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2012年8月15日 (水)

独活(うど)の大木(たいぼく)

今日は終戦記念日なのだけれど、若い人たちにはピンとこないのではないでしょうか、
平成もすでに24年です、西暦では2012年だ、
終戦は昭和20年8月15日、西暦では1945年のことでしたからね、
先の太平洋戦争が日本の無条件降伏で終わったのだった、
今からもう67年も昔のことですわ、

悲惨でしたねぇ~、
わたしは昭和15年の生まれですから、当時は5歳でした、
神戸市須磨区に住んでいましたが、庭に防空壕が掘ってあって、たびたびそこへ防空頭巾かぶせられて逃げ込んでいたことを覚えています、
親戚のお兄ちゃんが海軍の飛行機乗りだった、おじさんは陸軍の兵隊で軍刀を下げていた、父は兵庫県立航空工業学校(現・兵庫県立兵庫工業高等学校)の教官で、生徒を引率して川重の飛行機製作工場(明石にあった)で戦闘機作りしとった、兵隊の階級はたしか伍長だと言っていたような気がする、やはり日本刀を下げていた、
その父も、また母も、既に亡くなってお仏壇のなかですわ、

その頃5歳の幼子だったわたし、今、72歳、
老人(福祉)施設へ、たびたび尺八吹奏ボランティアで出掛けているわけですが、出かけた先の老人ホームで、歌がらみで先の戦争にふれても、みなさんポカ~ンとしたお顔ですな、すこし拍子抜けです、
1昨日は特養と、グループ・ホームの2か所を回りましたが、みなさんポカァ~ンでした、
明日16日は通所デイケアで出向きますが、ここではどうでしょうね、
故意に終戦時の話をするつもりもないですが、吹く歌の数々は、あの戦争を抜きにしては生まれなかったであろう歌ばっかしですわ、

いちばんストレートにあの敗戦時の世相を歌い上げたのは、菊池章子の「星の流れに」でしょうね、
終戦後2年経って生まれた歌ですがね、

宮城まり子の「ガード下の靴みがき」
コレ、終戦10年後の歌ですよ、戦争孤児らの生きざまを歌ったのだ、
戦争孤児らってダレらのこと???年齢でいえば、多すぎるって嫌味言われる前期高齢者の皆さん方、団塊の世代の方々です、みなさん、未だ幼なかった、が、こういう時代を生きてきた、

いま老人ホームをご利用中の方々は、この「ガード下の靴みがき」の幼い子らより、もっと直に戦争の傷を身に受けた方々ですわ、

わたしですか??「ガード下の靴みがき」が歌われた頃は既に高校生でした、
“宮城まりこ”が、あの小柄な身体で、よくもまぁあのような大声で歌えるものだとビックリして聴いたのを覚えています、この歌、わたし大好きです、
彼女・宮城まりこさんは、もう80歳半ばでいらっしゃる、福祉活動の草分け的存在、ボランティアの鏡(鑑)、あの小柄な体格ながらおそろしくデッカイ人物だよ、
わたし・波平ですが、デッカイ体格でしてね、こういうわたしのような図体だけデカイのは➝独活(うど)の大木(たいぼく)って言うのだそうですね、意味ですか??➝体ばかり大きくて立派だが、何の役にも立たない者のことだよ、

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コメント

ウドは、シャキッとした食感で好きですが、最近では高くて買えません。

何の役にも立たないと言われるが、酢味噌を付けるだけで、素晴らしい味になります。

我々にとって尺八は、ウドにつける酢味噌の様な物で、
それによって、生きてる価値が保てていると思いましょう。


あ、川重の明石工場には、河童爺の母親の一番下の弟(河童爺の叔父さん)が勤めて居ました。確か、ヘリコプターか何かを作っていると言っていたような?

投稿: 河童爺 | 2012年8月15日 (水) 11時20分

宮城まり子の「ガード下の靴磨き」の尺八楽譜は、
河童出版より、近日中にリリースの予定です。

投稿: 河童爺 | 2012年8月15日 (水) 13時13分

「ガード下の靴磨き」

うわ~!!!
楽しみだ!!!!!!

投稿: “今虚無僧”波平 | 2012年8月15日 (水) 14時47分

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