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2008年1月

2008年1月31日 (木)

正解はこれ! 5

朝日新聞・読売新聞・日経新聞が共同で“あらたにす”というサイトを立ち上げましたね。

なかに“新聞案内人”ってのがあって、10名の方々が、三紙読んだ上で思うところを語られるようだ。自由にのびのび語ってほしいです。

水木楊氏(作家、元日本経済新聞論説主幹)も案内人の一人。

氏が寄せられた、“新聞案内人”としての意気込みを語る中に、

“NHKに新聞を読んで云々”の言葉がチラリと見えた、

で、わたし、早合点して、

“そうだ!そうだ!NHK首脳部はもっともっと新聞文を読むべきだ!!”

さすが水木楊氏はエエことを言う”と思った。

氏の文意はわたしが早トチリのそれではなかったけれど、

NHKは早晩完全民営化すべきでしょうね。NHKが大きな顔して公共放送ツラするのは百害あって1利無しだと思う。

わたしの拘りかも知れんが、

NHK経営委員会のメンバーの菅原明子ってのはマイナスイオンの専門家らしい。

わたし、大仰なマイナスイオン賞賛や、遠赤外線効果を誇大にあおるのや、ホルミシスがどうだこうだは大嫌いです。

他の委員?よう知らんですわい。でも、これらが公共の名で情報操作しているかと思うと

おもろない。偏ったNHKなんか潰した方が世のためだと思うなぁ~、

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正解はコレ!4

小沢党首の揺らぎばかりが目に付きますね。自分の信条にそぐわない党を率いる辛さでしょうかね。ウソを隠した見栄っ張りはしんどい。そういうことでしょうかね。

暫定税率ですけど、早い話が建設業界の仕事作りが目的でしょう。

「年度内に一定の結論を得る」だなんて、せいぜい誤魔化し議論を重ねるがいいや!

わしゃ隠居だ、どうせ残り少ない人生だ、どっちにコロンだってかまわんさ!!

橋下次期府知事が「徴兵制の云々」言ったりするそうですね。

まさか68の爺さんを徴兵することもあるまいから、徴兵制もオモロイかも。

中国製食品に毒?

“毒食わば皿まで”って言いますね。

その意味ですけど、回収したのが、また、グル~と回って、店頭に化けて出るということだね。

それにしても、フグよりギョウザがヤバイなんて、知らんかったなぁ~、

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2008年1月30日 (水)

正解はこれ! 3

前大阪市長関氏が退職金から850万円を市へ寄付したそうですね。贖罪のつもりでしょうね。

隠れ贖罪や誤魔化し慈善が多いですね。街角での各種募金活動も例外じゃない。

政治家が、“国民のために一身を投げ打って云々”などと言う、これも眉ツバ。

スポーツ選手が、“チームの勝利のために”などと自己犠牲を強調してみたりする。裏計算では、そうすることが自分にとって高い評価が得られるのだと踏んでいる。

親が子を叱りなぐるのは、子供の躾(シツケ)のため?単に腹が立ったからじゃないの? 

長机並べて、両手をついて、

「皆様にご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」

と、頭を下げて謝る最近流行の、あのパホーマンスだけれど、あのように神妙な振りして見せるのが、この際自分にとって一番有利な身の処し方だって思えばこそやるわけだ。

わたし、最近は、日経朝刊小説の、北方謙三氏の「望郷の道」を、朝刊配達を待ちかねて読んでいますがね。実に気持ちの良い小説です。

上述のウソが無い生き様が書き綴られてゆく。毎日毎日、感動しつつ読んでいます。新聞小説にこれほどまで熱中するとは思わなんだなぁ~。

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2008年1月29日 (火)

バカですか?

ただ今播磨灘ばく進中。
凪、1018HP、ミゾレ、
5マイル先に男鹿島、

Nec_0098 こんなのが釣れた。

アジ、最大29cm、でした、

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正解はこれ! 2

常に冷静で自分を見失うことのない生き方ってすばらしいことでしょうか?

行住坐臥、常に覚めていることを目指すは禅の真髄?

どうもそうではなさそうだ。

いつも夢中になっとること。一生懸命の人生が光って見えますなぁ~。

もう頭の中が真っ白になっていて、幾度転倒しても、もう体力が無くなっていても、いったん走りぬくと決めたからは、あとは身体が勝手にゴールを目指す。

こんな勝負のデケル稽古を積んだ人が居たのですネェ~。

そして、現に、走りぬいた。

昨日の大阪国際女子マラソンの福士加代子選手。

いや、おそれいりました!

観ていて(TV画面)、彼女は、苦しげな顔じゃなかった。

何かにぶち当たって、そして突き抜けた、と、そんな顔に見えました。

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2008年1月27日 (日)

「三谷曲」

Syakuhati_003 「三谷曲」です。

暗譜で吹いています。

今はこれくらいしか吹けません。来年の春にはどんな「三谷曲」が吹けるだろうかと楽しみに稽古を続けます。

音源削除200705

2月10日、吹き替えました、

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正解はこれ!

隠居生活になって生活リズムが変わったせいだと思いますが、

アレレ!こんなことだったのか!!

…と、気付くことがいろいろあります。

なぜ、こんな簡単なこと、今まで気付かなかったのかな?

たとえば、

<睡眠だが>

眠くなれば寝て、目覚めれば床を出る。ただこれだけのこと。

わたし、夜8時過ぎには床に入り、朝は目覚めれば起きだす。3時か4時ですわ。

で、又、日中いつでも眠くなれば昼寝します。

会社勤めしていてこんなことが出来るわけ無いが、体調維持にはこれが一番ですね。

<食事ですが>

腹がへれば食う。ただそれだけ。減らなければ食わない。

わたし時々昼食を摂らないことがあります。と、いうより、食うのを忘れている。これって意外と正解みたい。

かみさんが「パパご飯ですよ」って呼んでくれるが、聞き流してほったらかし、ついついそのままになる。かみさんは面倒がってたびたびは声掛けしてくれない。彼女は自分だけ勝手に食ってメタボになっとる。

あぁ、

水分は、夏の魚釣りなんぞの時は、意識して常に少しずつポカリなんぞを飲みます。これで随分疲れが違います。

<風呂は横着が一番かな>

湯に浸り入りますが、温まって、ふやけそうになったらズボッっと出ます。ただそれだけ。たびたび石鹸で身体をこすったりは面倒。これでエエような気がする。

以前、こすりすぎてカサカサ痒み肌になり往生したことがある。

皮膚科の医者が、

「アホか、年取って身体をゴシゴシ洗うやつがあるか!」って言った。

口の悪い医者だったなぁ~。で、わたし、以来横着風呂に徹していますが、すこぶる調子がよろしいです。痒くなりません。

<ビックリは呼吸法のことですね>

尺八を吹く際の息継ぎのことですが、いわゆる腹式呼吸で鼻から息を吸い、口から吐き出します。座布団は敷かず、畳に直に正座し、この呼吸の稽古をする。ロングトーンを試みる。座布団はダメだね。畳に直座りが楽です。

ただこれだけで、尺八が、われながら上手になりつつあるような気がする。と、いうより、自分の欠点がこれで自覚できる。

なぜ今までこの稽古をしなかったのか不思議。

昨日、尺八仲間らの定期演奏会前の稽古場へ久しぶりに顔出ししましたが、一見して、呼吸法が出来ている人とそうでない人との見分けがつきました。わたし、知らず知らずの間に、この見分けがデケルようになっていた。自分でビックリ。ゼンゼンできていない人を見かねて、少し指導させてもらったけど、解ってもらえたかな?

他にも、いろいろありますよ。

以後、機会を見て、少しずつ綴ってみましょうかねぇ、

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2008年1月26日 (土)

陸・海・空

ホームセンターでウロウロするのが好きですけど、いつもナァ~ンも買わずに店を出ます。

でも、昨日は、神戸・西神のプランティという大型店へ行って、オモチャコーナーで無線操縦の小さなヘリコプターを見つけた。8千9百円。30分間の充電で5分間飛ばせるらしい。おもしろそう!5千円代のもあるがだいぶ小さい。飛行機もある。やはり無線操縦。

昔、子供の飛行機は、ゴムひもを縒りねじってプロペラを回す式の、竹ヒゴと紙の飛行機だった。セメダインでくっつけて作った。何機も作りました。よく飛んだですなぁ、

8千9百円かぁ~、

買わなかったのですが、欲しいですネェ~、キットわたしいつか買うことになると思う。

この飛ぶオモチャ・ヘリはデジカメだって積めそうだ。

数年内に自転車値段で人が乗れる本格的なのが出来そうな気がする。いまだってエンジン付きの落下傘があるじゃないですか。あれって面白そうですネェ。

カラスやトンビもビックリだろう。

おっ!波平が飛んどる!!

