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2007年4月

2007年4月30日 (月)

瀧落し 3

吹きなおした「瀧落し」に、先達たちからいろいろ講評をいただいている。
総じて言うと、
わたしの意図(稽古して上達したと思っていたあたり)は、聴きとられなかったようだ。逆に、スケールが小さくなったと受け取られてしまった。

わたしが意図したのは、実は、以下のようなことであった。
あぁ~恥ずかしい、さっぱりダメだったのだね。残念!!
さて、その意図だが、
1. 半音・メリ音(メリ落しを含めて)を、できるだけシッカリ吹こうとした。
2. 音は、たとえ拍子が間延びしても、吹き尻をいったん始末して後、次の音に取り組もうとした。
3. 四六時中腹いっぱい吹いたのではのっぺらぼうになるので、常は腹6分目で吹いた。これにより、強く吹く部分に余裕をもって当たれるようになったと自分では思った。
4. 甲音の「ハーウーウヽ」の「ウ」は油断すると音が割れる。で、歌口にかかる息の角度を色々試し、少し下側へ吹き込む工夫をした。また、二番目の「ウ」の打ち込みは素早くかつ小さくした。
5. 後半の、「ハイイイハウーウ」の「イ」が油断すると律が低くなってしまう。「イ」を思い切ってカリ吹きすることでしのげそうに思われ、試みた。
6. メリ落した音も一音勘定であるべきかなと思い、気持ち一拍のつもりで吹いた。
7. ユリを入れる際は、中途半端なユリは止めて、シッカリ揺るように心がけた。
8. 一番苦労して、そして未だどうにもならないのは、一番最初の「ツレー」である。何度やっても不十分な音になる。気合の入れようがわからない。ツレーの芯はレだと思うが、ツがあってのレだ。このツとレの関係をどう理解し、吹き分けたらよいのかわからない。
9. 最初の「ツレー」に続く「エエエ」だが、瀧の水が落下途中に岩肌をうがつ印象で「エ」を叩き出そうと思った。最初の「エ」、二番目の「エ」、三番目の「エ」。この三つの「エ」を打ち分けたい。息使いはどうあるべきなのだろう。わからない。
10. 「瀧落し」千回と言うそうだ。やってみるしかなさそうだ。

<今の気持ち>
息遣いを元へ戻そうと思う。原則・腹いっぱいに吹くことにしようと思う。
ついで、
音割れを防ぎしのぐ技法を研究しようと思う。具体的には唇のかたちと、息の角度のこと。音それぞれに適した唇の形と息遣いがあるのだろうと思う。いままで問題意識がなさ過ぎた。
それにしても、地無し延べ管が欲しい。

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6時半出港

艇友らとわたしとの間にはある種のギャップがあって、あたかも文明開化以前の欧米諸国と日本の関係のごとくである。それ不平等条約関係。
艇友らは、わたしのことを、まる裸のスッポンポンまで知っているが、
…だってわたしホームページやブログに自分をスッポンポンにさらして書いてしまっている…、
一方、わたしは艇友らのことを、ほんのうわべしか知らない。

この一番はげしいギャップ関係にあるのが、ユリタロウとアキどんの2艇(人)だが、内ユリタロウが、先頃暫時魚釣り生活から足を洗い、一念発起して学究生活(?)に入ってしまったから、残る強敵は「晃」艇のアキどんである。

彼のことは、わたしほとんど何も知らないわけだから、そのレベルで勝手なことを言うと、彼は実は暴走族である。陸であれ、海であれ、とにかく走りまくるのが好きなオッサンとみた。
車を何台も持っている。走りまくるかたちの車である。オートバイでその種の族らとドカドカバリバリの排気音を撒き散らし団子になって走る。もちろんハーレーだ。ボートも2艇持っている。仕事?そんなつまらんものは少ししかしない。社長さんだから社員に月給配ればあとは仕事の類はナァ~ンもしないで、そこらじゅうを走りまくる。

その彼が、昨晩、
「波平さん、僕むちゃくちゃヒマなんやけど、明日も釣りに出るなら僕も積んで行ってくれない?」て言った。
で、今日は彼と沖へ出る。
魚釣りですけれど、ある種イライラしてそこらじゅうを走りまくる気分と似ているのですよね。竿先を見つめて“今食うか!今食うか!”って魚魚らの動静を図り想い内心イライラしながら見た目ノンビリ半日過ごします。
さぁ~て、出かけようかな。6時半出港のつもりです。

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2007年4月29日 (日)

釣り・尺八

まず今日の釣り。
カレイ30センチ前後を6枚、アイナメほぼ同寸を5本小ぶりなのを2本、ガシラ2、キス1、でした。たまたま竹やぶのお百姓さんが竹の子(筍)届けてくれたのと重なって、魚と交換デケタ。

次に、単管〇どんが、
“父母未生前の真面目”って、変なこと言いなさんな!と言うから、少し言い訳します。

俺が俺が…というシャバ社会に、わたし深く疲れていてなかなか回復できません。
隠居になって、シャバ社会から離脱して、一息ついてはいるのだけれど、
なぁ~んもすることがなくなって、暇に任せて新聞読むと、またぞろ俺が俺がの社会が見えてきて病状悪化。あぁシンドイ。
…要するに、
尺八稽古と魚釣りとに、ただひたすら時間を費やして、これで良しとしようと思っているってこと。ほかに余念はありません。

さて、さて、その尺八修行だが、
まず正座修行から、
明暗の修行に入って以来、正座に慣れるよう頑張っているところです。正座に挑戦して1か月を超えるが未だにダメ。すぐに耐え難くなる。尺八修行とは言っても、正座ではやくも音を上げているわけ。

吹奏方だが、
以前都山流をやっていた時は、
“正しい律(リツ・音程の意)”+“箏三弦の拍子に合わす”=“正解・合格”
って感じだった。
が、最近では、
明暗の音色、明暗の運指・呼吸、に早く慣れたいという思いが強い。律や拍子に対する感覚が二の次になった。

で、あれこれ迷い迷いして、で、その結果、
→オタオタして→音が定まらず→音色がニゴリ→拍子が間延びしたり縮こまったりで ⇒ さっぱりダメになってしまった。
でも、嘆いてばかりじゃしょうがない、
また試し吹きしましたから、先達諸兄らお耳拝借させてください。
そして、ご指導をよろしくお願いします。 <(_ _)>
 
曲は、やはり「瀧落し」です。
緊張して吹いています。録音技術がこれまた下手でどうにもならん。


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2007年4月28日 (土)

父母未生前の真面目

今朝も早起きして朝刊を眺めている。
 チョット待て、それで俺の立場はどうなるのだ?
 オイオイ、約束が違うじゃないか!
 買収されてしまった、
 かわいそうだが放ったらかすしかないな、
などなどのことが、いっぱい書かれている。

政治・経済・スポーツ・芸能…、そして宣伝PRの数々、
これらに、わたし、どう関わっているのだろう?

