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2018年8月14日 (火)

いっさい逃げ隠れせず軽ァ~ルク吹く

どういう曲が多いのだろう、
叙情歌(唄)には、どういうテーマの曲が多いのだろう…
“ふるさと”だと思う、

恋とか、愛とか、港、別れ、雨…
ヤッパ、“ふるさと”なのだよなぁ~~~。

が、大都会で生まれ育った方らには、
♪♪ウサギ追いしかのやま~~♪♪
なんて無いですよね、
田舎で生まれて、そのまま成人し、結婚し、一生をそこですごすお方等にも、“ふるさと”はあるようで無いようで中途半端かも…

“ふるさと”ってナンだ???
“思い出”ではないでしょうかねぇ~~~、
これなら、都会のど真ん中で生まれ育っても、それなりの思い出があって、懐かしいに違いない、一生を生まれた土地で過ごすお方らにも、思い出はある。
叙情歌(唄)のテーマの中心は⇒「思い出」だ!!!
衛藤公雄作曲の「思い出」を吹いてみて、強くこのことを思うのですよね、

とか、とか、の、ことを想いながら妄想を膨らませていたら、ら…
叙情歌(唄)ってのは、“人生”のことだ!!!
と、思うに至りました、
それぞれの “人生”にかこつけて、
自分自身のこととして、“唄ったり、吹いたり”しとる、ような気がしますがどうなのでしょうなぁ~~、

五線譜 VS 歌詞 
の、関係はどうでしょうね、
たとえば“別れ”がテーマの曲の場合、歌詞にはそれなりの言葉が使われる、
歌詞を読めばどのような別れの時の歌かわかる、
すなわち、歌詞は、曲の世界をある一定の環境下に縮めてしまう、
曲を、純粋に音楽として生かそうとするなら、歌詞はない方がエエ、
と、思ったりしますが、このあたりはどうでしょうね???
衛藤公雄作曲の「思い出」には、歌詞はつけられていない、
この曲に付け得る歌詞なんか無いと思う、

約、1か月足らずの間、尺八から離れてみたのだった、
上述「思い出」が勝手に脳裏に鳴り始め、辛抱たまらず、とにかく脳裏の流れを紙に採取した、尺八譜を起こした、で、いったん終い込んだ尺八を取り出してなぞり吹いてみた、

尺八からは離れ得ても、自分の人生からは離れ得ない、
もうしばらく、生きる運命にあるような気がする、

ここまで来たからは、尺八を吹きつつの人生にした方がエエような気がする、

あぁ、わたし、尺八を吹き始めると、かみさんが呼びかけても、大きな声でわたしを呼んでも、気が付かないのですよね、緊急時の時、これってヤバくないですか、
この際と思って、尺八から離れることにしたのだった、
これって、尺八からすると、大きな迷惑ですよね、
仏間に防音壁を張り付けなかに籠るのも止めます、
これからは、いっさい逃げ隠れせず軽ァ~ルク吹く事にしようかと思う、
ごく短時間、
我慢デケルかな????

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