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2006年4月

2006年4月30日 (日)

4月末

外海は4㍍のシケだが、ここは完全に風裏の奥まったところだ。あまりシケの実感はない。それでも、時折突風が海面を叩きながらやって来て艇を岸壁に打ち付ける。艇の岸壁に面した側にはフェンダー(防舷材・クッション)をぶら下げている。だから大した衝撃は無いが大仰にガッポンガッポン揺れる艇はおさえるべくもない。
艇内では船長がはやから酒に酔ってフラフラ揺れている。

もう寝ようかと思う。 夢に酔い酒に酔いして4月末

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珍埼村異聞 2

戸数約50。住人約70。ここ2・3年で20人ほど減ったそうだ。老人が施設に移ったのが大きな原因。残る者らも老人だらけ。だんぜんバァさんが多い。他で働いていて定年になると爺さんは村へ戻りたいと言う。バァさんは、あたしは嫌だと言う。わたしは定年になって戻ったと某爺さんは言った。この計算では、ジイチャンの方が多くならないとおかしいが、これが居着きか難しいらしい。物価が高い。病院が無い。

ウグイスが鳴いている。トビが舞っている。牛が山をほっつき歩いている。話のジイチャンはサザエを捕っている。

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珍埼村異聞 1

ナマコを捕って食ってやろうと長い竹にヤスをくくり付けたが、風で水面が波立ちナマコが見えない。

山の中腹の道で朝から車が盛んに警笛を鳴らしている。曲がりくねった道。対向車同士鼻突き合わせて意地の張り合いかと思っていたが、どうもおかしい。昨日のサザエ漁の爺さんがやってきたので問うてみた。
「牛を呼びよります」とのこと。
山を幾つかに分けて牛を自然放牧しているそうだ。警笛は牛に餌をやる合図。配合飼料をウンと食わせて早く太らせるのだと言う。
珍埼村が見えてきたぞ!

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2006年4月29日 (土)

珍崎村外れ船溜りの夜

隠岐・浦郷港は、島根鼻(湾のなかに鼻のように突き出ている小山)の西側と、真ん中と、頂上に国民宿舎国賀荘が見える丘の東側の3箇所に大別できる。

わたし、最初はわけが分からんから、真ん中の、大型フェリー乗り場のすぐ横に艇をつけた。上陸し釣具屋のありかを付近の人に尋ねた。餌と氷が欲しかった。

餌と氷だけなら漁協の荷揚げ場にあるとのことだった。大型フェリー乗り場の裏側がそこだった。

で、買って、艇に戻ったら背広の人がやってきて、ここはフェリー離着岸の邪魔になるから向こう側へ移動して欲しいという。邪魔にならぬ程は離れて着けたつもりだが駄目だという。もう少しあちらへ移動しろという。で、ハイと答えてそうしようとすると、

「わたしはここを移動してもらえればそれでいいのです。わたしは、この向こう側のことは知りませんよ、運搬船がよく着いているような気がするけど…」

“背広人”ってのは嫌だね。以前のわたしを見る思いがした。

「ハイ、ありがとう。別の場所に移動します」

実は、メル友のN氏が、ここ隠岐のお方である。岩牡蠣の養殖をやっておられる。氏にお願いして係留場所を用意してもらっていた。

今、その場所で、パソコンをいじっている。珍崎村外れのさびしい無人船溜りである。氏はこの村のお方だ。珍崎村は約30~40戸の小さな村で、離島隠岐の西の島のなかの陸の孤島といった場所。その村はずれのまったく無人のさびしい船溜りだから人里離れた隠岐にきた実感は実に後鳥羽天皇並みって感じ。正直言ってたまげた。水道もトイレも電気もなぁ~んもないところだ。

ただ、係留するにきわめて安全な箇所ではある。明日は大シケの予想。浦郷湾口には4~5メートルの大波が押し寄せるだろうと漁師らは言っている。上述の“上述の真ん中の大型フェリー乗り場”は、湾最奥ではあるが湾口へ真正面から向き合っている。だが、ここ珍崎の隠れ場は外海のシケから完全に隠れおおせるだろう。

艇に自転車を積んでいる。船溜りの背中の山の高い位置にどうやら道があるらしい。自転車は艇に折りたたんで積んだままである。

なにせ人っ子一人居ない。

ヌヌッ、居た。

いつの間にか船溜りの防波堤のさきっぽに人が居る。竿を持っているような感じ。釣り人かな。今日は土曜日である。

注・N氏の牡蠣出荷作業場がここにある。ごく小人数で作業されているが、みなさん作業場の中。わたしはやはり人影を見ることは無い。今日は土曜日。作業場もお休みらしい。

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サザエ

少し小さいけれどサザエ。ここのサザエは箱メガネで覗いて船の上から突いてとるげな。酒盛り中。

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島巡り

隠岐・道前は三つの島の集まりだ。知夫島・西の島・中の島。わたしは西の島の東岸の入江(浦郷湾)に面した位置に繋留している。
知夫島と西の島との間を赤灘と呼び絶好の釣りポイント。
今日はこの赤灘を抜け出て西の島を時計回りにひと回りした。
西の島に細くくびれたところがあり、運河(?)が掘られている。舟越運河という。巾20㍍足らず。曲がりくねっていて向こう側が見通せない。思い切って突っ込もうとしたら大き観光船かヌッと顔を出した。玉下駄なぁ!!

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迷惑メール 2

受信総数は判ります。たが、発信者と件名表示に1通あたり約1分近くかかるわけです。発信者すら確認出来ていないメールが既に300通ほどもあります。時間的にも経費(携帯電話通信料)的にも、どうにもならんわけです。
せっかくメールを頂戴しておきながら、失礼なことになっていますこと、どうかお許し願いたく存じ上げます。

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いただいたメールのこと

ブログにリンクのメールは艇内で携帯電話接続し閲覧しますが、発信者を画面表示するだけで1通あたり約1分程度かかります。日に100通ほど迷惑メールが入ります。出航前に徹底的に受診拒否処理したのだけどダメです。大切なメールがこれがため閲覧し得ていません。
ブログ・コメントにいただくことが叶えばありがたいです。

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隠岐の夕暮れ

隠岐の夕暮れ

岩牡蠣の出荷作業場前に繋留して二日目の晩を迎える。
魚と一緒に煮るとうまいと言ってタマネギが届いた。
夕凪。ウグイスの声。
タマネギは明日釣る魚が相方になる。

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2006年4月28日 (金)

宅配便は2 時まで

丁度手頃な宅配ネタが釣れたので竿を納めて港へ戻った。35㎝のアラ2匹。これでも料金1060円。写真撮るのを忘れた。凪じゃない。世間は凪だと言うだろうが、ビビりのわたしには凪しゃない。
今日は昼メシが食える。漁協裏の飯屋でサザエ飯。

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天気図と共に

釣友ゆりたろうが毎日夕刻向こう1週間の日別予想天気図をメール送信してくれる。これによって動いている。
今日28日は凪。明日は釣りは出来そうだか長距離航行は控えた方がよさそう。5月2日か3日の凪までここ隠岐道前で命の洗濯。
昨夜は8時就寝〜今朝4時半まで熟睡。体調が旅なれしてきた。

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2006年4月27日 (木)

メル友

メーリングサイトFISHMLの仲間N氏が隠岐で岩牡蠣の養殖をやっている。艇はその作業場前にもやっている。大きな牡蠣だ。とても美味しい。
N氏は酒を呑まなかった。残念!
この作業場から小山ひとつ越えた小さな集落に氏はお住まいらしい。ホントちいさな集落である。そこに、かほどの大人が住む。氏の見識・技術は半端じゃない。
わたしひとり酒を呑み、ひとり喋りまくっていたら、なんとなく夕方になった。セーターを着込んだ。
氏は作業場のトビラを締め自宅へ戻られた。もう見渡すかぎりあたりに人影は無い。

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ゲット

ゲット

隠岐ブリ70㎝

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隠岐 1

隠岐は薄墨。やがて黒々とあらわれた。大波加島を回り込み島前の湾入へ入るつもり。隠岐はもう緑の島に変わっている。

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隠岐へ

5時半出港→隠岐・浦郷
1014hp小雨。始業点検、ビルジに油浮く以外異常なし。隠岐まで37マイル。5時50分、陽は既に正視に耐えず水平線上約20度に昇る。

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2006年4月26日 (水)

食事2

食事2

こういう要領で、

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食事

食事

食い物屋がありませんので伝家の宝刀をぬきます。一合炊き。玉子焼はこれで。酒はイサミ。

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ご飯がデケタ!

