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2007年5月

2007年5月31日 (木)

ネプ・コメ解説

右サイドバーの、“ネプどんコメント”を解いてみますね、

“あれから仕事の山山山で”とは、
彼、遊んでばかりいるから、キット誰かに叱られたのだね。

“画像の使用”だけど、
気に入ったのがあればこのブログにアップしますが、その際は、ネプどんが撮影した写真だと書き添えましょう。それでいいかな?

“波平亭”ですけど、
JMXどんが、“波平亭の赤提灯”を造って送ってくれたのですよ、それを今は部屋内に吊るし、その下でいつもわたし酒を呑んでますが、先日は、ネプどんを囲んで播磨の仲間らとここで呑んだわけですよ。

ショーチュー(焼酎)は、
下戸のbどんが、「俺、こんなのには用が無い」、と、ネプどんのミヤゲに持ってきたのを、ネプどんが持ち帰るのを忘れて、今も波平亭に置いてあります。わたし一人で呑んでしまおうと思っている。こんな美味い絶品はネプにはもったいないからなぁ~。

ボーシは、帽子のことかな?
ネプどんよ、わが家へは帽子被って来なかったよ、どこかで置き忘れたのじゃないの?

さて、さて、ネプどんへ、
酒のことなんか忘れて、シッカリ働きなさいよ!
そしたらご褒美にアレ送ってあげます。

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反省と待ちわび

某氏からの忠告が身に沁みて本日(5月31日早朝)前2編を削除した。
愚痴っぽいボヤキ節はわたし本来の姿。
削除はしたが、そう真剣に反省してのことではない。
あぁ~、かくはグヅグヅ言い訳するのも、これまたわたし生来の姿。

わたし、HPにも、ブログにも、自分をそのままさらけ出して書いている。
ひとつウソを書けば、爾後ウソの上塗りをしなければ書き続けることは出来なくなる。
しばらくの間ならそれも良かろうが、延々と続けるつもりなら、ひとつのウソが命取りになる。この気持ちが、覚悟があるから、嫌なことでも自分の気持ちに純なら、アップも辞さないってことになる。
が、読んで不快なことは出来れば避けるにしくはない。わたしは、某氏の忠告を素直に受け入れることが出来る。いまだそれくらいの柔軟さは保ち得ている。
某氏どん、ありがとう。

ネプチューン回航時の様子を、写真でも紹介させて欲しいと思っている。
で、デジカメをパソコン処理したが、ピンボケばかりだった。愛デジは手ぶれ防止機能が無いワン世代前の安物だ。
ひょっとしたら、今日あたりネプどんから、ネプどん撮影の写真CDが届くかも知れない。それをアップさせてもらおうと思う。ネプどん構わんか?

わたし、播磨~南紀周参見の間は、幾度も航行経験があるが、それ以東は、さきの列島周航時と今回の回航の2回だけである。
先の周航時は幾分シケ気味の潮岬だったが、今回はシケの間隙を縫った凪海だった。
串本港へ入ったのは今回が初めてだし、英虞湾も初めて。助っ人とは言え、添乗させてもらってスキルアップできた。

英虞湾~大王埼の間に布施田水道という難所がある。この水道は先の周航時にはオッソロしくて通れなかった。大きく水道を東側に迂回して通過したのだった。
が、今回はこの海に詳しい前川どんが檜扇荘から添乗してくれていて、氏の水先案内のもと、堂々と水道の迷路をやっつけた。
で、次回は独りでも通れるか?
アカン!そりゃ無理ですわ!デッタイに無理!

御前崎の御前岩灯台の暗礁も、これはネプどんのテリトリーだから、堂々と暗礁を縫って走った。
が、後で聞くと、ネプどんはオッカナビックリだったらしい。
ネプチューンⅤのGPSプロッター画面には、以前のここでの航跡は無い。なにせこの艇で、ここを走るのは初めてだもの。で、ネプどんは、このあたりなら大丈夫かななぁ~って感じで暗礁の上を走ったとか。「怖かった!」と小声で本音を吐きおった。
それ聞いて、“オォ~怖わ~”とあらためてわしゃビビッた。

あぁ~ネプ写真CDが待ち遠しい。


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2007年5月30日 (水)

なにして遊ぼうかなぁ

今日は何して遊びましょうかねぇ~、
隠居業ってのは、基本的には達者で機嫌よく遊び暮らすこと…、
若い衆らの邪魔をせずにね、
違いますか?

違いまっせ!
年寄りは、そこに居るだけで邪魔なんや!

どうしましょうかねぇ~、切ない日々ですなぁ~、

昨日、魚釣りからの帰路、友人OM宅へ立ち寄り少し釣果を届けたとき、彼は、
「…先日集まった同期の者等30数名中で4人がまだ働いていた。残りのやつらは毎日何しとるのやろ?俺、何もすることがない」と、ぼやいておった。
無いどころじゃない!
彼、未だに“1冊/日、読破”の荒行を続けている。
だけんじょ、終日部屋に閉じこもりひたすら本を読むだけってのは、かみさんからすれば、あるいは耐え難い苦痛・邪魔かもね。
居続けズズイ、さぁどうする!

わたし、
昨日は終日沖へ出て魚釣りした。伊保30番という名の瀬にアンカー掛けて、ガシラ釣りした。帰ってきて尺八「火吹き」を吹いて明暗本曲の稽古をした。
あぁ、「火吹き」は大二郎どんが数日前に「これやるから吹いてみろ、火吹き竹じゃ」といって届けてくれた尺八です。彼の言葉の“火吹き”をこの竹の名前にしたわけですよ。彼は「もっと他に良い名はありまへんか?」と言うが、ありまへん。

単管〇どんの今日のブログ「先輩の引退」に“年老いて尺八吹くのを止める”話が出ていた。
わたし、よ~くわかります。
まず、
沖へ魚釣りに出る気力が、体力が、無くなる日がくるだろうと思う。
で、寝たきりになるかも。
そのときに備えて「メダカ釣り」の研究をした。
メダカ鉢を枕元に置いて眺め暮らすつもり。時には爪楊枝削った竿で鉢のメダカを釣って遊ぶつもり。
次に、尺八だが、
「天雷」や「ポン太」を手にするのはもう無理だろう。出来れば体力気力が落ちても吹ける息の楽な細目の素直な尺八が欲しかった。そこへ願っても無い「火吹き」がやってきた。
うれしいです。
Hifuki3
Hifuki1
Hifuki2
ペリーどん、見ておくれ、これが“火吹き”ですわ。音はもうしばらく慣れてから音源アップします。ペリー式脱落腹で吹きますよ。だがこの奏法は火吹きとわたしが腹を割った付き合いが出来るようにならんとデケン。今少し時間をください。
完全無垢な二股またぎ。1穴~2穴、3穴~4穴、の間に節がある8節の地無し延べ管・1尺8寸。生まれは丹波篠山の古道具屋。これに大二郎どんが唄口と調律と漆を1回掛けたワンオフの珍品。


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2007年5月29日 (火)

ご馳走

世の中で一番ウマイものはやはり酒じゃなかろうか。飲んで美味しいし、飲むほどに酔っぱらい、天国に住まうことができるのもすばらしい。
で、酒好きな者が、二番目三番目にウマイ物を言うときは、どうしても酒の肴のなかから選ぶことになるが、下戸(げこ・酒キライな者)君らにはいかがなものか?

志摩半島英虞湾最奥に檜扇荘という純海洋型の高級料亭があって、周辺のプレジャーボート族らの贅沢を引き受けている。
平安時代の寝殿造りか神社祭殿かと見紛う総檜造りのしょうしゃな建物が海へ向かって檜のポンツーンを延ばし出していた。
スッゲ~ご馳走だった。サシミが美味しかった。色々な種類のサシミがあった。魚介料理のオンパレード。
ネプチューンⅤが播磨灘から~御前崎への回航されるのを知ったご当地のネット仲間(プレジャーボートの魚釣り仲間)等が、英虞湾沖でネプチューンを待ち構えここへ拉致し来たったのである。

ワイワイ騒ぎ、楽しく会食した。
料理は食べ切れなかった。サシミってのは残ると無残である。ことに姿造りは…。
サシミってのは元来味が微妙な分、量を過ごすと簡単に食い飽きるって傾向があるし…。


そのままここに一泊した。風呂も総檜造りだった。朝食は出港時に握り飯3ケを手渡された。
お会計14,500円。
わたし虫歯の治療中で奥歯が痛かった。
贅沢でゲショウ~、なんとわたしはこのスッゲェご馳走を前歯で食べた。


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2007年5月28日 (月)

火吹き

本日(5月28日)午後3時半、回航を終え、無事自宅へ帰還。
御前崎~新幹線掛川の間は、潮溜まりの会のアイドル・ケイコちゃんが車で送ってくれた。
掛川~新幹線新神戸~神戸市営地下鉄三ノ宮~ジュンク本屋で立ち読み~神姫バス~自宅。
アキどんと終始一緒です。で、不倫の間がなかった。
マジメですなぁ~、今日は酒はあまり飲まなかったし、あぁ、今晩のことは責任持たんがね、

ネプチューンⅤ回航時の、出港後ブログは、すべて携帯電話のメール機能を使って打ったものだ。言葉足らずでもどかしかった。で、これから思いつくまま補足したいと思っている。

が、しかし、
今は、“火吹き”の話をしたい。
先に1尺9寸管「天雷」を送ってくれた大二郎どん(実は同窓生)が、最近のわたしのブログを観ていてイライラしたらしい。帰宅してみると、彼から名管(1尺8寸管)が1本届いていた。添え状があって、
「ネプチューン回航成功を祈念して『節またぎ火吹き竹』を進呈いたしましょう」とある。
8節管だ。3穴と4穴との間に節がある。
両手で押し頂いた後、さっそく吹いてみた。正真正銘の名管である。古管だ。唄口が新たに整えてある。金縁の水牛。調律をしたとあるがすばらしく整っている。甲「ウ」や「イ」などなどが苦もなく出る。赤漆が掛かっている。1回だけかけたとある。唄口も調律も漆も氏の手になるものだろうか。氏の親しい知人に名の知られたプロ製管師があるが、その方の息も入っているような気がする。

尺八の長さはどこからどこまで測るのだろう。
管はかすかに反っているが、
表側の管尻から~唄口の真ん中の最もエグレた部分までを測ると、
長年使っていた6節「美仙」は、……54センチ1ミリ、
今回貰った8節「火吹き」は、………54センチ6ミリ半、
悩み吹いていた5節「ポン太」は、…54センチ7ミリ、

「火吹き」は、「ポン太」と同寸とみて良いわけだが、吹くと、ピッチがだいぶ違う。
明らかに「火吹き」が高い。
「美仙」が442近いピッチ、「火吹き」は440、「ポン太」は338(?)くらいかなって感じ。

「火吹き」の音色だが、完全に地無し延べ管です。加えて「ポン太」には無いバランスがある。やや細い竹で、息が楽だ。
管尻の穴の大きさだが、「ポン太」はわたしの人差し指がスポッと入る。「火吹き」には第一関節しか入らない。穴を覗くと節がまだ残って見える。
色合いが使い込んだ竹特有のもの。素朴な音。

オイオイ、大二郎どんよ!これってスッゲェ~値打ち物でっせ!!貴兄の財産だよ!手放してしまっていいのかよォ~!!
「押入れ奥に突っ込んであったのを思い出して取り出したのだ」ともあるが、そんなこたぁ~なかろう。床の間に威張っていた竹じゃなかろうか。
“人は死ぬが楽器は死なない”と聞いたことがある。
楽器を大切にしなさいという戒めの言葉だと承知していたが、まさかこのような名管が押入れ奥(?)からわたしの手元にやってくるとは思わなかった。
大二郎どんありがとう。「火吹き」確かにお預かりしました。大切にいたしますよ。
本日から、「火吹き」を相手に稽古です。

「ポン太」は色々なことを教えてくれた。
とても良い勉強が出来た。
初手から「火吹き」のような管を手にしていたら、とうてい気付かなかったであろう重大事を彼は教えてくれた。
両手で押し頂いて感謝・礼拝。

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御前崎

回航を終えたネプチューンⅤは、今日午後、御前崎造船に上架し約2か月かけて艤装にかかることになる。
助っ人添乗のアキどんとわたし波平は今日播磨へ帰る。
昨晩は懐かしの仲間・潮溜まりの会の面々と杯を酌み交わした。
御前崎市白羽、大成工業が潮溜まりの本丸。
来月メンバーの一人ヤイコウノどんはヨットで日本一周の旅に出る。

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2007年5月27日 (日)

ネプチューン回航

御前崎入港、御前崎造船前に繋留完了。御前岩あたりが突風もどきの強風だった。波しぶきが殴りかかるなかの入港だった。
船着け場に仲間等が待ち構えていた。

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ネプチューン回航

御前崎まであと8マイル。波が御前崎のそれになってきた。ここは相模湾から沖へ出る潮と遠州灘の潮とがぶっかり特有のシケ波が立つ。今、オモリの瀬上を通過中。過ぎると最後の難所御前岩の危険岩礁海域だ。御前崎マリーナはもう目の前である。

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ネプチューン回航

少し金洲ノ瀬を解説、
東西20マイル、南北10マイルの長方形でかこわれた海域が金洲を覆っていて、その内の西側3分2は年中禁漁残る3分1が一定条件下、期間を限り解禁される。今は200メートル以浅が魚種を限り解禁中。カンパチなどが狙い目。

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ネプチューン回航

浜名湖沖17マイル。進行方位72度、21ノット。御前崎まで32マイル。水深900メートル。絶好調。
ちなみに、
金洲ノ瀬は御前崎の真南約18マイル。

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ネプチューン回航

伊良湖水道遥か沖、渥美半島先端遥か沖、視界3マイル。

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ネプチューン回航

大王埼クリア、これより遠州灘。凪。20ノット。視界1マイル。快調。

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ネプチューン回航

布施田水道通過中、今回航海の最大難所。檜扇から前川どんが助っ人に加わり水路案内してくれている。

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ネプチューン回航

6時檜扇莊ポンツーンのモヤイを解いた。深谷水道を抜けたかったが干潮時だ。断念。さぁまた熊野灘。
予報では御前崎は波高かし、

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2007年5月26日 (土)

ネプチューン回航

英虞湾沖。遊凪丸の出迎えを受けた。これから英虞湾へ入る。白波消ゆ。

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ネプチューン回航

九鬼浦沖を北東40度に航行中。追波2メートル弱。22ノット、

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ネプチューン回航

英虞湾は最奥の檜扇莊の浮き桟橋へ向かっている。湾外沖で遊凪丸と出逢い、同船の誘導を得て湾内へ入る予定。今夕は酒・肴でドンチャカチャ!

