« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006年12月

2006年12月31日 (日)

明日はメデタイ

完全なボーズでした。小豆島の風の子島まで行ってきた。

スッゴクまじめに、オラァ~デッタイ鯛釣ッタルと頑張った。

二郎ちゃんと、ゆりたろうと、わたし波平の3人組み。

だのに、ボーズ×3名。

二郎ちゃんは隠し餌にマムシを持参していたみたい。

ゆりたろうはシラサエビを買ってきていた。これ、わたしが、少し買ってきておくれと頼んだものだったが、代金はわたし払っていない。ついつい気がそれて払いをせずじまい。

“鯛を釣る”今日ほど真剣に取り組んだことが過去にあったかしらん。

参った!降参した!

小豆島・風の子島周辺は、大角の鼻といって、鯛釣りの超1級ポイントである。

万全の用意をして出かけたのだった。

一度大物が掛かって、あまりの大物気配にドラッグ調整をして本格的にやり取りし始めた矢先にホツンと変な感触があってバレてしまった。この後は1度コツンコツンのアタリがあっただけ。

二郎ちゃんにも、バレてしまったが、一度は竿が水中に舞い込むアタリがあった。

ユリにはアッと言う間にバレたあたりが1度あったようだが、わたしアッ!というゆりの声を聞いただけで彼の竿先に現れたであろう変事は見ていない。

マリーナへ帰ると、bどんらショウサイフグ釣り組3名が既に帰着していて、陸で盛んにフグをさばいていた。3名で数え切れないくらい釣っている。料理し始めて3時間にもなるらしいのにまだまだ料理し切れない様子。

おお~!

見事な料理だこと、料理屋も裸足で駆け出す本格派フグ料理である。

キモがメチャ美味しそうだ。皮が可愛いね…、

ヌヌッ!

捨てるはずの部位をなんでこんなにきれいに分別し並べてあるの?

あぁ~、

間違いはきっとこのアタリから始まるのだよね。

オラ、知ィ~らねぇ!

明日は正月。あぁ~メデタイ!

| | コメント (2)
|

腹具合?

広島から、殻付き生牡蠣がたくさんやって来た。酒蒸ししてタラフク食った。

食品衛生の専門化・ジャン友のモーさんが「ノロは85度まで加熱したらデッタイ大丈夫」と言ったからそうした。85度は牡蠣の身が縮こまる温度だとか。冗談の多い男だからほんとかウソかわからんが、この際、信じようと思う。

まず、

畑から大根を1本引っこ抜いてきた

→ダイコンオロシにした

→大鍋に酒を少し入れる

→殻のまま牡蠣を入れる

→加熱

→観察眼鋭く牡蠣の身が縮こまり始める寸前ってとこで取り出し

→酔っ払い牡蠣の蓋をこじ開け

→ダイコンオロシを少し乗っけて

→ポン酢を垂らし

⇒あぁ美味しい!

今朝の腹具合?

大丈夫です。今のところは…、

身の縮こまり加減だが、どれくらい縮こまれば85度なのだろう?

食ったのは、縮こまろうとする寸前、その直後って頃だった。

完全に縮こまった牡蠣はいまいち食う気がしないからなぁ。

あぁ、今日大晦日は絶好の釣り日和。

友艇らはショウサイフグ(名古屋フグ)釣りに出るようだ。

20㌢前後のショウサイフグ。危険ブイを完全に除去して食うからデッタイに大丈夫。

あのネ、ショウサイフグは身にも微毒がありますよ。調子に乗って食ったら当たります。トラフグよりむしろ危険。「尾張(おわり→終わり→命の終わり)名護屋は城で持つ」って言うでしょう。ナゴヤフグ=ショウサイフグだよ。

数年前からこの時期友艇らは競ってこの釣りをやっていって、わたし、心配しています。

だが、少しくらいなら大丈夫みたい。だってここ数年仲間らでお陀仏になった者はいない。

でも、わたし、調子に乗りやすいタイプだからフグ釣りは自重しています。

| | コメント (1)
|

2006年12月30日 (土)

岬 波

「去年今年貫く棒の如きもの」 高浜虚子

毎年この時期になると、決まってこの句を思い出す。

棒に仮託されたものが何であったか、

それ虚子の生き様か、自信か、あるいは時の流れという止め処も無いものか、

1.マージャンをやっていて、ツキが無く負けてばかりの“場”の場合、「早よう次の“場”へ入ろうや」とついつい愚痴をこぼす、

2.今年はツイテいない年だった、来年は挽回したいと忘年会などで嫌なことを洗い流し、きれいサッパリした気分で新年を迎えたい…、

この、1や2の状況下にある者には、冒頭の句の真意はわからんでしょうね。

某新聞の、この句を紹介する欄で、去年今年にルビがふられたのを見て、あぁ今はこれを、“こぞことし”と読めない世代になっているのだなぁ~と、貫くはずの棒が折れてしまったような気がした人が居たとか、

傑作は、この句を読んで顔をほてらせた奥さんでしょうね、貫く棒になにを仮託したのでしょうね。

まじめなのは、これを人生訓として、絶えず努力し研鑽を怠らない方でしょう。過度の落胆はしないでグッと堪える。成功した際は腹帯を締めなおす。何せ貫く棒ですからね。

で、お前は、この棒を何に仮託して読んでいるのかってですか?

目下、どこかにシッカリした棒が落ちていないか探しているところですわ。

岬波こわごわ越えて去年今年  波平 

なんじゃこれ?

あぁ、まぼろしの「本」の題名ですわ、

| | コメント (0)
|

2006年12月29日 (金)

静かだ、動乱だ

静かな年の暮れです。

なんだかウソみたいに静かだ。

朝方は粉雪が舞って風があったが、夕方は風も弱まってほとんど無風だった。

土手で、少しゴミを焼却処分した。ゴミ置き場へは出したくないものが溜まっていた。

処分し残した父の紙くずと、最近のわたしの紙くず。

燃やしてしまえば一握りにも足らぬ灰。なんだかスカみたい。

この静けさ、嵐の前の静けさに似ているような気がする。

わが身にか、あるいは世の中の激変か、

やぁ~な感じがしたりして…、

TVでまたフィギヤースケートやっていた。

日本にもこういう若者らが居る、

やたら変な大人が多いなかで…、

大人?

やたら変なのは、ヅヅイらの中にこそ多いのではないか?

子供の教育?

バカ言っちゃいけない!

変なズズイらがサッサと居なくなれば、それで解決。

これ、釣友二郎ちゃんの説くところ、その垂訓下にある波平の合点するところ。

尺八の稽古をしよう。

地歌の優れた音楽性はもっともっと研究されていい。味わわれていい。

日本人で、これを知らない人たちが多すぎる。

これは決して良いことではない。

| | コメント (0)
|

“3”

忘年会に2種あって、

1.職場の忘年会

2.仲間内の忘年会

隠居には“2”があるだけ。

この2すらも無い年の暮れだわい、と、思っていたが、ひとつはわたし自身が人集めして、ひとつは誘われて計二つの忘年会を楽しんだ。

実は、もうひとつ別の形の忘年会がある。

3.場末の立ち呑み屋での一人酒

職場の忘年会も、仲間内の忘年会も、それなりにけっこう気疲れするものである。わたしなど小心者には非常に緊張する場であって、だから悪良いし、二日酔いになったりした。

が、

“3”の場合は、非常に自由であって、酒はうまく、クシカツはあたたかい

冒頭に、隠居には1・2・の内の、“2”があるだけだと言った。

言葉足らずだった、 “3”も無いのだった。

“3”が懐かしい。

わが家周辺はまだ田舎であって、単線・狭軌の山岳電車(神有電車・最近は神戸電鉄という)がゴトゴト走っている。わが家から最寄の駅まで坂道を歩いて15分。1時間に3本~4本のダイヤ。駅舎は無人、電車は車掌無しの運転手だけ。こんな田舎に立ち呑み屋があるはず無い。最近バス便が拡充され、たまたまバス停がわが家のすぐ近くに出来て、神戸・三宮へ出るのが容易になった。約1時間。そう、約1時間むこうの街に“3”はある。

わが家は三木の山間地。“3”の街とは気温が常に3度ばかり低い。今朝は付近一体に白く霜が降りている。粉雪が舞っている。

“3”に行きたいか?

否!

