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2007年8月

2007年8月30日 (木)

短期間音源アップ→削除

久しぶりに音を出してみよう。

1.        自分で自分を聴きたいから。

2.        わたしのレベルを尺八仲間らに明らかにしておく義務があるかも。

1.自分を聴く、だが…、

 自分の演奏がぜんぜん気に入らない。音程狂いが随所にあって聴くに堪えない。頼りない音だ。わしゃこんなにも下手だったのか?

いつもは「火吹き」で稽古している。が、今回は「錆落し」で吹いた。「火吹き」ではあまりにも音が狂いすぎる。だが、本当は「火吹き」の方が明暗音である。残念だ。

2.レベルを明らかに、だが…、

 下手ではあるが、日々上達しつつあるような気がしている。

対山譜だ。だんだん本曲になりつつあると思っている。

数日後には全曲を削除しようと思う。

いつまでも下手をさらけ出すのはイヤだ。不本意だ。身を削る思いでアップしたのである、なお、この際、どんな酷評でも甘んじて受けたいと思っている。よろしくお教えのほどを請いたい。

稽古するほどに自分の下手さがわかる。

全曲、先ほど一気に吹いた。曲ごとの整理はしていない。

三谷曲→善哉曲→秋田管掻→恋慕流→浜千鳥→ゴンドラの歌→愛燦燦、

<(_ _)>

ごめんなさい、31日正午をもって音源削除をいたしました。われながらなさけなくてしょうがない出来です。みっともなくていけません。次回アップは、今年の年末頃に、それまでの稽古の成果を聴いていただこうかと思っています。その際は、やはり完全地なしの不調律竹「火吹き」で吹きたい。このたびはお耳を汚して申し訳なかったです。本人は一生懸命なのだが、どうもうまくいかんわけだ、お許し願いたい。

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2007年8月29日 (水)

しぐれ

「しぐれ」は「時雨」」と書く。

“秋の末頃から冬の始め頃に、降ったりやんだりする雨”と、広辞苑にある。広辞苑には以下22行にわたり意味・用法の解説がある。

この他にも前後に言葉を添えて使うことがいろいろある。たとえば「初時雨」といえば、まさに今わが家の庭に降っている雨がそれだ。「しぐれ」は、極めて日本的な言葉だと思う。

言い方を変えてみようか、

“秋冬のキワに、降りみ、降らずみの雨”

アッハッハ、こう言うと、さらに日本情緒が増しますね、

だが、雷雨はダメだわな。ビカッ!で、ドカッ!で、ピタッと止んで、またビカッ!で、ドカッ!は、蚊帳に逃げ込んでヘソをとられぬように両手で隠すがよろしい。こんな雷雨は時雨とは言わん。時雨はヘソを取らん。

春雨のようなシトシト雨も、いまいち気分がシグレ的じゃない。少し斜めにサァーと降るのがエエような気がする。

アレッ! つい先ほどまでそれが降っていたのに、いつの間に降り止んだのだろう?

今回の安倍改造内閣ですけど、“しぐれ内閣”って呼ぶのはどうかな?

マスコミ各社は新閣僚たちのアラ探しに躍起じゃないか?

テロ特措法で足ひっぱったる!と構えるいっとき晴れ間の党もあるし…、

もうすぐ午前9時。

さぁ~て、そろそろピーポー稽古をはじめようかな、

ダイですけど、昨日は軽く1度だけひっくり返りました。ダイもわたしも慣れてきた。かみさん?彼女は昨日は朝からお出かけだった。

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2007年8月28日 (火)

ドギマギ

ダイのひっくり返りは、やはり強すぎる薬のせいだったようだ。獣医と相談し、様子を見ながら調整中だ。

ひと口に“様子を見ながら調整中”とは言うけれど、いつひっくり返るかわからんから四六時中側に居て観察しているわけで、もう、こちらが疲れてひっくり返りそうだ。

かみさんが、「もうあかん、あたし、寝不足でひっくり返りそうや」って言った。

わたしの顔を見て「そのメガネどうしたの?」って問う。

「エッ??」

「いつものメガネはどうしたの?」

「エッ?エッ??いつものメガネやけど…」

「あたし、このところダイの顔ばっかし見ていたから、パッパの顔忘れたみたい…」

なんてこってしょうね、わしゃドギマギしまんがな!!

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2007年8月27日 (月)

なんでや?

ナニが釣れるかですが、毎年毎年、釣り物が変わるような気がする。

なんでや?

釣り人側からと、魚の側からとに分けて考える、

(ア)   釣り人側

       個人の魚釣り技術向上による狙い魚の変化…だんだん大きな魚が釣りたくなる、

       遊漁界の技術向上・釣方開発…メタルジグ、タイラバ(ブラブラ)釣りなど

(イ)   魚の側、

       人為的な影響…幼魚放流など養殖がらみなど、

       天候変化など自然的な影響…海水温変化など等、

プレジャーボートによる沖釣りを念頭に置いて話しているのだけれど、

(ア)①は、厄介だね。だんだん大きなボートが欲しくなる。わたし、以前はゴムボートを自分の口で膨らして乗っていた。今では家財を傾けて28Ftもの大きなボートに乗っている。維持経費がたいへんだ。油代に音をあげいてる。

(ア)②は、釣具屋へ行く都度、新たな釣り仕掛けがタナに並んでいる。安物でもエエからその新式釣具を最低一式は買って試さないと、遊漁界から脱落する…ような気がする。現に、間違いなく、デッタイに脱落する…と、思う。釣り師は常に情報通じゃないとやっとれん。

(イ)①です。各府県の水産試験場が、高値で売れる魚を躍起になって幼魚放流する。以前、播磨灘には石ガレイが多かった。メイタガレイはほとんど居なかった。今は真反対。ヒラメが最近は良く釣れるがこれも幼魚放流のせい。

(イ)②です。わたし、実はこのことが最も言いたい!

なんでやろ?今年はたびたび大きなトビウオが播磨灘の空を飛んでいる。この型のトビウオは紀伊水道をだいぶ南下しないと従来は見かけなかった。今年は瀬戸内海に入って播磨の空を飛んでいる。マンボウが春先から大阪湾・播磨灘に入っている。シュモクザメなどが目撃されている。間もなく、ブルーマーリンが入ってくるのじゃないか。

逆に、今年は真鯛があまり釣れない。わたし未だ型をみない。ハマチや大アジが極端に少ない。メゴチはヌメリゴチとも呼ぶが播磨灘あたりではテンコチという。以前は仰山居た魚だ。最近ほとんどみかけない。越前クラゲがなぜか今年は少ない。赤クラゲも少ない。水クラゲがやたら多い。

なんでやろ?

地球温暖化のせい?

そういう総論的なことじゃなくて、もっと各論的なことがありそうに思う。

なんでもかでも総論的な手の届かない、あるいは届きにくいことに責任を押し付けるのは良くないと思う。

要は、沿岸海域に、何らかの変化があるに違いないわけだ。

漁業的に捕りすぎであるとか、不用意に偏った幼魚放流による生態系の変化とか、工場や生活排水の影響とか、捕鯨禁止の影響とか、クラゲの異常繁殖のためとか、なんでクラゲの海になったかとか・とか・とか・とか…、

まさか、波平が、明暗尺八を吹くようになったせいだなんてことないわな、いや、あるかな???

今日もまた暑い日になりそうですね。

海がとうとう熱めの風呂になってもた、とか、とか、とか…、

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2007年8月26日 (日)

秋かな?

ブログは、まずわたし自身のために書いている。

余人がお読みになるのは、そりゃ勝手ってことになっている。

“皆様のために”とか、“社会のために”とか“国際貢献が云々”とかとかはすべて自己欺瞞のウソッ八であって、よ~く考えれば、いつも自分がその中心にある。…と、わしゃ思う。

初手から、ゴウツク書いてしまったが、

以下に、しょうもないことを書こうと思っての前置きですわ、

飼い犬・ダイのことですよ。

昨日は、2回心臓発作でひっくり返りました。

一度は“クー”と低く唸ったきり、身体を反らせてほぼ完全に死んでしまった。オシッコが身体を硬直させた際に飛び出た。もうアカンと思ったけれど、ドツキさすったら、またまたあの世から帰ってきた。

今日は朝4時に散歩に出て、オシッコと、ウンチをした。

もう一人のショウ(省太・シーズー犬)が、いつも側から神妙な顔をして見ていますよ。

今朝は少し涼しいですね。今日もカンカン照りのようだけれど、なんとなく物寂しいのは秋のせいかな?