わたし今年68になるけれど、この歳になって、陸・海・空の遊びをすることになるのでしょうか?

昨日は、トレッキングポール(ステッキ)を持たずに散歩に出ていました。

歩き回ってヒザが痛くなった。希望通りの状況・体調になったような感じがあるなぁ~。ツエが本気で欲しくなりました。

ツエついて歩く、コレ“陸の遊び”の部でしょうか…、

今日は神戸・ポートアイランドの港島会館に尺八仲間がダンゴになっとるから、久しぶりに顔出ししようと思う。

ツエをどうしようか迷っとる。

本気でズズイ扱いされるのも嫌だしなぁ~、

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2008年1月25日 (金)

地歌「夕の雲」

地歌「夕の雲」の素吹きです。 音源削除200705

半分吹いたらシンドくなった。中途半端でゴメンネ (^_-)-☆

使用竹は、竹隠銘地無し継ぎ管「美仙」。永田彰山手付け都山譜。

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ツエ(杖)

Dscn0138 昨年暮れ、左足のヒザが痛くて歩き辛くステッキが欲しかったのは事実ですよ。

元町の大丸百貨店に、天然木のブランド(?)輸入品で気に入ったのがあって値札見てあきらめたですよ。

でも、以来、フグの餌になる小エビを探すために近所のスーパーや生協などなどをテコテコ尋ね歩きする間に痛みもしだいに緩み、もうツエ(杖・ステッキ)なんぞ欲しくなくなっています。

でもね、先日某ホームセンターでトレッキングポール(登山用歩行補助具・要するにツエのこと)が980円で出ていて。持つと軽いし、二段式になっていて長さが調整できて、なかにバネが仕込んであり、見た目も格好よかった。

で、脚に「痛いか?」って問うと、「痛くおまへん」って言う。

「間違いないか?これからもずっと痛くないか?」って念押しすると「ひょっとしたら痛くなるかも」って言う。

わたし自身も、いずれまたぞろ左脚は痛くなるだろうというような気もしないではない。で、買いました。

あぁ、ホームセンターをウロウロするのはわたしの趣味のひとつですわ。

ついつい興が乗っていつも余計なものを買ってしまう。刃物と、ネジリ挟む物、たとえばペンチとかドライバーとかとかが特に好みですわ。最近はテープ類にも興味が移ってあれこれ買いますなぁ~。

と、いうわけでツエを買いましたが、さしあたりツエを付かねば歩めないってことじゃないから、買ったツエは手で振り回しながら帰りました。

昨日、モーさんの誘いに乗り三宮へマージャンに行く際、シャレのつもりで大仰にこのツエ(トレッキングポール)を付いて行った。

と、先に来ていたメンバーのアヤヤッス・金の字・モーさんの3人が、「どないしたんや?」と問う。

わたし「脚が痛うてな、もう歳や、いたわってくれ!!」と言う。

シャレで言ったつもりでっせ!!

なのに、3人が、なんとナント、真面目ないたわりの目つきで、

「ほうかぁ~ダレでも歳くったらそうなるらしいなぁ~」って言った。

わたし、ガクッって落ち込んだ。

気力の差でしょうか、昨日は、マージャン負けました。

ゲーム中、いたわってくれ、いたわってくれ、と、わたし再々要望したけれど、卓上ダ~レもいたわてくれんかった!!

帰路、ワタス、本気でツエ付いて帰りました。

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2008年1月24日 (木)

山里は雪

忙しくてかなわんけれど、これといって特にすることも無いので、なんやそれ!

演歌でも吹いてみよう。

「男はつらいよ」「夜霧よ今夜もありがとう」「長崎は今日も雨だった」

あぁ、ここ三木の山里は、今、雪が舞っています。

アレッ!犬の鳴き声がしますね。ごめんなさい、愛犬ショウタです。玄関先に怪しい影!!

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日延べ

1.        通ってしまったけれど、外国の軍隊にタダで洋上給油するって、なんだかモッタイナイような気がする。

2.        ガソリンが25円も安くなるなら結構なことだと思う。

3.        道路が造れなくなるというが今ある路しか通るつもりはないから大丈夫。

4.        株価大幅下落だが、わたし1株も持っていないから関係ない。

5.        春闘がどうだこうだは、わたし既に隠居身だ、関係ない。

6.        鳴門ワカメ?ワカメなんか、どこ産だってワカメはワカメ。

7.        中国産は毒?中国産のフグの話しか?中華料理店がダンダン寂れてきたという話はまだ聞かないように思う。神戸の南京町は人であふれている。

一昨日、金の字から「おい!今ナニしとる?」と電話があったとき、わしゃ沖でフグ釣りしておった。で、「沖でフグ釣っとる」と返事。「ええかげんにせぇよ、死んでまうど!」と、言う。用件は翌日のマージャンの誘いだった。

で、昨日がその翌日だったが、既に、

昨日夕刻に日延べの連絡があり、昨日は、確認の意を込めてモーさんから翌日(今日のこと)のマージャン予約願いが届いた。

わたしはナニやカヤ忙しいのに、世の中にはヒマなやつが多い。

今日は、わしゃ、忙しゅうてかなわん。

「三谷曲」を吹いてアップのつもりだったが、日延べする。

昼寝する間も無い。

補記・たった今(24日12時08分)、金の字から、ゲーム開始時間を予定より1時間早めるぞ!って電話があった。あぁ~忙しい!!!

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2008年1月23日 (水)

「恋慕流」

新春第3回本目のアップは「恋慕流」。

この曲、わたし大好き。まだまだ未完ではあるけれど録音してみた。

京都・明暗寺対山譜。

お耳を汚しますが、修行中の波平音色であります。

音源削除200705

2月10日、吹き替えました、

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ほうれん草

昨年暮れ、友人らとの忘年会の席で、OMがわたしのこのブログ遊びのことを、

「こいつのブログ書きは、“ポパイのほうれん草”みたいなもんや」

と、言った。

「毎日、ほうれん草食っとらな、こいつは生きとられん」

と、断じてみせた。

皆が、ほんまや、ほんまや、と、うなずいた。

で、わたしも、なんだかそのような気がした。

ブログを始めたのは2005.04~からである。最初のころは週1の程度だったが、いつの間にかほぼ毎日アップするようになった。アクセスいただいたのが23万件を超えている。

実は、ブログを始める以前にはホームページをやっていた。色々書いて楽しんでいた。だが、ブログを始めて以来ほったらかしになっていて、この方はもう更改の仕方を忘れてしまった。

ほうれん草の話だが、

わたし、もうそろそろ食い飽きる頃かなって、そんな気がしている。

元気を出そうと思えばこそ、ほうれん草を食う気になるのだと思うが、もうなんだかめんどくさい。

かろうじて、尺八稽古に精を出すことで日々つないでいるってことだ。

凪げば近場で魚釣りしたりするが、以前のように列島を大回りしてやろうなんて気概は無くなっている。

いつまで、ブログを書き続けることになるのだろう、

わたしに書き出したい主義主張があるわけじゃない、

想いを単に赤裸々に書き出して遊んでいるだけである。

自分を飾らず、力まず、できるだけ簡単に、ふだんの言葉で書いてきたのだった。

書いた中から3冊も「本」を創った。自費出版。

更に創りたかったが、経費の面で頓挫。

で、内一部をPDFファイルでアップした。当ブログ右欄の日本列島周航記「岬波1・2」だ。どこかに出版を援助してくれることろはないだろうかと探したが無かった。なお、この周航記は縮小版を月間雑誌「ボート倶楽部」に毎月連載してきたが、これも来月発売分(3月号)をもって完結する。

ホームページは2本創っていた。「メダカ釣り」もそのひとつ。

これを見た報道関係の方々がおもしろがって、声がかかり、わたしはNHKを初めとして、主たる民放のほとんどに出演し、メダカを得意げに釣ってみせたりした。懐かしい思い出である。

ほうれん草かぁ~、

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2008年1月21日 (月)

あぁ~むつかしい、

「尺八を吹くは人に聞かせるためにあらず、己が心を練るの具なり、…中略…、哀楽は吹人の上にはあらず聞人の上にあり」

久松風陽の「独言」に出てくる言葉です。

で、ここで問題、

実に、わたしは、

この言葉を体現し、ひたすら尺八を吹き、心を練っておりますが(ホンマかいな?)、

自分で録音し、コレを聴く際のわたしは、

「吹人」でしょうか?

「聞人」でしょうか?

昨日アップのゴチャゴチャした“下手を繕う言い訳”は、

「吹人」が言わせたのか?

