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2007年10月

2007年10月31日 (水)

なまけもの

http://tomoe-kaneko.bblog.jp/entry/404045/

これ、マイミク・スケキヨさんの今朝のブログです。

すばらしい文章です。なかなかこのように書けるものではない。

わたしある種感動した。

彼女はプロの尺八吹奏家。ただの尺八上手だけじゃないってことがよくわかる。実にシッカリ対象をとらえている。自分を掴んでいる。この姿勢があって尺八を吹く。音に、本物の味があるのは当然だね。

彼女が語っているのは「なまけもの」の話。ひとつ目玉のなまけもの。オバケ。

おもしろいねぇ~、こんなところに、彼女はガン付けしている。

彼女が吹く尺八音のなかに、このひとつ目玉のオバケが住まっていて、そやつが竹音のなかで遊んでおる。おもしろいねぇ~。

わたしも、そういう尺八を吹きたいねぇ~、

昨日、わたしは、竹友ら二人と、釣友アキどんとの計4名で、沖へフグ釣りに出た。

艇に用意の携帯ガスコンロで、艇内でフグチリ鍋食って遊んだ。

この同船仲間らにも、ある種、“なまけもの”の匂いを嗅ぐのだよなぁ~、

彼らはオバケか?いや、そういうことじゃなくて、食ったフグ鍋と同じような本物味のおっさんらだってこと。

あぁ、彼女の話に戻るが、

彼女は、漫画家水木シゲル氏の「なまけ者になりなさい」ってのが気に入ったっと言うのだが、これブログ読んで、今ひとつ別のことを感慨深く思ったです、

今日は水曜日ですよね。昨日が火曜日で、明日は木曜日…、

定年退職後7年経って、わたしようやくこの7日刻みの週単位の生活から抜け出しつつあるみたい。旧暦併記のカレンダ~を使っていますがね、何曜日かは関係く、月齢が知りたい。月の満ち欠けで潮が動く、魚釣りには月齢が大切。

太陰暦で毎月1日は真っ暗闇。お月さんはデンブ隠れて真っ暗ケ。15日はまん丸お月様。

日本の四季は太陰暦仕様になっとる。昔の古典を読むと、日曜日に誰それと出会ったとか、火曜日はお城で殿様のお相手したとか、などは、書いてない。当ったり前だ。

芭蕉の「奥の細道」出だしに、

「草の戸も住み替わる代ぞひなの家」って一句を、今まですんでいた家の柱に貼り付けて旅立つの様子が書いてあって、続けて、

“弥生も末の七日、明けぼのの空ろうろうとして、月はありあけにて光おさまれる物から、不二(富士)の峰かすかにみえて云々…”とある、

何曜日だったのでしょうね?そんなこたぁ~当時は関係なかったわけだ。曜日を持ち込んだら「奥の細道」はしょうもない旅日記になってまうのじゃないか?

昔の人は、何曜日かは、お月さんの有り様を色々言うことで間に合わせたみたいだね。

アッハッハ、だんだんわたしも、昔還りして、それらしくなってきたみたいだよ。

すっかり、本物のなまけものになってもて、何事も、めんどくさくてしょうがないや!!

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2007年10月29日 (月)

江戸日帰り

甥の結婚式に行ってきた、

神戸空港→羽田、飛行機利用のつもりが、予定のジェット機が欠航になって、急きょ新幹線利用に切り替えた。空港出発ロビーに「少し出発が遅れます」の案内が数度流れ、案内嬢にくってかかるオッサンが次々にでて、やがて「○○便の欠航が決まりました」と放送があった。わたし、なんでやろ?と尋ねて、離陸準備のエンジン始動で右エンジンに不具合が出たと知った。直そうとしたがダメだったらしい。

タクシーで新幹線新神戸駅へ走り、のぞみに乗った。秋晴れで車窓から富士山が良く見えた。帰路は予定通り飛行機。わたし飛行機はキライだ。新幹線より飛行機の方が安いから利用する。

結婚式は様変わりしたようだ。世代のギャップを感じた。披露宴会場にはなんとも騒がしい音楽が絶え間なく流れ、アチコチに雑談の輪があった。式全体がそのように演出されていた。

一応形とおりの挨拶もあった。どれもシッカリした挨拶だった。

新郎の上司が主賓挨拶をしたが、不自然に新郎を持ち上げるのではなく、新郎の仕事内容をありていに淡々と紹介し、少し励ましの言葉を添えて席に戻った。

ついで新婦の友人が挨拶に立ち、二人の馴れ初めや、婚前交渉の有り様をごく自然に話した。二人はすでにシッカリと互いの肌合いを確かめ合っている様子がうかがえ、安心感がわいた。さわやかな話し振りだった。コントがあったり、歌があったりした。

料理はフランス料理だった。卓上には、酒ごとに形の違うグラスが林立し、ナイフ・フォ-クが並べてあった。わたしたちには、和箸が添えてあった。皿が変わる都度、本来使うべきであったナイフ・フォ-クが持ち去られた。

どこからみても新郎新婦はもう立派な大人たちである。二人は終始落ち着いていた。

まだ新居を決めていないらしい。目下探している途中だとか。で、新婚旅行から戻ると、互いにそれぞれの実家へもどり、しばらくの間は別居になるとか。互いの生活を大切にしながら新婚生活を楽しむのだとか。わたしにはわかったようなわからんようなことばかりだが、次男が一人娘をもらったのである。甥の心憎いばかりの優しさが汲み取れぬでもない。それにしても、甥のあのバサバサ髪はなんとかならんか? エッ! あれがオシャレ! 呆れた!!!

あぁ~疲れた。わが家は愛犬ショウタが一人(?)で留守番だった。

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2007年10月28日 (日)

わたし呑みません??

明後日、竹友三銃士が勇躍播磨灘へ遠征してきて、鹿ノ瀬の海苔網に「はまちどり」艇をくくりつけ、トラやナゴヤ(フグ)釣って、戦場(船上)パーテェーし、フグ中毒の予定だが、海はベタ凪みたいで、あぁ~よかった。

台風が発生したときは、アレレ、三銃士諸氏らは、なにか悪いことシデカシタのではあるまいか?ッて思った。天はあまめく下界を見下ろし、罰を下す。が、しかし、その心配は杞憂であった。心掛けが良かったみたい。秋晴れのベタ凪だと思う。

昔は、海では、酒酔い操船は見ぬ振りしてくたが、最近は、陸並みとまではイカンがそれなりに取締りがある。巡視船がやってくる。で、沖でフグ鍋食って酔っ払うつもりなどとブログ書きしたら、巡視船が黙っておらんと思う。巡視船がブログ検閲するとも思えんが、誰かがチクランとも限らん。

で、わたしは、船頭役だから、酒は呑まんと宣言しておく。ホンマかいな?

また、フグは素人料理ではヤバイってことになっとる。が、ここ数年、毎年この時期になると、プレジャーボート連中はフグ釣って食っとるが、ダレそれがフグ釣りのあと、居なくなったなどの話は聞かないように思う。誰だって好んで死にたいなんて思わんようだ。で、ヤバイ部位は捨てて、身だけを食うが、身にだって若干テトロドトキシンはあるわけで、ヤバイことには間違いない。特にナゴヤはそうだ。こん回はこのナゴヤを喰うつもり。

で、もし、わたし及び三銃士諸氏がそろって討ち死にとなら、当節の油断に満ちた世間に警告の役を果たすことになろうかと思う。

アッハッハ(楽しい笑い)、コレ読んで、三銃士ら、肝をつぶさなければよろしいが、

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2007年10月27日 (土)

ヒマか余裕か

わたしさっぱり現実社会の動きがわからんが、

そう、景気がどうだこうだといわれても、デンデン実感デケンが、

どういうことでしょうかねぇ~、

よく売れる商品は多少値を吊り上げても、なお売れ続ける魅力を持っているのでしょうね。

値を上げる代わりに、ダンダン品質を悪くしても、なお売れ続けたりするのですよね。

油断が刻々膨らんでいるのを知らんのだ、

今ハヤリの物は、ナンであれカンであれ、すでに祇園精舎の鐘の音で、鳴り響いているのは瞬時のこと。まもなく音は消えますよ。赤福モチが消えましたねぇ~。

欲得づくの世間が、ずっと大昔から続いていて、

結果、今があって、ホイデ、なんでか知らんが、わしゃ尺八吹いとるわけだが、これもまた、かすかに聞こえる鐘の声って感じかな。

甥の結婚式での尺八演奏が“もうええわ”と断られてしまって気が抜けましたが、春先に演奏依頼があって以来、ずっとこれが念頭にあったから、それなりに気持ちの入った時間が過ごせて、エカッタって思っとるよ。

