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2007年11月

2007年11月30日 (金)

フグ鍋の歌

しつこいようですが、またフグの話、

昨日もまた昼からフグ鍋を食ったが、これってクセになりますね。ショウサイフグは身にも微毒がありますから、そのせいかも知れないなぁ~。

慣れればフグはきわめて料理し易い魚です。簡単に三枚に卸せます。切り取った身はちょうど鶏のササミのようだ。鶏のササミは鍋に入れても、そっけなくて、歯ごたえも怠け者風でおもしろくもなんともないし、第一味わいってものが無いわな。

それに反してフグはですね、

アァ~この独特の身のシマリ、なんともいえぬ食感、味わい、風味?

フグを食っとるのだという、世間反抗の精神、フロンティアスピリッツ…、わっしゃ瀬戸内海を食っとるのだと、あの海原と水平線をまぶたに浮かべならが、鍋に箸を突っ込むのだ。

今日も食ったるぞ!

無くなったら、また、釣りに行けばエエのだわい。

昨日二郎ちゃんに出会ったが、

二郎ちゃんは、現代社会における過度な高齢者医療のあり方に、警笛を鳴らし続けているある種のフロンティアマンでもある。白子の塩焼きが食いたいと言った。

彼って、自分の臓器はすべてドナー登録しているらしいよ。白子の塩焼きがまぶさっている肝って使えますかねぇ?

まぁ、いずれにしても次回はフグ釣に誘ってみよう。

フグ鍋の歌 作曲 じなしふくぞう

ローツーレーー ツーレーローー

ツーレーローー レーツーローー

ツーレーローー ツーレーローー

甲・乙を、毒回り状況に応じ、自在に吹き分けよとのことであります、

じなしどん、曲名を勝手に付けたりしてごめんね(^_-)-

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2007年11月29日 (木)

整体願望

竹友のトモエさんが風邪を引いたそうな。

彼女はアチコチ出かけて大息吸って尺八演奏(プロ奏者)するのが仕事だから、大息吸ったときに風邪のバイキンも吸い込んだのじゃなかろうか。

で、その風邪の治療法だけれど、

まず整体の先生に整体術で身体をほぐしてもらい、悪い熱を吐き出し、あとは自然治癒を待つってことらしい。

なんと、気合の入った治療だこと。スンバラスイ!

でも、これ、ズズイが真似たら、致命傷になるのじゃあるまいか、

わたしは風邪のバイキンが舞々する都会の雑踏の中へは行きません。

フグの海へ行く。風邪引く心配はありません。

したがって整体術は不要だけれど、その整体術ってのは未だ経験がないから、いちど受けてみたい気がする。

だいぶ以前になるが、背骨をボキボキ言わせるカイロなんとかには掛かったことがある。肩凝りがひどく難儀していたときだった。スカッと治った。

また、なんとなくアチコチが具合悪くなったとき、中国源流気孔術ってのに掛かった事もある。

ヤッ!ヤッ!てんで、数声気合を入れられて5千円払う施術だった。

これも気合一発スカツと効いて、楽になったような気がして帰宅するが、すぐにもとの不具合に戻るのが難儀だった。で、また術を受けに出かけたが、その場所が山陰・鳥取県・米子だったので、中国道から米子道を突っ走りその道場(治療場)へ幾度も通ったが、そのうちなんとなくバカバカしくなって最近は通わない。

トモエさんが受ける整体術ってどんなことをするのだろう?

“ほぐす”てのがいかにも効きそうな気がする。気持ち良さそうだ。

風邪引いてみようかな!

ヒマだと六なことを考えない。

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2007年11月28日 (水)

門は閉じられている

以下、暴論だと非難されるかもと思いつつ言うのだが、

一般人にもフグ調理講習会受講の機会を広く与えた方がよいと思う。

ただ単に、

“危険だから、素人は自分で料理し食ったりはダメ!”

ってことだけでは、アカンのじゃないか?

なぜ、なぜ、なぜ…? 

なぜアカンのか知らずして、自分で釣って食っているもの等が現に居るじゃないか!

そしてその者らは、皆、安全な調子の仕方、危険部位の見分け方を知りたいと思っている。

食育基本法ってのがある、その下に食品衛星法がある。その下に各府県などの条例がある。

フグに関してもここに関連条文があって、この流れのなかでフグ調理の特別講習会があって、講習受講資格者が決められていて、たんなる釣り人でしかない者らは締め出される。

フグ免許は得られなくてもかまわんから、受講だけでもさせて欲しいと願い出ても、お堅いお役所だ「アカン!出て行け!」となる。…のじゃないかと思う。

受講資格は概ね、

“フグを取扱う飲食店営業、魚介類販売業、魚介類せり売業、その他魚介類の加工を行なう営業の営業者及び調理従事者”

となっている。受講資格は各府県・自治体ごとに定められているから、多少の差はあるが、要するに生計を立てる上でどうしてもフグ免許が必要な者にしか講習受講資格を与えまいとのことらしい。

フグ食はひとつの大切な文化である。

育てこそすれ、目隠しして、ただヤミクモに規制するのは間違っている。

…と、思う。

少なくとも、勉強したいと思うもの等には、たとえば密かに自分で釣って自分でサバイて食ってやろうと思っている釣り人等には、ふぐ調理の危険性認識を深める意味からも、フグ調理講習会の受講資格を広げるべきだと思う。

釣友のなかに、わたしに、フグの釣り方やサバキ方を教えろ!ってのが居る。

わたしはフグ免許を持たない単なる物好きな釣り人でしかない。

もし、応じたら、わたしは手が後ろへ回るのだろうか?

アチコチに、正しい知識を得たいと願う者らが居るのに、門は閉じられている。

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2007年11月27日 (火)

フグ釣り

Syakuhati_002 播磨灘・鹿ノ瀬へ河豚(フグ)釣りに出ていました。ショウサイフグです。これ、別名をナゴヤと言って、これ食うと一巻の終わりだそうな。

……尾張名古屋の“尾張”と、命の“終わり”、

釣場の鹿ノ瀬はこの時期海苔網養殖の筏が瀬のほぼ全面を被っている。

で、この海苔網の中へ艇を進め、要所要所に海苔網設置の警告ブイがあるが、このブイに艇をくくりつける。

餌は川津エビ。30㌢前後のフグが釣れる。

艇をくくりつけるブイの位置によって、水深は浅かったり深かったりするが、瀬の真上で釣ることになるから、水深は概して浅く7メートル~せいぜい20㍍。

トラフグを釣る際は浅場、ショウサイフグなら深場。なぜか分からんがこの棲み分けがあるようだ。サバフグという無毒のフグが居るがこれはトラと同居。コモンサカタサメも浅場。今日は深場で遊んだ。外道にグチとアナゴがきた。

妹の旦那が釣りに行きたいと言うので声をかけていて、同行のつもりだったがフグ釣だと知ってドタキャンした。

で、ヨシ〇も一人でフグるつもりだってぇから、なら一緒に出ようとなって、二人で出たが、フグ好きのヨシ〇はさすがに上手だった。わたしの倍は釣ったように思う。数えなかったが二人で40は釣ったと思う。が、わたしはとても半分の20は釣っていない。

フグは沖で、二人で、さばいた。危険部位は完全に避けて、安全な身だけを取り分ける。トウトウミ(薄皮)も取り去る。血合や腹皮や血・皮などは完全に避ける。卵巣や肝は見るからに美味しそうである。まさに目の毒。見ないようにして捨てる。

ヨシ〇は頭や目玉もしゃぶるらしいが、わたしは純粋に身だけにして持ち帰る。アキどんもフグ党で、彼は河豚鍋のダシに3枚に卸した後の骨を使う。わたしはこれも避ける。

ヨシ〇は、おきなフグはテッサにして食うという。今日は大きなのも釣れている。わたしもテッサにしてみようと思う。こないだからテッサにして食っているけど、どないもない、と、ヨシ〇は言う。

アルバどんも釣友アキブツどんと二人でフグった。わたしらと艇を並べて釣った。フグ釣りは初めてだったようだ。けっこう釣ったのじゃなかったかな?