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2007年8月25日 (土)

大地がんばる

愛犬ダイは頑張っている。昨日は早朝1回クワー!と、心臓発作時の奇声をあげたあとは容態が安定しつつある。

クワー!の甲高い声を聴くと、わたしは飛び上がる。もうあんな声は止めてもらいたい。

飼い犬はもう一人(?)居て、住民登録上では「省太」という名。やはりシーズー犬。

ダイが術後の患部保養のため、首に大きなガードをつけているのが、みかけライオンのタテガミのようで、省太(あだなはショー)は怖くてしょうがない。食欲がなくなってこれもまたヘタリ気味だ。チーズと上等の菓子パン少々の生活。なんとしてもこれしか食わん。

わたしは高血圧症で常に降圧剤を服用しているが、かみさんは極端な低血圧症で、二人の体調は常に間反対だ。わたしは、夜はまったく苦手で最近は9時まで起きていたことがない。朝は、真夜中の1時・2時に目覚めて、しばらくは寝床でボンヤリするが3時頃にはだいたい起きだしている。

かみさんは、夜はやたら遅くまで起きている。どうにかすると日が変わってしまう。朝は逆に昼前近くまで寝ておる。

で、期せずしてダイの看病は、二人の自然態のなかで24時間体制がとれている。

今朝は、早朝2時半にダイ・ショウ・わたし波平の3名で散歩に出た。

少しは歩かないとウンコが出ないようである。公園まで3名そろってヨタヨタ歩いた。が、帰りはダイを小脇に抱えて帰る。ショウがすねて座り込む。両脇にダイとショウを抱えることになる。

今、ダイ・ショウはグーグー寝ている。ダイは大きなイビキをする。イビキが聞こえている間、わたしはゆっくりする。

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2007年8月24日 (金)

悩ましきダイ

Daiti1 飼い犬のダイです。

この悩ましい姿を哀れんでやってほしい。

彼、住民登録上ではシーズ犬・「大地」。たしか13歳になったはずだ。

ダイはまだ幼かったころ、ボルゾイ犬の「花」という名の姉が居て、彼女がご機嫌斜めのとき、不用意にじゃれ付いて、一喝され、ビックラ転がって、目玉が飛び出た。顔から眼球からコボレ落ちそうになった。俗に「目玉が飛び出るほど驚いた!」って言うでしょう。これって、言葉遊びじゃないですね。本当に飛び出た。

で、救急車呼んで、じゃなくて、大慌ててで、獣医に駆け込んで獣医に目玉を押し込んでもらった。獣医はガーゼでごく単純にグイと眼球を押し込みました。わたし見ていてナ~ンだ簡単じゃないかって思った。

以後も、再々、ダイはびっくりし、そのつど目玉が飛び出るので、先の要領で押し込みます。ダイは自分でもこの押し込み要領が解ったらしく、あぁ~飛び出たな、と、思ったら、自分で床に目玉を押し付けて押し込むようになった。上手なもんだ。

が、このたびは、自分で押し込む際に、砂利かなんぞの上に目玉を押し付けたみたいだ。左目玉がつぶれてしまった。血がタラタラ出て、完全に目玉がオシャカになった。

で、救急車呼んで、じゃなくて、大慌てて獣医に駆け込んで、結局左目は手術で閉じてしまった。針で上まぶたと下まぶたを縫い合わせた。写真は術後3日目の顔です。自分でまた顔を床などに押し付けないように大きな青いガードルを付けられている。

目下重態であります。時々心臓発作を起こし、クワ-!と甲高いうめき声を上げてひっくり返ります。そのつど、わたしか、かみさんが駆けつけ、身体をドツキさすってこの世に引き戻す。昨日はこの駆け引きというか、綱引きを4回やった。今朝は夜中の1時頃に初回の綱引きをやった。で、わたしとかみさんは一時も彼の側から離れられない。離れたその間に、クワ-!があったら一大事だからなぁ~、難儀だ!

とっても難儀でっせ!!

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暑気ボケ

l         朝青龍はふてくされているだけではないのかな?

l         東京電力の電力不足は単に柏崎原発の重要性アピールに使われているのじゃないか?

l         公明の動きが変ですね。はは~ん、民主に乗り換える気がありますな。

l         旅客機炎上がもしテロの疑いがあったら、自民は渡りに船だったかも。

l         ステルス戦闘機の国産予算が付いたのだって!そのうち核開発予算が付きますよ。

l         ヤヤッ!国産航空母艦の進水式があったのだね!勇ましいなぁ~、帝国海軍復活。

l         日本は言論の自由の国?報道の偏りが気になりますが…、なんだか変だよ。誤魔化されているような気がする。

l         いちばん真っ正直なお役所は気象庁かも。等圧線にはウソがなさそうだ。

l         世界金融市場だが、損しないように、ドサクサにまぎれて大儲けしようと、でもこれは戦争じゃない。平和ってのは、こういうザワツキ状態が機能するのを言うのですよね。要するに強者と弱者が衝突なしに過ごせている状態なわけだ。早い話が、弱者が骨抜き状態になっていて、ケッタクソ行動を起こす気力もない状態だってこと。…ナニガ平和なものか!

l         大企業の経営統合もまた平和な勝ち負けでしょう。社保庁職員は形首切りでその実は政府系組織に再雇用だね。やはり平和です。呑み込まれようが、首切られようが、ジット我慢していたら、なんとか食えるのではないか。

l         隠居が尺八吹くのもやはり平和だからでしょうね。仮に戦争勃発で徴兵制が敷かれても、隠居は逃れ得るでしょう。アッハッハ、戦争でも隠居は尺八が吹けそうだ。

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2007年8月23日 (木)

なんとなくの音

「…いろいろ本曲を聴いたのですが、本当に本曲というのはおそろしいもので、それぞれの個性、品格といったものが音にそのまま表れてしまいます。自己主張の強い音、人を気遣う音、自信のある音、不安な音、意思のある音、なんとなく出てしまった音…」

これ、ろめい氏のブログからの一部抜粋だ。

この最後の、「…なんとなく出てしまった音」を、氏の言わんとするところからは外れるけれど、以下とらえてみる。

わたしもろめい氏同様、吹く音に自分が全部さらけ出てしまうと思っている。

録音して聴きなおすと、自分の嫌なところが赤裸々に出ていて聴くに堪えんからなぁ~。

で、嫌なところを隠し、ごまかして吹きたい、と、稽古するが一向にこれがうまく行かん。

で、で、最近は開き直って吹くことを覚えた。

だが、これだと、どうせオイラは下手なのだ、と、安きに甘んじるって感じになって、稽古に身が入らん。

なんか変ですわ。

どういう気持ちで稽古したらエエのか、だんだんわからんようになった。

なんぼ吹いても、気に入らん音しか出ないから、曲を吹くのを止めてしまって、ただ単に乙のロだけをブォーブォー吹いたり、出だしのツレーがいつもうまくいかんから、ツレーツレーとこればかりやったりする。

そんな中で、ふと、アレッ!と思う音が出ることがある。“…なんとなく出てしまった音”なのだが、オオッ!と思う。

で、その音を、これだったかな、いや違うな、と、また探し求めてブォーブォー、ツレーツレーをやる。だんだんとオオッ!の音に行き当たる確率が増えてゆくような気がする。

わたし、この“気に入り”の“…なんとなく出てしまった音”を綴り合わせて曲を吹ききりたいと思う。そう思って今稽古中だ。

“…なんとなく出てしまった音”だけで吹き続けても、やはり、自分は赤裸々に出るに違いない。

どんな自分が出るのだろう?