一番エカッタのは、最近のチャパツ・アンチャンらのことを、“あいつらはナニ考えて毎日過ごしているのやろ?”と、ごく身近に感じることがデケタからなぁ~。

だって、披露宴で、尺八吹いてチャパツに受けなかったらどないしょ?って思うじゃないか。どんな曲を吹こうかと迷いましたよ。よし、コレだ!ッて決めても、なお、ほんまにこんなことでエエのかいな?って悩んでおったよ。

祇園精舎の鐘ですなぁ~、

甥らも、来年の今頃は、赤ちゃん抱いているかも。

アッハッハ、見かけ上は今はまだ抱いておらんよ、仕込み製作はこれからじゃないかと思うよ。

鐘の話です、

若い、若いは、一時のこと、赤ちゃんもまた、刻々に育ちそして老いる。

わたしは今67歳だ。ってことは、

今から六七十年後には、その赤ちゃんは、おじさんの形見の尺八を吹いているかもな。

でんぐり返して考えようか、

六七十年前に、ワタシのご先祖の中に尺八を吹くおじさんが居たかもな。

きっとボヤ~としたズズイだったと思いますよ。だってDNAは一緒でしょう?

飽きもせずここまでお読みになりましたか?

アァ~タ、暇ですなぁ~、でも、それって余裕とも言いますよ。

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2007年10月26日 (金)

袈裟だけでも

まだ虚無僧の衣装は持っていません。

欲しいような、欲しくもないような、踏ん切り悪い気持ち。

軽んじる気持ちはない。アレを着て平気で街を歩くのも修行になるかも。

でも、今はまだ衣装負けしそうに思う。

「虚無僧 装束」と検索窓に打ち込んでクリック。

ありますね。専門店が。

すべて揃えると、だいぶ値が張るじゃないですか。

ヤメタ!ヤメタ!

でもなぁ~、袈裟だけでも買っておかないと、アカンようでもある。

ヤフオク探したが出ていませんなぁ~、

そらそうだろう、

アレはお棺に入れてしまうでしょう。残らんわな。

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2007年10月25日 (木)

瑞福

某雑誌社から、新春号用に「魚の肴にあう酒」ってことで、短文を書けって言ってきたから…、それってオモロそうだし、ハイハイって引き受けた。

「あのう~ボランテェアってことで…」とのこと。要するにタダで書けってこと。

そんなことたぁ~念押しするまでもないよ。わかっとるよ。

でも、嬉しいじゃあぁ~りませんか、そういう気をつかってくれるなんて。

アッハッハ(苦笑い)、面白がって書くのだけれど、時々、原稿料がスズメの涙いただけることがあるよ。ですがねぇ~、たいがいは、ナニやカヤで、それ以上の出費が必要になる。

かみさんが、「パッパが動くとお金が掛かる、もうエエかげんにしてほしい」というが、困ったもんだ。

今回も、候補に上げる酒を、今一度取り寄せて、そのつもりで味見してみなけりゃならんからなぁ~。もう買いましたがね。

酒だけ呑むのでは、肴と酒との折り合いを実感デケン。値の張るものを食わねばならん。

サイフが泣きますよ、よわっとる。

実は、今日、その酒の酒造元へ出かけてみようと思っています。すこし話を聞かせてもらうつもり、

播磨の地元米(山田錦)から造った特上の吟醸酒を紹介するつもりです。一升瓶1本1万円。コレ買いました。何度も言うようだけど…、

アノね、

趣旨を酒造元へ伝えてお願いしたら、PRにもなるってことで、きっとタダで試飲させてくれるだろうと思います。そこはそうなるように話しかけるってことも可能かなって思わんでもないですよ。

でもね、コレでは、ほんとうの味を実感することはデケン。

自分のサイフからゼニ払って呑んだり食ったりしてこそ、味が判る。こんなに高い金出したのに、なぁ~んや、つまらんアジやった、と、思うかもしれない。

だが、それをタダで呑んだり食ったりしたら、アァ~得した、けっこう美味いやんけぇ~、てなことになるかも。

ここらあたりが、素人とプロの差でしようね。わたし、自分で納得したことでなけりゃ書けませんわ。

富久錦(株)の特上吟醸酒「瑞福」です。

兵庫県加西市・0790-48-2111

http://www.fukunishiki.co.jp/gaiyou9.html

あ~た、まぁ、だまされたと思って、買って呑んでごろうじろ、コレこそが本物の日本酒の華・吟醸酒ですわ。

肴?

カラスミが最高かな。でも今手元に持ってないよ。豆アジのヒラキをあぶってみようかな。

バカにしちゃならんぞ、沖で豆アジ釣って、そこで背開きし、タテ塩し、艇の甲板で潮風のなか干し上げた一品だわさ。

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2007年10月24日 (水)

父の苦悩

今月末(今日から一週間後)父の十三忌法要を執り行う。遺品はあらかた整理し終えているが「惺窩先生と細川の荘」と題する小冊子が数冊残してあった。父が著しただた1冊の本だ。父が、三木の里、ここ細川の中学に勤務していたとき、校区内の旧家の蔵をめぐり歩き、古文書を見つけ整理したものだ。非売品。ガリ版刷りの本。わたしの手元に置いておいてもゴミ同然。で、たった今、三木市の図書館へ納めさせてもらった。郷土資料の内に加えましょうということだった。

残余の遺品整理のなかで、思わぬものを見つけた。これも小冊子で「長寿者に告ぐ」副題が「老人の生きる道」。パラパラ食ってみると、隠居という言葉・文字はこの世から抹殺すべきだ、てなことが書いてある。どうやら縁戚関係にある某爺さん(故人)の著物らしい。

思いもかけなかったのは、その本の表紙に鉛筆で「大阪尺八森安」と書き込まれている。

あの有名な明暗尺八の森安氏だろうか?「大阪尺八森安」とあるからはそうに違いない。

森安氏はわたしの最初の明暗指導の師だ。40年ほど昔になるがサシの初歩を少し習ったことがある。父と、森安氏との間で、どういう付き合いがあったのだろう。

他にも雑多な書き物がある。法要を終えたら処分しようと思う。

パラパラ拾い読みして、ハタと気付いたことがある。

今更ながらのことでもあるが、父は、私のことを、心底“不肖の息子”だと思っていたようだ。父が生前わたしを人に紹介する際はいつも「わたしの気違い息子だ」とか「バカ息子だが」とか言っていたが、あれは本心から出た言葉だったみたい。しょうがないよなぁ~、残っている父の書き物を見ても、わたしには理解が届かないものばかりだ。

父は、晩年亡くなるほぼ直前に、家計図のようなものを書き残している。それを仏壇から取り出し、書き込まれている人名を数えた。中には間違いもあるとは思うが400名近い人名が記されている。生前、父がコレを一気に書いたのをわたしは見知っている。

遺品中に枕のような分厚い辞典類が数冊あって、わたし使っているが、いずれも3千ページ近い書物ながら、どのページも父の書き込みがある。

父は、不肖の息子を持って、ふしあわせぇ~な気分でみまかったように思われる。

なにせ、わたしは、すっごく物覚えが悪く、忘れっぽく、世渡り下手でボ~としている。

十三回忌を迎える今になって、ようやく父の苦悩に気がついたのである。

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2007年10月23日 (火)

止め得ない

今週末に甥の結婚式があって、わたし余興にお祝いの尺八を吹くことになっていた。

が、時間が取れないから、もうエエです、と、断りの連絡があった。

ひょっとしたら、と、思ったから確認の問い合わせをしたら、そういう返事があった。

あぁ~そうってことで、わたし、すっきりし、そして気が抜けた。

友人等の余興が多くて、尺八の出番がなくなってしもたみたい。

最近の風潮なのだろうと思う。

招待客の皆さんに楽しんでもらえたら云々なのだろうと思う。

わたしが、昔風にお祝いの献笛をしたら、坐がしらけるかもと心配したかな?