二艇並んで釣ると、どうしても意識しあうようである。アッチの方がたくさん釣っているような気がする。互いにそう思っている。

さぁ~テッチリの時間だ。

あぁ~やんぬるかな!!

「あたしはイヤです、パッパひとりでお上がり…」

「わたしはカシワをいただきます!!

もうそろそろパッパはシビレ出す頃かな?て、シロ~イ、目で見つめられながら、食うテッサ・テッチリは、ほんにオツなもんでっせ!!!

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2007年11月26日 (月)

あぁ~やんぬるかな!!

山下無風著「続・尺八放談」を読んだ。副題が付いている“没分暁漢(わからずや)”。

1ページ冒頭にその解説が書かれてあった、

「愚痴っぽく自虐を装いながらも、その実は、痛烈な風刺…期せずしてそのような傾向を辿る私の作文だから…」と、

レレッ!

わたしのブログに掲げた言葉とどこか共通するような気がする。

わたしは、“愚痴とぼやき”を掲げている。

通読して氏の生き様にひどく感激した。実に堂々と思うがままに、素直に、書き綴られている。氏の真摯な生き様が浮かび出ているなかに、尺八がどのような位置にあったか赤裸々に語られている。

ついつい、自分のことに想いが走る、

わたしの人生の中にも尺八がある。か~るい尺八。あるかないかの位置。ほんの手慰みでしかない尺八。二十歳代の時には一時期真剣だったが、ポイと捨てて後30数年間省みなかった尺八。なにげに立ち戻った尺八趣味。そして今。

無風氏とわたし波平と比較するのは、月とスッポン、あるいはもっとモット大きな差がある。

が、たった今のことに限れば…、

尺八にすがって(?)生きる最近のわたしは、氏が尺八とともに生きた日々の断片のある時期に対比できなくもないか、

いや、ヤッパその器じゃないなぁ~、わたしは未だに遊びの延長に尺八を置いている。

昭和61年発刊の「本」。500ページ。最終ページ裏表紙前の白紙ページに昭和61年十月28日入手と書き込みがある。飯田峡嶺の署名がある。オー、琴古の巨人だ!尺八界の重鎮。

裏表紙に古本屋のラベルが貼ってある。実は、この本は竹友大二郎から借用したものだ。大二郎ドンには古本アサリの趣味があるげな。

読み終えて、後、飯田峡嶺の署名を見つけて、またページを繰りなおした。

わたし、尺八は好きで吹いている。

ただそれだけのこと。

学理の知識があるわけじゃなし、おたまじゃくしが読めるわけでもない。

氏のような厳しい生き様をしてきたわけじゃなく、もっぱら怠けの人生である。

あぁ~やんぬるかな!!

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例えば

音楽に題名が必要か否かだけど、

童謡・唱歌やカラオケ曲は、題があった方がよいですね。

だが、多くの洋楽のように作曲者名と番号だけでも、かまわない場合も多い。

邦楽でも、六段とか十段(乱れ)などは、意味ありげな題名が付けられたら艶消しだ。

尺八の明暗曲だが、みな意味ありげな曲名が付けられているが、付けられた曲名が意味深長すぎて、さっぱり解らん。教わらなければ読み方もわからん。ほとんど意味無し番号が付されたのと変わらんですね。

例えば童謡・唱歌の場合、「赤とんぼ」や「故郷」を歌うと、幼いこのろの思い出が沸き起こり懐かしい気持ちになる。荒んだ気持ちを反省もし、勇気を取り戻したりする。そういう自分が居ることに気付く。要するに自分を取り戻す。

例えば、「ドナウ川のさざなみ」や「運命」や「白鳥の湖」を聴くと、やたら雲の上を行くような、おっそろしい地獄絵を見るような、はたまた、王子様になったような心地がして、自分を夢の中へ遊ばし、しばし邯鄲の夢を観る。

例えば、ジャカジャカ・ガタガタしたジャズや、ドッスンドッスンした興奮心臓鼓動まがいの大音響音楽(?)を聴くと、意味も無く興奮し、脈拍が速くなり、息が荒くなり、

“あぁ~スンバラシイ!あたしを煮て食うなり焼いて食うなりしておくれ”などと喘ぐ女の子が出たりするそうな、

さぁ~て、

そろそろ、いつものピーポー稽古始めようかな、

今日は逮夜。坊さん来宅まではまだだいぶ時間がある。

まんず腹式呼吸の稽古から入って、意味はわからんがオドロオドロした題の尺八本曲をどれか選んで吹いて遊ぼうかな。最近は「恋慕流」に凝っているけれど、これってハッピーな曲なのか、追悼曲なのか、どうやら後者らしいけれど、ぼかぁ~前者の気持ちで吹くのが好きですわ、

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2007年11月25日 (日)

タイムスリップ

タイムスリップしてきました。43年前へ、

当時、わたしは関西学院大学の学生だった。

実にボンヤリした学生だった。邦楽クラブってのがあって、勉強もせずに尺八吹いて遊んでいた。

卒業が近づいたが、ナニになりたいか未だにナ~ンも考えていなくて、結局どこかへ就職せなアカンのやと思いあたり。市役所に就職したのだった。

タイムスリップは、卒業前のまだ学生であった頃へのスリップである。

大阪・塚口で開催された関学邦楽クラブ・第46回定期演奏会を聴きに行ったのだった。

第1回定期演奏会はわたしらがやったのだった。それが今年で46回目を迎えたとは…、

わたしは卒業以来一度も後輩たちの演奏会を覗いたことは無い。昨日が実に43年ぶりのことである。

想いが錯綜し、懐古の情に溺れ、やがて慙愧の念が噴きあがり、すっかり疲れ果てた。

当時、…今思い起こせば…、様々な選択の余地があったことが慙愧の念を掻きたてる。

現役生らの舞台は、

わたし、客席一番最前列に座っていたけれど、よく聴こえず、ボンヤリしか見えず、メルヘン基調ばかりが胸に響いて切なかった。

打ち上げ懇親会があって、これにも参加した。

わたしが集まった者らのなかで最年長だった。

「43年前を思い出します、忘れていたことが次々思い出されてくる。忘れてしまったと思っていたが実はそうじゃなかった。この歳になるまで、あの頃の気持ちが基底になって、わたしは生きてきたようだ…云々」を脈絡前後しながら挨拶代わりに話したが、意味が伝わっただろうか、

幼い演奏だった。(注・うぶなって意味で使っている、下手ってことじゃない)

が、一生懸命なのはすばらしかった。

今朝の日経新聞11面に、

「彼らの第四コーナー」というコラムがあり、沢村貞子氏の生き様が紹介されている。編集委員に進まれた小林省太氏の執筆である。すばらしい文章だ。

実は、氏は、わたしの文章の先生でもある。

十年ほど前、わたしは日経新聞水曜日夕刊に毎週魚釣りコラムを連載していたことがある。このときの担当記者が小林省太氏だった。原稿手直しを通し色々教わることが多かった。

氏は、今朝のコラムで沢村貞子氏の“一生懸命”ぶりに触れている。ひたむきに生きた彼女の八十九年の人生を書いている。氏はすでに充分すぎるベテラン記者ではある。が、氏もまたこのコラムを一生懸命書かれたのだと思う。文章にその味わいがある。

昨日聴いた後輩らの一生懸命な演奏ぶりを思い出している。

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2007年11月23日 (金)

筆先が痒い

<ヨシ○→波平> …携帯メール…

関東では乗り合い船でも、この時期、フグをやる様ですね。

部位により安全ですし。これからは、関西で流行らしまひょ。

フグの事なら、波平さんのフグネタサイト…

なんちゅ~のが面白そうに思いますが…

如何でしょう?

<波平→ヨシ○> …同上…

貴君験しに一度シビレてみますか?

わたし、実況ブログやった~げる!