年金隠居の気まま暮らし。
借金は無いけれど、預貯金も無い。
うわべ忙しげにしているけれど、よ~く考えれば、かろうじて、魚釣りと、尺八と、ジャン悪友連との付き合いで世間様につながっているだけ。
わたしの日々はほとんど世間とは没交渉です。

ブログですか?
そうですね、世間というフワフワしたポンツーン(ウキ桟橋)に、はまちどり艇を結び付ける細紐ってとこかな。

で、今日もまた沖へ魚釣り?
イイヤ、今日は少し波が出るようだから出ません。自宅で尺八吹いてすごします。
明日は凪ぐみたい。で、明日はまた沖へ出ようと思う。
少しだけ釣り餌(青虫)を買って、自分用の餌(昼食)に食パン3切れ持って出る。
飲み物は、以前は缶ビール・缶チューハイをたっぷり持って出たが、最近は出港の際、2リットル入りの空きペットボトルにマリーナの水道水を入れて持参する。
釣り場は、マリーナを出た1マイル半沖のアジロ。
ここで半日ぼや~と釣り糸を垂れます。世間って言う名の陸を眺めながら…、
豪気な生活ですなぁ~、
あぁ、釣り竿ですけれど、マリーナのゴミ箱から拾い出したのがけっこう役に立っています。

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2007年4月27日 (金)

若潮 2

Ainamehoka
凪いでいたので、沖へ出て、ちょっと走ってみたくなり周辺を久しぶりにクルージング。
若潮日だ。播磨灘のこのあたりではあまり好ましい潮ではない。余程狙いすましてポイントを攻めねば釣れないだろう。先日来通っているポイントへ戻り9時頃から竿を出した。時合は11時頃と考えている。
午後1時まで釣った釣果だ。潮から判断するとまぁまぁの出来じゃなかろうか。

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若潮

午前6時45分。今から自宅を出て、播磨マリーナへ向かいます。
潮が魚釣りには良くないひだけれど、ベタ凪のようだ。
とにかく沖へ出てみよう。

尺八に昨夜ひとつヒラメキを見た。遍照さんの忠告がヒントだった。
一晩夢の中でこれと戦った。

上手下手のことと、音楽本来の感動とは別だと思う。
下手が一生懸命吹くから、自身もあるいは余人も、これに何かを感じるのではないか。
単管〇どんからの重い一言、遍照どんの指摘、これらの指導に添ってみたい。
そして、なにかを感じたい。

沖で、一休みしてこようと思う。

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2007年4月26日 (木)

「瀧落し」

また朝から尺八プカプカ吹いています。
なんど吹いても上手にならんですなぁ~、凝り固まった人生のホコリやアカを吹き飛ばし解き放つつもりで吹いておるわけですよ。
あかんなぁ~、ダメですなぁ~、

だけど、不思議と厭きないですね。
ここが、あそこが、ダメだと自分で分かる。
で、今一度やり直そうって気持ちになって稽古時間が長くなる。
やっと出来たかなと思う、…と、そこは出来てもすでに直したはずのところでしくじる。直したはずが身に付いていない。そう、身に付かんのです。稽古の成果がなかなか身に付かない。自分のものにならない。上手になったような気はするが、そのときだけ、翌日は、否、数分後はもう元に戻っている。

自分で録音して聴きなおすと、これがまた、自分で吹いていて気がつかなった変なところが新たにブワ~とわかって、ナンジャコリャ!!
こんなことばっかやっとって上手になれるやろか???

笑われるのを承知です。
下手は師匠のせいじゃない。弟子が悪い。
師匠の許可を待っていたら、いつのことかワカランから今日は思い切って勝手にアップします。
どのあたりをウロウロ稽古しているのか、ひとつ聴いてやってくださらんか?

「瀧落し」って曲です。
瀧のシブキが掛からんようにカッパかなんぞ羽織って聴いた方がよろしいです。
気が狂うかも。そう、耳栓もした方が無難かな、

竹は地無しだけれどノベじゃない。これで明暗吹くのはきついです。
地無しのノベが欲しいですなぁ、
下手を竹のせいにしたりして…、

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A.B.C

同年代の友人達にパソコンを始めるようやかましく勧めているがなかなか応じてくれない。
約半数がやっと携帯電話を持つようになったが、携帯メールも出来るかどうかは別だ。
モーさんも、彼はわたしより数歳下だがメールはダメみたい。金の字は10数歳も若いがメールはやらんし、アヤヤッスもマージャンの点数計算は速いがメールはデケンみたい。RAにいたってはパソコンも携帯電話も持っていない。自分に用があるときは部下らが辞を低くして決裁伺いに来るはずだと思っているみたい…ウソですよ、彼、腰の低いオッサンです…。義兄は最近ようやくパソコンに触り始めた。義弟は全くダメ。主義としてやらんのだそうだ。

ず~と思い出しつつ整理すると、パソ・携帯の対応に3種あって、
A.全く使い方を知らない者
B.一応初歩の使い方は知っているが使わない者
C.使える者

この3分類を新聞に当てはめると、
A.全く新聞を読まない者
B.時々読む者
C.毎日耽読する者
隠居らには意外とAが多いみたいダヨ。

魚釣りにあてはめると、
A.全く魚釣りをしない者
B.時には魚釣りする者…波平
C.四六時中魚釣りする者…bどん

尺八の場合
A.ほんなもん関係無い者
B.さわったことがある者
C.明暗流虚無僧尺八修行中の者

朝ごはん、
A.まだ食ってない者
B.番茶飲んだ者
C.もう朝飯食い終わった者

わたし、最近思うのだが、変な分類癖があるみたい。


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2007年4月25日 (水)

腐臭

先の「日本列島魚釣り周航記」をまとめた際、持ち帰った資料を手元に置いて、幾度も幾度も周航当時にタイムスリップしたのだった。
で、正確な紀行文が書けたかというと、これが実はぜんぜん自信がござらん。
なぜかって~と、
タイムスリップを重ねるつど、事実は好ましい歴史に変化してしまって、実際とは乖離したことを書いてゆくような気がしてならんかったから。
実は、
わたし、いつも内田樹先生のブログを閲覧しているが、昨日拝見したものに“写実絵画には腐臭が感じられる”という趣旨のことが書かれてあった。
これ読んでドキッとした。なるほど、なるほど、…と思った。

ドキツとしたのには、自分の書いた先の周航記のことを瞬間的に思い浮かべたからだ。
自分の記述への自信の無さがうわ~と頭をもたげて、
“ウヌ!ひょっとしたら、「…周航記」は後でいじくり回した分、腐ったのでは?”
と、ドキッ!である。

絵画は俳句に似ていると思う。
まず俳句の場合だが、、わたしの誤解錯覚の理解では、
現実のある一面を斜めに断ち切ってその切断面をジロジロ眺めるって趣がある。斜めに切るのは時系列をも見ようとするからだ。こう切らざるを得ないわけだ。季語もこの時間導入に組している。
つぎに絵画だが、
特にそれが写実絵画である場合は、描くに相当な時間を費やす分、幾度も幾度も描く対象は眺め直される。知らぬ間に斜めの時間が入ってくるわけだ。いつまでも新鮮そうにみえる静物画も、そこに描かれたリンゴや花は、始めた頃はみずみずしかったが描き終える頃にはシオレ腐ってしまったかも、画家はこの現実と戦って新鮮そうな絵を仕上げる。…腐臭がするわけだ。画家の頭は常にタイムスリップし、好ましい画面にこだわって描く。腐臭の元がここにある。

わたしが書いた周航記も基本は俳句や写実画を同じだと思う。
腐臭がしてもなんらおなしくない。
否・腐臭の無い周航記は“故意に”著された意味がないと言うべきか。
腐臭と、著者の命とは、対々の関係化だと思う。あれを書いたわたしはすでに当時の活性を失っている。この意味からも、その分腐臭がしなくてなんとしょ。

わたしは、数年後、いまいちどあれを自分で読み直し、そして気の済むようにまたぞろ書き直したいと思っている。
井伏鱒二はサンショウウオの名作を、版を重ねる都度書き改めている。初期の作品と後年のものとは、まるで趣が違っている。わたしは初期の作品が好きだが、それもまた読み直したらあるいは後年のものに納得納得って感じになるような気がする。

庭へ出てみると、昨晩は激しかった雨が霧のような静かな雨になっている。
今日も、沖へ出てみようと思う。
また釣り行き気分が頭をもたげてきた。もう、こうなると、我が心ながら止めようがない。


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2007年4月24日 (火)

今日は出てみます

場所にもよるが、魚釣りが、潮の動きに深く関わっていることは、釣り人なら先刻承知のことである。で、瀬戸内海の場合は、黒潮などの影響はもう無くなっていて、この潮の動きは、ひとえに潮汐が関わる。潮の干満がもたらす潮汐流のありようが釣果を左右する。

で、今日4月24日(火曜日)は陰暦で言うと3月8日で、月齢6.6日。お月さんが丁度半分まで削られた日。釣り人はこの日のことを下りの小潮2日目と呼ぶ。あぁ潮汐が月齢と関わっていることはご存知ですよね。

