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2006年7月

2006年7月31日 (月)

名古屋碧南三河丸

が、ポンツーン反対側に着いた。ごく自然に一杯会始まる。地の松丸(漁船)癇癪玉がいろいろ差し入れてくれて、酒呑まんわけにいかなくて辛い人生送っておるよ。
ボートは治ったかって?ほんなもんほっとけ!今は、三河丸に乗り込んでガブガブ呑んどるよ。アラ、エッサッサ!

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松丸の世話になっている

艇を着けた浮桟橋に定置網漁の松丸が居る。松丸船頭は癇癪玉の持ち主みたい。なんと、この度は、このトッッァンの世話になっとる。1パツ破裂させたら、修理屋の若い衆が飛んで来た。コリャ尾鷲の修理工場に頼んだ方が良いとなって、兄チャンから下見した専門意見を添えて尾鷲へ連絡する手はず。御前崎の釜ちゃんが取り揃えてくれた図面その他の資料が生きそうだ。癇癪玉が今朝取りのサバをくれている。そやつに出刃をブチ込んで食ってやろうと思う。サバ食いたかったら来艇歓迎。なに?食いたくない?薄情者メ!

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アカン!ギヤーが滑る!

港口を出た途端に滑った。なんとかあやしあやし港内元の位置に戻った。艇は浮かんでいる。ただそれだけ。
まず落ち着く。艇は浮かんでおり命の危険は避け得たのだから。

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九木浦5時出港→母港へ

1017hp1、凪の予報。今日はきついぞ、170マイル。でも無理はしない。悠々と走りたい。疲れれば更に泊を重ね文月の海を楽しむのみ。周囲が高い山に囲まれた奥深い入江の港に朝が来た。さぁモヤイを解くぞ!

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パルヤァヤ

異門の意。訳して“人それぞれ”のこと。どの門から入っても構わない、人の生き方はさまざま。
夢を追い、夢に老う人生である。これ、釣り人の常か、なら、わたしもその一人。
ちょっと覚めてみようか。玉手箱を小脇に抱え帰ってみよう。フタはどうするかって? さいな、それが問題。 開けたくもあり、開けたくもなし、パルヤァヤ。

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2006年7月30日 (日)

明日帰港のつもり

ユリ情報では明日はベタ凪だとさ。周参見で一日魚釣りを楽しみたいが、この度は安全第一、遊ばずに帰港する。細かくは書かぬ。艇はいたる所に傷みが生じている。油断すると沈んでしまう。スタンチュウブが締まらなくなった。1時間あたりバケツ2杯のビルジである。あれもこれも、くたびれたみたい。

御前崎はまた酒盛りやっとるみたい。賑やかな電話の声が懐かしい。
おのおの方、達者でいろよ。ホイデ、また波どんと呑んでくれろ!
ヤイ、コウノ!聞こえたか!

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大王埼の定置網

記録の意味でアップしますが、大王埼の暗岩・洗岩は規模がデカイ。ビックリするほど広範囲ですな。加えて定置暗がこの間に敷設してありますよ。シケ時は絶対に近寄れません。思い出すさえ恐ろしい。あぁ〜こわ!

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九木浦パン三つ

九木浦パン三つ

奥深い入江、スンバラスイ港。
自家製パンを1ケ百円で売る家があった。パンだけ。1種類だけ。三つ買った。

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熊野灘

大王埼をクリヤー、岩礁だらけ、恐ろしいところだね。
尾鷲の南・九鬼(九木浦)を目指し航行中。あと23マイル。

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気合いだ、気合いだ、おーおーお

遠州灘強行走破中。中好調。
ヤイ!寿司食いねぇ〜、海の波平だい!

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再度再度のヘタリじゃ

操舵を手動から自動に切り替えたらデタラメな方向に走った。神経を尖らせば、手動操舵も何か違和感がある。
引き返した。あぁ〜あ、我が家は遠い。今日は日曜日。修理手配出来るかな?
「お丸」艇の伴走がなかったら、118(海の110)の世話になったかも。また、友に助けられた。

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勇気?

八丁櫓メンバーの友が出港を見送るのだといって来てくれた。小振りな食べ頃のスイカと。
氏は「波平さんから勇気をもらった」と言った。賛辞これにまさるはない。身に余るお言葉である。猪突猛進を勇気とは思わない。あるいは、ビビりをかくは言わん。わたしはそう聴いて、お言葉を頂戴した。

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スタンバイ

凪の如くなり。
3時半起床、出港準備に万全を期す。
友艇「お丸」が万一の不全に備え途中まで伴走してくれる。
どこまで走れるか分からんが今日の凪は天恵のもの、応えて飛ぶは「はまちどり」の心意気である。
夜明け前の静寂を楽しんでいる。

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2006年7月29日 (土)

釜ちゃんは名人

応急修理完了。明朝5時出港→一気に周参見まで。まるまる2週間の御前崎滞在であった。たくさんの友を得た。生涯の宝を得た。今日、富士を見た。

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試運転したいが風がつよい。

ギヤーボックスの異常内圧を抜くに、ギヤーオイル注入口のフタを取り外し、オイルが噴きこぼれないよいな加工をした。オイルを足し込んだ。今はこれ以上はできない。凪げば試運転の構えてある。

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ガワですっちゃ

ガワですっちゃ

人間の食うものではないという意見がある。これがウマイですっちゃ。八丁櫓の会です。お〜い!あつまれ!!

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マイッタか!

マイッタか!

アルバどんマイッタか?八丁櫓のマドンナじゃ。サイン読めるかな?

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2006年7月28日 (金)

潮溜まりへ

一杯やりに行こうと思う。朱に交われば赤くなる。赤くなりにゆこうと思う。未だ赤く燃えたぎるジイチャンに交わろうと思う。

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御前崎八丁櫓

Img_0012_1 お~なんと勇ましい!!

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ハッピー八丁櫓

ハッピー八丁櫨

一番頑張っているのはダレ?

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夢遊

波朕思うに我が波祖波祖怠け遊ぶに生を傾け平に至る。現今の世情穏やかにして祐なるも波いまだ祖遊に遠くいまだし夢空に浮かぶを知らず御前崎の磯部に漂う。
今朝六十六の齢を数え母の寝たきり伏床を思う。老い行く子の遊び顔見せるは是か否か孝のことをしらず。
愛妻は犬2頭と共に郷に在り。今朝も帰心に濡れ壊れエンジンを励ます。

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2006年7月27日 (木)

明後日は土曜日

に、名古屋からM氏・E氏が、こちらへ来賀くださるらしい。
氏らから、鳥羽へ立ち寄るよう要請があって伺おうとしたが、艇の調子が悪く素通りやむなしとお詫びしていたのだった。艇故障が本格化し、頓挫の今、氏らの見舞いをこの地で受ける。あぁ恥ずかしい。

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満潮時刻である

朝方から日中昼過ぎまで西風が強かった。皆して漕いだが、なにせ爺さんばかり、八丁櫨は重かった。
艇は未だ修理屋釜ちゃんの手が空かず、検査待ちの状態である。
母港帰着まで、あと2日と思ったから、カビの生えかけた被服や湿って気持ち悪い下着などは綺麗さっぱり捨てていた。と、今、艇修理待ちになっても着替えが無い。百円ショップであれこれ買い足した。風呂にも入ったし、ヒゲも剃った。ただし、艇は傷んだままってこと。
夕凪だろうか、たまたま満潮時刻でもあり、ふんわりした気分。余裕だわいさ!

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御前崎は夏

御前崎は夏

灯台の浜波。海岸ゴミは見ないでおくれ。サーファーらの天国。

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ふしあな

明日28日66歳の誕生日を迎える。人生後半も既に半ばを過ぎ、生老病死の四苦もいよいよ畢竟(ひっきょう・最終局面の意)に入った感がある。
四苦に更に別の四苦を加え、これを四苦八苦という。・愛する人との生別・会いたくない人に会うこと・欲しい物が得られない・思うように物事が進まない
あぁ「はまちどり」、胸中に波立つものはなに?
今朝も濃霧。太陽が、天に開いたフシアナのように見える。あのフシアナの下の人生である。

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2006年7月26日 (水)

無関係者?

マリーナから今日は10艇出漁した。それぞれ重いクーラーボックスを下げてあがってきた。はまちどり艇だけが痛々しく、そのクーラーボックスは軽い。“無関係者”?
なんだか寂しい。
八丁櫨メンバーらは、今日も集って呑むらしい。わたしは修理屋・釜ちゃんが、「夕方には手を空けて行ってやる」と、言ったのを待っている。直ぐなおるとも思えない。後日、艇を上架後修理することになりそうだ。八丁櫨の仲間が、釜ちゃんの話が終わったら電話しろ、迎えに行ってやる、と言う。潮溜まりの呑み会だ。わたし“関係者”だろうか?嬉しい!

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八丁櫓正規会員?

夏休み中の小学生の体験試乗会ですわ。10名ほど乗せて、わたし、1/8丁漕がしてもろた。メッチャおもろい。

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帰港できた

あぁめでたい!帰港デケタ!

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トラブル・引き返す

港沖3マイル、ギヤー不調、帰港中。6ノット。

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7時10分出港ス

暗礁の間をぬって港外へ出た。視界100。レーダーに船影多数。シラス漁に注意。5ノット。凪。

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濃霧出港不能

濃霧出港不能

ポンツーン先端がみえません。出口水路に暗岩がある。

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2006年7月25日 (火)

八丁櫨潮溜まりの会

八丁櫨勇士らのたまり場があった。野外、ブルーシートの屋根。下は土のまま。そこにテーブル2台に手製の腰掛けがある。60過ぎのジイチャンらが集まって呑んでいた。
オシッコは、ふ〜と立って、そばのくさむらに行く。アヒルがほっつき歩いている。野池が10数歩の位置にあって、呑み飽きたら備え付けの釣り竿でフナ釣りをする。民家からだいぶ離れている。海の男らの集いの場。
でっかい声でワイワイ騒いでいた。わたしだって、その気になればデッカイ声で騒ぐわさ!あぁ〜おもしろかった。
明日朝、目が覚めるかな?

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明朝5時頃出港しようと思う

これ以上時間が遅れると霧が出て邪魔しそうだから。
それじゃ今晩呑もうと誘われた。で、それに備えて、これから昼寝する。

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八丁櫨勇士の面々

八丁櫨勇士の面々

風があって、昔話が花盛り

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糧抹

糧抹

味?なんばいうとるか!これは糧抹である。

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糧抹(りょうまつ・ご飯の意)

大変誤解があるように思える節があるから写真アップするが、
真空パックメシに、即席玄米粥の元と、パックのカレーと、一週間前にコンビニで買ったまま忘れていた生タマゴ2ケをかち割って、コップ3分1の日本酒で潤し、火にかけて、掻き回した極めて栄養価の高いブレックファーストである。
タマゴは、あるいは、ニワトリになっていはせぬかと按じたが、未だタマゴのままだった。
昨日の塩サバが一切れ残っているが、サジと箸の使い分けが面倒だから今は食わない。わたしはアル中じやない。朝から焼酎したりはしない。

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2006年7月24日 (月)

サバ定食

サバ定食

半身はサシミ、半身は塩焼き、なんと、オシンコもあるでよ!!

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和船

和船

スッゲェ〜!乗ってみた〜い!

