« 筆先が痒い | トップページ | 例えば »

2007年11月25日 (日)

タイムスリップ

タイムスリップしてきました。43年前へ、

当時、わたしは関西学院大学の学生だった。

実にボンヤリした学生だった。邦楽クラブってのがあって、勉強もせずに尺八吹いて遊んでいた。

卒業が近づいたが、ナニになりたいか未だにナ~ンも考えていなくて、結局どこかへ就職せなアカンのやと思いあたり。市役所に就職したのだった。

タイムスリップは、卒業前のまだ学生であった頃へのスリップである。

大阪・塚口で開催された関学邦楽クラブ・第46回定期演奏会を聴きに行ったのだった。

第1回定期演奏会はわたしらがやったのだった。それが今年で46回目を迎えたとは…、

わたしは卒業以来一度も後輩たちの演奏会を覗いたことは無い。昨日が実に43年ぶりのことである。

想いが錯綜し、懐古の情に溺れ、やがて慙愧の念が噴きあがり、すっかり疲れ果てた。

当時、…今思い起こせば…、様々な選択の余地があったことが慙愧の念を掻きたてる。

現役生らの舞台は、

わたし、客席一番最前列に座っていたけれど、よく聴こえず、ボンヤリしか見えず、メルヘン基調ばかりが胸に響いて切なかった。

打ち上げ懇親会があって、これにも参加した。

わたしが集まった者らのなかで最年長だった。

「43年前を思い出します、忘れていたことが次々思い出されてくる。忘れてしまったと思っていたが実はそうじゃなかった。この歳になるまで、あの頃の気持ちが基底になって、わたしは生きてきたようだ…云々」を脈絡前後しながら挨拶代わりに話したが、意味が伝わっただろうか、

幼い演奏だった。(注・うぶなって意味で使っている、下手ってことじゃない)

が、一生懸命なのはすばらしかった。

今朝の日経新聞11面に、

「彼らの第四コーナー」というコラムがあり、沢村貞子氏の生き様が紹介されている。編集委員に進まれた小林省太氏の執筆である。すばらしい文章だ。

実は、氏は、わたしの文章の先生でもある。

十年ほど前、わたしは日経新聞水曜日夕刊に毎週魚釣りコラムを連載していたことがある。このときの担当記者が小林省太氏だった。原稿手直しを通し色々教わることが多かった。

氏は、今朝のコラムで沢村貞子氏の“一生懸命”ぶりに触れている。ひたむきに生きた彼女の八十九年の人生を書いている。氏はすでに充分すぎるベテラン記者ではある。が、氏もまたこのコラムを一生懸命書かれたのだと思う。文章にその味わいがある。

昨日聴いた後輩らの一生懸命な演奏ぶりを思い出している。

|

« 筆先が痒い | トップページ | 例えば »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 筆先が痒い | トップページ | 例えば »