一合炊きは初めての試みでした。大成功!美味しいご飯が炊けました。
もし失敗したら困るからラーメンも作った。わたしのラーメンは汁の半分は日本酒です。これも大成功!
片手鍋は、テンブラ鍋だか、フライパンにもなるし、ラーメン用にも使う。 タマゴひとつ、一合メシ、即席ラーメン、そして焼酎伊佐美。 せめて1品オカズが欲しい。

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ブログサーバー遭難

サーバーが新たな記事の打ち込みを受け付けてくれなかったのです。ブログに新たなのが出ないから、事故ったのではとあちこちから問合せがあった。わたしは絶好調です。十六島漁港に停泊です。

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調整試験打ち

サーバー側のメンテにより打ち込みができない状態が続いていました。これはメンテ完了か否かの試験打ちです。

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2006年4月25日 (火)

難航中

波てぇのはどうしてひと波ひと波顔つきが違うのだろう。伊予灘を航行中。
カモメがいっぱいだ(時化て白波が立っている意)。8ノット。
姫島まで15マイル。ここで燃料補給のつもり。

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気圧が

出港時1014hpだったのが1018hpに上昇。凪いだ。20ノット。
松山沖10マイル釣島水道を航行中。釣り船多し。縫って走る。快調。

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6ノット、来島海峡西端を離れる

これより安芸灘へ入る。
明け方はいっとき突風があった。艇内で転がりながら寝ていたがダメだこりゃ。
5時50分出港。突風はおさまったものの波はまだ怒っておる。6ノット。いっちょやったる!と、速度アップ。フロントガラスに波シブキが殴りかかる。6ノットに減速。あぁドンブラコ。

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第一トラブル発生

携帯電話とパソコンがつながりません。つなぐ専用ケーブルをパソが認知しなくなった。メールも、ブログも、開くことが出来ません。ただ、こうして、一方的に打ち込めるだけ。打ち込みは、携帯電話からパソを介さず直接やってます。
艇内泊中です。三時前から突風が吹きまくって艇は大揺れ。25日は凪だろうて思っていたのになぁ。難儀だ。

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2006年4月24日 (月)

神の島

姫島へは行きつけなかった。大三島・宮浦港へ17時着岸。
来島海峡の潮波に翻弄されドンブラコ・ドンブラコ。
1015hp変わらず。水温なぜか14*4度。
ここは神様の島。神さびたポンツーン。周囲に人気なし。

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出港しました

9時07分出港。
1015hp・視界3マイル・波1㍍弱・水温10*5度。
備讃瀬戸を西進中。
15ノット。絶好調。

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2006年4月23日 (日)

明日の出港

艇の出港準備は整いました。少し風邪気味ですが、洋上で養生したら治ると思います。

あとに残るのは、根本的な問題です。

ネムケ(眠気)と、モノワスレ(物忘れ)です。

<ネムケ(眠気)>

定年(60)に近づいたいつの頃からか、勤務中の昼休みの時間には、昼寝をする習慣がつきました。必ず昼寝をする。極端に言うと、起きていようと思っても既に眠っている。

定年後は4年間嘱託勤務しました。昼の休憩時には本格的に休憩室に入って、枕出して毛布かぶって昼寝しました。

仕事を離れて隠居になって、いつも自宅に居るようになって、時には午前中から昼寝をします。午後からもまた昼寝をしたりする。

     周航中の一番の心配事は、“昼寝の時間帯は洋上航行中”ってことであります。

     睡魔と向き合わねばならん。これが最大の心配事です。

モノワスレ(物忘れ)

モノワスレがひどくなりつつある自覚はシッカリあります。自覚自体は、未だ衰えているわけじゃない。

だが、自分はモノワスレがひどくなってきたから、気をつけようとの思いがカバーできる範囲を超えて、“モノワスレ症状”は進行しているような気がします。

脳味噌が小さくなる“何とか症候群”というモノワスレ病があるそうだが、試みに自分の頭を振ってみると、もはや空洞気味の頭蓋骨の中で、小さく固まった脳味噌がコロンコロン転がるような心地がしないでもない。

     周航準備に、アレコレのことがあって、ひとつに集中すると他を忘れたのだった。

     同類のことなら、まとめていっときに片付ければよいものを、ひとつひとつ別個に取り組まねばならなかった。

     たくさんの物を艇に運び込み整理整頓したが、途端に、何を、どこへ仕舞いこんだのか判らなくなった。

     とっさの場合こんなことでは事故につながると思ったから、どこに何を収納したかを身体に覚えさせる必要を感じた。

     で、二月も前から、徐々に運び込み、整理し、毎日マリーナへ通い艇内で過ごす時間を増やしてきた。なのに、未だに、何かをしようとして、都度都度それに必要なものを探しまくっている状況である。やはりアルツハイマーなのだろうか?

いよいよ明朝出港のつもりです。

最後に積み込むつもりのものが幾つかある。

たとえば携帯電話の充電用コード。

燃料軽油の免税券。

持参するつもりの尺八など等。

そうだ、メガネも!常は遠近両用を使っている。航行中は遠くに焦点をあてた少しきついメガネにかけ替える。本を読んだり譜面を見たりはまた別のメガネだ。

播磨灘のいつもの海で魚釣りを楽しむだけなら、まだまだ大丈夫なような気がする。

が、しかし、この度のような航海は、もうこれ以後は自重した方が良いだろうとの思いのかなでの明日の出港だ。

「パパ、そんなことで大丈夫?」と、かみさんが不安がる。

わかりきったことは聞いてくれるな、ほんなもん、大丈夫なわけないじゃないか!

人間50年下天の内をくらぶれば夢まぼろしのごとくなり、

ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか、

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2006年4月22日 (土)

ハミンバード魚群探知機のこと

釣友・ゆりたろうが、自身の楽天上の店(ベースアドレス)で、この魚探を商品として扱い始めた。わたし、彼の勧めでこれを取り付けた。以下はその様子だ。彼に、ヨイショ!のかたわら、新機を得て嬉しくてしょうがないから書き出したのである。

米国製高性能「ハミンバード魚群探知機」は、昨日、専用GPSアンテナを取り付けて、ようやく一応の完成をみた。

今後は、使用しながら、微調整を加えさらに機能アップを図ることになる。

この機種は、ほんとうは、対水速度センサーもセットになっているが、これは邪魔だから付けなかった。カツオ・ケンケン釣りなどの際は対水速度が判った方がベターなのはわかっている。が、エンジン回転を一定に保って具を曳きさえすれば、自ずと対水速度は一定に保てるわけで、センサーが無くてもなんら不自由は無い。対地速度はGPSから取る。対水速度は走る速度で変化する流速変化からの計測する。パドルホイール(小さな水車)で計る。船尾からセンサーを船底下に少し突き出させて測るが、水車にゴミが引っかかるだろうし、藻が生えたりしたら面倒だ、邪魔っけである。ただ、小型艇で、容易に自分の手でセンサーに触れることができて、常に掃除が可能なら、付けていた方がおもしろいに決まっている。潮の向きや流速が計測できて魚釣にはそれなりの武器になるだろう。

専用GPSアンテナのセンサー部分はごく小さな丸くて平たい形だった。昔の、先太の棒状ではなかった。女性がハンドバックに入れて持ち歩く化粧道具のような形。

魚群探知機の画面本体は横にワイドな形だ。横に広い分、二画面が同時に見てとれる。片側に魚探、その横側にGPS連動の地図、あるいは周辺海底の鳥瞰図といったように、好みの画面を組み合わせることができる。

だが、残念なことに、地図ソフトは米国内の地図しか現機にはインプットされていない。で、地図画面は白地図表示になる。ユリタロウに、「おぬしの手で日本の地図を入れたらどうや」と言うてある。ユリどんは、自分であれこれの新規ソフトを開発し、販売した経験がある。やろうと思えば何だって出来るのではないか。

ただ、現在は、そういうわけで白地図でしか自艇位置は表示されない。

しかし、この白地図が、使ってみると極めて使い勝手が良かった。

当魚探の最大特徴は、艇の左右海底の形状を鳥瞰図的に最大150メートル巾で眺めることが出来ることにあるが、眺めていて見つけた漁礁ポイントに画面上マーキングしておくと、その後艇が移動しても、マーキングポイントは白地図上に表示されたまま残っている。そして、移動した艇の現在位置がこれまた白地図上に表示され、マーキングポイントと、自艇の位置関係が一目瞭然である。容易に、マーキングポイントへ艇を移動させることが可能だ。そんなことなら、今持っている俺の魚探でも出来るわい、と、お思いだろうか?

実はわたしもそう思っていた。が、実戦上ではだいぶ違っていた。使ってみて初めてわかった。これは異質な魚探である。

魚探画面はオートじゃなく探査深度を固定して使う方が、わたしには使い勝手が良さそうに思われた。

探索深度をオートにして、探りながら艇を走らすと、海底深度が変化する都度仮面表示深度が自動的に切り替わり、パラパラと絶え間なく画面が切り変わって見辛かった。が、深度を一定に設定したまま走ると、速度10ノットでの魚群探索が可能だった。鮮明な画像が得られた。15ノットでは辛い。だが、ぜんぜんわからんというわけでもない。

実際に魚釣りする際は、トローリング時以外は、艇操縦席を出て艇尾で竿を出すのである。魚探画面は、操縦席から視認できねばならんが、また、釣り竿を持つ位置からも視認できた方が良い。どちらからも良く視認できる位置を探った。なんとか満足できる位置に設置することを得た。

ユリが、この魚探には、画面上で捉えた大きな魚に、ポイントを打っておく機能があるようなことを言っていた。いったん魚探画面から魚が去っても、また戻ってくれば「オッ!あやつが又来たぞ!」って判るってことか?

仕様説明するユリの頭の回転に追っかなくて、これ、いまだわたしに理解できていない分野である。当然ながら、ポイント背負った魚もまだ現認できていない。いつかはそういう画像も捉えてみたいものだ。楽しみなことではある。

試運転も未だ不十分だ。が、早く実戦に使いたくてしょうがない。

腕が鳴る。

魚探が武者震いしている。

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2006年4月21日 (金)

遊びの哲学

昨日、わたしは、このブログ上で一昨日仲間等が催してくれた壮行会のことを語る際、

“わたしの遊び半分の「日本一周」を…云々”

などと語ったのだった。

この“遊び半分の…”の言葉に、奇異な感じを持たれたお方が、あるいはあったのではなかろうか。

わたし、この語り方は良くないかもと思ったが、あえてこう語った。

どう考えても、この度のわたしの「日本一周」は遊びの域を出ないものである。

逆にいうと、遊びの域に徹するところに、わたしは最大の意義を感じている。

いろいろな見方があろうとは思うが、そういうことである。

実は昨晩もまた「日本一周」を肴に知人と一杯やった。

かつて超大型タンカーの船長だったお方と一緒だった。いろいろお話をうかがうのだが、どう考えても、わたしの列島周航は氏のご経験とは比べるべくもない遊びである。海へ対する心構えがまるで違う。

わたしたち釣り人は“魚釣りを通して自然を理解する”と、いったことを何かにつけて話し、これは間違いないと思い込んでいる。

ボートやヨットで海に接することは、海を、海っていう自然を、よく知ることにつながり、だから、おれらはこの意味で自然を愛していると思い込んでいる。

が、違うのではないか?

