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2018年7月19日 (木)

勝ち組・負け組・かろうじて生き得ている組

最近気になっていることがある、サッカーの試合、野球、相撲、テニスなどなど、そして将棋、囲碁、等々のこと…
どれもこれも、才能のある方々が、練習に練習を重ねて勝ち進み栄光を手になさる、
の、ですよね、

わたし、自分の今までの人生を振り返ってみて…
まず、努力に先行する潜在的な才能、コレが無かった、運動神経はほぼゼロ、
走りは遅いし、逆立ちなんか出来ないし、中学生時代のあだ名はカンバンだった、打順が来て打席に入っても、わたしはバットが振れなかった、ただバットを担いで立っているダケ、で、あだ名がカンバン(看板)、

将棋・囲碁・麻雀、どれも弱い、パチンコもダメ、負けてバッカし、

学校の成績ですか???
エエはずないでしょう!!!
わたしには妙なクセがありましてね、たとえば“A”と書いて、これを“エェ”と読みますわな、“B”と書いて“ビィ”、が、わたしにはこれが不思議でしょうがない、なんで“A”を“ビィ”と読んだらアカンのや??? …と、考え込んでしまう、

学問ってのは、疑ったらダメな部分と、疑ってかからねばならん部分がある、
頭から肯定してかかるべきことに、いちいち疑問を持っていたら、その後が続けられない、
が、この単純な初歩中の初歩に、わたし常に、いつも、突き当たっていた、
一番大きな疑問が“自分は死んだらどうなるのや”だった、考えて、考えて、コレ、未だにどうなるのかわからない、が、わからなくて良いのだ、わからんまま死んでも構わんのだ、と、今は、ここに落ち着いている、

イロイロな競技がある,競技とは言い難いかもだが出世競争もそのひとつ、
勝ち進み頂点に立つのはただ一人、残りは全部敗者、第一回戦で負けた者が一番多い、半分の者がこの第一回戦の敗者になる、さらに、競技にすら出ることがかなわなかった者らが下にドサッと居る、わたしもその一人、

わたしは、サッカーは嫌だ、少年だった頃、サッカー遊びに加わっても、球を追いかけてサァ蹴ろうとしても、いつも誰かが割り込んできて球を獲られた、わたし、自分で思おうがままに蹴ったことが無い、草野球は“看板”だし…
友人に将棋や囲碁が得意なのが居ましてね、わたしに、いつも、将棋しよう、囲碁をしようと言い迫る、わたしは、いつも負ける、おもしろいことなんかデンデンありませんわな、が、友人はオモロイらしい、

サッカーも、野球も、ゴルフも、あぁ~、ゴルフは一度もやったことがない、あれもこれも、全部ワシャ嫌いだ、魚釣りが大好きだが、決して上手じゃない、魚々らに馬鹿にされている、
金儲け???
大の下手ですわ、宝クジも300円しか当たったことが無い、

尺八???
昨日は、地区の老人会月例会で恰好つけて吹いてきたけれど、こういう機会は滅多にない、常は自宅仏間を締め切った中でボソボソ吹いとるだけ、あぁ~、腹いせに、ブログにアップしたりするが、閲覧氏の方々は、ほぼ無視なさっとるに違いない、上手だとも、下手だとも、コメントなんかも無い、河童さんが時々“せめて拍子だけでもキッチリせなダメ”と打ち込んでくださるだけ、
拍子かぁ~~、これ、運動神経の類でしょうなぁ~~~
わたし、不整脈がひどく、朝・昼・晩、毎食後の不整脈抑制剤を服用し、かろうじて生き得ている、


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