いやぁ~、ホント、わたしもそのあたりが一番心配だったわけで、ホッとしたことでもありますよ。

ちなみに、稽古し準備したのは、

明暗本曲「吾妻獅子」を6寸管で、

後、8寸に持ち替えて唱歌「旅愁」「故郷」を1番だけメドレーで、

ついで「愛燦燦」を1番だけ。

の計11分間セットだった。時間がなければ、唱歌は止めようと思っていた。

随分稽古したから、わたしとしてはそれなりに成果がありましたよ。

コレがなければ6寸で本曲「吾妻獅子」を吹くことはなかったもんね。

来月4日、京都明暗時で八尾白蓮氏が、「吾妻獅子」を6寸で吹かれと聞いている。

第105回尺八本曲全国献奏大会だ。全61曲エントリー。米国人の名がだいぶある。朝から晩まで。わたしは初めて聴きに行く。楽しみにしている。

開会一番に、総員で「調子」を献笛するのが例だそうな。

わたしも竹を持参し、紛れ入って吹こうと思う。勝手に吹くのだ、叱られるかも知れない。が、わたしは末席中の末席とはいえ正規の明暗者。ダレもわたしを止め得ない。

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2007年10月22日 (月)

秋晴れ

Natu_002 庭に温州ミカンの木を植えたはいつだったかな?

数年前からこの時期になるとタワワに実をつけます。

Natu_005 このミカンの木の側にザクロを植えていて、枝が道にだいぶはみ出している。実をつけていて枝が切り難いわけですよ。背の高い人なら頭をぶつけそうだ。

若いおかぁさんが幼児を連れて歩いていて、

「ほら、リンゴがなってるよ」って、子供に教えていた。

めちゃくちゃですな、呆れてものが言えんですな。

Natu_006 狭い土地があって、ゴチャゴチャ植えていますが、これはスイカを食ってそのゴミを埋めたら混ざっていた種からスイカが芽を出した。今日もぎ取るつもりです。

Natu_008 ダイが亡くなって、いささか傷心気味のショウ太です。

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2007年10月21日 (日)

馬鹿な考え休むに似たり

いろいろな生き方があると思う。

どの生き方を選ぶかは自由であるようで、実はそうではない。

運命論ってわけでもないが、振り返ってみれば、そう在るべくしてそうなったと思わざるを得ないのではないか。わたしの場合はこう思うが…、

イイヤそうじゃない!選択の余地があったと思う人もあるかも。

が、すでに、事は終わっており、過去は固まって今更どう動かすすべもない。

問題は、今現在のこと、

さて、どう生きようか。

自分には選ぶことが許されているのだろうか?可能なのだろうか?

と、思いつつ、明日になってみれば、はたまた運命論じゃないが、自由は無かった、そうあるべくしてそのような昨日であったと思わざるを得ないことである。

と、いうような、隠居生活の日々を続けている。

この日々、

沖が凪いでいたら愛艇を駆って魚釣りに、シケ模様とみたら自宅で明暗尺八の稽古、と、いうと如何にも悠々自適の隠居生活に思えるが、

上述したように、わたしにはこの生き方しかできないという葛藤があって、胸中は常に波立ち穏やかではない。余事に関心が無いわけじゃない。なしようもなく、結果、かようにくすぶっているような気がしなくもない。なんじゃそれ?

畏友にOMってのが居るが、察するに、OMもまたその胸中は常に波立ち穏やかではないのではなかろうか。

実に恐るべき男である。

わたしと同年だから定年退職以来すでに7年経っているが、ほぼ定年直後から“日々1冊読破の行”を、未だに継続して止む気配がない。

ナニを求めて、彼はこのような生き方をするのだろう?

これほどまでしても彼の関心事を満足させない何者かが彼の心内にうごめいていて、これが彼の読書欲の根源か?OMの胸中は常に波立ち穏やかではなかろうと思う所以である。

さて、

昨日は、沖はシケ模様であった。

今日はさほどでもなさそうだが、潮マンが不満だ。若潮である。明後日23日がベタナギで潮もよさそう。この日ならメジロが釣れるかも。

沖へ、メジロ狙いで出てみようか、イヤ出てもまたぞろボーズかも、

わたしには、出るか出ないかの選択余地がある、と、思う。

が、しかし、

翌24日になって振り返れば、そうなるべくしてなった結果が見えるだろうと思う。

年のせいだろうか、ダンダン動くのが面倒になっている。

今日一日は、TVの前に寝転んだり、尺八吹いたりして過ごすのだろうと思う。…が、明日になってみなければ分からない。

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2007年10月20日 (土)

散歩の秋

飼い犬を連れて散歩するに…、飼い犬は、わたしを引き連れて散歩しているつもりらしい。

早朝、散歩途上、いつもの人達に出会う。

独りで手を振り回しながら散歩のバァサン。

黒毛の雑種メス犬を引きずるように散歩するジイさん。

自転車に犬をくくりつけて走らせるおっさん。

トツトツの歩く柴犬雑種が角から出てきたら、しばらくして飼い主があとかた付いてくる。その犬は綱を付けていない。おとなしい犬だ。

いつも噛み付くような剣幕で散歩する犬もいる。飼い主が万一手綱を放したらたちまち大事になるかも。

盲導犬に使うレトリーバーが最近の流行犬種なのだろうか。アチコチに買われていてノンビリした顔で飼い主と散歩している。概ねメタボ。ドテドテ散歩。

以前、飼い犬を蹴飛ばしキャンキャン泣かせながらイジメ散歩するオッサンが居た。犬が綱を切って逃げ出し居なくなったと聞いた。やがてオッサンも亡くなった。

Aさんは、手押し買い物車の籠に飼い犬を入れ、それを押して回る散歩である。犬が籠から首を出している。我が家の前を通る際、Aさんは口笛を吹く。わがやのショウタ(省太・シーズー犬)が部屋から飛び出しワンワン吼える。Aさんは会話をしている気分みたい。籠の犬の名は知らない。室内犬でジュウタンの上しか歩かないそうだ。外の道を裸足で歩くと足の裏から出血するらしい。

もうこの時間になると、だれも通らない。ぼや~と前の道を見ている。

沿海州(ロシア)ハバロフスフクの南に強い勢力をもつ低気圧がある。

数日前の予想では今日は瀬戸内海には海上風警報が出るかもと思っていたが、昨夜の予報は警報じゃなく注意報だった。今、検索すると、その注意報も消えている。晴天で少し風がある。

行きつけの呑み屋のママさんや常連らと、「はまちどり」で沖へ出るはずの日だったが、中止にしたのだった。用心したが無理すれば結構できたかも。

静かぁ~な、し~ずかな~、秋ですわ。ダァレも通らん、

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散歩の秋

飼い犬を連れて散歩するに…、飼い犬は、わたしを引き連れて散歩しているつもりらしい。

早朝、散歩途上、いつもの人達に出会う。

独りで手を振り回しながら散歩のバァサン。

黒毛の雑種メス犬を引きずるように散歩するジイさん。

自転車に犬をくくりつけて走らせるおっさん。

トツトツの歩く柴犬雑種が角から出てきたら、しばらくして飼い主があとかた付いてくる。その犬は綱を付けていない。おとなしい犬だ。

いつも噛み付くような剣幕で散歩する犬もいる。飼い主が万一手綱を放したらたちまち大事になるかも。

盲導犬に使うレトリーバーが最近の流行犬種なのだろうか。アチコチに買われていてノンビリした顔で飼い主と散歩している。概ねメタボ。ドテドテ散歩。

以前、飼い犬を蹴飛ばしキャンキャン泣かせながらイジメ散歩するオッサンが居た。犬が綱を気って逃げ出し居なくなったと聞いた。やがてオッサンも亡くなった。

Aさんは、手押し買い物車の籠に飼い犬を入れ、それを押して回る散歩である。犬が籠から首を出している。我が家の前を通る際、Aさんは口笛を吹く。わがやのショウタ(省太・シーズー犬)が部屋から飛び出しワンワン吼える。Aさんは会話をしている気分みたい。籠の犬の名は知らない。室内犬でジュウタンの上しか歩かないそうだ。外の道を裸足で歩くと足の裏から出血するらしい。

もうこの時間になると、だれも通らない。ぼや~と前の道を見ている。

沿海州(ロシア)ハバラフスフクの南に強い勢力をもつ低気圧がある。

数日前の予想では今日は瀬戸内海には海上風警報が出るかもと思っていたが、昨夜の予報は警報じゃなく注意報だった。今、検索すると、その注意報も消えている。晴天で少し風あり。行きつけの呑み屋のママさんや常連らと、「はまちどり」で沖へ出るはずの日だったが、中止にしたのだった。海に慣れぬ人達だ、用心したが無理すれば結構できたかも。

静かぁ~な、し~ずかな~、秋ですわ。ダァレも通らん、

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2007年10月19日 (金)

メジロ、

惨敗、
言うな!
慰めは聞きたくない、
エリエリサバクタニー!