さぁ~て、
そのお月さんは、月齢15日、すなわち満月の日は、日没時(春秋の春分の日近くならほぼごご6時頃)に真東水平線から浮かび上がるってことに大昔からなっておる。
で、顔を出して後はホボ1日(24時間)掛けて地球を一周する。と、言うことは、半日12時間掛て西の水平線に沈むってことになる。
が、しかし、実は月が地球を回る速度は正確には24時間じゃなく23時間少々であって、毎日50分ほど月の出が遅れる。
…って、ことは、今日(月齢6.6日)は昨日(月齢5.6日)のお月さんが、5.6、×約50分=280分……満月日の月の出午後6時から280分送れて東水平線から顔を出す、ってことになるから、計算上では4.6時間後(荒っぽい計算ですよ)。
少し正確には昨日の晩10時ころにお月さんは東地平線から浮かび出たってことであって。それ以後12時間掛けて西地平線まで動くわけだから、毎時お月さんは15度方動く。で、今(午前5時)は、月の出から7時間経っているから、15度×7h=105度…で。今、お月さんは中天(真上)から少し西へ傾いた位置に居るはずだ。庭に出てみましたけれど、見えなかった。曇天みたいです。

わたし、今日は沖へ出てみようと思っている。で、早起きした。潮マンを考えている。釣り場の高砂沖は午前8時頃からであろうと読んでいる。これから、簡単に朝食を摂って飼い犬を散歩させ、マリーナまで約1時間掛けて車を走らせる。住まいの三木ってところは陸のずっと奥なのです。

ひとつだけ、最後に、
お月さんが真上に来たときが、明石海峡では潮脚が最高に早くなっています。で、今(105度・真上から少し西へ動いた位置)は流速がやや衰え始めたはずだ。
食いが最高に上向くのは、潮汐だって言うけれど、細かく言うと水位じゃなく流速でしょうね。流速のありようが、場所にもよるけれど、魚の餌食いを左右するってわたしは思っている。これから2時間ほどの間の潮行きを明石の昔の漁師は「ひっしゃひきあえ」と読んだと記憶しておる。細かく言うと切が無い。さぁ出掛ける準備に掛かります。

で、潮マン鑑定の計算を、書き出そうと思ったのだけれど、これやりだすと時合に遅れそうだからもう止めます。
あぁ気が急けてならん。これって魚釣りに出るとき特有の気分ですなぁ~。
行ってきま~す!

<結果報告>
8時~11時の3時間の釣りだった。アイナメポン5本・カレイ大小3・ハネ1・小ガシラ10ほど、
餌が無くなって納竿。明日も出たいが雨らしい。シンドイ釣りはしない。
釣果はすべて友人・知人に配って、空ッポで帰宅。スカツとしてエエ気分。

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2007年4月23日 (月)

シケ模様

わたしの住まう三木市でも昨日市議会選挙投票日だった。結果はまだわからん。購読している日経には出ていない。ネットで地元紙を探るがここにも出ていない。
高知・長崎・夕張そして沖縄・福島、のことばかり、
あぁ、地方議員は全国に約6万人も居るそうですね。

わたしなどは、いわゆる無党派層ってことだろうが、今回はめずらしく投票所へ行きました。かみさんが行くというので付いていった。
でかける前に、
「それで、だれに投票するのや?」とわたし、
「ハイこの人」とかみさん、
たくさん来ていた推薦ハガキの中からトランプカードを繰るみたいに一枚のハガキを取り出した。

投票を済ませて、外へ出て、二人で選挙ポスター掲示板を見直して、
「アッ、間違った、違う人に投票してしまった!」とかみさん。
似た名前の人があって、たしかこの人だったと思って書いた人の名が別人だったらしい。
わたしは、間違わなかったけれど、やはり迷いましたよ…。
投票所内部にも街角の選挙掲示板と同じものを掲示しておくべきでしょうね。

投票率が低いですねぇ。高齢化が本格的になって、寝たきりや認知症が増えているからかな?母もその状態です。母にも投票するよう要請がありましたよ。わたし遠慮させました。わたしの顔もわからんのに投票なんぞ無理ですわ。でもね、母は投票したいと言っている、と、わたしが言えば投票できたでしょうね。その際この人にって誰が決めますか?母はもう鉛筆もてません。誰かが代筆せなアカン。あるいはわたしが決めることできたのじゃないか?
その一方で20歳にならないとシッカリした若者でも投票権はもらえない。ケッタイですなぁ~。

わたし、65以上は原則として投票を自粛するべきだろうと思う。
で、すくなくとも18に成ったら、投票権を与えた方が良い。
それと、もうひとつ、
地方議員は無報酬にした方が良い。必要最低限の実費支給でよい。あんな、こんな、オッサンらが甘い汁を吸っているのだと思うと馬鹿馬鹿しくていけない。

それにしても、
遊漁党、だれか本気でやってくれませんかねぇ、
わたし、選挙ポスターには、必ず趣味の欄を設けるようにすべきだと思いますよ。
仕事と遊びは車の両輪です。ウソッけな公約なんぞ読みたくない。趣味が書かれていたらもっと本気でポスターを観まっせ。

“魚釣り”のA氏と、“明暗尺八”のB氏が居たら、AorB、迷うわな。
趣味記載欄には必ず二つ書くことにしましょう。
“魚釣りと明暗尺八”とする。
その際はどうぞよろしく ヽ(^。^)ノ

今日はあるいは凪ぐかと思って早起きしました。
変な風があります。
海はシケ模様かも。今日もまた尺八吹いて遊びます。


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2007年4月22日 (日)

めでたいな

昨日は義弟家の次男が、今秋結婚する婚約者を連れて本家(義兄家)へ挨拶にやって来た。
わたしら夫婦も物見高く、義兄家へ押しかけ、遅くまでワイワイ騒ぎ深酒した。
で、ドウナッタかわからんが、
目が覚めたらわが家へ戻っていて自分の寝床だった。きっとかみさんが連れ帰ってくれたのだと思う。

お嬢さんは東京の人だった。泊りがけでやって来た。
が、未だ婚約者ってことだし、義弟ら夫婦も付き添っていたし、二人をまだ同衾させるわけにはいかんとかで、お嬢さんはわが家でおあずかりし、お宿する予定だった。わたしら夫婦はすっごく緊張していた。
でも、なんぼなんでも、そこまで連れまわしてはお嬢さんがかわいそうだとなって、急に彼女だけホテル泊することになった。

実は、今日・日曜日は、OM主催の吟行会(俳句会)の日だった。
わたしにも参加要請が来ていたが、…と、いうことで、残念だが不参加ってことにしていた。
でも、…と、いうことで、急にポカァ~と予定が空いたので、吟行会へ急きょ出かけようと思った。
アレ~、
頭がフラフラする、階段が下りられない、ムカムカして吐き気がする。
ごはんを見たらもうダメ、欠席欠席。
わたしは二日酔いになっとるみたい、ゾクゾク寒気が襲ってくる、

今、午後1時半すぎ、
→急に腹が減ってきた→おォ~二日酔いからよみがえった、

 腹へって あぁメデタイな 二日酔い  波平 

それにしても、
昨夜のいつころからかの記憶が又や完全に飛んでいる。
わたし、お嬢さんに、良き印象を与え得ただろうか、
…まさかそれはあるまいとは思うが…、

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2007年4月21日 (土)

ボヤキ節

このブログは、釣り好き波平の日々のボヤキ節(日誌)だ。
題して「隠居波平釣り日誌」。

いついつ魚釣りに行こうと計画を立てる、
…と、その途端にもう魚釣りは始まっており、よほど大切な用事でも後まわし後まわしでほったらかし、魚釣りの日を迎える。
魚釣りから帰ってきたら→釣った魚を料理し→酒を呑む。
美味いじゃないか。幸せですなぁ~!!
楽しかった思い出は→延々と後を引いて→またぞろ次の釣行を計画。

わたし、この「…日誌」で、こういう日々の営みをメモっているつもり。
メモ内容が魚釣りに関係無いようでも、それは実は真っ直ぐ魚釣りにつながっている。だって、大切な用事(?)を抱えていても、なんだかんだの屁理屈をこね出して、次の凪には沖へ出たいと工夫をする日々である。なんでもかでも魚釣り気分で眺めており、朝飯を食い、昼飯を食い、晩飯を食うってことかな。
で、最近は、尺八を吹きながら時化(シケ)日を過ごし、凪ぎ待ちしておるよ。

ただ、以前とは日々の緊張が違ってきた。特に凪ぎ待ち日の緊張のありどころが変化した。
A) まだ仕事を持っていて日々出退勤のサラリーマンしていたとき、
B) 退職し、“列島周航の夢”実行に走っていたとき、
C) それも終わってただボンヤリだけの隠居になった今、

C)だけど、今、わたしはここに住まっているわけですよ。
A・Bの時代は、何かに追いかけられていた感じがあった。こやつにとっ捕まらないように身をかわして魚釣りに出ておった。
が、Cになると、だぁ~れも追いかけてこなくなった。月給もなぁ~んも無くなって少ない蓄えをとりつぶしながらボヤ~と日々を過ごすだけ。
これじゃダメですよね。
で、気合を入れて、本格的に虚無僧修行しつつ魚釣りを楽しもうと、最近は、そう思っているわけですよ。いわゆる“仕事”と“遊び”のバランスです。
わかってくれたかなアキどん!

