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2007年11月26日 (月)

あぁ~やんぬるかな!!

山下無風著「続・尺八放談」を読んだ。副題が付いている“没分暁漢(わからずや)”。

1ページ冒頭にその解説が書かれてあった、

「愚痴っぽく自虐を装いながらも、その実は、痛烈な風刺…期せずしてそのような傾向を辿る私の作文だから…」と、

レレッ!

わたしのブログに掲げた言葉とどこか共通するような気がする。

わたしは、“愚痴とぼやき”を掲げている。

通読して氏の生き様にひどく感激した。実に堂々と思うがままに、素直に、書き綴られている。氏の真摯な生き様が浮かび出ているなかに、尺八がどのような位置にあったか赤裸々に語られている。

ついつい、自分のことに想いが走る、

わたしの人生の中にも尺八がある。か~るい尺八。あるかないかの位置。ほんの手慰みでしかない尺八。二十歳代の時には一時期真剣だったが、ポイと捨てて後30数年間省みなかった尺八。なにげに立ち戻った尺八趣味。そして今。

無風氏とわたし波平と比較するのは、月とスッポン、あるいはもっとモット大きな差がある。

が、たった今のことに限れば…、

尺八にすがって(?)生きる最近のわたしは、氏が尺八とともに生きた日々の断片のある時期に対比できなくもないか、

いや、ヤッパその器じゃないなぁ~、わたしは未だに遊びの延長に尺八を置いている。

昭和61年発刊の「本」。500ページ。最終ページ裏表紙前の白紙ページに昭和61年十月28日入手と書き込みがある。飯田峡嶺の署名がある。オー、琴古の巨人だ!尺八界の重鎮。

裏表紙に古本屋のラベルが貼ってある。実は、この本は竹友大二郎から借用したものだ。大二郎ドンには古本アサリの趣味があるげな。

読み終えて、後、飯田峡嶺の署名を見つけて、またページを繰りなおした。

わたし、尺八は好きで吹いている。

ただそれだけのこと。

学理の知識があるわけじゃなし、おたまじゃくしが読めるわけでもない。

氏のような厳しい生き様をしてきたわけじゃなく、もっぱら怠けの人生である。

あぁ~やんぬるかな!!

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コメント

その本読んでみたいですね。近くなら借りにいくんですが・・・。

投稿: しんた | 2007年11月26日 (月) 19時07分

しんたどん了解です。
所蔵者大二郎どんに返還の際、しんたどんが唾付けたよって伝えましょう。
一読の価値あると言うより、必見の書かと思います。

それはそうと、貴兄もなんぞ書いて出してください。貴兄、平成はこの時期の吹き手最高峰の一人。物言う義務あるよ!

投稿: 波平 | 2007年11月26日 (月) 19時36分

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