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メジロ

雨勢強し、けぶる海、餌アジは傷だらけ、未だ息あり再度送る、

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メジロ

船減る、15隻、無聊をかこつ、

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メジロ

ボイント、約20隻、コノシロは取れない、他船も同様か、未だ竿曲がるを見ない、時折竿震える、豆を付けている、

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メジロ

メジロめざしてばく進中で

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2007年10月18日 (木)

秋の空

朝5時、朝刊を取りに外へ出た。郵便受けから新聞を取り出す。気持ちの良い朝の空気。つい先日まで香っていた金木犀はもう静まっている。

晴天だ。

大熊座のヒシャクが観える。たどって北極星を観る。ほとんど真東に金星。南南西の高い位置にオリオン座の三ツ星。たどって小犬座。冬の三角。満点の星空。

…が、天の川までは見えない。視力不足。

裸眼でここまで見えれば文句は言えまい。また星空観測用の望遠鏡が欲しくなった。

8倍双眼鏡と、7倍単眼鏡を持っているが、二つとも艇に積み込んでいて、今手元にない。

5時半。うっすらとしらみかける空。もう星の観測は無理。

年食うほどに視力が落ちる。

が、いつになるかはわからんが、沖の魚釣りを卒業したら、いずれは安物天体望遠鏡をヤフオクで落として、空をみながらあの世行きを待つことになるかもと思う。

星座を探していると知らぬ間に興奮する。きっと、好きなのだと思う。

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2007年10月17日 (水)

命の予備も

行儀悪い話だが、トイレに本をいろいろ持ち込んでいて、全身リラックスのなかでページを繰るクセがある。

便秘に悩む方が多いが、あれは急ぎキバルからいけないので、全身リラックスだと、こともなげに用を済ませ得ると思うがどうなのだろう?わたしなんぞは、持ち込んだ本や新聞の方に気が行っていて、身体的には全身リラックスそのもので、で、読み終わって、アレッ?ウンチしたのだったかな?と、わからなくなって便器覗き込んだりすることあるよ。

で、今朝も、そうやっていて、11月号の「ボート倶楽部」をまたぞろ繰っていて、262ページに、イーグリットⅡのロングクルーズ報告が載っているのを見つけた。

なんで、こんな大きな記事が天然色で華々しく特集記事扱いされていないのだろう?

もうそろそろ、艇長南藤氏の遠征手記が出てもよさそうなのに、氏は体調でも崩されたのだろうかと心配しておった。雑記事扱いとは呆れた。

伊豆諸島最南端青ヶ島のそのまた南35マイルに明神礁ってのがある。そこに“ベヨネーズ列岩”が波を噛んで牙を向いている。海底火山の頂上。東京湾口から213マイルの位置だと氏の手記にある。この列岩を大回りして来たって手記だ。

淡々とした文章。お人柄でしょうね。大器の器って言うのでしょうか、今現在のわが国で、プレジャーボート界の冒険家といえば、その最頂点はこのイーグリットⅡの南藤嘉久氏でしょう。二番手はファンタシアの本田昌司氏かな。本田氏は海も山もこなされるから足し算すれば彼が超トップ。やはりデッカイ御仁だ。気風がデカイ。このお二人には、わたし足元にも及ばない。

今回の南藤氏の手記ですが、文中に、2メートルの波だったとか、帰路銭洲岩礁へ向かう際は3メートルの波だったとか記されているが、もし、彼じゃなくて、わたしだったら、きっと、3メートルの波だったとか、銭洲は5メートルの大波だった、なんて言うでしょうね。胆力が違いますからねぇ~、

負け惜しみというか、グズグズ言い訳するのもいかがとは思いますが…、

あまりにも淡々とした記述に、ナァ~ンだ、簡単に行けるじゃないかって思う人が出たらどうしましょう!!

ゼッタイに、真似はしちゃならんですぞ!!!

氏は確か76歳におなりだったと思う。この年まで、あの慎重さでコツコツ準備を整えられたわけだ。周到な準備と、あの驚嘆すべき胆力があってなし得た。

余人にはデッタイ真似できん快挙だってことですわ。

ハァ~、ワイだって、やってみたい!

小笠原諸島最南端は“沖の鳥島”。

潮岬から真南に直線距離ほぼ1400キロ(約740マイル)。

わたしの「はまちどり」は満タンで約150マイル走る。

740÷150=4.93…片道で5回の満タン給油が必要、往復で10回。ドラム缶(200リットル)で約20本の軽油に相当。全航程がベタ凪で真っ直ぐに走れたらのこと。

伊豆・小笠原諸島の島伝いに走ることになるからこの1倍半は燃料が必要だし、荒天時に備えて予備燃料用にドラム缶4~5本は最低必要。それと、命の予備も二つ三つ。

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2007年10月16日 (火)

ゲテモノ

Komonnsakata さっきヨシ○が播磨灘の鹿ノ瀬で、コモンサカタザメを釣ったようだ。

「こんなのが釣れたがナニやろ?」と、携帯で問い合わせてきたから、コモンだと思うと返事した。携帯電話の写真転送だからぼやけているが、ほぼ間違いないと思う。

播磨灘ではときおり星ザメ(土地の漁師はノソと呼ぶ)が釣れる。サメではこいつが一番食べて美味しいが、ヨシ○が釣ったコモンサカタザメもけっこう美味しいサメである。

油引きして、薄くサシミに刻んで酢醤油で食うと良い。から揚げや、煮付けでも良い。

こやつは砂に潜り込んでいるが、たまたまフグ釣りの外道に掛かったものである。

背中からみるとドデカイ・コチに似ているが、裏返すと笑ってしまう。ヒラメやカレイのような白い腹なのだが、まるで白く化粧した人の顔に似ている。

ヨシ○には高級魚だから捨てずに持ち帰り食ってみるように伝えた。

彼は、多少ゲテモノ食いの趣味もあるようだから、食ったらなんぞ言うてきそうな気がする。

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マンガ

水谷豊の「相棒」が面白くて毎回欠かさず観ている。「真実はいつか必ず明らかになる…」などのセリフを劇中しらじらと言うのがマンガになっていて痛快だ。面白い。

マンガだって?

そう、世の中は真実が明らかになるほど、そんなに真っ直ぐじゃない。

白は黒になり、ウソこそが真実になり、もうけたつもりが実は損であったり、愛は欲のかたまりでしかなく、何かにつけて金がからみ、たいていは悪の方が強い。

だが、変なことも時には生じて、あの悪の亀田親子(ボクシング)が負けましたね。

愛嬌だねぇ~、

だが、ボクシングも相撲も、元祖は喧嘩じゃないか。別の意味で真剣みが違ったってことだけじゃないか。わたしは亀田親子は好かん。で、試合は見とらんがね、あの親子の無作法をネタに稼いだやつが居るってことだよね。バカバカしい!

…と、因果応報ってのが日本の道徳心の基盤だが、いまどきこれを信じる者が居るだろうか。神も仏もただ漫然と天国に居ます。これが現実じゃないか。

わたし、年取るほどに、真実ってのにはあまり意味が無いってことわかってきた。

しらじらしいウソのうちにこそエネルギーがある。

早い話が実現不可能な“夢”ってのはウソの典型でしょう。

真実は力なり、それはいつかは明るみに出るって思い込むのは、実は逃げの形で、そこからは大切な時間が消え去りこそすれナニも生まれない。真実一路で貴重な一生を棒に振り“あぁ~夢破れたり”なんぞと嘆くのは無茶苦茶に論理が転倒している。

「愛」ってのは、元来相手があって生じる心じゃない。つまるところは自分の欲を言う言葉。解説するのも面倒だ。

わたしは、刑事物ドラマが好きだが、犯人が明らかになるにつれて面白みが減じ、終盤の謎解きや犯人逮捕が近づくと、イヤになって電源を切ってしまったりする。

悪者はトコトン悪者であってほしい。犯人は安っぽく言い訳したり罪を認めたりしないでほしい。

被害者は救われぬ絶望の中に突き放し、放置してほしい。

世の中にはトコトン悪いやつがいて、被害にあうとトンでもないことになる。これが一般じゃないのか。

皆の衆、そう思いませんか?