「潮気が無くなってきましたなぁ~」とか、「どこか身体の具合が悪いのでは?」とか、
とか・とか・とか…の、問いかけが結構あるわけですよ、
だんだんイクジがなくなってきたのは歳だからしかたがないよ。
だけど、沖へ出て、ここぞとおもうポイントにアンカーをぶっこんで、そのアンカーを自力で、腕で、引っ張りあげる元気はあるよ。アンカーウインチが壊れていて動きませんよ。だれか中古でエエから動くアンカーをタダでくれないかな。貴艇が新機ウインチに取り替える際お古は捨てずに回してくださいな。…ホントのことを言いましょうか。このアンカー引っ張りあげるのがおっくうでかなわん。で、余程の凪ぎ日でないと沖へは出られないわけですよ。風や潮に押されてビンビンに張ったアンカーロープは、必死に引っ張ったって手繰れないからなぁ~。よわっとるよ。これがベタ凪だったら、潮止まりを待てばなんとか引っ張りあげられますからなぁ。

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2007年4月20日 (金)

半歩が判らん

茶器に大名物(おおめいぶつ)という評価上の言葉がある。
何の変哲も無い安物茶碗が、高名な鑑識眼を持った人が、これは大名物だというと、途端に値段が爆発し、それまでは百円・二百円だった茶碗が何百万円・何千万円になる。

と、いうことは、うがったみかたではあるけれど、
その茶器・茶碗に価値があるのではなくて、そのように鑑定した鑑定眼・鑑識眼にこそ価値をみるわけだ。
陶磁器や絵画などの世界ほど、値付け基準の不可解な世界は他にない。

美術品ではないけれど、音楽世界もこれに近い世界かと思う。
ピアノコンクールとかバイオリンの大会とかで、奏者の優劣を争うが、素人にはその判定は難しい。
尺八の世界にもあてはまる。
明暗尺八は一応音楽の世界ではある。が、判定基準が精神性に深く関わっていて、とてもじゃないが初心者が云々し得るところではない。
ただ、師匠の指導に従ってだまって稽古に励むしかない。そのうち自分にも何かがわかってくるだろうと思いながら。
でも、多くの者らが、さっぱりわけがわからぬまま貴重な時間をつぶし、真似事の世界から半歩も出でずに終わる。わたし、せめて半歩でよろしいから出たいと思う。

鑑識眼ってなんだ?
芸術って何なのだ?
それは、人が生きる上で、個々人とどう関わっているというのだろう?


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2007年4月19日 (木)

滝落千回

明日は4月20日。
昨年のこの日に列島周航の旅に出たのだった。

もうあの頃の高ぶった気持ちは萎え落ちている。
思い出すのも難しい。
ただ、期待と不安に右往左往し、やたら忙しかったことは覚えている。
昨年の今日は積みすぎていた積荷を降ろしたり戻したりしていた。喫水線が下がりすぎていたし、キャビンが荷物でいっぱいになり狭くなりすぎていた。結局積んだ毛布の半分を降ろしたように思う。
マリーナで艇から出たり入ったりしていたら日が暮れて、もうこのまま艇内泊を決め込もうかと思ったが、いやいや、ここでいったん落ち着くべしと思い、自宅へ戻ったのだった。

ツバメは、あのとき、わが家の軒でもう巣作りを始めていただろうか?
思い出せない。
今年は、ツバメらはたびたび古巣の様子を見に来るが、未だわが家に居つかない。
去年の巣は、昨年ツバメらが巣立って後、スズメやヒヨ鳥らがやってきて巣の半分近くを壊してしまった。はやくリホームしないと巣篭できないじゃないか。気になることではある。

選挙が終盤に入り、選挙カーから聴こえる声が甲高くなっている。キンキン声になった。車窓から振る白手袋の振りかたが激しくなっている。わたしも、もう冗談で、“デタラメ応援”のそぶりはしない。彼らにだってあやツは俺らをバカにしているみたいだって気付いていておかしくない。ヤバイ。知らぬそぶりが無難である。

今日は明暗尺八の稽古日だった。つい今しがた稽古から戻ったところだ。
手直しをしてもらった。なるほどそういうことだったか、と、納得なっとくの手直しだった。
師匠は持つべきだ。今日受けた指導は自分ではまったく気が付かなかったことばかり。仮にCDを聴きまくったとて、きっと分からなかったであろうと思われることばかり。ありがたいことではある。
ただし、少しも曲は進まなかった。未だに、調子・一二三・鉢返し・滝落しだけだ。
師匠が「だいぶ聴きよくなった」といったが、新たな曲へは進ませてもらえなかった。残念、残念。
あぁ、師匠が、「滝落し(の曲)千回って言いますからな…」と、小声でつぶやいた。
わたしが新たな曲へ進みたいと言いかけようとした矢先だった。

師匠と吹き合わせをすると、気合の入った師匠の野太い竹音に呑まれてしまって、自分の吹く竹音がかぼそくなさけなくていけない。それを言うと、師匠は、
「レストランで隣の客が食うメニューがやたら美味そうに思えますわな、それと同じ。あんたの竹音は僕にはとても綺麗に聴こえる」と言った。
カルチャーショック!参った!!まだまだ稽古が足りないようである。

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2007年4月18日 (水)

でたらめな愛

ぶっそうですねぇ~、
地震があったり、機関銃乱射やペストルで背後から襲いますか…、撃つなら真正面から撃たんかい!この卑怯者めが!!

地震に人格的意思があるとは思えんが、それでもなんで地震が起きたかは解りますよね。地層のズレが溜まったからだって言いますわな。ストレスが溜まったわけだ。で、ついムカッとなったわけだ。

機関銃乱射やペストル犯人にも、きっと言い分はあるのでしょうね。
迷惑な話だけれど。

わたしだってムカッとすることたびたびあるよ。
住まいの三木市は例の町村合併で随分大きくなったけれど、それでも未だ人口8万人少々です。現在、市会議員選挙中だ。定員23人に27人が立候補。毎日毎日・繰り返し繰り返し・次から次へと・立候補ご挨拶の電話がかかってくる。選挙カーが名前連呼で走り回る。うるさくてうるさくて…、尺八稽古の邪魔になるやないか!
で、わたしムカッとしている。

で、で、腹が立ってしかたがないから、
車窓から白手袋ふって愛想笑いする者らへむかって、わたしも手を振って愛想笑いしてやった。
するとですね…、
アッハッハ(笑い)、勘違いしおって、
「アッ!ご声援ありがとうございます、○×△ガンバッテまいります!!ありがとうございます、ありがとうございます…」だって、
エツ?冗談が過ぎますか?
貴兄らも選挙カーがやってきたら、やってごろうじろ、たいがいこういう展開になりますぜ、

悪質かな?
だけんじょ、後ろからペストル撃つよりエエのとちゃうか?
白手袋らは喜んどるよ!