わっしゃ、今、充分に自由である。

| | コメント (3)
|

2006年12月28日 (木)

デケが違う

囲碁や将棋は頭の良し悪しと真っ直ぐリンクしているように思う。だがマージャンは頭の良し悪しは関係ない。運がほとんど。運が良ければ勝ち、悪ければ負ける。

どれほど頭の良いおっさんでも、対戦中の他の3名がバカだったらおのれの能力が空回りし、結果大負けする。

あぁマージャンは4人でするゲーム。

また、

どれほどバカなおっさんでも、他の3名が頭の良いヤツらばっかりだったら、おのれのバカさかげんが功を奏し→頭良しらを翻弄し→結果大勝ちする。

頭の良し悪しを言うと角が立つから、“お前は手が遅い”とか、“誰それは今日ついているとか、ついていない”とか言う。

あれこれ言っても、たまたま勝つと、“俺はあいつらとは人間のデケが違う”と、意気があがる。

負けると、“あぁ今日は運がわるかった”と、あきらめる。

わたしは、囲碁も将棋もやり方は知っていて、ときにやってみることがあるが、人間が不出来だから、負けると大きく落胆しシンドクなり、自己嫌悪に陥り…、落ち込んだ穴から這い上がるのがめんどくさくなる。

その点、マージャンは、

勝っても負けても、それは概ね運のあり具合に負うことであるから後に深刻さを引きずらない。たまたま勝ったりすると、大得意になることもデケルから嬉しい。

昨日は、モーさんがイーチャンの初手に白牌を振り出し、金の字の国士無双に当たった。昨日の彼は大凶日。運が悪かった。アヤヤッスの後藤ッペはそこそこの負け、わたしはジャン荘の場代程度のプラス。金の字は大吉だった。

皆がわたしのことを、「船長は最近うまくなった」と言った。そらそうや!わっしゃアヤツラとはデケが違う。負けてたまるか!

| | コメント (0)
|

2006年12月27日 (水)

賀状

今年はエポックメーキングな年であった。色々な意味で…、

年賀状は既に投函した。

賀状の数を減らした。失礼にあたる向きが多いがお許しいただきたい。住む世界を小さくしたい。

昨日、昔からの仲間らと忘年会の真似事をしたが、皆、同じようなことを考えているようだった。賀状のことだ。某氏は、

「わたし今年○○歳になりました、ついては今年の年賀挨拶をもって以後は失礼しようと存じます。どうぞお許しくださるようお願いします」

としたためたということだった。

ここまでくると嫌味があってどうかと思うが、それはそれもう歳だから、いつも来ていた賀状が届かぬと、あヤツは死んでしもたのやろか?と、なって、かえって心配をかけるから事情をはっきりさせておいたほうがよいとの意見が多かった。

で、わたし、賀状の枚数を大幅に減らしましたが、わたしは未だ生きておりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

| | コメント (0)
|

風評 2

牡蠣がノロウイルスの原因みたいなことを言われて、関係業界は散々な目にあってしまったですね。牡蠣が原因の話は風評だったようですね。

新聞・テレビは、風評ばら撒きこそがニュースだとして騒ぎ立てるからヤバイ。

占いまがいの占星術なんかを、さもあらんかというような方向へ引っ張ろうとするテレビ番組。出版業界。本屋に細木の本が山積みやないか!なんじゃこれ!

迷惑至極なうわさ話を無責任にしゃべくりまくり、視聴率アップこそが正義のような風潮を演出する○△エリ◇。

税制調査会の会長が身辺の不始末(?)で大仰に騒がれてヘシャッてしまったですね。

かつては、鈴木宋男議員が、佐藤優分析官が、まるで国賊みたいな感じになってヘシャッてしまった。

石原都知事の政治生命は4男の芸術性評価云々とリンクでしょうか?

安倍総理の風評ネタはなんでしょうね。報道関係者の最も関心が強いのはここでしょう。どんな些細なことでもかまわない。なんかええネタないかいな?

風評ってのは、まず、あいつををやっつけようという目的(悪意)があって、

次に、ネタをデッチあげる。

たとえば、バァサンの尻を撫ぜたとか、某NPOの会議参加を妨害してイチャモンつけたなど言ったりする。

風評はね、多くの場合、“単なる風評に過ぎない”のではないか、と、多くの人はすでに気がついていますよ。

だが、わが身のことを“浮かぶに浮かばれない人生”じゃわい、と、思っている庶民の側からすると、“そりゃ風評じゃわい”と、かばって、火の粉をかぶることになるのは嫌だ。

⇒せいぜい黙って眺め暮らすことくらいしかデケン。

⇒そうすることが回りまわって庶民の側に仇をなすなんて思ってもみない。

⇒本当の正義は何処を探したって見つからない。

⇒あぁ~あ、世間って薄情だね。

| | コメント (0)
|

2006年12月26日 (火)

風評?

今晩、これから友人数人で、ささやかな忘年会を楽しむことになっている。

で、この際、風評(?)被害に苦しむ牡蠣業界にエールを送るべく、牡蠣を扱う店へ繰り込みたいと考え、インターネット検索するが適当な店が見つからない。

高級店はお呼びじゃない。ごく庶民的な店で適当な店はないかいな。いまどきの牡蠣は暴落で安いに違いないから、この余禄に浴したいって根性からの店探しだから、誤解の無いように願いたいが、結局見つからなかった。残念!

短期決戦で“牡蠣料理たっぷり食わしましょう”の忘年会簡便宴席紹介HPを立ち上げたら、わたしのような客がウワ~と寄るのではないかと思うが、これってわたしの思い過ごしかなぁ~??

風評を逆手に取る商売は、投機性がきついのだろうな。

だが、この投機性が正常に有効に働いてこそ、振り切れた針はまた正常に立ち戻れるものを…、

あのネ、風評だ、風評だ、って、嘆くだけでなく、

神戸三宮で、酔客に、牡蠣をおいしく、かつ安く食わす工夫をした方がエエのとちゃうか??

なんチャッテ、こんなこと言ったら天からゲンコツが降ってくるかな?

| | コメント (0)
|

ビッグ・ワン

_001_2 このブログは右欄HP「波平釣り日誌」が本体で、ここからの拡張版だ。「メダカ釣り」HPは付録版。

ブログに先立つ本体HPの前に、2年間日経新聞へ魚釣りコラム連載したことと、その前十年数間市中の魚釣り週刊紙にコラム連載の経緯がある。振り返るとほぼ20数年間なにやかやダラダラ書き続けてきた計算だ。今年66だが、たしか43・4才の頃からこのようなことをやり始めたのだった。

キッカケはヒマだったからだ。こんなにボヤ~とした覇気の無い生活は嫌だと思った。さえないサラリーマンだった。体調を崩し、努めて静かな生活を志向していたが、気持ちは抑えがたかった。日々静かになんとなく過ごすだけでは、自分自身が生きているのか死んでいるのはわからんようになりつつあった。で、せめて日記でも書こうかと思ったが、これではさらに自己中になって落ち込むに違いない。外へ少し自分を出してみよう。

当時時々購買していた週刊釣り新聞「釣場速報」紙へ毎週魚釣り原稿を投稿し始めた。毎週掲載されるようになってこれが十数年続いた。

編集長が変わり送った原稿の扱いが変化した。投稿を止めた。投稿し始めた当初の2年半分の原稿を1冊の本にした。ごく小数部であったが市中の書店へ出した。日経新聞の目にとまり、以後2年間日経の水曜日夕刊へコラムを連載した。連載を終えて、代わりに自分でHPを創った。これが「波平釣り日誌」。今から7年弱前のこと。

以前体調を崩したとき、とても還暦までは生きられないだろうと思った。数年間もてば良い方らしかった。医者はそう言って手術を勧めた。循環器系の欠陥があった。が、生活節制で静かな無責任生活に徹することでいつの間にかズルズルと還暦まで生きた。定年退職してみれば、アレレッ!まだ体力があるじゃないか。ヤッタル!「日本列島魚釣り周航記」執筆の旅へ出よう。

そして今、

旅を終え、「…周航記」上梓の夢に取り組んでいる。向後なにをしようとの格別の夢は持っていない。

今しばらくは、若い衆らに負けず、沖釣りを楽しむつもりだ。

が、いずれは枕元に「メダカ鉢」を置く生活になるだろう。静かにメダカを釣って遊ぶこと、これがいわば究極の夢か。

昨日は珍しくベタ凪の釣り日和であった。ゆりたろうを引きずり出して、二人して小豆島へ艇を走らせた。正月用の鯛を釣ろう。

小磯・マナイタを探りまわってママカリ数匹釣った。ヒンデ岩浮標に艇をくくりつけて一服しこの間にイソベラ数匹。

おもしろかったなぁ~、意気揚々と引き上げた、……ホンマかいな??

あぁ貴重な1尾を忘れてはならぬ。小豆島の鯛ももちろん釣っている。ヒンデ岩でのビッグワンである。

| | コメント (2)
|

2006年12月25日 (月)

Tのこと

わたしは自分のことを色々な意味でドン臭くトロイ男だと思っているが、それでも友人の通夜から帰った夜は想いが乱れてよく眠れなかった。

通夜に出て涙のひとつも出るかしらと思ったが、そこはそれドン臭くトロイ男であるから、なぁ~んも出なかった。

が、夜、休んでいて、奥さんの目の色に友人のそれと似たものがあったこと、ご長男の身ごなしがまるで友人Tのものであったことがウワ~と浮かび出て、なにがなんだか分からなくなった。

写真が飾られていてTは笑っていた。知り合いの者らが駆けつけていた。フッと昔に戻ったような感じがあった。

通夜からの帰路、久しぶりに通夜の席で出会った共通の友人と飲み屋で一杯やって、

「△□よ、孫らがクリスマスイブでジイチャン宅へ来ているのとちゃうんのか?こんな所で呑んでないで早よう帰った方がエエのとちゃうんか?」とわたし。

「遠い所からのヤツ(遠隔地に住まっている娘の子供)は昨日から来とる。近くのは明日来る」と△□。

だらだら呑んで互いに「ワシ酒が弱なった…」とうなずきあって分かれた。

今朝起きて、Tは死んでしまったようにも思うし、そうでもないような気もする。

どちらにしてもごく自然なことのように思えて、万事この世はこのようなものであろうと、なにをどう納得したというわけではないが、日めくりを一枚めくっただけのように思えてならぬ。

今日が葬儀だが、わたしはもう行かない。この世での遊びにうつつを抜かそうと思う。

| | コメント (0)
|

2006年12月24日 (日)

合 掌

まことに不謹慎ながら…、

友人に不幸があって、我が家に、反射的な感情が沸き起こり、結果わたし、助けられることになった。

今夜はクリスマス・イブ。

だが、友人は今夜が通夜。わたしこれからお参りにでかけようと思う。

実にわが身に生じた出来事と同じである。強烈な悲しみが湧き起こるのをなんとしょ。

彼は、

先年体調を崩して以来健康維持に努めてきたが、やはり思わしくなく、このところ緩和病棟住まいを続けていた。

肝っ玉の据わった男であった。終始温和な表情を崩すことはなかった。

反射的云々とは、艇の修理費のことである。

あるいはそれくらい掛かるかもとの危惧はあったが、請求書をみて修理費の高さに改めて仰天した。軽四新車が買える価格であった。

先日、友人と話す機会があって、

「もう十年も乗られへんのとちゃうんか?」と友人は言った。

「エッと」ビックリするわたしに、「80になっても沖へ出る気か?」と言う。

なるほど、もうこの先数年だけの沖釣り遊びかもしれない。…だのにこの価格!