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ネプチューン回航

串本出港、熊野灘航行中。小波、白波チラホラ。23ノット。英虞湾をめざす。

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ネプチューン回航

串本へ入港、燃料補給235リットル。いまいちど点検。異常無し。暫時休憩。

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ネプチューン回航

第一トラブル発生。
アラーム音響く。エンジンを止め、点検す。前オーナーへ携帯電話照会。配線の緩みか?
回復す。
今、周参見沖通過。伴走テイと別れる。近海で135キロのカジキ揚がるとの報傍受す。串本で燃料補給の予定、

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ネプチューン回航

椿沖通過、

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ネプチューン回航

友ヶ島水道通過、紀伊水道を日ノ御岬へ向け航行中。凪。

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ネプチューン回航

大阪湾ど真ん中を友ヶ島水道へ向け南行中。

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ネプチューン回航9

出港した。
視界1マイル。二見沖を明石海峡へ向け24ノットで航行中。凪。

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ネプチューンⅤ回航 その8

5月26日(土)午前」4時起床。
ただし、ダイ(飼い犬)は未だ大イビキの中。私だけ起床。ネプどんも寝床の中。
これから、出港準備にかかる。ここわたしの自宅から播磨マリーナまで車で40分ほどかかる。
まず、顔を洗って昨夜の深酒を取ろう。大丈夫もう酔いは残っていない。
昨日はヨシ〇・バク・アキ・ネプ・波平がわが家で前祝いをやった。

マリーナを6時前には出港の構えだ。
これ以後は、ライブで艇上(ネプチューンⅤ)から、携帯電話で直のブログ打ち込みとなる。

按じていた低気圧は今のところ予報とおりの動きのようだ。
大丈夫出港できるだろう。
行ってきまぁ~す!

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2007年5月25日 (金)

ネプチューンⅤ回航 その7

今度は魚釣りの話。
ネプチューンⅤ回航の話。

さて、今日午後、ネプチューンⅤの新たなオーナーネプどんが、御前崎から播磨へ、艇回航のためにやってくる。
で、明日、回航助っ人に、アキどんとわたし波平が加わり、回航本番に突入の構えだ。
万一の場合を考え、南紀・周参見までバグース艇が伴走する。
播磨マリーナから→ 御前崎マリナへの回航、

途中、鳥羽周辺に跋扈の海賊(遊凪丸・海の仲間)らが、大王崎周辺海域までデバッテ来て、ネプチューンⅤを迫撃の構えらしい。
で、彼らと、英虞湾で一戦を交えるつもり。暫時上陸し酒杯を交わそうって魂胆だ。
で、で、沈没などがなければ、27日午後御前崎へ到着の予定。

ネプチューンⅤの成り立ちを紹介しよう。
ネプ艇は、日本海の鳥取の遊漁船・第二海佐知丸というのが元服前の幼名である。
船長は松田さん(鳥取県 鳥取市相生町4-404・電話090-8991-5638)
播磨マリーナまではこの松どんが回航した。マリーナで彼に出会って少し話をしたがオモロそうな兄ちゃんだった。

たった今、ネプどんから連絡が入った。
明日の予想天気図のヨミについてわたしとの相互認識調整。
認識一致。レッツゴーの信号弾を打ち上げた。
さぁ~いよいよ本番へ入る。

明日の海況だが、
今の天気予報がそのまま推移すれば、潮岬は大波ではあろうが充分に回航可能である。
が、もし、奥尻島から仙台付近にかけて中心を持つ低気圧が、西方海上への移動を渋れば、潮岬越えは不可能。この場合は周参見止まり(停泊)になる。海賊等との一戦も出来なくなる。もっとも、海賊等も海況悪化の中では大王崎まで出て来れんだろう。伊良湖水道はこれまた荒い海で知られたところだ。

予報天気図は3時間ごとに改まる。
回航決行かドタキャンか、3時間ごとに右往左往することになるが、今のところ8割方決行へと傾いている。
雨が降っている。
寒冷前線がここ三木の上空を今通過中である。
この低気圧(994hp)の中心は、くしくも日本海・鳥取の沖にある。


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彼岸住まい

尺八の話です。

わたし、
もう此岸から彼岸へ渡っている。いま居るのはかつての地から見れば彼岸だってこと。
ポン太をカリ吹きし、なんとか440へ持ってゆこうとして、“ダメだこりゃ”となったのだった。
で、ポン太はポン太として、師匠との吹き合わせには美仙を用いようと思い、美仙を試し吹きすると、これがどうしたことか鳴らないのだよなぁ。新式会得の脱落吹きでは鳴らないわけです。なんとしてもダメ。

明暗に取り掛かった際、キヨちゃんから半年間の三曲合奏稽古のお休みをもらったのだった。
もし、お休みをもらわずに、明暗をはじめていたらこりゃオオゴトだったかも。
わたし、即座に美仙で吹くのを中止した。そしてポン太をプウプウ吹いた。ポン太はすぐに鳴ります。

音楽の原点は、そこらに転がっている空き缶でも木片でもとにかく手にとって叩いて音を出してみることから、あるいは何かに息を吹きかけて音を出すことからであったに違いない。そこに音階やピッチなんかがあったわけではない。明暗の本曲はこの原点に近いところにある。これはわかる。わたしにとって明暗への入門は、いわゆる出家に近い気持ちのなかでのこと。迷いなんかありません。ポン太を吹きます。

ポン太は師匠のその又師匠筋から貸し与えられた稽古竹です。わたし用の竹が見つかったら返却します。そういう縁です。
師匠は、わたし用のポン太モドキを製管師に製作を命じたらしい。
2~3か月後に数本候補竹が届けられてくることになっとるようだ。師匠はポン太とでは連管しにくいことを知っている。
わたし、貧乏だから、いくらほどの値がするのかビクビクしているけれど、これを待っている。節の数や、歌口造りや姿かたちはどうでもよろしいから、何せ値の安い“地なし延べ管”がよろしいと師匠にお願いしてある。

都山流の凝った竹(尺八)は最近百万円を越えているようですね。
が、明暗の竹は桁安みたい。
私はゼロの付かないウン万円以下で求めようと思う。できれば2~3万円。
きっと、音は不揃いだと思う。が、これで音作りするつもりだ。音階も、ピッチもメチャクチャでも平気で吹くつもり。いまはその修行途中。
440らしき音が耳に残っていて気が悪いことではあるが、今は、ポン太の面倒をどうするかが課題。
ペリーどん、わたしに迷いはござらんよ!

こんな初手からヘタッテどうする!
わしゃもう彼岸の幻じゃでな!
棺おけに、残る片足も入れつつあるところじゃわい。

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2007年5月24日 (木)

蜘蛛の糸 (ネプツーンⅤ回航 その6)

わが家は、先の阪神淡路大震災の際、家が少しねじれゆがんだようである。
で、3年前、老年夫婦用にリホームしたが、その際オール電化方式に改めた。

ついさっき、そのオール電化の調理台にヤカンをのせ湯を沸かそうとした。
スイッチ・オン。
と、ヤカンのフチに小さなハエ取り蜘蛛が1匹見えた。
「こやつコゲよるぞ、オモロイ!」

ギクッ!
ヤカンを調理台から外した。スイッチオンから未だ3秒とは経っていない。
蜘蛛はヤカンから糸を引いて無事下界へ垂れ下った。

ネプどん!
大丈夫じゃ!
わしゃ、今朝、お釈迦さんに下駄預けた。


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隠居商売繁盛中

30数年前にお亡くなりになった三弦合奏の師匠・美也先生が端然と三弦構えて座敷に座っておられる。
わたしはその前で尺八を吹こうとするのだけれど、寝布団が身体に寄りかかって邪魔になる。布団を向こう側へ押しやるが、なぜか知らんがまた布団が寄りかかる。譜面台が倒れる。譜面を畳に直置きするが真っ直ぐにならん。「八重衣」の譜面だ。部屋が暗い。電気を灯そうとするが配線が千切れているらしい。

うなされて目が覚めた。
右奥歯が痛い。実は左下奥歯が昨日から虫歯治療中で、昨晩はもっぱら右側だけで食事をしたのだった。どうやら右側にも虫歯があったみたい。耐えられない痛さではないが鈍痛がある。
5時前、もう外は明るい。飼い犬2人(?)と朝の散歩。燃えるゴミの回収日でゴミ出し。コップに水道水をくみ2杯ゴクゴク飲む。歯には沁みなかった。新聞。

…で、こうして、今、パソコン前に座り、スイッチオンしたところ。

ペリーどんが今日もコメントくれていた。
まずこれを読む。おっしゃるとおりだ。氏にはわたしの動静が見え見えらしい。
「感情を込めようとしたときに、より力を抜くことで、より体力を動員するような方向があるだろうと思います」とある。
まさにここが脱力吹きの真骨頂。

ヨ~ク、ヨ~ク反省してみれば、以前から、らくらく上手に吹けたときは、自然と脱力的になっとったような気がする。
そして、氏から脱力・脱力といわれて、今回意識してそうしてみると…、
曲趣が意識して吹く際以上に鮮やかに出てくことに気が付いた。この曲について、わたしの頭に、このような理解があったのかしら?と、ある種キツネにつままれたような心地がした。
ところで、
氏が言う「…より体力を動員するような方向…」の“体力”とはなんだろう?
チカラコブ的な体力じゃなく、ふんわりした気力のことではあるまいか。
ウン!とかヤッ!とかの掛け声かける、いわゆる便秘ウンコ押し出し型の体力と、氏が、コメントでいう“体力”とは別じゃないか?

ポン太が440や442には不適合な竹であることは納得できた。
で、ポン太に似合った音で稽古をしようとしているが、これが夜中ウナサレの元凶であるように思われる。身体に440の音がだいぶ沁み込んでいるみたい。これが免疫的に働いて、ポン太の受け入れを阻む。

貫徹音のこと、わたしには判る、理解できる。
が、いまいち、これに徹して吹くことに体が反応しきれない。免疫が邪魔をする。
この音で美也先生の前へ出たら、先生は三弦を膝から下ろし、壁に立てかけた調律済みの箏の弦を相手に独り稽古するがよろしいと言うだろう。先生は、普段、調律笛は用いなかった。自分の身体の中にその笛を持っていて、即座に弦を調律した。先生が合奏相手に竹を吹かせて音を取るのは、その合奏相手の律が狂っていて、その狂いに合わせる必要があるからであった。

先生の三弦をわたしが抱えもって、先生と二人で、某所某所に出かけたことが幾たびかある。電車内で先生は座席に座る。わたしはその前につり革をもって立っている。先生が小声で口三味線を始める。わたしがこれまた小声で尺八譜をつぶやく。合奏だ。これが実に楽しかった。およそ40年も昔のことだ。ふと気が付くと側の人が奇妙な顔で二人を見ていたりしたものだ。

先生が体調を崩し、お亡くなりになり、その後30数年空白があって、数年前から細々とまた尺八に触るようになったのだった。幾本も持っていた尺八だったが、割れたり虫食いにやられたりで、まともに残ったのは1本だけ。1尺8寸管・美仙だ。
美仙をもって、キヨちゃんとの合奏を楽しむようになって未だ2年あまり。これ吹いて昔の残響を思い出すのが楽しみだった。
これじゃイカン!と、一念発起。キヨちゃんに半年間合奏稽古のお休みをもらい、明暗に入門。そして、今、2か月が経った。
今、ネット上の交流ながら、すばらしい方々からの指導の中にある。
夢に美也先生が出てきて指導をしてくれた。
正直いって、頭の中はゴッチャゴッチャになっている。
ゴッチャゴッチャながら、今日も稽古に精をだすつもりだ。
苦しいか?
アホな!これが本当の楽しみなんじゃわい!
わしゃ、そういう年になっとる。
隠居商売繁盛してまっせ!

