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2018年5月13日 (日)

わしゃ、ダメだ、あぁ~はずかしい

日常生活技術が、極端にわたしには欠けている、が、このところ、すこしずつスキルアップしつつある、
1) 春子(愛犬)のご飯はわたしが用意する、スーパーのペット食コーナからアレコレ見繕い、数種買う、メニュウーを考え献立し、与える、
2) お米を炊飯器で炊いたり、野菜を“湯がく”ことができる、昨日はホウレン草を湯がいた、
3) ▲ みそ汁は難しい、即席物で間に合わす、レンジも洗濯機も使い切れない、ワッカラン、目下、泥縄(ドロナワ)で各種生活技術習得中、

思えば、今まで生活技術について習ったことも、考えたことも、まったくない、
エエ氏のボンボンで育ったわけじゃない、家は特別貧困ってことでもなかったと思うが、せいぜい中の下だったと思う、
母や父はなぜ、息子に最低の生活技術を仕込まなかったのだろう???
わたしの非才を見越していたとしか思えない、それともめんどくさかったのかな、

わたしが未だ幼かったころは、井戸から生活用水を手押しポンプで汲み上げていた、たびたび水くみを手伝わされた、五右衛門風呂で風呂を立てる際は難儀だった、水くみが済むと、釜の火口で薪を焚くが、火吹き竹でプウ~プウ~が今思うと懐かしい、
玄米を一升瓶に入れて、棒を突っ込み、幾度も突いて、脱穀し、コメを炊いたが、この脱穀(?)棒突きはわたしの役だった、が、この仕事は滅多になかった、常はコメのご飯は食べなかったからなぁ~、疎開中の話をしているのですがね、父は疎開せず、勤務地・神戸に残っていて、時々、母やわたしら子供の様子を見にやってきた、父が来る日になると、母はハッスルし、大切な玄米を空の一升瓶に入れ、息子のわたしに、棒で突かせて銀飯を炊くのだった、
て、ことで、わたしの日常生活の技術は、井戸の水くみと、空の一升瓶での脱穀だってこと、今の世では役に立たんですなぁ~~~、

井戸からの水くみは中学生の頃までやっとった、いつから水道になったか忘れた、
風呂ですけど、今は、スイッチ押すと、設定温度の湯が風呂桶に出てくる、裸になって入るだけ、生活技術なんてナァ~ンも関係ない、で、そのままボォ~~と湯につかって、フヤケ年老いて今になっとる、

蔬菜園に、わたし、ナスビ・トマト・ジャガイモ・エダマメ・など等を植えた、ナスビは苗を3本植えたのだが、内、1本が疲れたような感じでベタぁ~と倒れてしまって起き上がる気配がない、で、今朝は見かねて側に棒を突っ込み、コレに添わせて立ち上がらせた、そっと、棒に括り付けた、立ち直りますかねぇ~~~、気になりますなぁ~~~、

今日は、森昌子さんを中心に、アレコレ吹いてみようと思っとる、
引退後、結婚し、離婚し、芸能界へ復帰された、が、復帰後の無残な歌唱を聴いて“こりゃダメだ”と思ったのだった、が、が、努力されたのですよね、今は、以前まして味深い歌唱域に達しておられる、すばらしい!!!
彼女、生活技術もシッカリなさっとるようだ、やる人はやるのだよなぁ~~~、
わしゃ、ダメだ、あぁ~はずかしい,

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