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2007年8月22日 (水)

ブリ釣り

大阪湾は明石海峡大橋東側の塩屋沖でブリが釣れるらしいと聞いて、昨日二郎ちゃんと出掛けた。その顛末は次のとおり。

小イワシ(片口イワシ)がウワ~と大きな群れをつくって泳ぐのを下からブリが狙っていて、その鼻先に、少し弱ったげにみえる針付きイワシを送り込み、ドリャッ!と釣ろう算段であった。

で、あったが、そのイワシの群れが見つからない。

魚探をかけて周辺海域を探し回ったが居なかった。ごく小さな群れなら居る。ちょうどJR塩屋駅の真南あたり、岸から1キロほど沖合いに出た辺りに一群の瀬があって、その瀬にくっつくように群がっている。

イワシの群れは小さいが、中に大型魚の反応(魚探)もあって、執拗に攻めれば釣れなくもなかろうとあの手この手で攻めまくったが釣れなかった。

あきらめて播磨マリーナへ帰る途中、明石海峡手前まで戻ると、乗り合いジギング遊漁船がボンヤリ浮かんでいた。

と、わたしの艇の左舷前方にいきなりナブラが立った。すごいシブキがあがる。大型魚が小魚を水面まで追い上げ追い詰めむさぼり喰う様はスゴイ。

ソレッ!ってんで、わたしは艇をその方向へ急発進させた。

と、ボンヤリしていたはずのジギング遊漁船が、ものすごい剣幕で横から突っ込んできた。

と、と、ナブラがストンと消えた。魚探反応が消えている。

と、と、と、500㍍ほど先にまた大きなシブキが舞い上がる。

ソレッ!てんで駆けつける。駆けつけるジギング遊漁船がもう1隻増えている。わたしの艇とあわせて計3艇がソレッ!ってんで、あっちへ走ったり、こっちへ走ったり。

ジギング遊漁船が瞬間グオーとうなりを上げエンジンを最大に噴かせ黒煙をジェット状に噴出して突進を始める。釣り客がジグを投げ込むか投げ込まぬかの間にナブラが消える。

だいぶ走りまわったが、とてもじゃないが血相変えて突進する遊漁船にはかなわなかった。

で、これもあきらめて、帰港途中、明石海峡大橋の下を東から西へ走る、

…と、スゴイ魚探反応だ、イワシだ、イワシの大群だ。そに中に大型魚の魚探反応がたくさん出ている。

で、またまた、大型喰わせサビキを投入。とたんにイワシが針に付く。そのまま少しタナを下げてブリを誘う。満ち潮流が強くなり始めていた。アッと言う間に艇は西へ流される(明石海峡では満ち潮は東から→西へ流れる)。イワシが群れた区間を外れると、艇を東へ取って返す、の、繰り返し。三角波こそなかったが、なにせ海峡のど真ん中である。自転車をフルスピードで走らせるながら釣るような按配だから、忙しくってしょうがない。渦に入ると艇がコマみたいにクルクル回転する。二郎ちゃんの具とわたしの具がもつれこんがらがる。大型船が次々やって来て逃げねばならん。

せめてイワシだけでも捕って帰ろうかと思ったが止めた。二郎ちゃんもわたし波平もクッタクタ。B@どんが、「エエかげんに切り上げなさいよ、熱中症でひっくりかえりますよ」とメールをくれたのを機に竿を納めた。

あぁ~、オモシロかった。…負け惜しみデッセ!

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2007年8月21日 (火)

鹿は居るか?

わたしは地なし延べ管を2本大二郎どんからもらっていて、“火吹き”と“錆落し”。

“火吹き”は完全な地なしで、カーンという音が出る。が、調律は不完全。

“錆落し”は細い管で、地がすっごく薄いが、中が触ってあってほぼ完全に調律ができている。442だと思う。

明暗稽古は、“火吹き”を使う。童謡唱歌やカラオケには“錆落し”を、使っていた。

が、“火吹き”は、なんたって吹き辛い。

調律が狂っている分、気になってしかたがない。

良いところといえばカーンの音だが、442的に吹くとこのカーンが出ない。

で、とうとう辛抱しきれなくなって、明暗稽古にも“火吹き”を止めて“錆落し”を使うことにした。

と、実にらくらくと吹けて気持ちがよろしい。

一昨日、「1本竹」演奏会で本物の明暗尺八の鹿の遠音を聴いた。

やはり律はずれだった。

だが、他流派では感じなかった鹿が居た。

山中に分け入り鹿の鳴き声を聴く思いがあった。

わたしは、昨日から、また“火吹き”を取り出して吹いている。

律はずれが気になるが、以前とは違った気持ちがあって、この律はずれをものにしたいような気になっている。

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2007年8月20日 (月)

末 徒

昨日は高槻市に、諸流派尺八本曲独奏会「一本竹」を聴きに行った。

言い難いことだけれど、都山流は概して本曲が苦手のようですね。一音一音の片づけが甘い。音が揺らぎがちです。なぜかな?ひょっとしたら稽古量の差でしょうか。

圧巻は倉橋義雄氏の霧海ジ。流派を超えた力がある。琴古でもないし、明暗でもないし、それらを超えた斬新さがある。氏のホームページを拝見した。なるほど、なるほど、なかなかの者じゃねぇ。こんな方も居ったんかいな。たいしたもんやなぁ~。5の「読み物」ってのが特にオモロイ。

加藤伸雄氏の三谷にも感激。1小節抜かしたように思うが故意だったのだろうか?甲音部分を乙で吹かれた箇所がいくつかあった。ピタッとはまっていた。完全な吹きこなしだ。氏の呼吸・気合は本物だ。スンバラスイ!

松井幽山氏の呼吸・気合も本物だ。余人には、なかなかあのようには吹けん。竹が体の一部になりきっている。地なし竹の音に似ていたが完全な地なし竹ではなさそうだった。夕暮管と名づけた管だとか。

大釈真佐俊氏は「無住心曲」だったかな、初めて聴く曲だった。氏の本曲は、もうわたしごときが云々し得る域の外。ただ仰ぎ見る思い。音の片付けだが、ここまで完璧にこなしきるなんて人間業じゃない。

谷林白毫氏の「鹿の遠音」は講評を差し控えたい。今、わたしが学びつつあるのは、この京都明暗導主会が伝承する尺八である。ロビーで氏と目線が合ったが、わたしはあまりにも末席ゆえにご挨拶すら遠慮で出来なかった。氏の竹音は他流に無い明暗独特の朴訥なものである。明らかに律外れかと思うが、竹の味わいはそれでこそかくあるかという趣がある。平然として吹く姿はまさに虚無僧のものだ。尺八を聴いた!って感じがある。わたしは、やはり、この京都明暗を学びたい。プログラムに「孤高な男の吐息を尺八に託して六輪の世界を云々…」とある。わたしは、京都明暗導主会が伝承する尺八を学ぶ末徒である。

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2007年8月18日 (土)

混 迷

安倍政権の混迷ぶりが日夜報じられている。つまるところは安倍氏に代わる人材が無いと言うことらしいが、自民党に人材がないなら他で探すしかないわけで、と、なると政権交代画面が浮かび出るのだけれど、この流れがズルズル断ち切れないでいるなんて、自民党ははたして政権党と言えるのだろうか?

l         テロ対策特別措置法ってなんだろう?随分大切な法律らしいがどうも大切さ加減が米国側に偏しているのが気になる。従来ならそのことがまさに日本にとって一番大事な決定要素だって開きなおりできたのが、ヌヌツ・ホンマかいなって感じが出てきた。

l         次期主力戦闘機はステルスかと思っていたら、機密が漏れるからとかで、日本には渡さないと聞いたのはつい先頃の話だ。

l         北朝鮮との二国間協議重視に米国は明らかに傾いてきた。

l         連鎖株安に対応すべく米公定歩合の引き下げを新聞が報じている。

l         防衛省は絶対に日本防衛の盾とはなり得ないだろう、と、思えてきた。軍事力をどう使うかに以前に、それを国民の手に掌握し得ているか否かだ大切なのだが、まず一義的に考えて、それって大臣の手にあるのか、次官の手にあるのか、たはまた制服組の誰が実権を持っているのかサッパリわからん。