我が家では、「○○君の不幸のことを思えば、修理費にクヨクヨするのは贅沢だ」との感覚が大手を振っている。

宝クジを買っている。

まさかとは思うが3億円当たらぬとも限らない。

実に○○君のことを思えば、わたしの方が天国住まいをしているような心地がすることだ。

| | コメント (0)
|

2006年12月23日 (土)

☆と★

     民主主義だ、自由だ、勝手だ、多様化だ…、

     派閥を立ち上げた、造反者を復党させた、組織がらみの裏金隠しだ、芦屋市の豪華邸条例だ…、

     は、正義とされ、守るべき価値があるもの、

     は、☆を実現しようとする動き、

実に変な比喩だけれど、

     は、自費出版、

     は、企画出版、

と、考えてよいのではないか、

自費出版なら好き放題書いて構わない。あったりまえだ。それ、民主主義だ、自由だ、勝手だ、多様化だ…、

自分の金で創るのだから好き放題書き飛ばしてもだれも文句はない。十二分に個性を発揮したらええ。

だが、

出版社が経費を負担して創る「企画出版本」の場合は、書き手は、その「本」が一般書店で売れるかどうかのシバリのなかで書かねばならん。窮屈だ。不本意だ、派閥だ、復党だ、組織だ…、“儲け”に加担だ。

わたし、自分が好き放題に書き飛ばした「日本列島魚釣り周航記」を“企画出版本”として出したいと思っている。

ネッ! 論理に矛盾があるじゃないですか!

わたし、売れるかどうかは考えておらん。一般書店に並べ得るかどうかは、わたしにとって二の次であって、まんず“自分の好き放題に書く”ここにこだわりたい。どないしょ?

売りたい、儲けたい、じゃないのだったら、(…儲けることがデケレば嬉しいに決まっとるが…)、なんで企画出版にこだわるのや?

アハッハ(笑い)

理由は簡単、簡単。必要なゼニを自分で出さずに「本」にしたいからですわ。

いや言い間違った、ゼニを持っておれば「…出さずに」って言えるだろうが、はなからゼニ持ってない場合は率直に「タダで『本』を創りたい」と言うべきかな。

原稿は細かな校正ミスはあるものの、既に脱稿している、

だが、

これって、どこをどう直せば“企画出版本”足り得るのだろう?

しょせんそりゃ無理な相談だろうか?

目下、書いたり消したりしておりますが、だんだんと原稿が色あせて行くのが自分で分かる。

個性ってのは元来最小公倍数的なものじゃないか?

だが今やっている作業は、仮想読者に合わせようとする作業、すなわち最大公約数に自身を迎合させようとする作業ですよ。

あぁ~難しい、難儀だ!どないしょ!

♂♀

モーさんから、連絡がありました。

85度ですが、牡蠣が加熱で縮こまったらそれがだいたい85度だそうです。

| | コメント (2)
|

心地の変化

コメント欄の打ち込みを拝見すると、

モーさんが、

牡蠣は、85度以上で加熱処理して後に食うがよろしいと言うておる。

こういうことを軽々しく言うってのが、モーのモーたる所以であって、誰れが鍋の温度が85度を越えたか否かわざわざ計ったりするものか!!!

科学ってのは、間違いは無いという反面、バカバカしいという側面もあって、だぁれもこれが85度だってことの判定なんか出来きゃしねぇのだわさ。いったいどれくらいの暖かさが85度なのか、当のモーさんだって知っているとは思えないからなぁ。

風呂の温度だけれど、我が家は、わたしは44度。かみさんは40度。

わたしの温度だとかみさんはヤケドをする。

かみさんの温度だとわたしは風邪を引く。

わたしは毎晩焼酎のお湯割を呑むが、彼女は発泡酒の冷たいのを飲む。

これを逆にしたら、

わたしは即座に腹を下し、彼女は気分がひっくり返ってバタンと倒れる。

アハッハ(笑い)

わたしは彼女をとても大切にするが、彼女はどうも最近わたしをそけんにするような気がする。これも温度差じゃないか?困ったもんだ(涙・涙)。

それはそうと、

今晩の、「たそがれ清兵衛」のTV観た?

おもろかった?

わっしゃ、すっごくおもろかった!

なにを観ても、わたし、すぐに感動するようになったような気がする。

なんでやろ?

心が弱くなったのだろうか?

耐久力が萎えたのだろうか?

なんだかわからんが、間違いなく言えることは、以前の心地と今のそれとは、だいぶ違っってしまったようだってこと。同じもの観ても、きっと若い衆が見るようには見えていなのだろうってこと。

赤信号が青に見えていたりして、ヤバいような気がしますなぁ~。

| | コメント (0)
|

2006年12月22日 (金)

キーを打つ

プリンターがとうとうへたってしまって新しいのを買った。

毎年、この時期は年賀状の印刷にパソコン経由でプリンターを動かし使うが、なかなかうまくいかなくて往生していた。さすがに新機は使い心地が良い。

賀状はすべて同じものを刷り上げる。こんな画一的なのをお出しするのは失礼なのだがと思いながら、

と、もうひとつ気がかりなことがある。実は図柄も文字も皆手製の物をパソコン処理して刷り上げるが、見た目、とても手製のものが土台になっているようには見えないことだ。出来合いを買ってきて、そのまま出したように思われそうで、それが心配だ。

うまく出来すぎるって辛いね。

わたしがまだ小学校6年生だったとき、冬休みの宿題に習字(墨で書く)で「新年おめでとう」と書くのがあって。わたし見本を実に克明に丁寧に観察し、まるで見本帳そっくりに書き上げたことがある。スッゴク自慢だった。

が、第三学期が始まって、先生がわたしの書いたのを見て、お前は見本を紙の下に置いて書き写したのだろうと言った。で、皆のは教室の後ろの壁に貼り出されたが、わたしのは貼ってくれなかった。

それ以来わたしは字の稽古をしたことがない。だから未だにかな釘流で、未だに文字の書き方は小学6年生の段階のままだ。で、私自身はもう慣れていて別に不自由は無いが、これを読む側になった人はたまげるってことになる。

パソコンって便利だね。かな釘流でキーを打っても、きれいな文字が出るからね。

あぁ心配だ。

「あいつがこんなにきれいな文字書けるはずがない!」って思われるに決まっている。

それはそうなのだが、まぁエエやないか。わたしがわざわざ「キー」を打ったのは間違いないのだから。

| | コメント (0)
|

2006年12月21日 (木)

牡蠣が食いたい

牡蠣がノロウイルスがらみで暴落し業界が泣いているらしい。人の弱みに付け込むのは性に合わんが、そういうことならツケコンデやろうと、かみさんをスーパーへ走らせた。

「カキが安いらしい、ドカッと買って来い!」

カキは大好物である。生食用にスダチを絞りかけてズルズル食うのが大好き。

で、あれはいつだったか、もう10年ほども以前になると思うが、たまたまかみさんがどこかへ出かけていて、わたしが自分で閉店前のスーパーへ行って、半額に値下げしてあった生食用の牡蠣を買ったことがある。もちろんズルズル食った。2パック食った。

なか一日おいて、腹が下り、徹底的に下り…、ホント死ぬかと思うくらい下り…、あの世寸前でUターンしてこの世へ舞い戻った。

それでも牡蠣にあたったとは思いつかなかった。食べてから丸々なか1日たっている。

一昨日何を食ったかなんぞすっかり忘れていて牡蠣のことへなど思いも及ばなかった。

牡蠣毒に当たったらしいと判ったのは、それから2~3週間後にモーさんらとマージャンした際、「実は身体の調子が悪かったのや、な~んも悪い物食った覚えが無いのに腹が下って下って死ぬかと思ったぜ…」とブツブツ言ったのを、モーさんが鋭くとがめて、

「船長はん、牡蠣食わなんだか?」と言った。

わたし、半額値引きの生牡蠣を腹いっぱい食ったことを突然思い出した。

「それや!牡蠣に当たるとそないになる!あのな、半額値引きの生牡蠣を2パックも生で食うヤツが悪い、牡蠣は悪ない、お前が悪い!」

調べました。

なるほど、あの腹下しはデッタイに間違いなく牡蠣中毒だったと思わざるを得ない。

牡蠣中毒は一度当たると癖になるらしい。免疫が出来るかというと全くこれが逆らしい。以後は少し食べても激烈な腹下し症状が起こるらしい。難儀なことに加熱処理した牡蠣食ってもそうなると書いてある。

最近になって、実は、恐る恐る牡蠣を食い始めたのだった。でも、もう生牡蠣は食わない。加熱処理したのを食う。

あのネ、当たったのは牡蠣毒に当たったのだった。

今、世間を騒がせているのはノロウイルス。これは牡蠣毒とは全く別のものだと思っているが間違ってないよな。どうじゃろモーさん?