「聞人」が言わせたのか?

技量未だ未熟なりといえども、ドタマ(脳ミソ)には理想の尺八が鳴り響いているわけで、これこそが自分のあり得るべき吹奏だと思っとるが…、

この脳内の仮想吹奏と、現実の吹奏とのギャップは、

「吹人」たる自分と Vs 「聞人」たる自分と、で、

どのように認識され作用しているのだろう???

自分は自分。わたしは二重人格者ではない。…と、思っとる、

で、結局のところは、

「吹人」たる自分=「聞人」たる自分

だと、思うわけだが、ほいでも、

吹いている時と、録音を聞く時とでは、なにやかやの想いがデンデン違うのはナンデや?

「あの家の前を通ると、四六時中下手な尺八の音が聴こえる。気が悪いこっちゃ!」

…と、思われていないだろうかと気になるが、

この思いをめぐらすわたしの耳は、我が家前の路を行く通行人の耳になっとるわけだ。

「吹人」と、「聞人」と、「通行人の耳」との相関関係や如何に????

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2008年1月20日 (日)

「滝落し」

大学入試センター試験の問題と解答が今朝の朝刊に掲載されていた。

かなわぬまでも、どういうことなっとるのかと、少し読んでみた。

難しいですなぁ~、

国語なら少しはデケルかもと思っていたが、体力が足らん。

長い文章を緻密に読む能力がもうわたしには無いようだ。

問題解答の前提になる設問対象の文章を読んで、どういうことが書いてあったかをホンの少しの間記憶に留めること、それがデケン。解答の緒につくことがまず難しい。

…と、このような、頼りない頭で以下思うことを書き出しますが、書き切れるかな?

またまた、尺八のことですよ。

わたし、独り静かに没頭して吹いていると、時に“吹けた”って思うことがあります。暗譜で吹いています。譜面を見ると雑念が沸きますからね。

が、しかし、

録音して、ブログにアップしようとなると、妙に堅くなって、上手く吹けません。

前者が10点とすると、後者は4点未満。

暗譜ではなく譜面を見て吹きます。人前で吹く際あがってしまうかもと思うからね。録音時には人前で吹く気持ちで吹くからね。

でも、最近はあがったこと無いのだよ。ただ、なおかつ用心するってことですわ。

わたし、今の自分の力は10点だと仮に仮定したら、

録音時にはそれが4点未満分しか出ない。

なんでや?

わたしはしょせん4点以下の力なのだろうか?

そんなわけは無い、シッカリ10点は吹ける、…と、思う。少なくとも頭と耳はそのレベルにある。…と、思う。

…が、現実には4点未満しか出ない。

わたし、今年の誕生日がきたら68になります。

68年間、ずっと4点以下でしか生きてこなかった。…と、思うと残念でしょうがない。

もうそろそろ、10点とは言わぬまでも、6点か7点でありたい。

わたし、アガリ性でしょうか?

わたし、意外と冷静ですよ。特に最近は余りあがってしまったことは無いように思う。

でも、尺八を吹くと、録音時には力が出ていない。へったくそな吹奏だ。

今回アップの「滝落し」だけれど、やはりその4点未満の出来ですわ。

言い訳がやたら長かったね!

2月26日、また吹き替えました。5点の出来かな。

音源削除200705

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ステッキと歩む人生

Sutekki_j 隠居業を真面目に勤めすぎると、すなわち、寝転んでテレビばっか観ていると、運動不足になってまうので、飼い犬を連れて散歩をしたいと思うが、その相棒たるショウタ(飼い犬)が散歩嫌いだ。

で、わたしは独りでそこらじゅうを歩き回るが、だぁ~れにも見られていないと思うのに、案外これが油断ならなくて、わたしをドコソコで目撃したとの情報が回りまわってかみさんの耳に届いたりする。かみさんが嫌がる。わたしが困る。

近所を散歩するのがこれほど緊張を伴うとは知らんかった。

これじゃぁ、ゆっくり気分でブラブラ歩きなんぞデケンじゃないか。

だが、

散歩も用ありげな顔で、あそこへ行こうって感じで歩くと、これが案外周りを安心させ、意識的に見られることからも逃れ得るように思う。

だけど、

ほんなしょうもないことに気を使って歩くって嫌だ!

構うものか、オラァ~散歩しとるのだ!!

って、ゆっくり堂々と道の真ん中を歩いてやろうと思っとる。

で、とうとう、ステッキを買った。

980円だった。ホームセンターで見つけて買った。

これ、正式名称はトレッキングポールって言います。

本来は2本を両手で持つのが正しいそうな。コレを1本だけ片方使いするとステッキとなる、…と説明がある。

買ってしばらくの間は、それらしく一歩一歩ステッキ突いて歩いたが、すぐにめんどくさくなり振り回しながら歩いた。それもめんどうになり刀を下げ持つような気分で掴み歩いた。

でも、われながら、散歩しているって自覚が深まるのを感じるし、なにかしらユトリ的なものを手にしているという心地に酔うて歩く。

ランランラン♪♪

ステッキと共に歩む人生が始まった。

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2008年1月19日 (土)

フグの音、

悲しい酒、影に慕いて、浜千鳥、リンドウ峠、

誰が吹いとるのや?

下手だねぇ~、

テッサで一杯やりながら、あれッ!フグ毒が回ったかな??

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沖は凪ぎ,

フグ釣りにはカワツエビを餌に使うのだが、漁季じゃないのでスーパーなどには出ていないのですよね。

で、明石の「魚の棚商店街」へ行くと少し出ているのだけれど、値も高いし(100グラム350円~)、餌にするに手ごろな大きさのがなかなかありません。

漁季は海苔網漁が終わった後の5月以降~秋までの間。このほかの季節でも漁は少ないが獲れていないわけじゃない。が、最近はダメみたいだねぇ~。

あぁ~、フグが釣りたいのだが、餌のカワツエビが手に入らん。

以前、業を煮やして、スーパーで小エビの剥き身パックを買ってきて、使ってみたがダメですねぇ~。

自分で味見に、そのまま食べ比べてみるとヨォ~クわかります。カワツエビは甘くて美味しい。パックのムキエビはまずい。フグは餌をそのまま生で食いますからね。フグ公らは、餌のエビを、焼いたり煮たりテンプラにしたりして食うわけじゃない。

1月2月は、通常の年なら、そうだなぁ~一昨年・一昨昨年は、小豆島の真鯛釣りに血眼だった。サビキ釣りだ。鈴なりに大鯛を釣ったことがあった。

昨日、播磨マリーナの友艇が小豆島のマナイタへ出たが、30㌢足らずの真鯛が1枚だけだった。クーラーボックスを覗かせて貰ったが小鯛が1枚だけ。釣り達者な艇でこれなら、わたしだったら丸ボーズ間違いなし。ボーズ頭に油塗ってピッカピカってことだな。

わたしは、昨日は朝4時起床、6時40分マリーナ出航、鹿ノ瀬ポイント着7時20分。途中でお日様の出を拝みます。淡路島の山並から紅色のお日様が顔を出す。世間が見る見る明るくなってシアワセェ~な気分になる。幸せはここまで、

エサエビのせいにするわけじゃないが、フグの食いは悪かったなぁ~、1時間経っても1匹も釣れなかった。

シャクに障って、エサエビを艇内で焼いて食ったりした。

最終は、20足らず釣ったかな。もう少し居たかな。

今日もエエ天気。沖は凪ぎ。

だけど、エサエビが無い。

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2008年1月18日 (金)

焼きエビ

Nec_0096 鹿ノ瀬の海苔網の中へくぐり入って、ショウサイフグ釣りをしてきました。

今日はアカンかった。あんまり釣れなんだ。

エサのカワツエビが大き過ぎたと思う。手ごろの大きなのが手に入らんかった。

大きな美味しそうなエビだ。フグらにばかりかすめ食われるのはシャクだから、ビールの肴に焼いて食った。美味しかった。

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2008年1月17日 (木)

こわ意見

ふっと思ったこととか、たんなる好き嫌いだけのことなのに、あたかも非常に重大なことのように思えて、自分をそこへくくりつけ他への関心を封じてしまうってことがよくあるのではないかと思う。

例えば、マージャンをしていて、「白」・「発」・「中」の三元牌で、わたしは「中」が好きで「白」「発」は好きじゃない。ソウズの内の「七ソウ」牌がなぜか好きで、これが来ると超嬉しい。で、この好き嫌いにこだわり、その挙句が負けてしまう。

ガソリン税(道路特定財源)のことで、まずフッと思ったのが、余分なお金は取られたくないってことだった。高速道路なんぞ税金取られて走るより、ボート(※)で海を走る方がオモロイやって思った。

で、わたしは、ガソリン税は廃止した方がエエという意見に与することにする。

もし、さらに「なんでや?」と意見を求められたら、さもわけありげにアレコレ並べ立てるにやぶさかではない。

あれはゼネコンに金をやるようなもんだと思うし、本気でダンダンあれは悪法だと思えてきた。でもなぁ~、初発の思いは、貧弱なサイフと魚釣りが好きだってことだけなのだ。そう真剣に日本の現状と将来を考えて決めた意見でも何でもありゃせんわい。

(※余談ですけど、ボートは道路を走りませんからね。ボートで使うアブラ(軽油に限る)は現行法制では免税扱いになっています)

こと左様に、なんでもかでも、考えが左右に分かれる際は、そのほとんどが単にそのときフッと思ったことや、好き嫌いが最初で最後でっせ!

