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2018年7月15日 (日)

長旅から

パソコン以前はワープロで原稿を打ち、JR駅売店などで販売の魚釣りの週刊紙・釣り場速報紙に送り、何年間も毎週連載しっとった、お小遣いも稼げ、魚釣り経費がデケテありがたかった、ずいぶん楽しませてもらった、
この一部を抜粋し自費出版した「遊々波平釣り日誌1」、書店にも出したが売れなくて、続編発刊を簡単にアキラメタ、

60歳定年を機にパソコンを購入し、ホームページを立ち上げた、IBMのホームページビルダーを使っていたが、2005年からは,このニフティ・ブログに鞍替えした、
 投稿数・本日現在で7,055本、
 閲覧カウンタ数、1、114、568、

疲れて来たかな、と、思う、閲覧カウンターが百万回になったら筆を折ろうと思っとった、が、いつの間にか超えていて、断筆の機を失った、
今は、ダラダラ書いているだけ、たわごと、ボヤキの履き捨て場って感じかな、

もうひとつ、興味本位で最近やっていたことに、“古今東西の叙情歌(唄)探索”がある、
毎日・毎日、世界各国の叙情歌(唄)を探りまくり、コレを、と、思う曲を尺八専用譜へ採取し
⇒尺八でなぞり吹いてみる、
毎日・毎日のことだ、日に5曲も五線譜から⇒尺八譜を起こし採取したりした、
ものすごい曲数になったが浜の真砂だ、際限のない泥沼、シンドクなった、

曲には、それぞれに心があり、命がある、
が、が、よく考えてみると、そうでないかも、
心も命も、たった一つだけかも、自分です、自分が居るだけ、
心の動きは人それぞれだとはいえ、音楽は、思えば極めて個人的なものだった、
仰山・仰山な曲があっても、それぞれが別の曲であるようで案外そうでもなく、同じ曲のなり代りにすぎかもと、思ったりするのですよね、

古典尺八本曲の世界観がこの域にあるようですな、
このジャンルでは、たとえばわたしが属する流派では、30数曲があるだけで、年がら年中、この中の好みの数曲だけしか吹かないのです、
「滝落し」って曲がある、この曲だけしか弟子に教えなかった師匠が居た、弟子がさすがに嫌がって門を去った、が、あるとき、尺八を聴かせろと迫れて、ひとつだけしか吹けないこの曲「滝落し」を吹いた、と、聴いていた者らが大きく感動し、絶賛したって話が知られている、音楽は1曲で充分なのだ、わたし、だんだんこのことがわかってきた、
長旅から、わが家へ帰りついたような心地になっとったりして…

今日は、ナニして遊ぼうかなぁ~~~

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