あぁ、モーさんは食品衛生の専門家だ。保健所のお目付け役やっとる人。マージャンの腕はエエかげんだけんど、食い物にはうるさい人。

と、いうわけで、

昨今の牡蠣業界の暴落騒ぎは、わたしにとって天与の牡蠣タップリ食いの機会でもあるわけだ。売値が半値まで下がっているらしいが、先の値引きとは状況が、原因が違う。今回は加熱処理しさえすれば2パック食っても何の不安もござらんらしい。

牡蠣食ったるドォ~!

かみさんがスーパから帰ってきたが…、

夕食に出てきたのは、“小粒なアサリの酒蒸し”だった。

「なんじゃこれ!変な牡蠣やな、今夜は北鮮に協力かいや!」

「古そうな牡蠣が隅っこに少しだけあったけど、よう買わんかった」とかみさん。

あぁ~牡蠣が食いたい!

| | コメント (1)
|

2006年12月20日 (水)

年末雑感 2

<投資1> 

子供を育てる経費は投資と考えてよいのかどうか? 

まだ赤子のころは投資だなんて思わないだろが、塾代や授業料や下宿代が掛かりだすと投資色が濃いのでは。やがて結婚し家を別に構えて実家へ寄り付かなくなると、親らは損したような気持ちになって、あぁこの投資は失敗だったと悔やむことになるのでは。

あぁ、正月休みに息子ら夫婦はやって来るのかどうか?それが問題ですな。

我が家は子供が居ませんからこういう心配はないけんど、姪や甥らの子供らへのお年玉工面って別の問題がござるよ。こればかりは投資色皆無ですわ。

<投資2>

昨年の暮れは年末ジャンボを買いそびれて寂しかったから今年は連番を買ってある。年末に参加しているような心地がすることだ。

<投資3>

典型的な投資は、上にも言うように宝くじだろう。有馬記念やパチンコ・競輪・競艇などなどは投資というよりバクチというべきか。当たる確立からいうと、コスリクジがよろしいようだ。1枚200円。5回に1回は500円が当たる。一度3000円当たったことがあったが、アッという間に使ってしまった。

<投資4>

「日本一周」の準備や実行に巨額を使ったがこれもある種の投資であろう。でも、周航を終えた今、投資の見返りがなぁ~んもなく、完全にゼロなのはどうしたことか。「投資、投資、まぁそのうちに儲かることもあるわいさ」と言うと、かみさんが「そういうアホなこと、もう言わんといて」

<投資5>

忘年会も、来年度へ向けてのある種ソフトな投資であろうか。忘年会無しで年越しするのもシャクだから、友人らを引っ張り出して忘年会を開くことにした。

「なんでもかでもすぐに忘れるくせに、なにもことさら『忘年会』せぇでもエエやないの」

という声がかねてからあって。まったく同感だった。

だが、わたし協調性に富んでいるから、すぐに同感だ!同感だ!ってなるが、それをすぐに忘れて、とうとう『忘年会』をセットした。

| | コメント (0)
|

2006年12月19日 (火)

働く?

内田樹先生の論(2006.12.19.創造的労働者の悲哀」)によると、

“労働は人間の義務であって、それなりに達成感も得られるスッゴク人間らしい営みであるらしい。働くことでひとの価値も出来具合もわかるとか”

そんなもんでしょうかねぇ~?

わたし、昔から六な働きをしたことないからよくわかりません。

が、わたし、ひと様から言われるまでもなく、自分が六なおっさんじゃないことをよ~く承知しているから、さほど抵抗無くそんなもんかなぁ~と納得します。…納得してもかまいません。しゃくだけど…。なにせ内田樹先生がそう言うのだからマンズ間違いはござらんだろう。

なにかこう奥歯に物が挟まったような納得の仕方ですなぁ、

だって、

わたし、そんなに難しく考えなくてもよいのではないかと思っている。

働くってことは、

“ゼニを稼ぐこと、それ生活費を得るために”

で、よろしいのじゃないか。

さらに言うと、

生活費以上に稼ぐのは、本当はよろしくないのではないか。むしろそれは罪とすべきじゃないか。環境破壊につながるのではないか。

わたし、皆々様の罪滅ぼしに協力してあげてかまいません。

わたしの預金口座(そんなものあったかな?)に、余分なゼニを捨ててくださってかまいません。

あぁ~あ、

<余談>

しょうもない使われ仕事に堪能な奴がナンボのもんじゃい!わしゃ生活費稼ぎのためにガマンして通勤電車に乗っていたのだわい。なんて気持ちが無いわけじゃない。

……サラリーマンと自営の仕事は基本的に違うのじゃないか……

でも、内田樹先生の言う労働はサラリーマンのそれを言うらしい。

よ~く、よ~く、考えると先生の言い分がフワ~と浮かび上がるような気がしないでもない。“働く”ってのは、上官の命令に自分のすべてを押さえ込んで従い、その中で最善を尽くすってことであるらしい。屈折した価値観だよな。パソコン的ではないのじゃないか。ゼニ(生活費)を稼ぐためにガマンすること、これが“働く”の正体。この方が分かりがいいや。

これなら、

ニートやフリターも、ナルホドと、納得するのではないか。

“働く意義”ってことを言うに、ことさら難しい理屈をこねるのは百害あって一利無しじゃなかろうか。

働くなかで自己実現?、

なんじゃそれ!

| | コメント (0)
|

年末雑感

年末のこの時期は常の月末と異なってやたら気ぜわしく、かつ、なにかはわからぬが期待したくなるような心地もあって、どうにも落ち着かなくていけない。

長年欠かさずやってきた忘年会が、今年はまだ一度もどこからも声が掛からず、取り残されたような気持ちがすることだ。

気負いたって書き込んだ「日本列島魚釣り周航記」の原稿は、再々度の見直し点検を終え、やっと出稿できるレベルに来たと思っているが、出航(出稿)させるには旅費(自費出版経費)ってものが必要で頓挫中だ。某社へ泣きを入れているが扱ってもらえるか否かはサッパリわからん。世は出版不況だとか。まんずダメじゃなかろうか。期待されない人間像ってのは寂しいものだ。

今日は釣り日和である。

が、艇の定期点検で救命具(法定備品)を検査機関の点検に出しており、新たな検査書も未着であって沖へ出られない。

無理して出たって、魚らにソッポを向かれそうでヤァ~な気分じゃわい。

一昨日マリーナへ出向き、バウアンカーウインチの修理に難儀していたら、アルバどんがやってきて修理状況を検分してくれた。地獄に仏の思いであった。ひょっとしたらバウアンカーは蘇るかもわからん。

氏は、かの高性能40ノット・イージス艦に迎撃ミサイルを搭載するのだとかいっていたが、うまく載せ得たかしらん。

我が家のゴミ出し当番は、このところわたしが専任でやっとる。今朝はそれを忘れていてまた叱られた。ゴミは種別毎に出す日が決まっていて、忘れると一週間待たねばならん。出すゴミには個々に自分の名前を書かねばならない決まりもあって、非常に高度な頭脳的作業になってしまった。

ゴミで思い出したが、

マリーナのゴミ箱には、未だ使用可能な竿やリールが無造作に捨てられていることがあって、わたしゴミあさりの常習犯である。この旨味にシビレてこのところ自治会のゴミ捨て場へもこの目つきで探りを入れるが、マリーナの旨味には遠く及ばない。

あぁ、先日ゆりたろうと釣り行きした際、ゆりが、

「波平さん、その竿まだ使っているの?」と、呆れ顔で言った。

その竿、マリーナのゴミ捨て場で拾った竿である。やわくて使い勝手がよくて、もうすっかりわたしの手に馴染んでいる。

竿で思い出したが、

年末の釣具店へはゼッタイに出向かないつもりである。とっても欲しい竿がある。デッタイニ買いたいリールがある。だがら出向かない。衝動買いするに決まっている。あれらはスッゴク上等で値が高い。ぜいたく品であってゴミ捨て場にはデッタイに無いものである。あぁいう物は、欲しいなぁ~、と、思っているうちが値打ってもんだ。

| | コメント (3)
|

2006年12月18日 (月)

修理完了絶好調

<時給の話>

1.老人ホーム入居者の時給は介護度ってのがあってマイナス向きに計算される。介護度5のマイナス度が一番きつい。

2.大学生の場合は授業料が基本でこれもマイナス計算。私学の医学部などはきついらしい。

3.隠居の場合は、ボケ程度がひどければ時にマイナス時給になるが、わたし程度のボケだとプラスマイナス・ゼロの計算じゃないか。

4.スーパーや、近所の店や、開業医の受付なんぞでパートやっているオバサンらは、高くて千円、やすくて700円/h。もちろんプラス計算。

5.サラリーマンの場合は、ボーナスを別にして仮に月給30万円とすれば、1万円/日で、8時間労働で割ると1250円/h。

6.艇の修理やなんぞで専門メカニックがたずさわる仕事の場合は、ボンと跳ね上がって、7千円/h、となる。hは端数切り上げ計算。月給に換算すると168万円/月。

この世界は、特殊技能であり、特殊な設備下で、特殊な環境にあって、はじめてなすことの出来る仕事であるからこういう計算になる。別に松坂の例を出すまでもなくヨ~ク納得できる。納得できなければそういう世界に関わらなければよろしい。

★で、もう歳だから関わりを止めようかと思ったりするが、わたしの場合は、これがなかなか難しい★

| | コメント (0)
|

2006年12月16日 (土)

あぁ~エカッタ!