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2007年4月17日 (火)

ほれ、ほれ…

昨夕は友人2名と梅田で遅くまで呑んで、深夜最終バスに乗り遅れた。
未だ身体にその酒が残っていてふらふらする。

内1人とは、実に40数年ぶりの出会いであった。
JR大阪駅西口で待ち合わせたが、見たことも無い白髪のオッサンが親しげにやってきて一瞬戸惑った。が、すぐに彼だとわかった。もう一人とはときおり出会っていたから戸惑はない。

たびたび会話が頓挫した。
「ほれ、あれが、アレッ!このことなんとか言うやないか、ほれ、ほれ…」と、A。
「またかいや!なにが言いたいのや、かなわんな」とわたし。
「そういうのはボケとは違うのや、思い出すまでそこで考えとれ」と、B。
…と、15分ほどして、「そうや『時差ぼけ』っていう言葉があるやろ」とA。
「難儀やな、それ思い出すのに今まで考えとったんか!」とわたし。

…と、また、Aが、
「ほれ、あれが、アレッ!ほれ、ほれ…」と、やりだす。
ビールのお変わりが激しい。
トイレが忙しかった。
昔を思い出して往時のことを話すが、なにせ45年も前のことである。そのことを覚えている者、忘れている者。三人三様でバラバラだ。

学校から最近送られてきた同窓会名簿を点検したら、物故者が今の時点で13.5㌫だったとBが言った。
梅田までAは50分、Bは1時間、わたしは1時間半。宝塚・高槻・三木の三方から集まった。

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2007年4月16日 (月)

異音?数々

このところ選挙選挙でうるさくてうるさくて…、
わたしの住むちいさな山里(?)でも、白手袋が軽四バンに乗って回って来る。電話が再々掛かってきて、「誰それをよろしくお願い云々」と、これまたウルサイ。

就職先としては4年間の短期契約で月給もけっこう良いらしいから、隠居遊びとしては好都合だろうとは思うが、わたし、白手袋はイヤだし、ペコペコするのも性に合わんし、坊主と役者と政治家だけにはなりたくないと幼少のころから頑なに思っていたことでもあるから、選挙期間のウルサさには辟易する。
あぁ、坊主と役者と政治家は、自分で思っても信じてもいないことを、それらしく演じることが必要でしょう。ワシャ嫌だ。すかん。

4年が経って、また、立候補して白手袋かぁ~、みなさん熱心ですなぁ~、
ものすごく地域社会に奉仕の精神がおありようだ、でもウサンクサイ目つきだ、甘い汁をまた吸いたいって目玉にワシャ見えるが違ったかな?
民主主義ってすばらしいですなぁ。
ホンマかいな??

選挙カーは、朝は何時からになっとるの?
今は、隣家のウコッケイが「コケコッコーコケコッコー」と立候補中だ。
わしゃ尺八吹きたいが、朝早くからの稽古は遠慮している。
異音には違いないからなぁ~、

今日は学生時代の友人二人と一杯飲み交わす約束の日。内一人は40年ぶりに出会うことになるが、約束の場所で互いに分かるかな?
脳中に彼らのまだ若い頃の声が聴こえる。
異音か?
イイヤ懐かしい声音。今夜が楽しみだ。


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2007年4月15日 (日)

慙愧(ザンキ・恥ずかしくてたまらんの意)

30センチ少々のアイナメ4本。25センチのカレイ1枚。小ぶりなガシラ5尾。
でした。

高砂・曽根の沖で釣っていたら、真っ直ぐこちらへやってくる漁船があって、若い衆が一人乗っていた。
「釣れたか~?」
わたし、黙ったまま手でダメダメの合図。
…と、
「アッハッハ(笑い)、今晩、ブログを見るのが楽しみだ!」
…で、グェ~とエンジンを噴かし、曽根漁港の方へ戻っていった。

母港の播磨マリーナへ戻ると、友艇らが魚釣り後の艇のあと始末をしておった。
ホワイト・べア~(白熊)もそのひとつ。家島へ行っていたと言う。
「また(料亭の)昼飯食いに行っとったのかいな?」とわたし。
「カレイ釣りやがな」と艇長。言葉を続けて、
「オモロ~てかなわん。ブログ、毎日見てまっせ!」
「難儀や!もう書くのを止めようと思うのやが、書くのを休んだら、モンクが来る。しゃぁ~ないからダラダラ書いとる」と、わたし。
「あったりまえや!、ちゃんと書かなあかんドォー」と白熊艇長。

「日本列島魚釣り周航記」は、ブログにPDFファイルでアップしたが、
閲覧できない方もあるようだし、パソコンいじらない人だって居る。
で、面倒だが、皆さんに旅の様子を報告ということで、パソコンからプリントアウトしたのを体裁よく1冊ファイルに綴じて、播磨マリーナのクラブハウスに置いた。上下に分けてあるから計2冊ってことかな。もし、よろしければ観て欲しいです。

今日はbドン艇(バグース艇)が周参見からカツオ4本積んで戻る日らしかった。
わたしは、午後2時前にはマリーナを経って家路に着いたから、bドン艇が本当にカツオを積んで戻ったかどうかは現認し得ていない。
bドン艇の帰港を待ってカツオを現認したとて半身もくれないだろう。
ワシャ目の毒になるから、サッサと帰った。

夕飯は、アイナメのサシミとアラの唐揚げですわ。
あぁ~、
焼酎は最近黒糖焼酎に凝っとる。デケルだけ度数(アルコール)の高いのが好みですわ。

尺八は、調子・一二三・鉢返し・瀧落し、だけしか稽古デケンかった。
ズズイでも、まるっきし世間に用がないわけでもない。尺八をぞんぶんに吹きたいがそれバッカはやっとれん。

バァサンにイコウ処置をして欲しいとDrに願い出ようかと思っとる…、
なんやそれ?
わからん方がエエですよ。なにゃそれ?ってことにしておきなはれ!!

ザンキに堪えませんな、


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2007年4月14日 (土)

ヤバクないか??

父は強烈なオンチだった。昔の師範学校出で若い頃は小学校の先生をしていたが、音楽の時間は往生したようだ。専門教科制の学校へ移って後、音楽苦から逃れたが自分がオンチであることは終生の悩みだったみたい。

退職後随分経ってから父は謡曲を習い始めた。
が、なんとも表現しがたい不快な大声には家族一同ほんと往生した。
わたしは、父がウナリ始めると屋外へ避難した。父は、家族がそろっているときに限り稽古を始めたくなるようだった。
思い出すだに気持ちが悪いことである。

実は、わたしが尺八を吹く際も同じような状況だった。
周囲をはばかり一部屋に引きこもって稽古するのだが、部屋を出てみると家族の者らは、皆、どこかへ出かけていることが多かった。
尺八は、大学へ入ってから始めたが、だから、自宅ではあまり吹かなかった。

わたしは29で結婚した。結婚相手には尺八を嫌わない女性が良かろうと思っていたが振られた。結局見合い結婚したが、その人を、当時三曲合奏の指導を受けていた三弦の師匠のもとへ連れて行くと、師匠(山崎美也先生)がさっそく箏・三弦の特訓をいたしましょうと言った。で、その場から大特訓が始まった。その人(今のかみさん)は、普段自宅では椅子生活だった。正座すらままならなかった。連日にわたる幾時間も続く厳しい稽古に音を上げた。ピアノならやってもよいがお箏はもうイヤだという。あなたの期待には添えそうにない、と、言った。でも、その頃には、もうわたしもその気になっていて、まぁしかたがないなぁ~と、ズルズル結婚した。当時急ぎ購入した箏は、今、神戸市邦楽倶楽部で活躍中だ。

結婚して後、案の定、その人(かみさん)は尺八の音を嫌がった。すでに主導権はその人に移っており、わたしとしては、シマッタ!と、思ったが、かみさんに出て行かれると困るから、尺八を止めた。以来、ほぼ40年間近く、尺八を手にするのは年に2~3度になった。取り出して、まだひび割れていないのを確かめてはホッとする、ただそれだけ。
そうする間に、幾本もあった尺八が次々ひび割れし、歌口が虫食いにやられ、使い物にならなくなった。かろうじて今1本だけがビビ割れもせず残った。まだヒビの少ない長尺物が1本あるが安物である。

最近またぞろ最後の尺八を取り出し稽古を始めたが、やはり部屋へ閉じこもり、ドア~やフスマを閉め切り、できるだけかみさんの出かけた隙に吹くのである。
が、時には、居たって構わずに吹き散らす。
と、かみさんは、用ありげに畑に出る。二回にあがってドア~をバタンと〆る。
時々、もう稽古は終わったろうか?と、帰ってきたのがわかる。様子見に二階から降りてくる気配がする。が、最近のわたしは気合が入っていて、ちょっとやそこらで稽古は終わらない。
「ピーヒョロロ・ピーヒョロロって、よくまぁ続きますわね!」と独りごちて、又、バタンの音。
これって、ヤバクないか??