単に甘えているだけなのではないか?

甘えたい対象が、海が、シッカリ俺等を受け止めてくれることを、期待するってことが、はたして自然を愛することと同じかどうか?

壮途だなんて大仰な、とんでもない!

わたし、恐る恐る凪いだ日にちょっと沖を走ってみるだけのことである。

旅だなんてとんでもない!

わたし、周航途上はひたすら蓄えを吐き出すだけのことである。

本物の旅ってのは、旅の先々で生きる糧を稼ぎながら続けるものじゃないだろうか。

キップを買って、そのキップ料金に見合う距離、乗り物に乗るってことが旅か?

サラリーマン生活で、月々月給を稼ぎながら人生行路を歩んできたのだった。これが旅ってものだ。この間に貯えたいくばくかのカネを、好きな海に費やすこと、これは単なる遊びであって旅なんかじゃない。

だけどねぇ~、

わたし、ことあるごとに言っているのだが、遊びと仕事は、よォ~く考えると、どちらが大切かわからんでっせ。

少なくともわたしは遊びの方へ偏した生き方が好みですわ。

隠居になったこの際、まだ元気なのだから、遊びに偏した生き方を、いま少し極端の側へ誘ってみようってのがこの度の「日本一周」ですわ。

遊びのような、そんな気楽な心構えで大丈夫なのかですって?

大丈夫じゃないですよ!

やっぱ命がけですよ。

もし命をかけるから壮途だってんなら、あるいはそうなのでしょうけど、

わたし、未だ現役でがんばって働いておられるお方たちを前に、“壮途につきます”なんてよう言わんですよ。

天気図を睨んでいます。

来週早々24日月曜日の出港にしたいと思っています。

竹島が騒がしいですね。遊びって感じじゃないですね。難儀だなぁ。

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2006年4月20日 (木)

なぜ?どこで?

昨晩は、仲間らが壮行会をやってくれて、遅くまで呑んだ。

尺八を持参し、無理やりに何曲か聴かせた。

二次会もあって、ここでも吹いたり歌ったりした。

天気予報が夜遅くは雷交じりの大雨だと言ったから、傘を用意して行ったが、帰宅するまで雨は降らなかった。で、傘はどこかに置き忘れてしまった。

傘の柄に「波平」と書き込んである。どなたかのお手元にわたったら、書き込みを削ってお使いいただいて構わない。気にならなければ、名付きのままお使いになっても、わたしは一向にかまわない。

わたしの遊び半分の「日本一周」を、“イイヤ、そうじゃねぇ、壮途だっ”てんで大仰なことになったが、集まって呑むための口実であって、だぁ~れも本気で壮途だなんて思っているわけじゃない。

でも、エールを送ってもらった側のわたしが、白けた顔でそう言ってしまえば実も蓋もない。たてまえ上、わたしも、さも壮途に付くような大仰な顔を取り繕った。皆の酒の肴になった。わたし、肴になるのは嫌じゃない。

集まったのが釣り好きの者らばかりである。何の話をするにつけても、少なめに小さめに話すということがまるで無い。必ず尾ひれつきになる。話し声が大きい。海では、特に船(艇)に乗る者らは皆声が大きい。隠居身分の者らがわたしを含め数名居た。皆、若い者らに負けずデカイ声で話した。

たくさん差し入れ(プレゼント)をもらった。はげましの言葉を掛けてもらった。

きっと、いろいろなことがあったのだと思う。

皆さんと別れた後の帰宅途上、わたしは、どこかでまた尺八を取り出し、吹いたのかもしれない。どうもそのような気配がある。尺八の歌口キャップが無い。大切な譜面が無い。

サイフも無くなっているのでは?

無かった!

探しまくって見つけた。

魚釣りに出る際に必ず持参する別のカバンに入っていた。だれが、こんなところに入れたのだろう?

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2006年4月19日 (水)

前後のこと、上下のこと

ここ二日ほど自宅で静養している。

昨年来生活のすべてとは言わないまでも、生活の主たる関心事を「日本一周」置いてあれこれやってきた。ようやく準備をなし終えてホッとしたら疲れが出た。

ふと思う。

列島周航を終えて帰宅したら、腑抜けになって落ち込むのではあるまいかと。

浦島太郎になって、後世、ウスボンヤリ過ごすことになるのではあるまいかと。

3月上旬に月刊誌「ボート倶楽部」の取材を受けた。

5月号特集記事のひとつ「ボートで輝くわたしの人生」に、わたしのことが載った。

あぁ、そういうテーマだったのかとあとで納得。

あのとき取材記者は、

「ボートを持っていて、何か良いことがありましたか?」と問うた。

わたしは、

「定年退職後は、何もすることがなくて落ち込む人が多いらしいが、わたしは、日本一周のことがあったから退屈しなかった。でも、旅から帰ってきたら、その後はどうなるかわからん」と応じた。

下手な応対だなぁ~、もっと他になんぞ言うことがあるのとちゃうか?

と、質問に応えつつ、他に、かっこいい返事を考えたが思い浮かばなかった。

数日前から、我が家の玄関タタキを出たすぐの軒下にツバメがやって来るようになった。

2羽。若い夫婦者らしい。

共働きのようだ。朝早く出勤し、日が落ちる直前に巣へ帰宅する。

我が家庭先の電線にとまっていたら、あれはひょっとしたら我が家のツバメではなかろうかと思う。でも、いくら目を凝らしてみても、我が家のツバメの姿かたちに特段の特徴があるわけではない。

庭先のメダカ鉢のメダカらがよく餌を食うようになった。鉢にそそぐ日差しが暖かくなった。

わたしは、列島周航後は、

毎年、この時期、なし終えた列島周航のことを思い出しつつ、ツバメを見上げ、伏せてはメダカを眺めるのであろうと思う。

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2006年4月18日 (火)

プレッシャー

気短なのか、気長なのか、自分のことがよくわからない。

思慮は浅いか、深いか?

バカな!

人生の岐路をいつも見逃し、漫然と生きてきたのである。

グズで、ビビリで、ボヤキ、それがわたし。

「日本一周」のことを言ってグズグズしていたら、ヨシ○が仲間を集めて壮行会をしてやるという。

それが明日のことである。

プレッシャーがのしかかっている。

わたし、今まで、エンターテイナーになったことが2度ばかりある。

自分の結婚式と、父の葬式。

これ以外は一度だって本当の主役(客)になったことが無い。

だから、主賓挨拶なんて縁がなかった。

なんとなくそれらしき立場になったことが全く無かったわけじゃない。

なんぞかんぞつぶやいた後、「皆様のご健康と…云々」のことを幾度か言った。

が、総じて酒席のツマミだった。

酒席の肴になれたらまだ良い方で、その実は、座布団運び・下足番といった立場が多かった。

明日のことがプレッシャーになっている。

ヨシ○が壮行会のことを言い出したあの時、三十八計、尻帆・尻帆で逃げ出せばよかった。

非常に申しわけないような気がして、フンフンとみさかいも無く同意してしまった。

心配だ、心配だ、はや今から、心臓がドッキン・ドッキンする。

あぁ~しんどい! 

風邪引いたかな?? 花粉症やろか?

<方程式>

グズ+ビビリ+ボヤキ=波平………①

①を因数分解すると、

波平=(尺八×魚釣り×中古艇)× 色男(その心は⇒金と力はありません) 

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2006年4月17日 (月)

イージスは麗し

Tomikoinndo_003 先日、救命艇代用のゴムボートのホツレ修理の助っ人に、アキどんが駆けつけてくれるって話をしましたが、あの日アキどんは予告とおり修理パーツ持参でやってきて、アッと言う間に修理してしまった。(艇後部に搭載)

わたし、アキどんなんて心安く呼んでいるけど、氏は某大企業の社長さんです。

社長やらせておくには惜しいお方だ、ゴムボート修理工になった方がいい。

わたし、それでも、ホンマに空気漏れは止まったのかいな?と、リトル心配で、昨日一日ゴムボートを眺めては膨らみ圧が落ちていないかどうか、時々ボートの腹を押さえてみたりしていた。

今のところは大丈夫のようです。膨らんでおります。

ただね、修理後、アキどんが、

「ホンマにこれに乗るの?」って、あきれ(-_-;)で言いました。

自分で修理しておきながら、ぜんぜん自信が無いみたいだった。

昨日も、彼は、マリーナのメカに電話で、「ゴムボートまだ萎んでないか?」って、確かめさせたらしい。

ゴムボートは膨らんでますよ。大丈夫みたいですよ。

だけど、アキどんが神経衰弱になって食事がノドを通らなくなり、青い顔で萎みこんだりしたらどうしようか?

あぁ、新機・ハミンバード魚群探知機の、発信機の装着角度調整のことだけれど、だいぶ後方へ角度を傾けて付け直しましたが、やはりラダーやキールの影響が出て、右舷側海底探索がうまくいかんです。

アルビン艇はデッドライズがきつく、キールが深く大きいからなぁ~。なにせラダーが艇尾からまだ後ろ側へ突き出ている。船外機や通常の船内外機の艇なら、ビシッと映像が出ると思うけど。

で、主に左舷側海底へ向け探索パルスを発信するように設定を変えました。こういうコワザが効くわけだ。広角照明機で海底を照らし眺めるような感じです。スゴイ!