ツーレチハハロハ ロレツロハチハ ツツレチハハロハ チーチチレツレー

これ何だと思いますか?

見る人が見れば判ります。

尺八の音符です。

で、その曲名は?

「柴又の寅次郎」

そうです、「男はつらいよ」の楽譜。

尺八吹いて、アップしたいのだけれど、いま夜中の11時半。

さすがに、三木の田舎でも、ご近所ってのがあるからなぁ~、

名曲聴かせて警察沙汰にはしたくねぇからなぁ~、

で、明日、吹き込みます、気が向いたら、

なぁ~に、今まで寅さんのテレビ映画観ておったのですよ。

ツーレチハハロハ ロレツロハチハ チチハチレツロ ハハロハロツ…

感激だ!

涙だ!

心にジンと来た!!

| | コメント (0)
|

アレッ!

大人になって、酒を呑むようになって、さぁいつ頃からだったろうか毎年毎年“忘年会”ってのがあって、大酒呑んだもんだ。

それが、今年は、まったく無くなった。忘年会しなくて新年を迎える人生があろうなんて思ってもみなかった。

モーさんからジャンの誘いがないところを考えると、彼は、未だ忘年会社会に属しているように思われる。メデタイといってよいのか、ご苦労様と言うべきか?

わたし、シャァ~ナイから、シラフで年賀状でも書きましょうと思うのだが、今年はいつまでもポロポロ“誰それが亡くなって喪中ですわ”の通知が来る。概ね天寿マットウのメデタがらみの通知なのだが、なかにはなんともお悔やみ申し上げようもないのもあって、いまいち賀状書きの気持ちが整はない。

妹の所にも孫があって、孫らが正月に集まるから、実家の我が家へは訪れないようなことらしい。先日そのようなことを言っていた。

…と、なって、我が隠居生活も、いよいよひっきょうに入り、本物らしく様(さま)になってきたように思われる。

最近は、日本酒は止めて、もっぱら焼酎にしているが、それを四六時中呑んでいるが、そう大酒するわけじゃない。舐め続けているって感じの呑み方、浸り方である。

車の運転だが、バックミラーにはいつも後続車が金魚のフンになって連なる。わたし、時々、道端へ車を寄せて後続車へ道をあける。自分ではしっかり走っているつもりなのに、年寄り走りになっているみたい。

小型船舶1級免許の書き換えに行ってきた。

視力・聴力に、自信が無い。

壁に貼った表を棒で指して「ハイ、これドッチが開いてます?」式の検査なら、印を順に覚えてしまうつもりだったが、小さな顕微鏡のようなものを覗かされて小さな印を見せる検査だった。小声でボソボソ検査官が質問し、答えるってイケズな手法の検査。小声は検査官の声が聴こえているかどうかの試験も兼ねているのだね。

指される印がデンデン見えなくて、「よわったなよう見えませんが…」と言うと、だんだん大きな印を見せるようになって、見える見える!メデタイ!ハイ、合格!

ほんまかいな?ほんとうはヤバかったんとちゃうか?

一昨日は船舶検査を受けた。若い検査官だった。やたら調べまくり、航行燈の性能試験が必要かもと言い出した。艇はアルビンゲッタウエイの28Ft。右舷等が以前切れたことがあり、国産のそれ用の電球に取り替えていたが、これが気に食わんらしかった、ゲェー国の左舷燈と国産の右舷燈の、光度や拡張角度が、もし異なっていたら大変だということであった。ハァ~なるほどそりゃ大変ですな、と、返事はしたが。腹が立ってならんかった。ええ加減にせなアカンドー!!これ書いていたら、また、腹が立ってきた。焼酎でもナメようかしら。

アレッ!、何を書こうとしていたのか忘れてしまった!

| | コメント (0)
|

隠居時間

いったん脱稿した「…列島周航記」を友人OMの点検に付したら、あれこれの指摘があり、以来全面的に組み替え作業を楽しんでいたが、この作業のなかで、内容的にも不十分な出来であったことが自覚できて、隠居時間にかまけ初めから書き直しているところだ。

思い起こせば、

100日間の東日本周航の旅から帰ったのは、去る8月1日のことであった。

すぐに周航記を書こうとしたが、想いが混乱していて整理がつかなかった。

書き始めたのはおよそこの一ヶ月半後の9月半ば頃からだった。延々と綴って270ページほどの原稿ができて、これを210ページに絞って編集ソフトにかけ、本の体裁に仕上げ、友人OMへ送り彼の点検に付したわけだ。

OMは古今の読書家である。彼は日々1冊読みきる習慣を持っている。読み終えると読書感をブログアップする。彼の眼力は鋭い。

OMの指摘をきっかけに全編を見直し、書き換えを行うなかで、

要は、書いたり消したりしているわけだが…、

“何かが足らない”

“何かが欠けている”

との想いはふくらむ一方である。

旅から帰った直後の混濁はすでに沈静化しており、当時見えなかったものが徐々にではあるが見えはじめている。

旅の終わり頃は、艇の故障に気をとられすぎていたし、里心が平常心を失わせてもいた。よくもまぁあのようなことで事故を起こさなかったものだと呆れる。

で、今は、

そのような状況にあった自分を、冷静に、客観的に書き出したいと思う。

そうすることで、あの旅を、ありのまま浮かび上がらせたい。

旅の途上にあるときは、気負いや興奮は力になる。

が、その気負いや興奮を持ったまま書こうとすると、たいへん偏った文章になってしまい、読むに耐えないものになる。色眼鏡が濃いすぎるわけだ。

しらじらと覚めた目で旅を見る。この視点に未だ立ち得ていないのかもしれない。

書いたり消したりして、余韻を楽しんでいる。

こうしている間に、いつかは覚めた目を得て、“何か”にたどりつくような気がする。

いまさらながら、隠居時間のありがたさに感謝、感謝!

| | コメント (0)
|

2006年12月14日 (木)

かわいそうだなぁ~

明日、大阪テレビの撮影スタッフが、「メダカ釣り」撮影に我が家へやってくることになっている。正直言って少々食傷気味なのだが、あぁそうですか、と、取材のことは喜んでお受けした。

一昨年以来、新聞・テレビのほとんどに、既に登場したようなことになってしまって、いやまったく呆れたものだ。

よう儲かるでしょうと、チャカス方があるが、あんがい本気で儲かっているのではと勘ぐるむきもあるみたい。

で、シッカリここで白状しておくが、取材の都度都度に記念のボールペン1本頂戴するだけで、茶菓子ひとつもらったことは無い。

ボールペンが携帯電話に付ける短いヒモ(このことなんていったかな?)だったり、あぁそうだいちどTシャツだったことがあったが、協力してくれた友人にはあたったが、わたしの分は無かった。

そうだそうだ、撮影が昼食時間に及んでしまって、こういう場合はわたしが食事代を払う仕組みかしらん?と、かみさんをスーパーに走らせた。

野外出先(マリーナ)での撮影で、昼時間が過ぎて腹が減って、ドライブインに入ったが、やはりわたしが支払うのかなぁと、腹減りの腹をくくったのだったが、こういう場合は経費から出るそうで、わたしこのときばかりはタダ昼食った。

シミッタレタことばかり言ってゴメンね。

さて、明日のことだが、撮影はお昼までとの通知が来ている。

経験上、こういう場合は、決してお昼までには終わらない。スタッフらは、仕事熱心で…これだけは感心します。みなさんサラリーマンの動き方じゃない、めまぐるしく頭と身体を動かして良い絵を撮ろうと頑張る…から、昼時間をごく自然にオーバーする。

しゃぁない、スーパーにまた誰かを走らせることになりそう。

それはそうとして、

「メダカ釣り」のエンタテイナー「メダカ君」らだが、彼らは基本的には熱帯魚の仲間だから、今は屋外の水槽でジットしていてぜんぜん動かない。釣ろうたってそれは無理。

で、これから屋外水槽から彼らを掬い取って、別の水盤へ移し、水盤を室内へ持ち込み、やんわりゆっくり暖めて、春の気分に持っていって、ソイデ明日の「メダカ釣り」本番を向かえさせることにせなナラン。

まんず数匹は環境激変に耐え切れずご昇天あそばすだろうと思う。

かわいそうだなぁ~、(*^_^*)

| | コメント (0)
|

2006年12月13日 (水)

良い手立て

母が老人ホームのご厄介になっている。今日、家族会があった。

施設長さん以下職員の方々と家族との懇談会。

集まった家族の者らは会議室で神妙に施設側のお話を傾聴した。

ありがたいことだ。こういう施設がもし無かったらと思うと生きた心地がしない。この思いは、集まったどの家族の方々も同じであるらしい。みな一様に、ひたすら感謝の気持ちを施設側へお伝えした。