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2007年4月13日 (金)

垣根の破れ

三曲合奏の師匠“神戸のキヨちゃん”からメールが入った。
昨晩打ったメールらしい。
「こんばんは 満開の桜!そろそろお終いでしょうか?」とある。
そして、
「…新しいこと!心行くまで、がんばってくださいませ。そして思い出されたら、またこちらへもお出かけくださいませ」
とあって、一句添えられていた。

まんかいの さくらちっても うぐいすさん
      これからわたし じょうずにうたうよ

彼女はいつのころからか、このような全文ひらかなの歌を書き記すようになった。
今でこそパソコンが上手になり、漢字も使い分けができるようになったが、全盲の彼女には漢字は難しいようだ。で、歌は未だに以前のまま “全文ひらかな”で記す。

いつも思うのだが、何事も、彼女は目開きより良く見えるようだ。ものの形や色にとらわれずにその芯をシッカリ見る。
彼女と話していると気持ちがなごむ。なにも飾らずに直裁に気持ちのままを話しあうことが出来る。これって、わたしにとって実に貴重な時間である。
合奏稽古をしていて、彼女は阿吽の呼吸のなかに、わたしの曲に対する気持ちを掴んでいるようだ。フッと気持ちが緩んだときや、迷ったときなどはすぐバレてしまう。まったく隠しようがない。
彼女は三弦を弾きながら、ときにわたしをリードする。あぁ~ここはそのように吹くのだな、と、思って付いて行く。
稽古は、いつも1曲を1回or2回通しで吹くだけだ。真剣に吹くから3回とは繰り返せない。あとはダラダラと雑談してそれでおしまい。

この貴重な稽古をわたしは半年間休むことにした。
この間、明暗尺八に没頭するつもり。
地歌吹きと、明暗吹きとは、呼吸も奏法も運指も異質なものだ。方や音楽であり、方や単なる己の呼吸、といった感じでその趣に天地の違いがある。
で、天地の違いがあるように思える間は、実は、修行が出来ていないってことだと思う。
早くこの二つを隔てる垣根のありようを見定めたいと思う。それまでは明暗に専念するつもりだ。
垣根のありようを見定められたら、垣根の破れを潜り抜けてまたキヨちゃんちへ合奏稽古に出かけたい。実は、明暗の修行も、これが本当の目標でもあるような気がする。

「日本列島魚釣り周航記」執筆の旅を終え、出版もパソコン上ながら一応上梓し終えて、ふと気が付くと、もう今年の誕生日で67になるのだった。
畏友の内田が、一念発起し天理大学へ正規編入した。本格的に学問の道に頭を突っ込んだ。やはり畏友のOMは単行本1日1冊完読の荒行を延々と続けている。同年代である。
わたしは、遊び呆けて「…周航記」を創りはしたが、向後はナァ~ンもすることがない。わたしには内田の頭もOMの気力も無い…、と、ぼんやり考えて、始めた明暗就業。
“彼女に見えて、わたしには見えぬものがある”
この気持ちが後押している。
半年後、この怠惰なわたしに垣根の破れが見えてくるだろうか?

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2007年4月12日 (木)

竹号検討

明暗尺八の竹号を創りたい。
波平ってのはペンネーム・ハンドルネーム、魚釣りの雅号。
これは竹号には使えない。
この世界では、弟子は、師の名の1字を頂戴するのがしきたりである。
指導を受けている師匠の名が「白龍(はくりょう)」師。
で、白or 龍、の一字を頂戴して新たな名を創る。
さぁ~てどうしたものか。

 白→白波・白梅・白雲・白酒・白虎・白豹・白黒・白髪・白扇・白竹・白天・白水・白状・白墨・白魚・白兎・白米・白衣・白雨・白票…
 龍→青龍・赤龍・黄竜・黒龍・龍竹・龍空・龍天・龍雲・龍海・龍河・恵龍・龍恵・古龍・龍隠・龍童・龍門・龍陀・龍梢・龍智…

講評
「白」の部  
白波→ハクハ…盗人の意に使います。焼酎にも似た名がある→ダメ 
白雲→ハクウン…龍の住まうところ→面白い
白虎→師匠が白龍だから、弟子としては白虎かな、でも白虎隊を想うわな→ダメ
その他、
白梅・白酒・白豹・白黒・白髪・白扇・白竹・白天・白水・白状・白墨・白魚・白兎・白米・白衣・白雨・白票→すべてダメ

「龍」の部  
青龍・赤龍・黄竜→何色にしたらエエか迷う→ダメ
龍竹・龍空・龍天・龍雲・龍海・龍河→中では龍雲が良いように思う、
恵龍・龍恵→の、恵は自分の本名の1字、脱却の趣意からはそぐわない→ダメ
古龍・龍隠・龍童・龍門→尾崎龍童が居る、龍門は大和竜門、→ダメ
龍陀・龍梢・龍智→このグループでは龍梢かな、中論・龍樹の変形だ。無理だよな。

☆ 「白」からは「白雲」、「龍」からは「龍雲」、
「白雲」にしても「龍雲」にしても、「雲」は、「波平」の「波」との対比がある。
「雲」⇔「波」 で、参ろう、
白雲 VS 龍雲  さて、どちらにしようかなぁ~、

わたし勝手に決めて名乗ってエエの?
ダメですよ、師匠の許しを得なアカン。
「ウヌッ『竹号?』十年早い!」って叱られるかもね。

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2007年4月10日 (火)

ナマコ

今日釣った魚の写真を携帯電話のカメラで撮った。それをブログの載せようとしてパソコンに取り込んだつもりがなぜだか入らなかった。パッパッパッと手際よくキーを打ったのがいけなかったようだ。カメラの記憶媒体からも綺麗サッパリ消えてしまった。

信じてもらえるかどうかわからんが、35センチ大のマガレイが2枚。やはり35センチほどのアイナメが1尾と30センチほどのアイナメが4尾。あとはキスとガシラ。特筆物はナマコ。くつろいでダラァ~とした状態だと全長30数センチ。コツいってビックリさせると縮こまって20センチかな。

Dscf0077_1

ナマコだけはかみさんが気持ち悪がって触らない。
わたし、ナマコの料理は大得意。で、ヌルヌルするのを、御用だ!ってんで、とっ捕まえてサシミにキザンだ。コノワタを食ってやろうと腹を割くと、タマゴ?、写真のようなのがズル~と出た。少し食ってみたけれど美味しくなかった。写真がその料理。

ナマコは隣家のダンナの好物だって知っているから、半分差し上げた。
で、わたし、残りの半分を食ったが、ナマコ食った~て感じがあって、おもしろかった。

食った魚はこのナマコだけ。エッ!ナマコって魚でしたか?
かみさんは、今日はトンカツの日だって言った。で、わたしも、ナマコとトンカツを食った。なんか変なんだよなぁ~、
わたし、今、お口直しにお湯割りを呑んどる。
ガラガラ・ゴックン、ガラガラ・ゴックン、、、、

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2007年4月 9日 (月)

逗留の心得

「岬波」をご覧になったクルーズネットのとびはぜさんから、
「周航者には厄災な寄港先での逗留が興味深いのは何故でしょう?人に会えるからでしょうか?」
との質問があった。