性善説・性悪説の二つがある。

日本の道徳は性善説が基盤になっている。儒教・仏教はこの立場。

キリスト教・イスラム・インドのヒンズーは性悪説が基盤。

キリスト教のお祈りでは「罪深いわたしをお許しください…」とつぶやいて胸に十字を切る。人は生まれながらに罪を背負っているとされていて、胸に十字を切るのは、自分の罪を、キリストに擦り付けるおまじない。罪を背負ってくれた(犠牲になって十字架にかかった)キリストさんにどうぞよろしくのご挨拶。

ヒンズーの神々はおどろおどろしい化け物たちだ。かような化け物の食い殺されぬように神々のご機嫌をとるのだ。

今、経済社会に、構造改革云々の必要性が説かれている。

実は、心の世界を“性悪説”へ転換することこそが急務なのに、世間は油断しきっている。話し合えばいつかはわかってもらえると信じている。マンガだね!!!

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2007年10月15日 (月)

ホコリまみれ

大二郎どんとわたしは同窓生で4つ違い。同じ邦楽クラブの出身だ。当時、彼は琴古。わたしは都山。

学内で“邦楽クラブ”を立ち上げたのは、わたし等の年代である。わたしは初代の尺八部のリーダー。箏の部のリーダーも居た。部長は山田で彼は統率力がありクラブ設立は彼が中心だった。谷野ってのも居て、マネージャーをやった。わたし、山田、谷野はいつもつるんでいた。

在学中は、大二郎どんとわたしは1年生と4年生、流派が違ったせいか不思議と面識がない。出会っていたはずだし、話もしたことがあるに違いないが、何せ40年以上も昔のことで記憶は無くなっている。

が、ひょんなことから、最近になって交流が深まった。

わたしが都山流を離れ、明暗を始めるようになったのが遠因かもしれぬ。

わたしが明暗尺八(地無し延べ管)の良い物がなく、吹きにくい稽古竹で四苦八苦しているのを知った彼が、手元の竹を無償で提供してくれたのだった。わたしはこの竹に「火吹き」と名付けた。以来、わたしの愛用管になっている。

大二郎どんからは、その後も何かと教わることが多い。

木場吹月氏のことを知ったのも彼からだ。吹月氏著「尺八今昔」の閲覧を得て、眼からウロコ。

その吹月氏の子息が和田亮介氏。わたしより9歳年長。父君と同様、尺八の伝説的名人・神如道の直弟子である。氏は船場へ入り婿し木場から和田姓になった知る人も知る船場商法の語り部でもある。

実は、今日、大二郎どんから読むようにと貸し与えられた和田亮介氏著「あきない夜咄」に目を通し、意外な想いにとらわれている。

わたしは二十歳代のころ神戸は垂水の山崎美也師の元へ稽古に通っていたが、ほぼ同時期に和田亮介氏もたびたび美也師の元へ三曲地歌を楽しみに出向かれていたようだ。きっと出会っていたのだと思う。わたし、若気の至りで氏のことを存じ上げないまま貴重な機会を無駄にしたようだ。

また、この「あきない夜咄」は1997年12月に発行されている。日経新聞夕刊1面に連されたコラム「明日への話題」をまとめた本だ。

比べるべくも無いが、わたしも自著「遊々波平釣り日誌」をこの年の10月に発行している。これは巷で売られる週刊釣り新聞「釣り場速報」に連載した記事抜粋。

わたしはこの自著発行が縁で翌年から2年間にわたり日経新聞夕刊に釣りエッセイ掲載の機会を得たが、その時の日経の文化部長が松岡氏だった。「あきない夜咄」の奥付をみると、なんと松岡部長のお名前が見えた。

わたしは、当時、自著発行後、日経からエッセイ連載の打診があって、松岡氏に、

「わたしごとき者が、貴紙のような大新聞にエッセイを連載することができるでしょうか?」と、ビビリってお断りの言葉を吐いたのだった。

松岡氏は「それはもう検討済みです」とそっけなくわたしの気持ちを封じられた。

松岡氏の目の付け所がわたしには検討がつかなかった。

言葉につまり苦し紛れに、

「わたし、魚釣りは好きですが下手ですよ。釣り好きな男の生き様ってことでよろしければ…」と口ごもった。

今、ようやく、あの時、松岡部長の脳裏に浮かんでいたであろう感興に、たどり着き得たような気がする。和田亮介氏著「あきない夜咄」は、まさにわたしの魚釣り好きを、“船場商法”好きに置き換えたような著物であった。レベルを云々しなければの話だが、

氏の文はすばらしい。本の帯封に「和田恭介さんの一言一言は和田哲学である云々」とある。このあたりはわたしには無縁のものだ。質の高さは、わたしの雑文とは比べるべくも無い。

ふと、日経に2年間にわたり連載した一連の雑文のことを思い出した。あのファイルはどうしたのだったかな?

無理してでも自費出版本にまとめておきたかった。が、安月給が許さなかった。

あのファイルはどこに仕舞ったのだったろう。

あぁ、このホコリまみれなのがそれだ。

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海の釣堀

釣友の二郎ちゃんが明石の「魚の棚」でピチピチ小エビを買い、それを餌に、家島の“海の釣堀”荒らしをしたらしい。その顛末を記した手記が届いた。カンパチ3、ヒラマサ1、タイ14。の釣果だったとか。

「釣堀での釣りは、本来の“釣道”から外れているように思う。気恥ずかしいことだ。

が、安全で面白い上に食べる実益もある。年寄りの遊びだ、大目に見てもらいたい」

とのことである。

また氏は、

「釣堀は構造改革の典型じゃないか」という。

1次産業から中抜きで3次産業に飛躍している。釣り客等の世話には漁家の者等があたっていて雇用の創造にも寄与しているし、十年昔には確か7箇所あったが、今では2箇所だけに統廃合が進んだみたい」という。

こんなに楽しい“海の釣堀”はいつまでもつぶれずに居て欲しいとあるが、

支払った料金に数倍する釣果を得てしまっては、経営の足を引っ張る結果になっとるのではあるまいか?

で、わたしとしては、釣友の悪行を賞しつつ、かつ、“海の釣堀”のPRの一助にも寄与すべく、ここに顛末を抜粋転載したのである。

皆の衆、

当節、魚釣りを楽しもうなら、“海の釣堀”へ馳せるがよろしいようだ。

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2007年10月14日 (日)

日々趣味

なんと言いましょうか…、

どうにもならぬが、それはまっすぐのような気がして、それがスッと見えたような…、イイヤあれは錯覚だったかなと…、命の深遠さと申しましょうか、ぜんぶ投げ出してなおなお足らぬ敬虔な心地と申しましょうか…

フッとそんな曰く言いがたい気持ちがしたですよ、「三谷曲」を火葬場の碑の前で吹いていて…、

自宅へ戻って、また吹き直しましたが、もはやその“何か”にとらわれてしまっていて、“そのこと”に束縛されていて、あの曰く言いがたい澄んだ心地は何処へ行ったのやらさっぱりわからん。

またまた、下手な三谷を吹いていますがね、

それがその~、こうやって吹いているのも悪くはないなぁ~っていう思いには知らぬ間に到達し得たと思ったりしていますよ。

上手下手じゃないですよ。もうどうでもエエですよ。

明暗尺八はオモロイですなぁ~、

この歳になって自分はよい趣味を得ていると、ありがたく思っていますよ。

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2007年10月12日 (金)

合掌

愛犬・「大地」、あだ名「ダイ」が、つい先ほど亡くなりました。

眼を怪我して、強い薬にも耐えて、回復の兆しが見えていたが、突然呼吸困難になり、幾度か持ちこたえましたが力が尽きました。獣医に駆けつるつける車の中でかみさんに抱かれた状態で息絶えました。

弱っとります。

かみさんの頭の神経がプッツンしました。

ここ数時間の記憶がすっかり無くなりました。ダイが亡くなったことがまるで分かっておりません。変なことばかり言っております。

わたしは、大丈夫です。

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隣の芝生 2

以下は、ひがみ根性が言うのである。

だから概ね間違っている。

街の高層マンション住まいは孤独だ。地面から離れすぎている。生活が宙に浮いている。

で、わたしは、近郊の新興地に家を建てローンを背負った。以来30数年。未だに近隣住民とは挨拶以上の付き合いは無い。農村・漁村の相互扶助関係とは似ても似つかぬ環境だ。

これからもずっとこれは代わらないのではないか。職と住が分離しているがゆえに。

農村・漁村のそれがうらやましい。

頑張って“波平亭”を創ろうとしたのだった。

が、身の危険があって踏み出し切れない。

鎧兜(ヨロイカブト)の世間に、ハダカで突撃はきつすぎるみたい。

今日はこれから独り沖へ出て、豆アジを少し釣ってこようと思う。これ、わたしの世界である。

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2007年10月11日 (木)