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明後日26日出港

明日25日は和船(写真)をこの地の老漁師らが動かすそうな。わたし飛び入りを願い出た。漁師からサバをもらった。漁師らの目は、仲間を見る目になっている。嬉しいったらありゃしない!八チョウロだ。明日は、内1チョウに取っ組んでやる!グワ〜と、やる気が出てきたぞ!

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さびしいか

朝方ドシャブリがあった。“あぁ~大雨だ”と夢うつつに寝て、起きだすと雨はすっかりあがっていた。代わって霧が出てきたようだ。まだまだ今日も我慢の日、退屈の日。もし、明日、いま少し天候が安定するようなら出港しようと思う。

退屈だとはいいじょう緊張感は未だにしっかり保っている。

天気図は少なくとも出港海域~着岸予定海域までの間は検討するし、以後2日間の天候もにらむ。今居る御前崎港マリーナは少々のシケでも安全な場所だ。が、いったん出港したら、次に訪れる港で、安全な係留場所が得られるかどうか不安がある。だから向こう2日間の天候を検討し、ヨッシャ!と、思ったら出港する。ことに、台風がらみの中での出港の際などは、向後の係留地の良し悪しが決定的に重要である。ここ御前崎港マリーナ入港の際は台風5号が列島を睨みあげていて、彼の意向が読みきれなかった。で、結果、ずるずると長居することになった。

5号の影響はウネリとなって列島南岸を洗っている。梅雨前線が大雨を伴って居座っている。「はまちどり」が、彼らの息があがるのを御前崎で窺っている。

昨日、地元静岡の民放テレビの取材を受けたとき、レポーター氏が、

「独りで寂しくありませんか?危険だと思ったことはありませんか?」と言った。

「寂しいなんて思ったことぜんぜん無い。危険はホームシックでしょうね」と、応えた。

予想外の返事だったのだろうか、レポ氏、構えていたビデオカメラから顔を離し、生の目でわたしを見た。

「ホームシックはね“病気”です。“シック”です。アレにやられると現場離脱し、注意力がゼロになる。航海中こんな恐ろしい危険なことは他にはない」と、わたし。

「…ここにすでに1週間滞留しています。こうして毎日昼前から酒食らって(既に焼酎をチビチビやっていた)ゆっくり休んで、なんとかこの病気から立ち直ったところです。もう大丈夫でしょう。危険なんて、もうなぁ~んも無い。シケていたら沖へ出ないし、危険だと思ったら近寄らない」

「…それにねぇ、どこへ行っても、その地その地でたくさんのお方から援助を受けている。独り旅だなんてとんでもない。わたし、自分でもビックリしているのだけど、わたしが思いつくまま書き散らすブログを、毎日何百人ものお方が閲覧くださっている。さびしいなんて思うヒマないです」

ルポ氏は、乱雑に散らかっている艇内を撮影し、

また、外へ出て、雨の中に立って、

あるいは打ちくたびれた面持ちの艇に、カメラを向けた。

ルポ氏の言われるままに艇から顔を出し被写体になった。きまり悪いことではある。

たまたま前日散髪したところだったのがせめてもの救いか。

昨日、艇に積んで持ち歩いていた折り畳み自転車をドロされた話をした。

たった今、名古屋のH氏から、

「我が家の余り自転車を積んでこれからそちらへ行くと」連絡があった。

恐縮しご辞退したが、既にこちらへ向かって走っているとのことである。

ドギマギし、「ありがとう、お待ちしています」と応えた。

なんということだ。こんなことがあってよいのだろうか?

度重なるご好意の数々である。わたし、世間様に、これから、どのようにご恩返ししたらよかろうか?

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2006年7月23日 (日)

御前崎はノリ弁当

この地の釣り人U氏から陣中見舞いの差し入れを受けた。大粒の雨が降るなか奥様共々来艇された。確かペースメーカーをお使いだとか。はちきれそうな笑顔に魅せられ、ついついそのことを忘れ、足場の悪い桟だのに、渡って艇へお移りになるようお願いしたが、配慮の足らぬことであった。
地元TV局の取材を受けた。いつでもそうだか、思うまま、ありていにお話しした。凡々たる旅である、ホームシックが一番の難敵だ、などの締まらぬ話が中心になった。没取材になるのではないか。
また、ノリ弁当を食べている。

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泥棒カラス

愛用の折り畳み式自転車がドロされた。カラスかウミネコの仕業だろうか。コンビニやトイレが急に遠くなった。難儀だ。

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ネプチューン出撃ス

今朝7時出船の予定だったが、昨夜の呑み過ぎで寝過ごし、2時間遅れの出撃である。兄ちゃんと、琴菊どんが同船。わたしは自艇での昼寝を選んだ。
マリーナの中はゴミが大量に流れ込んでペラがヤバイ状態。薄い霧がある。これから少しづつ風が強まりそうな感じ。
艇内で読書の日。昨日、本を買ってきた。

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玉手箱

母港・播磨マリーナを出港したのは4月24日。今日で丸3月。
で、このまま、もうひとまわりします。

冗談、冗談!そんなことをしたら、本物の浦島太郎になってまう。
昨晩ユリが携帯電話で「アジかメチャメチャ釣れた」と言った。聴いて懐かしさが込み上げた。
遠州灘・熊野灘・枯木灘が横たわっている。不穏な前線が横たわっている。今日も出港を見合わせる。
玉手箱に手がかかっている。おォ〜こわ!

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2006年7月22日 (土)

琴菊2

琴菊2

肴が半端じゃない。教えな〜い!

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琴菊で呑んどる

左から、ネプ、兄ちゃん、大将。
全員釣り師。

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250円×2杯目

250円×2杯目

酔っ払ってバイシクルできるかな?

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子生まれ温泉??

マリーナからここまで10マイル(海M)ほどあるよ。バイシクル漕いだっちゃ。達者だねぇ。さがら温泉でっせ。別の名を、子生まれ温泉って言うそうだ。前の芝生でビールの安売りやっとった。これ250円。

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退屈力は散髪屋

4〜5時、漁港地区周辺散歩。遊漁船多数出船ス。概ね鯛5目の如し。釣人、電動リールに財を尽くす。
5〜8時、コンビニ朝食→ゴロリ朝寝。
今、濃霧。マリーナの各艇、エンジン掛けるも出もやらず、霧中話し声散らばる。
さぁ〜て、
わたしも動こうか。一昨日の健康ランド・遊湯舘まで自転車しよう。ついでに散髪でもしますか。今日より明日、明日より明後日が、より凪ぐだろうて。退屈力・退屈力。

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2006年7月21日 (金)

退屈の味

七月号の文芸春秋に(これ、どこの港で買ったのだろう)「退屈力」のことが出ている。退屈に耐えること大切さを面白く説いている。

思えば、このたびの日本一周がまさにこれだ。

退屈で、退屈でかなわんってのが、航海の実態である。

こう言っている今だって、日より待ちの退屈しのぎにパソコンいじっているわけだ。

御前崎港マリーナへ入ったのは先週の土曜日。それ以来ずっとここに留まっていて、遠州灘渡航可能な日和を待っているが、未だにその日和に恵まれない。はたしていつになったら出港できるのだろう。

今だって、沖へ出れば、それなりに凪いでいて走れるのではなかろうかと思う。

もしわたしに日和待ちする、すなわち「待つ力(退屈力」が不足していたら、わたしは出港している。だが、わたしは、いまだに海が凪ぐのを待っている。あぁ退屈だ。

母港出港以来、退屈・退屈、これを積み重ねて、御前崎に来た。これから先だっておなじである。

反省してみるに、わたしの場合は“退屈に耐える”という言い方は、いまいち適当ではない、“退屈と付き合う”と言うべきではないか。

だって耐えるばかりじゃ長くは続かない。だまし、だまし付き合うから、なんとかなるのではないか。

二つの手法で付き合ってきた。

ひとつは、酒呑んで酔っ払ってしまうこと。眠くなるからウトウト昼寝して過ごした。これが英気を養うにつながってきたような気がする。

もうひとつは、ブログ打ちだ。思いつくままブログに書き散らして、気晴らしをした。

「寂しいでしょう」とか、「勇気がありますね」などと言うお方があるが、これは当を得ていない。

ぜんぜん寂しくないし、怖いのは怖いが勇気があったわけじゃない。へたりながら、恐る恐る動くのである。

退屈力かぁ~、

なるほどなぁ~、待てば海路に日和あり、ってことだよな。

この言葉、つくづくホントだって実感しますなぁ~。これを体得しただけでも、航海した甲斐があるってもんだよな。

帰港後の隠居生活ってきっと退屈だと思うのだよな。

そういう時、この航海のことを思い出すのじゃないかな。あの時も退屈だったってね。懐かしい退屈だね。しみじみと退屈を味わうだろうな。どんな味がしますかねぇ~。

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ズジイ

今年5月、ヨシ○とアキどんの暴走チームは、わずか1日半で、29Ftボートを、播磨灘から→東京湾夢の島へ回航した。御前崎に一泊し、翌朝早々と夢の島へ着岸した。

わたしに、彼らの真似が出来るか?

1.海は凪いでいない…彼らはベタ凪を走った…

2.独りだ、操船交代要員が居ない

3.艇速度が遅い(1317ノット)…彼らは30ノット前後で暴走した

4.わたしは暴走族じゃない

わたしは、播磨灘←御前を、三日かけて走ろうと思う。

艇の故障は、釜下機械の釜ちゃんが、応急修理してくれた。バウスラスターだが、「いつまた壊れるかもわからんよ」という条件付である。修理にだいぶ苦労したらしい。彼にしてはじめて出来得た修理である。ギヤーのすべりは様子見だ。ギヤー油圧を常時監視しながら走ろう。

出来るだけ凪いだ海を、艇をいたわりつつ一直線に走りたい。鳥羽に艇友が待っていてくれる。が、しかし、このたびは立ち寄りを断念する。伊勢湾のダシ風のなか、あの複雑な海域を分け入るには、艇が傷み過ぎている。友よ、許せ!

積んでいた100㍑の予備タンクを、この地・御前崎で下ろした。ここから遠州灘・熊野灘を一気走りするなら必要なタンクだが、三日かけて細切れに走るからはもう不要である。

御前崎―105マイル―尾鷲(泊)―80マイル―周参見(泊)―90マイル―母港播磨マリーナ

尾鷲→尾鷲の105マイルは、一直線に沖走りした際の距離である。これだと沿岸から20マイル以上離れた沖を走る区間が出来る。当然携帯電話も圏外になる。航法違反でもある。で、実際には沿岸20マイル沖ギリギリを、携帯電話圏内を維持しつつ走ることになる。実走行距離は120マイルを越えることになるかも。燃料軽油300㍑(ドラム缶1本半)は用意しなければならん。

梅雨前線が狂いあがいている。台風5号の動静が気がかりである。今朝の御前崎は嫌な風が吹いている。時折雨が強まる不安定な天気が続いている。

いつも空を見上げている。伸び上がって海を、沖の様子を、眺めている。海が凪いだら、天候が安定を取り戻したら出港する。既にテンパイ・リーチ(マージャン用語・準備万端OKの意)を掛けた。「日本一周」旅の詰め将棋。空を読み、海を読み、愛艇をいたわって、波平ズジイは、(仙台のセブン氏は、爺さんを仙台弁では愛を込めて「ズジイ」と呼ぶと言った)今や気合十分である。

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2006年7月20日 (木)

旅食

迷ったがやはり得意技を繰り出すことに決めた。台風とそのウネリに、日和待ちで対抗する。…と、視点が定まって御前崎が愛おしく感じる。旅ってのはいいね、労せずしてかたくなになりがちな視野を、世界を解き広げる。
マリーナのヨットマンM氏が、健康ランドに連れて行ってくれた。フサフサし始めたヒゲだったが剃っちゃった。
朝メシ=菓子パン+チーズ…4時半
昼メシ=コンピニの海苔弁当+キムチ+牛乳割り焼酎…午前9時
晩メシ=健康ランドの野菜炒め定食+ビール…午後4時
今、夜食=焼酎+チーズ…午後8時前

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また台風だ

釜ちゃんがやってきた。応急修理を終えた。アレッ!
台風もやってくるみたい。
どないしょ!
またまた必殺技“日和待ち”を繰り出すしかないか。

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御前崎定食

御前崎定食

なんと豪華な!デザートもあるでよ!

