隠居の気合
隠居生活の弊害は世間狭くなることであろうと思う、
昔は、隠居も、若い衆らを通して世間と接していた、
だって、家では、何世代かが一緒に住んでいた、
が、最近では、別々に住んでいる、
おのおの方!!
油断していたら施設(老人)に押し込められたりするゾ!!
…わたしは、未だ自宅に住んでいますがね、
で、
だんだん現世から遠ざかり、あの世の側へ押しやられる、
ヤバイですなぁ、
わたしは、未だ趣味の“魚釣り”と“尺八”にしがみついて、世間様に必死にぶらさがっておりますがね、
昨日は、尺八の若手リーダー・某氏をお宅に訪問しました、
外国に赴任しておられるのだが、久々のご帰国だった、
お忙しい中を承知で伺った、
氏は、まだ40台の働き盛り、わたしより20数歳もお若いです、
気合の入ったお顔立ちだ、
あのね、
隠居社会の中では、こういう現世の気合に振れることってあまりないですわ、
隠居らは、皆さん、ある種アホゲタ顔つきになっとる、
これを“温和な”ってゴマカシ言ったりもするが、気合のすっぽ抜けですわ、
が、氏は、実社会のど真ん中だ、情報管理の第一線で活躍中だ、
現世の気合の中、氏から尺八のことをいろいろ教わったです、
カンフル剤ですよ、
尺八に親しんでいる期間だけを測れば、わたし、彼(氏)の倍以上の年月ですわ、
が、ここが不思議ですが、彼の方が今や先達です、いろいろ話をする間に、
“ウンこのお方はわたしの師にあたいする”
って、そういう気持ちになる、
どこがどうなのだ??
そう、“現世の気合”です、これが万事を差配するような気がする、
暇つぶしの尺八稽古 VS 忙しい時間を割いての尺八稽古(研究)
その差は歴然としとるですよ、
尺八の友人に、わたしより一回り(干支で)下の小林一城氏が居るが、彼もまた完全・完璧に、この意味で、わたしの師ですわ、
“現世の気合” VS “隠居の気合”
わたし、隠居諸氏らに言いたい、
「若い衆らにオンブ・ダッコされるだけではどうにもならんぞ!!!」
…と、思いはするが…、
思うだけで、どうしたらエエのかそれがわからん、
ヒマつぶしからは、ナニも生まれない、そんな気がする、
わたし、対策として、
魚釣りも、尺八稽古も、これは、今や、“わたしの仕事”だって思うことにしているが、
“思いがぬるい”のだよね、どうしても、実態はヒマつぶしの域を出られない、
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