニフティー)側で目下調査中だとの連絡を得ています。

ご心配をおかけして、申しわけございません。

以上、ご報告まで、

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2006年3月 8日 (水)

高性能魚探

釣友ゆりたろう氏は、ITに強くて、元来がプロパソコン師なのだが、魚釣りの方もだんだんパソコン化してきて、このたびはとんでもない魚探を仕入れたようだ。

むちゃくちゃ良く映る魚探とかで、ちまたの釣り師らが羨望のまなこでゆりたろうを仰ぎ見ておる。

反面、わたしの魚探ときたら、海底がかろうじて判読できるだけで、海底から水面までの間にはなぁ~んも映らん。

魚探の深度設定とか、雑音除去とか、いろいろな操作を試みたら、なんとか砂粒様のものが映るようにはなったが、とてもじゃないがゆりたろう氏に観せられた代物じゃない。

はまちどり艇には、もう一台魚探がついていて、およそ20年まえの初期魚探だ。スイッチオンにしておくと、時々映る。常は画面が乱れ、深度設定が勝手にメチャクチャに動き回り、なぁ~んも判らん。が、どうした拍子か短時間間違って映ることがある。

と、そういう状況にあっても、最後の一台がかろうじて作動し、なんとかボーズを免れる。感という完全自動設定の魚探。最近はこれも狂いがちでまっこと弱っとる。

宝くじを買った。

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2006年3月 7日 (火)

凪なのに…

今日も、明日も、瀬戸内海播磨灘はベタ凪なのだけれど、「はまちどり」艇の所属マリーナは火曜・水曜がレンチャンの休業日です。

マリーナ業界は寡占業界のようですから、わたしどもは、「その連休は辛いなぁ~」なんて言えません。マリーナの入り口には頑丈なカギが掛っています。合鍵をもらっていて、なんとか構内へ入れはしますが艇の上げ下げができない。

と、言うわけで、今日、明日は、ムズ痒い日を送るってことになる。

tomiko_001 せめて釣場の写真でも眺めましょう。

これは、3月4日(土)の小豆島北東角マナイタ瀬の様子です。

写真は北側から南側を向いて撮ったが、撮影時は左右はもとより後ろ側にも、たくさんの艇がいたわけで、およそ300艇近く居たろうと思うが、目がチロチロして数え切れなかった。

地合いになりますとね、前後左右の艇艇艇々々々…で、竿が曲がり、タモがサブー、サブーと、海中に突っ込まれ、大判小判を掬い上げます。ほぉ~ら、ええ気分でっせぇ~。

この日、帰宅して、釣ったのを数えたら15枚だった。最高は52センチ。最低は手のひら。こんなのはリリースするのだった。可哀想なことをした。

味ですけど、40センチ程度がいちばん美味しいです。刺身が甘くてメッチャ旨だ。

あぁ、明日も凪なのに…、

鯛が待っておるのに…、

シャクだから、いつもの悪らを引っ張り出して、チー、ポン、でもやりましょうか。

イライラしておると、また、負ける。 チョンボでまた罰金強奪される。心して掛らねばならんですなぁ。

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「春夜」

3月5日の「きっこの日記に、蘇軾の七言絶句「春夜」があげられ、きっこ氏の訳文が添えられていた。

いささか物足らなく思うので、以下、☆本当の読み方☆ を、紹介したい。

漢詩原文 ⇒ きっこ氏の訳文 ⇒漢詩の読み ⇒ ☆この漢詩の本当の読み方☆

「春夜」
 春
 花
 歌
 鞦

「春夜」  きっこ氏の訳


 この春の宵は
 何ものにも変えがたいひととき
 やわらかい花の香
 月を渡りゆく雲
 どこかの屋上からは
 微かな歌声が流れてくる
 街角の小さな公園には
 誰かが揺らすぶらんこ
 ゆるやかに夜がやって来た

<読み方>

しゅんしょう一刻 あたい千金

にせいこうあり 月にかげあり

かかん楼台 さいさい

しゅうせん いんらく よるちんちん

     この漢詩の本当の読み方☆

まず序論

96年まで北海道大学文学部の教授だった中野美代子氏の著書「奇景の図像学」に、「鞦韆のシンボリズム」(ポルノグラフィーと中国庭園)の一文がある。11世紀北宗の蘇軾の七言絶句「春夜」が取り上げられている。