隣の芝生

一般市民は、農業や漁業の実態を知っているようで、実は知らないのだと思う。

農業・漁業は、都会のサラリーマンや、第三次産業(サービス業)の従事者等にとっては、まるで別の世界であると思う。

以下は、ひがみ根性丸出しで言うのだが、

農業や漁業は、生まれながらに一定の資産を持っていてこそ出来る仕事であろうと思う。

農家は農地を持っている。漁業は各種の漁業権(?)で保護され一定海域を占有使用している。

農業や漁業には定年退職制度が無い。彼等は、

「サラリーマンはうらやましい、定年後遊び暮らせる」というが、その実はサラリーマン定年退職者を白い眼で見ているような気がする。わたしひがみ根性で言っている、

わが家は、田舎の山林を宅地造成した一角にあって、周辺はたんぼだらけである。土地柄酒米の「山田錦」の栽培が盛んだ。「日本晴」か「山田錦」かだが、田んぼを見れば誰でも品種の見分けは可能だ。ここ数日で、ほぼ稲刈りが終わった。

作業は最新式農機が行う。農機操作はサラルーマンなら定年後であろう人達である。

いよいよ年老いてこの農機操作が出来なくなると、米の栽培を止めて、たんぼを貸し農園にしたり、休耕田にしたりして補助金を得る。田舎のバァチャンは年金も少ないし可哀想だなんて言うけれど、ホンマかいな?

わたしは、ここ3年ほどかけて、日本列島をマイボートで大回りした。

周航先では漁港に係留停泊する機会が多かった。やはり高齢者の就業が多かった。

よく観察すると、相当割合で既に廃船同様になった漁船が漁港内に放置されていた。漁業権を維持するためじゃないか。もし、海域が埋め立てられたりすると、莫大な保証金が入る。漁業権は持っていて損は無い。未だ稼動可能な漁船も、年寄りの遊び道具であるに過ぎないのが相当多く見受けられた。漁業者は漁港を占有し、他者の利用は極力排除する。

若い頃はまず都会へサラリーマンし、その後、反転帰村して民宿営業をしがてら漁業に就くってのが理想みたい。その頃はすでに熟年になっている。周知のことながら、生家が漁家でないと漁業に従事することは不可能な社会の仕組みがある。漁業権を得ることは余程の寒漁村でない限りほぼ不可能と言ってよい。

何度も繰り返すが、わたしは、ひがみ根性で言っている。

隣家の芝生は青く見える。

近在農家と付き合いがある。

わが家はこの農家の休耕田を借り受けて長年家庭菜園をやっていた。

この農家からは、タケノコの季節にはタテノコが、クリの季節にはクリが、新米収穫の際は新米がやってくる。わたしは魚釣りで得た魚を差し出す。

農家はわたしをうらやましがり、わたしは農家をうらやむ。

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2007年10月10日 (水)

六甲おろし

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大二郎どんが、「六甲オロシ」を譜面にせぇ、と、言うから、何度も歌を聴いて、歌って、譜にしたつもりですよ。

「ロ」から始めるのは、歌い易いし、他の洋楽器と合うと思う。が、尺八では少し吹き辛い。で、「ハ」から始まるのを創って大二郎どんに提出したけれど、ヤッパ気になるから、「ロ」からのものも見て欲しいよ。

ついでだから、吹いてみましたよ。お遊びですからね、上手下手は言いこなしだよ。一杯機嫌で吹いとるのだ。

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暇つぶしの処方

隠居の暇つぶしに国会中継のTV観ています。ドラマ観る心地で楽しんでいます。火事と喧嘩はなんとやらだね。出演者らにもそのつもりがありそうだね。

福田首相はボケキャラって言うそうですね。誠実そうで、どことなくボケはぐらかしているようなところがあって、話し振りはオデコが物言うような感じがありますね。

政治家さんらは、まじめに仕事して欲しいですなぁ~、こんなことでエエのかいなって気がしてならんです。

テロ法ですけど、日本はアブラは全量輸入ですからね。これが止まったらヤバイです。民主も妥協の機を逃さぬようにしてほしいですなぁ~。

北方健三の小説はスカッツとしてどれもこれもオモロイ。わたしだいぶ読んでいますよ。先ごろから日経朝刊に氏の小説が連載中だ。楽しみに毎朝読んでいます。

今日は、6チャンで、朝10時前から水谷豊主演の「相棒」がある。藤田まことの「はぐれ刑事純情派」の後継番組。おもしろいですなぁ~。

藤田まこと・水谷豊・西田敏行・船越英一郎・小林稔侍、この人たちが主演のTVドラマがあると、その日は、その放映時間帯を中心にして暇つぶしをする。

まぼろしの魚クエの養殖に成功したそうですよ。メデタイ!!

これには諸手をふって賛成賛成!

記事を読むまでもないが確かめると、養殖の成功は、やはり育てる環境をいかに自然に近づけるかだったみたい。擬似自然の中で育てるわけだが、これって可哀想だと思うけれど、クエは美味しいから、眼をつぶりましょう。でもなぁ~、値が高こうて、とてもわたしの口ではクエんでしょうな。あぁ~可哀想だ!自然に戻すべきだ!!人間の傲慢だ!!!

最後に一言、

言うておきますが、隠居業ってのは、他人様にご迷惑をかけずに暇つぶしすることが仕事ですからね。この意味で、わたしはとても良く仕事する、働く、ズズイだってことだ。

文句、アッカ!

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2007年10月 9日 (火)

金木犀

真夏の暑い盛りは散歩を控えていた。涼しくなって、また自宅周辺を散策するようになった。住宅街は避けて田んぼ道を行く。一昨日は晴れだった。酒米の山田錦の刈入れ最盛期。イネが山田錦かどうかはすぐにわかる。この品種は茎が長く粒が大きい。刈入れ時期になると、田んぼ全体が波打って寝そべって見える。稲穂の重みに茎が耐え切れず少し風が吹くと倒れるし、雨勢が強いと倒れる。農家の人たちは、次の日以降は天気下り坂と読んで、この日(7日)に刈入れを急いだようだった。

3箇所、栗が落ちている箇所がある。少し拾った。この位置に栗が落ちていることは近在の者等は知っていて、既に先行者があった。長靴姿で火箸を手に栗のイガ剥きに精を出していた。わたしはその人等の見落としたのを拾った。

田んぼがまだ水田だった頃から歩いている散歩道だ。水田の、あのオタマジャクシらはどうしたのだろう。田んぼの側溝はコンクリート製だ。既に水は切られている。側溝の会所に雨水が少し溜まっている。小さなカエルが群れていた。小さなカエルはこの側溝から飛び出ることはゼッタイ不可能。側溝の壁はカエルには高すぎる。まだ陽射しは強い。乾いたコンクリートの側溝は熱い。

あれから、昨日も、今日も雨模様。

あのカエルらには慈雨の雨か。だが、腹が減ったカエルども…、

玄関の金木犀が香っている。

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2007年10月 7日 (日)

狼の恋

今朝(10月7日)の日経朝刊11面の「セカンドステージ」欄に、南方熊楠が登場している。昭和天皇への進講にまつわる話だった。1929年・彼63歳の春だったとか。わたし波平は1940年の生まれだから、誕生前11年もの昔になる。

それ、未だ父・母が互いに合い見あわない頃の話。その頃のわたしってどういう存在だったのだろう?やがてこの世に生まれ出る必然性があったのだろうか?

禅の公案を思い浮かべる…「父母未生以前我如何」…父母が生まれる以前の自分とは何か?