わたしとのメールのなかでの話だが、ひょっとして同じ疑問をお持ちの方もあるのでは。で、この場で、わたしの体験をお話ししたい。

はじめて訪れる寄港地での逗留(旅先で滞在する意)は厄介です。
これは、わたしとて同じこと。難儀だなぁ~って思っておった。
追い出されるのではなかろうか?とか、土地の人に嫌われるのではないか?とか、適当な宿はあるだろうか?とか、とか…、
なにやかや不安だらけ。シケ続きで長期間になったりしたらどうしよう…、

ことにボートの場合はヨットに比べてシケに弱いし、エンジンで走るからどうしても燃料補給のために港へ入らざるを得ない。で、格段にこの逗留問題が大きなウエイトを占める。

わたしは以下の3つのことを心がけた。
この3つがキッカケで楽しい旅ができたように思われてならん。紹介しよう。
1. 郷に入れば郷に従う、
2. 先に声掛けし挨拶を欠かさない、
3. 港を汚さない、
たったこれだけ。

<1.郷に入れば郷に従う>
いったん港へ入ったからは、どんなことがあっても、なんでもかでも、みな受け入れてしまう覚悟であった。で、どうしても、これは我慢デケン、かなわんと思ったら、文句を言わずにサッサと逃げ出そう、と、そう考えていた。
それが実に不思議なのだが、この気持ちがあったせいだろうか、わたしが受け入れる前に、港が、土地の人々が、先にわたしを受け入れてくれた。わたし、これといって我慢したことはナァ~ンもない。

<2.先に声掛けし挨拶を欠かさない>
話を交わすキッカケ作りのシンドさは、そこを訪れた者が担うべきですよね。視線を合わすかあわさないかで、すかさず「こんにちは」って先に言います。
たったそれだけ。
わたしは、後ろ向いている人にも大声で「こんにちは」って言ったですよ。
まるで「こんにちは」の押し売りだね。
一昨年、対馬の比田勝に逗留していた時、自転車に乗った郵便配達局員が、「こんにちは、こんにちは」って一人一人に声掛けしながら走っていた。
オッ!俺より先に「こんにちは」って言うオッサンが居る、と、後ろを振り向いたら、自転車に乗った郵便局員だったってわけ。
以来、わたしは、寄港先では土地の人に後ろからでも大声を掛けた。出会うたびに幾度でも「こんにちは」って言う。たび重なると相手の方が笑います。話が出来るようになる。
…昔を思い出したなぁ…、
まだ学生だった頃、体育会系に所属していたことがある。上級生・下級生の区別がきつかった。学内で上級生に出会ったら下級生は必ず先に「オッス」と声を掛けるしきたりだった。出会うたびに日に幾度でも「オッス」と言う。わたし、このことをとても懐かしく思い出しながら「こんにちは」とやった。

<3.港を汚さない>
不浄な話しですが、まずトイレのこと。
艇にはトイレがあるが、沖では使っても、港へ入ってからは使わない。排水すると汚物がパイプを通って艇外へ出る。港が汚れる。漁港に入ってこれをやるわけにはいかん。港へ入るとまずトイレとゴミ捨て場を探した。
また、艇内で自炊すると、例えばラーメンの湯がき汁などが出来る。捨てたいが場所をわきまえなアカン。シャツ・パンツを洗濯する。と、また排水が出る。
排水やゴミを持って、どこへ捨てようかとウロウロした。捨て場所が見つからずゴミや排水を艇内に積んだまま旅を続けたことが再々だった。

また、旅をしたいですなぁ。
「岬波」のような旅は、もう体力的にも資金的にも、あるいは難しいかもわからん。
が、明暗流をシッカリ修行して、虚無僧行脚(?)ならできそうに思う。
わたし、天蓋(顔をすっぽり覆う籠様のかぶり物)はかぶらないつもり。
歩く先々で挨拶代わりに尺八を吹きかけよう。
なんぞ反響がありますかね??
なくったってかまわない。
山や、川や、海や、里の畑や都会のビル・ビルへ向かって、明暗尺八を吹きながら悠々の旅がしたいなぁ~。がんばって稽古せなアカンぞ!

あぁ~、明日はベタ凪だよね。
自宅でグジグジしているとカビが生えそうだから、沖へ日向ボコに出ようかな。

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2007年4月 8日 (日)

稽古、稽古

今年95歳になる母が急性肺炎になって、過日緊急入院し、非常にヤバかったのが幸い一命を取り留めた。
が、命と引き換えに、穏やかぁ~な認知症(?)特有(?)の表情になった。

目の焦点が定まらない。だのに、まだときおり声が出る。
今日も、又、宙に向かって「お許しください」と言った。

わたし、耳元で少し大きな声で語りかけたり、頭を撫ぜたり、脚を撫ぜたり、手を握ってみたりするのだけれど、もうアカン、あちらへ送ってやりたい。点滴外そうかしらん。

明暗尺八を稽古。
ここにわたしの座る場所があるような気がしてならん。
調子・一二三・鉢返し・瀧落し、これ以外は吹かない。納得が行くまでこれを吹いていようと思う。
そのうちに、何かが何とかなって、あったりまえのなかに座っているような気がする。

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遊漁党待望論

不毛の問いかけをする。
それ、沿岸漁業のこと。漁業と遊漁とのカットウのこと。

魚介類のわが国の自給率はすでに5割を切っていて、水産庁は漁業の振興に力を入れている。漁業を主にし、遊漁は常に邪魔な存在だ。

でも、食料(魚)自給率からではなく、経済効果貢献度の面からみれば、
沿岸漁業<遊漁 であろう。…と、思う。
で、少なくとも、都市圏の沿岸に限っては、沿岸漁業を全面的に禁止し、遊漁にその座を大政奉還すべきかと思う。

せっかく沖で魚釣りしていても、ごうつく漁船がすぐ脇を網を曳っぱって通る。
根こそぎ魚魚をかっさらッてしまう。
業腹ですなぁ~!!この悪行三昧をだれか仕置きしてくれんかいな!!

だれか、この、沿岸漁業<遊漁 を、徹底的に検証し、かつ大政奉還すべしとマニフェストする人ないかいな??
選挙日ですよね。
この、遊漁応援のマニフェは下手にしゃべると、それが小さな地域、特にその地域が漁村を抱えていたりしたら袋叩きものでしょうよ。現に、このことだぁ~れもしゃべらんですなぁ~。

だけど、これは実に真理を含んだ国家百年の計に類する大事であるのは間違いない。
だれぞが頑張らんとアカン問題や。
自民も民主も関係ない。遊漁党を立ち上げて参院選に出馬する元気な釣り人が欲しいですなぁ。
わたしの勝手な想いですが、
釣りエッセイストの今井浩次氏あたりが出馬してくれたら、もし選挙投票日が絶好の釣り日和でも、わたし、魚釣り止めて投票所へ出かけますよ。きっと、最高点で当選すると思いますよ。全国の無党派層が、特に魚釣り好きは、こぞって遊漁党へなだれ込むと思いますよ。

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2007年4月 7日 (土)

魚釣りの定量分析・定性分析

<その1・定量分析>
魚釣りを、
A+B=C とする、
このとき、A・B・C、は次のとおり、
A・1尾目が釣れるまでの間の釣り、
B・ 〃 が釣れた後の釣り、
C・魚釣りの総合的楽しさ

昨日の釣りの、A+B=C の内訳は、時間的には、
A>B だった、午前中はな~んも釣れなかった。上げから下げに潮が代わってもまだ釣れなかった。あぁ~魚釣りとはなんと残酷な自虐的遊びであることよ…と、苦しんだ(?)。

で、アンカーを引き上げ、ポイントを移動。
いっちょ我が高性能魚探の真価を発揮させようと、魚探・探索モードを艇下左右50メートル範囲内の海底3次元表示に設定し、ここぞと思う周辺を低速で周回。
顕れました ⇒ 海底の瀬のありようが明々白々。液晶パネル上に表示された。

