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2007年11月18日 (日)

四天王寺で普化尺八を聴いた

60過ぎ70過ぎ80過ぎのジイちゃんらが、ただ独り尺八を持って多くの人が見守る中を、お堂中央へ進み、真正面を向いて正座。

尺八をうやうやしく両手で眼前に持ち上げて一礼。気息を整え、やおら一息吹き込む。

スカッ屁で尺八が鳴らない人があった。

が、平然として、…その実は、コリャイカン!と動転したかもわからんが…、

微塵もあわてた気配を見せず、また、プウーと吹く。

やはり尺八が鳴らなくて、また又、プスーだった。

あわてず堂々と再再度吹きなおし、竹が鳴って、徐々に調子を上げ、最後まで吹ききった。

次々と奏者が代わる。みな独奏。気合いっぱいに吹き込む。暗譜がほとんど。みなさん高齢。

こんな場を、子供らにも見せたらどうか!

こんな場を、ボンヤリ暮らす油断ズズイらに見せたらどうか!

明暗の音は半音が見当はずれに高かった。でも、場にあっては、そう思ったほどケッタイな音には聴こえなかかった。

地無し竹の大会だった。律は高低あっても音味は見事だ。心にしみる音。ウヌッ、だた1管だけ、あるいは地塗り竹じゃないかと思うのがあったが、ごく薄い塗りだったかも。

下手な人、並の人、そして凄い吹き手があった。

こんな人が居たんだ。ビックリした。

メル友・幽山どんが、琴古本曲「鈴慕流」で気を吐いた。その甘美極まる竹音は四天王寺太子堂に染み渡った。

これに倍して凄かったのは、番組トリの八尾白蓮師・「鶴の巣篭」だった。

出だしからしばらくの間、甲の「レ」がかすかに低かった。レレッ?っと、思った。が、レレッはそこまで、あとは圧倒され続けた。桁違いに大きな気息であった。巨大な樹を仰ぎ見る心地がした。

恥ずかしいことだ。わが身の低位な竹技をなんとしょ!

わたしは気息の初歩が出来ていない。腹式呼吸の徹底が必要みたいだ。

帰路、下腹を故意に膨らせて息を吸い、口からソヨソヨ出し、また下腹を膨らせて息を吸った。すぐに息苦しくなる。なんてこった!まるで尺八息になってないじゃないか!!

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