この後の討論は、やにくもに屁理屈を並べ立てるだけってことでっせ。

やけくそ、けったくそで言い合いをし、言い合っている間に、抜き差しならなくなる。

エッ!貴兄Aさんの場合は、会社の上司の顔色読んで意見を決めるの?

エッ、エッ!貴兄Bさんは、賄賂くれそうな方の意見に従うの?

隠居の波平の場合は、フッとの思いつきと、好き嫌いで決めたらエエけれど、

娑婆現役のA・Bさんは、上司の顔色と、賄賂の多寡。

ナヌッCさんDさん!! 日本の将来を考えていますって???

そんなアホナ!!!!

たった今現在の対ドル円相場、何円だか当てられますか?

明日の株価わかるか?

対面の待ち牌読めるか?

かみさんや子供の思い、予想デケルか???

今年は衆議院選挙があるげな。

わしゃ、どっちも好かん!!

ナニが好き?

好きな党はない。

福田はんと、小沢はんと、魚釣りが好きなのはどちらかな?

「わたしは魚釣が好きです」といった方に1票入れましょう。

全国の魚釣り好きは1千万人を越えていますぜ!この内の少なくとも4割は、この一言で投票先を決めると思うがなぁ~、

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2008年1月16日 (水)

丁寧に頼まれればしゃぁない

よわったな!

ひょっとしたら18日あたりは凪ぐかもわからんが、どうにも判断し難い気圧配置が続きますねぇ~、

来週一杯魚釣りは無理かも。

で、再来週だけれどコレもまた、情報がなくて予想不可能。

明石の魚の棚を覗きにいってみようかな。エサ・エビも買いたいし、

ついでに漁師専門の釣具屋を覗いてみよう。

漁師の皆さんが使うフグ釣り仕掛けの調査のつもり。それと安いフグ竿探し。

わたしの自作仕掛けは、やはりアタリが取り辛いです。

竿の調子がフグ的でないのが最大の欠陥なのは分かっているが、それ用の竿を街の釣具屋で新たに購入するのはサイフが許さんからなぁ~。

ごく先調子で、ビシを30~90号まで度々付け替えても、竿先にフグ魚信を伝え得る竿がエエ。ッてことは、竿先にはウマズラハギもビックリの鋭敏さがあり、充分なオモリ負荷に耐え得る竿でなけりゃなんねぇ。要するに胴の部分にゆとりがあってここでオモリの負荷をこらえ、竿先に鋭敏さを保障するもの。こんな竿を売っていたかな?ただし、3千円以下ってことですよ。ないだろうなぁ~!

軽四に乗って、そんなこんなを想いながら、そこらあたりを回ってきましょう。

モーさんからの呼び出しも無いことだし…、

モーさん!

ぼかぁー忙しくて、貴兄らの下手マージャンに付き合うヒマなんぞありゃせんのだ。どうかお願いしますって、余程、丁寧に丁寧に頼まれれば、まぁしゃぁないかぁ~と思わんでもないけれど…、

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2008年1月14日 (月)

明日は沖、

明日1月15日は、瀬戸内海・播磨灘は凪ぎだと思います。

この後、又しばらくの間は時化模様かも。

で、明日はフグ釣りに出るつもり。明日は小潮。早朝下げ潮で9時過ぎには潮止まり。

と、いうことは出来るだけ早く出たほうがエエってこと。

二郎ちゃんはフグは食わん主義だ。船酔い防止の薬を飲むのを体調が思わしくないのでしばらく控えるって言っている。誘ってもダメ。

妹のダンナも「フグなんか釣ってどないしまんの?」って言う。フグは食わんという。

誘ってもダメ。

大二郎どんは新年会でダメ。

じゃぁわたし独りでフグ釣りしましょう。

エサの冷凍エビを、冷蔵庫のヤンワリ解凍の区画へ移しました。

気分をこれから徐々にフグ釣り用に傾斜させ、あわせて体の調子をあげてゆき、尺八吹きから釣り師へ変身です。

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封印能力

独りでは手がたりなくて出来ないことでも、だれかと力を合わせると実行可能。

人間の値打ちはこの協力関係がいかに構築できるかにかかっている。

…と、なると、わたしはダメだなぁ~、

極めて自分勝手で他の人の気持ちを酌むのが下手ですからね。

だれかと一緒に何かをやろうとすれば、わたしは言いたいことを我慢して、協力を得る誰かさんの意見を入れなくてはならん。これがシンドイ。結果、わたしは自分の力を出し切れずイライラする。こんなことなら自分ひとりで好き勝手気やったほうが気楽でエエわい、と、なる。

こうやって、単独で日本列島を、小さなボートで一周して来ました。

会社でも、お役所でも、大きな組織はピラミッド式に出来ていますよね。

“船頭多くして船山へ登る”と言いますね。

大きなピラミッド組織は、ひとつの明確な目標をもつとき大きな力を出すが、目標がばらばらだと単なる雑踏でしかあり得ない。

で、その目標ですけど、

組織の者らが情報を共有化し互いに切磋琢磨しあって創り上げてゆく。

てぇ~と聞こえはよろしいが、

得てして社長の一声で決まったりする。

お前らは社長に言われたとおりにやっとればよろしい。

社長の指令が上から下まで徹底しておればそれでよろしい。

実は、この“天の声(社長の指令)”を、それなりのレベルに維持してもらうためにこそ、社長の前で御前会議を重ねるわけだ。どの会社でもお役所でも、実態はそういうことですよね。

ピラミッド組織は、トップの意向に疑問を持たず従順に従う底辺(従業員)を持ったとき最も効率よく動きます。

どういうことか?

ピラミッドの底辺は、頭を持ったらアカンってこと。バカに徹して上司の言いつけに従いなさいってこと。

“情報”と“情報化”は違う。

  • 高齢社会になるだろう…これはひとつの“情報”である、
  • わが社でカクカクの介護用品の開発をしようじゃないか…“情報化”したわけだ、

情報と、情報化の間に、「情報化プロセス」ってのがあって、「情報化プロセス」を起動させるのは社長の専権事項ってわけだ。

ピラミッドの底辺はこのプロセスを起動させたらだめだ。底辺が各自バラバラに本気でこのプロセスを起動させると、“船頭多くして船山へ登る”になってしまう。

この話は、今日の内田樹先生のブログ要旨の波平流解釈ですわ。

先生は、

…だから、この情報に接する(「情報化プロセス」を起動させる)ことは、“自分にはヤバイ結果をもたらすかも”って感じて、情報それ自体はヨ~ク承知しつつも、無意識の間に情報化を封じ込めてしまう機能が人間にはあるようだ。コレはひとつの能力であろうと言っている。

                                     先生は神戸女学院の教授であられる。今をときめく知性だ。ひょっとして、

将来の“良妻賢母”たるべき女子の優れた資質をここに見ているのだろうか。でもここまで明かすと、ジェンダーになってまう。先生は危ういところで言いとどまった感がある。

尺八が趣味で吹いていますがね、

箏・三弦との合奏はおもしろいけれど、わたしはどちらかというと苦手です。合奏ってのは協調ですからね。わたしはこの協調ってのが下手だ。

明暗尺八は独奏が中心です。自分の“気息”に応じた吹奏に徹する。コレが目標であり究極の課題でもある。明暗尺八の稽古。わたしのような隠居ズズイにはホンに手ごろな修行ですたい。

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2008年1月13日 (日)

隠居的思考・世間の乱れ 

コソドロや、商売上のイザコザや、嫁姑の葛藤、街の交通事故・放火事件など等が多発する社会は住みにくいですよね。

この状況がもし宗教間の争いに原因があるなら、そして更にその奥に人種の違いがあったりしたら様相は険悪化する。そうなると個々の犯罪の責任は直接の当事者じゃなく社会全体が負うべきだってことになるかな?