他に2艇が釣っていた。
かわいそうだなぁ~、瀬の位置から2艇ともわずかに狂っている。
わたし、狙い済ませて絶好位置へアンカーをブッ込んだ。

32センチのアイナメ・60センチのハネ・それよりだいぶ小ぶりなハネ・ハネなど等を短時間にパッパ!ッと釣って竿を納めた。
釣りを終えての思いですが、
A>Bでも、A<Bでも、Cの値はあまり変わりませんな。だから定量分析が可能なわけだ。

<その2・定性分析>
その釣りで何を釣ったかってことですが、既に上に書いたように、アイナメやハネでした。
本当はカレイを釣りたかった。
カレイってのは瀬際を攻めてもあまり釣れません。穏やかな丘状になっている比較的低い砂地の瀬モドキの上を釣ります。
が、ここでシブトク当たりを待つってのが、実はすっごくシンドイ。わたし、昨日はだいぶ頑張った。なんと朝7時~昼2時前まで頑張った。掛かり釣りです。重た~いアンカーをブッ込んでの釣り。アンカーウインチが壊れていて、いったんブッ込んだが最後、上げる際はロープを手で掴み引き揚げるしかない。

悶々とした時間が流れました。釣れなくて…、とうとうあきらめてアンカーをフウフウいいながら引き上げて、上述の高性能魚探(ハミンバード)で改めて海底を探索してみたら、カレイの巣の真上に艇が乗っかっていた構図だった。
なんと、わたし、30メートルほど位置を間違えていた。
カレイは艇の上から投げ釣りしますが、カレイの巣の真上からカレイの居ない30メートル向こう側に具を投げ入れていたみたい。これじゃ~釣れなかったわけだ。オーなさけないじゃあぁ~りませんか!

定性分析ですけど、
カレイ釣りのつもりが、ケッタクソで瀬際攻めに転じ、ポンとハネになった。これ分析間違いですよね。だから気分がいまいちスキッとしないのだよなぁ~、

今日ですか?
今日は沖へは出ません。
キヨちゃんとデイト(稽古・「ままの川」って曲のおさらい)の約束がある。
その後、歯医者へ行く。その予約がしてある。
隠居身にはこの約束や予約があるってのは嬉しいでっせ。
わたしを待っていてくれる人があるってことでしょう。存在感が実感できるわな。わたしは期待される人間像だって、勝手に思っとればエエわけだ。

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2007年4月 5日 (木)

カレイの煮付

「岬波」・日本列島魚釣り周航記を、右欄にわかりやすく掲出した。
このメインページ欄は、記事を更新する都度、次々積み上げることになって、「岬波」が埋もれてしまう。これを避け、常時閲覧可能な態勢を取った。

さて、
今日は、「…周航記」や“尺八”は、一休みして、早朝から播磨灘へ魚釣りに出た。
兵庫県高砂市曽根の播磨マリーナが愛艇「はまちどり」の母港。この沖合い3マイル強のところに県漁と呼ばれるポイントがある。ここで一日遊んでいた。

釣果はカレイ2枚、ガシラ2、キス7。たったのこれだけ。
でも、ゆっくりした釣りだった。半日、なぁ~んも考えずに竿先を見ていた。

ホント、魚釣りの間は、釣り以外のことはナァ~ンも考えない。
ボヤ~としているわけじゃない、竿先をしっかり見つめている。
針につけた餌の状態は大丈夫だろうか?…とか、
潮どまりから1時間半経ったが潮行きは思ったほどではないな、…とか、
とか、とか、とか、とか、思いながらただ皆竿を見つめる。釣り以外のことは考える余裕が無い。

不思議でかなわん。
魚釣りの間、頭が休んでいるわけではない。常に増してあれこれ考えている。
身体だって同じだ、今日はアンカーウインチが思うように作動せず、肉離れを起こしそうになりながら必死で腕力だけで引き上げた。
要するに、頭も、身体も、すべて竿先の消息に関わることに夢中だったわけだが、
それだのに、なんでやろ??
頭も、身体も、常に増して酷使しているのに、魚釣りに出たら身体も頭も休息モードになっているみたい。
不思議でかなわん??

千五百円で買ったエサがまだ700円分ほど余っている。
明日もこれを持って出ようと思う。

今夜ひさしぶりにカレイの煮付を食った。

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2007年4月 4日 (水)

ムーブメント

かの洋画の大家・中川一政氏は“ムーブメント”ということを盛んに言った。
絵には“ムーブメント”が必要だと。
“ムーブメント”って、なんや?
これ、スゴイ言葉ですよ。

古来、“ムーブメント”を説こうとして様々な挑戦がされている。様々な著作がある。
わたし、気になって色々読み漁るが未だにその正体をつかみ得ていない。
でも、なんだか、ボンヤリと解らなくもない。

核心というか、動きというか、命というか、波動というか…、
何とは言い難いが、それが無ければやっとれんといったような、何かのことのようだと勝手に思っている。

…で、わたし、最近、明暗流の尺八の稽古を始めたけれど、
実に、ここにも、“ムーブメント”ってのが巣くっているみたいだ。
と、いうより、ダイレクトに“ムーブメント”に迫った世界がここに存在していたって感じがあるよ。明暗は、メイアンじゃなく正しくはミョウアンと読みますが、スゴイ世界ですよ、まだチョット覗き見しただけなのだけれど…、
明暗の曲は音楽じゃないね、ムチャクチャだね。わたし、こんな音の世界があったなんてビックリしています。
魚釣りで言いますとね、
アタリ(魚信)があって、機を計ってヤッ!と竿を煽りますわな。
それ、“機を計る”と、“ヤッ!”の間の、刹那の心の動きが音のつながりになって、古来尺八で吹かれていたようだと言ってみようかな。大げさ過ぎるかな?

でも、
この刹那の間の、“心地良さ”を釣り人たちはヨォ~ク承知していて、実は、アタリがある前からズ~ト心は既にその“心地”を自分のものにして味わいつつあるってことでしょう。ほれ、魚釣りに出る前の晩から楽しくってしょうがないじゃないですか。それがムーブメント、その芯に在るのがそれ。

何をゴチャゴチャ言っているのかって?
なぁ~に、わたし、明日久しぶりに魚釣りに出かけようと思っているってことですよ。
わたし、今、ムーブメントしています。わかるかな若い衆??

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嬉しい!!

何かを書こうとする思いがあって、
それを極限まで収斂させると→俳句が生まれる。
その俳句を解き広げると→エッセイになり、あるいは小説になったりするのかな、…と、思う。

芭蕉は俳句を多用して「奥の細道」などの紀行文を書いた。
わたしは写真を多数貼り付けて「…周航記」を書いた。

一枚の写真に写っている情報は、文章にするとながぁ~い文章になる。写真を貼り付けたら簡単に済む。
だが、写真には不要なこともたくさん写っている。読者は必ずしも著者の意向に添って写真を見るわけじゃない。また、その写真がピンボケだ。どうしようもないなぁ、残念。

あとさき考えずに書きなぐった初稿を、削除したり補記したりしたのだった。
比率としては断然削除した方が多い。追加補記したのはごく一部だけ。

色々なことが頭中錯綜し、想いがもつれコンガラがった。
二つのことを念頭に置いた。
 「本」は「本」、わたしはわたし、所詮両者は別々の生き物だってこと。
 駄文でよいから、大きな流れのなかに文全体をゆだねたい。

もし、読者の方々がこのパソコン『本』と一緒に旅することができたら、わたしは、これ以上嬉しいことはない。
三々五々、旅で関わった方々から、「読みましたでぇ~」のメールが入る。
一緒に旅した方々だ。お元気らしい。
嬉しい!!
わたし、今、ほつほつとした、ありがたさ、楽しさのなかに在る。

「adobe_syuukouki_1.pdf」をダウンロード
「adobe_syuukouki_2.pdf」をダウンロード

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2007年4月 1日 (日)

4月1日

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サクラはこのような花だったのか!
年々桜がきれいに見える。
梅の実がもう生まれている
菜の花だ。
ネギ坊主でっせ。

ツバメがわが家にやって来た。
写真に撮ろうと思うが素早いツバメは安物デジカメでは捉えられない。
昨晩は激しい雷雨だった。今朝は濃霧。
今日は4月1日。


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