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2007年5月23日 (水)

トロトロガンドウ

Nepu_003
小馬 徹(コンマトオル)という方がおられる。団塊の世代。神奈川大学人間科学部教授。カッパ研究の第一人者。同大学内の日本常民文化研究所の所員であって、正統派の民族学者。このたび同大学院歴史民族資料学研究所から「渋江公昭家文書目録(二)」を出版された。
カッパの研究書だ。すでに「同書…(一)」は2年前に出版済み。

“カッパの研究書”と言ったが、実はそんなひとことで片付け得るヤワナものではない。これはエポックメーキングな巨書。ページ数も多いが、本が分厚いって意味じゃない。内容が巨大だということ。わたしに読み通せるような生半可なものじゃない。だが、せっかく先生が贈ってくれたのだ。必死に読まないでなんとしょ。
だが、哀しいなぁ~、ぼかぁ~アホだ。必死になったからって読めるものじゃないよなぁ~。
ほんの少ししか判らないが、こりゃただものではないということだけは判る。

日本の民俗学の先駆者のなかに渋沢敬三という方が居る。彼がアンチックミュージーアムを創った。これが発展して神奈川大学の日本常民文化研究所になった。小馬先生はそこの教授。
ところで、渋沢敬三は「日本魚名集覧」や「日本釣魚技術史小考」の著者である。これは、わたし、おもしろがって昔読んだ。今でも書棚に置いていて時々開き見る。彼はメダカの方言の調査なんかもやっていて2795も集めた。わたしのメダカ好きはこういうところからもきている。
で、
渋沢敬三、→ アンチックミュージーアム、→ 日本常民文化研究所
の構図が頭にあったところへ、興味のあるカッパが出てきて、小馬先生との細い糸がつながった。

さて、“カッパ”の話をしよう。
カッパは今では全国に散らばっていて、血統も定かでないあやふやなのが多いが、その純血種は代々渋江家子飼いのカッパであったらしい。学問的に詳細な考証をへて更に検証を深めつつあるのが、この「渋江公昭家文書目録」なのだ。
内容、知りたいですか?
少しだけお話ししましょうか?
渋江家は万葉の大昔から水神様を氏神として祀っていて、「天地元水神」というのだが、カッパがこの水神様と関わっているって話ですわ。
なに?もっと知りたいってですか?
カッパ本人に聞きなはれ、本人に聞くのが又聞きするよりオモロイかも。
ついでに、これも紹介しようかな、
わたしの調査です。

祈りの文句がありますよ、
トロトロガンドウ、トロトロガンドウ、オン・アビラウンク・ハン!
<意訳>(これ、学問外のウワサだよ)
とろり淀んだ川の淵、とろり淀んだ川の淵、あぁ、大日如来様、帰依したてまつる、

ネプどん、カッパを祀ってから出港しようね、

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玉下駄

わたしの左手の指は、
なんでか知らんが中指・薬指・小指の三本が一緒にしか動かない。親指もこれに連動したがる。3本+親指=4本がある種ひとかたまりってこと。人差し指だけは別だけどね。
右手の指は、
大丈夫だ。5本がバラバラに言うことを聞く。

で、工夫して、
達者な方の右手で3つの穴を開け閉めし、具合の悪い左手で2つの穴を開け閉めさせている。通常人からすると逆手使いになりますよね。
(通常、尺八を持ち構える際は、右手を管尻側(下側)に、左手を頭側(上側)にする)

が、ここで難儀なのは、管尻側(下側)を受け持つ手は、その中指と親指で管(尺八)を支え持つ役があることだ。
冒頭の事情があるから、中指と親指を尺八支えに専念させると第1番目の穴にあてがわれた薬指が動かなくなる。逆に言うと、薬指を動かして「ツ」の音を出す際は、中指も薬指に連動して尺八から離れ、宙に浮いているってこと。実際は、他の手空きの指らがこぞってなんとか尺八を支え持つことになる。「レ」音は特にやっかいだ、顎も、当然この際は尺八支えに一役買う。

問題は、これはクセじゃないってこと。試しに左手中指を右手で握って固定すると、握られた左手の小指・薬指・親指は固まって動かない。なんでやろ?難儀でっせ!
きっと脳神経のどこかが狂っているのだと思う。子供の頃からですわ。わたし指を折って数えることは出来ません。

わたし、このような状況下で尺八を吹いている。
でも、慣れってのがある。なんとかかんとか尺八吹けるもんね。
さぁ~て、
今回の“※ペリー尺八講座”、どうやってクリアーしたものか、
キーワードは“貫徹音”。
(※右サイドバー、バイオリズムに寄せられた氏のコメントの意)

でもスゴイナ!
ペリーどんは千里眼か?
よくそこまでわたしの吹き振りが見通せるものだ!
世の中にはオッソロシイ人が居る、玉下駄タマゲタ!!


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2007年5月22日 (火)

ネプチューンⅤ回航 その5

Nepu6
本日午後1時40分、ネプチューンⅤは前オーナの手によって無事播磨マリーナに着いた。待ち構えたヨシ〇の誘導によってポンツーン適所に繋留完了。
わたしは、所用があって、小豆島近海を航行中との連絡を受けて後、三木の自宅を出てマリーナへ向かった。
(この日マリーナは休業日だった。なお、艇名はこれから書き換える)

この艇は日本海鳥取のジギング遊漁船であったそうな。オーナーが次の艇に乗り換えるにつき売りに出したみたい。それを御前崎のネプどんが買い取った。
主要装備は、ほとんど前オーナーが取り外し、次の艇に載せ変えたみたい。
アンカーもアンカーロープも、無線も、その他細かなあれこれも取り外してあった。
凪いだ海だったとはいえ、鳥取からここ播磨まで、アンカーもアンカーロープも積まずにやって来たとは驚きだ。これから急きょそれらを積み込むことになる。

細っそりした軽そうな艇だ。これなら燃費は良いだろう。長期間の外洋クルーズ艇じゃない。日帰りコースの近場の釣り船。イケスもしっかりあって、魚釣りには最適であろう。効きの良さそうなスパンカーが付いている。

出来ればバウスラスターを追加装備したいが、それは舵効きを確かめてからでよい。
ネプどんはこれで金洲・銭洲までへも釣行するつもりらしい。
なら、ライフラフト(本格的救命艇)を積み込んだほうが良い。アウトリガーが付いてない。これも駿河湾や遠州灘・相模灘では必需品かも。衛星イーパーブも欲しい。
あれもほしい、これも欲しい…、ネプどんはお金持ちだから、そのうちに艇はオイランの簪(かんざし)様に装備満載でキンキラキンになるのじゃないか。

台風2号が発生している。が、これは本州周辺海域には影響なさそうだ。
26日に御前崎へ向けて出港の予定だが、天候が思わしくない。1日順延せねばならんかも。
細身の軽ァ~るい船だ。気合が入った流速7ノット超の鳴門の大渦には勝てないだろう。もし25日出港となら、やはり明石海峡→友が島水道のコースだ。


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バイオリズム

あぁ忙しい、今度は尺八の話。

サイドバーにアップしていた音源をこのたび思い切って全部削除した。未熟が身に沁みて判るようになって、アップが耐え難くなった。
順次新たにアップしなおすつもりだが、いつのことになるやら。
ただし、
本欄中にアップしていたものはそのまま温存する。これは自分自身の歴史であるから削除云々の対象とはなり得ない。良くも悪しくもこの延長上にわしゃ生きている。

尺八は単なる趣味のひとつとして細々やっていた。
が、ここへきて、尺八がこんなに難しいとは思わなかった。
目の前に巨大な壁が立ちはだかっている。

脱力吹きのあり様をペリーどんに試聴して欲しくて、恥ずかしながら「朧月夜」を本欄中にアップしたが、実際のところ、自分で聴いて呆れている。
なんて軽薄なのだろう。
なんて隙だらけで薄べったいのだろう。
まるで俺そのもやないけぇ~、

平成10年に始めてノートパソコン買ってホームページを立ち上げた。
だぁ~れも閲覧者がなかった。日記代わりに思いのあれこれをメモッっていた。内緒の日記じゃない。たてまえ上は公開の日記である。これを閲覧する自分も、また他人。ここに意義を見つけていた。
尺八でも試してみた。録音しアップして聴きなおすのだ。
が、しかし、
最近は閲覧してくださる方があって。以前のような平気では居られなくなった。

毎日毎日厭きもせずに「瀧落し」を吹いている。
音程がバラバラになったような気がすると、童謡唱歌を吹いてみる。
「瀧落し」⇔「童謡唱歌」の繰り返し、 
ぜんぜん上達しない。
上手に吹こうと思わない。腹から力を抜いてらくらくと吹きたいがこれができない。どうしても力が抜けきらない。アップの「朧月夜」は6分の脱力。あと4分が抜けない。シッカリやってもあと1年はかかるような気がする。

バイオリズムは低位にある。

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ネプチューンⅤ回航 その4

週間予想天気図は回航予定日が近づくにつれ時々刻々変化し、その正確さを増しつつある。残念ながら今朝の情報からは26・27日の回航は無理であろう。28・29日へ順延した方が良い。

当のネプチューンⅤは、
昨日早朝午前2時に鳥取港を出港し、→ 関門海峡をくぐり入り、→ 山口県徳山湾・徳山港へ午後3時入港した。
操船は前オーナー(遊漁専業漁師)。さすがにプロだ。素人プレジャーボート族にはこの港への入港・繋留は難しい。徳山港内の下松(くだまつ)漁港に入ったのだと思うが詳しくはわからない。現地に知識がなければ入り辛い港だ。小島が多く水路が入り組み大型船の運航が頻繁。全体としては工業港との印象が濃い。ただし、入り組み、水深が深く、天然の良港といって良さそう。

徳山港から~播磨マリーナは、瀬戸内海に散らばる島々の間を縫っての航海になる。その実距離約170マイルか。今日は凪いでいる。23ノット前後で走れそう。割り算すると、7時間半でマリーナ着だろう。昨日同様午前2時出港なら10時頃に、6時出港なら午後2時には到着するかも。

艇燃料タンクは600㍑(ドラム缶3本分)。20ノット走行時で35㍑/h。23ノットなら41㍑/hだという。これは43Ft艇としては驚異的性能である。ちなみにわたしの愛艇「はまちどり」(28Ft)は、それぞれプラス10㍑は多く食う。
で、例のビビリ根性で判断して、この標榜性能はマユツバだと思う。ネプチューン艇長・ネプどんはこの性能を鵜呑みにして艇購入に踏み切ったのであったが、大丈夫かいな???
ネプどんは播磨マリーナから~英虞湾までの約180マイルを途中給油無しで一気に走るつもりらしいが、わたしは、添乗航海長としては賛同できかねる。燃料タンク600リットルを満杯にして出港しても、内400リットルを実使用可能量と読む(※)。で、凪いだ海を毎時23ノットで走ったら、50㍑/hとわたしは読む。
180÷23×50=391㍑ ……予備が9リットルしかない。
燃料切れ遭難の危険がある。途中の海が絶対に凪いでいる保障はどこにもない。少し時化れば燃料消費化量があっという間に増える。周参見漁港で150㍑補給する必要がある。
(※燃料タンク内底には長年使用の間に水滴が溜まり層を成していることがある。これを除去したとは聴いていない。ネプチューンⅤはH9年建造艇。またデェーゼル機関はエアーを噛むと途端に停止する。波で艇が傾いた時、タンク内のアブラが偏りし、結果燃料パイプにエアーを噛むことがあり得る。また燃料取り入れパイプ口は通常タンクの底からだいぶ上に付けてある等などのことがあって、用心のために600内の400が使用可能と読むわけだ。タンク内の状況がシッカリ把握できるようになったら、あるいは500まで可能としてもよかろうか)

完全装備前の購入したばかりの艇の回航は、航海関係機器が未整備でもあり、不慣れなこともあり、また艇のクセも判らず、それなりに危険である。播磨マリーナで暫時必要最低限の整備・点検を施す必要がある。
潮岬・大王崎越えの、枯れ木灘・熊野灘・遠州灘は小型艇には危険度の高い海域である。鳥取~瀬戸内海~播磨の間の海域の比ではない。…と、心得て対応する。

沖で遭難し援助を請うなんぞはイヤだからなぁ~。これも生きていたらの話だぜ!

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2007年5月21日 (月)

脱力吹き 試行その1

脱力吹きの要諦は、うまく吹けても吹けなくても、構わずに吹き飛ばすにあると心得て、気ままに吹きます。
唱歌ですが、「朧月夜」の勝手吹き。

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ネプチューⅤ回航 その3

ウーン、微妙ですねぇ~、
今週末26日に播磨マリーナを出港→紀伊半島を周り→御前崎まで回航。
播磨灘→大阪湾→紀伊水道→枯れ木灘→熊野灘→遠州灘を走る。約260マイル。
週間予想天気図を観ております。

<通信>
回航するだけだ、沿岸遥か沖合を走るわけじゃない。沖へ出ても5マイル程度。これならドコモムーバー携帯が通じる。だがフォーマ仕様の携帯は通じにくい。
わたしは、同じ携帯番号でムーバとフォーマの二つを常時持参している。暫時切り替えて使う。
あぁマリンVHFは常時傍聴していた方がよろしい。霧中航海の際は特に。海上保安庁からの情報や近辺本船からの連絡がここに入る。
だが、マリンVHFは通話可能域が狭い。ここは無線でカバーする。ネプチューⅤに無線装備あるのかな?

<周航の要諦は>
“ビビリ”と、“用心”でしょうね。
日和待ちが基本です。
わたし、メッチャ・ビビリですよ。ベタ凪でも救命胴衣を着けている。船酔いなんかしないけれど、それでも船酔い止の薬を持っている。最低2リットルの真水を持参。加えて出港前にはシッカリ水を飲んでからでないと沖へは出ません。
あぁ、満タンで出港。これ遠出の際の基本中の基本。ツイつい油断するのがこれですよ。あそこまでなら充分だろうと思う。これが非常にアブナイ。

<尺八の話>
ペリーどんのピッチと音程の話はおもしろいねぇ。
特にピッチがおもしろい。
これがドの音だと思っていても、実はピッチが違えばレだったりするわけだ。
赤だと思っていても、他の人はそれを黄色だと観たりする…ことだってあり得るわけだ。
親切に接したつもりでも、相手側は、気が悪かったり、腹立たしかったりするわけだ。
まだこの世に居るつもりだが、ひょっとしたらもう死んであの世に移っていて、いつの間にか彼岸を越えていたりするかもしれないわけだ。
今現在は、今日だとおもっていても、実は昨日であったり、明日であったりするかもしれないわけだ。なんじゃそれ!さっぱり分けがわからんぞい!

わたし、音楽のことほとんどナァ~ンも知りません。
コンサートなんて聴きに行ったことこれまでに一度もない。音楽のレコード・CDはひとつも持っていない。カラオケも石原裕次郎以外ダメ。童謡唱歌なら少しは歌えるかも。
と、そのわたしが、なんと不思議なことに尺八を吹くわけだ。
ペリーどんに色々教わって、世界が少し変わったみたい。
「ほうかぁ~、わっしゃ音楽やっとるってことかぁ~、へぇ~、呆れた!」ってね。

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2007年5月20日 (日)

釣果

Dscf0003
カレイは39センチでした。4枚カレイを釣ったけれど、これが一番大きい。写真のがそれです。上身をサシミに造って2皿に盛り付けたところ。皿の方がわが家の分。もうひとつはお隣へおすそ分け。
ガシラが釣れていますねぇ。写真には写っていないけれど、このほかにもキスやアナゴがゴチャゴチャ釣れている。めずらしくアイナメが釣れなかったなぁ。

尺八の稽古はどうしたかって?
帰ってきて、すぐに音出ししましたよ。とにもかくにも、少しだけでも、音出ししておかないと、せっかく掴みかけた勘が消えてしまう。
「調子」「一二三」「鉢返し」「瀧落し」をやって、脱落腹を鍛え、音のバランスを確かめるために、簡単な童謡唱歌を幾つか吹きます。

それから、風呂に入って、風呂から出てきたら、写真の料理が出来ておった。
良く出来たヨメでしょう。
ここまで仕込むのに40年近くかかったからなぁ~、

アッハッハ(大笑い)、
でも、よォーく考えれば、ヨメはんより、尺八との付き合いの方が長いです。
途中40年ほど頓挫期間があったけどね。
この点、ヨメはんとは頓挫なしですわ。
彼女、最近は尺八のことを「ジャカマシイ!!!!」って言わなくなった。
わたしの真剣さ見て、変なこと言ったらヤバイと思ったのかな?

