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2012年8月 1日 (水)

竹修行、そしてカラオケ

わたしも最初は都山流を習ったのですよ、
が、早い段階から三曲合奏の稽古に通うようになり、そこで琴古流の方々との交流があって、都山流の三曲譜面は不自然な採譜になっとる箇所が多いことに気が付きました、
奏法にも不自然なところが多いって気が付いた、

で、三弦師匠の指導もあって、都山流譜面のあまりに不自然な箇所は、自分で書き換えて吹くようになった、
この時、いちばん参考にしたのが琴古流の譜面でした、わたし、琴古流の譜面を結構いろいろ持っているのですよ、
「八重衣」などは、随分琴古流の手を盗み採ったですわ、都山流の長老氏などからすると、まさに破門ってことになるでしょうね、
って、ことで、自然と都山流の師とも疎遠になってしもうた、

ちなみに、都山流譜面でわたしが好みなのは「夕べの雲」なのですが、コレは流租の採譜じゃない、永田彰山師の手付けだ(昭和36年秋編作とある)、都山流譜面のなかではクセの少ない採譜ですが、それでも尺八の遊び吹き用の採譜になっとる、曲種が二の次だ、

都山流の譜面ですけれど、記載方としては断然琴古流より優れていますよね、
これは間違いないです、
このことが、未だに、都山流の命を支えているように思う、
まことに失礼なことながら…
これ以外に、都山流には採るべきところがあるようには思えませんがね、

弊害ならアレコレあるように思います、
その最大のものは都山流本曲です、
流租が作曲した“いわゆる本曲”と称する曲群がある、
なかには、優れた曲もあるように思いますが、駄曲が多い、
…と、こんなことを言ったりしたら、もうこれだけで間違いなく都山流破門ですよね、

だからと言って琴古流の転向しようとも思わなかったです、
わたしの根っこは今でも都山流です、
都山流の譜面をせっせと書き替えたり、琴古流を真似ておもしろがる、エセ都山流ですがね、

“琴古流の奏法”には嫌味な感じがあるからなぁ~、
グニャグニャした感じがある、“音終い”と称して、吹き尻をやたらいじくったりする、
琴古流の奏法には得るところが多い、が、得たくないところも多い、
琴古流へ転向しようなどとは思わないですわ、

わたし、今は、明暗流の末徒を名乗っています、
京都明暗時・對山派の末徒です、
八尾百蓮師の、お弟子の江夏白龍師の、不詳の弟子です、

京都明暗時・對山派は、本来の古典尺八からすると、少し分派の位置にあります、
本当の意味の古典尺八はまだまだ向こう側の位置だ、
が、しかし、京都明暗時・對山派の位置に立てば、その向こう側がかろうじて観望デケル、ココがオモロイのです、

そして、この位置から都山流を観望しますとね、
「流租・中尾都山師は罪なことをなさったなぁ~」って思う、
尺八を大衆のなかに広げた功績は大きい、が、しかし、尺八を堕落させた罪は重い、
今、中○○○氏が、密息や倍音やアレコレの工夫のなかで盛んに活躍されていますよね、
わたしには、かつての中尾都山師が○○氏に重なって観えるのです、
尺八を、カーブした、ゆがんだ、理解へと誘導するのは罪作りかも…と、ね、

尺八本曲独奏会に「一本竹」ってのがある、
古典尺八本曲愛好家らが集う独奏会なのですが、ときに都山流の方も参加されて都山流の本曲を吹かれたりする、
ご本人は“本曲”を吹いているつもりにナットられる、
が、本来の古典尺八本曲を知るお歴々からすると…、
もう、これ以上書くのは止めましょう…

あぁ、わたし、今、カラオケ吹きに夢中になっていますがね、
ナニ流???
“今虚無僧”流だよ、

なんじゃソレ!!!!

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