<ヨシ○→波平> …同上…

私は守りに入った人生を送ろうとは思いませんが、人からアホなヤツやなぁ~と、思われるのもシャクですからリスクのある事はいたしません。

フグを食しますが、リスクがあるような食べ方はしておりませんから、痺れる可能性は無いと信じております。

ただ、50才に成った今。かなり以前から言ってますが、70才に成ったら、タバコを吸い、フグのキモを食べようと思ってます。

膝や腰が痛いとか、グチグチ言いながら長生きするより、キモの食べ方とか言うジャンルを確立しよかなとか…。

それを実況ブログして下さい。

<解説>

ヨシ○は、この時期トラフグをたらふく食っているバチ当たりなオッサンである。

播磨マリーナのトップ(?)営業マン。悪徳おタナ備後屋の腹黒番頭の異名がある。

播磨灘のこの時期は釣物が少なくて、海も寒く、ボート釣が撤退気味だ。

で、ボートセールスが難しくなる。ボーナス時期なのに、

しかし、ここに“フグ釣”がある。

釣ってオモロク、食って極楽。鹿ノ瀬の天然フグは超美味である。なんとかフグのボート釣を流行らせたいと彼は考えた。

そうだ!ここにひとり、ケツ掻いて仰げば簡単に調子に乗って書き散らすズズイが居った。

で、ワタス、ご指名にあずかってフグを書こうと思うが、

やはりここは決死の緊張がからまなくてはオモロクない。

彼は言い出しべぇなのに、逃げ腰だ、

さて、どうしたものか??

あぁ~、みなさん、フグの素人料理は危険です。食わない方がよろしい…、

なんか、筆先が痒いですなぁ~!!!

♂♀<ヨシ○→波平>♂♀ …緊急申し入れあり…

訂正箇所1…腹黒番頭、 訂正箇所2…彼は逃げ腰だ。

フグを釣るためには逃げていては釣れません。毎週のように向かっていっておる次第。今度の火曜日も行きまっせ。ご一緒に如何ですか?

付いていってみようかな、まだ忌み半ばだってところが、この釣には似合いかも、

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隠居の勤労

勤労感謝の日に不勤労者が物言うのはいささか気が引けるが、もし、隠居業を生業として認めてもらえるならってことで、以下物申したい。

隠居業の主たる仕事は、まず朝の新聞閲覧から始まるが、

新聞は基本的に現役者用に構成されている。

世間が高齢化してきたことでもあるから、ここはひとつ隠居に焦点をあてた記事構成も考えてもらえまいか。

わたしは隠居専用新聞があってもおかしくないと思う。

新聞を読み終えるとテレビを観るが、

わたしの印象では、土日祝がオロモナイ。

あまり赤裸々には言いたくないが、

要するに、いままで怠け主婦が旦那・子供を会社・学校へ送り出した後、駄菓子ボリボリでテレビ観ていたその位置に隠居がハバコキ始めたってことだと思ってもらおうか。今日は祝日だ。で、いつも楽しみにしている朝9時55分からの「はぐれ刑事純情派」が無い!

わたしはまだ足腰達者で歩き回れるが、難儀なことがあって往生している。

散歩の休息所と、途中トイレだ。

歩き回って暫時休みたいが、女子高校生のように路上にアグラかいてヘタリ座る勇気は無い。要所要所に休息用ベンチが欲しい。

いつごろからかだんだんオシッコ間隔が短くなったような気がする。突然尿意が沸き起こり辛抱たまらなくなる。

散歩道に電信柱はある。が、犬じゃないから脚は上げない。実に困る。

余談だが、我が家から百メートルほどの位置にバス停がある。

神戸の三宮まで約50分だ。乗車前にトイレを済ますが、この50分が辛くてかなわん。最近では万一の場合に備えてナイロン袋を二重にして持ち歩いている。さいわい未だ使っていない。

小豆島や四国にお遍路に行くと、路々土地の方々がお八つやお茶を振舞ってくれることがあるそうだ。この風習は広く国内に広げるべきだ。

お八つや湯茶の接待を受けながら、街を、田んぼのあぜを、散歩するってのはキット楽しいだろう。そうなると、もちろん、我が家の前を行く隠居の世話はわたしが引き受ける。早くそうなりたいものだ。

我が家の前のわが屋の畑の隅にベンチをひとつ出している。

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2007年11月22日 (木)

フテ寝日

たしか年寄りを敬う日ってのがあったですよね、

調べました…9月15日・敬老の日、

わたし常日頃から隠居を標榜し、隠居波平を名乗っているけれど、どう考えてみても敬老の日の対象者としてふさわしいとは思えないですなぁ~、子供も居ないしねぇ~、いまだにかみさんと二人でままごと遊びしているような感じですわ、

…で、

明日は勤労感謝の日ですよね。

わたしの“隠居業”なのだけれど、職業欄に隠居って書いてエエのかな?

最近はなんでもかでもパソコンでしょう。

職業欄の横に「検索」って窓があってこれをクリックすると、選ぶべき職業名がズラズラ上げてあるから自分に合うのを選んで、コレダってそこをクリックすると、それが職業欄に登録される。が、たくさん掲げられている職業名に隠居ってのはありません。

某登録サイト窓口の例ですが、

IT関係・事務系・技術系・営業企画系・販売・サービス業・ガテン系(?)・役員管理職・専門職・公務員・教員・自営業・アーティスト・学生・主婦・休職中・その他

ホラ、隠居業ってのが用意されていないじゃないですか、

「その他」しかないですよ。

これっておかしくないですか?

世の中は高齢者社会で、若い衆らが怠けるから、隠居がタンス預金を使うことで世の中の経済を回しているのじゃないか!だのに隠居業の項目が無い。隠居を軽視しすぎていませんか?わたしのタンスは空っぽだけれど…、

ガテン系ってなんじゃ?なんのこと?まさかこれが隠居業のことじゃなかろうね?

明日は勤労感謝の日だけれど、

隠居らはどういう立場かオセ~テくだはれ!

わしゃ、どの面さげて、明日を過ごせばよろしいのかわからんぜよ。

「その他」だってサ。

あのね、おらぁ~隠居業だって我を張り得るわたしはまだ救われていますよ。

福祉福祉が聞いて呆れます。

人権侵害です。

働くこともかなわず、病気や加齢で、ただ寝たきりの人たちが大勢います。

おぬしらは、これらを皆ひっくるめて「その他」呼ばわりするのじゃね、バチあたりめ!!

わしゃ明日はフテ寝したる!!!

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ズズイの頭

コンボとかコラボとかの言葉を最近よく聞くので、“なんのこっちゃろ?”と思っていた。

どうやら合奏・共演のことらしいが、単なる合奏共演じゃなく、ナニか新しい試みがある場合を言うらしい。

そういうのを一度もまだ聴いたことがないから実感が無いですよ。

オーケストラは色々な楽器の合奏・共演だが、あれはコンボとかコラボとかは言わんだろう。

楽器の種類だが、洋楽器と邦楽器など、異種音楽の楽器同士が、合奏共演するのがコンボ・コラボだろうか?

イヤ、必ずしもそうではなさそうだ。

同種の音楽でも、アッチのグループと次回コラボってみようか、なんてことがあるかもわからん。

要するに、わたしはまだ聴いたこともないから、サッパリ実態がつかめない。

尺八にはイロハニホヘトのカナ文字で書かれた譜があって、流派ごとに、独特の書き方をして、加えてその流派にしか通用しない符号を付けてある。で、慣れれば新たな譜面が読めるかってぇ~と、口伝部分が未だ譜面化されていないわけで、師匠に教わらなければその譜面は読みきれない。いっそのこと、洋楽風にお玉じゃくしに書きえたらよさそうに思うが、いまだお玉の譜面は発刊されていない。

わたし、お玉のことは、理屈だけなら解らんわけでもないから、ひとつずつなら読めなくも無いが、一瞥して尺八が吹けるかってぇ~と、そりゃデケン。そんな稽古したこと無い。したらデケルかもと思うが、頭が固まってしまっているから稽古してもダメかもしれない。

でも、なんとか頑張ったらお玉で尺八吹けるかもと思ったりするが…、

コラボ相手のピアノやバイオリンやエレキらは、明暗本曲譜の翻訳お玉を見たらタマゲルでしょうな。

最近、尺八の若手吹奏家らがたびたび洋楽グループとコラブルようだけれど、この場合は尺八が洋楽器にお玉でコラブルってことであって、洋楽器側が生の明暗譜を読み取って、そいで尺八にコラブルってことじゃないだろう。アッハッハ、そりゃないわな。コラブルならお玉でなけりゃアカンだろう。

だけど、例えば、

明暗本曲の「調子」をお玉に翻訳して、ピアノと尺八でコラブルってのは、わたし、どう考えても想像デケンがよォー!