以上グダグダと隠居にあるまじき愚痴を申したのは、ひとえに、

l         先般通知のあった隠居に課せられた介護保険料の値上げであり、

l         保険料であり、

l         医療費自己負担率の高止まりであり、

l         なぜ微々たる年金に課税するのかの不満であり、

l         且つ又、昨日の魚釣りが貧果に終わったイラダチが原因である。

大きなマアジを背負って折れるほど釣ってこようと思っていたわけだ。

l         なにせカンカン照りだった。

l         ほとんど無風。

l         海水温26.7度。

l         日除けの全くないギラギラ海面の真ん中に小舟を浮かべ、朝6時から午後4時まで突っ立って、豆アジと格闘。

l         わたし長年瀬戸内は播磨灘で魚釣りやっとるが、今年ほど播磨灘でトビウオが飛ぶのを見たことがない。黒潮のなかで飛ぶトビウオほどの大きなトビウオだ。

l         魚探をスイッチ・オン。と、魚影がウワ~と出てくるから、サビキ仕掛けを下ろすと、たちまち豆アジが鈴なりだ。わたしはかみさんから小さな魚は持って帰ってはならんと、きつく申し渡されておる。豆はいらん、大きな魚が欲しい。釣りたい。

l         それでも豆アジ背負って帰って、かみさんに嫌がられて、自分で全部料理(背開きし・塩し、日干しにする)し、とうとうぶっ倒れた。

l         昨晩はいつ寝たのかさっぱりわからん。夕食半ばでグデェ~となって、そのまま寝入ったみたい。前後がわからん。

l         アッハッハ(大笑い)、今日も凪いでいるけれど、さすがに今日は沖へは出たくはござらん。

アァ~昨日はピーポーしませんでした。そんな元気は残ってなかった。

明日は、古典尺八の会「1本会」を聴きに行くつもり。カルチャーショックを得たいが、ナァ~ンダこの程度か!なんてことにならんだろうか?

l         自慢げな尺八は聴きたくない。

l         こけおどしの竹音も聴きたくない。

l         技にもあまり興味はない。

l         実は、何が聴きたいのか、それがわからない。

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2007年8月16日 (木)

今夜は熱燗

Natu_002 例によって、飽きもせずピーポ・ピーポ尺八を吹いているのだけれど、なかなか納得できる音が出なくて四苦八苦している。

自分の耳がおかしくなりそう。耳鳴りがして、気持ちが悪くてしょうがない。ワンワン耳鳴りがする。

体調が変だ。血圧が上がったみたいだからもう止めようと思って、ナニゲにふっと思って傍らの仏壇の鐘を手で押さえたら、耳鳴りが止まった。わたしは仏壇前に横向きに座って尺八稽古をする。鐘がウナッテいたのだね。

改めて試してみますとね、我が家の仏壇の鐘は双調調でした。甲のレに共鳴する。

いやぁ~、参った!

仏壇は、ご先祖は、わたしの尺八を聴いているのだね。ビックリした。

思い出すなぁ~、

まだ二十歳台だったころ、神戸の山崎美也先生宅に毎週毎週三曲稽古に通っていたことがあった。

勤務を終えた後の帰宅途中の稽古だった。腹が減っていて尺八が吹き辛かったので、先生宅へ向かう途中、お好み焼き屋でヤキソバ食って、熱燗をコップに7分目だけ飲んで、それから先生宅を訪ねるのが常だった。

毎週毎週のことで、わたしが店に入ると、黙っていてもヤキソバと熱燗が出た。熱燗はコップに7分目が限度だ。これ以上飲むと先生が「あら、キコシメシテおられますね」と、ご機嫌が悪くなり、床の間に立てかけた箏を鳴らしてご覧などといってすぐには稽古してくれなかった。尺八を取り出し、赤い顔でプープー吹くと、律が決まった頃に床の間の箏が共鳴してうなった。

2階が稽古場だった。先生は二階縁側に、この時期だと風鈴を下げて楽しんでおられた。その風鈴も律が取ってあった。そして仏壇の鐘もポクポクの木魚も調律済み。

「試しに木魚を鳴かせてごらん」と、これも赤い顔のとき、イケズを言われたことがある。頑張ったがこれは鳴らし得なかった。しかたなく木魚を自分で叩き、竹をこれに合わし勘弁してもらった。

お好み焼き屋のおかみさんは、サービスだと言って、7分目でよいのに、時々こぼれるほど酒を注いでくれた。また先生に叱られると思いながら、その都度全部飲んだ。

あぁ~、今夜は、ビールは止めて、熱燗を飲みたい。

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真夏です

昨日昼過ぎにお布施事を済ませたら、お盆がスートあちらへ行ったような気がした。

冷凍保存していた魚魚はアチコチ配って、冷蔵庫の冷凍室はスケスケだ。そんじゃ明日は魚釣りに出ましょうと、その気になって、昨夜は早々と休んだ。

熱帯夜。クーラー入れると夏風邪ひいたり疲れが出たりする。

で、汗タラタラで寝る。朝、もうグッタリで魚釣りに行く気力が失せてしまった。

明日?

出るつもりです。どうなるかわからんけれど、

あぁ、某所から、尺八ボランティアに来てくれろとの要請がありました。

認知症老人中心の施設だそうな。頑張らねばならんです。

皆さんはきっと童謡唱歌はお歌いですよ。

尺八は地なし8寸管“錆落し”を使います。

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2007年8月15日 (水)

参った!!

義弟チカどん夫婦が身重の娘と孫4人を連れて我が家にやってきて、ほんの2時間ばかり居たのだけれど、そこらじゅうを孫・孫・孫・孫が走り回り、なにやかや話しかけられたり、引きずり出されたり、わたしの知らぬなんとかいう流行の人の真似をするのを感心して見せられたりなど等で、あげくがこれから温泉へ皆で行こうと言い出して…、あぁわたしの住まう三木市にも最近温泉が出たらしく大規模保養所みたいなのがあるらしいのだよな、わたしはまだ行ったことないけれど、

で、これ以上付き合ったら殺されると思ったから、ひたすら同行を遠慮して逃げたわさ。

ドッと来た彼等が、さぁ温泉だ!ってんで、ドッと帰ったら、もうわたしは疲れて立っていられなくて、バタンと倒れて昼寝だ。

で、今、昼寝から覚めて思うのだけれど、人数を数えたら、孫らは総勢たった4人だったのだよな。が、あの時は2・30人が走りまわっていたような気がする。

かみさんも、わたしと似たり寄ったりで、まだソファーにぶっ倒れて寝ておる。

飼い犬2人(?)も同様だ。ぐにゃグニャになってしまった。

チカどんの娘も、彼女は孫2人の母親だが、一緒に来ていたが、8ヶ月の身重でノッシ・ノッシ歩くのがこれまた見ているだけでもコチラがしんどくなって、それがまた甲高い大きな声で孫らを叱咤激励するから、なおのこと孫連が頑張るわけで、イヤァ~参った!!

今頃連中は、もう温泉から出たかな?イヤイヤ、あの調子ではわからんぞ。

チカどんは今年還暦を迎えたからなぁ~、大丈夫かいな?

戦い疲れて、湯船にプカァ~と背中だけだして浮かんでいたりしたらオオゴトでっせ!

わしゃ知らんよ、わしゃなぁ~んも責任無いよ。

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2007年8月14日 (火)

暑苦しい話

自然科学は形而下学、哲学や宗教は形而上学だと、仮に理解すると、

カラオケや童謡唱歌は前者・形而下学の分野、

尺八古典本曲は後者・形而上学の分野じゃないか?

カラオケや童謡唱歌は曲想をテレビ画面に映せるじゃないか。それを見ながら歌えるからなぁ~。

が、尺八古典本曲の場合は、どんな景色を想像したらエエのかよう分からん。ひょっとしたら尺八古典本曲は具象化不可能な音楽じゃないか。

「瀧落とし」って曲があるが、山中の瀧を思い描きつつ吹くと妙にセコイ「瀧落とし」になってしまう。どうもうまくいかん。この曲は現実の瀧とはなんら関係ないのじゃないか。曲は曲として仕上がっており、それは吹く人それぞれの「瀧落とし」であろう。瀧だ、川だ、山だ、谷だ、っていうからややこしいのだ。番号だけにしたらどうか。

何かを合点・理解できたとするとき、わが脳内にそれと似た何かがあって、それと照合できて、あるいは符合して、で、あぁ~アレはこの種のものであったか、と、合点するのだとしたら、尺八古典本曲などは、なかなか照合・符号し難いものなのかもしれないなぁ。

脳中にナァ~ンも似たものが無いじゃないか。どうしようもないよ。

まず脳中に照合可能な何かを創る。これが超難儀。その何かを育て得て始めて、瞬間にアッ!と分かる種のものじゃないか。

そのアッ!を捕らえてやろうと、ツレー、ツレー、と、吹いておるが、気の長い話しだわさ。まだ、その何かはまだ生まれた気配がないよ。

まぁいいや、飽きるまで吹いてやろう、どうせヒマなのだと、愛管8寸“火吹き”をピーポーピーポー吹いておりますよ。こんなことでエエのかいなと思いながらネ。

暑苦しい話でごめんね。

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2007年8月13日 (月)