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沖で釣りしています、

なぁんも釣れません、

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2007年5月19日 (土)

今日(5月19日)の稽古

尺八を、よくも悪しくも、“ヘナヘナ脱力腹”に任せるってやり方は、すっごく気楽だ。
“ヘナヘナ脱力腹”に尺八のあつかいをゆだねてしまったからは、音の強弱・ふくらみ・鋭さなど等は、わたしの意に関係ない。
どのような音が出ようが、それは“ヘナヘナ脱力腹”の責任であり、わたしが責めを負う筋合いはない。

が、不思議なことに、意識的に音作りするよりむしろ良い音である。
曲想が、自分の理解を超えて展開し花開く。アレレッ??と、ビックリする。
わたしの “ヘナヘナ脱力腹”、それはしょせん自分ではないような気がする。

だが、“ヘナヘナ脱力腹”を維持するのは難しい。
すぐに壊れる。吹いていてアッ壊れた!と気付くこともあるが、壊れたのに気付かぬまま変な苦労をしていたりもする。

この奏法は未だ3分の出来かと思う。

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ネプチューンⅤ回航 その2

釣友・二郎ちゃんは、毎朝、大阪湾を眼下に見下ろす神戸の旗振り山に登るのだそうな。
今朝の氏からのメール,
「私は天気がよければ,朝には旗振り山に上ることにしていますが、この1週間ほどは、いつもなら明石大橋の周辺に見える漁船、ボートなどがまったくいない。ところが、東の空港の西側の海面に船が200隻くらい集まっております。貴兄のところにも情報は集まっているのでしょうが、何かの群れが来ているのかなあ」

わたし、最近は遠出を控えていて、そのあたりの海域の情報も途絶えがちです。
200隻とはスゴイですね。何を釣っているのでしょうね?どなたか教えてください。船頭倶楽部面々のテリトリーですよね。山本会長どん、なに釣ってますか?

あのね、二郎ちゃんの眼力は信じてよいですよ。70歳になっておられるけど、2.0じゃあるまいか。巷に知られたバードウオッチャーです。優れた双眼鏡を持っているし、その使い方が半端じゃない。最近は超高級なデッカイ・デジカメを買ったとか。わたしまだ現認していませんが、それで撮ったという鳥の写真が送られてきたので観ましたよ。ぜんぜんビンボケてなかった。アッハッハ(大笑い)、氏の技術でもボケない写真が撮れるってのはスゴイ!…冗談ですよ、

さて、本題です、

<ネプチューンⅤ回航 その2>

Tenkizu26
予想天気図は好ましい方向へ動いている。これなら周航できそうだ。
海洋速報図を確認する〕
★ 黒潮軸流れはだいぶ沖へ離岸している。
★ 急潮注意報は出ていないが、遠州灘に冷海水域があるのだろうか?潮岬以東黒潮は大きく南へ蛇行。
★ 白浜沖辺りから潮岬沖を過ぎる頃まで黒潮の反流があるようで潮は東から西へ流れているおよそ2ノット程度か。
☆この状況下では☆
★ 南紀・椿・沖合いアタリから波が出ると読んだ方が良さそうだ。波高2㍍~3㍍。状況によっては、潮岬越えは暫時様子見が適当かも。

南紀の風向きは西からの風だと思う。
この風に逆らって黒潮反流が2ノット前後で東から西へ流れる。上がり潮だ。これ典型的な潮波出現の構図かも。
ネプチューンⅤは43Ft。波高2㍍なら悠々走行が可能。が、しかし、南紀の3㍍はシンドイ。時に5㍍が突然現れたりする。わたしが船長なら、暫時日和待ちの海況だ。だがネプ艇長は突っ込むかも。彼は、未だ本当に荒い海を知らない(本人は知っているつもり?)。

沿海航行の際は、どの海域でも岬周辺が一番危険だ。岬の中でも潮岬は超一流の危険度を誇る箇所。もし、ここでペラに異物を巻きつけたら、潮は出しかげんに流れているから、いったん紀伊水道南端ど真ん中まで押し戻された後、たちまち黒潮の中へ押し出され、→ 伊豆諸島のさらに南の小笠原諸島の父島・母島あたりまで一気に運ばれる…というような、黒潮の流れになっとるよ!
波高2㍍前後の状況でペラに巻きついた異物除去に水中にもぐりこむのはコリャ不可能ですわ。この海域にはフカが多いよ。

いきなり南紀沖合い周航時の話をしてしまったが、少し話を前に戻して、
播磨灘・播磨マリーナからどの航路を取って紀伊水道へ至るかも、予習しておこう。
道は二つある。
A) いきなりなり播磨灘を南下して、鳴門海峡を抜け出て紀伊水道へ到る。
もうひとつは、
B) 播磨灘から明石海峡を東へ抜け、大阪湾を南下し、紀伊水道へ到る。

A)鳴門海峡の当日の干満潮流は、午前8時41分に、南への潮流が最高になっていて7.4ノット。諸般の状況から考えて当日のマリーナ出港は7時前後になろうから、鳴門海峡に差し掛かる頃がまさにその時刻(マリーナ~鳴門海峡は約1時間半の距離)。海峡ではスッゴク大きな渦が轟々と舞い狂っている。そのさなかに始めて乗ったばかりの艇で突っ込めるかどうか?
わたしなら止めます。が、ネプ艇長は突っ込むでしょうね。下手をすれば43Ftでも転覆します。鳴門の渦が本気出したら怖いよ。当日伴走予定のバグース艇には通いなれた水路。だが、7.4ノットの潮流では、突撃戦艦バグ艇でもきついのじゃないか。水先案内役の伴走艇としてはどうしますかねぇ~。
B)明石海峡通過の方法はどうか、この場合は友が島水道も通ることになるが…、
マリーナ~明石海峡は約30分の距離。7時半前後に通過として潮の流れを検索すると西向きの流れに変わって後20分。まだほとんど潮は動いていない。きっと釣り船が海峡真ん中で釣り糸を垂れているでしょうよ。そこから友が島水道までは1時弱。友が島水道では紀伊水道へ向かって潮は約1ノットでユルユル流れています。
わたしなら、この海路を取りますがねぇ~。

わたし、この度の回航に添乗しますが、ネプどんにはわたしの上申が苦いかもね。でもこれが、わたしの役割かと。
あぁ、潮岬を回り込めばあとは凪いでいると思うなぁ~。

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今日も稽古

サイドバーにアップの尺八音源は、近々全部削除しようと思う。
今試行中のぺりー式奏法がわたしなりに身に付き、私自身の工夫の域に入ったらの話。
そして新たにアップし直す。
当分は無理だと思うけれど…、

昨日も、色々試し吹きをした。
ペリー式奏法は、要するに、
→ 今、現に手にするその楽器が、
→ 最高に良く鳴るポイントを見つけ、
→ 気持ちをリラックッスさせ(腹ヘナヘナ)、
- 技巧にとらわれずに自然に任せて吹くってことみたい(喉バクッ)、
それ、
ピッチにも、音程云々にも、譜面にさえもとらわれずに(気のすむまで間合いを取って)、竹音を楽しむってこと。

こんな発想、こんな奏法は、西洋音楽(一般に音楽だとされる世界)からみると、あまりにも乱暴でしょうね。
でも、音楽が、“音”を楽しむってことだと知ったら、これこそがアッタリ前の原点かも。ドレミファソラシドだけが音じゃないからなぁ~。明暗の世界がこれなのかな?

そもそも、音階ってのは、上がってゆく際と、下ってゆく際とでは、気分的に変化が求められて、多少は高揚・減退の気持ちに準じ、音程に、あるいはビブラートに反映させるほうがオモロイ。
昔、三曲合奏で師事した三弦師匠・美也先生がこのあたりのことを言われたことがあった。
先生は三弦の手のユリを、ここは上に7分下に3分揺るとか、上に4分下に6分だとか言って、合奏途中に手を止めて、そこだけを聴かせてくれたりした。
これを、今、思うに、
曲中華やかな気分高揚の部分は、自然にピッチが上がった高めの音に例えば442で、静かな物想うあたりは440でとなった方がオモシロイ。これってまさに尺八特有の奏法になりますよね。この原点がペリー式奏法に生きている。オモロイ!
要するに、ヘナヘナ腹に任せて吹くだけのこと。これやっていて、勝手にピッチが、音程が、拍子が変化してくることになっても、わしゃ一向に構わんって感じかな。そもそもが、高揚・減退と言ったって、個人差があるよ。てんでバラバラだわさ。
オモロイ!!

今日も稽古、稽古…、
ポン太だけど、わたしの感じでは438あたりの音が似合うみたい、
一般市販の尺八(通常442ピッチに調律?)と連管したら、ぜんぜん合わないよなぁ~、
これ、少し残念。

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2007年5月18日 (金)

ネプチューンⅤ回航 その1

190525tennkizu_1
中国・遼東半島北東・ハルピンあたりに強い勢力を持つ大きな低気圧がある。ゆっくりと南下の構え。東南東方向へ大きく斜に流れ、足早に北海道東方海上に抜けてくれることを祈るのみ。
これ、今日から一週間後5月25日の予想気圧配置を元にした希望的観測。ここの一週間気圧配置図を観ている。

翌日26日、すなわち今日18日(金)から8日後の26日早朝、
43ftネプチューン艇は、播磨灘・播磨マリーナを友艇バグースの伴走を得て御前崎へ向け出港するだろう。
搭乗者は、艇長ネプどん・艇友アキどん・波平ズズイの計3名。

アキどんとわたし波平は、おもしろがり屋の便乗である。ネプどんにくっ付いて行ったらなんぞオモロイことがあるかも。…が、これはここだけの内緒の話。ネプどんには、
「一人だけで御前崎まで始めての43ft艇を回航するのは危険だ!わたしが付いていってあげよう」と、言ってある。
エエ格好言いはしたが、わたしの本心はシンドイことなんかしたくない。
“そうだ!アキどんを誘おう。彼はまだ若くて元気だし操船上手だ”と、言葉巧みにアキどんを誘った。
で、わたしは添乗はするが、もっぱら焼酎呑んで酔っ払うつもり。アッハッハ(笑い)、

回航の43ft艇は、鳥取の遊漁船をこのたびネプどんが自艇用に買い受けたもの。
御前崎マリーナがネプどんの母港。氏は、ここを基点に駿河湾を遊弋する古参沖釣り師。駿河湾のプレジャーボート族きっての釣り上手(ただし本人の言)。
彼は既に39Ft艇を持っているのだが、これをスケールアップしようって魂胆らしい。

艇は大きいほど魚もデカイのが釣れる。船が大きいほどたくさん釣れる。釣り仕掛けにゼニをたくさん注ぎ込むほど楽しい釣りがデケル。
…と、一般には信じられており、事実これは真実なのだが、…たまには(たびたび?)間違いも生じるが…、とにかく今のネプどんの脳ミソ中にはこの一般原則が生き生きと爆発していて、嬉しそうな顔だったなぁ~、

あれは、5月3日午後3時過ぎだったかなぁ、
突然彼から携帯電話があって、「今、特急白兎に乗っている、もうすぐ明石駅だ…」とのこと、
なんのコッチャ?
「鳥取に船買いに行ってきた、その帰りダヨ~ン!」
…と、しばらくして、
「もうすぐ三ノ宮ダヨ~ン、イッパイ一緒に呑もうよ、途中下車するから出ておいでよ」
あのね、脳ミソ爆発は判るよ、だけど始末におえんオッサンですな、難儀やなぁ~…、と、思ったが、
もうそのときは、わたし、バス停めがけて走っていた。

三ノ宮の行きつけのスタンド「游」で約4時間さんざ飲んで、御前崎に帰るJRが無くなって、わが家へ一緒に戻って、また爆発に付き合ったのだった。

その艇が20日過ぎに前オーナーの手で播磨へ回航され、→ それを、今回26日から二日間かけて一緒に御前崎へ回航(持ち帰る)って寸法だ。

アレッ!
わたしの脳ミソも爆発気味かな!
問題は、中国大陸の低気圧ですな。あやつが悪さをしなければ、メデタイのだけれど、薄気味わるいじゃアァ~りませんか。

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天雷鳴る

自分のことをアホだと思っている。曲がりなりにも小学校から大学まで通ったが、学んで自らトコトン納得し得たのは、自分は人より物覚えが悪く記憶力が劣っているというこの一事だった。それなりに努力したからこそ、このことを掴み得たと思っている。で、このことが徹底得心できているから、社会でバカ・アホあつかいされても耐え得たと思っている。

隠居して、実社会から離れて、わたしをバカ・アホあつかいする人が少なくなった。隠居生活と娑婆社会とは、それだけ軽い関係だってことじゃなかろうか。

さて、
何事も、学ぶ前には一定の基本は丸暗記するってことが必要だ。学習初期に理解力は不要。記憶力が必要。わたし、記憶力は薄いが理解力は多少あると思っている。
ところが、
理解力ってのは哀しいかな、まずマイナス方向へ動く。
この先生の言うことはホンマかいな?と、疑ってしまう。
と、これが記憶する意欲を殺ぐ。薄い記憶力がさらに薄まる。

色々教わった師の中で、
会った途端に信じ込めた師に出会ったことがある。師を疑う気持ちがマルッキシ生じなかった。理解力の堤防を難なく越え得た。
昔、三弦合奏稽古に通った山崎美也師だ。
師がお亡くなりになって30数年経つが、未だに師の三弦の音を聞き分け得る自信がある。