波平ズズイは頭が固いのやろか?

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2007年11月21日 (水)

矜持は暫時脇へ

母は天寿を全うした。

その息子のわたしは、すでに、ただ一方的に、世間様にお世話になるだけの役立たずズズイだ。

社会に・世間に、これ以上の迷惑をかけたくない。

過分なお気遣いをいただくと心苦しくてならん。

香典受けなどは、すべてご遠慮申し上げているところです。

ひたすらにお願い、

“アッ、そう~!”ってことで、本件、以後は、ご放念を…、

ひらに、ひらに、この身勝手許して欲しい。

アッハッハ(自嘲)、こんなことをブログに書くなんて、なんてこった、

さて、昨日は、釣友二郎ちゃんから、釣果を分配するから出て来いと呼び出しがあって、指定場所へ出向き、大鯛2枚と、特大カンパチを1本もらった。

既にエラ・ワタ・ウロコが取ってあった。釣り掘りのオッサンがサービスで〆たのだろう。ついでに下処理もお願いしたのかな?

二郎ちゃんは「ボクが行くと釣りすぎて釣堀の経営を圧迫する」といつもニヤニヤ顔で嘆いてみせるが、昨日もその顔だった。格別に大漁だったようで、自家用セダン後部に二つも大きなクーラーが載っていて満杯だった。これからまたアチコチに配りつつ帰宅するとか言っていた。

義弟力ドン宅へ持ち込んで食った。けっこう美味かった。

二郎ちゃんから、いつも釣掘行きを誘われている。魚釣りでも釣堀での釣りは、「釣師の矜持が許さんワイ」と言って、わたしは、その都度同行を断わっている。

でも、釣りすぎて困っている友人を助けるためなら、矜持は暫時脇へ置いてもエエかなぁ~って思う。

二郎ちゃんは毎年年末になると、正月用の鯛や、ブリ・カンパチ狙ってハッスルし、釣堀へ走る。その際は、また分配にあずかっても構わない。

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2007年11月20日 (火)

なんだかなぁ~

96の母が亡くなって落ち込んでいる67の息子って気味が悪いですよね。

誰のこっちゃ?

わたしじゃないよ、わたしはもうずっと昔に親離れしていて、ヤレヤレって感じはあるが、落ち込んだりはしていません。

だげど、

世代が完全に交代したって実感はありますね。昔と今との境界をたった今越えたのだと思ったなぁ~。

葬儀の日に初七日法事も済ませたが、東京から孫や曾孫も来ていたので、このときしか話す機会も無いだろうと思い、母の生き様を少し皆に話して聞かせた。

母はけっこう波乱に満ちた人生であった。

田舎の随分裕福な旧家で生まれた末っ子である。姉が三人いて、長姉の嫁ぎ先に子がなく、夫婦養子に出された。長姉の夫の弟がお相手だった。この縁組は長姉の早世があって解消し、幼い二人はそれぞれの実家へ戻ったが、二人は狭い田舎の親戚同士でもあり、以後、幼友達として終生付き合いがあった。氏はすでにお亡くなりになっているが講道館柔道の重鎮で10段の栄位に進まれた方である。氏は終生独身だった。母はこれを苦にしていたふしがある。

実家の没落があり、父との劇的出会いがあり、あれこれのことがあった。

そして今は位牌になった。

いきなり魚釣りの話で恐縮だが、

魚釣りほど“今”を生きる生き様は他にないのではないかと思われてならん。

“今か今か”と魚が食いつくのを待ち焦がれつつ、“今”を生きるのが魚釣りである。

今をシッカリ自覚しつつ生きるってのは、今を生かす要諦である。釣禅とでも言おうか。魚釣りは人生を託すにかなっている。

が、しかし、これには常にアクティブな精神が必要だ。

決して落ち込んでいるわけじゃない。

が、なんだかシンドクて海へ出る気がしないのである。

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2007年11月18日 (日)

四天王寺で普化尺八を聴いた

60過ぎ70過ぎ80過ぎのジイちゃんらが、ただ独り尺八を持って多くの人が見守る中を、お堂中央へ進み、真正面を向いて正座。

尺八をうやうやしく両手で眼前に持ち上げて一礼。気息を整え、やおら一息吹き込む。

スカッ屁で尺八が鳴らない人があった。

が、平然として、…その実は、コリャイカン!と動転したかもわからんが…、

微塵もあわてた気配を見せず、また、プウーと吹く。

やはり尺八が鳴らなくて、また又、プスーだった。

あわてず堂々と再再度吹きなおし、竹が鳴って、徐々に調子を上げ、最後まで吹ききった。

次々と奏者が代わる。みな独奏。気合いっぱいに吹き込む。暗譜がほとんど。みなさん高齢。

こんな場を、子供らにも見せたらどうか!

こんな場を、ボンヤリ暮らす油断ズズイらに見せたらどうか!

明暗の音は半音が見当はずれに高かった。でも、場にあっては、そう思ったほどケッタイな音には聴こえなかかった。

地無し竹の大会だった。律は高低あっても音味は見事だ。心にしみる音。ウヌッ、だた1管だけ、あるいは地塗り竹じゃないかと思うのがあったが、ごく薄い塗りだったかも。

下手な人、並の人、そして凄い吹き手があった。

こんな人が居たんだ。ビックリした。

メル友・幽山どんが、琴古本曲「鈴慕流」で気を吐いた。その甘美極まる竹音は四天王寺太子堂に染み渡った。

これに倍して凄かったのは、番組トリの八尾白蓮師・「鶴の巣篭」だった。

出だしからしばらくの間、甲の「レ」がかすかに低かった。レレッ?っと、思った。が、レレッはそこまで、あとは圧倒され続けた。桁違いに大きな気息であった。巨大な樹を仰ぎ見る心地がした。

恥ずかしいことだ。わが身の低位な竹技をなんとしょ!

わたしは気息の初歩が出来ていない。腹式呼吸の徹底が必要みたいだ。

帰路、下腹を故意に膨らせて息を吸い、口からソヨソヨ出し、また下腹を膨らせて息を吸った。すぐに息苦しくなる。なんてこった!まるで尺八息になってないじゃないか!!

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気息の深遠

今朝の日経4面に、来日中のダライ・ラマについての小さな囲み記事が出ている。彼は「異なる宗教の相互調和を図るのが使命」と語ったらしい。

小さな記事で会見の詳細はわからない。中国・インドなどとの国際関係が輻輳するなかでの来日でもあり、かれの言葉は各方面に大きな影響を及ぼす。

わたし、記事を読んだとたん、日経新聞の記者のなかにキット宗教問題に詳しい専門家が居るに違いないが、この記事はその専門記者らの手にかかったものかどうか疑問に思った。

視点は、政治がらみを主とするか、宗教問題を主とするかだと思うが、その前に、問題は宗教問題を正しく受け止め得る専門家がわが国の報道機関に居るかどうかだ。

わが国は宗教問題に概して疎いように思われてならん。チベット宗教はその深さにおいてわが国の仏教の比ではないようにわたしは思われる。わが国のそれ(仏教)は早い段階から哲学から宗教へと安易にカーブを切った(わたしの誤解偏見)が、チベットのそれは頑固なまでに哲学面を深めているのではないかと思う。わが国は大乗でかの国は小乗仏教、との決め付けはキット間違っている、と、思う。

あちこちで彼の講演があるようだ。記者氏らは正しく聴いて正しく解釈し、割愛なしで報じて欲しい、と、思う。隠居仕事に読みたいものだ。贅沢かな?