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素面の朝

修理屋の釜ちゃんは、今日は、来てくれるだろうか?

漁船修理のベテランメカニックだと聞いている。修理待ちの船が多いなか、飛び入りの注文に割く時間が取れるかどうか?

わたしは隠居、時間はある。待っていると伝えてある。

昨日は終日雨模様であった。予報では午後には降り止むと言っていた。午後1時過ぎ頃、小降りになって少し青空が見えた。雨はあがったと思い、自転車で御前崎灯台まで出かけた。カッパを持っていたから途中降り出した雨にも負けずに岬先端を目指した。

どの岬もそうだが、陸側から観る岬の海はおっそろしい。危険な岩礁が牙をむき、泡を噛んでいる。御前崎先端の海は陸側からほぼ1キロ沖まで遠浅になっていて、その分、泡の噛み方が半端じゃない。少し高い位置から沖を見ると、そうだなぁ~岸から約2マイルの間は暗礁がありそうだ。波の面が微妙にそれを思わせる。

凪いだ海を疾走し、時化(シケ)た海に翻弄され、はるばる来たった御前崎である。御前崎の海を観て、ただ単に御前崎の海はこうだああだなんて思うのではない。漕ぎ渡り来たった海々が、われもわれもと脳裏に顕われる。旅は続いている。

旅寝を重ね、走り、頓挫し、美しさに驚嘆し、恐怖に身を縮めながらの約3か月。

ここしばらく風呂に入っていない。自分でも汗臭くおもわれる。ヒゲが延び放題で、手であごを撫ぜると気持ちフサフサする。このまま剃らずに帰航したら、あごヒゲが風になびくのではなかろうか。

昨夜は午後6時すぎにキャビンへ潜り、寝た。艇友らは、だぁれもわたしが既に寝ているなんて思わない。ポロリ・ポロリ携帯電話が鳴って眠りが妨げられる。そのつど起きて返事を返す。これ、ぜんぜん苦痛じゃない。むしろ楽しんでいる。本格的に寝るなら携帯電話のスイッチを切る。待つ気持ちがあるからスイッチは切らない。

白状すると、母が93歳で未だこの世をうろついておる。4月出港当初から、いつなんどき周航を中止して急ぎ帰宅することになるやも知れぬ。危惧を抱きつつの旅だ。このこともあって携帯電話は常時スイッチオンだ。取って、楽しい電話ならホッとする。大歓迎である。

御前崎港マリーナへ入って4日目の朝を迎えた。

昨日頃から徐々にマリーナ利用者に、わたしのことが知れ渡り始めたようである。なにせ、派手な「夢・日本一周」の看板がある。出会う人がみなさん興味深げな面持ちで語りかける。初句は、どこでもだいたい同じような質問だ。わたしも慣れてきてスラスラ応える。ついで、個別の、関心事に包まった質問が来るが、これが漁港の片隅に艇をもやったときと、ここマリーナにもやった時とでは、だいぶ違う。マリーナはいわば同類の仲間らが集うところ。わたしも気安く応じられる。質問も要所を突いていてなにを問われているかがすぐわかる。が、ひとつ残念なのは、いつも素面の話だ。マリーナは港の端にあって、どこからも徒歩では来れない不便な位置にある。利用者はすべて自動車でやってくる。なんとなく集まっての雑談を楽しむのは、マリーナ利用者らの隠れた喜びである。車だ、禁酒だ、とは言いながら車の運転を互いに同僚にゆだねたつもりで、いつの間にか缶ビールを手にする。が、ここのマリーナはなぜかその風潮が弱いように思われる。極めて残念だ。

あぁ、夜が明けたようだ。

今日は、青空が見える。

素面の朝はすがすがしい。

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2006年7月19日 (水)

御前崎灯台下

御前崎灯台下

あぁ怖い!

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御前崎南端を見る

いやぁ〜またげた!
すごい海だ!
御前崎灯台あたりを自転車で周遊。
「はまちどり」が、この海を航行できるだろうか?
沖約1マイルまでは暗礁がびっしりだね。3マイル沖まで危険礁がありますな。おっそろしやぁ〜!

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哲学中

古今最もよく売れる薬のひとつは毛生え薬じゃないか。だが、それ以上需要が多いのがあるよ。歯生え薬だ。出港後間もなくリンゴを噛って歯が1本抜け落ちた。スーハー、スーハーしていまだに気になってならぬ。
“髭生え止め薬”も売れ筋かもな。久しく風呂に入っておらん。髭がフサフサしてきた。
アレッ!
何杯目だったかな?

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御前崎1杯宣言

昨夜からの雨は次第に強まってドシャ降りになった。艇から出て管理棟のトイレへ行くのがやっと。
昼メシは外へ出るつもりが出られない。真空パックのご飯を食おう。お茶?バカな!そんなものは無いわい!
焼酎はある。コップ1杯だけにしよう。飲み過ぎは毒だからなぁ。
何杯目だったか、どこかに印しを付けておかないとヤバくはないかい?

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手空き待ち

この地に釜下機械という会社があって、そこに、ギャーとスラスターの修理を依頼し、釜ちゃんの手空きを待っている状態だ。釜ちゃん、腕が良く、引っ張りタコみたい。

ジリジリと悠々とを、こねくりまわした心境で待っとるわけだ。
今日は雨でシケ。どちらにしても日和待ちの日。“悠々待つ”の方の日ってことかな。

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怪物2

夜が明けた。また霧だ。助かった、余分なものを見なくて済む。
日本一周して何を見たのだろう?落ち着いたら周航記を書くつもりだ。メモを取った。ブログがそれだ。基本資料だ、ありのまま、感じたままをメモった。動きつつ打ち続けたメモである。紙芝居的に見えたのだろうか、予想外の閲覧カウントを得、危なく色気(脚色)を出すところだった。自制し、メモ書きに徹した。
帰港し、落ち着いたら、怪物を呼戻し、二人して書きたいと思う。メモに少し加筆したい。これって怪物の言い分である。こやつと仲良くしたいからなぁ。

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怪物

浅い眠りである。昨夜まだ陽のある頃から横になっている。目覚めて時計を見たらまだ11時過ぎで、それからウトウトしつつ寝転んでいたが、3時以降はボンヤリ座り込んでいる。雨が降り続いている。時々艇を揺らす風がある。
このような時の過ごし方がある。この時を思い出して、いまいちどあの時を得たいと思う時があるだろうと思う。

ボンヤリしている。が、なぜか、わけのわからぬ怪物が我が脳中を駆け巡る。次第に夜が明けつつある。怪物が「またな…」と言って去って行く。もう少し居てくれてもよかったのに。

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2006年7月18日 (火)

湯は調理の王様である

人間は火を使うサルだって話を聞いたことがある。と、なると、わたしはサルに近いってことか。食料は持っている。例えば即席ラーメン。袋から出しただけでは食えん。湯が要る。湯は火で創る。これが難儀。
片手鍋と蒸し器鍋を持っている。湯は片手鍋で創る。鉄鍋だ。サビが出るのて使用後は胡麻油をぬる。アブラ湯ができる。やかん?湯しか創れない単機能が気にいらないから持っていない。
だんだん分かってきたぞ。湯さえあれば大概の即席食品が食えるってね。純な湯が創れないから、食う物がラーメンだけになるのだってね。

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御前崎の風

御前崎の風

翼の直径80㍍。1800kw発電中。

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御前崎の風力

港南端近くに風力発電風車がある。真下へ来てみた。巨大な風車だ。ズゴォーズゴォーと、化け物の息遣いで回っている。風速12㍍。外海は白い。黒雲が走っている。防波堤の上に立ちたいが怖い。首をのばし、爪先だって外を見る。

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寂しからずや

駿河湾へ入ってから5日目の朝を迎えた。柔らかな雨が降っている。

空はいまだし明けきらず薄い布団(霧)に眠っているようだ。

今日も富士は見えないであろう。

なれない土地である。方向音痴のわたしには富士が気ままに動き回っているように思える。霧の中、あるいは雲の頭を突き破り、時々に姿を現すその位置が思わぬ方角である。

昨日は、不幸中の幸いだった。喜ぶべきだ思うが、トラブルはトラブル、しばし頓挫のなかにへったている。

昨日早朝のことだ。横抱きしてもらっていたネプチューン艇が、金洲へ出漁するにつき、横抱きの索を解いた。「はまちどり」艇は、別の係留地を求めねばならなかった。ネプ氏のアドバイスを得ていったんマリーナ区域を出て、マリーナ裏側の船溜りへ移ったのだった。

マリーナは、一昨日~昨日の間、海の日にちなむイベントの最中にあった。常なら空きバースがあるが、この両日はイベント中心で空きがなかった。

が、中に2箇所空きがあった。

ひとつは契約オーナーが入院中で艇は陸へ揚げられていた。いまひとつは修理のため、やはり艇は陸にあった。この事実上の空きバースに、はまちどり艇を移してはとマリーナに席を置くオーナーらが提案し、皆さんして「はまちどり」を引き込んでくれた。

マリーナ裏のさびしい船溜りから艇をマリーナ・ポンツーンへ回航したわけだが、思わぬトラブルが生じた。ポンツーンのクシ型へ入ろうとした際、船首のバウスラスターが作動しなかった。艇は回頭できずそのまま直進しコンクリート岸壁にドスンと突き当たった。バックギヤーが滑ってしまった。

艇は、バウスラスターと、マリンギヤーの故障を抱えたまま、今、ポンツーンにおさまっている。周りに居た方々が係策を引っ張って艇を移してくれた。

ネプ氏の手配で修理業者が来てバウスラスターを取り外し、修理のため持ち帰った。

マリンギヤーは修理が大掛かりになる。なんとかだまし騙し動かして母港・播磨マリーナまで帰りたい。その後に修理しようと思い、修理業者にそのように伝えた。

bどんから、携帯メールが入った。

やってきたその業者は、マリンギヤー修理の専門家だよ、修理をお願いした方がよろしいよ、と言う。方針転換する。今日、再度、業者へギヤー修理をお願いしようと思う。

実は、ギヤーがすべるのは日本一周に出立する前からである。いろいろ修理の手を加えても直らなかった。メーカー側と相談し、ある部品の不具合であろうとなって、その部分を交換したら、ピシャリと治った。その後まったく正常に稼動していたが、旅途中に少しすべる感じがあって、以後注意深く作動させていた。それが、このたびバックの際運悪くツルッと滑ったってことである。

ギヤーボックスには異常圧が逃げる穴が開いている。その穴のパイプが何らかの原因で役目を果たさなかったのだ。ために異常圧が、油圧式のギヤー作動の油圧の減増圧に悪影響を生じさせたように思われる。異常圧抜きのパイプそのものか、あるいはその設置方法に少し不具合があるのではなかろうか。いったんエンジンを止め、ギヤーオイルの注入口を開け、中の異常圧をプシューと抜けば、また正常に作動する。ギヤーパッキンの劣化だとはわたしには思えない。なにせ、わたしはとても注意深くやわらく、ギヤーをいたわりつつ扱ってきたからなぁ。

…って、わけで、bどんのアドバイスを生かし、ここでギヤー修理をなし終えたいと思う。再就航はこの後にする。

修理が済むまでの間、御前崎を探索したい。艇をもやうポンツーンにカンパチが遊泳するようである。40センチほどの大アジが居ついているという。彼らもわたしを慰めてくれるだろう。

先に溜まった洗濯物の話をした。

留守番中のかみさんがこれを読んで仰天したようである。

「溜め込んだ洗濯物は、全部捨ててしまってください!!持って帰ったらダメよ!」って、言ってきた。

このアドバイスもこの際受け入れようかと思う。

溜め込んだ洗濯物を引っ張り出したら、その昔、大国主の尊が担いでいたという大きな袋が二つもできた。

クサヤの干物か、洗濯物か、勇士トラブッテ世間に迎合ス、また、寂しからずや!