と、今回、未だお会いしたこともないのに、ズルズルット引き込まれた人が居る。
ペリーどんだ。
“人を見て法を説け”という。“ウソも方便”ともいう。
理解力の在り様に応じて、その人に今必要なことをわかりやすく教えることをいった言葉だが。これ、言い出しべぇはお釈迦さん。
ペリーどんは、わたしの理解力をブログアップの音から的確に読み取られたようだ。
先日来、ペリーどんが送ってくれたコメントを、わたし、一番最初に立ち戻り改めて読み直した。
順次繰り返し読み直し、遅まきながら少しずつ理解しつつある。

ぺりーどん、ありがとう。
貴兄のコメントはわたしにとって千金の価値がある。

天雷(ぶっとい地無し1尺9寸管・大二郎氏より頂いた古管)が吹けるようになった。
これ、喉バク、腹ヘナヘナ、唇突き出し2法、の賜物ではなかろうか。
そよそよ吹くのにデカイ音が出る。
今まで、息が続かず吹き得なかった長い一音(ワンフレーズ・一息で吹く長いくだり)が、なんら無理なく突然悠々と吹けようになった。いったい何事が起きたというのだろう。

明暗竹の高い顎アタリ、浅い歌口の意味、わかった!
稽古・稽古…、

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2007年5月17日 (木)

ドブ落とし 2

昨日アップの「ドブ落とし」ですが、尺八人以外が聴いたら、ナンジャコレ?ってなるのではないかな、
音楽にウンチクある方なら、なおのことナットラン!ってなるかも、
およそ音楽的じゃないからな。

だけど、
単管〇どんや、ペリーどんは、わたしの稽古進捗具合を聴き取ってくれたみたい。
たいへんうれしい。

「ドブ落とし」にも書いたことだが、
…録音しないときはもう少し上手に吹けるように思いますが、イザ録音となると下手になる。気の小さなズズイだわな…
と、まさに、ここが問題。
ペリーどんが言う“腹の力を抜く”がデンデン出来ていないからこうなる、

だいたいが、日本的な思考・実行・構えには“気合”ってのが関わっていて、
丹田に力を込めろという。
息を詰めてヤッ!とかウン!とか言って、便秘のウンコ押し出し態勢がそれみたい。

が、これは、おかしいかないか?
むしろ穏やかに息を吐きつつリラックスして力を出す方が、長続きして、瞬時瞬時に応変できて、周辺と溶け合えてエエみたい…と、ここまでは、わたし心得ていた。

尺八の場合、
わたしは喉をズドーンと大きく広げて吹く。
唇は柔らかく、だけど両端は適度に引き締めて吹く。
たくさん息を吸い込んで倹約しながら吹き出すが、真っ直ぐに、腹を前に突き出す感じで座るとこの体位になる。正座です。
この際、腹に力は込めません。だって、力を込めると息がし難くなる。
力は込めませんが、力を抜いているかと問われれば、はてな?はてな?
ここですよね、問題は。

稽古では適度に腹がリラックスし、力が抜けているのに、
イザ録音本番になると、⇒ 不要な力が入って息がつまり気味になり⇒臨機応変の対応が出来なくなり⇒エエ音が出ず⇒息も続き難くなる。
要するに、
稽古時の自然な構えが自意識の中に根付いていないからこうなる。中途半端がアカンちゅうことやないか?わかっとらんってことだ。もっと徹底して脱落したら、稽古であれ録音であれ、なんら変わりない自然の息がデケルのではないか!

言っておきますがね、実際のところ、稽古のわたしはスンバラシク上手に吹きますよ。おおむね「ウ」もきれいに出します。が、録音すると出せない。
よっしゃ!
次回録音の際は、脱落息を使ってみよう!習得デケルやろか?

正座します、
喉を大きくバク~と開ける、
腹の力を抜き去ってヘナヘナになる、
尺八は持たずに、まずこの稽古から、

正座 → 喉バク~ → 腹ヘナヘナ
正座 → 喉バク~ → 腹ヘナヘナ

不思議な気分です。そこらじゅうの空気が自分と通通になる気がする。
ほうかぁ~、こういうことやったかぁ~、
でもこの体勢で吹けるやろか?
なんだか空気の流通が、通通になりすぎて、止まってしまうような気がします。
ダメですなぁ~、デンデン吹けそうには思われません。
だいぶ修行せなアカンようですなぁ~、

あぁ、ポン太は1尺8寸管です。
写真がこれ。完全地なしのスッポンポン素竹。

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八尾どんへ、
わたし、今、憲法どころじゃない、尺八と釣りで精一杯。

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2007年5月16日 (水)

「ドブ落とし」

録音しないときはもう少し上手に吹けるように思いますが、イザ録音となると下手になる。気の小さなズズイだわな。
ポン太で吹いています。
「ウ」の甲がどうしても出しにくい。
妙な細工は無しで荒っぽいを承知で吹いている。
冒頭の気持ちはあるが、ここらが今のわたしの実力かな。前途洋々だね。
清浄な瀧?
とんでもない。これは下水排出口からドブ川へ落ちる汚れ水を模して吹いたもの。

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汚れドロ

60で定年退職後既に丸6年経った。この7月にはもう67歳になる。
6年間はいつの間にか過ぎた。小学校1年生~6年生、中学校と高等学校の間の6年間と同じ年数。この退職後の6年間は、本物の隠居になるために必要な期間だったような気がする。そして、わたしは今本物の隠居になった。

今年4月以来「本」は新たに買わないことにした。年金生活だ。どうしても必要なら図書館へ行く。今までは最低でも文芸春秋は買っていたがこれも止めた。今月10日の発売日も頑なに書店に行かなかった。娑婆社会から穏やかに離れ、年金生活に適した隠居人生をゆっくり歩みたいと思っている。それ、魚釣りと明暗尺八か?
…が、
昨日、ついついフラ~と書店へ入って、また、6月号・文芸春秋を買ってしまった。
シマッタ! と、反省したが、買ったからは読まなきゃ損。読むと、またぞろ煩わしい世迷言に耳を貸すことになる。隠居心に波が立つ。

今朝早く目覚めて、“あぁそうだ今日は読む本があったのだった”と、ホッとしたのには我ながらあきれたことであった。
まだまだ隠居業は初心者。床から起き出すにもそれなりの目的が必要だったみたい。
そうだ!文芸春秋が読めるゾ!
勇んで(?)起き出して、もうあらかた読んでしまった。

「昭和の陸軍・彼らはなぜ国家を破滅の淵に追いやったのか?」
小泉純一郎「住所不定・元総理大臣」追跡記
安倍総理、これが最強内閣だ
慎太郎さんとわたしの五十年
など等、

あぁ~読んで損をした、聖なる隠居心にドロが付いた。


さて、明暗尺八の話、 
ぺりーどんのコメントを読んで、隠居心にくっ付いた“汚れドロ”を落そう、

尺八のピッチの話。
ピッチの話は、昔かたぎの邦楽家には判らなかったかもね。判っていても、常に触る箏・三弦・尺八はホボ決まったピッチに思い定めていたのではないかな。
合奏の際、内緒で自分の楽器のピッチだけを少し上げておくと自分だけが際立つことができる。オーケストラでピアノソロが入る際、約束の440ピッチを、ピアノだけ隠れて442に調律するなどがある。
同様のことが三曲でもあるのかな。
地方師匠の調律笛のピッチより下のピッチの尺八だと、やたら下手に聞こえるってことがある。で、尺八はせめて442でありたい。てなことがあるのじゃないか?
最近の竹は明暗の地なしでも442が基本なのかな?
ポン太ですけど、440か、あるいはもっと下だと思います。正規の1尺8寸比数ミリ長いからなぁ~。

ポン太は顎(あご)あたりが高すぎて(斜角度が緩い)、唇が歌口に近づきすぎて、メリ吹き態勢になる。加えて、わたしの面容は面長の受け口です。顎が前に出ている。前歯上下の噛みあわせにほとんど前後が無い。
で、顎当たりを少し削り込みたいが、ポン太は師匠のその又師匠筋からの拝借物なので触れません。
対策です。
尺八を床面比できるだけ垂直に立てて、離れた歌口に唇を突き出して吹くと442近い律を揃えることができる。が、好ましい音色は得られない。
難儀しています。

今、午前9時半現在、ここ三木の山里はほとんど無風。海も凪じゃないか。
でも、天気図から判断すると、午後からは急速にシケてきそうだ。今日は魚釣り日じゃない。

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2007年5月15日 (火)

木魚の音

調律笛を持っていないので、ポン太がどの程度律(リツ・音の高低)が低いのかが判らない。
今まで愛用の美仙(琴古流稽古竹1尺8寸管)と比較すると、美仙の音を出すためにはポン太を力いっぱいカリ吹きせにゃならん。だが、これだと、ポン太本来の音ではなくなる。律は合うが音色や澄み具合がゆがんでしまう。
師匠は、
この竹(ポン太)で連管は難しいが、一人単管で稽古する分には差し支えないだろうという。
でも、狂った音で稽古するのは嫌である。

で、美仙で稽古をしようかと思い、美仙を吹くと、
既に息が明暗になっていて、美仙が嫌がり、音がチギレ割れる。壊れる。
業を煮やして、天雷で稽古をと思うが、天雷はそう易々と吹ける竹じゃない。極めてぶっとい1尺9寸管だ。9寸管で稽古したって一向に構わんのだが、正直言って天雷を自在に操る自信が無い。今しばらくは正規の1尺8寸管で稽古したい。

迷いがあるが、律が低すぎるのは承知で、ポン太で稽古を続けている。
440だとか442だとかは、竹の世界の話じゃない。加えて、竹薮が壱越・断金、平調…、で風に揺れ動くわけじゃない。(壱越・断金、平調…は、洋楽のドレミ…のこと)

昔、既に40年ほども前になるが、三弦師匠山崎美也師(※山崎竹隠師の奥様)の元へ毎週毎週三曲合奏稽古に通ったことがある。先生の家は海岸からすぐの位置にあった。台風の時は波シブキが雨戸を打つ近さであった。
稽古の日が台風直撃の日だった。稽古は一日も休まなかった。当然この日も稽古にうかがった。稽古場は2階。台風最中のことだ。わたしの訪れを知って先生はさすがに驚かれたようである。2階へあがると、部屋の畳は上げられ、波シブキが雨戸を打ち破るかもと臨戦態勢だった。畳を戻して稽古をしてくれた。

話が長くなった。この美也先生がわたしの律狂いを諌められた。
「吹いてごらん。立てかけてある箏は律がそろえてあります」という。竹の律が正しければ箏が共鳴するというのである。この三弦が鳴るだろうという。わたしは床の間の箏に向かって、先生が膝前に置いた三弦に向かって、懸命に吹いたことが再々あった。

こういうこともあった。やはり律が違うというのである。
「仏壇の前のモクギョウ(木魚・読経の際にポクポク叩く)を叩いてごらん」と。
先生は自分で木魚を削って律を合わせていたらしかった。
この部屋は律が取ってあるから稽古しやすいなどと言っていた。
もう40年も昔の話である。
美也師が体調を崩され、わたしは尺八を止めた。
後年、遊び遊びで再開したのは定年間際になったつい6年ほど前からである。
遊び心を入れ替えて明暗に入門し真剣にやり始めてまだ2ヶ月。
少しずつ昔の音色を思い出しかけている。
ポン太の律狂いが気になる。

※余談、
「竹隠」銘の竹をご存知のお方があるかも。美仙にもこの銘がある。
わたしが合奏稽古に通う頃は、竹隠師は既に御他界されていた。

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大笑い

昨日は朝早くから沖へ魚釣りに出て、
→ 帰宅後、シャワーして→湯割り呑んで→メシ食ったら→眠たくなって、 
→ そうだ!尺八の稽古をまだしていなかったと、
→ ポン太を手に取り、「調子」を吹いた。

暗譜です。吹く都度に不都合の箇所が出てきて、いまだに稽古中の曲。
が、ビックリした。
強いて暗譜で吹くつもりはなかったけれど、酔っ払っていて、眠くて目がショボショボするから目をつむって吹きましたが。極々自然に、まったく苦労無しに暗譜で吹けた。

明暗曲などわたしに暗譜できるやろかと、ある種恐怖に似た気持ちを持ち続けていたが、これが吹っ切れた。
「調子」は超短い曲ですよね。普通の頭なら2・3度聴いたら覚えるかも。でもわたしには無理。難儀だなぁ~と思っていた。だが、今回は違った。妙に吹っ切れた。単なる暗譜じゃない。こう吹かなければどうしようもないぞ!って気持ちで音を出し続けたら、それが「調子」だった。

最初乙音で「ッレー」と吹いた、と、また「レ」と吹きたくなり「レー」と吹いた。
おさまって、
「ウ」が吹きたくなった、
…と、ずるずる最後まで「調子」の曲を吹くことになった。
こんな経験は始めてである。

吹き終えて、一人で大笑いした。

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2007年5月14日 (月)

沖は凪でした

今日は沖へ出ていた。播磨灘鹿ノ瀬5番(魚釣りポイントの名)へ出たが、さっぱり釣れなかった。魚影が薄い。午前8時~午後1時の間に3度アジを見た。周辺の艇(40艇ほど出ていた)が揚げたのを見たってこと。わたし?手のひらサイズの真鯛を2枚。それでお終い。

マリーナ帰る途中、伊保30番(関電沖約1.5マイルの瀬)にアンカーを入れ、キス・ガシラ・アイナメ・ヒトデを釣った。ヒトデって魚ですかね?まだ食ったことないが、唐揚げしたら食えるかも。でも、ヒトデはリリースです。

Sunameri
大きなスナメリが3頭艇の間直までやってきて、ブシューブシューと潮を吹いた。とっさに携帯カメラで撮影した。携帯だから拡大に耐え得ないのが残念。

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今一枚、わが家のスナメリをお目にかけよう。
二人(?)ワン公を飼っているが腹天スナメリはゲースケ。正式な名前は大地。略称はダイ。

Syouta
省介も紹介せな不公平だわな。略称はショウ。あだ名はションベン垂れ。家の内外どこでもおかまいなしにションベンします。この写真は先日ネプチューンどんがやって来たとき撮ってくれたもの。顔半分のオッサン?わえでんがな!画面はわたしがカットしたのですよ。ネプどんは準カメプロです。

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2007年5月13日 (日)

母の日

今日は母の日。
母は大正元年生まれ。この3月半ばに急性肺炎で入院し、命を取り止めて、そのまま入院生活を続けている。
酸素吸入。鼻腔から管を胃まで通して栄養液を送り込む。もう口からは摂取が不可能なので(気管と食道の使い分けが出来ない)やむを得ずこうなる。

意識はあるが、わたしのことが、わかっているかどうかは、ひとえにわたしの思い込みに負うところ。かみさんの顔はだいぶ以前からわからないみたい。でも、これもまたわかっているかどうかは、かみさんの思い込みに負うところ。
妹が、ナァ~ンも反応が無くてたよりないという。

わたしの思い込みだが、母はシッカリわかっているのではないかと思う。
…と、思うがゆえに、わたしは切なくてやりきれない。
耳元で少し大きな声で呼びかけると薄目を開ける。どこを見るわけでもないようなイワシの目玉。だが、幾度か声掛けを続けていると、瞬時視点が定まり表情が出る。
で、すぐ目を閉じてタヌキ寝入り。

4人部屋だ。母と同様のおばぁさん3人といっしょ。
それぞれは声を掛け合ったこともヽ(^。^)ノを見合わせたこともない。だた茫漠と天上を向いている。
…安逸なる日々である。天国なのだろうか?