写真で、艇の上に突き出ている白いアイスキャンデェー様の物は、レーダーリフレクターです。取り外しが効きます。濃霧中航行の際にこのように掲げます。

艇はほぼ仕上がっています。新機魚探専用のGPS受信アンテナをつければ完成です。

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2006年4月16日 (日)

第8講「イ-ジス艦はおちつかない」

次世代(?)魚探(ハミンバード魚群探知機)を新たに装着した。

昨日試運転。

本日発信機(センサー)の取り付け角度を微調整のつもり。

今週末、この魚探専用GPSアンテナを、取り付ける段取り。

これら一連の作業が完了しないと出港できません。

魚探のイメージが一変です。

映像が鮮明だ。シャープさが際立っている。メダカ1匹見逃さないって感じ。

艇進行方向へ向かって左舷側・右舷側に、それぞれ海底75mの範囲を3次元的に表示する。

2~3ノットでアジロ(漁礁)とおぼしき辺りを行くと、左右あわせて150m内の海底の様子が丸解り。あたかも屋根上から下を眺めるようだ。

GPSアンテナを取り付けた後は、マニュアルによると…、

画面上で、艇左右の海底某所に魚が居ついている箇所を見つけたら、カーソルを画面上のそこへ移動させマーキングせよとある。

白地図上に刻印が打たれ、その位置へ艇を移動させれば、まさに絶好のポイント真上に貴艇は居るだろうとある。

マニュアルは、ゲェ~国語で書いてある。英語とフランス語だそうな。ユリがそう言っておる。

でも大丈夫、スイッチの数が少ない。あちこち押しまくっていたら勝手に画面が動きだした。お気に入りの画面になるまで押しまくって、お気に入りを得た。そのうち、ゆりたろうが、わたしにもわかるように、操作の要点を書き出してやろうと言っておる。早ようせぇ~!

この魚探、釣友ゆりたろうが惚れこんで、楽天上に開店する自分の店「ベースアドレス」の扱い商品に取り込んだものだ。

わたし、彼から、この魚探のことを再々聞かされていたから、欲しくて、欲しくてたまらなかった。

今まで使っていた魚探が調子を崩し、もはや再起不能とわかったので、この際、思い切って導入した。彼の手でバージョンアップの後、一昨日、彼と二人で艇に取り付けた。

どうやら、わたしがこの魚探販売の最初の客であったらしい。

魚探作動の様子を確かめたいお方は、お越しになってごらんなることが可能だ。

現在、「ゆりたろう艇」(播磨町・二見人口島水路に繋留)と、「はまちどり艇」(高砂市曽根町・播磨マリーナ)に取り付け完了だ。(ただし、はまちどり艇は、4月下旬~8月中旬は、日本列島東日本海域を周航中)

魚探発信機は艇尾に直付した。

かすかに前方へ傾けて取り付けた。

艇の真下から少し前方の海底をスキャンしたいと考えた。設置マニュアルにもそうせいとあるとユリが言った。

が、昨日の試運転では、

「はまちどり艇」の場合は、発信機を前方へ傾けると、自艇のペラやラダーが邪魔して探索に邪魔になるようだった。アルビン艇はキールが深く入っている。ダラーが艇尾の更に後ろまで突き出ている。

探索電波(?)は、3波使われている。それぞれ波長の適性に応じた方向へ発信されている。艇直下及び左舷右舷両側海底を徹底探索するからは、発信パルスは水面下全ての方位へ放たれている。

アルビン艇の場合は後ろへ突き出たラダーがこの探索パルスの行く手をはばむようなのだ。で、発信機は現状では艇前方へ少し傾斜して着けてあるが、これを後方へ向けて設置し直したい。

釣竿は、常に艇尾から後方へ向かって出すのだし、

バウからアンカーを入れて釣る際などは、垂らした具は後方下へ斜に繰り出すじゃないか。

魚探は、艇尾下後方をスキャンの方が、魚釣りの実戦上は効果的ではなかろうか。

それにしても、えげつない魚探があったものだ。

海の中がこうもスッポンポンに見えてしまっては、魚達は丸裸だ。隠れるところが丸で無いじゃないか。

すばらしい魚探だとは思う。

思いはするが、その分、魚釣りの最大要素たる魚との語らいが阻害されるようにも思われる。魚釣りが、つまらなくなりゃせんかと気にかかる。

ケッタイナ嬉しさが居場所を求めてうろつく。

なんとなくおちつかない。わっしゃの魚釣りを新参魚探が掻き回す。

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2006年4月15日 (土)

秒読み始る

波平です。

いよいよ「日本一周・東日本海域の部」へ向け、出立の日が近づいてきました。

周航中も、毎日ブログ更新したいと思っていますが、途絶えがちな微弱電波状況の中なので、あるいは難しいかもしれません。

で、微弱電波を捕らえて、瞬時にブログアップする三つの方法を考えました。

ひとつは、短文を、パソコンを経ず、携帯電話から直接ブログに打ち込む。

ふたつは、電波状況がもし良い場合は、中長文をパソコンで作成し携帯電話を経てアップ。

三つ目は、ハード面の強化です。携帯電話用アンプ付きブースターを経て電波に喝を入れます。

なお、文章や、デジカメ写真はこの方法でアップ出来ますが、地図がそのままではアップできません。

で、地図は、ファイルごとアップロードしますので、開いてみてください。

今日は試みに、ひとつ打ち込んでみます。

「060415_burogu_syuttatumae.doc」をダウンロード

あぁ、本日の行動予定は、早昼食ってマリーナへ出かけ、なぜか萎んでしまった、救命艇代用のゴムボートの、ほつれ修理をするつもりです。

アキどんが助っ人に駆けつけてくれるようだ。大丈夫やろか?

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2006年4月14日 (金)

第7講「必要条件」

ノミと言えばツチ、クギと言えばカナズチ。

何事によらず、ものごとを成すには、段取ってものがある。準備ってものがある。

数ヶ月間かけて列島周航の準備をしたが、わたしは、この間、ある種タイムマシン的気働きのなかにあった。

心、ここに在らず、すでに周航途上にあったってこと。

出港後のことをあれこれ想い浮かべ、こうでありたい、あぁでありたい、と、あれこれのものを取り揃えセッセと積み込んだが、今反省するに、わたしの気働きは、品選びに絶対必要条件を軽んじ、余分な夢追い分野の側へ、だいぶ傾いていたようだ。やたら荷が多いのである。艇の喫水線がドボンと落ち込んでいる。

昨年は、今年以上に、喫水線は落ち込んでいた。排気口が水中に没してしまって、これではどうにもならんと思ったから、片端から重そうな荷を降ろしたのだった。発電機・4人用ライフラフト・テンダーと船外機・予備燃料を40㍑カット・釣具の大幅減量など等だ。これでようやくエンジン排気口は半分水面に口を出した。やっと息が出来るようになった。

今年は、更に、減量を徹底した。

予備アンカーを撤去・常備アンカーを以前の半分の重さの物に付け替え・釣具を更に減量・夜間投光機をボンベごと撤去・予備エンジンオイル16㍑を半分に減量・清水120㍑全量カット。(清水タンクは空にして走るが、2リットルのミネラルウオーターボトル6本は常に手付かずで搭載。他に缶ビールなど等がある

と、いうわけで、喫水線はドボンと落ち込んではいるが、昨年に比べると、排気口は充分に息が出来る状態を保っている。

この状態でマリーナ沖を走ってみた。

常と比べ、やはり速度が落ちている。3000回転で常は21.5ノット出るが、この日は20ノットがやっとだった。

燃料は500㍑満タン。さらに予備燃料を10キロタンクに90㍑入れて積んである。

(時化気味では1時間あたり50㍑消費。ナギなら40㍑/hで20マイル)

予備燃料はよほどの時しか使わない。頻繁に港へ入り、燃料補給に手間取るのは面倒だから90㍑だけだが艇内に積み込んだのである。これを撤去してもさほど燃料補給回数が減るわけでもなかろうと思う。

一方、撤去すれば100キロ艇が軽くなり、水深が0.5センチ浅くなり、艇の速度が約1ノット向上するだろう。

bどんが、わたしの、この思惑を見取って、「予備燃料は積んどった方がええのとちゃうかぁ」という。

アキどんが、「こんなもん積まんでええやんか」と言う。

ヨシ○どんが、「トラックの予備タンクを代用したりしたら(ネットで、8千円で買った)そのうち中に錆が浮くかもよ」と言う。

さぁ、この90㍑の予備燃料、今回の周航に“絶対必要”か、否か??

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2006年4月13日 (木)

第6講「食い物と火」

カセットコンロ・七輪・独り炊き用卓上コンロ・三徳、の、計4種の火を、列島周航に備え、艇に積み込みました。

l         カッセトコンロはごく普通の品。カセットボンベを使用。

l         七輪は、昔の型じゃなく、もっと小型で軽いセラミック製のもの。炭火使用。

l         独り炊き卓上コンロは、米1合炊きの優れもの。お膳の上に釜ごと置いて、昔のメンソレターム大の小さな固形燃料をトロトロ燃やしご飯を炊く。本当にご飯が炊けそうにも思うし、カタログに騙されたようにも思う。面白そうだから買ってみた。未だ一度も使っていない。

l         三徳だ、五徳だと言っても、若い人はご存知ないかも。火の上にかざし置いて、上に鍋・釜を乗せる台です。脚が5本のが五徳、3本のが三徳。缶入り固形燃料使用。

食事は、概ね、着いた港の食堂や料理店で摂るつもりです。

だったら、コンロなんぞは不必要なわけだ。

それを4種類も大仰に積み込むなんてバッカみたい。

だけどねぇ~、

ホームセンターで、これらを見たら、欲しくて、欲しくてガマンできんかった。

これだけ煮炊きの用意したのだから、セッセと魚を釣って、自分で煮たり焼いたり蒸したりして、食おうと思う。既に蒸し器も積み込んだことだし。

皿が要る、醤油が要る、砂糖が要る。酢が要る。

鍋が要る。ダシコブが要る。おたまじゃくしが要る。

あれが要る、これが要る。

準備はした。道具は全て積み込み完了。あとは実行あるのみ。

  

レシピ?