今日は大阪・四天王寺へ明暗尺八を聴きに行こうと思う。京都明暗だ、対山譜を持参し、譜と聴きあわせてみたい。気息の深遠を学びたい。

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2007年11月17日 (土)

感謝!そして許されよ!

葬儀のエンタティナーは亡者かってぇ~というと、そうじゃなくて喪主なんですよね。

でも、あからさまなそういうそぶりは亡者様に失礼なわけで、形の上では亡者様を大切に祭り上げるわけだ。

わたし、昨日、この意味でのエンタティナーやってみて思ったのだが、実は喪主もエンタじゃなくて参会者こそが本当のエンタティナーですな。

参加者(ごく少数)それぞれが今の自分の生き様を背負って来た。

で、互いに匂いを嗅ぎあう。見ていて結構オモロかった。

喪主も匂いを嗅がれたが、喪主はアクティブに他を嗅ぎ回るわけにはいかん。まぁいわば嗅がれ損ですな。

亡者ですが、これはもう嗅がなくてもかまわん。あの世の側だから匂いとは無縁。

だが、ほったらかすわけにもいかん。そこは坊さんが世話するって構図ですな。これが葬儀じゃないでしょうか。

和尚がまたさばけた方で、人間がデケとるってのか、酸いも甘いも・甘いも・甘いも…承知ってのか、場持ちがナガァ~かった。ヨットマンで海好きなのだが、最近は長男の若ボンさんが、和尚の足もとを危ながって乗せたがらんそうだ。道理で若ボンさんは潮焼けで真っ黒け、和尚は真っ白け、

葬儀屋の社長もまたわたしの艇友の一人であって、昔の帝国海軍巡洋艦最上におとっつぁんが乗っていたことから、自艇に最上の名をつけて、大阪湾周辺を駆け回っておる。散骨を頼むとこの艇が出動する。わたしのその時はキット出動する。

葬儀は家族葬ってことで、ご近所にも縁戚の者らの誰にも知らせず、ごく内々に執り行った。香典など一切無しで済ませた。

縁戚につながる者にごく少数ブログを閲覧する方があるみたい。

そのうちゲンコツが舞い降りるような気がする。

わたし、そう信心深い方じゃないけれど、自分では仏教徒のつもりだ。

縁を軽んずる気持ちはさらさら無いが、このたびのことはわたしの所業を許して欲しい。

あたたかかった、

母と、わたしには過ぎたる葬儀であった。

感謝・感謝。

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2007年11月16日 (金)

愚痴とボヤキ

疲れました。

実は今日母の葬儀を執り行いました。

血圧降下剤を呑みながら…、

母は96歳でした、

幾本ものパイプにつながれ、苦しそうにただ喘ぐだけの母を見かねていました。

きっと数日後には、わたし、ホッとした気分になると思うが、今はただ疲れました。

一昨日、「三谷」を吹いてアップして、その後の急変でした。

血圧沸騰のなか、便秘でキバルわけにもいかず、あれやこれやで、大変だった、

ペリーさん、しんたさん、失礼しました。

そして、閲覧くださる皆様方、勝手気ままなブログ打って遊ぶ隠居ですが、なんでも気楽なコメント聞かせてくださいな。

当ブログのスタンスは、ブログ巻頭にも掲げていますとおり、

“愚痴とボヤキの書き散らし”です。

もしよろしければ、一緒に愚痴りボヤコウじゃないですか。

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2007年11月15日 (木)

柿食えば~、

苦楽ですけど紙一重ですね。苦は瞬時に楽に変わり、楽は瞬時に苦に変わります。

昨日はコレを、身をもって実感しました。

便秘でしてね。便意はある。これがダンダン切迫してきて、どうにもこうにもならんところまできたが、如何せんそこから一歩も前に進まない。どうにもこうにもならなくて、七転八倒するが果たせない、

果たせない

果たせない…

果たせない、ない、ない……

○×△▽※

☆★◎◇&*@♂♀♪♯

もう頭の中は真っ白け、エクスタシーもどきの苦悩が、世界中を駆け回るがどうにもならん!わしゃもうナニがなんだかわからん!!

処方を詳しく語るのは、はばかりますがネ、一転して、急転直下解決いたしました。

苦は瞬時に楽に変身し、地獄から⇒天国へ、あ~パラダイス!!

かみさんがおもしろがって観ていましてね、

「パッパは柿を食べ過ぎるからや…」

って言う。

そういえば、渋柿をむいたのを干し柿にしようと軒下へ吊るしていますが…、熟すのを待ちかねて食ったですわ。未だすこし渋が残っていた。まぁ~良かろうと呑み下したが、柿渋ってのは性根が悪い。ヒツコイよ。あれは無理に食うのは止めた方がエエ。わしゃもう食わん。

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2007年11月14日 (水)

三谷

スローライフを尊ぼうってわけじゃない。資本主義の国だ。経済成長が平穏な社会を支える。ある種せからしい方が平和ってことはわかっっとる。

だが、海路、日本をグル~と回った感触と、ときおり自動車であちこち走る感触からすると、不必要にエエ道がやたら多いような気がする。そうせかんでもエエやないか。

便利便利がナンボのもんや?

この感触はわたしだけのものか?

ガソリン・軽油価格が高い。わたしが貧乏だからそう思うのか?

小さな小島に、常住島民も居そうにない島に、本土側から巨大な陸橋が架かっている。島根県浜田市の瀬戸ケ島大橋。

住民200名足らずの小さな小島に、鉢巻状の立派な舗装道路が建設中だった。鹿児島県十島村中ノ島

北海道の島だが、焼尻島・天売島はそれぞれ周囲11キロほどの小島。人口それぞれ500名弱。立派な鉢巻を持っている。

奥尻島は神威脇漁港へ入り数日間滞在したが、島周遊(?)道路を建設中だった。ここ神威脇から先(島の北西一帯)には民家が無いのに、島一周の鉢巻道路を作るげな。言うのは差しさわりがあって遠慮するが、この他いろいろあるよ。

つい先日は長野県飯山市へ高速道路を突っ走った。わたしは隠居で毎日が日曜日だが、朝出て夜にはもう帰宅していた。別段急ぐ旅でもないのに日帰りだった。なんでや?高速道路が在ったからや。ほんなもん、必要ないのに在ったからや。

ガラ空きの高速道路。長野オリンピックが道を造ったのか?前後に車を見かけない道をすっ飛ばすのはオモロかった。ゼニ払って走ったよ。通行料払ったよ。すっげぇこと払った。

道路事業に68兆円?

ナヌッ、特定財源抱え込み!!! 

…通行料は計算しているのかな?だれぞがポッポナイナイしてないか?

誰かがきっと法外にもうけておるに違いないよ!世間ってのはそうなっとるのや。

だから国交省は間違っている。

ッてことは大臣がなっとらん!

公明党の席?

連立与党?

はは~ん、次回選挙では、なんぞ変化が出ますよ。

アブラ代値上げが激しいときだ、アッタマにきた!

選挙の1票ですけれど、2票制にしたらどうか。

1票は賛成票。もう1票は反対票ってことで、ぜったいコヤツはダメって意思表示もデケルようにして欲しい。

構造改革が必要でッセ!!

タダでゲェ~国艦船へ、アブラ差し上げる法案はどうなりますかねぇ~、

せめてこの代金くらいは道路特定財源でまかなったらドゲェ~ダ!!

テープ録音機を介さず、パソコンに安物マイク直接突っ込んで採ってみた。

「三谷曲」のつもり。

まだまだ力が抜けていない。不十分は承知。できれば講釈無用で聴いて欲しい。

音源削除 20080215

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2007年11月13日 (火)

仮想オークション

6寸管を持っている。竹隠銘の古式作りだ。ぶっとくて、広作り。音味抜群。

が、残念なことにピッチが430。低すぎます。

古典本曲吹きにはピッタリだが、外曲(例えば「春の海」などの新曲)を吹いたり合奏したりは不可能です。

だって、

最近、琴との合奏で、ピッチ430なんてあり得んでしょう?