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2006年7月17日 (月)

なんとかなるだろう

金洲へ出たネプチューン艇はイカ1パイと赤いカサゴに似た魚2尾とカラス鮫1尾を釣って戻った。大きな落とし物をしたけど拾えたからよかった、と、言う。ひとり艇から海へ転げ落ちたらしい。
はまちどり艇のバウスラスターは修理のめどがついた。
サバの日干しは失敗した。
ネプチューン氏の二日酔いは覚めたようである。やたらまじめな顔になった。

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艇もへたり気味

御前崎マリーナのポンツーン(浮桟橋)へ移動した。移動中にバウスラスター(船首回頭ペラ)が動かなくなった。で、岸壁に突き当たった。なんとバックギヤーまでが滑って入らなかったのである。
修理手配中だ。
ぼかぁ〜ついとる!最も安全な所で生じたトラブルに乾杯!〓〓
あぁ、救命艇用に積んでいるゴムボートの右側気室がすぐに萎む。空気が漏れているようだ。
スタンチューブも締まりがなくなった。ビルジポンプは壊れて久しい。
洗濯待ち被服は漬物的になりつつある。くさやの干物?あぁ、やっとれん。

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遠州灘を窺う2

7時、ネプチューン艇はフラフラと出漁した。大丈夫かいな?横抱きを解かれた「はまちどり」はマリーナ裏の船溜まりへ移動した。こちらの艇長は、朝食に即席ラーメンをゆがき食った。
一気に鳥羽まで走りたい。が、今日明日の海況では無理。鳥羽へメールを発したい。が、いまだし天候が読み切れない。疲れが気力を蝕みつつあり、鳥羽へ立ち寄る元気が保てるかどうかも不安。艇尾にイスを持ちだし、寝そべって空の雲行きを眺めている。昨日釣ったサバを塩しつ干している。ハエが集まる。ハエ叩きを振り回している。

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遠州灘を窺う

ネプチューン氏はまだ起きてこない。船内にのびている。今朝は、彼は、仲間らとキンメ釣りに金洲へでる約束があった。その仲間らはすでに乗船している。
「船長は?」と、はまちどり艇キャビンから這い出たわたし。横抱き隣船の話し声に目が覚めた。
「二日酔いや」と、お仲間たち。うらましげだ。皆さんは、わたしと船長が昨夜呑んでいたを知っている。

金洲・銭洲は、是非行ってみたい釣り場である。行きましょうと誘われたが、わたしは昼寝を選んだ。ついでに出向く釣り場じゃない。あらためて、腰を据えて出直したい。

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2006年7月16日 (日)

ネプチューンって何?

わたしより20才若い釣り人。39ftのプレジャーボートのオーナ。御前崎マリーナを母港に駿河湾を釣りまくる釣りキチ。わたしのホームページと相互リンク。bどんの友人。おとこまえ。油断のある人。今日釣った大きなアジを開いて干していたが、さきほど横見した隙に、カラス取られた。

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御前崎マリーナ

御前崎マリーナ

ネプチューンに抱いてもらった。

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塩サバ釣り

御前崎港東4マイルで塩サバ釣っています。いくらでも釣れるけど塩サバにするのがめんどうだ。ネプチューン艇と並んで釣っている。波があって油断したら艇からころげ落ちそう。これでは遠州灘は大シケでしょう。ネプチューンはまだ釣るみたい。わたしは先に港へ入ろうかな。

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ドラマは続く

焼津を出港した。御前崎港へ向かう。15マイル先だ。
ネプチューン氏の懐(ふところ)へ入る。あたたかそうだ。遠州灘を窺う絶好位置である。
駿河湾をスローで航行中。名残惜しい心地に浸りつつ。長兼丸ありがとう。

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駿河湾と富士

駿河湾と富士

不穏な雲行き、凪いだかに見える海、富士の頭は天のなか、

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富士の山

富士の山

夜明け。三日めに富士を見た。

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昼寝昼寝ですわ

艇の揺れで目覚めた。風が出ている。およそ3月の間、艇内泊を重ねている。瞬間的に海が不機嫌だとわかる。携帯サイトで岬々の現況を探る。この時間でこの風、艇を打つ雨音、民家の庭木が揺れている。やぁ〜めた!今日も昼寝日。

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さらに我慢

御前崎9㍍。焼津・小川漁港内でも実感5㍍。本日の遠州灘は、やわな「はまちどり」にはきつすぎる。出港は中止する。住民票を焼津に移す…冗談でっせ、
あぁ〜あ、
おかぁちゃ〜ん、

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2006年7月15日 (土)

隠居的屁理屈

昨日は、伊豆半島最南端・石廊崎で危険な三角ウネリに張り飛ばされキモを冷やしたせいか、グンニャリ疲れてしまって尺八の音もいまいち悪かった。いやね、焼津の漁師・長兼丸のヒサどんが、…彼はfishmlのメンバーで、わたしもそうで、仲良しですわ…。ミルク蟹って、検索サイトに打ち込んでみてくださいよ。おもろいページが観れるから。

で、その彼・ヒサどんが、歓迎会してくれて、わたしまた調子に乗って尺八吹いたわけよ。疲れていると音が悪いのだなぁ~、スカッペ聴かせてもた。

それはとにかく、

今朝出港するつもりだったけど、遠州灘に波浪注意報が出てしまって、出端をくじかれ、今日は休養日になってしもた。

で、急きょ様子見に来てくれていた大阪・船頭倶楽部の山カイチョウと、朝のトースト食って、ゆで卵食って、…あのね、アルバどんが「隠居はカビの生えた食パンでもええけんど、カイチョウには食わしたらあかん!」って言ってきたけど、大丈夫ですよ。トーストはカイチョウが泊まったホテルのモーニングメニューです。で、正規の未だカビないトーストを2枚食ったら元気が出たよ。カイチョウは次の予定地東京サへ発たれました。ラグビー仲間の同窓会とか言っていたな。

さて、以下は、

カイチョウとダラダラ話ししていて、そうだ、これをいちど書いておこうと思ったから、記録の意味を込めて書いてみますね。下種の屁理屈ですよ、分かってもらえるかどうか?

さて、さて、

わたし、いろいろなお方から「なんで日本一周なんてするの?」って度々問いかけられます。ほっといてくれって言いたいけど、そうもならず、その都度グジグジ言い訳する。こういうことが度重なって、最近は「遊びじゃない、これがわたしの仕事ですわ」と答えることにした。そう答えて、ストンと自分自身納得するところがあった。自分のスタンスをこのたびの旅を通して自覚し得た喜びがある。

以前から、わたし、たびたび、仕事には2種あるってことを言っている。ひとつは生活の糧を得るために銭を稼ぐ稼ぎ仕事。いまひとつは銭にはならぬ天与の仕事。目覚めの早い年寄りが早朝の公園のゴミ掃除をする。子供らの登校をそっと見守る。これって稼ぎにはならんが、社会的には非常に価値ある仕事でしょう。わたしはそう思う。

この手のことを自分自身に当てはめるに、

今わたしは持てる力を搾り出して「日本一周」ってのをやっている。出費ばかりで破産寸前だが、これって今のわたしには天与の仕事であるかのように思える。

わたし、以前から、“遊び”の価値についてしっかり見直すべきだってことを言っている。稼ぎ仕事に対する遊びは、一般には怠けの意を暗に含んでいて

“あいつは遊んでばかりいて仕事をしない”などという。

一面正しいことを言っているようだが、よォ~く考えると、遊ぶにたる稼ぎがあればそれ以上はやたら働かなくてもエエのじゃないか。命の原点へ立ち戻れば、命を全うするにたる生き方ってものがあるだろう。人間らしさは、むしろ遊びのなかにあることが多いのだよ。少なくとも文化・芸術ってものはこの範疇だもんな。

わたし、確かに「日本一周」って遊びの最中にある。ここにたしかに生きていて思いつくまま書き散らし、面白がるお方たちが見ていてくれている。もし、このわたしの行動が、意味を持つとしたならば、遊びってコトの価値の見直しにつながりはせんだろうかと思う。遊びの本来の価値の向上のために、わたしは稼ぎにはならんが、何がしかの努力をし、働いているって…、ネ、もってまわった屁理屈論法だけど、どうじゃろね、わたしの言うこと、どこか間違っておるかね?

で、言うわけですよ、

「なんで日本一周なんてするの?」

「だって、これが仕事だもんな。けっこうシンドイよ。そんなに気楽な稼業じゃないよ」ってね。

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焼津・小川漁港

焼津・小川漁港

長兼丸と、はまちどり

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ホンマ・ホンマ

船頭倶楽部の山どんと朝のトーストを食っている。良い天気だ。沖がシケ模様だなんてホンマかいな?サーフィンズショップを経営しているというお方が来られて、海況を教わることができた。明朝4時に出港しようと思う。格別な気象変化がなければの話。
ゆっくりするなぁ、今日一日は休養日。そして休肝日にするつもり。ホンマかいな?

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やる気はあるが波には勝てぬ

遠州南に波浪注意報が出ている。鳥羽まで行きたいが100マイル。波浪注意報のなか、隠居仕事の域を出ている。日和待ちとする。
あぁ、仕事には2種あると思っている。ひとつは月給仕事。いまひとつは金にならぬ天与の仕事。この度の日本一周は、余人から見れば遊び、当の波平からは仕事である。天から課せられた仕事がたまたまこれであったってこと。その天が今日は休めと言うておる。

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2006年7月14日 (金)

焼津は夏だった

ご馳走の席から艇へ戻った。
長兼丸にあたたかく迎えてもらって、気持ちがゆるんだようだ。グタァ〜としている。明日の天候が気に入らないせいかもしれない。
寝ようと思う。蚊取り線香をたいている。

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ひょっとして有名人?