カラス

今年13回忌を迎える父は、まだ物心つかない幼いころに両親を失っている。長男だった。日本海に面した漁村。昔は陸の孤島と呼ばれたところだ。

先祖代々の墓があって、墓石に掘り込んだ文字も読めなくなったのが多い。墓石といったって漬物石同然の粗末なものだ。無理して読んでも文字はみな同じ。代々同じ名前を称していたみたい。並べた順序がご先祖の順番だろうが、今は読み解く者も無いまま先年全て取り片付けてしまった。

父は少年期に村を出た。代々漁師だったようだが、父の船酔いはひどかったらしい。村を出てやがて教職に付いた。村には歴代の墓があるのみ。

漁師といっても獲った魚をどこへ売ったのだろう?山間の小さな畑と、手こぎ舟。生きるだけだったってのが実態じゃないか。このなかで両親に死別した幼児は苦労が多かったみたい。親戚縁者の世話でなんとか生き延びたってことだろう。

父は、最晩年、長男息子のわたしの家で寝たきりだったが、死期を察したようで、

「もう一度、上計(あげ)へ行きたい」と言った。

もうベッドに半身起きることも、座ることもできなかった。車イスにも乗れない。

「よっしゃ連れて行くぞ!」とわたしは言ったが、連れ行くつもりは無かった。

亡くなって、これがまことに残念である。

自家用車に乗せて乗せられなくはなかった、と、思う。

一周忌を済ませた後、位牌を持って故郷・上計村へ一泊旅行した。

縁者等が集って迎えてくれた。

村には上述のとおり、わが家の墓があった。

墓守が大変だった。墓地の掃除をするだけのことだが、なにせ田舎のこと。この種の行事は万事が大仰だ。盆に墓が掃除もせず放ったらかされているなどは、村中の話題になりヒンシュクをかう。

あれこれ考えて、墓は、今わたしが住む三木へ移設した。度々のお参りに便利だ。

この際、漬物石同然のご先祖の墓石はピッカピカの新しい墓標ひとつにまとめたのだった。

その新しい墓標に始めて父の名を刻み込んで、今年は父の13回忌。

墓掃除に行って、タオルで墓標を拭うが拭っても落ちない汚れができている。

わたしは、明暗尺八を、未熟ながら初歩は吹けるようになっている。

次回、墓参の際(秋の彼岸)には、この墓石の前で「三谷」を吹こうと思う。

墓地の空をカラスが舞っている。

墓参の者等が去ると、舞い降りて供え物をくわえ去る。

供え物は食いやすいように包み紙などははがして置く。おなじ供えるなら、カラスの好きそうな物がよかろうか。

カアカアの声に違和感の無い竹音であり得るだろうか、と、空をみた。

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2007年8月12日 (日)

大ヒラメ

盆的気分の日々が続いている。

阪神淡路大震災で亡くなった方々は、今年13回忌を迎える。

父もこの年に亡くなったが、癌だった。震災とは関係ない。

わたしは、当時まだお役所勤めをしていてムチャクチャ勤務の日々だった。充分な看護が出来なかった。いまだに少し心残りである。

秋の彼岸には、墓参りの際、尺八を持参し「三谷」を吹こうと思う。

わたしは長男だが子が無い。

妹には娘が居て子がある。

盆にはその娘夫婦が子(孫)を連れて里帰りする。

どうもどうも氏がダンナなのだが、彼、やたら張り切って落ち着かない。

「はぁ、どうもどうも、それでどないでんねん」と、いつもの問い掛けがあった。

「アジならほどほどに釣れますが」と答えて、

「ふんじゃボク釣りに行こうかな」ってんで、

今日は二人で沖へ出た。

15センチ前後のマアジを背負って折れるほど釣った。

「アレッ!また根がかりや」と、どうもどうも氏。

見ると竿先がグギー、グギーお辞儀している。

大物や!大物や!と、取り込んだのは47センチの平目。

盆帰省の娘夫婦に食わせるご馳走ができた!!

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2007年8月11日 (土)

やい!コウノ

伊豆で33Ft中古ヨットを購入し、自分独りで九州佐世保に回航する途上、御前崎マリーナに入った人がいて、ゼンゼンヨットの経験が無い人で、往生していたのを、潮溜まりの“やい!コウノ”どんが助っ人を買って出て、大王埼までヨット操船を教えがてら添乗したが、ついでにこのまま播磨灘まで乗って、波平に会って行こうと思ったからと、昨日はるばるやって来た。

大王埼から始めて携帯電話があって、わたし、ことのいきさつを知ったが、詳細は知るヨシも無く、幾たびか携帯連絡を重ねる間、なんだか変な航海をやっとるなと、腑に落ちぬことであった。

家島諸島の、男鹿島の中村荘の浮き桟橋へ、わたし、沖で待ち受けて誘導したが、

なんと、修理前の大中古艇である。エンジンだけが不思議と動くようだ。

コンパスは持っているげに言っていたが、GPSも海図もナ~ンも持ち合わせていないようである。

ホントに何も持って無くて、添乗を買って出たやい!コウノどんも乗ってからビックリしたらしい。AC・DC変換機もなくて携帯電話の充電が出来ず、これは南紀勝浦入港時に急きょ購入したらしい。

洋上で邂逅するにつき、わたし自艇位置の緯度経度を携帯電話し、相手側(勇道艇)の位置を知らせろと伝えるが、ゼンゼン返事が返ってこない。そんなものナ~ンもわからん航海だったわけだ。100円で買った道路地図を1枚持っていて、これで充分とのことであった。

オイオイ大丈夫か?

初めての瀬戸内海航行であるらしい。この状態で関門海峡を抜け、玄界灘を走り、佐世保まで行くのである。ヨット操船にもまだ慣れないのに…、

艇長は玄界灘に浮かぶ壱岐の漁師さんだとか。

赤銅色した面構えを見て海のつわものであることは即座にわかったが、勇ましいこと限りが無い。勇ましすぎる。大丈夫だろうか?

やい!コウノどんは、カンカン照りのなか、キチンと救命胴衣を着用していた。わたしも当然ながら着用している。だが彼は漁師姿だった。

今日からは、別の友人が助っ人乗船することになっとると聞いた。その人は海の専門家であるらしい。そう聞いてひとまず安心したが、やい!コウノどんは、その友人が「おれ嫌だよこんなのに乗るのは!」って言うのじゃないかって心配げであった。

艇長の、赤銅色した潮やけ顔、澄んだ目、にこやかな笑顔、

対するに、やい!コウノどんやわたしは、

GPSや、レーダーや、細かい海図無しでは動きがつかないし、救命胴衣無しでは、オッソロしくて船舷に立てないやわなジジイ。

知らぬ間に、わたしらは、現代病に侵されているような気がしないでもない。

それにしても……、

昨夜は、やい!コウノどんと、一夜わが家で痛飲し大いに語り合い、バカを言い合って騒ぎ呑んだ。“やい!コウノ”という渾名はわたしが付けたのだが、御前崎の次郎長親分(?)曽〇氏の口調を真似たものである。

「“やい!コウノ”がすっかり有名になっちまって、皆が“やい!コウノ” “やい!コウノ”って呼ぶだよ」と、“やい!コウノ”がぼやいておった。

<やい!コウノ>

彼は、息子さんらに事業一切を譲り渡し、独り勝手気ままに暮らす悠々自適のヨットマン。日本一周の途上立ち寄った御前崎が気に入って、住み着いてしまったオッサン。
先月、またぞろ旅心がうずいて、自艇エミルダ号で反時計回りに北海道周航の旅に出たが、その途上、福島県塩屋岬で座礁し沈没。海に泳ぎ出たら腰までの深さしかなく泳げなかったとか。その後、また御前崎の仮屋(船底壊れた豪華クルーザーを貰い受けて陸揚げし、これが住処)へ戻りきまま生活を続ける根っからのヨットマン。

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2007年8月 9日 (木)

暑気あたり?

ヒマだから一旦ボォとすることに慣れてしまったら、脳味噌も身体も、たちまち廃用性症候群に侵されて、一気にダメになってしまいそうな気がする。

で、書かずもがなのことなど、さも意味ありげに書いてみるが、書きながらバカバカしいことだと思っている。

こんなのを読むのって、ホント馬鹿馬鹿しくはありませんか?

