« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »

2007年2月

2007年2月28日 (水)

綱渡り

今日で2月は終わりですね。
一般にニッパチ(2・8)と言って、何事もこの二つの月は、活性が落ちる月だと聞いているが、わたしは特に寒い2月に弱いから明日から3月かと思うと、嬉しくてしょうがない。

2月のカレンダーを眺めると、メモ欄に書き込みのある日が13日あった。あとの15日間はなぁ~んも予定の無いヒマ日。
で、3月を見るに書き込みが5つしかない。
だが、海もオイオイ春めいてくる。沖へ魚釣りに出る日も増えると思う。最低でも一週間に1日は凪の日があると思うから、
5(既定の書き込み日)+4(凪の魚釣り日)=9日間
また、
常識的(?)に考えて約4回は悪友等からジャンの誘いがありそうだから、上述の算式は、
5+4+4=13日
まだ18日間も空きがある。
前途洋洋、希望に溢れた春弥生、

予定が在っても無くても忙しくてしょうがないが、どうなっているのやろ??
日々息災にして諸事物忘れに没す。
かっこ付けずに言うと⇒“飯(メシ)と飯との綱渡り”。
あぁ、今日は、昨日から、身柄をモーさんに予約拘束されておる。

| | コメント (0) | トラックバック (4)
|

2007年2月27日 (火)

「駅馬車」のつもり

今日はNHKの衛星第二テレビでジョンウエインの「駅馬車」をやっていた。
何度もみた映画だが、また感動の中で観た。
あのテーマソングが大好きである。
尺八譜が無くて吹けないが、探りながら自分で採譜してみた。
吹いてみよう。ゴマカシ吹きである。
大笑い、ワッハッハの尺八でござる!


| | コメント (2) | トラックバック (3)
|

心 境

世の中の“隠居”らに共通の心境ってなんだろう?

現役から隠居へ引いたあの頃は体力・気力の衰えを自分なりに実感し、
“あぁ俺も隠居した方がよかろう”
と、思ったものだった。

が、しかし、いざ隠居してみると、まだまだ働けたような気がしてきて、 
⇒ 日々ボンヤリ暮らすのが怠惰な怠け心のように思われる、 
⇒ こんなことでエエのかいな?
と、なる。で、
⇒よ~く考えてみれば、最近の若い衆らは頼りなくてしょうがない。
しかし、今更、
⇒ 現役もどき仕事に復帰するのも面倒であるし、やはりそれなりに物忘れもひどくなっていて、現役復帰はヤバイような気がする。

モヤモヤした片付かない気持ちが渦を巻いて落ち着かない。
で、どうするかと言うに、
日々この片付かない気持ちの片付けに汲々として過ごすわけだ。
言うなれば、粉飾の日々である。
下世話にはこれを“ひまつぶし”という。

まわりを見渡すと、自分と似たような年寄りがやたら多いのである。
あいつらは、どないしてヒマをつぶしているのだろう、…と、気になる。
たまたまインターネットの使い方を知っていたりすると、インターネット・サーフィンに時間をつぶすことになる。
⇒ で、検索サイトに“隠居”と打ち込んでみたりするのじゃないか。
試しに打ち込んでみたが、わたしのブログは出なかった。
隠居と、釣り、の二つを打ち込んだら出てきた。
隠居・波平・釣り、と打ち込んだら、一番最初に出てきた。

わたしのこのブログは、きっとこういう見方をされているのだろうと思うこの頃だ。
さて、わたし、
これから三木市立図書館へ出かけるつもりだ。借りていた本を返却し、ついでに別なのを借り出してこようと思う。
今日はひょっとしたらモーさんから、マージャンの呼び出しがあるかも。携帯電話を持参する。
もし、彼から呼び出し電話があったら、
⇒別の予定があるのだが、どうしてもわたしに参加して欲しいということなら、しかたがないから付き合ってあげないでもないと、シブシブ参加のスタンスで応じようと思う。


| | コメント (0) | トラックバック (3)
|

2007年2月26日 (月)

と、三日目

一昨日は神戸市邦楽倶楽部の第13回定期演奏会だった。終演後の打ち上げで呑みすぎて帰宅したのは昨日である。楽しみを主眼にした集まりだから演奏の出来云々はあまり言わない。わたし、舞台上の演奏より、二次会で歌った演歌カラオケの方がすばらしかったと思う。博識なT君などは、竹を持つと拍子も音律もメチャクチャだけれど、演歌マイクを持つと拍子も音律もいきなりシッカリ整うのはなぜだろう。

で、昨日は、寝不足でねむたいのを押して、無線免許の講習会を受講して一日をつぶした。講義の先生方はみなさん旧郵政省のOBとお見受けした。言葉遣いは丁寧ながらどことなく高圧的で、おぬしらはなぁ~んも知らんだろうから、ワシが教えてやるといった雰囲気で威張っておられた。いくら威張っておられてもかまわないが、自分勝手に講義を進めるスタンスはいただけない。受講生と講師との間に乖離がある。で、結果眠たくてしかたがなかった。受講後に試験が行われた。わたしは終始ウトウトしていたから、しっかり答案に向き合うのが難しかった。ひょっとしたら落第かも。

今日はこれからY君の母君の葬儀に参列するつもりだ。87歳と4カ月のご生涯であられたそうだ。
いくども、いろいろな葬儀に参列したが、「享年〇〇年…と、△カ月」というような月数添えのお歳を聞いたのは初めてだ。最近のテレビで、中年女性が歳を問われて「26歳と〇〇〇カ月」と、歳を月数換算で言うコマーシャルがあったのをフイに思い出し、不遜な事ながらおかしかった。この言い方って最近の流行りなのだろうか?
わが母は94歳と5カ月。未だ健在(?)中。
わたし?
66歳と7カ月と3日目。やはり未だこの世の人…の、つもり。
合掌

| | コメント (0) | トラックバック (4)
|

2007年2月23日 (金)

磯千鳥

なかなか単管丸どんの域には行き着けそうにない(氏のブログの1月30日にある)。自分で吹いて録音し、単管丸どんのと聞き比べてみると、低位の次元で吹いているってことがよくわかる。
まぁいいや。これがわかるだけでも勉強である。努力もしないで、自分の下手を嘆くほどわたしはバカじゃない。まぁこんなところだろうて、

一応、都山譜の「磯千鳥」のつもりです。
その前唄部分。
出来るだけ譜に忠実に吹いていますが、技量不足のことがあって、チのカリ音はハの半音で、ロのカリ音はツの半音でごまかして吹いています。これ以外はほぼ譜面のとおりです。

単管丸どんは前唄の初めあたりはずいぶんゆっくりと、後、次第にテンポを速めて吹かれているが、わたしは総じてゆっくり吹きます。地方(じかた・三弦)のテンポが違うのでしょうかね?いつもお世話になる、キヨちゃん(三弦師匠)の速度がこれです。

歌詞を書き出しておきましょうか。
前唄と後唄に分かれています。吹いたのは前唄の部分です。


(前唄)
うたた寝の枕に響く暁(あけ)の鐘、げにままならぬ世の中を、何にたとえん飛鳥川、昨日の淵は今日の瀬と、変わりやすきを変わるなと、契りし事もいつしかに、身は浮き船の舵を絶え、今は寄る辺もしら波や、
(後唄)
竿の雫(しづく)か涙の雨か、濡れにぞ濡れし濡れ衣、身に沁(し)む今朝の浦風に、侘(わ)びつつ鳴くや磯千鳥、

| | コメント (1) | トラックバック (1)
|

時合(じあい→魚が良く釣れるころあい)

