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2007年10月22日 (月)

秋晴れ

Natu_002 庭に温州ミカンの木を植えたはいつだったかな?

数年前からこの時期になるとタワワに実をつけます。

Natu_005 このミカンの木の側にザクロを植えていて、枝が道にだいぶはみ出している。実をつけていて枝が切り難いわけですよ。背の高い人なら頭をぶつけそうだ。

若いおかぁさんが幼児を連れて歩いていて、

「ほら、リンゴがなってるよ」って、子供に教えていた。

めちゃくちゃですな、呆れてものが言えんですな。

Natu_006 狭い土地があって、ゴチャゴチャ植えていますが、これはスイカを食ってそのゴミを埋めたら混ざっていた種からスイカが芽を出した。今日もぎ取るつもりです。

Natu_008 ダイが亡くなって、いささか傷心気味のショウ太です。

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コメント

ご隠居さん
長いこと顔合わせてませんね。

ザクロ→りんご
私の会社に植えてあるヤマモモの実をみて「ほら、さくらんぼが沢山なってるよ」
ですって(笑)


投稿: albatross | 2007年10月22日 (月) 17時53分

ご無沙汰です。
それでも、毎日何度も来ていますよ。

ザクロですね、子供の頃は何でも食べていましたから味は知っています。
最近の人は、ザクロなんか、生け花に使うくらいにしか知らないかも。
知らない人が食べたら、何で種ばかりなのと言いそうです。
ぼつぼつメジロ祭りですね、こちら昨日釣ったツバスをダメ元で刺身にしてみました。
さばいているいると脂がトロトロ、これなら持って帰る価値ありと思いました。
食べても旨い、マアジより美味しかったです。

投稿: 植野丸 | 2007年10月22日 (月) 20時02分

柘榴、良いですね。手前はゴムの木ですか?
庭があるって羨ましいです。

ところで、ろめいさんの所に書かれているのが気になって、しんたさんの動画をチェックしました。試し吹きのようですが、これはしんたさんの常々主張していらっしゃる「上鳴り」、つまり楽器全部を鳴らしていない音の例なのではないでしょうか。
良い悪いということではなく、明暗で使う音とは違うはずです。波平さんが勘違いしていらっしゃるのではないかと思いました。

尺八を当てる位置や吹き込む角度で悩んでいらっしゃるとは思いもよりませんでした。
普通、あえて試さないことが多いので気付き難いのですが、当てる位置なんて、7ミリや8ミリ上下しても、音はほとんど変わりません。やってみたら分かります。
普段より7、8ミリ高い位置に当てて、尺八を立て(管尻を下げ)る。それから、普段より唇を突き出して吹けば、音が出ませんか? その状態で10分も吹けば、あら不思議、普段とほとんど同じように吹けませんか?

もちろん、尺八を当てる位置は厳密でなければなりませんが、これは、口周りの形や力の入り具合が決まったらそれに合わせる、ということになるのではないでしょうか。

口周りの形や力の入り具合は、唇だけで形成されるものではなくて、息との塩梅、息との共同作業ですから、息が安定しないと始まらない。

息は、心に聞こえている音と重なる。
息の流れは生きている音楽の息吹とひとつになる。

こういう考えが間違っていないとすれば、要するに、音のイメージの形成と呼吸の稽古を真摯に続けるのが基本だと思うのです。
当然よく見かける、尺八を当てる位置や唇の形を変えたら上手くなるに違いないとか、何やらの秘伝、効率的に上手くなる秘訣、正しい吹奏方法があるという発想は、私の考えとは逆です。

どちらを取るべきか、私が言うことではありません。後者が良いと思われるのでしたらそれでも良いのです。
ただし、方針がぶれたら、先には進めません。それが間違っていたとしても気付くことができません。ですから方針をきめたら、結果がでるまで迷わずに進むことが大切だと思います。

クラシックをやっていた頃の、私の乏しい経験や周りのプロやプロの玉子の在り方からすると、秘伝や秘訣を求める方法は大抵、行き詰ります。行き詰らないのは、前進することを止めて、稽古することを止めて、満足している人だけでした。そういう人は、わたしには自己満足に見えるのですが、まあ満足できて、その上、自分を大層偉いと思えたりするのですから、何も言うことはありませんが。