まだ決めていない。

食パンあぶって食うのが関の山じゃないか。

ロマンだなぁ~!???

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2006年4月12日 (水)

第五講「遭難」 

艇の遭難事故は二つに分けて考える。

沈没の場合と、機関停止などで艇自体は未だ保持できている場合の二つ。

<艇沈没の場合>

法令上設置が義務付けられている救命イカダは、ただ水面に浮かぶだけのものだ。

この上に乗っかることはできない。ましてや乗り込むなんて不可能。

浮かんだイカダに掴まって漂うことになるが、いつまで命が保てるか極めて疑問だ。

このこと、意外と周知できていない。遭難を本気になって想定してみないからだ。

で、本気になって、沈没を考えると、掴まるだけじゃなくて、身体ごと乗り込める物が欲しい。本格的ライフラフト(救命艇)が最適だ。が、重いし、かさばるし、なによりも高価だ。身体ごとなんてとてもとても、なにせサイフが脚を引っ張って、手が届かない。

昨年、わたし、これの代用に、魚釣り用の小道具・フローターを積み込んだ。

下半身は水に浸るが、上半身はかろうじて水面上に保持できる。ただし海が凪いでおればの話。時化た海でこれに乗ってひっくり返えらずにおれるなんて考えられない。

で、今年は、水温の低い親潮海域を行くことでもあり、二人乗りのゴムボートを積むことにした。

いつでも使用できるように膨張させた状態で積み込む。

既に膨らせて所定位置に積み込んである。艇沈没の際、少し時間的余裕があれば、これに2馬力船外機を装着しようと思っている。くそ力を出せば船外機は片手で持てる。装着も簡単。瞬時に出来る。ただしイメージトレーニング上ではの話。

早々と膨らせて積み込んだのにはわけがある。実験である。あんのじょう、膨らせて積み込んだ翌日、ゴムボートは完全にへしゃげていた。ゴムボート全体に石鹸水を塗って空気漏れ位置を探し、自転車パンク修理の要領で空気漏れの箇所をふさいだ。アキどんが手伝ってくれた。わたしは難儀だなぁ~とため息ついて側で見ていただけ。

そのスバラシク頼りになる中古の修復ゴムボートに細いロープをつなぎ、その端に、緊急バックを結び付けている。バックは水密性でこれ自体浮きになる。

なかに、緊急物資が入れてある。

衛星イーパーブ他諸々の小道具と、緊急食料・飲料水など等だ。

助かるか否かはわからない。沖でこれらに頼らざるを得なくなったら、まんずダメだろうと思う。イメージトレーニングではダメだが、ひょっとしたら助からんともかぎらない。

<艇自体は保持できている場合>

艇に積み込んである物資は全て使うことができる。

艇が無傷なら、ほとんど、何の、心配もない。

食料関係だが、

常に一週間分積んである。ミネラルウオーターが2リットルボトル6本保持してある。

通信機器だが、

衛星イーパーブ・マリンVHF・50メガ帯の無線機・携帯電話。そしてレーダー。

レーダーは発信すれば逆探できるはずだ。だが、レーダーではメーデー表示は出来ない。技術的には可能であろうに、なぜメーデー発信機能を付加した機種がないのだろう。

パラシュートアンカーのことを、話しておきたい。

漂流の際は、パラシュートアンカーを展開する。艇が風に流されるのを防ぎ、波を船首方向から受けるように艇位保持する。

が、使用方法を誤るとかえって危険が増す場合があるように思う。

先ずその前に、パラシュートアンカーは緊急時すぐに取り出せる位置に置いておくことが必要だ。以下は、それから後の、展開操作についての話。

     荒天時の使用は難しい★

パラシュート(パラ)と艇とをつなぐロープの長さの調整が極めて難しい。

凪の日に艇を潮に立て、釣り糸を垂直に垂らすためにパラシュートアンカーは多用される。

この魚釣り時の使用と、荒天時の使用とは、全く別物である。

平時の魚釣り感覚でこれを展開すると、危険だ。

魚釣り時はパラシュートに結ぶロープは適度に短い方が使い勝手が良い。

が、荒天時は、ロープが短いと、展開したパラシュートが波とともに自艇に打ち揚げられ、自艇が網に絡め摂られたような状態になる可能性がある。

わたし、未だ、そこまでは経験していないが、

かつて荒天時に使用した際、船首からパラを展開し、艇方位を波が来る方向へ立てるつもりが、パラが艇の横側へ流れ、艇を横転させかねない状態になったことがある。ビックリしてあわててパラを収納した。ロープの長さを誤ったのである。そして、今、思うに、あの時はパラを使うべき状況ではなかった。

風で艇が流れるときに、⇒ パラは使う。これが大前提だと思う。

たとえば、さして風は無いのに方位不定の潮波が立っている際には、パラは艇体にまとわり付く邪魔な存在でしかない。

風が強くて、一定方位の高い危険な波がある海に漂流の際に、パラは力を発揮する。

荒天時のパラ使用の際は、繰り出すロープの長さが、生死を分けるカギとなる。

ロープは、波長の長さに合わせて繰り出す。

ロープの長さは、波長の整数倍をもってその長さとする。

最終端末を艇に固定した後、

少なくとも2波向こうにパラが展開するように、そこまではスルスルとロープを繰り出す。

艇が波の頂上にある時に、パラが二つ向こうの、やはり波の頂上で展開しているように、ロープの長さを調整しつつ繰り出す。

もし、これを誤って、艇が波の頂上にある時に、パラが向こうの波の谷に展開していたりしたら、艇とパラがロープを引き合って喧嘩し、ギクシャクし、やがて展開したはずのパラは波と共に自艇に打ちかかってくるだろう。…っと、パラ使用のマニュアルにある。

わたし、かつて幾度か荒天時にパラを展開した経験上、そうだ!そのとおり!! っと、ナットク、納得だ。

今回は、話が長くなりすぎた。話しはじめると際限がない。

ゴメンネ (^_-)-

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2006年4月11日 (火)

第4講「積載」

本格的な登山はやったことがない。ピクニック程度なら経験がある。陸は、荷物を背負って歩かねばならん。これが苦手だ。怠け者にはビック大変だ。

一方、ボートの旅は、自分で荷物を背負はなくていい。歩きもしない。操舵席にジツと座っておればいい。以前は酒呑んで酔っ払って座っていたが、最近は酒はダメたってことになっとる。でも、四六時中波の上だ。体が常に揺れている。酒無しで充分に酔える。

ボートで揺れるのは、身体だけじゃない。積み込んだ荷物がみな同じように揺れる。海が時化ると、身体が、荷物が、踊りだす。リズムが強まると、前後左右に、上下に、激しく踊る。踊りすぎて悪くするとこれが原因で腰が抜け、艇は転覆し遭難する。

外洋へ出るには、艇内に積んだ諸々が動かないように固定して置くことが必要だ。

日本一周を始めるにあたり、先ず、最初になした作業が、艇内各所に荷物固定用の金具を取り付けることだった。いたるところに固定用の金具を取り付けた。これに荷をしばりつけた。タッピング約60箇所。

このあたりはヨットとボートで違うだろうね。ヨットはゆったり、ボートはしゃかむきに走るからなぁ~。

縛りまくった。だが、それでも荷は動き、航行中に危険を感じた。

なぜか?

縛った紐が緩んだから。

で、

今年は、しばるヒモをゴムヒモに、変えた。

トラック荷台で使うあの黒いゴムヒモですよ。

常は、片端だけを金具にしっかり結わえておく。残り片方はブラブラさせてほったらかし。

外洋航行の際は、このブラブラ側を引っぱり延ばして反対側の固定金具に引っ掛ける。ゴムの弾力を利して荷を押さえ込む。これなら荷は動かない。

だが、ここには意外な不都合もあった。

港へはいって、艇内でゴソゴソするとき、このブラブラ状態の片端が邪魔になってしかたがない。で、ゴソゴソ時でもブラブラせぬ工夫をした。

これやあれやで試行錯誤の毎日だ。あっという間に一日が暮れる。

基本的には、荷は、全て大小のダンボール箱に入れて分類収納する。

ハダカのまま縛り金具に縛りつけたのは、折り畳み自転車と、救命艇代わりに積むゴムボートだけ。ゴムボートは膨らせた状態で縛り積む。大きすぎてダンボールには入らない。

釣り竿は別格だ。1本ずつ専用の受け具に固定してある。わたしの宝物。

艇内へ持ち込んだダンボール箱は大小合わせて25箱。小さな小物用の箱まで数えるともっと多い。

箱々は、愛車ホンダCRVの後部座席を倒して積み込み、艇へ運んだ。

三回に分けて運ばねば運び切れなかった。箱ってかさ高いねぇ。

キャビン内はダンボール箱でもう満杯だ。

全ての箱に荷が詰まっているわけじゃない。空箱が幾つもある。周航中、荷が増えたときに困らぬよう、たくさん空箱を運び込んだ。全部タダだ。スーパー(マックスバリュー)の、ダンボール箱捨て場(置き場)から勝手にもらってきた。

「箱がご必要なお方はどうぞお持ち帰りください」って貼り紙がしてあった。ありがたい。心置きなく取り込んだ。だからダンボール箱だけは充分にある。

だが、その分、艇内スペースが充分でなくなった。

落ち着いて艇内を見渡せば…、アッハッハ、見渡すほど広いわけないじゃないか…、空箱ばっかり積みすぎて大変窮屈である。

何か変だ。どこかで計算を間違えたようである。

<閑話休題>

玄界灘は八十八夜までは風が吹くから突風に気をつけろ」

と、注意喚起の便りをくれたお方がある。唐津のヨットマンだ。

便りには「ブログに潮の匂いが帰ってきましたね」と、あった。

このひとこと、メッチャ嬉しい!