前々回、
鯛のサビキ釣りから→“魚釣りのおもしろさ”を、お話ししたが、
以下、時合についてふれておきたいと思う。これを知らないと、「仏(ほとけ)造って眼(まなこ)入れず」になってしまう。
あぁ、ついでながら、
このことわざは一般には「…魂(たましい)入れず」と言うが、開眼供養の言葉があるように、ここは「…眼(まなこ)入れず」と言うのが本当は正しい。

さて、
魚釣りの楽しさ、おもしろさは、一般には、
 掛けた魚とのやりとりや、
 餌を食ったときにあらわれるウキのピクピクや竿先の震えや、
 大自然の中で竿を振る爽快感や
 釣った魚を料理して食う楽しみ、
など等、が、あげられる。

わたしは、これらに加えて時合(じあい)を語ろうと思う。ここが魚釣りの魂、眼、ですから。
あぁ、ここもついでながら、
“地合”の字が間違ってしばしば使われます。魚釣りの専門書にもごくたまにこの間違いがある。魚釣りの場合は“地合”じゃない“時合”が正しい。

“時合を待つ”楽しさ、と、“時合を得る”嬉しさ、がそれです。
釣り場ごとに、その時々に、潮を読み、⇒“時合”を得⇒ヤッ!と釣竿をあおり魚を釣る。
究極の一点が“時合”です。

古今、釣り人たちが、この“時合”を計ること、幾千万億回。いまだその深遠に至り得た者なし。「さぁソロソロ“時合”だろうて…」との憶測は付く。それが潮汐にリンクしているらしいことは経験上釣り人なら誰でも知っている。が、しかし、潮汐がどのような経路で魚たちの体調を左右するのか、未だ解きほぐし得た者は皆無。

時合でもないのに、魚が釣れると、釣った魚がバカに見えるわけですよ。
お前はアホか?時合でもないのになんで釣り針に掛かったりするのや?って、思う。
時合外れに釣れてもあまり嬉しくない。釣り素人は喜ぶけど…、

実に妙なもので、時合が来ると、魚々らは競って餌を食うわけですよ。
と、同時に、釣り人らも、身体中に時合反応が生じているのじゃないかと思うわけですよ。
魚が餌を食い始めるから釣竿を持つ手に力が入るのか、いや、そうではなくて、人間の身体もまた魚々らと同じように時合を感じて活性化してきているのか、さぁ、どちらでしょうね。わたし、人間も魚と同じだと思います。

実に不思議です。
ボヤ~と釣竿持っていても、魚が釣れるときは事前になんとなくわかります。もうそろそろ釣れるに違いないという無意識の意識が働く。置き竿を数本船べりに並べていても、妙に視線を止めていた竿の方にアタリが来る。幾本竿を並べていても、すべての竿を平等に監視する必要は無い。自然に、無意識のなかで今度釣れるはずの竿先に視線が向いている。これも時合でしょう。魚が餌に食いつくころあいってことでしょう。

“入れ食い”というのがある。時合の真ん中です。具を垂らすと即座に釣れます。これはこれでおもしろい。
“ボーズ”というのがある。やはり時合のど真ん中だと思うのに、まったく釣れません。不思議ですなぁ~??なんでやろ??? 前回の鯛釣りがそうだった。1枚だけ釣ったけれど…、

それにしても、
小豆島の真鯛の時合ってのは、どうなっているのでしょうね。7分3分の潮まんが当てはまりません。さっぱりわからん。時合がまた短いから超難儀。油断したら見逃してしまう。釣り場に居る間、ぜんぜん気が抜けません。シンドイ釣りでっせ。前回の1枚は、あの時がその時合だったのかな?それにしては短すぎるよな。たったの1分間?

| | コメント (0) | トラックバック (4)
|

2007年2月22日 (木)

竹は世代を越え得たか?

先日結婚した甥が新婚旅行から帰ってきて、このブロブを閲覧し、コメントを打ち込んできた。右欄に“おいっこ”とあるのがそれです。
彼がこのブログを見ているなんて思っていなかったから大変ビックリした。

彼はわたしの38歳年下です。彼とわたしは生きる世代がまるで違います。互いに異次元世界の生き者でっせ。
でも、同じように日本語を話すから、―あったりまえだ―、なんとなく話が通じるような気がしないでもないが、その実はわかっていないと思うよ。マンズ、微妙な人生の機微ななんぞは話しても通じないだろう。
彼って、このブログを読んで理解できているのかな?そりゃ無理だろう、…と、思うなぁ。

早い話が、
わたしは、江利チエミや美空ひばりや雪村いずみなら知っている。扇千景や八千草薫や若尾文子も綺麗だったなぁ~。桜田淳子や山口百恵や森昌子だって知っとるぞ!
だけんじょ、
先日、紀香と陣内がどうだこうだと騒ぐので、「その人ってダレや?」ってたずねた。
アッハッハ(笑い)
どうやら、この二人は超有名人だそうですね。知らんかった!

アッハハ(笑い)
でも、理屈は抜きにして…、
彼にはわたしのブログが理解できなくても、彼のお嫁さんには理解できるような気がするなぁ。スッゴク可愛い女性だから彼女なら理解でけるような気がするわけですよ。なんでや? ほ~ら、わっしゃ、彼女のことを気に入ったからですよ。ヌヌツ!まだ「ナンデヤ?」って聞くの?野暮は無しにしましょうや。隠居がそういって喜んでいるのだからエエやないか。
はぁ、彼にしては、エエ娘を嫁にしたものだ、上出来ですな。おやじどんが目を潤ませ、声を詰まらせておったよ。

結婚式で、わたし、お祝いに尺八を吹いたが、
これが、受けたのか受けなかったのかがいまいちわからず不安だった。まわりから一応お世辞は聞いてはいますがね、あてにはならんからなぁ。
で、甥のコメントですけど、
ホッホッホ、甥も一人前にお世辞を言いますねぇ、
「…っと言うわけでかなり好評でした」だなんてヽ(^。^)ノ

| | コメント (1) | トラックバック (2)
|

腕が鳴る

コメントいただいた商船大学船長どんのお話から気が付いたのですが、
小豆島の真鯛釣りはサビキで釣ります。
鯛はエビで釣ると言いますが、当節はエビじゃなくサビキで釣ります。
十数メートルの間に針が7~10本付いた超ロングサイズのサビキです。ハリスは4~5号。オモリ25~35号程度。

これを水深20~45㍍に垂らし、海底にオモリがトンと着いたら一定の速度でズルズル巻き上げます。まず、この巻き上げ速度にコツがある。遅すぎるよりむしろ早巻きがよい。竿は胴調子の柔いのを使う。リールはベイリールが主流だが、わたしはスピニング。

アタリがコンコンと来ても、そこで合わせるとダメ。ジット我慢でそのままの速度でリールを巻き続ける。ここが二番目のコツ。これが意外と難しい。
海中の鯛は、十本ほどのサビキが次から次へと目の前を上へ上へと上がって行く。イカナゴに見える。辛抱たまらなくなって食いつくと、竿が一気にグッと引き込まれる。そこまで待ってごく軽く合わせをくれ、ホイデ、
→やりとりし→取り込む。
なにせサビキは超長いですからね、取り込みは竿を立てるだけでは鯛が手元に来ません。で、道糸を手で掴んで手繰りあげる。これが最後のコツじゃわい。
このとき、道糸を掴んだ手が、腕が、そのまま釣り竿にならなければいけない。竿の弾力を脳みそで思い出し、腕がと言うより身体全体が釣り竿になったつもりで最後のやり取りをする。シビレまっせ!で、タモで掬い取る。

春が過ぎ、夏~秋になると、サビキは止めて、フラフラ釣りってのをやる。
これは一種のカブラ針です。昨年はこの釣りが急速に広まった。これがまたメッチャ面白いわね。やはりヅルヅル巻き上げながら釣ります。

あぁ~腕が鳴る!!