焼津小川漁港に着くやいなや紳士から声をかけられた。
「お疲れさま、これどうぞ」
四海王・千年ロマン、頂いた焼酎に付けられた商品名だ。名古屋から駆けつけてこられた由。鳥羽へ立ち寄るようお招きを受けた。
雑誌ボート倶楽部の辣腕記者水野氏が「ヤァヤァ、やってますね」と、様子見にきてくれた。
ついでイナビカリがやってきた。ドシャ降りになった。
18時から歓迎会だと長兼丸長谷川氏。大阪・船頭クラブの山本会長が急きょこちらに向かいつつあるとか。
日刊焼津港報社の取材を受けた。

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焼津・小川漁港

焼津・小川漁港

沖合3マイルまて長兼ねる丸が出迎えてくれた。無事着岸。

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石廊崎をかわした

伊豆半島南端只今通過。これより駿河湾へ入る。焼津港内小川漁港を目指す。310度28.3マイル先である。波いまだ高く艇速12ノット。水温19.7度。
伊豆半島が薄霧にむせんでおる。稜線が丸い。艇天窓から真上を見る。真っ青だ。360度水平線を見る。薄い霧がおりている。この霧が晴れれば富士山が見えるはずだ。
なんとも走りにくいウネリだこと、

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緊張礁群クリヤー

ヤンレサホイホイ、ワッシャ海の男でござる!

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大波

爪木埼沖ドンブラコ。ドデカイ波。右舷3マイルが下田港。だか回頭不能。コーリャスゲェー、神子元島と付近の危険礁を越すのが難儀でっせ!

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相模湾など気合いで押し潰したる

晴天、視界3マイル、1012hp、水温23.7、18ノット。
アンパン1つ、クニャクニャバナナ1本、牛乳少々。
ウネリ?
なんのこれしき!!

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相模湾航行中

下田まで40マイル。朝凪である。風が目を覚ますまでに何処まで行けるかわからん。相模湾真っ只中を疾走中。カモメ飛ぶ飛ぶ、はまちどりも飛ぶよォ〜と、

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2006年7月13日 (木)

心意気

って料理屋が神戸・三ノ宮にある。名前に惚れて、料理に惚れて、時々通う。オヤジとはあまり話をしたことはない。わたしの勝手惚れだ。
今、艇を城ケ島の前にもやって、デッキで独り焼酎を呑んでいる。
♪舟は櫓でやる、櫓は唄でやる、唄は船頭さんの心意気♪
「城ケ島の雨」のここが好きだ。エエなぁ〜、今夜の焼酎はうまいや。あれが城ケ島でっか。ほォ〜、あれがねぇ〜、

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あぁ城ケ島の南風♪

東海の海は武骨だ。入港したての小型巡視船に波の様子と石廊崎(伊豆半島南端)のことを教えてもらった。明日もダメだということだ。日和待ちパターンになりそうだ。モテる力発揮の機会到来。時間はタップリある。
だがなぁ〜、ここは「海の駅」って位置付けになっていて、係留代が一日当たり2500円。持てる力?
時間>さいふ
難儀だ!

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はしょり報告

7月13日(木)午後1時半です。

一昨日(11日午後)から、プロバイダー側のメンテナンス作業のため、新規打ち込みができなくなっていました。わたし、原稿を打ち込むだけで、パソコンメールを開くことが出来ていないので、プロバイダーからの事前連絡が把握できない。で、突然の掲載拒否に戸惑ってしまいます。かみさんが「パッパ、まだ生きてますか?」と携帯電話メールを寄越した、それで、またメンテかいなと、気付いたってこと。

え~と、野島崎沖を、恐る恐る渡り切ったところまでお話ししたのだったかな?やれやれと思って東京湾へ角度急に入ろうとしたら、なんのなんの洲崎ってのが立ちはだかっていた。けったいな波がウワ~と襲ってきた。で、また沖へ逃げ出し、大回りで東京湾へ入った。保田漁港内のフイッシャリーナに入った。

保田漁港は小さな港です。沖から見ると、どこが港かわかりにくい。探り探り近づいて漁港へ電話し確かめると、思ったとおり漁港の真正面の位置に居た。またまた神業だって思ったなぁ。手持ちの25何分の1の海図にはこの漁港が記されていないのです。

事前に、メル友・きんのりどんと連絡がついていて、入港後ボンヤリしていていたら、氏が、おくさん同伴で陸路駆けつけてきてくれた。少し遅い昼食を一緒に摂って、着替えて…まだ汗臭くないのを引っ張り出して…、車に同乗させてもらって、氏のテリトリーへご案内いただいた。

東京湾の盤洲干潟です。氏はここで、浅草海苔(本物でっせ!)の復活に挑戦中だ。アサリ貝の漁師でもあるし、政府関係の自然保護(干潟保護)に関わる各セクションからひっぱりタコのお人でもある。少し興奮的に申しますとね、わたし、“オー、いま俺は世紀の偉人の前に立っておる”って緊張したぞ!

氏は、NPOってのを立ち上げ、主催していて、ウワ~と仲間が居る。その仲間らが駆けつけてくれた。嬉しかったなぁ~。歓迎が半端じゃなかった。「どうぞどうぞ」って言うから付いていったら、足元ズブズブの芦原でした。嬉しいじゃあ~りませんか、わたし、干潟が観たいとお願いしていた。真正面から応じてくれている。この、きんちゃん(きんのり氏)は本物だって電気ショックが走ったよ。

で、また「どうぞどうぞ」っていうから付いていったら、こんどは、この脚立へあがれという。昔、江戸湾で、脚立釣りってのがあって、今は東京湾では絶滅したアオギスを釣っていた。その、既に絶えた脚立釣りを氏は知っていて、考証の末、実物脚立を作ったってこと。背の高い大きな脚立だったよ。軒下にすえて、上がれ、あがれと言う。あがると、そのまま屋根の上へ渡り上がれという。上がると、下から皆がゾロゾロ一緒に屋根に上がってきて、ログハウスの屋根で缶ビール片手に酒盛りです。みなさん平気で傾斜の急な屋根の上を歩き回る。わたしは幾分高所恐怖の気味があるから、オッソロしくて座り込んだままだ。立ち上がれない。でもネ、屋根から観る風景は絶品でした。

きんちゃんが言った。「波平さん、目の前に広がる干潟を観てよ。これが東京湾の原点じゃないかな?ここが、おれら漁師の稼ぎ場だってことだけで言うのじゃない。この干潟は残したい。おれらはそう思っている」と、ね。

播磨マリーナ(兵庫県高砂市・播磨灘)が、わたしの母港だ。そこにbどんって仲間が居て、たまたま仕事で東京に出張中だった。わたしが干潟見学中だと知って、仕事を終えるや否やログハウスにすっ飛んできた。わたしはウドの大木です。ぼ~とした締りの無い背高です。bどんは、ダンゴのような体型でヒゲをはやしている。しっかり自覚しているのだよな。あのヒゲが社長だってことを。あとはダンゴだ。そのダンゴが、俺も俺もって、脚立を登り屋根に上がった。「オォー、スンバラスィー」ってうなったな。

真夜中近くまで呑んでいた。わたしは毎日が日曜日。天下のご隠居さん。皆さんは働き盛りのとっつぁん達。翌日は日曜じゃないよ水曜日だよ。大丈夫働けたのでしょうか?隠居はどうしていたのかって?わたしは、遅くまで寝ていて、目覚めて早速「ばんやの風呂」(保田漁港のフイッシャリーナには「ばんや」って施設がある)に入った。朝風呂ってやつ。ゆっくり休んだですわ。

で、昼前に保田を発って、三浦半島側対岸のベラシスという超高級マリーナに入った。ビジター専用のポンツーンに艇をもやった。ここはイーグリットⅡの母港です。艇長は尊敬する南藤氏。氏にお会いしました。久々の邂逅だ。やぁやぁって感じ。

はまちどり艇とイーグリットⅡは同型艇です。でもね、100メートル離れて観たらの話。それ以上近寄ると、とても同型艇とは思えない。方やピカピカのハイテク艇、かたや泥んこの縄文艇。しょうがないや、氏は、電子機器関係の社長さんだ。わたしゃ安サラリーマンの成れの果て。昔からの釣りキチだ。釣り針の結び方は知っていても、金の稼ぎにゃ弱いもんな。

ながなが話して、ようやく今になった。今は13日の午後2時15分。マリーナ・ベラシスを昼前に発って、ここ三崎の海の家に着いたのだった。下田へ行こうとしたのだけれど、ウネリがきつくて走れない。今日はここに泊まります。係留代2500円。明日は焼津へ向かいたい。ミルク蟹漁師の長谷川さんとお会いしたい。

それにしても、エエ所だったなベラシスは。日本一の最高級マリーナですよ。ビジター艇の一泊が、たったの7000円。高いじゃないかって?そりゃあなた、サービスの充実を知らんからそう思うのだな。高いか安いかは、与えられたサービスと対比せな判断できん。サイフ的には高い。だが相対価格は安い。ネッ、そうだよね、bどん!

あのね、わたし思いました。従業員氏らのサービスは最高だし、諸設備は完璧で、ゴミひとつ落ちておらん。敬語・敬語で持ち上げられて、わたし、殿様になった気持ちです。そして、ハッとわれに返った。彼ら従業員氏らはオーナー連と同様にお金持ちなのかどうかってね。あるいは、いつも下手・下手で、しんどいのではないかってね。世の中には、敬語を使う人が居て、敬語を受ける人が居る。この間に銭が行き来する。わたし、敬語を受けるに値しない貧乏人だから、この両者のギャップが、関係が、ヨォ~くわかる。ベラシスは安い。だけど、わたし的には高い。貧弱なサイフがそう言わせる。今、海の駅。ここは2500円。申し出たら、コンセントのあるコーナーに、パソコンを打てる折りたたみ机と椅子を出してくれた。2500円は安い。でもやはりサイフ的には高い。サイフがそういう。わたしは安いと思うがサイフが納得せん。お茶のサービスがあれば、納得るのだが、そして声を張り上げて安い安いと言うのだが残念ながらお茶は出そうにない。

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みうら・みさき海の駅

みうら・みさき海の駅

ここに居ます。パソコンはわたしの物。今、長めの原稿をこれで打とうとしている。

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写真はどうかな?

写真はどうかな?

最後尾がはまちどり、対岸は城ケ島、

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打てるかな?

一昨日午後からプロバイダー側の都合て゛新規打ち込みが出来なかった。これは回復したかどうかの試し打ち。
脱落分は追ってアップ。取り敢えず現状報告。三浦半島先端は城ケ島。眼前がそれ。艇は三崎港絶好位置に着けている。それを料亭2階から眺めながら昼食中・ご馳走だよ。

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2006年7月11日 (火)

洲崎沖→浦賀水道へ

難所をまたひとつ乗り越えた。保田フィッシャリーナへ向かう。
半ズボン・シャツイチ・はだし・サングラス・無帽。大島・三原山が見える。遊漁船散見す。やってきたぜ東京湾!

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野島崎にアタック

野島崎は房総半島南端。今、この沖5〜7マイルを東→西へ航行しようとしている。波の様相が変わった。白波はない。が、尖った砕石の上をダンスのトールシューズで行く感じ。そう、とびはねながら、おー!白波がでてきたぞ!