集まった家族らは、男性は実の息子、女性は概ね嫁であった。

誤解があってはならぬが、昔から、嫁と姑は仲が悪いと決まっている。

すでに老老介護の状態である。各家庭、窮鼠極まって施設のご厄介になっているのである。誤解は避けたいが、AとBとの関係は、この間にトギにトガレている。

「おかぁさんが、まだお元気だった頃のご趣味のことなどをお聞かせいただいて、ここでのお世話に生かしたと思いますので、差し障りの無い範囲でお話をお聞かせくださいませんか?」

と、施設側から、発言の要請があった。

たまたま座った座順に発言をうがされた。

息子ら男性からの話はごく事務的なものだった。

わたしは、母は昔、素謡が趣味だったとお伝えした。

嫁の立場からの発言が、極めて微妙で、意味深長で、やさしくて、辛くて…、寒くて…、暑くて…、そして苦しいものだった。

みなさん、吹き上がる嫁姑のカットウを押さえつけつつ、搾り出すような感じで表情を調整し、声を出した。

ヤラセではなかった。

施設側のやる気を多としたい。

が、むつかしいだろうなぁ、と、思う。

だって年々人は変わってゆく。

今に生きる、ただ現在に生きる、これ以外に良い手立ては無いものを、なんとしょ、

| | コメント (1)
|

2006年12月12日 (火)

ハッと気がつく

修行修行に明け暮れた日々を送ってハッと気がつくと老人になっていて、何する間もなくあの世行き。

この“修行修行”の位置を“仕事仕事”に入れ替えると、

“仕事仕事”に明け暮れた日々を送ってハッと気がつくと老人になっていて、何する間もなくあの世行き。

“借金借金”に入れ替えると、

“借金借金”に明け暮れた日々を送ってハッと気がつくと老人になっていて、何する間もなくあの世行き。

わたしの場合は、ここ数年“日本一周”の準備と実行に明け暮れたから、

“日本一周” に明け暮れた日々を送ってハッと気がつくと老人になっていて、何する間もなくあの世行き。

今年は、特にこの傾向が強かった。ハッと気がつくと年末になっていた。

よォ~く考えると、何かに夢中になると時間の経つのを忘れてしまって、“ハッと気がつくと”なにやってったのだろう、…となって、取り返しのつかぬ貴重な時間を悔やむことになるのじゃないか?マージャンやっていて、ハッと気がつくと、日にちが替わっていた、なんてのはまったくザンキに耐えません。

と、そこで思うのだが、夢中に人生やってきて、

『見るべきものは見た、したいこともした、もうなぁ~んも思い残すことはない』

と、いうような充実人生って、在り得るのか否か?

わたし、在り得ないと思う。

見れば見るだけ、知れば知るだけ、やってみたらやってみただけ、それぞれ応分の裏側が顕在化するのではないか?もっと見たい、もっと知りたい、もっとやってみたい、と、未完成部分が増えるだけで、残額ゼロにはならんのではないか。欲は欲を生み、決して尽きることがない。欲から離れるには欲を捨てるしかない。これ古今の哲学ですよ。

サラリーマンを定年退職して後、“ハッと気がつくと”はや6年経っている。

わたし、来年以降は、日々をよォ~く味わいつつ過ごしたいものだと思う。もう夢中になるようなことには関わらないですごしたい。“ハッと気がつく”と、墓の中だった、ってのは今しばらくは嫌だからなぁ。

| | コメント (1)
|

2006年12月11日 (月)

小豆島の鯛

取り敢えず小豆島釣行の報告。

本日ゆりたろうとわたしの二人、小豆島「金ケ埼」へ鯛のご機嫌伺いに出たが、その結果は以下のとおり。

朝8時、播磨マリーナを出港。9時小磯ポイントへ入った。

凪、波50センチとまでは言い得ないが、70センチって感じかな、

小磯のぐるりにプレジャーボートが4隻。鯛サビキだろうなあれは、リールを四六時中巻いていた。よく見ると竿をほっぽり出して横向いているおっさんもいた。釣果を問いかけるも、ぜんぜんダメの返事ばかり。

魚探反応は在る。反応の濃いところを集中して攻めるとサビキの針数イワシが釣れた。17~8センチのおいしそうなイワシ。ほぼ同寸か少し大き目のママカリが混じる。

これ、けっこうおもしろくてだいぶ釣った。

潮が動き始めてマナイタへ移動。

鯛サビキを巻き続けるがコツンともしない。鯛は居ない。フラフラもやったが当たらなかった。が、魚探反応はあって、やはり反応の濃いところでイワシが来る。

島寄りの「金ケ埼」北東端に3隻ばかり、これはメバル狙いであろうか。釣果のほどは判らない。

「金ケ埼」全体で10艇程度がウロウロしていたが、ついぞタモの出るのを見なかった。2艇がアンカーを入れてボヤ~としていた。

ガシラ1、マアジ1、ウルメイワシぎょうさん、ママカリぎょうさん、

帰路、釣果を自宅へ携帯で通報。

「ほんなもんいりません、捨ててきてちょうだい!」のすげない応答。

捨てるに捨てられず、たった今、持ち帰りガックリ落ち込んでいるところじゃわい。

諸兄ら、敵討ちしてきてもらいたい。

わしゃ疲れた。

| | コメント (1)
|

2006年12月10日 (日)

カットウ中

8日午前、沖縄の読谷村漁業協同組合が、比謝川河口沖に設置している定置網でカツオを約2.5トンを水揚げしたそうだ。季節外れの大漁にビックリしているとか。地球規模の異変が現実のものになりつつあるらしい。地図を開いてその場所を調べてみた。嘉手納基地(飛行場)沖だった。

すぐ近くに残波岬がある。波平という地名が目に付いた。比謝川って名もなにやら因縁めいている。

小豆島の鯛だが、先日7日に出かけてボーズだった。沖縄の季節外れのカツオと関係があるわけないが、“大漁”と聞いて、“タイリョウ⇒鯛漁”、

この種の発想連鎖にわしゃ昔から弱いのだよな、ここから逃れる術あったらオセ~テほしいもんだ。釣り師ってのは、魚に釣られ、釣りに絡め捕られた人ってことでっせ。しゃぁない性分、死ぬまで治らんバカ。

7日のボーズショックは、もうこれで今年の竿納めにしようと、ドッスン落ち込むところまで来ていたが、その後今日で3日目だが、はやくもまたぞろ気持ちが大揺れですわ。

出ようか出まいか今日一日悩みに悩んで過ごすことになりそう。

出たってカツオがタイになるわけないし、ゴチャゴチャ居た小イワシがブリに変身しているわけないし、ボーズショックを肥大させるだけになるのとちゃうか…、と、思ったり、思わなかったり…、

意外と大漁になって、鯛で鯛で処分に困るかもわからん…、と、思ったり、思わなかったり…、

カットウです、迷いです、あぁ~困った、どないしょ!

| | コメント (0)
|

2006年12月 9日 (土)

歳の暮れ思考

1.今朝の日経朝刊は、本紙が190g、土曜日特集版(プラス1)が90g、折り込みチラシが220g。重さで内容の軽重を問おうとは思わない。が、重さが内容とまったく無関係だとも思わない。

2.昔、リンカーンは、「男は40歳になれば自分の顔に責任を持たねばならない」と言った。

3.ナポレオンは人の運の良し悪しを大きく評価した。

1.記事媒体の物理的重量(何g?) VS 書かれている内容の重要性

2.面相の良し悪し VS 人物の大きさ

3.本当の実力 VS 運の良し悪し

わたしの過去だが、

1.わたし“ウドの大木”。しまりのないボヤ~とした背高のズジイ。いつも食いすぎ呑みすぎで身体がブヨブヨ。物忘れがひどく、頭を振ったら頭蓋骨の中で小さく凝り固まったミソが転がってカランコロンの音がする。

2.わたし、昔から目つきが悪いと言われてきた。「そんな睨むような冷たい目で人を見るものじゃない」って言われてきた。「お前の目は人を軽蔑する目だ」って言われてきた。で、自分の目玉が気になって、ずっと縮こまった人生やってきた。

3.どう考えても、自分は運が良かったなんて思えない。悲運ならたびたびあった。たびたび過ぎて悲運不感症になったような気がする。

で、今はどうかというに、

1.忘れて困るような大切なことにはもう関わっていないからボヤ~の地のままで過ごしている。列島周航も当初は3年計画だったが、2年度の今年で店じまいだ。3年目中止はこのボヤ~さかげんではもうヤバイと思ったのが最大の理由。

2.嫌いなオッサンや、アホな上司と付き合わんでもようなったから、キット気が抜けたのでしょうな。最近はもう自分の目つきの在り様に気を使わなくなった。開けっぴろげの生活ですわ。

3.よく考えたら悲運ってレベルもなかったのじゃないか。でも、間違いなく、幸運ってレベルにも浴したことないなぁ~。年末ジャンボ?どうせスカだろう、バカバカしいじゃないか。

あぁ、日経は、安倍総理のこと嫌いみたいだね。

| | コメント (0)
|

2006年12月 8日 (金)

変なオッサン

気がつくとこのブログへのアクセス数が15万件を越えていた。

スタートしたのは昨年の4月である。列島周航に備えて始めた試みだった。仲間のOMが「おまえのHPにはブログ形式の方がエエのとちゃうか」と勧めてくれたのが発端。それまではIBMのホームページビルダーのソフトを使って、自前のHPを創って楽しんでいた。