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

2007年2月21日 (水)

おもしろかった 2

昨日はおよそ8時間も夢中になって鯛釣りをして、結果25センチを1枚ですよ。
コンコンとアタリがあって、釣り上げるまで1分と掛からんかった。
8時間は、8×60=480分でしょう、
1/480の釣りですよ。

だけんじょ、気持ちの上からは、わたし、480分の間はずっと夢中に鯛釣りをしていたですよ。
鯛釣り名人なら、こんなバカな釣りはしないわな。
具を垂らすやいなや、ヤッと気合を入れたらもう釣れている、釣っている。だから鯛釣り名人って言うわけだ。

ひとつ、確かなことは、
わたしの昨日の鯛釣りの味わい(趣・おもむき)は、いわゆる“鯛釣り名人”が今までに味わうことがなかった…か、あるいは、ずっと以前に忘れてしまっていた味でしょうね。

先の打ち込みの「おもしろかった」で、
この「おもしろかった」の意味がわからん方が、居られるように思われて、それが気になって以上のこと、追記したわけです。
でもねぇ~、魚釣りのおもしろさは、言葉ではなかなか語り尽くすことはデケンです。
これは、水辺に立って、そう、船釣りの場合なら船に乗って沖へ出て、船縁から釣り具を垂らして始めてわかるってものじゃないか。

いやぁ~おもしろかった、実に、1枚、輝くような天然真鯛を、おら~釣った!

| | コメント (2) | トラックバック (1)
|

おもしろかった

このブログに書き付けることはわたしの勝手な思いだから、誤解錯覚はもちろん、理解不足や間違いがどっさりあると思う。
が、しかし、書いている当人のわたしは、スッゴクマジメに書いていて、ごまかしや捏造や、まして悪意による悪口・中傷などとは無縁である。たまには政府やあれこれのワルクチを書きますがね、
…と、前書きの上で、話すのは、昨日の釣果のこと、

朝4時半起床→播磨マリーナ出港6時半→小豆島・坂手児島ポイント着8時~以後大角の鼻・風の子島・マナイタと巡って→マリーナ帰着17時
この間ほぼベタ凪。
釣果=25センチ真鯛1枚、と、12センチのイカナゴ1匹…たったのこれだけ

くやしいですなぁ~、
でも、スッゴクおもしろかった!
ベタ凪だったけれど、無風というわけじゃない、艇が微風に押し流されて具が斜に落ち、釣り辛い。ラックアンカー(シーアンカー)を入れて艇を潮に立てた。移動の際は度々取り込まねばならんが、繰り返す間に、すっかりラックアンカーの使用に慣れてしまった。具は真っ直ぐです。

ヨシ○も沖へ出ていて、周辺を走りまわり情報をかき集めたところによると、
この日、小豆島の海域には約100艇のプレジャーボートが出ていた由。
皆、真鯛釣りである。
坂手児島に20艇・大角の鼻及び風の子島に20艇・マナイタに60艇の計約100艇。
で、釣れた真鯛は約10枚だったろうとのこと。
内、1枚はわたしが釣ったもの。わたしは加えてイカナゴを1匹釣っている(針に引っ掛かっていた)。

使った燃料軽油約250㍑。仕掛670円×2組+オモリ1ケ=1340円+α
あぁおもしろかった!!

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

2007年2月19日 (月)

売 僧


こんなのを古典「調子」の曲といったら、その道の先生方から売僧(まいす)の輩と叱責されるかも。
だから、例によって、「『調子』のつもり」の曲だと言っておく。
尺八・明暗流の基本曲だと聞いている。
わたしに吹けるはずはないが、真似してやってみた。音程が定まっていない。半音は故意に高めに吹いている。下げが意のままにナランのがくやしい。
本当は2尺管で吹きたいが、安物しか持っていない。これは1尺8寸で吹いている。
単管丸どん、どうやろ100点満点で30点くらいは取れていると思うけれど、ダメかな?

| | コメント (1) | トラックバック (1)
|

限 界

何かを稽古して、トレーニングして、“自分の限界を超える”経験をした者は、その後老いて体力的にも知的にも劣化したにかかわらず、“自分の限界を超える”ってことに固執し、つぶれてゆくのが普通だそうな。
だが優れた人は、限界を超えるって意味を常に変化の中でとらえ、以前の経験に固執しないでいつも新鮮に前向きであるらしい。
そのように学生をリードし教育する能力のある教師が本学に居るって、かの内田樹先生が言っている。
神戸女学院大学音楽学科・舞踊専科島崎徹教授の指導のことらしい。
スゴイ!その指導を受けた学生の舞踊、観て見たい!

振り返って、
わたし、“自分の限界を超える”経験したことがあっただろうか?
ござらんですなぁ~、低い位置での平々凡々が精一杯の人生でござるよ…、
ダケンジョ、上述の内田樹先生の言わんとするところは、なんとなく読み取れまっせ…、
と、いうことは、
平々凡々に徹するってことも、まんざらではないってことか?
この低位置からでも仰げば大空が見えるってことみたい。
パルヤァヤ、わたしはすでに満足です。
できればその踊り観たいけれど…、
今日は快晴、真っ青な大空。梅が8分咲き。春の光。

“…限界を超える”なんぞ高次のことには思い当たらないけれど、
ビックリするほど美味しいものを食って動転したことがある。
→あれは、島根県でアンコウの肝を食ったとき。
呑んで、その美味さに気が狂いそうになったことがある。
→あれは、20年ほど前のこと。沖縄産の泡盛だった。
あまりの美しさに仰天し、目玉が張り付いて動かせなくなったことがある。
→あれは某大学の女子医学生。
尺八を吹いていて、オッ!エエ音が出た、と、思ったことがある。
→が、すぐに息が切れて、その後は幾度吹いても同じ音は出てこない。試みるほどにわざとらしさが強まって、やたらイヤラシイ音になるばかり。あぁ~あ。

今朝の朝刊から、
中川幹事長が「首相が入室した時に起立できない、私語を慎めない政治家は内閣にふさわしくない」と語ったそうな。
閣議はそういう雰囲気のなかで行われているってことですよね。
首相へ言いたい、
「舞踊専科・島崎徹教授の爪の垢を煎じて飲むがよろしい」と。

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

2007年2月18日 (日)

