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2007年9月16日 (日)

美しき天然

緑ヶ丘商店街のアクティブストリートの催しに、チンドン屋代わりに、わたし尺八吹こうかとおもう。で、たしかチンドン屋さんは「美しき天然」を昔やとったと思い出して、パソコンのMIDIから採譜して吹いてみた。

これを吹いてニギヤカシの助っ人したろうかしらと思っとる。歌詞を読み直したら結構胸騒ぐ名文句ですなぁ~、

♪♪空(そら)にさえずる鳥(とり)の声(こえ)
  峰(みね)より落(お)つる滝(たき)の音(おと)
  大波(なみ)小波とうとうと
  響(ひび)き絶(た)えせぬ海(うみ)の音
  聞(き)けや人々面白(おもしろ)き
  この天然(てんねん)の音楽(おんがく)を
  調(しら)べ自在(じざい)に弾(ひ)きたもう
  神(かみ)の御手(おんて)の尊(とうと)しや♪♪

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コメント

波平さん、やっと聞けました。

腹から吹こうという意識が進歩の妨げになっていませんか?
腹から吹いて、何か得することがあるのでしょうか?
錨を上げて先に進めばいいのに、と思います。

投稿: ペリー | 2007年9月16日 (日) 19時33分

「美しき天然」をMIDIで聴いて、譜面に採って、歌詞を観ながら吹いたらけっこうオモロかった。で、ブログに音をアップしたら、ペリーどんが「腹から吹こうという意識が進歩の妨げになっていませんか?」って、コメントしてくれた。

わたし、ぺりーどんの講評はとてもありがたく思っていて、いつも言われるままに従っているのだけれど、で、氏が、“腹筋を緩めて(自然体で)吹きなさいよ”って以前言ったから、そうしようと努力しているけれど…、

今度の「美しき天然」は、“腹に力が入った音になっとる”との判定だよね。
難しいもんですなぁ~、イヤまったく!
そういわれれば、なるほど、腹に力みがあるげな音だわな。
ふざけて即興で吹いただけだけれど、失敗だった。
もっと稽古して、腹から力を抜いて吹かなあかんかった。
ごめんね、ペリーどん (*^_^*)

投稿: 波平 | 2007年9月17日 (月) 07時09分

「美しき天然」の旋律を借りて、明暗修行の発展途上の奏法の稽古をしたのでは・・・?

私には、一音一音が確りとしていて、以前聞いたこの手の曲の感じからは、脱却されて、これからの本曲を聴くのが楽しみになってきました。

投稿: @単管丸  | 2007年9月17日 (月) 09時46分

催しでは暗譜で吹かれるのですか?

暗譜でも練習されると軽やかさが出て来るでしょう。

投稿: 虚韻 | 2007年9月18日 (火) 20時32分

催しでは暗譜で吹かれるのですか?

暗譜でも練習されると軽やかさが出て来るでしょう。

投稿: 虚韻 | 2007年9月18日 (火) 20時32分

曲を吹くときに、腹とか口とか、楽器の「吹き方」を意識していると、一番大切な音楽が疎かになってしまうところに問題があると思うのです。
しかも、音楽はどんどん進んでいくので、「吹き方」に問題が生じても修正することができなくて、吹けばふくほどくずれてしまう。

この次は充分に気を付けようと思っても、余程格別の才能でも無い限り、うまくいくはずはありません。
楽器の練習というのは、気を付けたり頑張ったりしなくてもきちんと吹けるようになるまで、体に覚えさせることだと思います。

腹の力を抜く話ですが、これは「腹の力を抜いたら良い音が出る」のでは、決して、ありません。
「良い音を求める」音作りの練習において、腹の力を抜く工夫をすると先に進みやすいだろう、ということなのです。あくまでも「求める」ことが先です。
何か「秘伝」のようなコツがあって、その通りにすれば自動的に上手くなるなんていうことはあり得ないと思います。仮にあったとしても、そんな音楽が面白い筈はありません。

曲の練習をするときには、楽器の吹き方は何も考えないで、音楽に集中する。そうすると、音楽の方から、もっとこうしろ、ああしろといってくる筈なんです。そこに耳を傾けていると、今まで聞こえなかった音楽が、どんどん聞こえて来る。あるべき音も聞こえて来る。
そのようにして、「良い音楽を求める」ことと「良い音を求める」ことが重なってくると、尺八を吹く楽しさも倍増するのではないでしょうか。
音楽をするなら、楽しくなくては意味がないと思うのです。

投稿: ペリー | 2007年9月19日 (水) 02時18分

単管○どん、
いやぁ~お恥ずかしい(^_-)-☆
譜面取りの稽古のつもりがあったのですよ。

虚韻さん
この程度なら、暗譜でやれるかな?
今日は墓参りするけれど、三谷曲の暗譜吹きに挑戦してみようかな。ご先祖さんがビックリするかも。

ぺりーどん、
ありがとうね。そうだね、自然体で好きなように音楽すればエエわけだ。下手はヘタなりでかまわんって気持ちも大切だよね。でも、もう少しなんとかならんかって思ってしまう。
稽古は、元来面白いから稽古するのだよな。稽古がシンドかったらホンナもんやるもんか。でもね、下手だなぁ~ってシンドイ思いをしながら稽古せな、上手にはならんだろうし、厄介ですね。

投稿: 波平 | 2007年9月19日 (水) 06時09分

>下手だなぁ~ってシンドイ思いをしながら稽古

お気持ちは分かります。少しでも楽器に入れ込んだ人なら、誰でも思い当たる節はある筈。
でも、自分が上手いと思ってしまったら、実際に上手かったとしても、中身の無い、ゴミのような演奏にしかならないものです。

ちょっと意地悪ですみませんが、下手だなぁ~っていう思いは、自分はもっと上手いはずだという幻想と、現実の自分を混同するところに涌いて出てくるものです。
私なんか、たいして練習も出来ていない、下手で当然なので、さっぱりしたものです。三日に一回くらいです、自分の下手さかげんにうんざりするのは…エヘン。

まあ、丁寧な練習をしていれば平気なんです。
二つのことを同時にやろうとして出来なければ、一つのことに集中する。
一つのことも上手く行かなければ、その中の一部分のことに狙いを定める。
そうやって、身の丈に合った練習をしていれば、下手だなぁ~なんて思う暇はなくなるし、何よりも、練習の成果が確実に上がります。
それと同時に、思っている以上に自分が下手だという事実を、冷静に受け止めることができて、これは意欲につながります。つまり、練習が楽しくなります。


難しいのは、そういう練習をする習慣を自分に教え込むことだと思います。
出来るつもり、出来たつもりの練習を何千回、何十年続けても一歩も前進しない、
そういう実例をたくさん見てきました。

ことは二重、三重に難しさが絡んでいるのですね。クワバラクワバラ。

投稿: ペリー | 2007年9月20日 (木) 04時32分

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