お忙しいだろうに、こんなことに付き合わせてごめんなさい。<(_ _)>

しばらく図書館へ行っていなかったので、病院へ母の様子を見に行ったついでに、三木市立図書館へ行ってみた。

クーラーが効いていて快適だ。

が、腰掛イスは硬いし、柔らかいのは背もたれが無い。

昼寝できないように配慮してあるのではなかろうか。

わたしの眼鏡は遠近両用であって、レンズの上半分は近眼レンズ、下半分は遠視用のレンズ。図書館の本棚の上側を見て、直ぐにそのまま下の段を見たりすると、頭がクララクララする。やがて眉間が痛くなり、気分が悪くなり、暫時イスに座って目をつぶりたいが、ここは図書館であって目を開けて本を読む、あるいは探すところであるから、目をつむって休むようなことはご法度。

で、そこらにあった本を咄嗟に片手で掴めるほど持って、「これ貸してください」とレジ嬢じゃなくて、司書(?)様へ差し出した。

「どうぞ」と貸してくれて、家に持ち帰ったがぜんぜん読む気がしません。

図書館あたりでしょうか?暑気あたりでしょうか?

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2007年8月 8日 (水)

虚空のツレー

社団法人企業メセナ協議会ってのがあるそうだ。

芸術文化支援を企業が協力しあってやってゆこうとする団体らしい。

出版頓挫中の「日本列島魚釣り周航記」の出版経費を、ここから援助してもらうことが可能か否か?

探ってみたが、お呼びでないことは直ぐにわかった。

一連の申請手続きがやたら難しそう。

企画書提出から始まって、必要な予算、自力資金態勢、申請、活動報告、決算…、

要するに、申請主義なわけだ。

お上に平身低頭して資金援助を請い願うわけだ。

こんなイバリ態度で、ホントウのメセナなんかできるもんか!

試しに我慢して手続きしてみましようか?

アカンだろう。受け付けてもらえんだろう。申請書すらもらえんと思うなぁ~。

上等のスンバラスイ尺八が欲しいよ。

購入経費の援助を申請しましょう。

この申請って難しいわなぁ~、虚空のツレーより難しい、

     「メセナ」[mecenat]という言葉は、芸術文化支援を意味する、フランス語です。

古代ローマ時代の皇帝アウグストゥスに仕えた高官マエケナス(Maecenas)が詩人や芸術家を手厚く庇護したことから、後世その名をとって「芸術文化を庇護・支援すること」を「メセナ」というようになりました。(同協議会HPから抜粋)

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7丁艪間もなく出港す!

今、8月8日午前9時。間もなく、静岡県御前崎先端から、1艘の7丁艪手作り和船が地元の爺ちゃんを乗せて駿河湾を、西→東、横断の旅に出る。

7丁の手漕ぎ艪(ろ)と帆だけで、対岸の伊豆半島・松埼まで走る。

なんと夢デカイ御前崎の爺ちゃんたちよ、

がんばれ!!

今午前8時現在の海・駿河湾の状況は、西南西の風3㍍。気圧1017Hp。

御前崎を漕ぎ出して沖へ出れば、まさに順風。一気に、松埼へ行き着けそうだ。

富士山が見えるだろう。

あぁ~わたしも参加したかった!!!!!!

この世には、こんな船旅をするジイチャンらが居る。

今頃、ワッハッハ・ワッハッハで、港に集まって騒いでいるのだろうか。

参加したかった!

安全航海を心から祈っている。

帰路は漁船に曳航を頼むらしい。

酒盛り船に早変わりし、きっとウマイ酒たらふくだろうなぁ~。

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日和佐

日和佐(徳島県)の海・川を愛した男の著書「海亀のくる町」を読んだ。

トツトツと語るある種の自分史だ。

著者・山内満豊氏は1938年生まれとある。わたしより2歳年長。読み終えて、大人物を仰ぎ見た想いがした。

徳島県・日和佐港へは、3年前に日本列島一周航海への下準備・稽古のため、艇の燃料補給をかねて入港したことがある。この時は、ここから引き返した。

2年前の、本番・日本列島・西日本の部(四国・九州・同九州南西諸島の一部・甑島・五島列島・対馬)周航の際は、この経験を生かし、日和佐港へ入り燃料軽油を補給し、すぐ出港し、さらに約10マイル西の牟岐大島を目指した。

牟岐大島には小さな浮き桟橋があるはずだ。ここに艇をくくりつけよう。

が、島の入り江にウキ桟橋は無く、他に艇をもやう適所が見つからない。

で、さらに牟岐漁港に近い出羽島漁港へ向かったが、小さな漁港で入り辛く、

結局、牟岐漁港へ入り初日の泊地としたのだった。

列島周航に先立って、色々準備をしたが、なかでも実習稽古が大変だった。

度々紀伊水道を抜けて太平洋へ出てみた。東は南紀・周参見沖まで、西は蒲生田岬先端・伊島沖周辺まで度々出て外洋航行の経験を積んだ。瀬戸内海は関門海峡まで幾たびか航行したし、日本海は隠岐まで走って実習経験を積んだのだった。

日和佐はこの一連の実習航海の中で、四国南岸航海の最初のキーになった港である。

本番出港初日は、とにかく日和佐まで走る。以後はすべてそれから状況に応じて走る。ただそれだけの心つもりで出立したのだった。

事実、以後の周航はケセラセラのつなぎ合わせであった。

日本列島一周航海は日和佐港から始まっている。

「海亀のくる町」を読み終えて、また、日和佐に立ち戻ったような気がする。

機会があれば今一度ここへ艇を走らせたいと思う。が、すでに気力も資金も萎えていて、叶わぬことである。

牟岐漁港で出会ったあの泰彦爺ちゃんは元気にしておられるだろうか。

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2007年8月 7日 (火)

海の爺ちゃんら

御前崎のヤイ・コウノどんから携帯電話があった。

「ヤイコウノだよ!ヨットが沈んでしまっただよ」

彼は、自艇(ヨット)エミルダ号で、御前崎を出港、反時計回りに北海道周航を目指していたが、その途上、福島の塩屋岬で座礁し、チン(沈)したらしい。

「今、大王崎に居るだよ、九州に行く友達のヨットに乗っているだよ」

自艇沈没後、頼まれて友人のヨットに同船しているとのこと。

ずっと乗っているわけにはいかんので大阪湾辺りで下船しようと思うとのこと。

「波平さんは播磨灘だったね、会いたいね」

「近づいたら連絡よこしなよ、宿するよ、ゆっくり呑もうよ」

「そうだね、そのつもりだよ」

と、なった。

今週末にはやってきそうだ。

わたしと同い年。あの丸こい人懐かしい笑顔が目に浮かぶ。

御前崎では、明日、新造の7丁艪和船で駿河湾横断をするらしい。

海の爺ちゃんらは意気軒昂である。

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潮騒と尺八

ブロミク竹友ろめい氏の今朝のブロブは「うまい本曲とは?」だった。

氏の切り口はいつも鋭い。

5日前の氏は「雷雨と尺八」を載せている。

これも鋭い。

二文ともに鋭いが、わたしは「雷雨と尺八」の方が好みだ。

が、少なくとも、今のわたしの実力では、うまいと思われるのは無理だし、そこを強いてうまい振りして吹こうなどは、嫌らしく、稽古にも何にもならんだろう。

だからわたしは、とにもかくにも、一生懸命吹くだけにしたいと思っている。

でも、そう言いつつも、上手だなぁ~って思われたいとの気持ちは捨て難い。

で、上手ぶって吹くのは止めて、邪魔にならないように吹きたいと思う。

このクソ暑い時期に、ピーポ・ピーポのアッタマに来る不快音を撒き散らすのである。

我が家人だとて、トッツァンが尺八稽古を始めると屋外へ逃げ出すのだ。

飼い犬のダイ(渾名ゲェ~介)が稽古に付き合い、我が膝前尺八直下に寝ころぶが、彼は極度の難聴でほとんど何も聴こえないのである。耳はダメだがノドは丈夫。彼のイビキは雷雨の如く勇壮で、家のなかのどこで寝ていても、彼の寝息は一息ごとに玄関戸をビリビリ震わす。

彼の昼寝の邪魔をせぬよう、かつ、彼のイビキに負けぬよう気合を込めて吹く。

そのうち、あるいは、うまくなるかも…、

期待薄だが、この程度の想いなら、許されてもかまわんだろう。

昨日は某所で尺八吹きながら一杯呑んだ。

当のわたしは随分楽しかったし、おもしろかった。

が、店の主人以下皆さんは呆れた顔を隠さなかった。

ひょっとしたら商売の邪魔になっとったかも。

播磨灘に浮かぶ家島の浜の真ッ昼間、潮騒バックに尺八の音を聴いた人のあるや無しや?