…ってことは、

日本で起こる各種犯罪は金銭問題の中に閉じ込め、ここに宗教や人種問題の混入を許さないことが大切。

“宗教や人種がらみ”ってなんだ?

つまるところは信条(堅く信じていること)の違いってことでしょう。

似たものがあるよ、所属政党の違いだ。

この政党間の争いが先鋭化すると、互いの指導者を暗殺しあい、ヤクザの喧嘩まがいに構成員を殺し合う。

発展すると、東京文化圏と大阪文化圏とが互いの存在を認めなくなり、新幹線は分断され、互いに独立国家を宣言し、鉄砲を構え合い、南北朝鮮まがいの状況に発展する。…かもわからん。

インド洋給油法の再可決で、福田内閣支持率は横ばいだそうですね。

国際的な“宗教・人種”問題にかかわる法案ですよね。国際テロは“宗教・人種”です。だが、国内的にはそんなことはあまり考えません。関係なぁ~い!

日本国内の世間は乱れているようで、乱れていない、ホンマかいな?

沖はいつ凪ぐだろうといつも注意深く天気図をにらんでいます、魚釣りに出たいからね、

気圧配置は地球の自転の影響で、常に西北西から東南東へ移動するわけですよ。

ってことは、いつもいつも、わたしは中国や朝鮮半島上空の状況を観ているわけだ。

天気図は平板な形で表記されていてこれが不満です。日々刻々変化する気圧状況や海流の動きをそのまま表示する地球儀って出来ないものでしょうか?もう5年もすれば、気圧や海流などの動態表示機能を持つ地球儀が売り出されるのじゃないかな?

どこかで戦争が始まったら、地球議上でパチパチ火花が飛んだりしたらオモシロイと思うがなぁ~、

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2008年1月12日 (土)

波平流簡単フグさばき術

大衆フグ料理店で出すフグ料理にトラフグは期待薄でしょうね。マフグであったりカラスやアカメやサバフグであったりするそうだよ。でも一応はフグであれば救いもあるがウマヅラハギだったりは哀しいね。

そもそも大衆酒場でサイフを泣かさず本物のトラフグが食えると思うのが間違いかな。トラフグの唐揚げが街の追い込み居酒屋で安く食えるはずないよなぁ~。

…ってことは多くの呑んべぇらは、本物のフグの味を知らんわけだ。かわいそうだねぇ~、

わたし、自分が釣るショウサイフグのことを、もっと色々知りたいけれど、意外と情報が少ないです。知りたいのは、主に以下の三つ、

A)       釣ったフグの〆方、

B)        血にも毒があるのかどうか?

C)        釣り人用の簡単なさばき方、

〆方ですけど、出刃で力任せに頭やや後部を切るが、コレが堅くて難儀ですわ。

で、わたし、最近は〆ずに、元気なのをそのままで一気にサバいてしまいます。

絶対安全(?)な部位(身)だけしか食べませんからね。他の部位には全く用がないわけだ。釣った沖で手早くサバクのだから特に〆る必要もないってわけだ。

〆るのは鮮度を保つためと、血抜きの意味がありますよね。血に毒はどうなのかな?血には毒が無いって説もあるけど、

わたしのさばきはスッゴク早いですよ。

コレが正しいかどうかは、わたし、自信ありませんがね。明かしますから、どこがどうヤバイのか、どなたかお教えいただけないかな?

こんなこと、ブログに明かしてしまってよいのかどうか迷いがありますがね…、

<波平流簡単フグさばき術>

l         フグは〆ません、

l         当然ヌルヌルもぬぐわない、

l         嫌がるフグをひっくり返し、ヘソ(肛門)後ろの尻ヒレを切り取る、

l         起こして背ヒレを切るが、切り取ってしまわずにそのまま包丁を頭の方へ滑らし皮を頭の後部まで引きます(巾数センチで構わない)。皮は切り取らない。見た目頭から皮の頭巾をタレ被ったようなような形かな、

l         背ヒレの付け根のあたりの皮の切り目をチョイ摘んで身にまとわり付く薄皮に出刃先をチョイ突っ込むと薄皮が少し破れます、身の両脇の薄皮にこうして破れ目をこしらえる、

l         で、右手の人差し指と、親指を、その薄皮の破れ目に(フグの背中側から)突っ込み、諸々の内臓と身との間に両指を探り入れる、

l         右手のこの両指に添って左手の人差し指と親指も突っ込み入れる、

l         そのまま左手側にフグの頭を掴み持って、右手を力任せに右に引っ張るとズボンを脱ぐように尻尾の先まで綺麗に外皮がズボツと剥けます。フグの下半身がスッポンポンになったわけだ、

l         内臓を傷つけないように包丁の先で薄皮をナゾリ、頭を下にしてぶら下げると内蔵がまとまってフグのアゴ側へぶら下がる、

l         両脇骨と身との間に包丁を入れると、まったく完全に内臓がアゴ側に身とは分離してぶら下がる、

l         このぶら下げ状態では身は切り取れないから、腹側を上にしてマナイタに寝かせ、内臓をアゴ側にたくし上げた状態で肝の根っ子を傷つけないギリギリの位置に出刃をあて一気に押し切る、

l         頭と内臓の塊りと、尻尾付きの肌身の二つになったわけだ、

l         〆ずに一気のサバクから、頭部分はまだ生きていて目を白黒しています。なんか変やなぁ~って思っている、

l         船舷から海へ内臓付き頭をリリースする。カモメの群れが待ち構えていて食おうとするが、ここが不思議ですが、頭が付いていると食いませんな。内臓を切り分けて放ってやると争って食います。で、こんなのを食ったらシビレ落ちるだろうと思うが、いつまでたってもカモメらは平気な顔で飛んでいる、

話が逸れました、

l         尻尾を切り取る、りりースする、

l         コレで沖での料理はお仕舞です、1尾をサバクに早くて1分。ゆっくりでも3分とは掛かりません。

自宅へ持ち帰ってから、

u       この裸身を取り出し、三枚に卸します、

u       中骨部分は捨てる、

u       身に卵巣の根っ子部分が付くのでコレを切り捨てる。この部位は茶色いです。要するに茶色部位は取り去る。薄皮(トウトウミ)も出来るだけ剥ぎ取る。これで綺麗な鶏のササミのようになる、

u       当日食う量をとりわけた残りは冷凍保存。

テッサかテッチリで食いますが、大ぶりなショウサイフグのテッサは美味いですなぁ~、甘いです。この食感は他の魚ではデッタイに真似はデケンでしょう。

わたしにウマズラハギを食わして、テッサだなどといってもそりゃデッタイに通用せんですよ。

さぁ~て、どこかヤバイところありましたか?

仲間らに皮部分を使ってニコゴリを楽しむ者も居るけれど、わたしは怖いからやりません。

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2008年1月11日 (金)

フグ釣り仕掛け

Syakuhati 今日は夕方から仲間らとの新年会。

コレが無かったら沖は凪ぎだからフグ釣に出ていたのだが、そういうわけで、朝からもっぱら仕掛けつくりに精を出した。

写真は波平流のショウサイフグ釣の仕掛け。幾組も作った。

中通しの発光L型天秤に形状記憶ワイヤーを直接通し、頭に道糸の先端スナップを引っ掛け結わえる。

天秤を突き抜けたワイヤーには写真の要領で3本のフグ針。

フグ針はチモトが輪になっているやつ。スナップ付きサルカンに直に付ける。

竿は艇から2本出す。船尾舷から海底へ垂らし入れるだけ。オモリを着底させ竿先のアタリで大合わせに合わせる。

余分のことだが、フグの皮はスッゴク堅い。丈夫だ。大きく合わせても針先が常に鋭くなければ掛からない。釣っている間常時針先の管理を怠らない。

で、この仕掛けの目論見の最大のものは、

形状記憶ワイヤーにほとんど直に針を付けた形であること。ワイヤーは常に弛むことなく真っ直ぐである。この形状記憶ワイヤー道糸は、キット天秤の負荷をも感ずることなく鋭敏にフグのアタリを発信するだろうと思う。

竿は先調子のやや固めが最高だ。

が、フグ釣に特化した竿は、現に釣具店発売中の竿群には見つからなかった。これならと思うものも無いわけじゃないが、それってほとんどフグにしか使いようが無いような気がして買う気にならない。そうだなぁ~、太刀魚釣りにも転用できるかなぁ~、いや、フグには先端により微妙なアタリをとらえ得る竿でないとダメじゃ。

で、結局ドンピシャリの竿の用意は無いわけで、後は、仕掛けの工夫に負うところってわけだ。写真のものが最高だと思って作ったのである。

餌は地場産のシラサエビ。フグに食わすにはもったいない美味なエビ。わたしこのエビのから揚げが大好物。針に餌をつける都度、あぁ~勿体無いと思う。

ショウサイフグだけど、昨日もテッチリで食ったけが、本当はテッサ(サシミ)で食う方が美味い。

今晩は新年会で安酒を飲むが、明後日は自宅でテッサしまっさ!

