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2012年9月20日 (木)

弱腰でしょうか

ここはお国を何百里 はなれて遠き満州の~赤い夕日に照らされて♪♪♪
「戦友」の出だし歌詞ですわ、

昔、日露戦争ってのがあったのですよね、日本は帝政ロシアをやっつけたのだった、1904~1905年のことだ、
その時、日本軍は瀋陽にも攻め入っています、相手は中国軍じゃない、ロシア軍、
瀋陽は、当時は奉天と言った、柳条湖のある所です、

奉天会戦ですが、大日本帝国陸軍24万人、ロシア帝国軍36万人 あわせて60万の兵たちが、奉天の原野で戦ったのだ、世界史上にも、まれにみる激しい戦いだったそうですよ、
で、この歌「戦友」が生まれた、

この陸上戦では日本は勝った、が、ロシア・バリチック艦隊が日本を目指していた、
日本海海戦ですわ、戦艦三笠の出番だ、
これにも勝った、

日露戦争は、ロシアが中国を経て➝朝鮮半島をもその勢力下に治めようとした、
これを許せば、日本がヤバイ、
で、戦ったのだった、

ここで戦を止めればエカッタ、
が、ロシアに勝って、それまでロシアが中国大陸に持っていた権益をわが国は引き継ぐようなことになり、
これが欲に欲を重ねる引き金になったのだね、
日露戦争の約30年後、
関東軍(日本軍だよ)は、柳条湖で鉄道を爆破し中国軍の仕業だとして、戦いの拡大を謀り、あっという間に満州を占領してしまった、

柳条湖ですが、現在の瀋陽ですぜ、昔の奉天です、
北京が首都になる前は、ココが中国(清)の首都だったのですぜ、
そのような場所で、日本軍はダマシをやった、国を引き千切ったわけだ、
穏やかじゃないですな、すっごく無茶苦茶だ、
でも、歴史の観方ですからね、当時の細かい事情を踏まえないと見間違います、
で、上に記したのは、変なみかたになっとりますよ、
だって、わたしは、今、
日本が、かつて中国にどのように向き合ったかを、極端に書き出してみようと試みたのですからね、
が、“当たらずと言えど遠からず”だと思いますよ、

実はネ、尖閣諸島のことを話しているつもりなのです、
野田総理が、「尖閣に領土問題は存在しない!!!」って、言っていますよね、
それは正しいと思う、思いたい、デッタイここは日本の領土ですわ、
が、しかし、
中国の人たちは、かつて日本軍(関東軍)が柳条湖で起こした“国盗り謀略(?)”を忘れていない、

現代の日本人は、もう充分すぎる程反省し、平和・平和の民にナットる、
…つもり、だ!!!…
が、が、中国も、韓国も、北朝鮮も、
…ホンマカイナ???…
って、思っとるみたいだ、

わたし思うのですよね、今の日本の現役世代の方々は、歴史を知らなすぎはしませんか???
柳条湖事件だとか、満州事変だとか、満州国が云々とか、とか…ナンのことだかサッパリわからんのと違うかな???わたしより5つ年下のかみさんですが、柳条湖事件を知りませんわ、「ナニ???」とケゲンな顔だ、
「戦友」は、「あぁ聴いたことがある…」という程度、
これって、良くないですなぁ~!!!

野田総理は近々国連で演説するのですよね、
で、きっと、➝「尖閣に領土問題は存在しない!!!」って、言うのでしょうね、
ヤバイですなぁ~、

「わが国は、尖閣列島について中国側と穏便に話し合う用意がある、ただし、日本に領有権があることについてはいささかも譲ることはできない」
とかの、ある種の中途半端を言うなりして、
日中双方とも、いったん振り上げた刀の納めどころを、探った方がエエように思うがなぁ~、
“物は言いよう”ですよね、
これって、弱腰でしょうかねぇ~

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