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2007年8月 6日 (月)

アッタマ

朝青龍が謹慎処分でしょげているげな。安倍首相の顔つきが陰気・険悪になってきた。フィギュアスケートの織田信成選手が泣いていた。ひょっとしたら米国大統領も彼等と似たり寄ったりの心境かも。

と、いうことは、真反対の、元気ハツラツの者等が居るってことですよね。

こういうことは、どの分野・社会にもあって、下世話な言い方をすれば、儲けるヤツが居て、損するヤツが居るわけだ。この法則は非常に普遍的であって、若い衆が居て、年寄りが居るようなものだ。

慣れっこになってしまって、もうどうでも良いようなものだけれど、デケレば得する側に居たいが…、これがクヤシイことに、なんでかわからんがオイラはいつも損する側ばかりに居る。なんでや?責任者出て来い!!

でも、その損的居場所にも慣れてしまって、もうどうでもよくなったが、

最近のアブラの値上がりには往生しますな。

ガソリンスタンドのセルフ清算機だけれど、あの箱は高額紙幣をこともなげにツルツル呑み込みますな。

犯罪を煽るわけじゃないけれど、あの箱の中には高額紙幣が一杯詰まっているわけですよ。メタボ紙幣腹ってわけだ。

今日も炎天日ですよね。

ッタク、アッタマに来ますな。

わたし、今日は沖へ出ますが、艇には軽油がドラム缶2本半分入ります。正気の沙汰じゃないですな。

なんでマリーナ給油のアブラは街中スタンドよりも値が張るのや!

ッタク、アッタマ、アッタマでっせ!!!

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2007年8月 5日 (日)

列 車

日本海に面した漁村柴山にJP山陰本線柴山駅がある。

裏山の中腹に小さな駅舎があり、それは東西の山間に位置している。

東西の山にトンネルがある。線路が延びている。上り列車は西のトンネルから出て、東のトンネルに入る。下りは東トンネルから西トンネルへ。

わたし・波坊は12時50分発の上り汽車に乗るつもりで駅への坂道を急いでいた。

時間が無かった。乗り遅れるかも。坂道はまだまだ続いており息が切れかけていた。あのガード下をくぐってやっと駅舎への真っ直ぐ路に出る。

もう間に合わない。

駅を見上げると、着いた上り列車はもう発車しかけており、先頭の機関車はすでに東側のトンネルに入っていた。最後尾の客車がもうすぐプラットホームを離れるだろう。

ダメだった。間に合わなかった。

12時50分発の上り列車には間に合わなかったが、駅へ行くのを止めようとは思わなかった。

早く駅へ行こう。気がせいて路を行く気がせず、線路への土手に取り付き上へ這い登った。線路伝いに駅を目指す。

きれいな黒光りする貴婦人のような下りの機関車が数両の客車を曳いてホームに入ってきた。乗り込んだ。客室はガラガラだ。陰気な感じが満ち満ちていて、お客らは皆一様に疲れた顔をうつむけていた。だれもがこれから先どうなるのか心配しているようだった。下り列車はそういう列車である。次の駅は1年後の駅。その次は2年後の駅。もっと先が知りたければずっと向こうの鳥取のさらに向こうの駅で降りればいい。

下り列車は時間が経つのが早い。下り列車内に乗り込んだとたんに、わたしは少年波坊から隠居波平になっていた。わたしは、コレより先のことなど知りたいなどとは思わなかった。先行き好ましい未来があるわけじゃない。先のことなど知りたく無い。降りるべきだ、すぐに降りよう。列車はまだ止まっている。

当初、少年波坊は上り列車に乗って、さらに昔へ戻り、もう一度人生をやり直すつもりだったのだ。もっともっと幼い頃に帰りたかった。そう思って坂道を急いだのだった。

時間は1時をとっくに過ぎていた。2時を過ぎ、3時前になっていた。

乗ってしまった下り列車が動き出す前に下りなければならない。客室内は空いていた。座席は充分にあり、好きな位置にどこにでも座れたけれどわたしは座らなかった。降りるつもりだった。

降りて次の上り列車に乗り換えるのだ。そう思いつつ未だ動かない下り列車に乗っている。

これが動き出すまでには…、と、思って立ちすくんでいる。

山陰・柴山漁港は、わたしの心の故郷である。小学校3年生になった春までここで育った。

わたしは、何か気持ちに揺らぎがあると、時に上のような夢を観る。昨夜の夢は、半分懐かしく、半分怖かった。

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2007年8月 4日 (土)

意外な共通点

阿久悠氏が亡くなってNHKテレビが予定を変更し昨夕は特別番組を組んだみたい。

わたしは当初変更前の予定番組「青い惑星・海の大紀行」を観るつもりでスイッチ・オンしたのだったが、ついつい昔の懐かしい歌手が出てきて、当時の録画がそのままを映し出されるのに惹きつけられた。

まだ若いデビュー当時の森昌子や岩崎宏美など等の歌声を聴く間に、彼女等の歌い方が、今わたしが稽古しようとしている明暗尺八に非常に良く似ていることに気がついた。まるでソックリだ。歌うに際し、必要最低限まで技巧を殺し、ペリー式に発声しているのが非常によくわかる。素直に歌っている。聴かそうとする以前に、真剣に歌っている。

他の大多数の歌手らは技巧が先走っている。が、森昌子らごく少数の優れた歌手はペリー式だ。ノドはパックリ開いていて、腹筋を緩め、かなう限り自然の呼吸に発声をゆだねているようにわたしには聴こえる。

わたしは、明暗を対山譜(同じ明暗流内でも幾種もの譜があり奏法も様々だ)で習っている。好んで対山譜を選んだわけではない。習い始めて後にそれが偶然に対山譜であったことを知ったが、今となっては、対山譜であってよかったと思っている。他の明暗譜をほとんど何も知らないから対比するのもいかがかと思うが、ほんの少し聴き知った限りでは、対山譜が最も簡単な譜であるような気がする。吹く際の技巧が最も少なく、ここでは、ただ真っ直ぐに吹くことが求められているような気がする。これ、わたしの好みだ。

<余談ながら>

自宅で独り稽古をする際は、明暗本曲を稽古した後、竹を、尺八を、本曲用の“火吹き”からより細手の“錆落”に持ち替えて、童謡唱歌や演歌をほんの少しだけ吹くことにしている。三曲吹きを忘れぬためである。

(火吹き・錆落・以下の美仙、はいずれも尺八に名づけた名前・すべて1尺8寸)

(箏・三弦・尺八の三者での地歌等合奏を三曲という)

不思議なことに、

息が明暗息に変わってしまったようで、以前都山流で三曲吹きに使っていた“美仙”は、今は鳴らなくなってしまった。三曲を吹こうとしても竹が鳴らんではどうしようもない。

が、地なしの延べ管の“錆落”は鳴る。明暗息を受け止める。これでならなんとか三曲も吹けそうに思う。で、三曲用に常に“錆落”に馴染んでおこうとしての童謡唱歌や演歌吹きである。直接地歌を吹けばよいようなものだが、地歌と明暗とでは気合が違いすぎる。地歌を今吹くのは明暗稽古に邪魔だ。で、童謡唱歌や演歌をやる。とにかく“錆落”を鳴らし馴染んでおくことだけが目的だ。

ちなみに“火吹き”では童謡唱歌や演歌は無理だ。吹きにくい。地なし特有の冴えた音色が厳しすぎる。

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2007年8月 3日 (金)

まだ…ある、

まだ月給もらうサラリーマンだったころ、無性に余暇時間が欲しかった。

退職したら、ヒマができたら、アレもしたいコレもしたいと思っていた。

そのやりたかったことの中に読書がある。

通勤車中の読書と、早起きし出勤までの間の読書、まとまった読書時間はこれだけしかなかった。わたしは、朝は超早い。3時・4時には起床する。前夜の深酒以外は…、だが、職場から帰宅するとすぐに一杯飲む習慣があって、夕方はな~んもできない。帰宅途上いっぱい引っ掛けたりするから夜はなおさらダメだった。