八十八夜。

今年は、5月2日がこの日である。

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2006年4月10日 (月)

航海技法講座

航海技法講座・第3講は「ゴミ」。

「ペラに異物がからんだとき」「濃霧…」の続きです。

3.ゴミ

「ゴミ」は大きく2つに分類する。

1.        自分の体内から出るゴミ。

2.        自分の諸々の行いから生じる世間的ゴミ。

1.は、オナラと、ウンチと、オシッコ。

2.は、即席ラーメンが入っていた袋とか、使い捨て食器などなど。

いずれも見事に溜まりますなぁ。

1.のことだけど、

わたし、お通じはよい方だが、操船しつつの御用達しは危険が伴うのでガマンする。

このガマンが重なると詰まってしまう。便秘になる。

対策にコツがあって、

その第一はカンチョウです。

干潮じゃない、浣腸。判りやすくはイチジク。

わたし、長期周航時には必ず常備薬中にこれを加える。

離島・僻地の青空のもとで使って御覧なさい、通じた時、天下を取ったような心地がする。それが痛快だからといって、しいて便秘になることはない。なりたくなくても、なるときにはなる。

第二のコツは、艇をもやった後、漁港や役場などの前を歩む際、その気はなくても、とにもかくにもトイレへ駆け入ること。入ってしまえば何とかなる。

2、のことだけど、

まず大前提としてゴミは絶対に海にポイ捨てしません。艇内に溜め置いて、港へ入った際、ゴミ置き場を探してそこへ持って行く。

港では、ゴミ置き場を探すが見つからないことが大半だ。捨てるに捨てられず往生する。捨て所が無かったら次の港へ持って行く。こうして、ゴミはスッゴク溜まってゆく。

対策です。

ゴミ袋をさげて、住宅の集まる辺りを歩いてみる。どこかにゴミ置き場がある。捨て場が設置してある。慣れれば場所探しは意外と簡単。きっとゴミ分類のやり方が書いてある。指示に従う。わたし、常に余分に、中が透けて見えるゴミ袋を持ち歩いている。

でもねぇ、

最大の対策は、ゴミを作らないことです。

使い捨て食器は最大のゴミ発生の元になる。缶詰の空き缶や、飲料水のペットボトルなどがこれに次ぐ。

わたし、使い捨て食器の使用は今回からやめます。使用後は全て洗って次の使用に備える。

缶詰は持参しない。飲料水は2リットル入りのミネラルウオーター以外は積まない。ただし焼酎は別。その他の物を飲みたくなれば、上陸の際、ガラガラドンの飲料水販売機のところで買って、飲んで、側に設置の箱へすぐに捨てる。これをやらないと、びっくりするほど空ボトルが溜まる。

主食は米とモチだ。

米は夕刻に1合炊く。2食分になる。

今回、1合炊きの炊飯器を用意した。未だ実験炊きしていないが、パンフレットに“かくかくすれば美味しいご飯がデケマス”とある。パソコンをいじるようになってから、高性能電子機器のマニュアル読破力が向上している。炊飯器の使い方解説パンフを読破するくらいは朝飯前である。なお、航海中は概ね昼食は摂らない。昼食を摂ると航行中眠くなって困る。当然のことながら航行中、アルコールは一切摂らない。

モチは腹持ちが良い。あたためればすぐにグニャグニャし、簡単に食える。

パンが好きなのだが、これはすぐにカビがくる。モチに限る。

ご飯とモチばかり食っていたら脚気になる。

だが大丈夫。トマトとリンゴを昼食時に食う。リンゴの芯が少し残るが海へポイ捨て。これはゴミではない。自然に戻る有機物である。

いずれにしても、

調理は艇をもやった後のこと。いずれこの様子は写真アップのつもり。

食後は、

持参の尺八を取り出し、「風雪ながれ旅」でも吹いて遊ぼうかなぁ~。

♪♪ 鍋のコゲ飯袂で隠し

   抜けてきたのか親の目を

   通い妻だと笑った女の

   髪のニオイも懐かしい

   アイヤーアイヤー

   留萌 滝川 稚内 ♪♪

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2006年4月 9日 (日)

レーダーリフレクター

昨日のナミアムダブツの続きです。

思いついたアレコレを書き出そうとしている。

昨日は「ペラに絡んだ遺物除去」の話だった。

今日は、「濃霧」を話したい。

2.濃霧

濃霧中の航行は衝突が怖い。

2種あって、

A.自分から、相手に、突き当たる衝突、と、

B.相手から、こちら側に、突き当たる衝突。

Aは、① 自分が、ジッとしていたら、衝突は避けられる。

   ② 相手の動向を、よく見極めて走れば、衝突は避けられる。

Bは、① 自分が、逃げなければ、突き当たられる。

       相手が、こちらを避けなければ、突き当たられる。

Aの場合は、生じる結果は全て自分の責任。

Bの場合は、全て相手側の責任。

だが、衝突は、単独では生じ得ない。AとBとがあってはじめて衝突ってことが生じる。

ウン!

なかなか、エエことを言いますなぁ。哲学的に考えても、ここまでは絶対に正しい!

物事には、全て因果関係ってものがある。

前世に楽したら、この世ではシンドイ目にあう。

この世で楽したら、あの世でシンドイ目にあう。

これも、正しい。

わたし、最近、缶ビールの空き缶を大切に保管しています。

集めた“缶ビールの空き缶”を、大きなゴミ袋に入れて、艇キャビントップに長い竿を突っ立て、その先端にくくりぶら下げるつもりです。

衝突防止のお守りにするつもり。

このお守りは、レーダーリフレクターとして機能するだろうと思うから。

若い人等は知らんでしょうけど、昔、太平洋戦争ってのがあった。

B29という大型爆撃機がわが祖国日本の上空を侵し、爆弾を雨アラレと投下した。

彼らは日本帝国陸海軍の防空レーダー撹乱のために、アルミテープを上空に撒き散らし、タコ・イカ作戦を行いつつ爆弾を落とした。日本軍のレーダーに出る反応が、アルミテープの反応かそれとも爆撃機による反応かが判らんように、錯乱の目的でアルミテープを上空あちこちに撒き散らした。これを、わたし、ハタと思い出した。

図式にすると、

太平洋戦争 → B29 → 爆弾 → アルミテープ ⇒ レーダーリフレクター ⇒ 缶ビール空き缶 ⇒ 袋詰めして艇キャビントップに吊り下げる ⇒⇒ 効果的なB対策(相手船レーダーにわが艇がシッカリ映る)

艇キャビントップに設置した長い棒(畑用の長い杭を代用)を眺めつつ、bどんが言った、

「ほれ、あそこのゴミ箱にその“お守り”が捨ててありまっせ。あれを拾ってきてキャビンの上に吊るすの?貧乏臭いなぁ~」

言っておきますがね、

濃霧中に、サイフ吊るしても、なんの役にも立ちませんぜ。

金持ちbどんのサイフでもダメ!

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2006年4月 8日 (土)

ナムアミダブツ

外洋遠距離航行をしていて、あぁそうだこの方が便利だ、効果的だと気付いたことがいろいろある。これらは可能な限り今年の周航計画に反映させているが、未完のままのことも多い。順次整理してみたい。

Ⅰ.ペラからみ事故

最大の難事は、ペラに廃網や浮遊ロープなどが絡まった際のこと。

ロープで艇と自分をつなぎ潜り入る。ペラにからんだ異物を切り取る。

初回事故が生じたのは、たまたまアンカーロープが効く浅場(南紀白浜沖浅場)であった。アンカーを入れて艇を固定し、下着だけになり潜り入った。

<反省1>

1.アンカーを入れて艇は固定しているが、身体は潮に流された。作業なんて出来っこなかった。艇に取り付くのがやっとであった。ロープを手繰り寄せて艇に戻ったが、もしロープが無かったら戻れなかったろう。また、ロープが細すぎてもダメだったかも。水に濡れた細いロープはすべりやすい。素手で掴んで手繰り寄せるのは容易ではない。

l         潜る際は、必ず、身体と艇とを太いロープでつないでおくこと。

l         ロープには50cm間隔程度で結び目を作っておくと掴み易く手繰り易い。

l         アンカーは入れず、身体と共に艇も潮に流しつつ、異物除去作業をした方が楽だ。

<反省2>

シャツイチの素潜りでは、身体が浮いて水中作業がやり辛かった。また水中メガネ無しではペラの状況が見辛かった。黒潮海域(南紀白浜沖・水温20度)ではあったが海水が冷たく寒かった。

l         ダイビングスーツを着るべきだ。

l         腰にオモリを付けないと水中作業は不可能(わたしシャツイチでオモリを付けたから、沈みすぎて沈没寸前だった。ロープを手繰ってヤッコラサ浮かび出た)

l         水中メガネは必需品。

<反省3>

艇尾に跳ね上げ式の短いハシゴがあって、これを水中へ垂らして後の作業であった。

水中作業を終え、水中のハシゴに足を掛け、艇へ揚がろうとした一瞬にとんでもないことに気が付いた。艇へよじ上がろうとしても掴み所がなかった。艇へあがれない。幸い、腰にまいたロープの一端は船内に結わえてあった。このロープ1本を頼りに、必死の力を振り絞り艇へよじ登った。

l         艇の側舷は、水中からでは手が届かない。艇へ這い上がるのは容易なことではない。上がる際の掴み所を事前に造っておくべきだ。(水中に入ってからこれを思い出しても遅い。わたしは、太いロープに幾つもの掴みよい結び目を作り、常に艇尾に垂らし置く工夫をした)