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保田へ

極端な濃霧である。6時出港。幾分灰色がかった濃霧の中、びょうびたるウネリである。地獄への航路もかくばかりか。
わが人生航路は安穏にすぎた。今、そのつけを房総の海で払う。一気に沖出しし、野島崎を攻める。
やや霧晴れる。いざ東京湾へ突っ込むぞ!

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青空見える

沖出し6マイル、水深200、水温22.5、1017hp。ウネリややおさまる。霧、晴れる。視界5マイル。15ノット。

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2006年7月10日 (月)

勝浦は真っ白ケ!

またまた濃霧の港へ入った。自分でも信じられない神業じゃぞ!やるもんじゃねェ〜。海上保安庁の巡視船が、すぐ近くにおった。
「怪しい船だと思いましたか?」と声を掛けたら笑って「お疲れさんでした」と言って、冷たい缶カンコーヒをひとつくれた。
ハァ、港内は真っ白けですわ。神業じゃねェ、呆れた!

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飛行機と潜水艦

飛行機と潜水艦

こんな具合に。サバはっかし、や〜めた、

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掛かった!

掛かった!

サバというカツオ

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ケンケン

九十九里浜沖航行中。ウネリ納まる。雨あがる。カツオ鳥多し。ハマチ跳ねる。ケンケンを出した。

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犬吠崎(いぬぼうざき)

を、やっつけてしまおうと思う。鹿島灘もここまで、あと15マイル。
岬沖10マイルを走ろう。後、転針し、九十九里浜沖を一気に押し渡り、出来れば勝浦港へ入りたい。届くかな?
要は、この凪の間に犬崎をやっつけるってこと。あとはそれから考える。
視界3マイルに改善。犬吠はまだ霧の中。

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16

豪雨の中を走っている。水深150。水温23.2。視界3マイル。沿岸8マイル沖。ウネリをひねりつぶす勢いではしっいる。笑うな!16ノット。

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沖へ出てもウネッとる

霧が一段と濃くなった。100㍍を割った。そのなかから、ウネリが絶大なる存在感を持って現れる。雄大なもんですなぁ。
なんでウネルのや?ウネリの表面はツルンツルンの凪でっせ。

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大津港6時出港

視界150。ウネリ2㍍。1018hp。水温20.8。雨。
ウネリが大き過ぎて7ノット。水深の深い沖へ出れば少しは和らぐかも。銚子まで70マイル。ゆっくりでもかまわない。
今朝の納豆はうまかった。雪割納豆。味噌の香が懐かしかった。ネバリ抜群頑張るぞ!

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2006年7月 9日 (日)

天心

いやぁ〜感動したぁ〜
天心どん大好き〓
彼の愛艇「竜王丸」。スバラシイ!
実物ですからね。このあたりに座って、このあたりの船縁を掴んだりしたであろうと思うと、わっしゃのハートがドッキンドッキンしたけんね。あぁエカッタ!
老人が3名バラバラ「はたまちどり」艇の見学に来られました。
「こういうことはしたらだめ。危ない」…と、否定的なお言葉を残して帰ってった。
もっとオモロイ爺さんはおらんのかいな?

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大津港

大津港

威張って着岸。ドケッ!って言われたらどないしょ、

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大津港

14時入港。これから天心どんを訪ねる。

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飛び魚

相馬沖を過ぎた。間もなく仙台湾を完全に出切る。水温徐々に低下、19.2度。気圧1020hp。ウネリの形が外洋性のものになりつつある。いまだ水深60。これより急激に深くなる。曇天。久々に飛び魚を見る。海は群青・黒潮の色。

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夢続行中

仙台を出港した。大津港を目指す。1018hp、水温20.8、16ノット。カレイのポイントを通過中。広大な瀬、鹿ノ瀬をしのぐ。ギョタンにカレイ、海底に隙間なくカレイ寝そべる。あたりいちめん遊漁船。

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朝5時、霧にむせぶ仙台湾・七ケ浜清水。アサリ漁の夫婦舟はもう先ほど漁を終え陸へ上がった。これからしばらくは帰港する漁船の曳き波で艇は揺れ続ける。今日は日曜日。やがてプレジャーボートが動きだすだろう。漁港の朝が好きだ。
6時頃、出港しようと思う。入った気合いを一度抜いて、ボンヤリ出るのが隠居旅の華ってもんだ。シンドそうな年寄り顔は若い衆に見せたくねぇからな、

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2006年7月 8日 (土)

スタンバイへ

明朝の出港に備え各所チェック。ラダーの油圧が少し漏れていた。備えの専用オイルを補充。ビルジを抜きたいが慌てることはない。明日走る海域の海図を再確認。相馬・請戸・久之浜をチェック。大津まで届かぬ際の避難先である。順調なら明後日には銚子に入る。
頭には、房総半島南端の野島崎があって、その存在が大きくなりつつある。

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海の友

体調を航海用に再調整しつつあるところだ。まずその前に、気持ちをそれ向きに整える。明日は東の風。予報では波の高さ1メートル半。どちらかというと2メートルに近い方の1メートル半。終始横波を受けながらの90数マイルになる。半端な航海じゃない。体調と気持ちの準備はまず熟睡から。しっかり睡眠をとろう。後は、おのずと整ってくるだろう。 北茨城市の大津港を目指す。

仙台藩にはエッカクお世話になった。筆舌に尽くしがたいとはこのことか。お礼はすべて持越しである。各所で尺八を吹いた。童謡唱歌が中心である。わたしは感謝の気持ちを伝えたいと思った。出来ればわたしと一緒に、想いを夢の中へ放ってみて欲しいと思った。そう念じつつ、こころを解き放ち、かつ気合を込めて、尺八を吹いた。 あるいは、これ、独りよがりの独演である。実際、そうだったかも知れない。が、しかし、わたしはあまりそのことを意識しなかった。やるからには、演奏するからには精一杯やらなくてなんとしょ!わたし自身が、身も心も歌に溶け込まなくてなんとしょ!なかには、あっけにとられたお方があったのではなかろうか。いやまったく、隠居の火遊びではあった。

播磨の、大阪湾の、友艇たちに告げたい。隠居波平、ここ仙台湾へ艇を進め、至福の時を堪能したぞ!諸氏ら、もし、ここ仙台へ来たりなば、また仙台藩は熱き心で諸氏らを迎えるぞ!われらは心しなければならんぞ。仙台藩勇士の皆々が大阪湾・播磨灘へ来たりなば、かれらに勝る熱き心を更に盛んにせなならんぞ!あぁ~、海の友!

隠居今月66歳。かつてはインケツムード丸出しの安サラリーマン。いまや年老いてシャバ社会の厄介者となる。捨てるに惜しい余生と思うはわれ一人の贅沢である。さびしきかなと想いけん。ここに来て美酒を呑む。更に進まん東海への航路。

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掌中に浮かぶ

アルバどんは既に仙台を発ち相馬に入ったようだ。わたしは明朝発とうと思う。大津に入り、日本文化の重鎮岡倉天心記念館を訪ねたい。天心は魚釣りが好きだった。小さな手漕ぎ舟を持っていた。展示されているはずだ。我が愛艇「はまちどり」の心の原点である。
今朝方、コトちゃんから、明日の海況について情報を得た。わたしが一番知りたい波の周期に触れる的確な解説付きアドバイス。仙台入港の際、そして出港時も、「はまちどり」は、氏のあたたかい掌中にある。
また朝帰りであった。もはや頭のてっぺんから足の爪先まで仙台の酒。

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2006年7月 7日 (金)

瑞巌寺詣

アルバどんは、キョロキョロしながらギャルバッカ追い掛けておる。片端からナンパの構え。波平はありがたい心地に浸ってナンパ中のアルバどんの尻にくっついて歩いている。
今は「七倉(どんじき)」亭に上がって甘酒をすすっておる。
アルバどんは彼女と携帯電話中。
今晩は、仙台連とまた一杯会。
「波平さん、今晩がある。食い過ぎたらあきまへんでぇ」とアルバどん。注文は、ざるそば大盛り。

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朝食はパン

朝食はパン

油断だった!煮ても焼いても食えそうにない。

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仙台湾に魚は居ない

昨日夕刻前、子供の頃は国後島に住んでいたというお方がやってきた。長じて以後、漁船員になり、もう知らない海は無いという。ゆっくりした話しぶり、小声で話す。

目を細めて「はまちどり」艇を眺め、輝いた目をわたしに向けて「冒険家だなぁ…」と、言った。過大評価である。

「ぼかぁそんなのじゃない。台風と聞いただけで、こうしてここにすっこんどる」

「絶対に凪の日にしか走らないし、毎日港に入って食堂探して美味いもの食うよ」

とわたし。

老人は昭和8年生まれだという。未だ足腰はしっかりしている。小声で語るのが、わたしへ向けてか、独り言か、わからぬことがあったが、昔のことをいろいろ話された。

キャビン屋根に「夢・日本一周」の看板を取り付けている。

人の目をひきつけるようだ。

二種あるように思う。

海を良く知る人と、海のいわゆる素人。

老人は前者。

面映いが、わたしの航跡をしっかりとらえ、理解して後の言葉だけに、身が引き締まる思いがする。そして、それはやはり過大評価である。

過大評価といわざるを得ない根拠は、艇の性能が昔と比べ格段に向上しているってことによる。少し自制心のある者なら、誰にだってできる旅になっている。

航海技術で一番大切なのは自分の居る位置を把握することだが、GPSプロッター画面をチラリ見るだけで分かるじゃないか。携帯電話を持ってさえいたら、無線機なんて不要である。安物ではあるがレーダーがあるから霧の中でも走行可能だ。遭難時の若干の備え(衛星イーパーブ搭載など)があれば、最悪の場合でも、1週間も漂流することはあり得ないのじゃないか。わたしは艇に1週間分の食料・飲料水の備えしかしていない。エンジン性能は抜群で370hp、最高速度27ノット、巡航速度15~20ノット。全国どこにいても瞬時に現時点の潮汐が把握できるし、携帯電話機接続でだが情報収集手段は完璧だ。

ただひとつ、わたしにも褒められてよいことがあるかもしれない。

自制心だ。分かりやすくは我慢できるかどうかってこと。要するにビビリの気持ち。石橋叩いてなお渡らぬ用心のこと。

こんなのを、冒険だなんて言わないのではないか。ここ仙台湾奥へ入った経過だってそうだった。想定外の大きな三角うねりに仰天し、おっそろしくなって、艇友へ携帯電話でメーデー(たすけてぇ~の信号)を発したのだった。冒険家のすることじゃないよなぁ~。

老人が去った後、兵庫県川西市から艇友アルバトロス氏が陣中見舞いだと言ってやってきた。大阪空港・午後1時35分発の飛行機。それで仙台湾の上にスーとやって来て、「やぁお久しぶり、元気そうじゃないか」って言った。明日(7月7日)は、はまちどり艇で沖へ魚釣りに行こうよと言う。

「あのね、ここはウッカリ走ると船底を岩にブッツケる怖い海だよ。ダメダメ魚釣りするならこの地の遊漁船にお願いするしかない」とわたし。

ここへ艇をもやって以来、毎日陸上からではあるが、あちこち位置を変えて海を眺めている。海面をぼんやり眺めて下の危険な暗礁や少し波上に頭を出す洗岩を見つける技術は、知らぬ間に習得している。

おォ~怖わ!

随所に危険箇所が見えるじゃあ~りませんか!おっとろしやぁ~!