釣り溜めたのが隠してあるからなぁ~。

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2008年1月10日 (木)

フグの話

フグを食う話は禁忌じゃないですよね。

自由に話をし情報を交換し自分でしっかり考えてみるってことが大切ですよね。

食文化のなかでフグは大きな位置を占めていると思うがどうでしょうね。

A)       広島で、新年早々自分の釣ったフグを食って死んだ釣り人が居ますね。内臓まで煮て食ったらしい。かみさんは大丈夫だったようだ。

B)        和歌山で、鮮魚店が養殖フグのキモは無毒だってんで売っていたようですね。お役所からお灸をすえられた。

C)        テレビ朝日が、サバフグの肝を使った料理番組を放映し、やはりお上のお叱りを受けた。無毒種のサバフグだったけれど素人には見分けがつかんからなぁ~。

D)       宮崎の水産業者が、養殖フグの肝を広島や山口のあちこち料理店に大量に出荷していたとして営業停止処分をくらった。

E)        東京築地市場で、大手のフグ卸業者がフグ取り扱い免許を持たない中卸業者に長年フグを売っていたとして問題になっている。

F)        フグ市場は南風泊(はえどまり)が日本一ですよね。天然物でキロ1万円~2万円の卸値だと思う。

G)       …………

こんなことを言うとまたぞろ不見識だってヒンシュク買うかもしれないけれど、

フグ料理ってやたら高級扱いされすぎていませんか?値が高いですなぁ~。

もともとは庶民の食文化のなかにあったのですよね。

わたしも、幾度か高級料理店でフグ料理食ったことがあります。通がって、フグの鰭(ヒレ)酒を飲んだりしたことがあります。

でもなぁ~、

皿に貼り付けられたオブラートにみたいな超薄のテッサ。

ほんの少しのテッチリ。

飲んだ後、またそのクタビレ鰭のうえから徳利酒を注ぎ足して飲むナマヌル酒のむなしさ。

さして美味くいとも思えない雑炊で腹を膨らして帰る際のサイフの軽さ。

あぁ、貧乏人はフグ料理に迷ったらアカン。あれは大金持ちが金に糸目をつけず食うものでっせ。ビビッタ金払いでは本物は食えん。思うに、わたしが食ったのは正規のフグ料理じゃなかったと思う。わたしらが払う格安料金では、トラフグは使わないと思う。カラスかマフグじゃなかったかと思う。

フグは美味しいですなぁ。自分で大きなショウサイフグを釣ってきて、自分でサバイて食う。これが一番。ヤバイ部位はヨ~ク知っているつもり。絶対手をつけません。天然の上物だからなぁ~、ホ~ラ美味しい。この時期のフグが最高だ。

艇友のアキどんは自宅に大きな釣果収納専用の冷凍庫を持っている。先日、

「フグ釣りたいけど、冷凍庫がフグでいっぱいでもう入らへん…」

と、泣きごとを言っていた。

わたし、アキどんのフグ釣ポイントを知っている。あの丸秘ポイントを暫時お借りしようかな。エサのシラサエビも一昨日買ってきてあるし、

でも、あぁ~残念!

今日はベタ凪ぎだが三弦師匠のキヨちゃんを訪ねにゃならん。「萩の露」のつもり。明日は新年会。明後日は明暗師匠のもとで初稽古。その後、海は次第に時化るだろう。来週中は沖へは出られそうにも無い。アァ~ア、

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2008年1月 9日 (水)

あぁ~嬉しい

正月も9日ともなれば世間様はもう通常業務でしょうね。

今日は地区の“埋め立てゴミ出し”の日で、さっき我が家の分も指定ゴミ集積場へ出してきました。住まいの三木はゴミの分別投棄が厳しいわけですよ。

で、これで、今日のわたしの業務はおしまいです。あとはナ~ンも無い。

おれは世間の厄介者?

なんとなく寂しいですなぁ~、

同じように寂しいなぁ~って、モーさんも思っていたらしくて、昨日早々とモーさんはモーションかけてきた。

あぁ~、モーさんは三木の住人じゃない。淡路島の山奥のタヌキ村の住民です。毎朝ホトトギスの声を聞いて目覚め、タヌ公の腹タイコのトントコトントコ聴いて寝るらしい。

モーさんから→アヤヤッス→金の字→波平へと、例の場所への集合指令が走った、

今日昼3時やど!遅れるなよ!!って言った。

わたし、金の字からこの連絡を受けて、

「皆さん方はお暇でしょうけど、わたしはアレコレあってとっても忙しいから、そう易々と声掛けせんといてくれるか!」と、突き飛ばした。

と、金の字が、さわ心得たり! と、極めて丁重な声音で、

「そこをなんとかなりまへんか?」と言う。

そこまで皆々に丁重に頼まれたのではしかたがない。

忙しいなかだが、万障を繰り合わせましょう。

「まぁよかろう」と返事。

で、今日は、埋め立てゴミを我が家から運び出す業務を早々と終えてしまって、

この後ヒマをもてあますところだったが…、

午後からの用事も出来ていることだし、気分さわやかだ。

あぁ~嬉しい!!

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2008年1月 8日 (火)

KY その3

ブログだが、だれのページを観ても、どのページを観ても、それぞれが特有の雰囲気をもっている。

ページ作成者とコメンテイター群とはある種コラボっている。

でも、ときどき場違いなコメントがありますね。“お呼びでないないよ”ってのが、

打ち込んでも、承認を得るまではページに載らないって断りのあるブログもある。空気を読んでコメントしてくださいってわけだ。

三曲合奏の際、尺八の音程が狂っていることがよくあるなぁ~。

尺八なんか無い方が良い。

尺八吹きはKY(空気の読めない人)でっせ。

日本社会は均一化されすぎている。KYを毛嫌いすることが正当化されすぎるきらいがあるって思いませんか。これって日本の弱点でしょうね。大きな変化に弱いのではないか。

だって、さきの太平洋戦争では世界の空気が読めなかった。世界中からKY扱いされた。昔はそうでも今は違うってですか?

テロ対策特措法ですけど世界の空気が読めていますかねぇ~。

だれか、本当に世界の空気が読める人居ませんかねぇ。その人って、今時の評価ではKYな政治家ってことになっとるのではないかと思うのですがどうでしょうね。

ジャズを生んだのは日本じゃないアメリカです。ロックもアメリカ。ビートルズはイギリス。初発の際はみなKY扱いじゃなかったかと思う。このKYを受け入れる度量がそれらの国にはあった。日本はダメ。評価が一定して後、恐る恐る受け入れた。

わたしはジャズは好きです。ロックも好んで聴くほどじゃないが、逃げ出すわけではない。

レゲェは逃げ出す。こんなのが好きな若者はKYじゃないかと思う。

鼻を摘んだような声や、搾り出すような苦しげな歌い方は好きじゃない。それらはわたし的にはKYだ。ドッスン・ドッスンした心臓鼓動を急かすリズムの音楽は疲れる。殺されそうだ。

わたしにだって、あの人たちはKYだって言う権利(?)はありますよね。

論旨が混乱しているじゃないかって?

アッハッハ(笑)、自分から見てダレそれはKYだっていう見解をシッカリ持つこと、コレこそがKY者を正等に評価する初歩ですよ。

それはそうと、わたし、

どこかで、いつも、ダレかから、KYなズズイだって言われているような気がする。

エッ、正解ですって!

貴兄もわたしのことをそう思っとるの?

難儀やなぁ~、

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2008年1月 7日 (月)

KY その2

雑談で場の話題から外れないこと。これってKYだって言われないための心得ですよね。

A氏ってのが居て、氏の磨きぬかれた感性は、決して場の話題を逸らさない。

逸らさないどころじゃない、多くの場合、A氏は率先して自分から場の話題を提供する。そして、独りとうとうとしゃべる。いつもいつも話題を自分の側にひきつけ、話題の中心に居て他の者らを寄せ付けない。

B氏・C氏・D氏らはA氏の話に相槌を打つだけだ。

A氏の話に辟易し嫌になっているのに、A氏は独りしゃべくって楽しげである。

わたし、場の空気が読めないってことを、肯定的に評価したいと思っている。

なにせわたし自身のことだからなぁ~。

でも、上述のA氏のようなのは願い下げだね。それって波平的じゃない。

わたしが評価したいKYはも少し別のものだ。

別に難しいことを言おうとしているわけじゃない。

要するに付和雷同は嫌だなぁ~ってことだ。

“みんなで渡れば怖くない”ってのはヤメタ方がよいかもってことだ。

政局はどちらへ動くか?