母を早く父の待つあの世へ送ってやりたい。
今日は母の日である。

姪から母の日の贈り物が届いた。
隣家から一人息子の嫁が届けてきたというご馳走のおすそ分けが来た。
いまだに二人新婚気分の隠居夫婦。
仏壇に線香。「一二三」献笛。

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激震の日々

今日もシケ気味のようだ。
尺八激震の日。

昨晩はカルチャーショックが大きすぎてよく眠れなかった。まだ薄暗い頃から起き出して耳にイヤホンはめて色々CDを確かめ聴きなおしているが、疑問は増すばかりである。
昨日のショックは、ごく基本的なことだった。

人のせいにするのはいかがかと思うが、道を踏み外したのは、ポン太のせいである。
素竹の“地なし延べ管”を貸し与えられて、クセ竹だったものだから、とにかく鳴らすのに精一杯だった。
なんとかかんとか工夫して鳴らせるようになり、音を一つ一つ作って譜を見るまでになった。出る竹音は間違いなくなく“地なし延べ管”のものであり、とても嬉しくて、さんざこれで稽古に励んだのだった。

師匠と吹き合わせて、最初の一音で、律(リツ)外れになっていたのがわかった。
ナンジャコレ!!

音をとにかく出す。
このことが“地なし延べ管”の音色にかまけ→律外れを容認してしまっていたようである。ひどい律ハズレだった。師匠もビックリしたようである。
師匠の律に懸命に合わせた。と、音が出ない。出すと律が外れる。

わたしは都山流の吹き方が身に付いていて、譜面を見台に置いて吹く習慣だった。この姿勢だと尺八の管尻がやや高くなり→ために自然とメリ吹きになる。
琴古や明暗は譜面を床にじか置きする。譜を見る姿勢はカリ吹きにつながる。
わたしは明暗を始めた際、最初に正座の稽古から始めたのだった。正座し、譜面を床に直に置き、慣れた姿勢を改めて管尻を下げ→ややカリ吹きの姿勢の中で律を探り吹いていた。
長年慣れ親しんだ尺八(美仙と名づけている)はこれに応じてくれたが、ポン太はそうではなかった。とにもかくにも竹音重視で→律を外した。

師匠はこの中で、メリ音の「ツ」の正しい音をなんとか習得させようとして、幾度も吹いて聞かせてくれた。聴くわたしの耳がもう狂ってしまっていて、ナニがなにやらわからなかった。
明暗譜は半音・メリ音・全音のことが譜面上書き分けられていない。半音も、メリ音も、全音も、「ツ」は「ツ」としか書かれていない。加えてカリ音もまたしかり。
わたしの混乱はきわみにあって、譜読みができなくなってしまった。明暗に楽理って通用するのだろうか?名人達のCD聴いても不安が増すばかりで判然しない。

もう朝6時半。外はすっかり明るくなった。が、しかし、竹を試し吹くのはまだ早すぎる。調子外れの竹音を朝早くから響かせたりするとおまわりさんが駆けつけるかも。

単管〇どんのコメントは嫌というほどよくわかる。
が、負けてはおられない。既存知識は邪魔になっても捨てることは不可能である。
下手になるのも、上手になるのも、今が出発点。与件を否定して足場をぐらつかせるのは愚の骨頂。
以前の中途半端な都山流が、わたしにとってある種マイナス作用をもたらすことは重々承知ながら、このことを実はプラスだったとしなくてなんとしょ。吹き合わせて、音律の狂いをシカと自覚し得たのは既存知識の効能であるし、律狂いとはいえ鳴らぬ竹を鳴らせ得たのも既に得ていた技法のたまものである。
あぁ~やんぬるかな!

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2007年5月12日 (土)

カルチャーッショック

日経新聞は経済専門紙であるにもかかわらず文化面がおもしろい。が、最近は、文化面以外も読むように努力している。ボケ防止のためだ。加齢によるボケに強いて歯向かおうとは思わないが、怠惰な生活からくる社会離脱症候群からは逃げ延びたい。が、すでに遅し、記事を読んでも理解できないことが多い。いまさら反省したってはじまらない。

問題はこの社会離脱症候群が“魚釣り”にも及びつつあることだ。この魚釣り世界にだけは、未だ現役で居るつもりであるのに、釣り方のわからぬ魚があるし、釣具屋の店頭には使い方のわからぬ仕掛けが並んでいる。以前はそのような魚(実は種々のイカだが)は近場の釣りの対象ではなかった。どないして釣るのやろ?わたしは蚊帳の外。この疎外感は寂しい。
思うに、ここ数年、列島周航にかまけて“魚釣り”がおろそかになっていたためではなかろうか。イヤ、そうじゃない、やはり、旧態然とした魚釣りに満足していたからだ。
で、このところ、釣具屋へ出向く都度、カルチャーッショックを受ける。店員を捕まえて「これナニ?」って教えを請おうと思うが、ついつい気後れしてしまう。

今ひとつ、現役で居たつもりは尺八のこと。
このたび明暗寺に正式に入門を請い、許可を得たが、内心では、「おれは初心者じゃない、既に長年尺八に親しんできた古参者だ」との自負があった。都山流譜面は百数十曲を所持しているし、その多くは稽古済みである。
また、明暗寺所伝基本30数曲の譜面も持っている。対山譜だ。明暗特有の運指はすでに覚えた。基本のメリカリやユリも理解できている。譜面を見ればそれなりに吹けるし、参考に名人達のCDをタップリ聴いて耳学問にも抜かりは無い…つもり…だった。
実は、今日は師匠宅へ伺う稽古日。
イヤというほど稽古を積んで勇んで出向いた。
師匠と吹き合わせて、「プッ」っと最初の一音出した瞬間に強いショックを受けた。音色・気合・音程・拍子・ユリ……、わたしは、まったく師匠の足下にも及ばぬ初心者であった。
カルチャーッショック!カルチャーッショック!!
師匠が言った。
「今日はどうも吹き合わせがうまくいかんね、なんでかな?」
そんなこと、わたしに聞いたってわからん!
ドギマギしたが、一生懸命2時間半ばかり教えを受けて今帰宅したところ。

あぁ~やんぬるかな、腹が減った。
今日は朝から尺八バッカ吹いていて腹が減った。
あぁ~やんぬるかな!
明暗の礼儀作法についても少し指導を受けた。袈裟を付けると気持ちが変わり、少しは上達するような気がするが、未だ袈裟レベルにはほど遠い。

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2007年5月11日 (金)

ウグイスの谷渡り

<色々な名人のCDを聴いている>

1.同じ曲を、色々な名人が様様に工夫して吹くのを聞き合わせて、
★ “その曲の変えてはいけない核の部分”を探し出すのである。
★ 加えて曲趣についても様々な理解のしかたがあるのを聴き比べる。

2.色々な古典尺八本曲を数聴いている。
★ 尺八の楽器としての多様性に今更ながらびっくりする。
★ 音楽の根っこを探るに最適な手法かと思ったりしている。

3.総じて言えば、
★ 自分は明暗流の一員で白龍師匠の弟子だと言う自覚が、CDなどを聴き合わせる際に絶大な力をわたしに与えているかに思われる。
★ 明暗流に入門して気持ちが定まり、視野が広くなったような気がする。
★ “自分はヘタクソだ”という自覚が宝物のように思われる。失いたくない。


<昨年の昨日・今日は、>

能登半島の北沖50キロの小島・舳倉島(へくらじま)に停泊していた。
「日本列島魚釣り周航記」起筆の旅途上であった。
昨日の嵐がもしあの時襲い来たっていたらヤバかった。ほとんど確実に転覆遭難していたろうと思う。幸いだった。昨年の5月10日は快適な周航日和であった。
尺八関係の方で、未だ「…周航記」をご覧でない方は、
ご面倒でも右サイドバーの日本列島魚釣り周航記「岬波」ファイルを一度開きみて欲しい。尺八を携えての周航であった。あちこちで酒喰らっては尺八を吹いたのだった。

<谷渡りのこと>
わが家の向かいの雑木林はウグイスの棲家でもあるらしい。春先、歌下手だったキャツも最近急速に上達した。
ウグイスの谷渡りという言い回しがあるが、あれは、ウグイスが実際に谷を飛び渡るわけじゃなくて、あの鳴き声が、谷を渡るってことみたいだよ。キャツは雑木林のどこかの梢にとまっているようだ。

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2007年5月10日 (木)

クサビ吹き(クサビ様に頭を大きく尻すぼみに吹奏する)

明暗の芳村宗心・琴古の山口五郎・同青木鈴慕、この三師の「虚空」CDを繰り返し繰り返し聴いている。
華麗さでは、一に五郎、二に鈴慕、三四がなくて五に宗心。
敬称なしでごめんなさい。

わたしは宗心の対山譜を学ぶ者。
朴訥・単純・無為・などの点では対山譜の明暗はその極め付きか。
ここでは、いかに朴訥・単純・無為に吹くかが問われるところか、
クサビ吹きはこの要請から必然的に生じたものではなかったろうか、

ハジイて音を出す楽器、…箏・三弦・太鼓・ピアノ…と、
撫ぜたり吹いたりして音を出す楽器、…バイオリン・チェロ・尺八・ラッパ・フルート…、
そして、人が声出して歌うこと、

音楽理論のことはよく知らないけれど、
音楽が、拍子と高低の音との組み合わせだってことは承知。
音色云々は付けたしか?
気合は、雰囲気は、曲趣はどうなのだ?

クサビ吹きだけれど、
吹奏楽器でありながら、打楽器的あつかいをも意識した吹き方だよね。
能面の無表情と、明暗のクサビ吹きには、ある種共通のものがありますな。
面の無表情が、曲の進展に伴って様々な表情をあらわす。
→面が変化するのではない観客の心が勝手に動く。
単純簡潔なクサビ吹きが、曲の流れの中で様様な響きに聴こえてくる。
→聴く側の人の耳に変化が生じる。朴訥なクサビ吹きは変わらない。

簡単に言うと、
鈴慕や五郎をしっかり聴いて、耳学問して、それらをいったん忘れて、朴訥に対山譜に向かうってことか?
音色や、気合や、雰囲気や、曲趣すらも忘れ、ただ能面然としてクサビに吹く。
味もそっけもない演奏にしかならんだろうな。
でも、わっしゃ、そうしたい。
吹く際、喜怒哀楽に関わる自己主張を入れたいとは思わない。強弱遅速音色作りは欺瞞の技法か?元来、曲趣なんて吹く側に関係ぇねぇ~、聴く側で勝手に想うがいいのさ。
アレッ!これも自己主張のひとつだよね。

アホ! 
ヘタクソがわかったような口を聞くものじゃない!!
なぁ~に、
三師のCD聴くと、そのあまりの高遠さに暗然として、かくはボヤカずにはおられんてことですよ。

雨が激しく降っていて、外へ出る気が失せてしもうた。
今日はまだ尺八を手にしていない。
午後から、尺八持ってマリーナへ出かけ、「はまちどり」艇内で稽古しようと想っている。やはり今日は部屋外で吹きたい。潮風のなかで吹こう。

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虚無僧行脚スタート

サンバイザー(日除け用の帽子)やアンテーク菅笠・偏光性サングラス、そして冷えた缶ビールは、夏の魚釣り必需品だ。海は次第に夏の様相を示しつつある。必要な釣具も既に整え全品点検済み。
が、凪ぐと読んでいた海況が一転悪化。今日はシケ模様。釣り行き断念。残念残念。

と、なると、なすべきはスーハースーハー息することだけ。ただ無為に息するだけではもったいない、尺八をくわえながら息をしよう。
いつもは窓やフスマを固く締め切った部屋内で吹いているが、ときには堂々と外で吹きたい。今日は野外で尺八稽古をしてみようと思う。

どこへ出かけようか。
★ まさかわが家の玄関先で吹くわけには参らん。そんなことしたらかみさんに張り倒される。まわりの家々の飼い犬らが異変を感じて吠え出すに違いない。
★ 三木にはホースランドパークってのがある。ここで吹くと馬が驚き暴走するかも。
★ ゴルフ場がたくさんある。最高のロケーションだが勝手に入り込むわけには参らん。そもそもゴルフ族ってのはわれら魚釣り族とは別種の者たちであって、陰気な連中のような気がする。だって、うつむいてチッチャな玉をタタキ転がし、セコイ小穴にうずめるのだろう?わっしゃ一度もやったことがないからよくわからん。間違っていたら勘弁願いたい。
★ さて、三木総合防災公園ってのがある。国立の地震など大型災害研究施設らしい。ここで吹くとナマズが驚く。施設の趣旨に反する。
★ タダで入れて人気が少なくて周辺へ迷惑をかける恐れがない場所はどこか?いろいろ考えて森林公園ってのを見つけた。ここなら許されそうな気がする。行ってみようと思う。