こういうのを考えると、漠々たる気持ちになって、やがて縮んでいた視野が膨張し爆発しそうになる。が、爆発し切れなくて、やがてシボミ正気に返る。

正気に返ったところで、以前、「狼の恋」という話を書き付けたことがあったのを思い出した。ヤフー検索に「狼の恋」と試しに打ち込んだら、パッと出た。

http://homepage1.nifty.com/hamatidori/yodann23.htm である。いつ書いたものか忘れた。もしお暇だったらお目通し願いたい。馬鹿げた話だが、なんとなくおかしい。

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2007年10月 6日 (土)

生半可釣り師

魚釣りでナニが一番難しいかというと、喰い気の無い魚に餌を喰わすことでしょうね。

馬は水辺まで曳っぱって行ける、が、嫌がる馬に水を飲ませることはデケン。

馬でもそうなのだから、異次元たる水中に住まう魚たちに、シャニムにハリ付き餌を食わすなんてことは生半可じゃ出来ない。わたし、生半可釣り師だからその芸当デケンかった。要するに釣れんかった。

だが、月刊雑誌「ボート倶楽部」の記者・水野さんは、生半可のルポライターじゃない。骨太で、基礎がガッチリしていて、針小棒大に記事をでっち上げるくらいは屁でもない(ゴメンネ、水野さん、褒めの心で言うていますからね)、…だろうと思う。

「何とか記事にはなりますから、気にしないでください」って、わたし、なぐさめられちゃった。

言っておきますがね、色々悪条件が重なったわけですよ…、

数え上げようかと思ったけれど、みっともないから言わないでおきますがね。

アァ~ア、わしゃ疲れた。

水野さんはもっと疲れた。

…に、違いない。

晩酌の肴に豆アジの刺身でも食おうと思って20尾ばかり持って帰った。

これ以上持って帰ったらかみさんに叱られる。で、20だけ持って帰った。

と、かみさんがクーラ開けて、

「あれ、たったこれだけ?」って言った。

豆アジ釣ってくるなら、もっと沢山釣って来い、ってことだった。

先日来、豆アジの処分に困りアチコチに配りまくっているが、これが意外と評判が良くて、もっと釣ってきてよろしいってことになったみたい。どうせパッパはまた豆アジ釣って帰るだろうから、って、どこそこへも差し上げようと思っていたみたい。

わしゃ、それきいて、少し救われた。

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果てしなき野望

今日も沖へ出ます。アンカー釣りに挑戦する。

この時期は、海域にもようろうが、播磨灘のこの辺りでは、正直言ってアンカー釣りの時期じゃない。

だのに、なんでアンカー釣りにこだわるのかというと、雑誌掲載の記事を得たいからだ。雑誌の発刊時期にあわせた記事をとなると、どうしても時期先行の試みが必要になる。それにしても無茶な試みだわさ。昨日はカレイを狙ったが、カレイは10月中旬の秋祭り以降でないとデッタイだめですわ。

アンカーかけてノンビリと大きな魚を釣るって様子を撮りたいと言うて、「ボート倶楽部」の水野記者がやってきた。それが昨日です。豆アジとチッチャなガシラしか釣れんかった。で、もう一日出てみようとなった。それが今日です。

白状しますとね、今日も釣れないだろうと思います。再々言いますが今はアンカー釣りの時期じゃないし、天候がいまいちだし、潮が悪い。このなかで、アンカーかけて大きなのを釣るとなると、生餌を放った飲ませ釣りしかないでしょうね。

豆アジか、トラハゼかを生餌にして、置き竿し、竿がひったくられるのを待ちます。ハマチ・サゴシ・ヒラメを待つ。

前提条件がある。アンカー掛けて、艇が一定の位置にあまり左右に触れることなく留まること。昨日は全くこれがダメだった。風向きがクルクル代わり、風の強弱も加わって、艇の向きがアッチャ向いたり、コッチャ向いたりした。呑ませ仕掛け出すことすらデケンかった。

前提条件その2も、その3も、その4も、ず~とあるけれど、要は魚の側の都合だね。生餌を喰うつもりがなければ釣れないわけだ。今日は若潮です。この日はあまりその気にならん日。食欲が沸かん日。弱ったな、

上島の漁具敷設の隙間を狙ってフカセ釣るか?

ここは、最近ほとんどその隙間がござらん。漁師さんらが場取りしてプレージャーボートを寄せ付けないみたい。伊保30番は、巨大な豆アジ軍団に占拠されている。中に大型魚の魚影もあるが、実績に欠ける。ここは一発・宇和島(男鹿島の離れ小島)水道へ出てみようと思う。

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2007年10月 5日 (金)

ヨシマルビク

あぁ~、
あの拾ったビクの捨て主がわかりました。ヨシ○だったです。
タコ釣りのときに使えそうだから戻してくれって言う。
で、戻してやろうと思う。
彼が、かかわった中古艇に残置されていた品物だったみたい。
面倒で捨てたみたい。

実はね、わたし、今日このビクを使ったわけですよ。豆アジ釣りでね。
アキどんが一緒に乗っていて、釣ったアジをポイポイこのビクに放り込み、だいぶ溜まったかなと、覗き込んだら、あれっ?ってなもんや?
「少ないやんけぇ~、波平さん、ビク破れとるでぇ~」

破れてはいませんでした。網の目が大きくて、釣ったアジが、網の目くぐって逃げ出していた。

わたし、このビクは、豆アジを生かしておくのに最適だと思っておったわけですよ。
アッハッハ(大笑い)、豆アジらが喜んだわね。

ヨシ○にビクを返してやろうと思う。
ヨシ○どんよー、アキどんが、タコも逃げるのとちゃうか?って言うておったでよ。

今日は、月刊雑誌「ボート倶楽部」の“アンカー釣り”の取材だったです。豆アジと、チッチャなガシラしか釣れんかった。でもね、アンカー掛けての“のんびり釣り”ってテーマだったから、まぁエエのじゃないか? クヤシイ!!

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2007年10月 4日 (木)

感動 1・2

<感動1>

ヨ~ク考えると、自分の命も、拾ったような気がしないでもない。

今まで生きながらえているのも、命を拾ったも同然だって思えなくもない。

オギャァ~とこの世に生まれ得たこと自体が、命を拾ったも同然である。

播磨マリーナ構内には大きな産業廃棄物用のバッカン(コンテナ式鉄製ゴミ箱)が3つ常置されていて、燃えるゴミ用と、燃えないゴミ用と、荒ゴミ用。

艇オーナーには想像を絶するお金持ちが居られるようだ。未だ充分に使用できるのに、なんでか、ポイポイ捨ててある。釣り竿、リール、椅子、タモ、ロープなど等…、

昨日、艇の掃除をしようと思ってマリーナへ出掛けて、バッカンの側を通りました。

未だ使えそうなのが捨ててあった。拾った。

Natu_004 写真を見てください。

1.        艇尾にぶら下げている大きな縦長のビクがそのひとつです。わたしの艇は、強制循環式のイケスしか付いてない。アンカー打ってエンジン止めたらバッテリー上がりがこわいから循環電源を切る。で、この手のビクが欲しかった。どこも傷んでいません。なんで捨てたのやろ?お金持ちは不思議なことをしますね。

2.        二つ目はフエンダー。艇の左右の舷際に二つずつフエンダーがぶら下がっているが、左側の二つのうち小さい方のフエンダーが昨日拾ったもの。どこも傷んでいません。充分使用デケル。ちなみに他のフエンダーは自前で買ったものですよ。

Annka 3.        艇を正面下斜めから撮った写真のバウ先端にアンカーが見えますね。少しひん曲がっている。アルバどんが捨てかねて持っていたのを、わたしがタダで貰い受けた。

あぁ、そのアルバどんの艇ですが、フエンダーの左側に半分写っているのがそれです。スッゴイ艇だ。プロラインという夢のような艇で、250HPの船外機2機掛。40ノット近く出るらしい。燃料バカ食い。でも、平気でアルバどんは走っとる。積んでいる装備品は当然全品サラッピン。(訂正・アルベマーレじゃない、プロラインだった)

<感動2>

今日は写真の日にしようかな、

Natu_014 蜘蛛の巣の写真です。実に悠々たる巣ですな。幾匹もが協力して造ったみたい。

Kumo 次に、1匹だけ写っている写真を説明する。

Natu_016 この蜘蛛はガッツがある。工事用の柵があるがその右端から上側中空にかけて巣がある。ガッツは、その巣の上糸がどこから垂れきたものかってこと。実に上空約6~8メートルの電線から垂れている。電線のその位置には、まず電柱を伝い登らねばならんがそれって巣の位置から15メートルは離れている。1本の糸で営巣デケルはずない。良く見ると、その高い電線と巣とは幾本もの糸でガッチリ結ばれている。大工事だったに違いない。

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2007年10月 3日 (水)