これって、最大の“場の空気読み”でしょうね。

色々な見解がある。

出来れば勝つ方の見解に付きたい。トラの威を借りたい。

でも、場の空気に汚染されない見解は、独りKY者のものである。

天上天下唯我独尊、お釈迦様はKYであった。

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2008年1月 6日 (日)

KY その1

わたしはKY(場の空気が読めない人の意)である。

他の人からことさらに言われるのはシャクだから前もって宣言するが、わたしは未だ幼かったころからの筋金入りKYである。イヤと言うほど、自分がKYであることを承知している。

亡父は生前中常にわたしのことを孤高(ここう)にすぎる言って嘆いていた。

(※注・孤高→ただ独り超然としているさま、KYとほぼ同意)

が、父は、

“お前は孤高でありすぎるから、もとカクカカクであるよう心がけなければならん”

などの説教は一度もしなかった。

わたしの記憶では、わたしが小学校へ入学した頃から、父はわたしのことを孤高な性格だと見ていたようだ。

物心つく頃から、ココウだ、ココウだと言われ、子供心に自分はココウなのだと思って育った。褒められていると思っていた。

このわたしを見て、父は、“あぁ~何と言うことか”と、またぞろ嘆きを強めたのではなかったろうか。父は孤高の意味を息子に説明する機会を失っていた。

40も半ばに差し掛かった頃、わたしは、ふとしたキッカケで魚釣りエッセイを某魚釣り週刊紙に書くようになり、たまたまそれを読んだ父が、

「この『…らしい』という言い方は穏やかで良い」と言った。

たとえば、「どこそこで真鯛がよく釣れているらしい」といったようなあいまいな言葉遣いのことだ。

父は、わたしがこの種の言葉遣いするのを知ってひどく驚いたみたいだった。これが、父から、孤高の注意を聞いた最初であり最後である。

わたしは、未だにココウ(孤高)な性格である。言い切るような言葉遣いをしすぎると、いつもかみさんが反発する。

雑談が苦手だ。雑談の輪に入るのが怖い。孤高な性格は悪く凝縮し、りっぱなKYになってしまった。

だが、思う、

だれか、わたしのKYに、文句アッカ!!

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2008年1月 5日 (土)

現在・過去・未来

過去があるから今がある。今があるから未来がある。

それはわかっとる。

が、あまりおもろくない過去は忘れてしまいたい。そんなものは無い方が良い。

未来は何かに汚染されたのではなく、いつも新鮮であってほしい。今日現在のあれこれが明日明後日の自分を束縛するかと思うと、気が重い。

結果、ノー天気に、今だけを後生大事にすごそうとなる。

「自分が死んだときは、大仰な葬式などしないでくれ、墓などもイラン!遺骨はどこかの海に撒いてくれ」

と、言うてある。

が、しかし、こう言うこと自体が、遺言めいておもしろくない。

要は、わたしは、死んだらそれまで。自分の死後の娑婆社会には関わるべくもない、と、思っていて、それは、残るかみさんの好きなようにすればエエと思っとる。

昨年暮れに、古い友人らと会食した際、万事用意周到なK氏が、

「俺が死ぬ寸前には枕辺でこれこれの曲を聴かせてくれ」と、かみさんに言うてある、と、言った。

K氏は、曲を春・夏・秋・冬の別に4曲選定しており、それに合わせて、辞世の句もすでに紙に書いて、かみさんに託しているらしい。

この話をキッカケに集まっていた者らが、自分の葬儀の段取りを語り合った。

ごく簡単な家族葬を望む者が多かった。それではかえって後々挨拶が面倒だから、普通の葬儀の方が楽だろうと言うものもあった。

わたし以外は各自子持ちである。孫が居たりする。わたしは長男だが子供はない。当然孫もない。

わたしの気持ちは上述の「…葬式も、墓も不要、遺骨は海に撒き散らせ…」というものだ。

「もうアカンと思ったら、まだ動ける間に、艇で沖へ出て、ポケットに重いオモリをいっぱい詰め込んで、イカリを体に結わけて、海へドボン。これが一番じゃね」と、わたし。

皆それぞれが、「俺は、おれは…、かくかくでありたい…」などと、話は尽きなかった。

皆それぞれが、自分に適した酒量を心得ており度を過ごす者はない。

静かに自分の葬儀と、理想の終焉を語り合って分かれた。

西行の句、あれはエエと、皆の意見は一致だった。

わたし、酒の勢いでベラベラしゃべったように思う。

が、覚めてみると、こうでありたいとこだわり思うことはナ~ンもない。

現在・過去・未来、

つまるところはたった今しかあるまいものを…、

過去…あったような、なかったような、

未来…ありそうにもなさそうな、その不確かな実感、これはすでに今現在のもの、

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2008年1月 3日 (木)

岩盤浴?

Dscn0132 うそ、ごまかし、だまし、は悪だと思う。エセ宗教はそのなかでも悪質。洗脳するなんぞは極限の悪じゃないか。

でも、わたしはカッパが大好きだし、妖怪変化やお化けはあってよいと思っているし、宇宙人もきっと居るだろうと思っている。

ウソを信じてしまったり、ごまかされたり、だまされたり、は、結果としては次の第三者に影響を与えるという意味では悪と同罪じゃないか。

が、しかし、初発の悪者じゃない。やはり被害者とすべきだろう。

カッパや妖怪変化の類は、命の神秘の拡大のなかでうごめくものたちだ。いわば人間が生きてゆくうえでの仲間らだ。仲良くすべきかと思う。

宇宙人などのSFものへの想いは科学発展の根源。宇宙への、星への想いがなかったら人間は人間でなくなるだろう。天に神様を住まわせてこそ人間であり得る。

“ホルミシス”のことを語ろうと思っている。

“ホルミシス”は身体に良い効果をもたらすという意味の言葉であるらしい。ホルモンをもじって作られた言葉らしいが詳しくは知らない。

“微量の放射線は身体に有益である”という説を述べた科学者が居て、これに悪乗り(?)したものらが、ホルミシス効果を謳い文句に色々な商品を売っている。遠赤外線効果もこれに仲間入りだ。マイナスイオン云々も仲間入り。マイナスは身体に良くて、プラスイオンは悪だとか。なんじゃそれ!

健康枕・蒲団・座布団・岩盤浴・ネックレス・ブレスレット・ヒザあて・下着…など等、

微量な放射線を出す物質(粉末)を繊維に織り込み(ホンマかいな?)その繊維で作った布で色々作る。ホルミシス効果あるってんで高値で売る。

放射線を出す鉱物を粉末にして塗布するってのもある。

その粉末を化粧品に混ぜて身体に塗ると、ホルミシス放射線が効いて身体全体からオーラが出る。そこらじゅうの男らが擦り寄ってくる…、ってのはまだ聞かないなぁ~、まだ無いのかな?いや、もうあるかもしれませんね。

で、この“ホルミシス”は、

うそ、ごまかし、だまし、の類かというに、一概にそうとも決め付けられないようだ。確かに“毒も使い方によっては薬”にもなる。

実は、わたし、もう少しでこの“ホルミシス”に取り込まれるところだった。

ホルミシス効果ってのは、まことに結構なものだと思います。

が、しかし、単なる石ころ(写真参照)を5千円で売るのはけしからん。ホルミス放射線が出ていますというのだがホンマかいな?ホルミス放射線ってなんじゃ?放射線測定器で測ったわけではないですから、定かではないけれど、どうみてもそこらに落ちている石ころじゃないか!わたしはこれはダマシだと思う。

一応は信じて、言われるままに浴槽に浸し入れて、石と一緒にフロに入りましたよ。岩盤浴のつもりになれって言うからその気になってみたですよ。

気持ちいつもより良く温まったような気がしたですよ、だけど、なんだかシャクでシャクでくやしいわけですよ。

バッカじゃないか!

名誉保持のため断言しますが、この写真の石の箱はわたしが買ったのではありません。

義弟がわたしの健康に良かれと買って贈ってくれたものですわ。

その気持ちは嬉しいですよ。ですが、石と一緒にフロに入っているわたしを見たら、義弟は大笑いするのじゃあるまいか。

なんだかわしゃクヤシイわけですよ。

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2008年1月 2日 (水)

とっとと失せろ!!!!