明暗流尺八である。
上達したら虚無僧行脚しようと思っている。野外での稽古はこの線上にある。
夜がしだいに明けてきた。
雨は上がったようだ。
が、風がある。気持ち悪げな曇り空…。
野外尺八の意欲が少し萎みかげんである。
あぁ~ヒマだ。

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2007年5月 9日 (水)

ポン太

ポン太をしつけるのには往生しまっせ!
甲(カン・オクターブ高い音の意)の「ウ」がなかなか出ない。
甲「チ」から甲「ウ」へ移るのはたやすいが、甲「ハ」から→甲「ウ」が難しい。
「ウ」の連音の運指には3種あるが、これまた思うように事が運ばない。
…が、「ウ」だけをガムシャラに攻め立てて、なんとか手なずけつつあるところだ。
あぁ、ポン太とは、この尺八に名づけた名前です。

わかりにくい話でごめんね。また尺八の話だよ。
真竹を曲尺(尺には曲尺と鯨尺の二種ある)1尺8寸(54.5センチあまり)に切りとり、表に4穴、裏に1穴開けただけの延べ管(尺八)を製管上の言葉で通称「ポン抜き」と呼ぶ。ポン抜きのポン太ってわけだ。

自然の竹になんら別段の手を加えず、そのままの状態で、ごく稀に調律の整った尺八ができることがあり、通人の間で珍重される。
実は、先日師匠から貸し与えられた1管(ポン太)がこの種の尺八である。
歌口(尺八への息の吹き込み口)も、水牛・象牙など補強は無く、竹を斜に切っただけの状態だ。5節管(尺八は7節物が姿かたちが良いとして好まれる)。

もう少し尺八製作上の話を聞いて欲しい、
と、いうわけで、尺八は、真竹の根っこ部分の7節で1尺8寸あるのを用いるわけだが、自然のままでは音色・調律が整わない。
で、専門の製管師が竹の中空部分の柔い果肉部分を削り取り→その跡にトノコを塗り込み、→この上に漆を幾重にもかけ→一定の経験則に基づく形を整え→調律する。
うがつ穴の位置や大きさにも経験則があり、概ね9割半の法、十割の法のいずれかを用いる。個々の竹ごとに、クセや好みにより、数ミリの差ができる。
このようにして手間ヒマかけて製作された尺八は、トノコを塗り込んだ分、漆を厚くかけた分、音色はくぐもった感じになり穏やかになる。バンブーフルートがデケタってわけだ。

だが、手間隙かけたバンブーフルートは、調律は整い穏やかな音が出る分、竹本来の鋭い音は出なくなる。また、製作に手間ヒマ掛かっている分、値も張ることになる。
多くの場合、製作する際は、1尺八寸を真半分に切り分けてから上述の工作をする。そう方が工作しやすいわけだ。実際に演奏する際は、二つの半分をハメ込み式に継いで1本の1尺八寸にするが、この分割工作がある分、また音色にもそれなりの影響がある。

ポン太だが、
計測すると、十割の法で作られた一品であった。分割製管じゃない。1本そのまま(延べ管)だ。1尺8寸とはいっても尺八ごとに多少の誤差はある。ポン太は54.9センチ。3ミリ強長い管だ。この誤差による音律の移動は、開ける穴の位置と、吹奏技術によって修正し律を整える。
竹の中空部分だが、
ここにはごく薄く1度だけ黒漆がかけてある。この意味では多少は手が入っているわけだ。吹く際、どうしても息の湿気(露と呼ぶ)が管の中に入る。頻回に使用すると竹に湿気が沁み込む。これを防ぐために最低1度は漆をかける必要がある。
自然の竹の中空部分は果肉の柔らかい部分で出来ている。この柔い果肉の部分はノミで削り取る。ただそれだけで何とか使用に耐える調律管が出来ることがある。その上に漆をごく薄くかけた状態、これを通称「地無し管」と呼ぶが、これがポン太の姿ってことだ。
ポン太は竹本来の音色を出す。ジャジャ馬というか、ヤンチヤというか、なかなか言うことを聞かない反抗期丸出しの1管である。

実は、昨日、「天雷」がわが家へやってきた。
地なし延べ管・1尺9寸管だ。太い太い尺八。
遠く昔の竹縁につながる琴古の本曲吹き・大二郎氏からのいただき物だ。
「これを吹くがよろしい」と、突然届けてくれた秀逸なる一品である。
感謝感謝。
息を入れてみて天から雷が鳴り響いたかとビックリ仰天し天を仰いだが青空だった。
なぁ~んだ今自分が吹いた尺八の音じゃないか!
わたしはこの尺八に「天雷」の名を付けた。
次回は「天雷」の話をしようと思う。


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2007年5月 8日 (火)

チョンボが怖い

昨日釣った(その実は針に引っ掛かってあがってきただけ)ナマコがまだ残っていて、そやつを肴にアルバ酒を呑んでいる。九州の黒麹仕込みの上等品。アルバどんが“これお前にやる”ってくれた。度数が20度でそのままストレートで舐め呑む。舐めるような感じで味わいながら呑むってこと。
で、肴が、ナマコ。

いつもはナマコだけは、かみさんが気味悪がるから、わたしがサバキ造るが、昨日は彼女を督励してサバカせた。
「これ刺さない?」とかみさん。
「大丈夫ヌルヌルだけで棘はない」とわたし。
「これ噛まない?」
「両端とも尻で頭と口が無い」
そんなこたぁ~ない、どちらかが頭でその反対側が尻である。が、見た目も捌いた後も、判然しない。
縦向きに半分に割って、それをさらに縦半分に割る。あとは薄めのタクワンキザミ。
酒を加えた二杯酢に浸し、小皿に採って摘み食う。

“はじめてナマコを食った人は勇気が要ったろうな”って話を聞くことがある。
わたしに言わせれば、原始の時代・縄文・弥生のころは、なぎさへ行けばナマコがゴロゴロしていて、獲るのに造作が無かった。できるだけ小さな一口サイズを拾い獲って、そのままムシャムシャ食ったのではないか。海の物で最初に食われたのがナマコであったのではないか。と、思う。
いや、その頃はナマコは手足を持っていて、なかなか捕まえるのに往生したってことなら話は別だが、まぁ常識的には既に手足は無かったのではないか。

アレッ!だいぶ酒が回ってきたぞ!
なにが言いたいかっていうと、なんとかこのナマコの酢漬けの美味さを言おうとして、再々杯を手にし、ナマコを口に運びつつ、言い方を考えておる。
難儀だ、なんぼ考えても、わたしの有する語彙のなかにはナマコの味を伝えるに足る言葉がござらん。
味?そんなもん有るかい!
口当たり?変に硬くてソイで、強く噛んだらへこみます。
チュウインガム?デンデン感じが違う。節分の豆?噛んだときの硬さが少し似ている。
美味いのか?そりゃ美味いわさ!
どのように美味いの?
食ってごらんよ!
しつこく問うなよなぁ~、めんどくせぇ~、美味いものはうまいのさ!
そういう味だわさ!!

アッハッハ(笑い)もうそろそろバスの時間だよ。
金の字からオールメンバーズ集まれ、場が立つぞ~って、呼び出しがあった。
悪がき連のジャンです。
これから三ノ宮の雀荘へ出かけます。
酔っ払ってて大丈夫かな?

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あれこれ

今日は絶好の釣り日和。沖へ魚釣りに出たくて体がウズク。ヤボ用がある。あぁ不幸だ!残念だ!
明日も凪。だが朝10時半に歯医者の予約がある。左アゴ上糸切り歯を治療の予定。
明後日、明々後日、も、凪だと思う。釣りは明後日まで我慢我慢。

ペリーどんがくれたコメントに“ヴィブラート”のことがあった。“喉を緩めながらゆする”とある。
やってみると、喉を緩めて吹くと自然にゆすれてしまうのですよね。逆に言うと“喉を緩めてゆすらずに吹く”のが難儀ですな。はぁ、上手はゆすらずに吹きますか!
で、開き直って、下手は下手なりに、ゆすりながら吹くことにしたらエエやないか…と、やってみると、これがまた貧乏臭い“貧乏ゆすり”になってまう。たよりなげでいけない。ビビリ音の…ような気がする。

実は、以前からこのこの“貧乏ゆすり”が気になっていて、乙音を野太く吹こうとする際、この“ヴィブラート”が必要以上かからないように注意して吹いていた。
が、ペリーどんの手引きを得て、“なぁ~んだ、ここが入り口だったのか!”と、気が楽になった。
これからは、“ペリー式緩め奏法”を研究してみようと思う。金持ち気分で…。
さっそく、今日から試みる。

日経新聞からひとつ抜粋、
有機ELのニュース。三菱重工業は有機EL事業に参入し、パネル量産態勢入るとか。
すごいことになってきましたなぁ。有機ELのことは先日これに関わっている友人から聞かされてホンマかいな?と、マユツバだったが、ホンマなのですね。


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2007年5月 7日 (月)

素 竹

昨日は地元・三木森林公園音楽ホールへ邦楽コンサートを聴きに行った。
雨天。新緑が滴るごとく鮮やかで、空気も気韻(きいん・気品の高い趣)も澄んでいた。
舞台の後ろ側の壁全体が巨大ガラス張り。森が借景になっている。

開演は午後1時からだったが、わたしは11時過ぎにはもう客席に座っていて、リハーサルの様子もシッカリ見聞できた。
不都合な箇所は幾度か繰り返して本番に備える。
どこをどう工夫しながら演奏しているのかがわかっておもしろかった。
総じて言えば、皆さん、本番よりリハーサルが良かった。

尺八は都山流の面々らしかった。60前後のジイチャンばかり。若い人は居ない。
尺八習得に長年月掛かるということもある。が、免許制度の弊害が垣間見える。非難じみたことになるので詳しくは述べない。
三弦は同年齢の女性。師匠格か。
箏には年代幅があった。中学生~60台。
なかに、すこぶる付きのお嬢さんは、わたしの明暗師匠・白龍師の娘さんである。

随分勉強になった。
白龍師と並んで傾聴した。
後刻、
師は、「この竹をお貸ししよう」と、持参の地なし延べ管を1本わたしに手渡された。
「適当なのが見つかるまで、これで稽古しましょう」とのこと。
節足らず(5節)の稽古竹だ。歌口も竹を斜に削っただけのまさに素竹といってよい代物。完全な地なし。無銘。既に少しひび割れがある。師が、先日、わたし用に師の師匠から借り受けてきた品である由。
吹いてみた。鳴らない。師匠が吹いてみる。やはり鳴りにくいようだ。が、師匠は平気な顔をしている。

昨夕から、これを吹いている。が、鳴らない。クセ竹だ。一音一音工夫しながら吹いてみる。
ときおり鳴るようになった。
鋭い音が飛び出してビックリする。

また朝がうっすらトボケ顔でやってきた。
昨日来のやや強い雨はすでに上がった。
魚釣り用のワラジに履き替え、今から沖へ出る準備をしようと思う。少し波があるかもしれない。わたしにはこの魚釣りも尺八同様新鮮極まる修行。その実はだらだら遊んでいるだけだけれど、そう思い込むことで身の置き所を作り、かつ自身を律するのである。

このブログ、山口五郎氏の尺八本曲CDを聴きながら打っている。


<釣果報告>
大きなフラットフイッシュ(カレイ)が5枚。ポン(アイナメの大きなの)が1本、他にガシラ・キスがそこそこ、そしてナマコ、
チッシュペーバーの箱ほどもある大きなナマコだった。キザミ造ってそれでイッパイやっとるところ。カレイのサシミもあるでよ!

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2007年5月 6日 (日)

独 言

「尺八を学ぶに曲の手続のみ覚ゆる事思ふ人多し、心得違の甚しき也、めいかり程拍子専要也、手続のみおぼへて後、己が見識をもって吹くは上手のうへにあり、初心より中品までの輩ゆめゆめあるべからず、すべて其師たる者を真似るを第一とす、故に師をえらぶを要として悪きにたよるべからず、手続のみ知りたき人は譜面にて事たるべし、手続のみ知りたればとて尺八とはいうべからず、くれぐれも尺八の尺八にあらざるを恐れよ」

上記は、尺八界の巨峰・久松風陽「独言」からの一部抜粋です。
 ペリーどんが「一二三」をシッカリ吹き込めと言う。
 単管〇どんが師の口伝を待てと言う。
 遍照どんがメリ・カリのことを叱り教えてくれる。

わたし、氏らの指導を真正面から受け止めているってことを言いたくて、あえてここに久松風陽「独言」を抜粋してみた。
この「独言」はわたしの書斎の壁に貼り付けてある。
ヒマにまかせて再々読んでいます。

そうだ!もうひとつ抜粋してみようかな、
「初心は先ず業(わざ)を修行すべし、業成て気合を修行す、上手は業あらず気合にあり 気合の修行は業にあり、業ならざれば気合いたらず、初心にして気合にかかはる時は生涯竹道の理屈者と成て果べし、迷ふべからず」
…初心者は、初手から“気合云々”に関わるとろくな者にならんぞ!っていう諌めでしょうね。わかるわかる。だけど、わたしは、言い訳しますが、尺八そのものにはもう50年近く触っている。明暗では初心者だが、全くの尺八初心者だというわけではない。今のわたしに必要なのは未経験だった明暗の技(業)の習得と、明暗の気合。
師の口伝を待ちかねて“業”に“息”に関心を持つこと、早すぎるとは思っていない。

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2007年5月 5日 (土)