閉鎖性海域

http://www.kaiho.mlit.go.jp/05kanku/honbu/topics/H19-noriami.pdf

は、先月(9月)21日付けで第五管区海上保安本部が出したお達しです。

ダラダラ書いてあるが、マウスを下へドラッグすると地図が出ます。

要するに、播磨灘・大阪湾は、この時期、ワカメや海苔(ノリ)の養殖網だらけになっとるから、気をつけろってことですわ。

海苔養殖ですけど、兵庫県が全国で一番のようですね。

どうりで播磨灘東部に位置するあの広大な鹿ノ瀬もほぼ全面が海苔網で覆われているわけだ。昔は、播磨灘東部一帯は、冬場は海水温が低くなりすぎて、漁師らは、なすことも無く炬燵(コタツ)でボンヤリしていた。が、約40年前、この海苔編み養殖が始まって以来、大忙しみたい。

このあたりの漁で有名なのは春先のイカナゴ漁ですよね。ちょうど海苔網を撤去した頃から始まります。うまい具合に、海苔網敷設海域がイカナゴ産卵の海域ですわ。海苔網が邪魔になって、産卵時期に、そのあたりでは底引き網漁はデケン。これが、イカナゴの保護になっとるわけですわ。

余談ですが、

イカナゴは、獲ったら一秒を争って漁港へ持ち帰り、即刻売りさばきます。

時間が少しでも遅れると鮮度が落ちて、釘煮(クギニ)にしたとき味が落ちます。イカナゴはとても傷みやすい魚で、漁船の速度が遅かった昔は、獲ってもハマチ養殖のエサくらいにしかならんかった。が、最近は違いますよ。クギニ・クギニで引っ張りだこだ。

ボートで沖に出ていますとね、このイカナゴを積んだ漁船が、ものすごい速度で全速力でそれぞれの漁港めがけて一直線に走っている。大型船の直前であろうと、フェリー客船の進行直前であろうと、付近にチッチャなボートが居ようと、そんたこたぁ~おかまいなしだ。まっすぐ一直線に白波蹴立てて突っ走る。漁船の速度がイカナゴの鮮度に直結です。グワ~ンとエンジン唸らせて突っ走る。

話を戻しましょう、

と、いうことで、海をワカメや海苔養殖の網が広く覆っているわけですが、

以前、これが始まった頃は、海は大変汚れていた。下水処理が未だできていなくて、各家庭から収集車で集められた糞尿は専門の運搬船に積み替えられ、岸から離れた沖合いで、大阪湾の真ん中あたりで捨てられていた。これが海苔養殖などの肥料にもなったし、結果海の浄化にも多少は役立った。

が、最近は当時より海がきれいになって、海苔の生育が難しくなりつつあるみたい。

海苔も大切に育てられるようになり、上げ下げの潮流にあわせて潮上から病気予防の消毒剤を流したりするみたい。栄養不足気味だからね、もう少し海が汚れた方がエエと思っとるよ。

ホンマかウソか、わたしはいまいち実感が無いが、昔は、海苔網を敷設した海域はその下が魚たちの楽園になって、保護区域みたいな感じになって、カレイなんぞが安心して大きくなれたようだが、最近は、聞くところによると、消毒薬の撒きすぎやあれこれで、海苔網の下は死の海底?

きっと、これは言いすぎですよね。

でもね、海苔網撤去の直後はその辺りに行くとバカ釣れしたのですよ。最近はそうでもないから出かけませんですよ。

出掛けないようになったのは、別の理由もありましてね、海苔網撤去と歩調をあわせて、漁船がその敷設跡を底引き網で血相変えて曳き回すのですわ。危険で近寄りがたいわけよ。で、いっときの漁船の底引き網漁が終わったら、ボートをそこへ移動させて残りかすを釣っていたわけよ。

だんだん釣れなくなって、最近はその釣りはしないですよ。

気がついたら、どうも最近は、海苔網撤去直後の底引き網漁もやっとらんのじゃないか?場所によって様々だろうとは思うが、なんか変だなぁ~ってワタスは思うのだよなぁ~。

本題です、

ワカメや海苔網の敷設海域が大きすぎます。これほども広大な海域を占拠して海苔網を養殖するのはいかがなものかって思います。ましてや、消毒薬を不用意(キット言いすぎですよ)に散布するのは間違いじゃないか。瀬戸内海は、大阪湾は、閉鎖性海域です。少しずつでも撒かれた薬剤は蓄積します。薬剤にゼッタイ安全なんてものはない。現に、消毒に使うような薬剤が、なんで無害なんぞであるものか!

薬効のあれこれや、散布の実態は、わしゃいまいちようわからん。が、ウワサを聞いて漠々たる不安を感じとる。

各府県の水産試験場や、自然保護に目を向ける研究者らの、本当の意味での研究・指導が待たれるってことかな。頼むから、いつまでも楽しい魚釣りさせてくださいな<(_ _)>

プレジャーボートの海苔網乗り上げ(絡み)事故が責められている。「近くに養殖施設があることを認識しつつも、自船の位置や養殖施設の設置位置を海図などで確認することなく漫然と航行を続け…」などといって責められている。が、このような生命に危険が及びかねない事故の最大原因である“広大すぎる海苔網敷設”の存在が云々されることはない。プレジャーボートは社会悪、海のゴロツキ。そういうことだろうか?アッハッハ(苦笑い)、また言い過ぎた。

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2007年10月 2日 (火)

動けない

労働市場は売り手優位になってきたようだ。

これって、一般市民へのサービス低下を呼ぶのじゃないか?

少なくとも寡占業界においては…、

なんで寡占業界が在り得るのや?

各種の不要な規制が強すぎるのや!!

ケシカラン!!!!

早い話が、愛艇「はまちどり」を契約常置している某マリーナは、今日・明日・明後日は3連休や。夏場を週休1日で乗り切ったから、お疲れさんってことで、10月第一週は3連休となったわけや。

わかるよ!わかりますよ!!

その気持ちは、わかりますよ。

働く者の対場から見れば、当節週休2日が常ですから、夏場の週休1日はシンドかったわけよ。だから、ご苦労さんってことわかりますよ。

だけど、ワタスは高い金払って艇を置いているわけよ。この3日間は、上架した艇をどう使ったらエエの?使えないですよ。乗れないですよ。

労働者(従業員ら)は間違ってない。経営者が間違っとる。利用者の不便を考えていない。労働者の就業にローテを取り入れて、利用者には不便をかけないようにして週休二日を実施すべきでしょう。マリーナの正面出入り口を三日間も施錠して、この秋の魚釣りシーズンに艇を閉じ込めてしまってどうする!!

従業員には充分な休暇を与えながら、業務自体は休みなく続けるべきでしょう。それだけの原資は、わたしら利用者が契約金の形で払っとるやないか!!

出来ますよ。方策はいろいろありますよ。週の内、特定日2日間は、業務能力(サービスレベル)を落すことで、利用者に我慢してもらう手もあるだろうし、

利用者側に、なんらかの業務協力・負担を振り向けることもできるだろうし、

常はふんぞり返っているエライさんも、少し現場に出たらどうなのだ!

営業マンらは常は清楚な身なりで客に接するのが仕事だろうが、少しは現場で、艇の上げ下ろしを手伝ったらどうか。

まだまだ手立ては腐るほどあるぞ!

わたし、これからマリーナへ出掛けて、沖へ様子見に出てみようと思っとった。

隠居生活ですからね、エブリデーサンデーだよ。わたし、ついつい曜日を間違えて今日が火曜日だって忘れとった。月曜日だと思っておった。

気がついて確かめたら、なんと今日からマリーナは3連休ですよ。

なんてこった!!

某マリーナだなんて、遠慮は要らんよ、播磨マリーナのことですよ。

従業員諸氏は頑張っとるよ。ゴメンネ!

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2007年10月 1日 (月)

ホカホカ貼るカイロ

季節の変わり目ですよね。ずいぶん涼しくなりました。今日から半ズボン止めて長ズボンにします。

と、これが妙に身体全体のバランスに影響する。

上半身は、まだTシャツのままなのに、下半身長ズボンになって、脚のヒザ下が覆われたので、身体から放熱する体温バランスが崩れたみたい。

なんでか知らんが腰回りが寒くてかなわん。で、腰回りにホカホカ貼るカイロを貼りまくった。

アッ、そうだ! 上半身も厚着したらバランス取れるかも…、と、綿入れ半纏(はんてん)取り出して着ました。

ウン、これは気持ちがよろしい。ホカホカ貼るカイロが効いてきて、より安心的な心地になった。

播磨灘のわたしの魚釣りテリトリーでは、下りの中潮最終日が、経験上一番魚が良く釣れる日です。今日がその日。そして今日は凪です。

が、気力がいまいちで、ワタス、綿入れハンテン着て、腰回りにホカホカ貼るカイロ貼って、自宅にうずくまっている。

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