“めだか釣り”は独立させ、別のページ立てにしてある。これはこれで定年後の隠居仕事の位置づけである。

で、今、ブログと合わせて計3っのページを持っているわけだが、最近はブログの方だけ触っていて、以前の二つはその後手入れをしていない。

アップし続けるには多少のお金が必要だ。で、以前の二つ(ビルダー分)はもう閉じたいのだが閉じてしまうとここに打ち込んだ諸々が消えてしまうので閉じかねている。

CDにすべてを移せばいいようなものだが、いつのまにか膨大な量になっていて、このままアップし続けるのが一番簡単な整理法であろう、と、書棚代わりに使っている。

でも、掲示板だけは廃止(本日付けで)手続きをとった。利用が有料の掲示板だった。お金のこともあるが、日々の管理が追いつかなくなったのが最大の理由。最後の打ち込みは仙台藩の玉子ちゃんだった。お玉ちゃんありがとうネ。そしてごめんなさい<(_ _)>

と、いうわけで、現在3つのページをアップし続けているが、

ときおり、これを見たとかで、問い合わせがあり、新聞の埋め草タネに使われたり、取材を申し込まれたりする。いつの間にか、NHKテレビや朝日新聞や、その他あちこちへ出演したり、書いたりした。

つい先々月、毎日TVの「ちちんプイプイ」に出たばかりだが、一昨日もまた問い合わせがあり、今度は、大阪ケーブルテレビから、三木市役所経由で取材したいと依頼があった。来春の放映に使いたいとか。三木市の金物の紹介にくっつけて、市内の変なオッサンという位置付けで使うようだ。市役所の“変なオッサン帳”に載っとるみたい。

わたし、どうせ暇なのだ。使われて減るものじゃなし、退屈しのぎにもなるし、お付き合いするになんらやぶさかでない。

それにしても基本は暇つぶしに発したことばかりながら、隠居生活になって以来やたらせわしい(いそがしいわけじゃない)日々が続く。

せわしくキョロキョロしてもウロウロしても、一銭にもならんことばかりだけれど…、

昨日は小豆島の瀬(金ケ埼)をうろついた。やはり一銭にもならんかった。

| | コメント (0)
|

2006年12月 7日 (木)

小豆島

天気予報で波の様子を調べると凪らしい。で、小豆島へ出てみた。ボーズ覚悟で修理後の艇の長時間試運転のつもり。艇エンジンとマリンギヤーの様子をしっかり確かめておきたい。故障恐怖症から抜け出たい。

で、確かめた。すこぶる快調。振動音も以前に比して減じた感じ。3000回転で22ノット。

列島周航時の荷物をぜんぶ降ろして艇が身軽になったせいか速度が出るようになっている。時々23ノットの表示が出たりする。2900回転で21ノット。それも時に22の表示に手が届きそう。

出港時の気温5度。午前7時半の出港。水温14度。波50センチ。

マリーナを出て、天川河口から本調子に走りはじめて小豆島までがちょうど1時間。

15隻ほど釣りボートが出ていたが、竿の曲がるのを見なかった。全艇ボーズかと思ったが、そうじゃない、釣っている艇もあった。1枚。バラシが5度あったという。この時点でわたし、ぜんぜんアタリすらなかった。頑張って午後2時ころに鯛のアタリが一度あったが食い込まなかった。

魚探反応はある。薄いのはウルメイワシ、変なモヤモヤは太刀魚みたい。

ウルメの群れに出くわすとサビキ針数分ウルメが釣れる。太刀魚が釣れると、サビキが傷む。このどちらでもないアタリがあってハネだった。鯛の顔はとうとう拝めなかった。ずいぶん頑張ったのだがなぁ~。

今月中に艇の検査受けを済ませようと思う。なぁ~んも釣れそうにないし、今年はあるいは今日で竿納めかな…、なぁ~んちゃって、また三日もすれば出かけるくせに!!このろくでなしジジイメ!!!

でも、次回は何を釣りに出たらええのやろ???

あぁ、他艇がフ~と近寄ってきたら、緊張、緊張!

「『はまちどり』やないか!これで日本一周しよったんか、ようやるなぁ~!」

と、A艇。

スーとやってきて「ホームページ読んでまっせ」といってジロジロわたしを見て、「頑張りまひょ」とエールをくれたB艇。

この他、C艇、D艇、から声掛けされた。D艇はEXさん。写真を撮った。

「誰かと思ったら『はまちどり』さんやないですか、ほぉ~」と、呆れたような、驚いたような、声音で声掛けしてくれた。あの後の釣果はどうだったのだろう。わたしはもう帰り支度をほぼ終えていた時だった。

アッ痛ッ!

EX艇の雄姿を写真アップしようとして、アレッ?デジカメが無い。艇に置き忘れてきた。残念!

| | コメント (1)
|

6日の記事ですが

またニフティがブログのメンテをやっていて、その間、新規記事の打ち込みが出来なかった。メンテナンスは2006125日(火)10:00127日(木)15:00の約53時間と言うことだったらしいが、なんでこんなに再々ストップせなあかんのや?ほんと困る。どうなっとるのかさっぱりわからん。せっかく閲覧してやろうとクリックされた皆様に申し訳ないことですわ。ごめんなさい。<(_ _)>

以下は、そういうことで、昨日書いたものです。ごめんなさい。

今日(7日)の分は、これから書こうかな。もうしばらく後から、アップします。

<6日のブログ>

さて、昨日5日(火曜日)は、ゴチャゴチャ言っていたが、マリーナを下った天川河口すぐ西側の的形海岸の浅場でカレイ釣りをした。30センチほどのを6枚釣った。外道に60センチほどのスズキが来た。外道は他にもあってイイダコ。これがカレイ仕掛けに引っ掛かって次々釣れる。墨を吹っかけられて往生する。かみさんがタコを料理すると、墨で手が汚れる。タコはもう捨ててきてくれ言う。

しょっちゅう釣り糸が噛み切られるのはフグのせい。ショウサイフグだ。ショウサイフグには違いがないが、ここのショウサイは肌の色合いが沖で釣るのと比べると多少黒っぽいような気がする。けっこう大きなのが釣れるが即刻お帰りいただく。

今日6日(水曜)は昨日以上の釣り日和であった。が、釣り行きしなかった。カレイは釣りアジがいまいちだ。フグやイイダコと面会を重ねねばならんかと思うとおっくうになった。

釣友のゆりたろうが、小豆島へ鯛釣りに行きましょうと言ったが、釣れている情報があるのか?と問うと、「無い」という。で、結局行かなかった。

代わりに飼い犬と散歩をした。四六時中連れ出すから、犬らは迷惑そうな顔をする。でも、用も無いのにご近所をうろつくのは、もうろくジジイの徘徊のようでおもしろくない。犬らが散歩をせがむので、ジイチャンは付き合っているのだという体裁がほしい。

犬らは電子柱を見るつど擦り寄るが、わたしはオシッコがしたくなっても我慢する。自宅へ帰ってからトイレに入る。あったりまえだ。でも苦しいでっせ、歳のせいか、突然、急に尿意が吹き上がって往生するようになっている。

| | コメント (0)
|

2006年12月 4日 (月)

多々選択肢

明日・明後日は凪ぎのようだから、マリーナへ出かけて上架中の艇を下ろし、釣り行きの準備をしてきた。

だが、何を釣りに出たらよいのかさっぱりわからない。どうしようか。

1.岸辺沿いを、豆アジ魚影求めてうろつく。

2.鹿ノ瀬の乗り網に艇をくくりつけてショウサイフグを釣る。

3.天川河口あたりでカレイを釣る。関電前でもカレイなら釣れるかも。

4.横瀬・カンタマ辺りの乗合船を追っかける。太刀魚?ガシラ?

5.小豆島へ鯛狙いで遠征。

6.二見人口島沖でイイダコを釣る。イイダコなら天川河口的形海岸沖でも釣れる。

7.上島手前の県漁礁で、なんぞかんぞの5目釣り。

8.上島でキス釣り。

9.家島の宇和島水道でカレイ釣り。

10. 男鹿島の青井の鼻でカレイ釣り。

どれがよろしいかさっぱりわからん。

希望としては、

5.小豆島へ鯛狙いで遠征する。

が、一位だが、ボーズの確立が高い。燃料油がドッサリ必要。

時期的にドンピシャリなのは、

2.鹿ノ瀬の乗り網に艇をくくりつけてショウサイフグを釣る。

だが、フグは、我が家では未だ禁じられた魚。

面白いのは、

7.上島手前の県漁礁で、なんぞかんぞの5目釣り。

しかし、わたし1艇だけ、平日に、ここにアンカー入れて魚釣りするのは危険。航行中の他船にぶっつけられる恐れがある。

やってみたいのは、

9.家島の宇和島水道でカレイ釣り。

しかし、カレイは、まだ浅場に居るような気がする。あそこはけっこう深いからなぁ。

面白みに目をつぶるなら、

3.天川河口の辺りでカレイを釣る。関電前でもカレイは釣れそう。

これが一番手堅いが、どうも気が進まん。

今晩一晩よーく考えよう。

あぁ、もうひとつ選択肢がある、

モーさんが、誘いの電話をよこしたら、そちらへチー・ポンなびいても良い。

| | コメント (0)
|

2006年12月 3日 (日)

大きなお世話

迷惑メールが送られてきたとき、その多くは、

1.アドレスにカクカクの文字がある場合が多い、

2.また件名にコレコレの言葉が入っていることが多い、

とする、

なら、この条件を満たすメールが来たら、それは迷惑メールである可能性が極めて高いから閲覧するまでもなく初手から削除してしまおう…、

と、これが、“ベイズの定理”といわれる最新の(異型)統計学だそうな。

あの子に好かれているかどうかが気になって、試しにメールを打ってみる。即時返事が来たら好かれている、OKだと判断する。三日後に返事が来たら嫌われてはなさそうだが好かれてはいない。ぜんぜん返事がなければ嫌われていると判断する。

この考え方も、根底にあるのは“ベイズの定理”であるらしい。

数式になおすと、

P(A/B)=P(B/A)*P(A)/P(B)

と、なるそうだ。

今朝から、ずっとこれを睨んでいるが、なんとなく言わんとすることは判るような気がするが、いまいち合点までは行き着けずもどかしいことである。

いろいろな事象への応用が計られているとのことだ。

これ、今朝の日経新聞に出ていたので読んでいるわけだ。記者氏はわかりやすく書いたつもりだろうがけっこう難しくて、わたしいつもならもう朝飯食い終わっている頃だが、朝飯抜きで考え込んでいるのに未だにわからん。ヤッパわしゃアホなんかな?