竹と、トトロのサリゲ

 ペリーどんが、ブログアップの「虚空」を聴いて“音に貫徹力が無い”と言った。
貫徹音に挑戦だ。
甲音(オクターブ高い音)の「ツ」と「レ」を、貫徹貫徹でピーピイ吹く。
一体に、地歌を吹く際はこの貫徹音は使わない。地歌には澄んだ音色の尖がり貫徹はむしろ避けた方が無難。
わたしの尺八は琴古流の造りで6節の稽古竹。地がきわめて薄く、地無しといって差しつかえない一管。倍音混じりのヤワ音より、むしろ貫徹音が出やすい造りだ。

 チーチウーのチが高すぎる、ウも高め、ツも同様。音色はかすかに高い方がきれいに聞こえる。音色に気をとられると音程が上ずる。今はその状態。

 ペリーどんは、あわてるな!「一二三」だけを吹き込め!って言う。…が、これだけは承服し難い。氏が言わんとすることは承知ながら、凡人には難しい。釣り人は短気者と相場が決まっている。イライラしながらそこらじゅうを駆け回り、回り道しながら迷いながら進むことになる。これは性分だからしかたがない。ジット我慢で「一二三」バッカやっていたら、ストレスでひっくり返るに違いない。

 コメント欄経由じゃなく、直接メールで遍照どんからもヒントをもらった。先輩達の優れたCDをシッカリ聴くことが肝要だとのこと。

 単管〇どんの、“本曲は(師匠からの)口伝が本来”が一番身にこたえた。さもありなんとの思いが強い。が、これまた、短気な釣り師のイライラが、師匠の口伝を待ちきれるかどうか。これ、ぜんぜん自信がござらん。

午前中は尺八稽古。午後はマリーナへ艇の整備に出かけた。
友艇アルタイルが南紀周参見沖からカツオをたくさん釣って戻ってきた。
鹿ノ瀬5番で、真鯛があがるようになったらしい。同所で大アジが釣れ始めたと聞いた。サバの声もあるらしい。同所で45センチのカレイを釣った艇があった。
トトロ艇が播磨灘の昼飯クルージングから帰ってきて、昨日の話だがやはりカツオを周参見沖で数釣ったらしい。カツオは大きくて70センチ近い大物だった由。トトロのかみさんがその話の後で、「もうカツオは終りね、これからはカジキだわ」とサリゲに言った。
わたしは、燃料軽油がもったいないから、出来るだけ近場で小物釣りをする。4月以来、カレイ・アイナメ・ガシラ釣りを楽しんでいるが、これがまたおもしろいのだよなぁ~。


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沖は荒れ模様

ブログで教えを請うってのは、こんなスバラシイことだとは思ってもみなかった。
 自分で吹いているだけでは、自分がどのレベルに居るのかサッパリわからん、
 いったん録音し、それを他人の耳になって聴くと、なんて下手なオッサンだ!
 さんざ録音しては聴きなおすが、これ以上どう改善すべきか判然しない、
 思い切ってブログに載せた、

単管〇どん、遍照どん(メール)、ペリーどんらから、専門的指導が得られた。
納得納得です。
ほんとうにありがとうございます。
わたし貧乏だから月謝や教授料は払わんけれど、たいへんたいへん感謝しております。
もたま欲しきは先達なりけり、って感じです。

<さて以下は、釣り仲間らに向けて、尺八解説のつもり>

尺八、特に明暗等の尺八本曲におけるウンチクのありようは個々様々みたい。
A氏に価値あることでも、B氏には無価値ってことがごく当然のように存在するみたい。
ただオカシナことに、A・B・C・D…らは、たがいに他を非難しあったりはしないようだ。それぞれが、それぞれの仲間内にしか通用しない譜面を用い、それぞれにしかわからん工夫をしてはその出来を楽しむ。この小さなそれぞれ世界は、さらに同じ流派内でも細分化が許されていて、師匠ごとに重きを置くポイントが異なるみたい。また師を同じくする弟子らも個々人ごとに価値をみるポイントが異なるみたい。だって、それぞれが手にする尺八そのものが、自然の真竹をぶち切っただけの自然の物。1本1本が別物である。

さて、ここからが問題。
この各自勝手バラバラをいったん承知した上で、それでもなお共通の関心事がある。
「音色」と「気合」がそれ。
わたしが今先達らから得ることができたのがそのことだと承知。
「音色」と「気合」とが大切だとは、音楽の世界だから当然な話だが、これって音楽・尺八以外にも広く通用する汎用型の話じゃないかと思う。

わたしは尺八と魚釣りの二足ワラジのオッサンズズイだ。
同様のことを魚釣りかまけて言うと、魚釣りは、まず「場所」と「時合」だって言うじゃないか。闇雲に走りまわり、所かまわず釣り糸垂れたって、な~んも釣れないわな。
「場所」と「時合」の何たるかを知らないと本物の釣り師とは言えません。
だがしかし、釣り師とは釣りバカの別名称だと心得れば、多少違った姿がみえるぞ!

ある釣り好きが昨夜の大雨で出来たばかりの水溜りに、それとは知らず釣り糸を垂らす、
…と、前夜来の事情を知る釣り好きBが、
「アレッ!何か釣れるかな?」と、
A釣り人の横に並んでABが一緒に竿先を見つめる。
このBこそが真性の釣りバカであり、かつ、本物の釣り師なのではないか。
おもしろいですねぇ、Bは「場所」と「時合」を充分に承知していて、だからこそ出来たばかりの小さな水溜りに釣り糸を垂らす“真性の魚釣り”を楽しむことができるってこと。
わたし、かつて「メダカ釣り」を“究極の釣り”だと言った。が、さらに深いのがこの出来立て水溜りでの魚釣りだ。これこそが真性“究極の釣り”。

わたしはBのつもり。いつかはBになりたいオッサンズズイ。
この釣り心でもって、明暗尺八を学ぼうとしている。
おもろい、スッゲェおもろい!森羅万象すべて「音色」と「気合」。これ魚釣りの「場所」「時合」に通ず。その大切さは既に先刻承知。

さぁ、指導を受けたあれこれのこと、今日もまた終日尺八吹いてすごそうと思う。
だって、沖は荒れ模様。

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2007年5月 4日 (金)

…の、つもり吹き

調子・一二三・鉢返し・瀧落し、を教え始めたばかりなのに、その弟子がこんなのを勝手に隠れ吹いているってわかったら師匠はビックリするかもな。
「虚空」のつもりです。

譜の読み方もわらんし、まぁこんな感じかな、と、まったく我流の勝手吹き。
どこがどう変ですか?
批評以前の問題ですか?

「まだ十年早い!」ナンテ言わないでね。
十年後はわたしもう80前ですよ。息が続かなくなっているかも。今だって所々で苦しいからなぁ。
えっ!息が無くなっているかもって?
冗談きついよ!


あぁ、釣りの方はまぁまぁの釣果でした。
今年はアイナメがやたら良く釣れます。
先月来もう通算40本ほどポン釣ったよ。

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急げ!

音が洩れないように部屋を閉め切って「ツレー」「ツレー」ってこればっかやっとる。
気に入った納得の「ツレー」が出なくて、「ツ」と「レ」の二つの音を切り離し、「ツ」ばかり吹いたり、「ツ」に飽きて「レ」ばかり吹いたりする。

いくら部屋を閉め切っても、安普請だから音がもれ出る。
いつも我が家の前の道を行き来するオバハンが、この洩れ音聴いて、かみさんに、
「あんたとこのダンナはやることが色々あってエエな」って言ったらしい。
気の毒なことに、オバハンのダンナは脳溢血後の自宅療養中でナァ~ンもせんらしい。
彼女宅へも時々わたしの釣果分配がある。

夜になると我が家前はダァ~レも通らなくなる。
安心して吹けばよいようなものだが、夜陰に乗じて変なオバケが迷い来るといけないから、9時以降は吹かないようにしている。
朝も、だいたい9時が境目でこれ以前は吹かない。

このところ凪ぎ続きで、4時半を過ぎる頃からボヤ~と朝が来る。
が、明けてみて、凪だ凪だと思うと辛抱が出来なくなり魚釣りに出てしまう。
あぁ~今日も凪ぎみたい。
尺八もやりたいし、釣りにも行きたい。今、わたしの心は尺八と魚釣りが合い争っている。
だんだん魚釣りが優勢になってきたゾ!

決めた!
急げ!
決めた決めた!ラーメン湯がき食って、魚釣りに出ることに決めた!
あぁ~忙しい!!!


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2007年5月 2日 (水)

250円

思考傾向はどうなのだろう。自分で自分を客観的に把握するのは至難の業。
わたし、自分のこと、右的か左的かすらもわかっておらん。
高邁なことを考えたいなんて思わない。が、生きているからは美味いものを食いたいし、心地よくすごしたい。…嫌気な場からは逃げ出したいし、もっとオモロイことないかいな?と、ウロウロする。

と、ここに関わってくるのが、ゼニ(銭)ですな。
美味いもの、乗り心地よい車、快適な住まい、あちこち旅行したいし…、地無し延べ管(明暗流の尺八)も欲しくてたまらんし…、
でも、ゼニが無いから、
好きなキムチも一番安物でがまん、尻で道路の凸凹を感じながら走る車、衛星放送は受信しないで安物アンテナ受信、列島を周航したらもう資金が尽きた、尺八ってのはベラボウに高価でっせ、並み物だと数字の後ろに〇が5つは連なる。最低でも4つでっせ!

わたし、自分のことを貧乏だと思っている。この自覚だけはシッカリある。
だって、何かが欲しくなったり、何かしたくなったりするつど、振る袖の無いことに気付かざるを得ないもの。

で、ここからが問題なのだが、
それで貧乏は辛いか?っていうと、これがまた不思議なのだが、貧乏だ貧乏だと辛げに言うほど実際は辛くもなんとも無い。
慣れもある。が、慣れとは違う。金持ちには金持ちの世界があり。貧乏には貧乏の世界がある。ただそれだけのことのように思う。

一昨日、金持ちのアキどんがわたしの「はまちどり」に乗り込んできて二人でカレイ・アイナメ釣りに出たが、彼、そのとき自分の竿を2本持って乗り込んだ。
見るからに高価な竿とリールだった。数字の後ろに〇が5ツの上等品。
気になってか、アキどん、わたしの具を見て、
「その竿あまり高そうではないですね」
「あぁ、竿と糸付きリールのセットで980円」とわたし。
ほかにひとつ上等そうに見えるリールも使っていた。
「このリールは上等や、竿別で、糸付き1480円」とわたし。
まだ新品だ。
実は、一昨々日、行きつけの釣具屋で700円台の糸付きリールを選びレジ台に持っていったら、店長が、
「波平さん、なんぼなんでも、それはないでぇ~、せめてこっちを使ってくれない?」
って、取り出したのがこのリールだった。
わたし、随分立派なリールに見えました。値を負けろと言った。負けてくれんかった。
わたし、清水の舞台から飛び降りたつもりで大枚1480円を支払った。

ひょっとして、わたし、お金持ちかも。
アキどんの竿・リールを見るまでの間だったけれど…、

あぁ、アキどん、先端金具が千切れた竿だけれど完璧に修理デケタよ。
店長が「250円よこせ」って言った。


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2007年5月 1日 (火)

エエエ

「どう解決してよいかわからないけれど、それを解決しなければ先に進めないということまではわかった。こういう状態にいるときがいちばんわくわくする」

これは、内田樹先生の4月29のブログ「対立するものを両立させる」のなかで見つけた一節である。
内田樹先生が、ご自身合気道稽古をするなかで、こう感じると述べておられる。

先生はこうも言っておられる、
「イチローのバットは、細かに揺れ動きながら、最適のヒッティングポイントを求めてインパクトの直前まで「ためらって」いる、と。
そして、
運動の精度を上げるには最後の最後まで決定を延ばす必要がある、
が、しかし、それは、“決然と動く”。あたかもそれは既定の事実であったかのように必然的に決定された動きである、と。

最後までためらう ⇔ 決然と動く
これは、いわゆる対立概念だ。
よかれ悪しかれ現実の動きは起きる。
油断していると、ボヤ~としたままその時を迎え、漫然とバットを振ることになる。

魚釣りで竿先を見つめるとき、かすかな魚信を竿先に感じ、いつ竿を煽ろうかとその瞬間の間合いを計る。
カレイの場合だが、カレイは餌にいきなり食らい付いたりしない。食って良い餌か否かを確かめてから食いつく。餌を上からチョット押さえてみて餌の感触を確かめる。いったん離れ、そして食いつく。上から押さえた時の「コンコン」のアタリ(竿先の魚信)が先行する。「コンコン」と来る。まだカレイは餌に食いついていない。この「コンコン」を感じたらすばやく拍手(かしわで)を3つ打ち、4つ目で、エイヤッ!と竿を煽る。4つ目でカレイは餌に食いつくものとみての釣技である。これを釣り人は「カレイ三つ」という。
実際に拍手を打つわけじゃない。気持ちの問題である。船べりに立て並べた竿先は波に揺れ風に揺れている。常にフワフワ動いている中のかすかな「コン」だ。海にはカレイだけが居るわけじゃない。アイナメも居るしガシラやキスも居る。カレイの「コン」かどうかを瞬時に見極め、決然として三つ数え、エイヤッっと竿にあおり当たりをくれる。

尺八の場合、
「瀧落し」の曲の場合、
気持ちを集中し、最初の「ツレー」の息の吹き込み。
まず「ツ」と出て、ついで「レー」と継ぐ間合いの呼吸。
さらに「エエエ」と、落水が断崖の肌を打ちハジケ散る、シブキが宙に舞う、滝つぼへ落下…。
だけんじょ…、ワシャそうは吹けんわな…、
気持ちに迷いがムチャクチャあって、なかなか気持ちの統一がデケン。
だけど、なんとなく心のうちには、このように吹きたいって絵はあるよ。

ペリーどんの、今回のコメントに、
『9・イメージがあって、それを実現するやり方がわからない、という状態を、我慢して持ち続けて、決して棄てないのが、音楽をするということだと思っています』とある。
これって、冒頭に掲げた内田樹先生の言葉と同じだね。

オォ~、そうだったか!!
わたしも、一応、階段の下に上向いて立っていたのだったか。
隠居ズズイの尺八稽古とあなどるなかれ、わしゃ、天下を盗るつもりで尺八吹いとるぞ!


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