<反省4>

水中作業は、わたしのアルビン艇の場合、船底に完全に潜り込まねばできない。って、ことは、除去作業を終えて浮上の際、身体の上に船底が覆いかぶさっていて即座の浮上は不可能。船底下から這い出る余力が要る。

l         いわゆる息が続くかどうかのことだ。本格的ダイビング用品を常備しておいた方が良い。(未搭載だ。ここに最大の不安がある。若い頃は平気でサザエやアワビに取り付いた。ヤスを持って魚を突いたりした。が、およそ30年ぶりに潜り入って、自分の老いに愕然とした)

<反省5>

除去に使う道具

l         異物が切り取り可能なら、ナイフより、パン切り包丁の方が使い良い。

<反省6>

作業中にサメに襲われるかも。身体にケガがある状態では、サメ海域での潜りは危険だ。

また、わたしのような高齢者の場合は、水中作業中にクタバルかもわからん。海中に潜ったつもりが浮かび出たら天国だったってことになりかねん。万一の場合を考えて、作業前の事前連絡をしておこう。

l         水中作業を始める前に、携帯電話で、状況を仲間へ伝えておく。

l         BANの「海ざんまい」(緊急通報システム)に加盟している。ここへも一報する。

l         危険度が極めて高い際には、申しわけないが118で海上保安庁へ救助をお願いする。わたし、未だその経験はないが…。

<余 談>

ペラ事故で潜った経験は過去に3回あった。若い同船者が居たこともあったが、常にわたしが潜り入った。ヨシ○が同船の際、彼が潜ったことが上述以外に2回あった。彼も今や熟年の域に達しつつある。息があがって辛そうであった。彼は怖さを知っている。潜る前に息を整え、大仰にブルブル震えるのである。

「どないしたのや?真っ青やないか!やめとけアブナイ」と、わたし。

「潜る前は、ボクいつもこうなんです」と、ヨシ○。

彼は、どういう神経の持ち主なのだろう。一時大仰に振えた後は、あのマルコイ目玉をぎらつかせ、

「もう大丈夫。3分で片付けます」と、あっけらかんと潜り入った。

わたしは、彼ほどには人間が出来ていない。グズでビビリだ。

覚悟や気合を、そう易々と取り繕えるなんてできない性質のおっさんだ。

その分、事故る危険も大きいように思う。

もし、わたしが海で遭難死するなら、きっとパン切り包丁を手にしてのことであろうと思う。

…ナムアミダブツ…

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2006年4月 7日 (金)

マリンVHFは、傍受だけに限定使用しても違法だそうです。世間に詳しい人がそう教えてくれました。

わたし、無線従事者の免許は、陸上と海上の両方持っています。でも、開局許可を得ずに、無線機をスイッチオンにするとダメってことらしい。

了解だ、了解だ、間違ったことはしない主義だ。

だったら、傍受はいたしません。

せっかく購入した5W仕様のマリンVHF。あぁ、もったいないことをした。

送信機能をカットし、受信だけに特化した機種に改作すれば、傍受しても許されるらしい。機械のどの配線をねじ切ったらええのかな?

宦官志願で、金玉とるようでおもしろくありませんなぁ~。

キンタマじゃなくて、ギョタンには、確か、未だ免許制度はなかったと思うけど、どうでしょうね。

法律や、決まりは、「わしゃ知らんかった、だれがそんなこと勝手に決めたのや!」って、文句言っても通用しない世界でしょう。だから厄介です。

「俺はなぁ~んも悪いことをした覚えはない!」と、塀の中の鍵部屋でいくら威張っていても、世間は冷たぁ~いですぞ。だぁ~れも助けてくれない。そのうちすっかり忘れられてポイ捨だ。

携帯電話には、送信・受信ともに免許制度は無かったと思う。その代わり、NTTにお金をぼったくられる。やはり文句を言ってもダメ。

NHKは、視聴料金を支払わない人が多いらしいが、わたしはシブシブ支払っている。「はみだし刑事純情派」も「朝ズバ」も「笑点」も「暴れん坊将軍」も、放送はNHKじゃないがお金はNHKが持ってゆく。

わたし、ほとんどNHKは観ません。視聴料分は観てやろうと思うがおもしろいのをやってない。

こうして使っているインターネットも免許無しで使っているが大丈夫でしょうか。突然電波法違反だ、世間を騒がせておるって、逮捕されるようだと困る。

わが家の玄関の表札横に押しボタンがあって、コヤツを指先で押し込むと、無線がオンになって室内のインタホンがピンポーン♪と来客を告げ、飼い犬が玄関の破れ網戸の穴を潜り脱兎のごとく外へ駆け出す。「ワンワンワン」。スクランプル出撃だ。インタホンの免許申請はしていない。

愛車ホンダCRVは高性能車。キーをイジルと無線が飛んで扉のキーが自動的に開閉する。料金所ではETCとお金が飛んでゆく。だからあそこは(カネ)トールゲェートと言う。

海上で緊急事態が生じても、マリンVHFのスイッチだけは入れてはならない。

大声で助けを求めるに止めねばならん。

バカモン!命が危ないときは例外だ。スイッチオンしてよろしい、との見解があるが、

本当に命がヤバかったかどうかは、命が無くなってはじめてそのような状況であったと合点するわけで、無惨にも助かっってしまったら、必ずしも命がヤバイ状況下であったか否かは疑問視される。概ね違法の下に身を置くことになる。

四国の金毘羅さんのおフダは、艇内に貼っておくとそれなりに効能がある。

が、マリンVHFにはそのような効能はない。

生きることは、それ自体が罪深いと、キリスト教では教える。

罪を犯しつつ生きるって事に徹しきれば、死にそうになった時、

“そうだった、マリンVHFがあったのだった”

と、思い出すような気がせぬでもない。

だが、わたしは、仏教徒(?)。

“南無観世音菩薩助けたまえ”

と、唱えながら、数珠代わりのマリンVHFを手に握り、海の藻屑となるかもな。

この際、宗旨替えをしようかしら…√∽†‡¶♂♀…。

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2006年4月 6日 (木)

なんでやろ?

今朝(4月6日)どうしてか海上保安庁関係のページだけが開かない。その他のページは皆開くから、保安庁サイトに、なにか事故が生じたのかもしれない。気になることだ。

さて、

昨日は、第五管区海上保安本部へ行ってきた。

このたびの日本一周航海について、指導を受けておこうと思った。周航は幾つかの管区にまたがる航海になる。管区が変わるたびに臨検を受けるようなことになれば面倒だ、航海計画を一括して届け出ておけないだろうかと思った。

9階に海の相談室という窓口がある。訪ねると、その要件なら11階の交通部安全課へ行くようにとのことだった。おそるおそる訪ねた。

わたしは甘えていたようである。

管区海上保安本部には、小型艇による長期遠距離航海に対して、何らかの指導窓口があるだろうと思っていた。

“小型ボート・ヨットによる長期遠距離航海サポートセンター”を訪ねるような気楽な気持ちであった。

が、そのような窓口はなかった。

管区海上保安本部の組織は、極めてマイナーな、取り締まり志向で成り立っているように思われた。

わたしは、自分のこのたびの周航のことで頭がいっぱいになっており、ために、若い保安官の応対が気に入らなかった。

各管区へ、一括して航海計画を届け出ることは可能か否かたずねると、それはダメだという。他に、あれこれの質問をするが、否定的な返事しか帰ってこなかった。

……、

「わたし、書面にも記載しておきましたが、マリンVHFを搭載し常に16チャンネルを傍受しています。無線免許は持っていますが、使用する機種では開局の許可が得られそうにないのでもっぱら傍受だけですが…」

「免許を持っているのでしょう。開局せずに無線機を使うのは…」

「だから傍受だけ…」

「傍受だけならかまわんが…」と、不満そうな応対である。

わたしは、無線免許制度の講習を受けに来たわけではない。航海計画を提出するにあたって、傍受だけではあるが、“16チャンネルは常時スイッチオンだ”ってことをシッカリ届けておきたかった。

あれこれあって、

「わたし、ありていに、実態をお話しして、指導を仰ごうと思ってやってきた。今お話のような、そんな否定的なことばかりを聞こうとして来たわけじゃない。わたしはもう帰る!」と、席を立ちかけると、

「いやいやそうじわけじゃない。きちっと航海計画を、書面で必要部数提出してもらえれば受け取ります…、」といった方向へ話が向いた。

届出に決まった様式があるわけでは無さそうだった。届出の見本があった。妙に堅苦しい書き方がしてあったが、わたしが用意した机上の書面と内容的には同じである。むしろ地図上にプロットしてあって一覧が効き判り易い。

「わたしが今お目にかけているこの書面一式が“それ”じゃないですか。他に、なにか足らないところがありますか?」

「図面に記載してある地名は港の名前ですか?」

「そうです」

「たとえば八戸とありますが、八戸のどこのことですか?」

「八戸港」

「と、言っても広いですが…」

「入ってから考える。空いていて邪魔でなさそうな位置へ艇を付ける」

「許可はとれていますか?」

「なぁ~んもしておらん。あのね、今から、あのだだっ広い港のどの位置に艇を付けるかなんぞ決められないでしょう。ちっちゃなボートですよ。事前許可を受ける必要がある北海道の漁港へは、それなりの申請書を提出してあります」

あぁ~、疲れた。

実直そうな若い保安官だった。きっと有能なお方であったに違いない。

職責上、あるいは必要となるかもしれぬ情報は、シッカリ聞き取っておこうとする非常に前向きな姿勢であった。

わたしは当初機嫌を損ねが、わたしの不用意な気軽さのせいだ。保安官は責められべきではない。

わたしは、恥ずかくなった。

「どこかで遭難して、『あぁ~あの時のオッサンや!』ってことになりそうだな」と、わたし。

「アッハッハ!まぁ、楽しくやってください。ホームページ観るのが楽しみだ」と保安官。

それにしても、なんで、海上保安庁のページだけが開かないのだろう?

