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2011年6月16日 (木)

大本営発表はもう聴きたくない

“政治的”という言葉は、究極の正義を意味することもあるし…
と、いうより
その腹つもりでナニかを語る際に使うのですよね、

なぜそのような判断になるのかをキチンを論理だっては語らない、
が、
とにかく、
政策的には、戦略的には、
要するに➝政治的判断としては、カクカクであるべきだ、などと云うわけだ、

お上のなされようには、だまって従うのが、下々の心得だって、なんとなく我々はそう思っているのではないでしょうか、
なんでそうなるのか、さっぱりわからんが、従うしかないのかなぁ~
って、思ってしまう、

だって、NHKテレビも、民放も、新聞も…
“もう、こうなるしかしかたがないのだよ”
としか、報道しないじゃないですか、
追っかけ記事ですよ、お追従記事だ、
それをあたかも先見の明のもとに書いているふりをしているだけ
権勢の中心側から疎外されたら、追っかけ記事のネタが取れなくなる、これが怖いのか???

岡田幹事長のお姿がだんだん小さく観えてきましたね、
枝野氏の姿も縮んできた、
小沢元幹事長なんてもう見えなくなりつつある、
どなたの姿も縮む方向のなかで未だダァ~レモ大きくなってこない、

わが国・日本は、どうなって行くのでしょうね、

もしわが国が大統領制の国であったりしたら
小泉進次郎氏30歳が一気に大統領になったりするのじゃないか、
いいや、
近々大連立の際には、このカードもある様に思うがなぁ~、
腐りきった政治的判断なんぞは、もうダメですよ、
大本営発表はもう聴きたくないですよ、

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