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2008年11月20日 (木)

族の話

あきらめの空虚な気持ちは、ある種、高齢者のエネルギー源でもある、
大きな希望・デッカイ夢、これをいつまでも背負い込んでいたのでは、年寄り人生はやってられない、
分相応に、背負う袋を軽くする、小さくする、これでなくてはシンドイ、

でもなぁ~、
“背負う袋を軽くする、小さくする”は、言うは易く行なうは難いですよ、
で、“あきらめの空虚な気持ち”の出番だ、
この気持ちがシッカリしていたら、背負い込む荷物を体力にあわせ適度に加減できる、
すなわち、“あきらめの空虚な気持ち”はエネルギーを生む初発の源たり得るってこと、

へこんだ考え方だって思いますか?
この厳しい社会を乗り越えられないとお考えかな?
そうお考えなのは、貴兄がまだお若くて、可能性を保っておられるからだ、今は、高齢者の話をしている、

大きな希望・デッカイ夢、を持ち、充実した人生を歩み、功成り名遂げ、満腹感に浸って老後を悠々と過ごしているジイチャンらが、まことに不思議なことながら、周辺に多く見かけるのはいったいどうしたことだろう?
わたし、こういう人たちの中の混じり込むと、いじけてしまって、自分がなさけなくてしょうがないよ、
だのに、わたしのことを、彼等と同類に見間違う人が居る、なんてこった、大きな迷惑ですよ、違うよ!わしゃ“功成り名遂げ”族じゃないよ、“あきらめ空虚”族ですよ、

でもなぁ~、
“功成り名遂げ”た満腹感では、新たな知恵や新たな発見は難しかろうね、
“あきらめ空虚”は、中身がスカスカで未だ取り込み得る余地に困らない分、新たなアレコレに縁があるような気がしますなぁ~、
尺八吹いていて、そう思うのですよねぇ~、「アッ!エエ音が出た!!」ってね、
こんな些細なことに感動を覚えるってのは、満腹者には難しかろうね、

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