なんでやろ??

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2006年4月 5日 (水)

ピーヒョロ

二郎ちゃんは知る人ぞ知るバードウオッチャーであって、日本国内はもちろん欧米諸国へもたびたび鳥観察に出かけている。

先日来、沖縄の宮古島へ行っていた。

やっと帰ってきて、土産を持ってきてくれた。

先ずは観察した鳥の写真。

「八つ頭」と「イソヒヨドリ」。ついでに焼酎1本。

いつものことだが、氏は、こういうとき、鳥の姿かたち、習性、撮った時の状況などなどを事細かに語り聞かせてくれる。

わたしの鳥の理解力が貧弱なのを良く知っていて、たびたびは多く語らない。ほんの数種について丁寧に話す。おかげで、少しずつわたしの鳥知識も増える。

「八つ頭」は、トサカ部分に見事な頭髪が立っていて、模様が付いている。模様が七つ。それぞれが頭のように見える。本物の頭と合算して、頭が八つ。で、名が“ヤツガシラ”。インドではどこにでも居る鳥だそうな。

「イソヒヨドリ」は、海辺に居る鳥だ。鳴き声がある種トンビに似ている。

昨年四国の久礼に周航の際、ピーヒョロ、ピーヒョロ鳴いていた。

「トンビが多いですねぇ、鳴き声はするけど、飛んでいるのがみえんなぁ」というと、側に居た中年の女性が、

「あれはイソヒヨドリの鳴き声です」と教えてくれた。

久礼八幡観宮の境内の石碑に「かきまくれ(久礼)うらみて帰る浜千鳥真砂の数や涙なるらん」の歌が刻まれていたのを思い出している。

二郎ちゃんにイソヒヨドリの写真を見せてもらって、やっと気がついたのだが、歌に“浜千鳥”とあるのは、きっとイソヒヨドリのことだな。あの鳴き声は男が去っていった後に残された女が泣いている声だ。きっとそうだ!

石碑の歌の意味だけど、

「涙にかきくれて、別れを惜しんで帰る浜千鳥の涙の、浜の砂のように多いことよ」と、わたし、読み解き、そのように周航記「海の凪ぐ日」に書いたのだったが、涙は浜千鳥の涙じゃないな。浜千鳥は去ってゆく男で、涙は浜に残された女が流す涙だったのだ。

「涙にかきくれるあたしを置いて、じゃけんに去ってゆくあのお方、あたしの涙涙は浜の砂さえしのぐわよ」って感じの歌だった。

久礼は昔からある古い港だからなぁ。色町があって女が居たのだろう。沖船頭が、久礼の港で日和を待つ間に、馴染みが深くなったのだね。

だれかさんみたいに!

レレッ! わたしのことじゃあァ~りませんよ!

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2006年4月 4日 (火)

故 郷

幼い頃の思い出は、年とともにたびたび思い出す機会があったわけで、その分懐かしさも積みあがり、結果、鮭の回帰じゃないが故郷への想いはつのるばかりである。「銀の匙」や「幼年時代」のようなわけにはいかんが、いつかは思い出を書き出しておきたものだ。

幼い頃の記憶だが、わたしの一番古い記憶は、3歳下の妹がいつまでも母乳を欲しがるのを、乳離れを促すためであったか、母の胸に父が墨で怖い顔を描いていたことを鮮明に覚えている。わたしが5歳前後のことであったろうと思う。わたしはそのとき“むごいことをする”と思った。その後、妹が乳離れしたかどうかは記憶にない。

幼友達との交友の思い出は、5歳頃から、断片的に残っている。

隣家のマー君、甚六のター君、カツヒロ君、ツー君。3歳上のノリヤス兄ちゃん。6歳上のクーちゃん…。女の子も居た。一番好きだったサッちゃんは確か2歳下だったはずだ。もう鬼籍に入った者もある。

育ったのは柴山港。当時はほんとうに小さな漁港だった。世間狭い分、人間関係が濃かったようである。あの頃一番交友が深かったのは、幼友達じゃない。親戚の丈助のバァサンだった。最近はバァサンだなんて言うと差別だって叱られるが、幼い頃の気持ちに戻って彼女を思い出すとき、このバァサンの愛称は避けて通れない。ずいぶん可愛がってもらった。亡くなってからすでに半世紀が過ぎている。

先祖代々の墓が村の墓地にあった。が、これは先年今住む在所へ移設した。

墓石らしき大石が幾つも転がっていたが、読める文字は同じものが多かった。代々同じ名前を襲名していたようである。父の代になって名が絶えた。わたしもその名ではない。わたしには子供がない。

この春、桜が散って、山の木々が萌黄色に染まる頃、わたしは、この故郷の漁港へ、列島周航の途上、愛艇で寄港する。上述の方たちの内、マー君とツー君が現地に健在だ。迷惑でなかったら、彼らと共に大酒を食らいたいと思っている。

北海道の某漁港から、

「申請いただいた漁港は1隻分だけ、短期利用が認められています。今後希望者が重なると抽選になります」と連絡がきた。

このような返事を得るのではなかろうかと心配していたが、どうやらそれが現実のものになりつつあるようだ。わたしはシブトク郷に入りつつ、かつ、ひたすら決まりを遵守しつつ周航するが、日本の公共の港に入るのもなかなか難儀なことではある。

だが、

柴山漁港には、何の心配もなく、我が「はまちどり」は入港する。ここはわたしの故郷である。

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2006年4月 3日 (月)

テレビ欄占い

“テレビ欄占い”ってのがあって、自分の生年月日と名前を入力すると、わたしってオッサンはテレビ欄にたとえると、こんなオッサンだって出る仕組み。

やってみたら、以下のようになった。

ヌヌッ!当たっておる!!!

波平ってのは、実は、ペンネームです。本名はインケツなのが別にあって、こちらを打ち込んでみたら、まったく別な番組表が出た。ぜんぜん当たっておらん。

って、ことは、わたしって二重人格者ってことかな?

ぜんぜん当たっておらん方の番組も、結構観たい気がするのだよな。

深層心理が本名番組で、世間的には波平番組ってことかな。

世間的波平をご存知のお方は、以下の番組を見て大笑いじゃなかろうか。なにせ、ドンピシャリでっせ!

「テレビ欄占い」
http://u-maker.com/o/tv/

波平さんをテレビ欄に例えるとこうなります。

8

テレビ波平

5:30  波平モンTV 激安波平と旅行▽神保町で柏原崇が

7:00  めざまし波平 羽田美智子が語る、コマネチのこと▽ちょびヒゲはナゼ高い
8:30  ルックルック波平小島聖宅前から中継▽原田知代さん破局?
9:30  波平殺し・濃い女 宇多田ヒカル 加山雄三 辰巳琢郎 木梨憲武

11:15 やりくり波平研究所 内職探しの注意点

11:30 (N)(天)◇45(N)

0:00  おもいきりテレビ 雷完全撃退法▽トイレ料理が中性脂肪減らす

1:00  安田成美の料理

1:20  三井ゆりの部屋 椎名林檎リモコンを語る◇おかず

1:55  わいわいワイド 桂三枝さんインドで号泣▽激ヤセ高橋克典の謎▽奥山佳恵の太い豪邸

3:56  (N)

4:00  (S)漫画古着ちゃん(再)

4:30  漫画靴下子(再)

4:59  北海道ラブストーリー(再) 「高い宇宙」 CHARA 東山紀之 北島三郎ほか

5:54  スーパーニュースフランス▽京都に激震が走るお茶法案の行方

▽長いラジカセ 仲本工事 田中邦衛ほか

7:00  暴れん坊 波平「大岡裁きでゴリラ!」 工藤夕貴 斉藤由貴 坂本冬美ほか

7:54  (S)市長の事件簿「イタリア人がさぶい、深まりゆく謎」 香西かおり 桜井幸子ほか

8:48  (N)

9:00  ドラマ・永遠にさぶい波平 「MDは黄色い」 松岡充 穴井夕子 秋吉久美子ほか

9:54  (S)ニューススポッティング 9時54分ですよ

          ▽波平意味深発言の波紋▽気になる野球の結果

          ▽東山紀之のぶらり旅お、おいしそう京都街道で

11:00 (S)波平Z 「篠原凉子真剣お見合い あらら細いわ」

11:30 辰巳琢郎のNEWS123 萩原流行ほか

0:20  (N)

0:25  波平エクスプレス ブラ珍皮ひもの旅▽0:55イタリア人精鋭▽1:25消防車王国

1:57  (S)「ひまわりの輝く夜に」 奥菜恵 細川ふみえ

3:35大塚寧々のミッドナイトコマネチ(3:50終了)

波平さんの平均視聴率は、12%テレビ局タイプは、フジテレビ系列です!

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2006年4月 2日 (日)

研究中

列島周航中のブログアップのあり方を研究しています。

以下(ダウンロード)の要領を思いついて試験打ちした次第。

出立は今月中旬以降の凪の日の朝、ムラムラッ!と、気分が高揚したら、

ヤッコラサ!

と、出かけるつもり。

「gennzaiti.doc」をダウンロード

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