教授は中国文化の専門家である。古代中国から現代の中国に至るまでの中国人の意識構造を語らせたらこの方の右に出る者はない、と、わたしは思う。

と、その大教授が説かれる「春夜」は概ね以下のとおり。全文紹介は長すぎてどうにもならんから、波平流にくだいて注釈。

香あり 月に陰あり

⇒女性そのものを言うと教授は指摘。月の表面の陰は、中国では陰のシンボル。

管の管は、「笙管」ともいい陽根についてのありふれた隠語。

台は、大邸宅の中庭に建てられた二階建ての豪壮な楼台。

、いわゆる喘ぎ声。そうです、いま盛んにやっとるところ。

韆は、ブランコのこと。女性の遊具。大邸宅の中庭には当時は必ず設けられた。

これに女性を乗せてこがし、すその乱れを眺めて楽しむが、興が進むと女性をブランコに乗せたままの状態でナニに及んだ。ブランコの揺れがまた趣を深くするようだ。

名人は、緩やかにブランコを揺らし、自分は仁王立ちして待ち受け、スッポン・スッポンの出し入れを楽しんだ。それをまわりではやしたてて宴に添えた。ホンマかいな??(そういう様子を伺わせる絵がたくさん紹介されている)

落は、中庭のこと。中国では邸宅内に四角い空間を作り、これをもって自分を天地の主になぞらえる趣向があるそうな。

中華思想の発展形かな。部屋内の秘所でこそこそナニするってことより、この中華思想の体現者として、満天の星のもとでブランコに挑戦って豪気ですなぁ。

沈は、…と、そうやって夜が更けてゆくってこと。

なんと、これであってこそ、春 金 ってわけだ。

なお、誤解が無いように言っておきますが、わたし、まだ試みてはおりません。もうやる気も無いしね。

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2006年3月 3日 (金)

ウイニングラン

先のオリンピックで金メタルを取った荒川選手は、授賞式後、日章旗を手にリングをウイニングランしたそうだ。日の丸に身を包んでみせたりしたそうだ。

だが、この情景はNHKによって故意にカットされた。日本国内には報じられなかった。

NHKは、荒川選手のこの行為を、国旗に対する冒涜だとでも思ったのだろうか。この光景がリング内に舞う間、NHKのテレビカメラはおよそ10分間にもわたり、無味乾燥なリングの壁を画面に流し続けたのである。

NHKは、事実をそのまま報じるという、ニュース本来の使命を忘れている。

NHKの価値観に合う光景をのみ追っている。NHKの考え方にこそ価値があると思っている。本末転倒だ。“ニュースは事実”これを間違えてなんとする。

わたしは、NHKに抗議のメールを発した。

おまはんの考え方なんぞ聞きたくないわいと。

ほんとかウソか、ありのままに伝えてもらったら、それでええのじゃわい、と。

わっしゃ、NHKのニュースには、もうニュースとしての価値は認めてヤンナイ、と、。

受信料を、もう払いたくはなくなった、…と…、伝えた。

NHKの電波技術は、きっと優れているのであろうと思っている。

だが、コンピューター・グラフィック技法をこれみよがしにみせびらかし、不必要な画面をつくり、ひとりよがりな画面を見せるのは止めてもらいたい。コンピューター屋の遊びには付き合いたくない。

また、

NHKは自作番組のPRをたびたび流しているが、その広告料は、誰が、どこに、払っているのか?無能なディレクターの作った番組を、番組PRの威力で、視聴率をあげようとする魂胆か?自局の番組のPRを視聴者に断りも無く流すのは止めてもらいたい。流したいなら、視聴者から受信料はとるべきではない。民報となんら変わる所は無い。

ニュースは、事実をありのままに報じることがその使命。NHKは自分の好みで、意に添う事実だけを報じている。けしからんことだと思う。

受信料不払いに徹底ガンコ張りたいが、我が家はケーブルテレビなので、否応無しに徴収される仕組みである。それがしゃくだ。

ウイニングランをカットした責任者出て来い!