とてもじゃないがこんな海に艇を走らせるなんて出来ません。どえらいところへ入り込んだものだ。

濃霧の中、八戸港に入ったときも、翌日霧が晴れた後、港口周辺を高台から眺めて思った。よくもまぁ、こんな危険な箇所を、あの霧の中、潜り得たものだ、おっとろしやぁ~!ってね。

アルバ氏は二日間の日程でやってきたそうだ。

今日沖へ釣りに出ないとすると、酒呑んで過ごすしかないって、昨夕回転寿司を食いながら申し合わせた。

氏は、艇内泊は勘弁してくれといって、仙台駅近くの高級ホテルの人となった。

彼は「ホテルへ来いよ、二人で酒呑んで抱き合って寝ようと」と言った。

そいつはこちらが勘弁願いたい。氏に抱かれたのではたまらない。

昼前頃から、また出会って、どこかで陸で船酔いならぬ酒酔いに深く深く浸ることになる。

仙台湾に魚は居ない、そう思ってアルバ氏は帰宅することになる。

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2006年7月 6日 (木)

代が崎浜・清水

代が崎浜・清水

隣りの艇はセブン氏の第七智丸。その隣りはコメット艇。

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働くってこと

七ケ浜・代が崎浜の清水(シズ)に、はまちどりは羽を休めている。村なかを散策してみた。静かな落ち着いた漁村。海苔網があちこちに干してある。採ってきたアサリの出荷前選別作業に追われている家があった。はまちどり艇をもやうすぐ近くに蓄養籠をもつ漁家である。朝早く出漁したのを知っている。9時過ぎに帰港したのを見た。今午後3時。自宅庭先に場所を移し、作業はまだ続いている。わたし、声が掛けられなかった。なぜか申し訳ない気がしたのである。

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感興あり

テポドンが北海を脅かし、台風が南海に勢を増す間、セブンち(宅)で目が覚めた。
昔、芭蕉は土地土地の歌人を訪ね、俳句を詠みつつ旅をした。今、波平は、昔、彼も来たった松島に居て、歌人ならぬこの地の釣り人宅に投宿し、ブログを打つ。何とは言い得ぬが、ある種の感興に遊びつつ2か月半ぶりの陸での目覚を愉しんでいる。芭蕉翁もかくは想うこともあったろうかと思ったりして。

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2006年7月 5日 (水)

反省2

四駆ジェムニをセブン氏のご好意に甘え使わせてもらっている。軽戦車の乗り心地。ガリガリゴトゴト走り回る。ホームセンターで作業衣上下を買った。持参のものは全部汚れてつくねてある。着るものが無くなった。上着1200円、ズボン900円。オォー、予定外想定外出費。
45号線沿いに極楽湯ってのがある。入浴の用意はなかったが入った。14時前だった。極楽極楽。後、ラーメン750円。コッテリ味噌ラーメン。あぁ胸が悪い。食うのではなかった。昼寝から覚めた今もまだ胸がつかえて気持ちが悪い。あっさり塩ラーメンにしておくべきだった。

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昼寝日

昨夜は、いや、艇に戻ったのは今朝0時半だったな。それまで呑んでいた。で、今朝は7時過ぎまで寝ておった。

期限切れ3日目の海苔巻きお握りがある。捨てるべきか食うべきか。押さえてみたり、嗅いでみたり。少しかじってネチャつきがあるかないか。完璧に正常だと思ったから食った。バナナも食う。納豆も食おうと思って探したが無い。もう全部食ってしまったみたい。キムチ。きちんと蓋をしめてあるのに、これあるがために艇内によからぬ匂いが充満する。蓋を開けるとパンドラの箱。閉じ込められた匂いが、世間狭しと飛び出る。酸っぱくなったようだ。食えなくは無い。別段美味いとも思わない。だが野菜だと思うから食う。そして、すばやく蓋をする。

今日一日は、艇内に閉じこもり、神妙に諸々を反省する日とするつもり。

先ず、航路選択の誤りを反省しようと思う。

7月1日、濃霧・高波のなか、コトどんの的確な携帯電話のよる誘導を得て、牡鹿半島は鮫浦湾沖7マイル半から、金華山東沖を回り、牡鹿半島と網地島との間の水路を分け入り、鮎川漁港へ緊急避難入港したのだった。

わたしは、あの時、松島湾口の七ケ浜の先端やや東寄りの花淵浜内・小浜マリーナへの入港を頭に置いていた。が、濃霧のなか、危険礁の多いなかでの入港を危ぶみ、コトどんのアドバイスを得て鮎川へ向かったのだった。

昨日、陸路・花淵浜へ行ってみた。コトどんの23Ftボートで、直近海域を走った。

わたし、あまりにも無謀であったようだ。一見広々と安全そのもののような海面である。が、船底を裂く危険礁がクシの歯のように存在し、この海域を知り尽くしたコトどんでさえ魚探画面に出る水面ぎりぎりの尖り岩にびっくりし、水路を選び選び走るのだ。コトどんは「ほれあのアタリは水面ギリギリに帯状の岩礁があるところ。春の干潮時には岩が水面に出るところ」「ホレこのすぐ横は水深1㍍前後。今走っているところだけが掘り下げてある」などなどという。

この度の航海では危険海域をいくつもかいくぐってきた。この自信が松島湾にも通じると過信していた。花淵浜内・小浜マリーナそのものは良いマリーナだ。ゲストバースもしっかりしている。マリーナ内にもやうヨットの数も多い。が、しかし、ここの海域を知り尽くした者たちのマリーナだ。一見客の来るところじゃない。ほとんど・必ず・絶対に・自殺的に、危険岩礁につかまり艇を破壊するのではないか。松島は陸から近づくべし。この地のベテラン艇の誘導なくしては決して自艇単独では入港しちゃ~なんねぇ。あえて入港となら、もっとも詳細な海図を用意し、しっかりしたナビゲーターの添乗を得て後のことにすべきだ。あぁ~怖かった。

はまちどり艇は七ケ浜の清水(シズ)の一角にもやっている。出港の際は、誘導を得て入港した際の航跡をGPS画面でなぞりながらソロリソロリ這い出ることになる。

昨日は、コトどんの艇で、仙台湾のカレイ釣りに出たのだった。危険岩礁海域を東南東へ走りぬけ、後、真南へ転進し、約10マイル走ると水深30数メートルの海域に出る。水温22度。黒潮の温度だ。金華山はここから北北東に約25マイルの位置。金華山から北側は親潮の力が顕著。仙台湾は、二大海流が複雑に入り混じる海域なのだ。

コトどんが言った。

「北上川・阿武隈川などなどの河川がこの湾のカレイを育てる」と。

ほとんど入れ食い状態でカレイが釣れた。魚影濃く、豊かな海・仙台湾。そして危険この上ない湾奥の岩礁・浅瀬。

情の厚い釣り人たちに取り囲まれている。

わたし、この仙台湾を、場合によればすっ飛ばして駆け抜けるつもりであった。松島湾を少し外から覗き見する。そんな気持ちで小浜マリーナへ入ろうとしたのだった。

マイ・マリンライフに今後絶える事なく、仙台湾が精彩を放ち続けるだろう。この満ち足りた思い出に包まれて俺は年老いて行くだろう。

台風が北上しつつあるようだ。これを言い訳に、未だに仙台に留まっている。台風が行過ぎたら、なにを言い訳に居座ろうか…と、さえ、思う。

人生いたるところに青山あり。そして俺には海もある。

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2006年7月 4日 (火)

殿御乱行

今夜は、やまでん(やまちゃん)どん等とランチキ騒ぎ突入だい!播磨灘の驚き・東シナ海の恐怖・日本海のビックリ・オホーツクの逆立ちナドナドの名にかけて、大言壮語に命を賭けてくれるつもり。ヤンレサホー、気合いが入ってきたぞ!

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仙台カレイ

仙台カレイ

コトどんに連れられてカレイ釣り。こんなのバッカ!?波平の釣りずぎで、仙台湾の水位がドッスン下がったとかとか…、

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2006年7月 3日 (月)

仙台通

仙台のどこを探訪していたのだろう。道に迷っていたからさっぱりわからん。でも、なんとなく仙台通になった気がする。
明日はコトさんとカレイ釣りだ。
海を走り、陸を走り、あっちこちウロウロ・ウロウロ。忙しくってしょうがないや!

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セブン車走る

セブンさんから軽四ジムニをお借りし仙台観光に出た。たちまち道に迷い自分の居場所がわからなくなった。小用を足したいが繁華街に入り込んでしまっていて、車の停め場がなくチビリそうだった。都会の繁華街は車の波で波で、ウネリもあって難儀だ。
わたしは誰だ?ここはどこで、どこへ行こうとしていたの?
コープがあった。駐車場に入り、トイレへ急いだ。ついでに食事も済ませた。車はどこに停めたのだったろう?艇へ戻れるだろうか?

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潮布団

7月1日(土)~2日(日)

薄く霧がある。たいしたことはなさそうだ。ゆっくり気持ちを整えて5時出港。宮古湾は奥が深い。マリーナはその最奥近い位置。湾を出切るまで約5マイルもある。出切って、更に沖約7マイルへ。真南へ針路をとる。三陸の山並みが黒々と横たわっている。

左舷前方に鳥山があった。海面がざわついていた。近づくとなんとマグロの大群だった。イルカの群れと見まごう巨大なマグロの群れ。海面にジャンプしたりする。大急ぎでカツオ・ケンケンを用意したが群れは一気に潜ってしまった。具を曳いたがあたりなし。

9時過ぎ、小浜マリーナ(松島湾入り口・七ケ浜)へ携帯電話、一泊受け入れを要請。女性の応対があって、数刻後に男性から確認の電話が入る。受け入れOKだとのこと。この応対の間、艇をアイドリング速度に落としていたが、艇横に大きなヒレが動いた。観るとマンボウである。横になっていたようだ。艇に驚き起き上がって潜って行った。

出港後ベタなぎが続いていた。昼前頃だった、ゴミが多量に流れている海域に突入。浮遊ゴミはなぜかある種凪いだ海面にまとまっている。海面を見ているとゴミがありそうな箇所が判る。このときは岸から10マイル沖を走っていた。陸寄りに3マイルばかり艇を寄せ、ゴミ海域を離脱した。

ゴミからは離脱し得たが代わって霧が出始めた。だんだん濃くなって、また視界が100メートルを切り始めた。石巻湾(仙台湾)に近づき、鮫浦湾沖7マイルに差し掛かる頃から霧に加えて大きなウネリが現れた。ウネリは次第に大きくなる。濃霧中のウネリ。これから小島や岩礁が複雑に入り組む松島湾口へ向かうにこの視界。ウネリはいよいよ本格的になった。それは高まる一方だったが不思議なことに凪いでいた。ほとんど無風だ。が、このウネリは尋常じゃない。三角だ。ウネリが来る方向がバラバラ。艇を立てるに往生する。次第にウネリにあわせて艇を立てねばならなくなっていた。ウネリはその波長を縮め、そのまま高波そのものになり始めていた。視界が50メートルほどの極端な濃霧の中、四方八方から大きなウネリがいきなり顕われる。意を決し速度を上げた。ウネリを受ける方向を、艇速度を上げることでしのごうと思った。艇横転に備えキャビンハッチを閉じ、救命胴衣に身を包み、緊急脱出準備を整えた。この状態では、もはや海域の複雑な松島湾口の小浜マリーナへ近づくことは不可能である。親潮・黒潮がまさにここで衝突し荒廃をかけて攻めぎあっている。艇はそのど真ん中にあった。