大正解

前掲の「人生バラ色」は、ひょっとしたら誤解して読まれるかもと思い、いったんアップの後、二行ほど加筆し、論旨をわかりやすくいたしました。
地球極楽トンボ氏から、本稿にコメントいただいたのですが、トンボ氏は加筆前のをご覧になったのか、後のをご覧になったのか気になります。
だって、わたし、トンボ氏の境地にはまだまだ至り得ていない。これを氏に読まれて恥ずかしくもあり、恐ろしくもある。ビビッテおります。


それはそうとして、
今ひとつ今朝の新聞からひとこと書いてみよう。やはり日経です。

定年後の遊びにプレジャーボートを考えている方へ向けて、アドバイスというか案内というかの記事があった。見出しは「定年前の夫『ボート免許取りたい』」。
船舶免許の仕組み解説、経費の概算などなどが書かれている。
で、最後に記者氏は、
「…無理せず家族と一緒に楽しめるか、よくよく検討してみよう。免許はその後でも遅くない」と締めくくっている。
…ってことは、
記者氏は否定的にプレジャーボートの遊びをとらえているわけだ。

わたし、記者氏がこの遊びを否定的にとらえたことを云々するつもりはない。
が、しかし、記事中にこの遊びの楽しさに触れた言葉が全く無いのが気になった。
楽しさのことは、それぞれの胸の中のこととしての記事らしいが、ぬぬっ!それでよろしいのか?

また、
船酔い性かどうかってことが、わたし、とても気になります。
俺は船酔いしないって思い込んでいても、すぐに船酔いしてしまう人が案外多いですよ。プレジャーボートはとても船酔いし易い船です。
マリーナには、上架されたまま寂しげにしている艇がたくさんあります。これらの艇のオーナーは船酔い性なのではないか。

船酔い性じゃなく、かつ、魚釣りが好きなら、プレジャーボートは最高の遊びです。
検討なんぞ関係ない!即刻始めて大正解!

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

2007年2月17日 (土)

人生バラ色

「官邸会議が多すぎる」って批判が自民党内からも出ているって、今朝の新聞に書いてある。
おもしろいですねぇ。
上意下達も、衆議を尽くすことも、いずれもお手上げ状態だってことかな。
“責任はなすりあうものでっせ”
なっ!
“ひとりだけで悩むのは止めようや”

なんと乱れた世の中だこと!!無茶苦茶やないか!!

つまるところは、
“俺は関係ない!”
“…そういうことがあるのであれば、議論を尽くせばいい…”
これ、どこかの国の総理大臣の常とう文句ですよね。

現役引退で、一番ホットするのが、世間のしがらみから脱却できたことでしょうね。
そして不思議なことながら、
疎外感に苦しみはじめる。

葬儀参列を会議参加と同一視するのは疑問だけれど、
友人・知人の訃報すらも急速に届かなくなるよ。
やがて自分のことも、生きているのか死んでいるのかわからんようになるぜ。

ゲンコツも自分だけを避けて通れば腹が立つ。
社会のアレコレに腹が立ってかなわんが、やがて近いうちにボケ生活に馴染むのじゃないか、
思うに、わたし、この終末直前時空に住まっているみたい。もうしばらくの我慢でっせ!
アハッハ(笑い)
でもねぇ、こんな役立たずズズイだって、
時分時には腹が減るし、酒呑めば酔っ払う。あぁ、人生はスバラスイー。

| | コメント (1) | トラックバック (1)
|

2007年2月16日 (金)

ハチが来た

新聞報道によると、衝突されたマグロ漁船幸吉丸船長は、事故の前に周囲2マイル(約3.7キロ)以内に他船が居ないことを目視で確認し、船長室で作業日報を書いていた、と、ある。
一方、衝突した“フェリーたかちほ”は沖縄那覇から東京湾へ向かっていた。

以下はわたしの勝手な推測だが、
“フェリーたかちほ(以下Aという)”の巡航速度は調べると14.5ノットである。
衝突海域は黒潮軸流のど真ん中だ。その流速度は1~2ノット。これが加算されて船の速度は約16ノット。
当時この海域は時化ていた。幸吉丸(以下Bという)は操業中だったわけじゃない。船長は作業日報を書いていたのだ。すなわち航行中だった。
AとBが衝突した。
相乗的に観て、どのくらいの速度で衝突したのだろう?

マグロ漁船は性能的に見て最大速度10ノット以下であるのが普通だ。当時はシケた海だった。5ノット前後で走っていたのではないか。宮崎県日向市の漁船。宮崎へ向かって走っていたのならAはBを追いかけるような位置関係であったろう。だが船籍が宮崎であっただけで、水揚げ港が宮崎であったわけじゃなかろう。この海域でマグロの扱いが多いのは枕崎ではないか。ならA・Bは向き合った形の衝突である。枕崎に向かっていたのなら相乗的に観て20ノット近い速度で衝突した計算になる。

“周囲2マイル(約3.7キロ)に他船が居ないこと”を確かめた、とあるが、この2マイルを20ノットの速度で走っていたなら、わずか6分間の距離である。約4キロも先に居た船がこの6分少々の間に衝突し得る位置に来るってこと。これ、海の常識だ!船長はこの点は責められて良かろう。
当時の視界がどれくらいあったか定かでないが、わたしは、波はあったが、視界は充分に5マイル以上はあったろうと思う。ちなみにこの日は、瀬戸内海は晴天だったと記憶する。
船長は遠くに大型フェリーの船影を見ていて、なおかつ操舵室を離れた可能性がある。
重ねて言うが、わたしの勝手な思い込みである。
が、わたし個人は、大海原で出会う漁船は、基本的に前方確認はしていないものと決め付けて対応している。先の列島周航時もそうしてきた。
漁船の操舵室からは、信じられないことだが、ほとんど前方が見えない構造になっていることがある。まったく前方が見えない漁船に出会ったことがあった。

“フェリーたかちほ”の怠慢操船にはもう呆れて物が言えない。過去に衝突事故を幾度も起こしながらまたまた繰り返した衝突事故である。

衝突現場は当初“都井岬沖”と報じられた。都井岬は志布志湾の湾口東の岬。この沖となら大隅海峡だ。だが、“フェリーたかちほ”は沖縄から東京湾へ向かっていた。大隈海峡の遥か南方を走っていたのではないか。第二報は種子島南東沖で衝突とある。いったいどこで実際の衝突事故が生じたのだろう。
この付近の海域は海底深度が極端に変化し、特に悪天時にはその海底深度のありようが、極端なシケ波を生じさせる危険な海である。詳しい衝突位置が知りたい。

思い出す。
一昨年、愛艇「はまちどり」でこの海域を航行した際のことを、
都井岬はベタ凪だった。志布志湾口を25ノット近くですっ飛ばした。
が、大隈半島南端の佐多岬沖は一転してすごい波だった。3~5ノットで這うようにニジリ寄って鹿児島湾へ逃げ込んだのだった。
書斎の机前の壁一面に大きな日本地図を貼り付けている。

梅が4分咲きだ。
危ぶんだが少数匹蜜蜂が来ている。

| | コメント (0) | トラックバック (2)
|

2007年2月15日 (木)

音 楽

何十年か前のこと、義弟チカどんが百貨店の新米営業マンだった頃、販売ノルマってのがあったようで、わたし、販促に協力してオーディオ装置を買ったことがある。
「適当なのをどれでもいいや」と言ったら、とてつもなくデッカイのが送られてきてビックリした。装置は取り付けたがその後レコードを全く買わないまま大仰な装置が邪魔になり随分前に処分してしまった。カラヤンのレコードセットをひとつ貰ったことがある。運命を数度聴いたように思う。ただそれだけだ。そのレコードも捨ててしまってもう無い。
が、なぜだかわからんがマイクだけが残っている。で、そのマイクを利用して、先ごろから尺八を録音し、このブログにアップというわけだ。

わたし、たまたま尺八は吹くけれど、他の本格的音楽はほとんどなぁ~んも知らない。特に聴きたいとも思わない、が、鳴っていたら聴かないでもない。
パソコンってのは便利ですよね。
どのような音楽でも、マウスをいじれば聴くことがデケル。
こんなのがある。
カラオケおやじの歌

以下は、もそっと本格的なもの、
クラッシック音楽名曲の小部屋
クラッシック音楽の部屋
Flute Midi
モーツアルトの楽曲…これはスゴイよ
よあけのパパ


| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

2007年2月14日 (水)

イカダもう買った?