で、対策を考えた。一気に10冊近くを並行して読む作戦。

食事テーブルに1冊置いておく。トイレにも1冊、ベット枕元に1冊、通勤カバンに2~3冊、車に1冊、背広内ポケットに1冊、書斎に数冊、風呂場に1冊、本をアチコチに散らかし置いて、そこに居るときに少しずつ読む作戦だ。

風呂場の1冊は、常は洗面台脇の濡れないところにおいて置いて、裸になって浴室に入る際に本をもって入る。湯に浸さないように気をつけて読むのだがけっこうこれがゆっくりできて気に入っていた。

退職し、待ちかねたヒマが出来た。が、とたんに読書意欲が消え失せた。もう「本」は本棚にあるだけである。大どんが先日貸してくれた本はもう読んでしまった。

昨年愛艇で日本列島周航の旅に出たが、日和待ちのヒマつぶしにと思って本を沢山艇内に持ち込んだのだった。が、ぜんぜん読む気がしなかった。本はまとまると随分重たい。艇の吃水に影響する。バカなことをした。分厚い辞書まで持ち込んでいた。

田舎の港できれいな星空を楽しむつもりだった。星座の本や星座表や、神話関係の本など等が多かったが、漁港はいくら辺鄙な漁港であっても、夜は終夜灯が明々と点っており、夜空観測には不向きであった。本どころか星も見なかった。

本は、昔(現役当時)は買って読んだ。が、隠居の今は地元の図書館で借り出して読む。

借り出しに行くのがおっくうだ。

今、住まう兵庫県播磨南西部一帯に台風5号による暴風雨警報が出ている。横殴りの大粒な雨が降っている。

まだ、わたしにはパソコンを叩く元気がある。

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2007年8月 2日 (木)

隠居波平で出ています

白状します。

わたし、このブログや、右サイドバー表示の姉妹サイトの他に、ミクシっています。

ミクシィってのをご存知ですよね。ネッ!ペリーどん、草どん、♂どん、♀どん…、

これって、このごろの流行りらしいですよ、

わたし、手になんら職のない根っからの事務系安サラリーマンの成れの果てですから、もうどこにも使ってもらえない。先月67歳の誕生日を迎え、無聊を囲う毎日です。

で、

なんぞかんぞしていなくては身が持たんから、尺八吹いたり、魚釣りしたり、ブログったり、ミクシッたりする。退屈するまで朝寝したり、ふっとその気になると時間に関係なく風呂に入ってボヤ~としたり、気ままに飼い犬二人(?)を散歩に連れ出したりもする。彼等はスッゴク迷惑がるが、そんなことは知ったことではない、

あれもするこれもするが、通常のホームページの方は、しばらく更新を怠ったらソフト操作の要領を忘れてしまった。と、いうことで、最近はもっぱらブログっていたわけだが、つい先頃から面白半分ミクシルようになった。案外これってオモロイ。

まだミクシィのことをご存知ない方もあろうから言うのだが、

これはコメント機能中心のブログのようなものだ。少し違うのは、ブログのコメントは発信人のハンドルネームしか分からないが、ミクシィでは簡単なプロフィールが拝見できる仕組みだ。ホントのプロフィールかどうかはわらんけれど、とにかくそういう仕組みだ。

今ひとつの特色は、

コメントを打ち込まなくても、閲覧しただけで、そのミクシィに足跡を残してしまい、作成者(管理人)にだけは、誰が閲覧したがバレル仕掛けになっている。

ブログの場合は誰が閲覧してくれたかサッパリわからんが、ミクシィではハンドルネームだけとはいえ閲覧名が判るってこと。作者(管理人)からすると親しみが湧くような気がするし、書きガイがある。

もし、よろしければ、ミクシィの方も見てほしい。

やはり、隠居波平で出ておりますです。

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2007年8月 1日 (水)

死なない程度

昨日、「死なない程度のヤバサで我慢するから云々…」と書きつけたら、怖いペリーどんから一喝をくらってしまった、

続けてペリーどんは、「明石海峡に飛び込む覚悟で尺八を突き詰めていれば…」とおっしゃる。

昨年の今日(8月1日)は、日本一周航海を終え、母港播磨マリーナに帰還した日だ。

艇も、艇長波平も、疲れていたが、今思い出すとあの時ばかりは気力満々大波ぶっちぎりの凄いおっさんだった。

エンジンとペラシャフトとを繋ぐマリンギヤーに異常が生じていた。エンジンは回るがギヤーが滑って繋がらずペラが回らなくなっていた。それをダマシダマシ走っていた。

8月1日の早朝、そのマリンギヤーの応急修理後、熊野灘の九木浦を出港。南紀周参見を目指した。周参見で数日間カツオ漁をし、大漁旗を掲げて帰還するのが出港当初からの心つもりであった。そして、この日も艇の調子を気遣いつつも、カツオ漁のことを思っていた。

艇は、ギヤー不調の他に、バウスラスターとダラー(舵)に故障が生じていたし、いつなんどき、洋上でペラが止まり、舵が効かなくなるかわからぬ状態であったが、

潮ノ岬以東は熊野灘、以西は枯れ木灘、両海域は「はまちどり」艇のような小型艇には、きわめて危険度の高い海域である。

熊野灘は凪いでいた。だから出港したのだったが潮ノ岬はシケていた。潮波(※)だった。

(※潮波は潮の流れに風向きが逆らうと生じる波。ソヨソヨの微風でも海況によっては極端に危険な波が生じることがある)

あの時は、黒潮が接岸気味に岬を西から東へ洗うように流れるなか、東風(こち)が吹いていた。

潮の流れと、風の向きは、表示が逆である。潮が西から→東へ流れるとき東流と言う。風の場合は、東から→西へ吹くと、それは東風と呼ぶ。あの時の潮ノ岬沖は、東流と東風とが真正面からぶつかり、突出した大きな潮波が立っていた。串本港へ緊急避難したかったが、この大きな潮波の中では艇を串本港へ向けて回頭することがもはや不可能だった。

大波に対応するには、波に真正面から向かうのではなく、斜めに艇を進める。大波に斜めに登り、波頂上に来たら、舵を約90度戻してまた斜めに波をくだる。ジグザク航行だ。ひと波ごとに、このジグザクを繰り返す。波を下る際が最もヤバイ。下手をすると波の腹に艇が横向きになり横転の危険がある。横になるのを避けるあまり直進し、波の谷底へ突っ込むと艇がそのまま次の波の腹に突っ込んで、これまた艇が潜水艦して破壊する。ひと波ごとの的確な転舵操作が必要だ。

が、あの時は、舵に故障があった。穏やかに転舵の際は大丈夫、急激な転舵は油圧がすっぽ抜ける危険があった。きつい舵取りは絶対に避けねばならなかった。

瞬時転舵操作が遅れた。艇が向かい波に真正面に向き合ってしまった。艇が棒立ちになった。気持ちの上でのことだが、そのまま仰向けに裏返されたと思った。…裏返らなかった、

アホナ!

わしゃお好み焼きやないド!

裏返されてたまるか! 

海の男はこうして強くなる。この角度で艇は元に復し得たとの思いが、後の波に対する自信になる。やけくそになったわけじゃない、ここまでは大丈夫の実戦経験だ。

エンジンは快調だった。マリンギヤーを滑らせてはいけない。大波の中だったが、あとはギヤーにいかに負担を掛けないで走るかに徹した。エンジン回転数は上下させず常に一定に保ちきった。

潮ノ岬沖を通過し切ると、枯れ木灘は次第に凪いだ。岬は、沖合い約8マイルを走ったのだった。今思うともっと岸寄りのコースを取るべきだったがあの時は岬特有の波を避けるためにこの位置を走った。岬沖を過ぎて後、一気に沿岸へ近づいた。黒潮の反流域へ入るつもりだった。入った。さらに凪いだ。周参見漁港へ入り燃料を補給し、給油所前で、自分でマリンギヤー・フイルターを分解洗浄した。フィルターには金属片が沢山付着していた。すんでのところでギヤーがすべるところだった。洗浄はしたが、この状態ではカツオ釣りなど、不可能である。この凪を利して一気に母港帰還を目指した。

ペリーどんよ~、

わしゃ既に死ぬ覚悟は幾度か経験しておるでよ、

じゃによって、“死なない程度のヤバサで我慢する”云々は、隠居としては随分ビビッタ言い方になっとるわけよ。わしゃ本当は石橋叩いてなお渡らぬが好きでござるよ。

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