わしゃ、そういうのを観たかった。

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2006年3月 2日 (木)

今日の予定

「きっこの日記」(超人気ブログ・わたしも毎日閲覧している)に、Gyaoの査定で、2億円の値がついたそうだ。きっこ氏は、売る気はないと言い切っているが、2億円の誘惑からはたして逃げ切れるかどうか。もし逃げ切れるとしたら、売った後の管理がシンドイってことじゃないか。2億円の価値は、既に書かれた日記に付いたというより、これから後の展開につけられたのであろうから。

それにしても、将来の未定形原稿に、2億円の価値が付けられた作家なんて今までに居たことがあるのだろうか。スゴイとしか言いようが無い。

この「きっこの日記」の作者だけれど、

知る人はしっているのだろうが、未だに誰だかわかっていないと、一般にはそう思われている。わたしも当然知らない。いろいろ推測してみるがさっぱり正体がつかめない。

“きっこチーム”ってシンジケートがあって、都内のどこかに毎夜毎夜集まり、情報検討会をひらき、テーマを確認し、いったん乾いた原稿にした後、チャラカシ文体の得意な女性の手で一気に書き上げられているのではなかろうか。

わたし、最近、インターネット・サーフィンにハマっていて、毎日閲覧せずには済まされないサイトを10件ほども抱えている。それぞれが個性豊かで、味わい深く、おもしろい。

読みすぎると、これらの圧力に負け自分を失いそうになる。わたし、生来非常に感化されやすい性質だし、年とともに涙もろくなっているからなお更だ。このなかで、特に感化されているのが、この日記…、

ルルルルル…、電話・電話・電話…

“もう帰る”氏から、マージャンのお誘いだった。なんと、まだ朝の9時前だよ。“もう帰る”氏、やたらハッスルしている。

<今日の予定>

この書きかけを⇒ブログに載せ⇒朝飯食って⇒マリーナへ艇の掃除⇒学園都市駅近くの三弦師匠宅で尺八合奏⇒自宅へ駆け戻り⇒急行バスで三宮出て⇒ジャン敵にしゃぶられ⇒しょげて帰宅……このところ負け続けですわ、

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2006年3月 1日 (水)

補足します

「雨という諦観」に少し言葉を補足します。

さきに、どうしようもないことだ”って思うのは、ひとつの諦観だと、わたしは言ったのだったが、

⇒失敗のつど、“どうしようもないことだった”とだけで済ませて良いはずはないよな。

これでは、どこかのメールの読み間違いとまるで一緒だ。反省が無いし、責任の自覚がない。

こんなええかげんなオッサンを、だれが信用したりしますか!

でもねぇ~、

つまるところは、どうしようもないってことでしょう。だったら、徹底的に、ここに突き当たること、このことを言いたい。

なんとかしのぎようがあると思う間はダメだってことですよ。

わたし、徹底的にダメな男だから、これがわかりますよ。

だれかさんらのことだけど、ええかげんにすぎますなぁ~。

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雨という諦観

深夜にザアザア大雨が降って、今(昼前)は多少おさまったものの、まだ雨は降っている。この調子だと今日一日ずっと降り続くのではなかろうか?

空は、なんとなくモヤァ~としているだけで、特にどうこう言うほどの空じゃない。ごく普通の曇り空。この空のどこに、これほど降り続く量の雨水が浮かんでいるのだろう。

今日は、マリーナへ出向き、艇の掃除でもしようかと思っていた。

明後日午前中に、東京から月刊誌「ボート倶楽部」の取材陣がやってきて、「はまちどり」艇を取材するそうだ。4月発売の5月号特集記事のひとつに、わたしの5月からの“日本一周”を取り上げる算段らしい。

ホンマかいな!

わたしとしては、もっけの幸い。絶好のタイミングである。

周航先の港々に、ひょっとしたらこの雑誌の読者が居られるかも。

「あぁ、あの艇がやって来たのか!」と、思ってもらえるかもわからん。

そしたら、まさか、「ここへ来たらあかん!すぐ出て行け!」なんてすげないことにはならんのでは…と、思う。

通行手形として、印籠として、この月刊誌「ボート倶楽部」5月号が、役立つような気がする。ありがたい!

で、多少なりとも、掃除などして艇の見栄えを良くしておきたいわけだが、この雨ではどうしようもない。

掃除が必要と思うなら、もっと事前に余裕をもって、今日明日を待たず、きちんと済ませておけばよかったのだ。

と、そう思うが、これまた切羽詰るのが好きな性分だから、どうしようもないことである。

わたし、言い訳するわけじゃないが、と、言いつつ、言い訳するが…、

この“どうしようもないことだ”という考えというか、諦観というかのものは、わたしの実力の核心をなすものだと思っておる。

なにを望んでも、今まで、まともにかなったことはなぁ~んもなかったのである。

いつだって底辺にへたり座って、なげくのだった。

が、そのつど、ドッコイショと立ち上がってきた。

どうしようもないことだった、と、思いつつ。

わたし、わりと気楽にそう思うことができる性分である。こういうのを実力とはいわなかったか?

要するに、今日は雨で、艇の掃除に行けないのだ。

どうしようもないじゃないか。

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