ついでにゴールウェイですが、彼がどういう言い方をしているにせよ、あくまでも自分のやり方を説明しているに過ぎないということに注意を要するを思います。
名前をあげるほど詳しくはないのですが、彼と同じレベルの奏者は沢山いますし、人によって吹き方は様々です。ゴールウェイは大きく輝かしい派手な音と完璧なテクニックが売りでした。
フルートの奏法は現在では混在していますが、大きく分けて、フランスのスタイルとドイツのスタイルがあります。楽器を当てる位置については、メリ吹きとカリ吹きに相当する違いがあります。ドイツスクールがカリ吹き。今は独逸流が流行っているのかもしれません。あくまで流行と好みです。

ゴールウェイのサイト、今も載っているかわかりませんが、「フルートはベルカントで喉を拡げて吹くんだ」といって、Ah~~~~ と歌っている動画が以前ありました。
ところが、この声がベルカントではもっとも忌み嫌う、喉の詰まった地声なんです。勿論ゴールウェイがオペラのベルカントの声を知らないはずはありません。冗談半分でやっていることが、真面目な人の手にかかると「フルートはベルカントで吹く」、それがいつのまにか、「尺八はベルカントで吹く」なんていう話にもなってしまいます。
これは、ゴールウェイより偉い? モイーズという人が「喉を開いて吹け」と言ったあたりが嚆矢なんですが、要するに、ベルカントで言う「開いた喉」とフルートのそれは実態が違うということです。

尺八の世界は神秘に満ちた「とんでも話」が多くて、そこが可笑しくも面白いところでもあるのですが、まあ、あまり方針がぶれないほうが良いのではないかと思った次第です。

音大のピアノ科の学生のほとんどは、秘伝のような方法で機械的なテクニックばかり練習してきたものだから、ピアノで歌がうたえないし、そのことに気付きもしないんです。だから簡単な唱歌の伴奏も出来ない、使えないのです。1パーセントくらいの学生が、そのことに気付いて悩む。ピアノで歌が歌える学生は、さらに1パーセント居るかいないかなんです。

波平さんの尺八には歌があると私は思っています。
私が求める本曲は、感情や歌を否定したところにあるのですが、それはまた別の話です。

植野丸さん、はじめまして。
最近はザクロジュースが美容に良いとか言って結構流行っているんですよ。
美味しいけれど、とっても高価。

投稿: ペリー | 2007年10月22日 (月) 21時09分

アルバどん、
自宅に篭ってナニしてるの?世の中はメジロだメジロだって騒いでいますよ。
たまにはお顔を見せてください。先日もマリーナで、ダレだったか、貴兄の顔が最近見えないが…と、言ってたよ。

植野どん、
わたし、今期はツバスにも縁が無い。豆アジオンリー。
これからは、海苔網に引っ掛けて、沖でテッサ・テッチリの修行しようと思う。先日18日その予行演習したのだけれど、コモンサカタサメが釣れただけで、サメ鍋しましたが、友人2名同船だったが、けっこう面白かったよ。

ペリーどん、
いただいたコメント繰り返し読みましたよ。わたしの気持ちのゆれが貴兄にはスケスケみたいですよね。参ったなァ~。そういうことですよ。
中断時期が超長かったとはいえ、わたし二十歳ころから尺八を触っています。
が、しかし、明暗始めてから、貴兄のリードなどもあって、音質というか、竹の音そのもに、本当の意味で取り組むようになった。そして、未だに模索の中にあり、歌口へあてる位置にすら疑問がわいている。吹き込む息の角度・量・強さなどなど疑問は尽きることが無い。
わたし、これからしばらくは、曲を吹かずに乙音「ロ」だけを吹くことにしようかと思う。ついで「ツ」に「レ…」に進みたい。
やってみましょう。
いつもコメントありがとうございます。

投稿: 波平 | 2007年10月23日 (火) 07時33分

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