宮崎のマグロ船は3891トンの貨物船に当て逃げされたようだって新聞に出ていますね。
「事故を起こした認識がなかった」とか。呆れて物が言えん。無茶苦茶や!!

わたし、先の列島周航では、他の船がレーダーに映じたら、視界に入ったら、必ず声を出して指差確認していた。
相手船が漁船の場合は、まず船頭は前方確認していないものとして、こちら側が避けねば衝突の危険がある。遠距離を航行中の漁船では船頭はたいがいオートパイロット装置にまかせきりで自分は寝込んでいますからね。

漁船以外の大型船と出合った際は、ボートのような小型艇は、大型船のレーダー照射の死角に入る恐れがある。これも我が方から避けねば衝突の危険がある。レーダーリフレクターをボートのキャビンの上に高く掲げているのだが、あまり頼りにしない方がよろしい。

しかし3日間も漂流してよくもまぁ助かったものだ。発見場所が意外と事故現場から近かったですね。黒潮軸流から微妙に外れていたってことでしょうね。軸流に入っていたら最悪小笠原列島近くまで流れていた可能性があるよ。

わたしは、大きな緊急バック(浮き袋兼用)に清水2㍑とジュース1㍑、緊急用乾パン、釣具、衛星イーパーブ、などなどを詰め込み、これを膨張させた二人用ゴムボートにくくりつけて後部デッキに常置していた。携帯電話を防水パックに入れて、これはいつも首からヒモで吊るしていた。無線や、マリンVHFは緊急チャンネルを常時傍受していた。
火災と他船との衝突が一番怖いですよ。
あぁ、bどん、あの救命イカダもう買いましたか?

| | コメント (1) | トラックバック (2)
|

つもりシリーズ

また、つもりシリーズです。
宵待草・叱られて・月の砂漠・荒城の月・故郷

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

4分の3

先般申し上げたように、麻雀とは「自由と宿命」のゲームである。
自摸は宿命であり、打牌は自由である。
そして、麻雀において宿命は確率的にはほとんどつねに私たちを「敗者」への道へと誘う。
雀神さまが打ち手に微笑む確率は2割5分。
つまり、麻雀をしているかぎり、確率的に人生の4分の3は敗者として過ごさねばならないのである。

以上は、内田樹先生のブログからの抜粋です。

おォ~、先生は真っ直ぐ真実に向き合っている!

六か国協議の合意文書にいかほどの真実がありますかね。

先日、甥の結婚式で、牧師さんが若い二人に例の言葉を投げかけた。

「…その健やかなる時も、病める時も…、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか」

二人は神妙な顔で「ハイ誓います」

只今日本海竹島当方海上に強い低気圧の中心があって、西日本一帯を寒冷前線が通過中です。大シケだ。横殴りに冷たい雨が降っている。

たった今、モーさんから電話電話電話…♪♪ベリベリベリ♪♪…

受信を知らせるサイン音は、最大に設定してある。バイブレーションも仕込んであるから、テーブルの上で携帯電話が跳ねくりまくる。

「モスモス、波平です…」

「アハッハ(笑い)、船長はん、今日は沖でっか?」と、モーさん。

「イイヤ、自宅待機中でっせ!」とわたし。

「よろしい、なら、段取りしまっせ」とモーさん。

内田樹先生いわく、

「…人生の4分の3は敗者として過ごさねばならない…」のだ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2007年2月13日 (火)

隠居竹

今朝は久しぶりにキーンとした冬の空気だった。

月齢26日、若潮日。

朝のゴミ出しはわたしの数少ない仕事のひとつ。

出会う人たちと会釈を交わす。たいがいわたしの方から会釈を投げかけることになる。が、最近は向こう側から先に会釈があって、わたしが受け手になることもある。うれしい。わたし、ひそかに、この流れを住居周辺に撒き散らしてやろうと思っている。

尺八の明暗流に、呼笛・受笛、と、いうのがある。

虚無僧して辻々を巡る際、虚無僧同士が出会ったら、先に気づいた方が呼笛を吹く、応じて受笛を吹く。

明暗流は常の音楽とは少し趣が違う。拍子や音程の観念が、西洋音楽のそれとは違っている。吹き手による自由度合いが際立っている。

また、

音のふくらみにも独特の趣があって、笹の葉のように中ふくらみではなく、クサビのような形が基本。頭が大きく急速に小さくという吹き方。余分な技巧を廃し、むしろ無音の間(ま)を大切にしようとするわけだ。やってみよう。

※ ただし、まったくの我流です。で、間違っているかもわからん。単管丸どん教えてくださいな<(_ _)>

最初が呼笛…の、つもり、

次が受笛…の、つもり、

あぁ、右欄に「隠居竹」として、尺八演奏だけを抜き出しておきました。

| | コメント (1) | トラックバック (1)
|

2007年2月12日 (月)

今朝は凪

昨夜は甥の結婚式で、帰宅したのは深夜12時前だった。

で、今日の凪はわかっていたけれど出漁しません。

甥から頼まれて、余興に尺八を吹いたのだった。

童謡の、「春が来た」「春の小川」「めだかの学校」「おぼろ月夜」「花かげ」

賛美歌「アメージング・グレース」民謡「刈干切唄」を、約8分弱吹いた。

自分ではいまいちだったけれど、けっこう受けたみたい。

新郎の友人らが今様の歌を歌った。が、演歌じゃない、拍子の複雑な曲。歌詞も日本語だということはわかるがわたしには聞き分け難かった。が、けっこうこれも受けていた。

かみさんが、今朝は、両手のひらに膏薬を貼っている。

調子に乗って手を打ちすぎて両手のひらに内出血を起こしている。

どういうわけか、かみさんには、あのウナルようなワメクような今様の歌が聞き分けられたらしい。わたしの尺八には手を打たないが、若者らの歌には盛んに両手を打ち拍手をしていた。わたしにはサッパリわからんが…。

宮崎の3名乗船のマグロ漁船が、“船首部分が千切れた状態で船尾だけ漂っていた”と今朝の朝刊に出ていた。

で、たった今のテレビで、救命ボートで漂流中の三人が発見され、助かったとある。よかった!!

わたし、救命ボートの有用性を再確認した。スゴイ!!