朝方空を見上げて雲行きを観望し、こりゃ釣り行きを断念した方が賢明かもと判断するのは、過去幾度も経験した経験則と雲行きとの関係を混ぜてこねて、その結果出した結論である。感覚的にだけれど“ベイズの定理”がどうやらこの線の上にあるらしいことはわかる。

長潮や若潮の時は魚釣りは出来れば止めた方が良く、下り二日目の中潮日は良く釣れる、…と、これも“ベイズの定理”。上げ下げ三分七分にジアイが来る。これもベイズ。

以下は余談ですけど、

安倍政権は造反議員復帰で支持率が下がりつつあるってのも同然だと思うな。

あのね、この理論は恐ろしいようですよ。

この世に神様が本当に居るのかどうかについてもキチンと計算できるらしい。

甲さんには90㌫の確立で神様が居ても、乙さんには0㌫の確立で居ないって計算になるのじゃないか。計算なんぞしたくもないや、大きなお世話だ!

| | コメント (1)
|

2006年12月 2日 (土)

臣民の道

父が亡くなって丸11年が過ぎた。生前父が住んでいた家は空き家のままになっていて、もう整理しようと思う。でも更地にすれば税金が高くなるのではなかろうか。どうしたものだろう。

とにかく、家財の処分からはじめよう。

と、ゴミにし難い書き物や記録などの整理をはじめた。

父は学校の教師であった。今で言う社会科の先生。終戦後もっとも激変した科目。

残っている書物から推測するに、父は戦争中もニーチェの研究などを隠れてしていた形跡がある。が、あきらかに途中頓挫の形跡がうかがえる。

終戦時、父は、県立航空工業専門学校に勤めていた。終戦の後、教壇に立った父は、生徒たちの前でハラハラと涙を出して泣いたそうだ。そのとき生徒だった方が後年偶然にもわたしと職場を共にし、事務机を並べていて、偶然にそのことがわかった。

「アツ!そうか!お前は○○先生の子やったんか!」

「おまえのオヤジはなぁ~…」と、いろいろなことを聞かされた。

終戦後父は猛烈な勢いで新憲法を学習し、新民法を学習したようである。

だが、ある時点で、パタッと本を閉じた形跡がある。

その後は二度とこの種の学習はしていない。

このしばらく後、某中学の校長になった。で、またぞろ学究心が頭をもたげたみたい。藤原惺窩の研究を少しして、また途中頓挫。

父は、その後はなぁ~んもしなかった。

いや、していた。般若心経の筆写に明け暮れた。筆写以外は、囲碁の譜を見るか、枕のようにぶっとい字源や字鑑を日がな眺め暮らしつつ老いて、やがてボケ、そして亡くなった。

父は神戸に、わたしは三木に家を構えていた。ただ1度だけわたしは父に手紙を出している。記録類を整理していてそれが出てきた。すっかりわたしは書いた内容を忘れていたが二三行読んでスーと思い出した。わたし、父とはあまり詰めた話をしたことがない。この手紙が唯一のものである。能や謡についての観方を通して、父の思いを知りたいと思って出してみた手紙である。父はこれを読んでよほどビックリしたようだった。生前ボソッとそのことをつぶやくように漏らすのを聞いた。が、返事をもらった記憶はない。

わたしは父の心の中を知らないままであった。もう亡くなって11年だ。どうしようもない。

文部省教学局編纂になる「肇国の精神」という“国体の本義”解説の本が出てきた。同じく文部省編纂で「臣民の道」というのもあった。皇国の国体を説いている。父の残した書物は概ねこの種のものが中止を占めている。

ちなみに、わたし、父からこの種の話を聞いたことは一度もない。

わたし、既に老いて、日々沖は凪ぎかどうかとか、モーさんは今日はジャン誘いの電話をくれるだろうかとか、などなど愚にもつかぬことばかりにお日様西々のこの頃である。

| | コメント (1)
|

2006年12月 1日 (金)

若潮

2006_003_1 今日(1日)は凪だが、明日からの2日3日の土日は波があって釣り辛いのじゃないかな。この後の月・火・水は凪でしょう。エブリデーホリデーの隠居らにはダメージないが、世間現役の釣り師らには辛い日々ですね。申し訳ない気がします。

今日は若潮。凪いでいるけれど、魚釣りにはいまいち面白くない潮。ボーズショックを癒す意味も込めて、わたし静かに自宅謹慎しています。沖へ出たって、この潮ではあまりいい釣りは出来そうにないからなぁ。

♂♀ モーさん、聞いていますか?

波平どんは、沖へは出ておらんよ、自宅待機だよ!四アンコ待ちだよ!

なんのコッチャ??

で、土日の波日の後の月曜からは大潮で、朝方は上げ潮で、ゆっくり沖へ出て釣り場へつく頃がちょうど上げ7分の地合かな。昼1時頃が潮止まりで、しばらくして下りが始まって、下げ3分の地合があって、バカバカズボズボ釣って、4時過ぎにニコニコ帰港ってことかな。

あぁ明日は少し無理すればアズキ島へは行って行けないことはないでしょう。波はたいしたことはない。ユリやbどんらなら凪ぎ同然って感じかな、平気でしょう。bどん、サビキ鯛の様子がわかったら教えてくださいね。わたし、そのお話によっては、上島の県漁は止めて、アズキに挑戦してみようと思うから。

あぁ忙しい、いや、気ぜわしい、なにかすること無いかなぁ~、そうだ!庭へ出てミカンもぎって食ってやろう!

| | コメント (0)
|

次回は何処へ

いつだったかなぁ~、あれは、モーさんの「梅花」(淡路島五色町の趣味の料理店・マレーシア料理079-935-1012)へbどんらと出かけたときだったと思うが…、

いや、出かけたのは確か9月だったから、それ以降のことだったかな…、

とにかく何かの機会にbどんと話をしていて、播磨マリーナ沖5マイルの上島のことに話題が触れ、bどんが、

「上島も最近は具(魚網)が少なくなって釣り易くなったようですよ」と言った。

で、わたし、このことをしつこく覚えていて…、

…自分に都合の良いことだけは不思議としっかり覚えていますね、いつ何処で何の話の中で出た会話だったか周辺のことはすっかり忘れているのに、このピンポイントだけは鮮明に覚えている…、

で、あの日(漁船の曳き網漁で頭がホッカホカになった日)、

“そうだ!気分なおしに上島へ行ってみよう”と、上島へ走った。

なんと、スッゲェ~数の具が入っていた。話しが違うやんけぇ~!ごく小さな瀬の上にもきちんと具が仕掛けてある。島寄りのキワの砂地にこの時期のカレイは寄っていて、この狭い小さなポイントへ入りたいが具がペラにからまりそうで入れない。

仕方なく島から離れて黄金の瀬の外れ辺りを巡ってみると、ここにも滅多やたら具が入っている。メチャメチャだ。アンカーを安心して打てる場所が無い。

ホカホカ頭が益々温まってカッカしながらアンカー場所を探り、アンカーを打った。

打つには打ったがぜんぜん魚が釣れそうな気がしない。持参の昼飯をむしゃくしゃ食ってボーズで帰った。

わたし、およそ25年前からここでの魚釣りを楽しんでいる。

その頃もたくさん具は入っていたが、今ほどはひどくなかった。黄金の瀬の真上と、その瀬外れのBポイントに1箇所と、夏場の一時期だけ孫兵衛瀬にあっただけだった。だから、この他の小さな瀬に向けて自由にアンカーを打つことができた。ゆっくりと釣り糸を垂らすことが可能だった。

きっと漁船搭載魚探の性能がアップしたのでしょうね。漁師は小さな瀬をも見逃さないようになったってことかな。

具は定置網、カゴ、タテ網の3種。それぞれに違った目印浮きがある。

一番厄介なのはタテ網だ。目印が多くあって、すなわち幾つものタテ網が仕掛けてあって、網の伸びる方向がわからなかった。

疲れてしまって、身体の疲れ以上に気分的な疲れがあって艇を上架してしまった。凪いでいるのに釣り行きする気がしなくなった。少し休もうと思う。

だがなぁ~、3日も休めばまたぞろゴソゴソしたくなるのだよな。困ったものだ。

次回は、県漁へ出てみようかと思う。あそこは、先日上島への行きかえりに真上を走ってみたが具は見かけなかった。だがなぁ、魚探画面に魚群反応も見かけなかったなぁ。

| | コメント (1)
|

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »