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2017年3月20日 (月)

彼岸、変な事ばっか思い出しますなぁ~

1830~45年、現・ルーマニアに生まれ15歳で亡くなったピアニストにカール・フィルチュという天才が居たそうな、ショパンの愛弟子だったとか、
今日の日経朝刊・文化欄に、研究家による記事掲載があった、楽譜集が見たい、今日、図書館が開いたら、駆けつけてみようかと思う、

昨日は、サッチモの「ハロー・ドーリー」(ジャズ)の五線譜をネット検索で探し出し、サキソホンやトランペット用の五線譜数種から、尺八譜へ数種直し採取した、
対比、吹き比べ、結局、トランペット譜から直し採ったいちばん簡略な譜に落ち着いた、
尺八で波平の下手が吹くのだ、簡略な譜づくりに落ち着かざるを得ない、

「The Way We Were」の採取にはこれから取り組もうと思う、

昔(昭和24年)のデュエット曲に、「月よりの使者」ってのがある、
倍賞千恵子さんが歌うと、とんでもない名曲になる、
わたし波平が吹くと駄曲になる、
概ね、どんな曲でもこの傾向からは逃れ得ない、
既に採取し、昨日試し吹いてみて、いつものことながら落ち込んだ、


昨日は彼岸の墓参りをしてきた、
父は22年前、母は10年前に旅立っている、
二人とも長生きだった、寸前まで、わたし長男宅で極めてわがままに暮らした、
我がまま付き合い、こんなの、親孝行って言うのかな???
もしそういうことなら、わしゃ、極めて親孝行な息子だとなるが…

“親孝行したい時には親は無し、さりとて墓に布団は着せられず”

父は、長らく、わが家でホボ寝たきりだった、
が、食事の時だけは、率先して、自力で起きて食卓テーブルまで歩いた、
と、わたしが、碁盤をベッド際に持ち出すと、勢い込んでベッドから起き、碁盤に向かった、

ダンダン呆けて、碁が極めて弱くなった、
わたし・孝行息子は、父に気付かれることなく、いつも父を勝たせていた、
数度、これ以上“ヘボ”を打ったら、“わざと負け”がバレると思い、打ち勝ってしまったことがある、
以来、父は、わたしが不在の時、幾度も、嫁(わたしの妻)に
「おい、〇〇(かみさんの名)よ、碁を稽古して、△△(わたしの名)をやっつけしまえ!!!」
と、命じたようだ、
わたし、コレでも孝行息子だって言い得ますかね???

父が亡くなって、お寺の和尚さんに、戒名のなかに、囲碁の“碁”の1文字を入れてください、と、お願いしたのだった、
昨日は、その墓石をぬぐい清めてきましたがね、変な事ばっか思い出しますなぁ~、

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