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

2007年2月11日 (日)

立春後1週間

現役の頃は通勤時間を含めると毎日ほぼ10時間を月給に頭も身体も預けていた。

定年退職し⇒隠居になって、この時間は日本列島周航計画の実行に使った。

昨年11月末にはその列島周航記も書き終えて、出版頓挫…、

以後、今年、節分・立春を過ぎた頃からは、もう周航がらみはすっかり片付いた。

ポカァ~と、あの10時間が空いた。

今、わたしは、初めて本格的隠居時間と向き合っている。

いつ頃からか離れていた小説を読むって楽しみを再開しよう。

中途半端な尺八を、いまいちど原点に戻りやりなおしてみよう。

無理せず、魚釣りを続けよう。

母が、わたしを、わたしだとは分からなくなってしまった。

いつもウトウト眠っていて、無理やりに起こして話しかけるが、開いた目には消えかかるローソクのような光があったり無かったり。

釣ノリノリ氏は、梅の花を眺めるわたしを、あるいは“典雅な日々”と読まれたのだろうか?

菜の花も咲いている。が、梅に視線がこだわるのはなぜだろう。

ランの鉢を屋内に取り込んで幾種類も咲かせている。が、やはり梅がわたしには好みだ。

なにかにこだわる気持ちがある。この気持ちは典雅とはほど遠いように思われる。

今日は甥の結婚式の日。

「おじさん、余興に何か吹いてくれる?」って、言われている。

単管丸どんがアメージング・グレースの琴古流尺八譜と参考演奏を送ってくれた。これを演奏しようと思う。これと刈干切唄とにするつもりだ。めでたい・メデタイだけの曲じゃなく、この二曲をこそ吹きたいと思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)
|

2007年2月10日 (土)

蜜蜂は来るか

Ume11_2 Ume33 Ume22_1 梅が次々と咲き始めた。左端は昨日咲いた第一輪の今朝の姿、次いで今朝咲いた第二・第三輪。

この梅の木は毎年大粒の実をつけ、わが家は昔から梅干は自家製以外食ったことがない。

花が満開の頃、どからともなくミツバチがやって来て、オシベ・メシベの受粉手助けをする。これが去年の例だと3月中旬。

今年はひと月近くも早く花が咲いてしまって、ミツバチが来れるだろうか。

自然界のリズムが、梅の花のそれも、ミツバチのそれも、同じであれば大丈夫だがこれがわからない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

2007年2月 9日 (金)

ピンボケ梅

Tomiko_003 004_1 003_1 異常って言葉はあまり使いたくないけれど、ヤッパ今年はいつもの年とは違うみたい。

庭の梅が開いた。

左が昨年の2月28日、右のピンボケが今年(2月9日)です。

右欄の「バックナンバー」をクリックすると、バラバラ出てくるから2006年2月を選び28日のを探すと昨年の梅が出ます。

ゴチャゴチャ書いていますなぁ~呆れた!

ダレが書いたのか知らんが、ようもまぁ書きネタが尽きないことや…、

| | コメント (0) | トラックバック (2)
|

2007年2月 8日 (木)

笑っている

あやまる(謝る)ってどういうこと?

一般に、日本人はすぐ謝り、他の国々の人は謝らないって思われている。

商売上外国と取引がある方は“安易に誤ったらアカン”と思っている人が多いのじゃないか。これ外国旅行の際もある種の常識みたいになっていませんか?

“謝る”に関しては、日本と外国に大きな違いがありそうだ。

問題は、

グローバル社会になっていて、ことが日本だけのこととして済まされなくなってきたってことでしょうね。“厚生労働相が国会のなかで公式に謝った”ってことは世界中が観ている。

A.一神教の世界、キリスト教の世界では、罪は基本的には神に対して負うものとされている。

B.だが、わが日本においては、他人に迷惑をかけることが罪で、被害者を慰撫するのが罰だとされるみたい。

Aの社会では、

悪人は神に対して許しを請い、それを受けて、神は大きな愛で、最終的には神自らが十字架にかかってその悪人の罪の償いをする。根底に罪を癒すには必ずそれ相応の償いが必要との考えがある。悪人は、神が、わたしに成り代わって罪をあがない十字架に昇ったと考える。

キリスト教の原点は、神が、わたしたちの罪の贖いのいけにえとして御子(キリスト)を遣わされたと考える。

Bの社会では、

謝って⇒被害者が「これからは気をつけなさいよ」と許せば万事解決です。

ひたすら謝っているのに許すことが出来ない人は、逆に度量が狭いと責められたりする。

他人へ迷惑をかけたかどうかが基準だから、

仮に、未成年者が喫煙したり飲酒したり、エッチ風俗行為をしたりしても、当人は“アタシは他人に迷惑かけたわけじゃない”と平気な顔だ。自殺するのも自分の権利だなんて思っている。

“汝姦淫するなかれ”“人を(自分を含めて)殺すなかれ”との神の定めを犯してもそんあことぁ~アタシには関係ない。法律に違反していても“とにかくワタシは他人に迷惑かけているわけじゃない”と、突っ張ればなんとかなると思っている。現に、多くの場合、なんとかなってしまう。

イスラムもキリスト教も基本は同じだ。

ひとり日本人だけが、あやふやな価値観のなかに漂っている。

罪=謝罪=罰、の一体性は、日本人には理解できない分野だろうか?

関西テレビが謝っている。不二家が謝っている。大臣が謝っている。アパが謝っている。

「世間さまをお騒がせし、迷惑をかけてまことに申し訳けございませんでした」と言っている。

…で、世間は、

あいつらは、これだけ謝っているのだから、もうそろそろ許してやってもエエのとちゃうか、…と、キット近いうちにそうなる。

諸外国が笑っている。

| | コメント (0) | トラックバック (5)
|

2007年2月 7日 (水)

あぁ~こわ

核の怖さは知っていたのではなかったか。6カ国協議でアベチャンは拉致を最優先にして欲しいと日本代表団に発言させるつもりらしい。拉致を平気でするような体制下にある国が核を持っている恐ろしさこそが切迫した脅威なのではなかったか。

中国が調査船を出して領海を侵したそうですね。これって今のアベチャン政権にはむしろ助け船ではないか。閣僚の失言問題を国民の目から幾分でも逸らせる効果がある。

と、同様に、6カ国協議で拉致を声高に言うのも、各国からヒンシュクを買うのも、これまた同様の効果があるかも。

静岡空港建設が計画されていたのですね。

つい先ごろまで神戸空港がその建設適否を問われていた。出来てしまったからはもう使わないと損だから、往時の建設反対派らもきっと神戸空港を利用しているのでしょうね。

この建設のために犠牲にされた分野のことはほったらかしだわな。

静岡空港建設が反対なら、その有用性云々の議論もさることながら、犠牲にされかねない分野をも並行して議論対象にすべきでしょう。でも、この立証って、すこぶる難しいですなぁ。

まったく次元が違うけれど、

我が家の周辺のことですが、県道か市道かしらないけれど、別段傷んでもいない舗装道路がまたぞろ全面改修工事入るようだ。すごい公費のムダ遣いだと思いますよ。

わたし、

先の列島周航では離島振興費の巨大なムダ遣いをイヤというほど観てきた。

小さな小島に架かる巨大な橋・住民数十人~数百人規模の小島を鉢巻状に巻く高速道路と見まがう立派な二車線道路・漁船が数隻しか居ないのに巨大な漁港・離島へ通う乗客ほとんどゼロの大型客船(通船)…。なかにはゼンゼン住民が住んでいないのに毎日定期便が出ている島もあったなぁ。

一つ二つ例を挙げようか、

1.島根県・浜田港・瀬戸ケ島の巨大な釣り橋⇒“マリン大橋”

 日に幾人この橋を渡るのだろう?ゼロ人…まさか!