昔、4~50年前、母がどこからか高価なトックリを二つ購入してきて、夕方これに水道水を入れておき、翌朝家族全員にこのトックリ水を湯飲みに注ぎ1パイずつ飲ませた。

わたし、その水が、母が言うほどの効能があろうとは思わなかったが、言われるままに飲んでいた。高校生の頃だったと思う。

トックリはさる鉱石が混じった土で焼かれており、一晩これに水を入れておくと水は身体に良い薬水に変化しているとのことだった。食事前に飲まねば朝ごはんを食べさせてもらえなかった。

随分長い期間トックリの世話になった。いつ頃からか飲まなくなった。

半畳ほどのマットに小箱が配線でつながっていて、タイマーが付いていた。健康マットだ。これに一定時間座らせられるようになった。マイナスイオンが身体に入るらしかった。幾らほどの値段で買ったのか知らないが、母は四六時中このマットに座っていた。どこに座ろうと一緒であるからは、ここに座る方が健康に良いとなら、そのマットに座っていようってわけだ。これも随分長い間母は愛用した。いつの間にか無くなった。捨てたのだと思う。

母は西式健康法とかに凝りはじめて、天井板をめくり天井の桁から太い綱を下げおろし、これに分厚い皮製の首固定のアゴあて用具をつけ、自分の首をこのアゴあて用具で固定して、自身ぶら下がるようになった。まるで首吊り自殺そっくりなのだが、アゴ部分に力が集中されるように固定具が出来ていて、平気でぶら下がることが可能であった。おもしろいからわたしも再々ぶら下がった。首筋が伸びて、肩凝りや腰痛に効くらしかった。

西式健康法にはこの他に色々あって、冷水を浴び、そしてすばやく熱湯の中に浸り込む山伏修行のようなのもあった。母が盛んに試みていた。この修行はわたしは嫌でやらなかった。

健康器具は、母生前中はいつも何かがソバにあった。各種按摩機、肩凝り用の振動器具、足を乗せるだけで気持ちよくなる足置き機など等…、

ある頃から、母は器具離れするようになり、薬に傾倒するようになった。

七味唐辛子を入れる小瓶のような小さな瓶に黒い丸薬が入っていた。正露丸のような粒。あぁ~この正露丸ってのは昔は征露丸と書いたように思う。日露戦争当時の民間薬・胃腸剤だ。コレを飲んで身体の健康を保ち、露西亜を征服しようってわけだ。太平洋戦争に負け、イジケテ征服の征の字を正に変えたのだったと思う。

で、その正露丸のような粒だが、べらぼうに高価だったようだ。母はその値段を言わなかった。父やわたしら子供にも飲ませなかった。もったいなかったのだと思う。

母が飲む薬は次々と代替わりした。蜂蜜程度なら構わない。ローヤルゼリーとかプロポリスとか、そこから派生した変な名前の薬剤や、ニンニク関係、朝鮮人参関係などなど、ありとあらゆる健康食品・薬品をはしごした。紅茶キノコとかその他おもしろいのも色々あった。

母はいつも貧乏であった。毎月父の月給日を待ちかねていた。わたしが学校を卒業し勤めるようになって、わたしの得る月給も知らぬ間に当てにされて消えたりした。なにせ健康ってのはベラボウに高くつくようである。

わたしは結婚し独立した、父・母は二人住まい、やがて父が亡くなり母は気ままに独り住まいするようになった。はじめのころはシッカリしていた。が、健康薬品への依存は次第に嵩じる一方だった。高価なアンプル剤を常用するようになった。朝起きるとまず1ッ本元気の出るアンプル剤を飲む。1900円。近所のスーパーへ買い物に行く際元気付けに1ッポン1500円のドリンク剤。自宅冷蔵庫のなかには常に各種のドリンク剤が飲み頃に冷やしてあった。わたしが訪ねてゆくと「冷蔵によく効くのがあるから飲みなさい」などという。

母が亡くなって、母生前の後始末のなかにまだ高価な漢方薬が幾種もどっさり残っているのを見つけた。捨てた。便秘関係かと思われる薬が多かった。

いやまったく、ウソのようなホントウの話である。

実は、ホルミシスを標榜するマヤカシが気になっている。

ホルミシスとは、“身体に有益な効果をもたらす”という意味の言葉らしい。

弱い電磁波や、弱い放射線や、マイナスイオンなるものらが、身体に良い効果を及ぼすとして誇大に吹聴されている。色々なものが商品化され、ごまかし商法がまかり通っている。

トップアスリートらが、それらの商品のPRに駆りだされ、ネックレスに腕輪に足腰のサポーターに使って見せたりする。遠赤外線も似たり寄ったりじゃなかろうか。効果が過大に吹聴されすぎる。

ひょんなことから、これらの関連事がまたぞろわが身に近づいてきたのを、このたび察知したわけである。

わしゃ未だボケてはおらんぞ!

無礼者め!!下がりおろう!!!

とっとと失せろ!!!!

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2008年1月 1日 (火)

静かだ

静かな正月です。

昨年大晦日に母の49日も済ませた。その前の11月には父の13回忌を済ませた。

今年は退職後8年目。

長年の夢であった愛艇を駆っての列島周航もすでに済ませている。

かみさんの絵の個展も無事成功裏に終えた。

あと、ナニが残っていたかな?

釣り溜めたフグを解凍しテッサに造った。

大きなフグだった。ショウサイフグ。

半身を造ったが大皿にいっぱい。

甘く、フグ独特の食感だ。焼酎は奄美の黒糖焼酎。

21時からのテレビドラマ「相棒」を観ようと待っている。

すこし訳あって、ホルミシスのことをパソコン検索している。

悪乗りのマヤカシが透けて見える。

ジャンボは当たらなかった。

喪中連絡が利いて賀状はほとんど来ない。

静かな正月である。

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出航するぞ!

数えで68、今年も我が家でお正月。わたしはまだ独身だった若い頃の数回を除き、旅先で正月を迎えたことはありません。

荒れ模様の天候が続いていますね。郷里へ向かうに空路海路の方々は大変だったでしょう。

ハワイとか、その他観光地で正月休みを過ごそうって方々も多いようだ。楽しまれておられるかな?

まぁ人生色々ってわけだ。

自宅で正月を迎えるしか能の無い者が言うのはわざとらしくて嫌味だけれど、自宅で正月をすごすのも“人生の旅途上”にあるってことに変わりは無いですよね?

どこに居ようが時はコチコチ音を立てて過ぎてゆく。空港で予約キャンセル待ちをしていても、自宅でぼんやりしていていても同じ寸法で…、

広辞苑には、“旅”とは住居を離れることとあるが、そうじゃない、時々刻々の時の動き・変化こそが旅だ。わしゃ我が家にジットしておるが、でも、人生旅の途中だと思っとる。

旅を時間の流れに身をさらすことだって考えると、寝ていても覚めていても旅途上にあるってわけだ。

この流れに身を任せ落ち着くってことですけれど、ある種のあきらめに似ていますね。

もうあかん、どうにでもなれ!って感じがまさに時の流れに身を任すってことかな。

わたし、ちいさなボートで日本列島を1周しましたがね、沖でどうしようもないシケに出会って、どうしようもなくなって、舵をほっぽり出しボートの操船をあきらめたことあるよ。変化のなかに身をまかせたよ。

船乗りは例外なくこの経験をするようだな。この経験を幾度積むかによって、鍛えられてゆく。わたしも例外じゃなかったってことですわ。

もうアカンと思った最初の経験は、舵がすっぽ抜けてぜんぜん利かなくなってしまった時でした。豊後水道でシケに出会って、舵を動かす油圧がすっぽ抜けた。もしあのとき舵が利いていたら艇を転覆させていたかもわからん。が、期せずしてあの大波のなか艇を波に完全にまかせることになって転覆を免れた。そう思う。バウスラスター(船首船底に設置の横向きスクリュウ)を少しずつ操作して港へ入ったですがね。危機一髪だね。

次の経験は潮の岬の沖で、山のような大波に艇を裏返しにされそうになった時だった。操船を自動操縦装置に任せ、エンジン回転を上げ、あとはなるがままに任せた。山のような波だった。波の登り斜面に艇が来ると艇が後ろへずり落ちるわけですよ。これがいちばんヤバイ。ずり落ちと艇が横向きになり横転する。ずり落ちるわけには行かんからエンジン回転を揚げる。と、今度は艇は波の頂上から一気に波の谷底めがけて高速で突っ込む。艇は次の波の腹に突っ込むことになる。もうアカン、もうアカン、と思ったなぁ~。

今年はどんな大波に身を任せることになるのだろう。どんな旅になるのだろう。

さぁ~出航するぞ!!「ツレーハーウー」ってなもんだ!!!

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