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2017年4月 5日 (水)

教育勅語

教育勅語が、どうだこうだの話題になっとりますね、
わたくしごとで恐縮だが、わたしは幼い頃から、たびたび父からコレ聞かされてきました、

教育勅語は父の“かくし芸”になっとって、酔っぱらって機嫌が良いとき、トウトウとそらんじて皆に聴かせるのが趣味だった、父は無粋な男で、この“芸”しかなかった、
余談だが、
父は、スッゴク音痴で、ドレミ音程が無茶苦茶で、歌はひとつも歌えなかった、わたし・波平が音痴気味なのは、まさしく遺伝性のものだろうと思う、

父は師範学校出の教師だった、専門教科が“公民”、今で言うと社会科とか道徳教育かな、
父は、自分でも陽明学をだいぶ研究したようで、儒教関係文献が多かった、

第二次世界大戦当時は兵庫県立航空工業高等学校の教師だった、公民(教科)を教えていて、多くの生徒を戦場へ送り出していたようだ、学徒動員時は明石市内にあった川崎航空機製造工場へ引率教官として頑張っとったようだ、
工場が爆撃され、生徒らにも犠牲者が出ていたに違いない、が、父は口をつぐんで家族にはナニも語らなかった、
が、酒が入ると、大声で教育勅語を唸った、

敗戦になって、父は、教壇で、生徒らの前で、ただ大泣きに泣いたそうだ、
当時、父の教え子で、この時教室に生徒で居たお方が、たまたま、わたしの勤務先の先輩に居られて、「お前はあの〇〇先生の息子さんだったか!!!」となって、当時の父の様子が少し分かった、

父の名誉にかけて言うが、
父は、終戦後、猛烈に勉強している、
特に「憲法」「民法」をシャニムニ勉強した形跡がある、この関係の書籍があって、父の頑張りが垣間見える、

今朝は、久しぶりに、父を思い出しながら、ネット検索で教育勅語を掲出し、繰り返し読み返した、
残念だ、
コレを幼児らに暗唱させていたオッサンが、ダマシ・ダマシの詐欺師の類だったとは、

“この方向へ思想刷り込みしよう”と、の、決めつけは間違っとる、と、思う、
“思考力を育む”
教育は、コレだけで充分だと思う、

“エエ音楽を聴き分ける能力を育てる”
を、付け加え得れば、なお完璧かと思う、
楽器なんぞ触れなくても、エエ音楽を楽しめ得る力だけは学んでおきたいなぁ~、

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