2.五島列島野崎島は鹿しか住んでいない、と、思いますよ。

 …ゴメンネ、わたし約1名ここ住んでいるらしいてウワサを聞いています。住民票だけかな?

思い切って二つ事例を挙げましたが、きっと反論があるでしょうね。

ドツイタロカ!!って、脅されたら、わたし即座に前言取り消します。

あぁ~こわ!

| | コメント (0) | トラックバック (2)
|

2007年2月 6日 (火)

小さいけれど鯛

小豆島・風の子島の鯛です。30センチあるかどうか。

まだまだ鯛のシーズンじゃなかった。

他艇もほとんど釣っていなかった。釣ったのをぜんぜん見なかった。40艇ほど居たけれどほとんどがボーズだったと思うよ。

わたし、5回アタリがあって内2枚仕留めたってこと。上手な方だわさ。

Photo_2 今日はベタなぎだと読んで出たけれど、10時半頃からは西北西の風が出て艇が流れ、釣りにならなかった。

針には掛からないが小さなベイトがウワァ~と居るみたい。イカナゴじゃないと思う。なんだか分からんかった。漁師が何か餌を付けて釣っていた。青い魚だった。ナニ??

帰宅して天気図の動向を今一度確かめたが、なぜあのような風が出たのかこれもわからん。

2月いっぱいは魚釣りを控えた方がよいかも。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

2007年2月 5日 (月)

焼酎の音だけれど

この世の花・りんどう峠・ひばりのマドロスさん・サーカスの唄・影を慕いて・長崎ブルース

の、つもりシリーズ……もう少し稽古してから吹けよな!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

長幼の序

“団塊アンケート”のことが日経に出ている。いろいろな分析が紹介されている。

わたしはすでに定年前後の不安定な時期を通り過ぎていて、で、アンケート分析を読むにつけても、岡目八目の深読みが可能だ。

1.        60歳定年後云々は、サラリーマンについてのことであって自営業は蚊帳の外。農家や漁師やその他個人営業の皆さんは、このような話をどうみておられるのでしょうね。申し訳ない気がしてならんが、

2.        定年制度は加齢による総合的能力低下がその理由でしょう。熟練労働者が去ってマイナスが云々は例外事例です。それを言うなら、60歳はまだまだ使えるってことを言うべきだ。63までなら大丈夫じゃないか。わたし的にはそう思う。

3.        定年後になって急に社会貢献を思い出すようなオッサンに、何ができますか?

4.        定年後のダンナは白い目で見たってかまわないって思っている女が居るような気がしておもしろくないなぁ。

5.        定年後は、怠けていたってよろしいのだって思っているオッサンが多いようで…、これ、わがことでもあってまことに恥ずかしい。

6.        デジタル雇用ってのがあるそうですね。登録してみようかな? 

ぬぬっ!もう、わたしそれやっっていますよ。モーさんらに「沖がシケているときは、いつでもわたし足らずメンバーの穴埋めに駆けつけます」と伝えてある。こんなのを雇用って言ってよいのかな?でも、呼び出しはいつも携帯電話にかかってくるよ。

儲けるといってもせいぜいジャン荘へ払う場代程度ですがね。アッハッハ(笑い)。なにネ、麻雀対戦相手3人の場代を払わされてバッカシですよ。くやしいですなぁ~。最近の若い衆らは“長幼の序”に欠けています。(長幼の序・年下のものは年上の者を先に立てる・大切にするって決まり)

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

2007年2月 4日 (日)

トーキー

ページ閲覧はできるが音が出ないって方ありますか?

1.ミュートになっている?

2.MP3がインストールされていない?

の、いずれかだと思います。

このページをご覧の方はたいがい年配の方ですよね。

お子さんか、お孫さんにパソコンの調整をお願いしてみてください。

聴いたってたいした竹音じゃないけれど、パソコンは音が出るようにしておいた方がよいですから。

わたし、テレビもパソコンで観ますよ。トーキーで観ています。

<参考>

無声映画じゃなく音が出る映画のことを、昔、トーキーと言った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

味噌が腐らねばよろしいが

浜千鳥・雨・リンゴ追分・ゴンドラの唄・船頭小唄…の、つもりシリーズです、

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

熟睡って贅沢?

立春です。サワサワと風が吹いていて向かいの竹藪が揺れている。あのように竹が揺れるときは沖は時化ている、…と、思っている。あまり寒くはありません。今、飼い犬2匹の散歩を済ませてきたところ。

昨夜は9時半に床に入った。わたしはすこぶる寝つきが良くて、横になってから3分と起きていたことがない。横になった途端に熟睡だ。今朝は6時まで寝ていた。目が覚めればすぐに起き出す。

目覚めたとき、“あぁ~よく寝た”と思った。

ついで、天下国家のことを思った。

アベチャンは熟睡できたろうか?あの大臣どのは熟睡できたろうか?…と。

そのまんま氏は眠る時間も惜しんで全力投球らしいが、キット寝るときは熟睡じゃないか。あの宗男氏や有罪にはなったが佐藤優氏も熟睡していそうに思う。ブッシュ氏の眠りは浅いと思うなぁ。

日本国の総理大臣の頭には、今、壊れた機械のガチャガチャ音以外なぁ~んもないのじゃないか。ガチャガチャ音がうるさくて寝ていられないだろうよ。バッシングから逃げ出したいだろうなぁ~。

六カ国協議とかに逃げ出したって、北から「あなたの国の厚生労働大臣は女性を機械だと言ったのだって」と小声でささやかれたらどうしますか。日本以外の5カ国の代表がそんな目で見ている中で拉致がどうだこうだと言ったってそっぽ向かれるのじゃないか。

アベチャンは、核テポドンでも飛んで来てくれないかなぁ~って思っているのじゃない?そうなりゃ、機械発言なんかにかまっておれなくなるだろう。

富士山が噴火するとか、東南海地震が起きるとか、何か大事件が欲しいですなぁ。第二麻原はどこかに居ませんか?総理大臣が喜ぶよ。どこの国の話なんや?かなわんな。

熟睡って贅沢ですか?

“贅沢”ってのは、身の程をわきまえずに、分不相応なベターな状況を得ることでしょう。

わたし、

見かけほど健康でもなくて、かつ貧乏でもう歳だから仕事もなくて…、…年金で安酒買って、…惜しみ惜しみチビチビ呑んで、…コテンと寝たが、

変だなぁ~、随分贅沢しているような気がしますなぁ~。

ただの“安酒と熟睡”が、分不相応ってのも情けない。わしゃもっとエエ目をしたいよ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

2007年2月 3日 (土)

ゲーム三昧

ヒマだからあちこちITサーフィンするが、これってゲーム感覚ですよ、

不遜なことだと思います。

反省、反省…、

反省だけならサルでもする、机に片手ついてピョコっと頭を下げるサルが居ましたよね。

反省はするけれど、

今一番おもしろいゲームは、スーパーノート・ゲーム。

偽ドル造りの犯人は、北鮮じゃなくCIAが本命だって書いてあるサイトがあった。

次におもしろいゲームは、

耐震偽装事件に内閣が関わっていそうだってこと。こともあろうにアベチャンとアパが近い関係にあると書き散らすサイトがあった。

耐震偽装ゲームは、これはなんぼなんでも、流行らせたくないゲームですね。考えたくない。遊びたくありません。好んで読みたくはないなぁ、気分が悪くなる。

が、

スーパーノート・ゲームは遊べますよ。おもしろそう。

米国と北鮮が北京でマカオの口座のことで話し合ったってことですけれど、奇奇怪怪ですわな。スーパーノート(偽ドル)は北鮮で造られているってことになっているけれど、イラク同様北鮮に攻め込んで国中調べてもその証拠が出てこなかったら、どうなりますかね。今度は何処の国に、あるいはどの不法集団(?)に偽造犯人の疑いをかぶせましょうか。

わたし、犯人は日本じゃないと思う。日本にはそれほど肝のすわったやつはおらん。イラク?パレスチナ?ロシア?中国?キューバ?…まさか???