古典(明暗)本曲吹きにはピッタリってことは、調律が、それなりに根性ある代物だってことで、これでは新曲は吹けない。

何度も言いますが音味は抜群です。

わたしこの竹に「羽衣」の愛称を付している。天女が空に舞う時、キットこの竹が鳴っている。

実は、この音味抜群の竹を、このたび神代の昔から現代へ連れ出しました。

竹に手を加えてピッチを442に律上げした。

新曲吹きに耐え得るよう調律を整えました。

本来の音味を保ったままの繊細な製管作業。

あご宛角度もわたし用に最適角度を探りました。

まさに名人芸の修正作業です。

製管師・小林一城氏の脅威の職人技。

もしこの竹に値をつけるとすれば如何ほどになりましょうか?

ヤマハ・プレジャーボートFR32EXと交換しても、まだ釣りが来ると思う。

で、そのボートって如何ほどするか?ハダカ値で1700万。好みのままフルオプションを完全装備すると3千万ってとこかな。

で、オークション・スタート値3千万円からではどうでしょうか、

どなたか入札に応じませんか?

一発落札に応じます。

あぁ、ついでに、仮想オークションを、もうひと揃え、

8寸「美仙(竹隠)」と6寸「羽衣(竹隠)」の2本一緒ならどうしましょう、

さぁ~、ナンボからにしましょうか?

スタート値1億からではいかが?

Hagoromo Hagoromo2 Hagoromo3 Hagoromo4 「羽衣」です。左輪分、歌口近くを切り縮め、籐を巻きました。

Hagoromo_bisenn 「美仙」と「羽衣」です。

Syakuhati_007 Bisenn1 「美仙」です。節が残っている。地無しです。

継管の上下管にそれぞれ銘が打ってある。わかるかな?

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2007年11月12日 (月)

風呂場に浮かべる

愛艇「はまちどり」は播磨マリーナに置いている。

常は上架していて、使う都度水路へ降ろす。

マリーナは兵庫トヨタマリン(株)の経営で、新艇販売もやっている。

クラブハウス内に新艇のカタログがたくさん置かれている。魚探や、GPSプロターや、その他色々ノドから手が出そうなものがズラズラ展示してある。

わたしは、それらのカタログを、買うあても無いのに片端から持ち帰っており、すべて自宅トイレの書棚(?)に置いている。用を足しながら、繰り返し繰り返しそれらのカタログを眺め楽しむ。

以前ボートショーが華やかだった頃は、年に一度、トイレ書棚のカタログを総入れ替えしたが、最近では、雑誌「ボート倶楽部」とマリーナからかすめ取ったカタログだけだ。「ボート倶楽部」は毎月タダで送られてくる。ここに毎月エッセイ投稿していて、稿料の足しに送られてくるのだと思う。

“FR32”というフッシングボートが今年新発売されて、B@ドンが、いまいち感心しない艇だって言うから、わたしも未だ実物は見ないけれど、あぁ~そうかって思っている。が、最もたびたび繰り返し眺めるのはこの艇のカタログであり、特集記事である。

この艇は、裸状態で約1800万円する。必要な装備を整えると最低でも2500万円程度にはなりそうだ。思うが侭に贅を尽くせば3000万円では足らないかも。

トイレで眺め楽しむのは、この艇をどうアレンジしようかと思いを巡らすこと、これが楽しい。

で、毎度毎度、たびたびシバシバ眺め暮らして、行き着くところまで来てしまった。

この後は、実際に、好みのあれこれを実際に積み込んで、実感をより確かなものにしたい。

で、艇模型と、装備したいあれこれのプラモデルパーツが欲しい。トイレで好き放題に組み立ててみたい。きっと楽しみも格段に向上すると思う。便秘なんて苦にならなくなるなるだろう。わたしはその気が無くも無いからなぁ~。ホイデ、プラモデルが完成したら風呂場へ持ち込み浮かべてみたい。

わたしは、マリーナは、カタログや実物見本を展示するだけではなく、艇ごとに模型パーツを色々用意するべきだと思う。各パーツは持ち帰り勝手とする。きっと、新艇購買意欲を喚起するに違いないと思う。爆発的に売れるにつながると思う。わたしは、プラモデルを風呂場に浮かべるだけだけれど…、

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2007年11月11日 (日)

そのうち、なんとか,

自分は字が下手だと思っている人は、ダンダン上手になるらしいですね。

もう少し上手に書けないだろうかと、知らず知らずの間に研究し、工夫するからだそうな。

例外もある。

わたしは、字が下手だが、そして自分は字が下手だってことを十分に自覚し続けているが、未だに上手にならん。余程下手さがきついのだと思う。

なにが言いたいか?

わたしは、尺八が上手になりたいって、ずっと思っている。

…ってことは、自分は下手だと思っているからだ。

八つ当たりして、これはキット尺八が悪いからだと思ったりする。

尺八をトッカエひっかえ次々と渡り歩いて、未だに満足することは無い。

このたびもまったくこの煩悩の中にあって、尺八に当り散らすが、所詮は自分の実力不足からきたことだから、煩悩は深まるばかりである。

先にアップしたのを聞いて、実は落ち込んでいる。

確かに、吹き方は少し上達はした。これは自分でも自覚がある。

が、律の安定しないこと、はなはだしいじゃないか。

気持ちのふらつきがテンポにすら現れていてみっともないことだ。

聴くからに初心者の吹き方ですな。自分でヨォ~クわかります。

でもね、ひとつ不思議がある。なんでか自分でも見当がつかぬことがある。

それは、なんで、この年になって、未だに初心者丸出しの吹き方なのだろう?音なのだろうと?と、いうことだ。

下手は下手なりに、年相応のヒネクレがあってよさそうに思うのに、尺八始めたばかりのような感じがある。そこから脱却し得ていない。

わしゃなさけない、

また、明日も、独り稽古してみよう~っと、

そのうち、なんとか、ナァ~ルダ~ロウ~オォ~♪♪

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「美仙」の音です

地無し継ぎ管・竹隠銘1尺8寸「美仙」の音です。

20秒後に、明暗・京都対山譜で下手な「大和調子」が出ます、

ついで、

都山流譜面で「梶枕」」のあと歌部分をオタオタと試し吹きです。

二上がりで半音が沢山ある。

しばらく地歌から遠ざかっていたから、半音が、まだ吹けるかどうかを試みたもの、

冒頭に犬の声は、愛犬ショウ介です。

小型の、だいぶ古いテープ録音機で採録したのを、パソコンに取り込みました。

テープ自体も巣切れ状態だ。なぜか随所に蹴躓くような感じがあっておもしろくないが、どうしようもない。

音源削除 20080215

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2007年11月10日 (土)

「美仙」に替えました

好きで吹くだけの趣味の尺八だから、それが音楽かどうかもあまり意識していなくて、とにかくオタオタした音や、迷いが感じられる音は嫌で、スカッと吹きたいだけのことなのだが、

幾度も幾度も同じ本曲を吹いていると、自然と慣れが出てきて、この慣れの中で知らず知らずの間に自分なりの形ができるみたいだ、

曲の流れには、表・裏・表・裏の関係が必要なように思われて、そう思って吹く際に強弱をつけると、曲が生きてきたのでビックリしたりする、

この表・裏の関係は、右・左の関係に変化したり、単に強・弱であったり、主従であったり、修飾音扱いであったり、軽く浮いた音であったり、あるいは遅速であったりするが…、

要は、単純・平板じゃなく、生きた流れ(音)であろうとすれば、変化があって当然なわけで…、

おなじフレーズが明暗曲には多いのだよねぇ~、

明暗曲は概ねどの曲も単純なわけだ、

どのような気持ちで吹いても、それなりに吹けるわけだ、

まるで能面だね…、

この能面どう生かそうか!

