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2018年8月15日 (水)

まず、申し出は受け入れられないと思う

以前、三木市立デイサービスセンター(複数)を中心に、尺八吹奏ボランテイア活動をしていたことがある、音響器具・歌詞投影用のプロジェクター・簡易スクリーンなどなどを、全て自分で用意し、自分の軽四に積み込み、訪問先・施設に着いたら、自分で会場へ運び、会場作りをしたのだった、器具間の接続配線が結構ややこしく、施設のお方の手を借りるより、自分だけの方が手早く安全だった、が、腰椎圧迫骨折後遺症で、器具の持ち運びが難儀になった、会場へ持ち込んでも、電気コンセントはたいがい壁面の隅っこの下側に設置してあり、コレへ身をかがめ、しゃがみ込んでコンセントを突っ込むが、もう無理だった、で、諸・福祉施設への巡回ボランテイア活動に終止符を打った、

が、この後も、時々、数か所の地区老人会から要請があったりする、これは可能な限り出かけている、先月はわが地区の老人からの要請で40分ほど吹いてきた、
以前の諸・福祉施設へのボランテイア活動は、自分にできる福祉活動はナニかを考え、仕事感覚で取り組んできたのだったが、地区老人会からのお誘いには、気構えが遊び感覚だ、
仕事感覚で取り組みのと、遊び感覚で取り組むのとでは、天地の差がある、
以前、会場へ持ち込んでいた諸器具は一切廃止し、尺八1本持参するだけだ、
勝手にベラベラしゃべりながら吹く、会場の雰囲気に合わせて曲を選ぶ、けっこう注文に応じている、

78歳になり、立奏はシンドクなった、持病のソケイヘルニアをあやしあやししながらの吹奏だ、
長時間立っているのはシンドイ、尺八吹奏ボランテイア活動も、いよいよ終盤かと思う、
で、思い切って、某・総合病院の緩和病棟での“尺八吹奏ボランテイア”に目を向けることにした、

歌は、人生だ、どのような人生であったにせよ、そして、これからどのように過ごすことになるにせよ、すべては“歌”の中でのことであろうかと思う、あぁ~、ココでの“歌”とは“音楽”という意味で使っている、

未だ若かった頃から、イロイロな場でボラン吹奏をしてきたが、緩和病棟(ホスピス)での吹奏はわたしにはデケンと思ってきた、
思いながら、気持ちの中に“そんなエエ加減な気持ちで尺八を吹く”自分がナサケなかった、
自分を騙し、騙し、の吹奏なんて、なんの意味があるのだろう、と…

友人がホスピスに入院し、見舞ったことがある、
入院中の友人の明るさに圧倒され、己のふがいなさが身に染みたのだった、
長い人生の間、いつの間にか、気持ちの中にホスピス(緩和病棟)を受け入れているわたしが居る、

某・総合病院に、
「わたし、当院で、尺八吹奏ボランテイア活動をやってみたいと思っています」
と、真正面から申し出た、
お忙しい中だと思いますが、2・3分でエエから、どうかオディションをしていただきたい、
気持ちのままに吹くだけですが、お考えいただけませんか???
と、申し出た、

感触では、まず、申し出は受け入れられないと思う、
が、わたしは向後、この気持ちの中で、尺八生活を送ることになる、

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