たまたまこのときである。ヨシ○から携帯電話が入った。彼の側に、bどんが居るという。二人は南紀・周参見のカジキ釣り大会に参加していて。周参見からの電話だった。bどんは、この日137キロのカジキを釣り上げていた。

わたしは、bどんの、仙台の友人から、この海域(仙台湾・金華山沖)の情報を得たいと思った。bどんに現況を伝え、「この近くで緊急避難できる港はどこか情報を得たい」と依頼した。bどんは仙台に信頼できる海の友人を持っている。わたしはその彼の友人からの情報を回して欲しいと伝えた。bどんは自分の携帯電話を自宅に置いたまま出てきていたようだ。自宅に置き忘れた携帯電話に友人らへの連絡先がすべて入っている。わたしからの要請は宙に浮いた。と、しばらく後、ヨシ○携帯から「bどんの友人に連絡がついた、コトちゃんから、そちらへ連絡が入る」と携帯電話があった。すぐに、コトちゃん(高橋氏・寿丸)からわたしの携帯に電話が入った。端的なアドバイスだ。しっかりした情報だ。助かった!「現在位置を教えてください。なるほど…その付近は常に大きなウネリがあります。風は無いでしょう。大丈夫です。前方に金華山がある。GPSで金華山の位置を確認できますか?そうですか、鮎川漁港へ入ってください。金華山を回り込み、牡鹿半島と網地島の間の水道を入ります。水道は真ん中を走れば定置網の恐れは無い。この水道は安定して凪いでいます」未だ鮫浦湾沖7マイル半を航行中だった。どこへ向かうべきか行き先が決められず、不安だった。

氏の助言で気持ちが引き締まり、立ち直った。立ち直ってみると、ウネリもただのウネリである。立ち木がお化けに見えた類だった。しかし、変な三角ウネリではある。やはり視界はゼロに近かった。風が少し出たようである。もう凪のなかのウネリではなくなっていた。突っ切った。鮎川へ入った。

着岸場所を探しているとき、イーグリット船長・南藤氏から携帯が入った。後刻こちらからお電話する旨を伝えていったん切った。

艇をもやい終えた時、空模様が一変し、大粒の雨が降った。黒雲が空を走った。今すこしあのウネリの中に居たら、遭難したかもわからない。

着岸2時間後、コトちゃんが友人玉ちゃんを伴って、仙台から車で駆けつけてくれた。艇内で歓談。近くの食堂で一緒に夕飯。愉快な仲間たち。海の仲間だ。bどんの友達はわたしの友達、勝手ながらそう思うことにした。また元気が出た。思わず酒を過ごしすぎた。別れして艇へ戻ってそのままの姿で横になった。今朝5時過ぎに目覚めるまで何も考えなかった。南藤氏への電話のこともすっかり忘れていた。大変失礼なことをした。汗顔の至りだ。

2日朝、艇を出てトイレ探しに出かけた。艇から30mほど離れた位置でもう工事が始まっていた。大きなクレーン車が動いていて付近に人だかりがあった。見ると海からトヨタの最高級乗用車を引き上げるところだった。すぐ近くのギャラリーに、「どうしたの?」と問いかけた。若い上品な女性だった。「海へ落ちました」「いつ?」「昨夜9時頃」「大騒ぎだったの?」「そう」「だれか亡くなったの?」「…わたしまだ生きてます」「エッ!ひょっとして、あなたが乗ってたの?」「……」なんとしたことだ、いまだおびえた面持ちでうっすらと涙をたたえている。

かみさんから、昨夜我が家の玄関の天井に巣くうツバメの巣からヒナが一羽落ちて亡くなったと連絡がはいっていた。わたしの昨日の身代わりであろうという。いろいろなことがある。そして、わたしは、いまだに生きており。艇は鮎川に浮かんでいる。

<2日(日)のその後>

7時すぎ、コトちゃんと玉ちゃんが、自艇「壽丸」で仙台湾奥・塩釜からやってきた。ここ鮎川漁港と塩釜とはおよそ23マイル。シケ模様の湾内である。途中白波が立って走り辛かったようだ。「はまちどり」艇を松島湾奥の安全な場所へ誘導するという。

台風が発生している。わたしはあつかましくもここで台風をやり過ごしたい。お世話になりたい、と、申し出ていた。松島湾は小島が非常に多く入り江が奥深い。ここでなら台風が来ても大丈夫。台風来週までは嵐前の静かな海だろうとは思う。が、しかし、その間行程を進めると房総半島先端の難所で台風に遭遇することになる。この危険を避けたい。ここでbどんの仲間らの世話になろう。 壽丸の先導で松島湾内へ進んだ。随所に漁具が仕掛けてある。海面各所に不穏なざわつきがある。洗岩・暗岩・極端な浅い箇所など等である。今更ながら、危険な海域であるとの印象を受けた。昨日、もし霧が無かったら、わたしはこの危険な海域を走っていた。そしてあるいは、いや、ほとんど確実に座礁し、艇底を割ったのではなかったろうか。霧で大きなウネリがあったおかげで、わたしは、結果的に、安全を得たのであった。

清水(シズ・七ケ浜内の小さな漁港)へ艇を誘導してもらった。もやい終えて、壽丸へ移乗。薄い霧がかかる松島湾内の本格探訪へ連れて出てもらった。名にし負う観光地である。芭蕉も絶句した景勝地・海。息を呑む美しさだ。夜目遠目笠の内、松島観るなら薄霧の中、友の艇。4サイクル船外機の心地よい作動音。水深2~3メートル。海苔網敷設用の杭が海中から突き出ている。杭の上に海鳥が休んでいる。観光船が島々に溶け込んであちこちを周遊している。

上陸し昼食。稲庭干饂飩(いねにわほしうどん)。麺が細くやわくしなやかなウドン。トロロがふんわり掛けてありナメコが添えてある。もちろんネギも。大きな鉢に、麺がたゆたゆっている。和庭園の緑が映える。あたたかく美味かった。

セブンさんのお宅を訪ねることになっている。道すがら、はぜ丸さん、コメットさん、えんちゃん、それぞれのお宅を経由し、車に同乗し、セブン宅へ。輪になってワイワイがやがや。コメットさんは朝方釣りに出て大きなヒラメを釣っていた。沖〆するに、ヒラメが嫌がって、弾みでコメットさんは自分の小指を〆たらしい。皆がそれを聞いてはやしたてる。小指を落としてこんなになったようだ、と、ヤクザの指詰の格好をする。が、ひとさし指の先を少し切っただけだったようだ。小さな絆創膏が貼ってあった。はぜ丸さんは水産の専門家。仙台湾で取れる魚の図鑑を著されている。1冊頂戴した。仲間らのなかで一番お行儀の良いお方ってことになっているようだ。真四角的ご気性が面立ちに似るってことで、皆に親しまれているようだ。

17時、海上を料理屋へ移した。更に新たな人が加わった。やまでんさんだ。わたしは記憶力が弱い。忘れぬように記録しよう。セブンさん(座の中心者・最年長)、コトさん(昨日の緊急時に、適切なアドバイスをいただいたお方)、コメットさん(一番若い人)、えんちゃん(綺麗なお嬢さんが二人おられる)、玉ちゃん(わたしの耳をしゃぶった人)、はぜ丸さん(学者)、やまでんさん(貫禄十分な豪傑)、総勢7名。 大部屋の一角にテーブルを寄せ大声で騒ぎに騒いだ。

松島の夜。次第に他のテーブルが埋まりだした。30数名は居たのではなかったか。それぞれの輪を作っていた。わたしは座興用に尺八を持参していた。が、われわれの輪の他もあるなかでは遠慮があって取り出すのをためらった。玉ちゃんが、始めろ始めろと煽る。他の輪を訪ね、しばし座興の了解を取り付けた。酒の勢いってものがある。わたしは、おもむろに尺八を取り出し童謡唱歌・カラオケなどをブカブカ吹いた。一曲ごとに調子が出る。聴く者らのことはいざ知らず私はいい心地だった。皆がはやしたてる。手をたたく。唱和するお方もあった。

ハッとわれに返り演奏を終えた。わたしは酔っていた。わたしだけの独りよがりではなかったろうか。他の輪が解け、われわれより先に解散になるようである。わたしは部屋の出口に近い位置に座っていた。ほどけた輪から、座興を楽しんだと語りかけるお方が数名あった。ギター教習の先生が居られたようだ。「音楽の原点に触れる思いがいたしました」と言った。上手下手のことじゃない。音楽はこうして楽しむものだとおっしゃった。独りよがりの恐怖がほどけ、わたしはまた杯を手にした。

座を移しまた呑んだ。深夜12時近くまで呑んでいたように思う。台風通過をこの地で待つ。そう決めている。今朝は6時前まで熟睡した。出港以来2ケ月を過ぎている。毛布が、肌布団が、潮に濡れジットリしている。カラット晴れたら干そうと思う。が、それなりに肌に慣れた潮布団。

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2006年7月 2日 (日)

薄霧の松島

薄霧の松島

友艇(コトブキ)に乗せてもらって霧の松島見物。ズンバラスィー!

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鮎川は雨

艇は仙台湾入り口角の鮎川漁港にまだ浮かんでいる。昨日はヤバかった。昼前頃から濃霧に苦しみ、高波に翻弄され、本気で遭難に備え他のことは一切考えなかった。友に励まされ、誘導され、鮎川に緊急避難した。携帯電話が危機を救った。
自宅玄関天井にツバメの巣がある。わたしが鮎川に入港したとほぼ同時刻、雛が1羽落ちて死んだ。かみさんがそう言って涙のメールを寄こした。
昨夜9時頃、艇から20㍍ほど離れたところから大型乗用車か海に落下し大騒ぎになったようだ。わたし、気付かなかった。乗っていた人は無事だったようだ。

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2006年7月 1日 (土)

マンボウが艇脇2 ㍍に居た

半畳ほどのマンボウ。よこになっていたが、おきあがって潜った。小浜マリーナと携帯電話交信中で艇速度を落としていた。
松島湾の七ケ浜先端・花淵崎にあるマリーナだ。遊びながら走る。午後2時頃には着くだろう。

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マグロの大群

トドガ崎沖2マイル。マグロの群泳に遭遇。慌ててケンケン仕掛けを繰り出す。間に合わなかった。

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どこまで行けるかな?

宮古からのリアス海岸は松島は言うに及ばず個々に分け入って出来れば泊を重ねるつもりであった。が、この度は沖を素通りする。まず自分を知ることにする。体力・気力の範囲で遊ぶ。これが波平流、よって立つところ。ヨォソロー!5時出港。宮古湾を脱出中。

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アレッ!霧か?

少し、イヤ、だいふアゴ出し気味のはまちどり、気力をふりしぼって旅を続ける。出来れば小浜まで行くつもり。まず朝メシをしっかり摂ることが肝要。納豆とカレーライス・トマト。
3日以降のシケが気になっている。シケ日の日和待ちをどこにするか判断しかねている。前提に房総半島先端の難所が頭にある。
さぁ、朝メシにしよう。外が明るくなった。アレッ!霧だ!

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