尺八を鳴らすこと、律を正しく…と、これに力を取られてしまって、肝心の曲を吹くのを忘れてしまっては勿体無い、

で、昨日から、使用する竹を、「火吹き」から「美仙」に替えた。わたしはこの竹を、二十歳代半ばから吹いているからなぁ~、慣れきっておるわけですよ。

でもねぇ~、

今、「美仙」を吹くと、以前とは違った音が出る。以前の音ではない、依然とはまったく別の音になっている。不思議ですなぁ~、

息が違っているのですよね。唇の形も違ってきている。

おもしろいですねぇ~、

「美仙」の音をアップしてみようかな。

年末まで、音源アップはしないつもりだったけれど、「美仙」「美仙」と書き連ねるからは、音も聴いてみてもらいたいからなぁ~、

明日か、明後日には、試みてみようかな、

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10045km その2

山陽道→中国道→名神高速→京滋バイパス→中央自動車道を、

千キロばかり走り回ったわけだけれど、

l         制限速度表示は、守らなくてもエエようだね。

l         軽四でかっ飛ばすのはスピード感が楽しめてオモロそうだ。

l         巨大ボデイのトラックがふらつきながら猛スピードで走るが、あれもオモロそう。

l         みなさんケッタクソのかたまりで突っ走っとった。

l         サービスエリアの食堂だけど、マズイですなぁ~、哀しくなりますね。

l         わたし、毎日、こんなにたびたびオシッコしていたのかなって思った。

l         千曲川ってのは信濃川の上流なのだね。

l         高い山の頂上は白かった。雪ですね。

l         山々は未だ紅葉してなかった。

信州長野のほぼ北限で日本海までもうすぐの飯田市へ行った。

そこの美術館を覗いて、ホイデ、道端の穫れ穫れリンゴを買って帰った。

ガソリンが高くなって。1リットルが156円だった。100リットル使いました。

高速道路通行代が、10060円×2(往復)=20120円、

ガソリン代+通行代=15600+20120=35720円、

リンゴを6000円も買ってしまった。

35720+6000=41720円

どないしょ、生活費が無くなった。

ダンダン疲れが出てきて、また、ボヤ~としている。

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2007年11月 9日 (金)

1045km

昨日、かみさん同行で、長野県飯山市へ日帰りで行ってきました。

兵庫県三木市の自宅を朝7時半に出て、帰宅したのは夜の11時半。

走行距離1045km。ホンダのCRV。平均時速約百キロ超(?)。

隠居がやることじゃないね。

“なぁ~んってことなかったじゃないか!”…と、

帰路、山陽自動車道の本線から「三木東インター」出口へ向かうべく、車線を左へ取り、側道へ入って速度を落とそうとして、フト右足に違和感を感じました。

シビレていて感覚が無かった。

アレッ!と思って、右足つま先を意識して持ち上げようとして…、

そう、アクセルを緩めようとして…、

右足全体の感覚がボヤケているのに気が付いた。

すぐに、元に戻りました。

単に、少しシビレていただけだった。

長時間、じっとアクセルを踏み続けていて、血流が悪くなっていたようだ。

今朝は、両肩が凝って少しカッタルイ感じ。

あとは大丈夫。

左右の足のつま先部分は、8年前第四腰椎を圧迫骨折して以来、日常、常に感覚異常があって軽くシビレている。けさもそうです。が、しかし、これが昨日のアクセル操作に影響したのなら、今後は余程自動車運転には気をつけねばならんかも。

が、が、この因果関係は無いと思う。単なる長時間運転の影響だったと思う。

一気に千キロを超える長時間の自動車運転でした。

自動速度取締機設置前通過の際はそれなりの走りをする。パトカーにも油断しません。

深夜帰宅しても、平気顔の私。

今朝も、まったくいつもの平気顔のわたし、

「パッパはシンドクないの?まるでロボットやね、あたしはダメ…」

と、かみさん。

実はですね、わたしの場合は、明日あたりから疲れが出はじめて、明後日あたりが疲れのピーク。

それにしても、あの時、急ブレーキ操作が必要だったら、いったいどうなっていたことか!!ブレーキペタルの位置が、瞬間、探れんかった。あぁ~コワ~!!

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2007年11月 7日 (水)

関係ねぇ~!

今日(水曜日)は、モーさんが淡路島から本土(神戸)へ出稼ぎに来る日だ。ひょっとしたら彼からジャンの呼び出しがあるかもと戦々恐々だ。

今日は、また、かみさんの絵が帰ってくる日でもあるからなぁ~、

日本美術院・秋の本展へ出品していた絵だ。ふすま2枚ほどの大きな絵で、持ち運びが大変。男手の自宅待機が必要。デッタイというわけじゃないが…、

今月始め(1日だったかな)、このブログに、かみさんの絵の個展案内状を写真に撮ってアップしたことがある。あの案内状に刷った絵は昨年春の院展(春季展)に出品したものだ。今年の春季展出品画は求める人があって、すでにそちらへ嫁入りした。

個展だが、せっかくの機会だからPRしてやりたいが、わたしの付き合いは魚釣りと尺八に偏していて、絵ごころのありそうなオッサンは居ない。

案内状がたくさん刷り上っている。どこへ、ダレへ、出したらよかろうか?

なんぼ考えてもわからない。

ダレに出しても「関係ねぇ~!」って即座に捨てられそうに思う。

よわった!!

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2007年11月 6日 (火)

なにか忘れている

先日3日の日、艇の生簀(イケス)に魚を数匹生かしていたのをそのまま放置して帰宅してしまったような気がしてきて、あぁ~艇は上架していますから、そのままでは魚は死んで、腐って、又ぞろ艇が良い香りに包まれるでしょうな…、

で、気になってしょうがないから、マリーナへ行ってイケス開けたら、ナァ~ンも入っていなかった。

先日甥の結婚式(東京)に神戸空港から飛行機で行くことにして、自宅からは自家用軽四で行って、空港の駐車場に留め置いた。当日中に帰るなら駐車料は無料になるから大助かりです。

が、帰路、空港について車を探すが、どこにも無い。置いた場所がわからない。広い駐車場を歩き回った。

ウッカリミスがやたら多い。四六時中ウッカリがあって、最近では、もうオレはまともじゃないって本気で思っている。

あぁ、冒頭のイケスの話だけれど、

マリーナへ行くからは、ついでに沖へ出てみようと、少しだけエサを買って持参していた。で、沖へ出て、手のひら大のチャリコ(真鯛の子)を20数匹・キス十匹・ガシラ20ほど・カレイ1枚釣った。けっこう忙しくてある種充実した一日だった。

また、なにか忘れて帰ったような気がするが、今のところは思い出せない。

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2007年11月 5日 (月)

カルチャーショック

昨日の明暗寺での大会だけど、どうも釈然としないものがあります。

尺八音が耳に残っていて、釈然としない思いがだんだん大きくなる。

あれは地付き尺八の音みたいだったとの思いです。

綺麗な音だった。

吹き尻までキチンと綺麗に吹けていた。穏やかな音。

技量が充分なら、地無し竹でも、あのように吹けるのだろうか?

わたしの愛管・“火吹き”ではあのようには吹けないです。わたしが技量不足だからかな?

なによりも、音質ですが、アレは地無し竹のものじゃないような気がダンダンしてくるわけです。

地無し竹と、地付き竹とを比べると、地のある方が格段に吹きやすい。

で、あのような、緊張する場で吹く際は、多くの方は地付き竹を用いるのでしょうか?