上院下院(議会)の目の外で、政府予算にも顕れない資金が欲しい人はだれ?

⇒ブッシュじゃないの?CIAじゃないか??って構図だと、某サイトは書いていました。あり得る様な気がしないでもないじゃないですか、否定の否定の否定は何?

それって、

きっと正規の印刷機・輪転機を使って、わざと少しだけ下手な造りをして、偽造を北鮮のせいにして二兎を追うってことじゃないか???

と、ここまで深読みしてゲームオーバー、

ああ~この世は闇だ!!

今日からしばらく沖は凪でしょうよ。

きっとだれかが小豆島の鯛の様子を見に行くと思う。

もし、釣れ始めたとのことなら、わたしそれから腰を上げようと思う。

それまでは、ゲーム三昧のつもり。

| | コメント (0) | トラックバック (1)
|

2007年2月 2日 (金)

論点ボケ

まだ審議拒否しているようですねぇ、いつまでクダランことやるつもり??

わたし、俗に言う無党派(?)ズズイだけれど、

大人気ないなぁ~って気がしますよ、

少子化対策に、機械よ頑張れ!っていうのもバカみたいだけれど、

それを言葉狩して、女性の心を傷つけたって、見当はずれなことを宣伝カーの上でわめいている。こんなのが国会議員やっとるのかと思うと情けなくていけない、

出席したらエエやないか、そいで、

「あんたは機械よ頑張って沢山生めって言いますが、生んだら子育て支援にどんなこと考えているの?」って質問したらエエやないか。

きっと姑息な支援策を言うでしょうよ、そしたら、

「そんな姑息なことしか考えられんのでっか!あんたは厚生労働大臣としての資質に欠けてまっせ、そんなことだから女性を機械だなんていうのでしょう。アホなこと言わんと、しっかり子育て支援策を考えなはれ!!」って言わんかいな!!

子育て支援が思いつかなかったら、

l         老人の海外移住支援策でもつくりますか?わたし、ハワイかポルネシア辺りなら、移住してもかまいません。ニュージーランドでも我慢します。

l         労働力が不足となら、東南アジアやアフリカやインド・中国・北朝鮮あたりからの労働移民の受け入れ策を考えたらどうや!

大臣なのだから、少ない女性にただ単に「生め生め」と言うのは策が無さ過ぎますよね。

小沢どんもダメだなぁ~、論点がボケとるやないか!なにやってんだ!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

の…つもり

昼過ぎからテレビドラマを観ながらチビチビ呑んでいたから酔っ払っていますがね、まぁイッチョやってみましょうか。

単管丸どんが次に送ってくれたのがこの譜ですわ⇒「花嫁人形」

音程が低いので少しあげたのもやってみた、

そいで、

おまけに民謡をひとつ⇒宮城県の民謡「刈干切唄」…の、つもり。

「の…つもり」ってのがミソだわな。「なんやこれ!」って言わないでね。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

単管丸どん、アメ-ジンググレ-スの譜面ありがとう。

さっそく吹いてみました。

貴兄のようには吹けないけれど、なんとなくそれらしいような節回しには聴こえるかな?

良い曲ですね。歴史を感じる曲だ、神様を讃える賛美歌ですよね。

それにしても、貴兄の音はすばらしい。

できればコメントにアップしてくださいな。

| | コメント (1) | トラックバック (0)
|

2007年2月 1日 (木)

尺八のつもり

久しぶりに尺八を吹いてみました。

マイクが安物で音がうまく入らない。吹き手が下手なのはしかたがない。息の音が気になってよろしくないなぁ…、

地歌の八重衣の前歌のごく一部、

童謡を少し、

演歌の真似事、

| | コメント (6) | トラックバック (0)
|

よわったな

最近、新聞やテレビは信用できないと思う人が増えてきたようですね。

この反作用でしょうか、インターネット(ブログ)のなかに真実がありそうだって感じが強まってきた。

わたし、毎日アチコチのブログをサァーフィンします。朝から閲覧し始めて、「お気に入り」に取り出したサイトを一回りすると、たいがい昼が過ぎている。

わたしも、これらのブログのなかに何か真実があるように思う。

が、しかし、偏向したブログが多いですね。

真実があるのは確かのようだが、それが誇張されていたり、だからどうだこうだと論旨が展開しだすともうわき道へそれてしまって、読んでいてここから先はヤバイと思うことがしばしばです。

虚実を見分けるってことが大切でしょう。

閲覧サイト数が多ければ多いほど、多数決的判断が働いて、あぁダレもがそう思うならそれが正しいのかも、と、つい思ってしまう。

鋭い意見・見方・解説は総じて反体制派のものが多い。読んでいてオモロイですなぁ。で、主にオモロイ反体制派のばかりを読む。朱に交わって赤くなってしまう。

体制派には悪いヤツらが多いようですなぁ。けしからんことだ。

だが、ホンマかいな?

反体制派の中の方にこそ、もっとけしからんのが多いのと違うか?

ゆったりした、気持ちの良いブログが読みたいですね。

さがせばけっこうある。でも、サァーフィンしまくるほどではない。

わたしが書いてみようかしら、アカンなぁ~、セコイことしかよう書かん。あぁ恥ずかしい!

1.貧乏なのがやはり思索の巾を狭めていると思う。本当はそんなことではいけないのだが、人間がコマイからなかなかサイフから脱却デケン。

2.知識不足が根底にある。これが辛い。なにせ頭の出来が悪い。これって親のせいじゃないか。友人らに優秀なのがけっこう多くて、彼らと接するつど俺はアホやと落ち込んでしまう。自分の内部にこのような大きな不安を抱えていて、自分に自信がなくて、とてもじゃないがゆったりした気持ちにはなれん。

3.年齢も影響するようだ。なんといっても過ぎ去った昔に郷愁があって故郷へ戻りたいなぁ~と思ってしまう。この気持ちはすべてのことがらに関して言えるように思う。体力的な衰えも影響するよな。

でもね、わたし、ある種の覚悟といったものを見つけている。

開き直りです。“もうどうしようもないやないか”ってこと。安っぽい覚悟で恥ずかしいけれど、でも、わたしはわたし、他人にはなれん。バカは死ななきゃ治らない。

今朝は、やけに落ち込んだ気分だわな。よわったな、

| | コメント (0) | トラックバック (0)
|

« 2007年1月 | トップページ | 2007年3月 »