「チョットその竹見せてくださいな」って言いたかったけれど、なんぼなんでも、それはデケン。横目でチラチラ管尻を見たりしたが、地の様子がいまいちわからんかった。

しかし、みなさん、よく吹かれますなァ~、

地付き竹じゃなかったのか?って思えるほど、みなさん吹きこなされているってのが本当だろうと思うから、ワタスはカルチャーショックですわ。

わたしの師匠と兄弟弟子の先生は、師匠と似た音質でした。

きっとわたしも、ダンダンこの質になってくるはずだと思ったなぁ~。

師匠の師匠も出ておられた。

が、ソコまではわたし席に居なかった。サッサと帰ってしまった。

わたしの師匠は白龍師。師匠の師匠(白蓮師)じゃない。わたしは未だ白蓮師のお顔も存じ上げない。それでエエと思っている。

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2007年11月 4日 (日)

明暗寺

京都明暗寺で「尺八本曲全国献笛大会」が開催され、出かけていました。

開始の9時に間に合いそうになかったけれど、なんとか間に合って、一緒に「調子」を吹くことが出来ました。

皆さんの竹とわたしのとは、ピッチが少し違いました。わたしは低かった。

数週間前からわたしは吹奏方を変えています。わたしの竹に合った吹き方に変えている。

その結果、わたしは、本来の正しい音を掴んだと思っている。

が、この音はピッチが低いと自覚していました。

が、が、明暗寺で、皆さんの吹くほとんどが、わたしよりピッチが高い(それは概ね440~442?)とは思わなかった。わたしは「調子」が吹き辛かった。

約2時間弱、皆さんの竹を拝聴しました。

多くの方のメリ音が調子外れに高く聞こえました。

アメリカから来た方々は概ね正しくメリ音を吹かれました。

かぼそい音で、しかし、澄んだ音で吹かれる人が多かった。これも意外でした。いわゆる“気息”が美音のなかに隠れるような気がしました。

色々な音がありました。

が、みなさん、自分の音になさっていた。吹き込んでいらっしゃる。これはよくわかりました。わたしなどは、まだまだ未熟、と、当然ながら、充分過ぎるほどわかりました。

息の継ぎ方、充分に息を取り込むことの大切さが今更ながら納得できました。

対山譜を持参していました。明暗という名の下での大会です。譜面を照らし観て勉強するつもりでした。

が、しかし、持参の譜面はほとんど約に立ちませんでした。曲名が同じようでも別の曲でした。甲・乙を故意に違えて吹く方もあった。拍子は吹く人毎にマチマチでした。

師匠と同名の白龍を名乗る方が他にもあることを知りました。終身会員の名札がズラ~と掲げてありました。師の名札はその中ほどにありました。輝いて見えました。

他がどうであれ、わたしは、この師匠の下で学ぶのだとの思いがいたしました。

今日はここまでで充分だとの思いがこみ上げ、演奏が始まってまだ2時間ほどでしたが、席を立ち、帰路につきました。

随分、勉強になりました。

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2007年11月 3日 (土)

わたしってダレ?

自分を飾らず、偽らず、目の前にありのままの自分を置いて、それを書いてみる。

このような気持ちでブログ打ちを日々楽しんでいる。

ブログはわたしそのものである。

だのに、ブログを閲覧してくださる方には、わたしが自分で思っているわたしとは、別のわたしが見えるようだ。

わたしは戸惑ってしまう。

アレレ?

わたしってダレ?

閲覧なさる人ごとに、別々のわたしが居るみたい。

イヤ、そうじゃない!!

わたしが、自分自身のことを掴み得ていないってことかもわからん。

わたしは、自分を捕らえ損なっている。

自分で、自分がわからんでどうする!

今日、友人・金の字が、ダレかをお連れするみたい、

「ホラ、前にも言うとったやろ、オレの山の友達でお前にいちど合ってみたいというヤツが居るって…、今日連れて行くからナ!」

わたしは、また、わたしの知らないわたしに逢うことになる、少しビビッている。

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2007年11月 2日 (金)

隠居の仕事

隠居でしょう、

なぁ~んもしないで、ぼや~としていて平静を失わないってのが仕事といえば仕事でしょう。

でも、この仕事もたいへんなのだよ。

ぼや~とする、これは簡単です。

が、平静を失わないってのは難しい。

頭と身体が廃用性症候群に罹患してしまって→見掛け平静はダメ、

頭と身体の活性を保ちながらの平静でありたい。

“平静”ってのは、“たいらかにしずか”ってこと。

“平”の逆は凸凹、“静”の逆は動、

“たいらかにしずか”ですけれど、

ジットして動かないことじゃないと思うわけですよ。

“たいら”もある種凸凹の一種じゃないかな、と、思います。

要するに、“今、あるべきごとくある”ってことであって…、

たとえば火事が起きているのにジットしていて逃げないのは平静じゃないよ。走って逃げ出しますよ。だけど、泡食って“平静”を失って逃げたらあかん。

隠居は、この平静のベテランであるべきだって思うわけですよ。

テロ特措法が民主の政争の具になってしまった。民主は平静を失っている。

年金問題だけど、平静を失った者たちがワンサとうごめいている。

色々な業界が、相撲までが、この平成の世に、平静を失っている。

わたし、

尺八稽古に精を出して、なるべく早く虚無僧活動ができるようになりたいです。

“平静”を思い出すような音を響かせて街を歩きたい。

隠居の仕事だと思うから、

でも、天蓋をかぶろうとは思わん。隠れてどうする。ほんなもんは平静じゃない。

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2007年11月 1日 (木)

霜月予定表

壁のカレンダーを破りメクリます。今日から霜月11月。

忙しいですねぇ~、なんと4日間も用事が書き込まれている。

3日……金の字ご一家来艇、家島周辺海域周遊予定

4日……京都・明暗寺へ「尺八本曲全国献奏大会」を聴きに行く、

10日…白龍師宅へ尺八稽古

24日…塚口ピッコロシアターへ、関学定期演奏会を聴きに、

こんなに沢山予定が詰まっていては、ノンビリできません、せからしくていけません。

Tomikotenn2 あぁ~、今月末から、かみさんが神戸の元町の、ノーリツ・タウンギャラリーで個展を開きます。

11月29日~12月25日、AM10時~PM6時、水曜休館だそうな、

お近くへお越しの際は、覗いてみてやって欲しい、久々の個展です。

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今日は尺八

明後日の11月3日は、昔からのジャン友・金の字一家が艇に遊びにやって来る日。

「オイ、いちどオレの子供等を乗せてやってくれんか」というので、引き受けた。

嫁さん以下全員参加みたい。こりゃおおごとである。

どこでもエエから走り回れという。ナニが釣れておるのや?ともいう。

走りまわって、魚釣りもさせろってこと。

で、わたし、

またフグ釣らせて、沖でフグチリ鍋食わそうと思って、「テッサ・テッチリ食わすから、フグ以外の鍋の具を持って来い」と伝えたら、

「えっ!」と絶句、「それだけはこらえてくれ」と言う。

軟弱な一家ではある。どうやら命が惜しいらしい。

さて何処を走って、ナニを釣らせたものか?

一昨日同船した竹友らは、事前に船酔い薬を服用していたらしいが、海苔網ブイに艇を結わえると船酔いしてしまった。

艇内でフグチリや釣ったばかりのアジの刺身を食って楽しんだが、一旦マリーナへ駆け戻り、マリーナ構内の静かなポンツーンに着岸して後、食ったのである。完璧(?)に安全な部位しか食わん。フグ大小6~7匹食ったが、だぁ~れも痺れなかった。皆、腹はペコペコに減っていた。マリーナに駆け戻って、艇が揺れなくなったら途端に船酔いは治まり、食欲が出たようだった。

金の字一家も、ダレかが船酔いし、またぞろマリーナへ駆け戻るはめになるのではなかろうか。

で、今回は、そうなった際を考えて、緊急上陸可能な家島海域へ出ようと思う。

加島水道でアジを釣って、皆さんの顔色を伺いながら万一の上陸に備え宇和島水道へ移動し、アンカー打ってカレイかナンゾカンゾ釣る作戦にしようと思う。

一家は、遠足・遊山(?)のつもりでご馳走(弁当)を持参するとのことである。弁当時間は男鹿島・中村荘のポンツーン(浮き桟橋)に艇を着けた方がよいだろう。

本気でメジロを狙ってみたいと、ずっと思っている。

じっくり腰を落ち着けてメジロする機会があるようで無い。

いや、無いこと無い、

…が、シンドイ思いをして狙うのがめんどくさい。歳のせいかな?

思い切って、今日出てみようかな?

いや、家で尺八吹いて遊ぶ方が気楽でいいや。

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